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2017年12月

『勝手にふるえてろ』綿矢りさ

映画化、2017年12月23日公開。
おたく期間が長かったと自分で認める、26歳のOL、江藤ヨシカは、二人の男との恋愛のはざまで揺れている。とは言っても、イチ彼は中二のときから思いを遂げられない初恋の男で、卒業以来、一度も会っていない。
ニ彼は同期入社の男。結婚を前提に付き合ってくれと言われているものの、返事はしていない。ニ彼はマッチョで、自分の身体を鍛えることしか興味がない様子。一方、ヨシカはウィキペディアで絶滅した動物を調べることに凝っているが、もちろんニ彼はその話題に食いついてこない。

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ヨシカはイチ彼と再開を果たすために、外国在住の同級生になりすまして、SNSのアカウントをとり、同級会の開催をアナウンスした。
同級会当日、その同級生をインフルエンザに罹って出席できなくなったことにした。
思惑どおりイチ彼が現れて、後日、在東京組で集まろうということで話がまとまった。
しめしめうまく事が運んだ。
こんな悪巧みで思いが遂げられるわけがないのだが。。
理想と現実のはざまで右往左往するヨシカは、おたく気質が禍して不祥事を引きおこしてしまう。

妄想たくましい不器用なOLが暴走するコミカルで哀愁漂う恋の物語→人気ブログランキング

『ラーメン超進化論 「ミシュラン一つ星」への道』田中一明

本書の要点は、1)ラーメン店が『ミシュランガイド』の1つ星に輝いた。2)ニューカマーとして女性と外国人が加わった。3)ラーメンづくりのコンセプトが変わった。の3つ。

ここ何年かのラーメンの進化は目を見張るものがある。その象徴的な出来事として挙げられるのが、『ミシュランガイド』の1つ星にラーメン店が輝いたことである。

ラーメン超進化論 「ミシュラン一つ星」への道 (光文社新書)
田中一明
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どのようような経過で、『ミシュランガイド』にラーメン店が掲載されるようになったのか。
ミシュランがラーメンに注目したのは、「ラーメンなどの大衆食を掲載しなければ、日本の食文化を十分に表現できているとは言えない」と判断したからではないかと著者は推察する。
まずは、新しいカテゴリーのビブグルマン部門が、2014年度版から設けられた。ビブグルマンとは、5000円以下でコースや単品料理などの食事が楽しめる、コストパフォーマンスの高いレストランである。
ビブグルマンにラーメン店22店が掲載されたのが、2015年度版。そしてついに、2016年度版には1つ星として「Japanese Soba Noodles 蔦」(巣鴨)が掲載され、2017年度版には「創作麺工房 鳴龍」(大塚)が掲載された。この2店は、いわば全国3万5千のラーメン店の頂点に立ったのである。

『ミシュランガイド』にラーメン店が掲載されたことで、ラーメンファンのすそ野が広がり、特に女性や外国人のファンが増えた。
2015年に始まった「ラーメン女子博」は盛況で、年々参加者数を伸ばしているという。男の目を気にしないで、女性が本音で行動できることが受けている。
また、味千ラーメン屋や一風堂に続けとばかり、海外に進出する店も多くなった。

一方、ラーメンの平均水準は上がっているのは確かだが、初めて訪れる店でどこか別の店で食べたような既視感を覚えるようなことが多いのは、ラーメンファンなら誰でも体験していることだ。それだけ、各店舗が他の店で出すラーメンを研究しているということでもある。

最先端を行くラーメン店の傾向は、味をどんどん進化させることだという。店を訪れる客が減ろうが増えようが、ラーメンの内容に満足できなくなれば、すぐさま見直しに取り掛かる。そのようなスタンスが当たり前になりつつあるという。
こしたことが、ミシュラン1つ星獲得の原動力となっている。→人気ブログランキング

『日本の10大新宗教』島田裕巳

日本人は無宗教といわれるが、著者はそうとらえていない。
日本は、神道と仏教という二つの宗教が組み合わされた形態をとっているために、自分たちを神道の信者とも仏教の信者とも決めかねている。そこから特定の宗教に属していないという意識が生まれるという。けれども現実には神道と仏教に関わり、その儀式に参加しているわけで、その点では、キリスト教徒やイスラム教徒の場合と変わらないとする。
そんな日本の土壌で、新宗教は神道か仏教の影響を必ず受けていて、多くはどちらの宗教の影響も受けているという。

