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2017年8月

『カレーライス進化論』水野仁輔

最近の日本のカレー業界の隆盛ぶりは眼を見張るものがあるという。
金沢市を本拠地とする「ゴーゴーカレー」がニューヨークに出店して10年となり、今やニューヨークに6店舗、マサチューセッツに1店舗があり、さらに開店を計画しているという。
かつてニューヨークに出店した「吉野家」は撤退し、「牛角」「一風堂」「大戸屋」は事業を拡大できずにいるのを尻目に、「ゴーゴーカレー」のカツカレーが受け入れられている。

カレーライス進化論 (イースト新書Q)
カレーライス進化論
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水野仁輔
イースト新書Q
2017年5月

一方、ココイチの店舗数は2017年2月現在、1457店舗、国内は1296、海外は160。カレー専門店は日本で6000軒あるが、50店舗を超えているのはココイチとゴーゴーカレーだけ。なぜココイチはこれほど店舗数を増やせたのか、理由は味と人を育てることだという。
ココイチを運営する壱番屋は2015年、TOBによりハウス食品に傘下に入った。
ハウス食品はハウスバーモントカレーの中国での販売戦略として、まずはココイチでカレーライスを普及させ、同時にレトルトカレーを販売し、そしてカレールウを販売する作戦を遂行している。カレーを人民食にという目標を掲げ、おびただしい回数の試食会を催しているという。

日本のカレーのルーツはイギリスである。
イギリスでは二つの系統のカレー料理が生まれた。ひとつはカレー粉を使ったサンデーローストの余り肉のカレー料理、これはブリティッシュカレーのひとつである。
もうひとつは、イギリス人とインド人女性が結婚した家庭から生まれたアングロインディアンカレーの代表「チキンティッカマサラ」というカレー料理。骨なしのタンドリーチキンといったところ。

日本のカレーには4つのタイプがある。「ホテルのカレー」「洋食屋のカレー」「欧風カレー専門店のカレー」「家庭や給食のカレー」である。
これらは、調理テクニックの違いで分類されている。欧風カレーは、神保町の「ボンディ」で生まれた。デミグラスソースをカレーに入れたもの。ブイヨンを使うホテルのカレーはブリティッシュカレーに、洋食屋のカレーは海軍カレーにそのルーツがあるという。→人気ブログランキング

カツカレーは、1918年に、浅草の洋食屋「河金」で生まれた。著者はカツカレー誕生100周年のイベントを企画したいという。

カレーライス進化論/水野仁輔/イースト新書Q/ 2017年
カレーライスと日本人/森枝 卓士/講談社学術文庫/2015年

『東京藝大』 最後の秘境 天才たちのカオスな日常 二宮 敦人

東京藝大彫刻科出身の著者の妻は、ルーブル美術館の踊り場に展示されている『サモトラケのニケ』を、えんえん5時間以上見続けた。著者はそんな妻が在籍した、生協でガスマスクを売っているという、東京藝大について書こうと思い立った。
いくつかのテーマに分けて、数名ずつの藝大生にインタビューを行っている。

藝大の学生は音楽科と美術科に大きく分けられる。音楽科の学生はきちんとした服装、美術科の学生は奇抜かまったく無頓着かのどちらか。
変わっているという点から見ると美術科の学生の方が圧倒的に変であるという。

音校は順位を争うのが前提になっている世界。音校の学生は自分は見られる側だと知っている。仕送り月50万円の学生もいる。ドレスを借りたり買ったり、パーティ出席して自分を売り込む。楽器の値段は高い。

ピアノ専攻の学生は洗い物をしない。高校生のとき体育は見学。
音楽科をめざす受験生は、藝大で実際に教えている教授あるいは元教授を師匠と仰ぎ、レッスンを受けるのが当たり前なのだ。だから東京まで通う。親には経済的な負担がかかる。
同期のピアノ専攻だけで24人いる。全校で100人、他の音大にもピアノ科があるので、学生だけで500人のピアニストがいることになる。その中で生き残っていかなければならない。
声楽科に属する学生は筋が通ったチャラさを持っているという。声楽科はくっついたり別れたり、恋愛のごたごたが多いという。

美術科の場合はコンクールなどで順位がつくこともあるが、競争意識は音楽科に比べ低い。
学校は環境を整えるだけで、あとは学生次第。彫刻科はそんなスタンスらしい。小さじやテーブルを作ってしまう。自給自足の生活が身についている。
美術科の教授と学生は何が正解かわからないアートの世界でともに切磋琢磨するという意味では、仲間である。そのためか互いの距離は結構近い。