日本の10大新宗教 (幻冬舎新書)
日本の10大新宗教
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島田 裕巳
幻冬社新書 2007年

本書が取り上げている10教団は、天理教、大本、生長の家、天照大神宮教と璽宇、立正佼成会と霊友会、創価学会、世界救世教・神慈秀明会と真光系教団、PL教団、真如苑、GLA(ジー・エル・エー総合本部)。これらの教団の成り立ちや現状をコンパクトに捉えた好著。
カルトの範疇に入る新宗教はリストアップしなかったというが、カルトと新宗教の線引きは難しいという。

社会的に問題を起こす新宗教の教団がカルトとして糾弾されるのは、その教団が、世直しの思想や終末論を強調したときだという。世直しの思想や終末論は、新宗教が勢力を拡大する際の強力な手段である。危機感を煽ることは信者を過激な布教活動に走らせることになり、社会問題を引き起こしやすい。
新宗教が問題を起こすもう一つ理由は、積極的な金集めを行ったときである。新宗教は、何かと巨大で豪華な建造物を建てたがる。

信者数を増やしてきた新宗教は、その過程で弾圧や取り締まりを受けている場合が多い。弾圧や取り締まりを受けることで、自分たちのあり方を反省し、社会性のある行動を取るようになるのが普通だという。そこに新宗教の成熟の過程を見ることができるという。逆に、問題を起こし続けて弾圧や取り締まりを受け続ければ、いつまでもカルトとしての批判を免れない。

例えば、幾人かの有名女優を信者として擁する「真如苑」が公表している信者数は、90万人である。著者の分析と一致するという。通常教団はデータを水増しすることが多いが、水増しをしないところを見ると、真如苑は新宗教として成熟し落ち着いた状況にあるという。→人気ブログランキング

仏像図解新書/石井亜矢子・岩崎隼/小学館101新書/2010年
日本の10大新宗教/島田裕巳/幻冬社新書/2007年
現代アメリカ宗教地図/藤原聖子/平凡社新書/2009年
完全教祖マニュアル/架神恭介・辰巳一世/ちくま新書/2009年
ふしぎなキリスト教/橋爪大三郎・大澤真幸/講談社現代新書/2011年

『デジタル時代の著作権』中野祐子

急速に変化し続けるデジタル技術に著作権法が追いつかなくなっている。著作権法は追加された規則により継ぎ接ぎだらけで、専門家ですら把握できていないくらい複雑になっている。著作権に多様な状況が存在することを認め、それぞれに適応した特例措置を設けることが、これからの著作権のあり方であると説く。著作権について網羅されていて、テキストブックとして使える内容である。

デジタル時代の著作権 (ちくま新書)
野口 祐子
ちくま新書  2010年

デジタルネットワークがもたらした問題点(変化)として次を挙げている。
1)そもそもネットを閲覧するという行為はコピーをすることで成り立っている。複製や頒布を推し進めるデジタル技術とこれを禁止する著作権は、矛盾している。
2)著作権のルールを厳格に運用したならどうなるか。専門の権利処理チームを雇える金持ちや企業だけが、安全な表現活動ができることになり、資力のない一般の人たちは、それができなくなってしまう。
3)「アイディアは保護せず、表現だけを保護する」という著作権の大原則を、文章表現に当てはめるのは比較的容易であるが、音楽や写真などではうまく機能していない。
4)著作権が大衆にまで影響を及ぼすようになった。ブログを公表したりやツイッターでつぶやくことも著作権法の対象である。
5)ベルヌ条約(著作権の国際条約)は、登録などの特定の手続きを取らなくとも、海外では著作物が自動的に保護される「無方式主義」を採用している。このことにより権利者を登録しているデータベースがどこにもなく、権利者を探すのが困難である。

科学に世界では、公的資金で行われた実験のデータは共有できるという発想のもと、データを共有する動きが活発になっている。最先端の解析機で行った結果を共有することで、少ない研究資金でもデモデータを解析できるようになる。
データを共有するときはライセンス(利用条件)を標準化したものを用いる。ところが、データを開示するときにライセンスを厳しくしがちである。

フェア・ユースとは、「公正な利用」であれば、著作権者の許諾がなくても著作物を利用できる制度である。
アメリカのフェア・ユースでは、1)利用の目的・性質、2)利用された著作物の性質、3)利用された著作物の量や実質性、4)利用行為が著作物の市場や価値に与える影響、の4つの条件を総合的の考慮し、その利用が公正な利用であったかどうかを判断する。
フェア・ユースのデメリットは予測性が低いこと、事後にアウトとなることもある。