藝大を卒業して食べていけるのか。アーティストとしてやっていけるのはほんのわずか、卒業生の半分は行方不明だという。→人気ブログランキング

『アンソロジー そば』

そばの話は落ち着く。野趣豊な食べ方もあれば、なんの変哲もない日常の食べ方もあれば、上品な食べ方もあるのがそばだ。そばは歴史が語られる。それも室町時代や江戸時代のことだから重みがある。そばには救荒作物という要素もあるから軽くない。
ところで、本書の紙質はわら半紙のようにザラついている。そばの質感をイメージしたのではないかとの穿った見方もできるが、コストを抑えたのかもしれない。ところが、お世辞にも出来がいいとはいえないそばの写真が、キャプションなしでところどころ挟み込まれている。暗かったりピントが甘かったりしているが、これはこれで高度な写真のテクニックが使われているのだろう。カラーだからそれなりの経費もかかるだろう。帳尻があっているのかもしれない。ちなみに写真が載ってるページの紙は裏面はざらざらだが、表面はつるつるしている。
ともあれ、そばは渋い大人がエッセイの題材にする食べ物である。味の濃い ぎとぎとを好む若者向きではない。
本書はそんな書き手が揃っている。→人気ブログランキング

アンソロジー そば
アンソロジー そば
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池波正太郎 ほか
PARCO出版   2014年12月

「蕎麦」池波正太郎 「蕎麦に寄り添う」島田雅彦 
「並木藪蕎麦 江戸前ソバの原点」杉浦日向子
「浅草 並木の藪の鴨なんばん」山口瞳
「噺家と蕎麦」五代 柳亭燕路  「あほのそばっ食いの最期」町田康
「蕎麦屋」吉行淳之介 「そば命」群ようこ 「いたちそば」東海林さだお
「蕎麦」松浦弥太郎  「そばよ!」川上未映子 「ざるそばの15分」入江相政
「人生はそばとうどん」福原義春 「博多うどん好きのそば狂い」タモリ 
「蕎麦すきずき」神吉拓郎 「名月とソバの会」獅子文六
「蕎麦屋の客人」小池昌代 「そば屋で夜遊び」中島らも
「そばの都、東京」尾辻克彦 「新蕎麦ー長月」川上弘美
「母のそば」丸木俊 「映画とそば」田中小実昌
「天おろしそばの日」荷宮和子 「そばという食べ物」吉村昭
「海辺の夕暮れ、至福の蕎麦」山下洋輔 「でっこびかっこび そばの旅」平松洋子
「そばと湯で温まる」川本三郎 「夢見蕎麦」村松友視
「最高の蕎麦」立松和平 「わんこそば」渡辺機恵子
「わんこそば」黒柳徹子 「旅の記憶にまじるもの」佐多稲子
「ソバはウドン粉に限る」色川武大 「ソバの味」太田愛人
「初めてソバを打つ」南らんぼう 「年越しそばと雑煮」大河内昭◯
「蕎麦汁の味」立原正秋 「わが家の年越しソバ異変」檀一雄

アンソロジー そば/PARCO出版/2014年
そばと私(文春文庫)
麺と日本人/角川文庫/2015年
アンソロジー 餃子/PARCO出版/2016年
アンソロジー カレーライス‼︎/PARCO出版/2013年
アンソロジー ビール/PARCO出版/2014年
うなぎと日本人(角川文庫)
ずるずる、ラーメン(おいしい文藝)/河出書房新社/2014年
ぷくぷく、お肉(おいしい文藝)/河出書房新社/2014年
つやつや、ごはん(おいしい文藝)/河出書房新社/2014年
ぐつぐつ、お鍋(おいしい文藝)/河出書房新社/2014年

『バッタを倒しにアフリカへ』前野ウルド浩太郎

定職に就くことができず不安定な暮らしを強いられている博士号取得者を「ポスドク」と呼ぶ。ファーブルを尊敬しバッタをこよなく愛する著者の研究テーマはサバクトビバッタ。著者はバッタの研究のためにモーリタニアに出かけ、論文をものにして一旗揚げ、ポスドクから脱却しようと考えている。
2年間、モーリタニアの国立サバクトビバッタ研究所のゲストハウスで暮らすことになった。

バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)
前野ウルド浩太郎
光文社新書  2017年5月

日本人の昆虫学者がなぜアフリカに出張するのか?
それは、世界のバッタ研究の情報は実験室内で得られたものがほとんどで、野外でバッタを観察したものは極めて少ないという事情があるという。
なお、日本は以前よりモーリタニアの漁業支援に力を入れており、港には日本が出資した魚市場や加工工場が建設されている。現在、日本で消費されているタコの3割はモーリタニアから輸入されている。

著者が「バッタの大発生を目の当たりにし、蝗害を未然に防ぐ方法を突き止め、アフリカを救いたい。バッタの研究に人生を捧げる」と大志を語ると、人格者であるババ所長は、「今日からコータロー・ウルド・マエノと名乗るがいい」と、最大級の賛辞を送った。ウルド(Ould)とは、モーリタニアで最高に敬意を払われるミドルネームで、「◯◯の子孫」という意味がある。
ところが、著者がウルドの名を授かった後に、モーリタニア政府が「みんな、確実にだれそれの子孫なんだからウルドは止めよう」ということになり、法律が改正されたという。

バッタは孤独相では鮮やかな緑色となりおとなしくお互い避けあう。一方群生相では、バッタはお互い惹かれ合い群がる習性が出現し、黄色と黒のまだら模様となる。群生相のバッタは体に対して翅が長くなり、飛翔に適した状態になる。なぜサバクトビバッタは大発生するのか。それは混み合うと変身する特殊能力を秘めているからである。
ちなみにイナゴとバッタは相異変を示すか示さないかで区別される。日本ではオンブバッタやショウリョウバッタなどと呼ばれているが、厳密にはイナゴの仲間である。

著者は、バッタの大軍に遭遇できるのか、さらにどこかの研究機関の正職員の席を手にすることができるのか。波瀾万丈の展開は、さながらサスペンスのようである。→人気ブログランキング

『花埋み』 渡辺淳一

本書は、日本の医師国家試験に合格した女医第1号である荻野ぎんの半生を描いている。
シーボルトの娘・楠本いね子が、女医の第1号として挙げられることがあるが、それは正しくない。ぎんより28歳年上のいね子は、明治3年に築地で産科を開業したが、その頃はまだ国家資格ではなかったので、極端なことを言えば、誰でも医者を名乗ることができた時代である。
なお、本書の「解説」を書いている吉村昭は著書『ふぉん・しほるとの娘』で、楠本いね子の生涯を描いている。

花埋み (新潮文庫)
渡辺 淳一
新潮文庫 1975年

ぎんは現在の埼玉県の旧家に生まれ、16歳で結婚したが、夫に淋疾をうつされた。順天堂病院で治療を受け、男性医師に局所の診察を受けることに著しい嫌悪を感じた。ぎんは女たちに同様の屈辱を味わいさせたくないとの思いで、女医を志した。
東京女子師範学校に入学したぎんは、それ以降、吟子と名乗るようになり、明治12年、第1期生として首席で卒業した。
医学を学ぶため、私塾の好寿院に入学した。男たちは吟子に執拗な嫌がらせをした。そんなイジメにもめげず、好寿院を優秀な成績で卒業した。
吟子は医術開業試験に合格し女医第1号となった。そして湯島に産婦人科荻野医院を開業し、大いに繁盛した。

やがてキリスト教に入信し社会運動に身を投じるようになった。
39歳のときに、周りの反対を押し切って13歳年下の男性と結婚した。夫はキリスト教徒の理想郷を作るという志のもとに北海道に渡り、数年後、吟子は後を追った。
夫婦で壮絶な苦労を強いられたにもかかわらず、夫は志半ばで病死した。吟子は札幌で開業しようとするが、吟子の習得した医術はすでに時代遅れのものになっていた。
失意のまま帰郷し、62歳で他界した。

吟子は札幌での開業をかつて医学を学んだとき助教師をしていた人物に相談する。すると「最近は、男の医師だからといって産婦人科の診察を拒む人などまずいません。女医である利点は少なくなっています」という。吟子が医者を目指した理由が、なんの意味をもたなくなったという衝撃的な答えが返ってきたのだ。

吟子は開業して3か月もすると、医者の限界を感じるようになったと著者は書いている。女医になったことで吟子の志は達成され、人生の目標を失ったのではないだろうか。それが猛反対を押し切っての結婚、名声を捨てての北海道行きにつながったのだろう。→人気ブログランキング

『教室内カースト』鈴木 翔

スクールカーストという単語は、『いじめの構造』(森口 朗、新潮社、2007年)で、はじめて紹介された。
本書ではいじめの文脈を外してスクールカーストを論じている。

現役の大学1年生が、これまでの学校生活を振り返って、スクールカーストについて語っている。
小学校ではスクールカーストは存在しない。しいて言えば特定のクラスメイトがいじめにあっていて、いじめられている児童は地位が低かったと言える。小学生は個人単位だが、中学生以降になると所属するグループの力関係の差(スクールカースト)で序列ができるという。

教室内(スクール)カースト (光文社新書)
鈴木 翔
光文社新書 2012年12月

上位グループの生徒の特徴は、賑やかで、声が大きく、気が強く、仕切り屋、両性からの評価が高い、運動ができる。勉強ができるかどうかは関係ないという。
一方、下位グループの生徒は、特徴がない、地味、おとなしい、成績が低い傾向がある。
下位グループは上位のグループを好きなわけではない。上位グループは人気があって目立つぶん反発もある。
クラスでひとつのことを行おうとするときに、下のグループの者は上のグループに干渉される。
上のグループの者は、下のグループに対して何をやっても敵対する眼差しで見られることはないと思っている。

自分の力では地位は変えられない。上位のグループから落ちる者はいても、上がる者はいない。クラスが替わっても以前の立ち位置を知ってる者がいるから、地位は変わらないという。下の者は上に行くことを諦めている。
クラスの中心の男女の仲がいいと、仲の良い男女だけで「何組最高!」になってしまう。クラスイコール自分らみたいに感じてしまう。ところが、最高と感じているのは10人くらい。その他の者は居づらさを感じている。

教師は上位グループの者に声をかけることが多い。上位グループの者は宿題を忘れたとき、気の利いた言い訳をしてクラスを和ませる。下の者はうまい言い訳ができない。
高校の教師は下位の生徒の将来に危惧を抱いている。就職がうまくいかないのは下位の者たちで、上位の悪ガキはなんとか人生を生き抜いていく。

教師はスクールカーストを肯定していて、カーストが上の者には生きる力やコミニュケーション能力やリーダー性があると解釈している。
スクールカースト上位の生徒は、強い先生と弱い先生を嗅ぎ分けるることがうまく、生徒に弱い教師と嗅ぎ分けられた場合には、学級を指揮する権力がなくなってしまう。

生徒はスクールカーストを「権力」によると把握しているのに対し、教師は「能力」によると把握している。スクールカーストというシステムは、生徒は「権力と固定性」と認識し、教師からの「権力の承認」が相まって、機能するものと考えられるという。→人気ブログランキング

教室内カースト /鈴木 翔/光文社新書/2012年
女子校育ち/辛酸なめ子/ちくまプリマー新書/2011年

『女子校育ち』辛酸なめ子

著者は中学・高校が女子校、祖母・母・妹が女子校出身、母は女子校の教師というガチガチの女子校環境で育っているから、説得力がありそう。

女子校生といってもいろいろである。超セレブもいれば背伸びしている者もいる。
女子校出身者は、相手が女子校出身者かどうか見分けられるという。その特徴は、「話が合う、サバサバしている、弱々しさがない、中性的、重い物を持ったりなんでも自分でやる、女慣れというか女を引きつけるツボをわかっている」などの意見であった。女子校出身者のキャラは、コミニュケーションの取り方がうまいことらしい。
女子校にはドロドロとした陰湿な部分があると一般に思われているようだが、ドロドロとサバサバしている両方あるのが女子校だという。

女子校育ち (ちくまプリマー新書)
女子校育ち
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辛酸 なめ子
ちくまプリマー新書  2011年3月

女子校内で起こる盗難事件は学校の名誉を守るため内密にされることが多い。
とくに、キリスト教系の学校では、「神の名において罪人は許しましょう」という大前提があるため、盗難が発覚してもお咎めなしがほとんどだという。
ミッション系女子高の真骨頂のイベントはクリスマス礼拝。ハレルヤやメサイアなどの荘厳な賛美歌を歌い、暗い中キャンドルの灯をともして、キリストの誕生に思いをはせる聖夜、トランス状態になって、生徒同士が抱き合い、泣きながら涙を流すというシーンも珍しくないという。

女同士の恋愛事情について、先輩に憧れたり後輩を可愛がったりするのは良いとして、なぜか同学年の愛はタブー。女子校でモテるステレオタイプは、運動部もしくは演劇部の男役で、ショートヘア・ボーイッシュ・高身長の女子だという。宝塚の男役のイメージだ。

ユーミンの『卒業写真』の歌詞に出てくる「あの人」とは、先生のことだと知って驚いたことがあっが、「♪悲しいことがあると開く皮の表紙  卒業写真のあの人は 優しい目をしてる♪」、「プラトニックラブ  アンケート結果」の項に、〈先輩だけにとどまらず、女の先生(結構歳を食った)ラブの子もいて、何かと口実をつけて会いに行ったり、出待ちしたりしていました。〉とある。なるほどそういうことだったのか。

女子校生が異性と知り合うスポットのナンバーワンは塾だそうだ。
晴れて大学生になって異性と接するようになっても、性行為について相談できる親しい友だちがいないため、AVなどから過剰な情報を得て淫乱になってしまうケースがあるという。もしくは、男性への嫌悪感が抜けないまま修道女並みの禁欲的な日々を送ってしまうこともある。

才色兼備がウリの女子アナは女子校出身が多い。逆にアイドルの自然な媚は女子校出身の人には出せないかもしれないという。
レディー・ガガはカトリック系の女子校出身。性を超越した存在感や男性受けを考えない個性的なファッションなど、女子校出身らしさが凝縮しているという。→人気ブログランキング

教室内カースト /鈴木 翔/光文社新書/2012年
女子校育ち/辛酸なめ子/ちくまプリマー新書/2011年