クリエイティブ・コモンズとは、作品が人の目に触れてからユーザーが権利処理する、という後追いの権利処理ではなく、作品を公表する段階で、権利者が自発的に、事前の許諾を与えておく仕組みを作ろうというライセンス運動のことである。
ライセンスはシンプルで洗練されたものが理想である。さらにライセンス間の互換性を進めることが重要である。

大胆な解決策として、「すべての著作権をなくして、使った分から税金のように金をとる。著作物を登録制にする」と提案している。→人気ブログランキング

正しいコピペのすすめ/宮武久佳/岩波ジュニア新書/2017年
著作権法がソーシャルメディアを殺す/城所岩生/PHP新書/2013年
デジタル時代の著作権/中野祐子/ちくま新書/2010年

『インディアンの夢のあと:北米大陸に神話と遺跡を訪ねて』 徳田いつこ

著者はアメリカに在住していた頃、ロサンゼルスの歴史の浅さに馴染めなかったという。ロサンゼルスに住むことの収まりの悪さを、インディアンの遺跡に触れる旅で補っていたのかもしれないという。

アメリカの歴史を語るとき、よく言われることだが、西部開拓史の前は、一気に恐竜が跋扈する2億年前のジュラ紀・白亜紀までさかのぼり、故意にインディアンの歴史は抹消されている。
インディアンは太古からアメリカ大陸に暮らしていた。そこに、白人が新天地を求めてやってきた。黒人は白人の都合でアフリカから連れてこられた。一方、ヒスパニックは自分たちの意思でアメリカにやってきた。
にもかかわらず、インディアンは、黒人やヒスパニックよりも下、社会の最底辺に追いやられている。ネイティブ・アメリカンとしての誇りをズタズタにされている。
本書の目的は二つ。遺跡を通してインディアンが自然と共存していた過去に想いを馳せ、彼らのおおらかな生き方に触れることと、ネイティブ・アメリカンの友人たちの暮らしぶりを紹介することである。

訪れた遺跡は、〈1054年に起きた蟹座の超新星の爆発を描いた、ニューメキシコのチャコにある岩絵〉〈太陽の陽光と月の光を記録しするための壁に開けられた窓〉〈コロラド河畔に描かれている52メートルの大きさの人の地上絵〉〈サンタフェの岩絵に描かれた背中の曲がった笛吹き男ココペリ〉〈オハイオ南部ピーブルズにある全長410メートルの蛇の塚〉〈謎のピラミッドと呼ばれるモンクス・マウンド〉など。

遺跡を前にして、〈奇妙に懐かしい場所だった〉と書いているが、それは、あらゆる現代的なものをそぎ落とした、インディアンの素朴な生き様を目の当たりにすると、誰もが感じる懐かしさなのかもしれない。あるいは、著者がインディアンと同じモンゴル民族のDNAをもつ日本人だからかもしれない。
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『正しいコピペのすすめ』宮武久佳

著作権法は時代遅れとなり、新しいルール作りが必要となった。その際、金持ちや政治家などの都合のいい内容にならないように、「みんなの著作権」という意識を持つことが大切だと説く。ネットやSNSの発達により、著作権と向き合って生活せざるをえなくなった一般の人びと、特に大学生向けに書かれている。

著作権(copyright)とは、「無断で私の作品を利用するな」と言える権利であり、コピーする権利である。
極端なことをいうと、レストランで自分のスマホで店員に集合写真を撮ってもらうと、写真の著作権は店員にある。写真を公開するには店員の許可が必要である。

正しいコピペのすすめ――模倣、創造、著作権と私たち (岩波ジュニア新書)
宮武 久佳
岩波ジュニア新書  2017年3月

ではどのようなものに著作権が認められないのか。
自動車の車体や服装のファッションなどは、工業デザインや応用美術に含まれるひとつの形態とみなされ、著作権の対象ではない。ナイフやフォーク、ボールペンと同じ。
料理はアイデアであり著作権はない。
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」は、議論はあるが、著作権はないとされる。だれが書いても同じような文章になってしまうからだ。

著作権法の例外規定として、個人が使用する目的でコピーする場合のほか、公共性・公益性が高い、学校教育の現場、図書館サービス、福祉の現場、報道目的などでの使用がある。
たとえ個人使用であっても、映画のDVDのようにコピープロテクトがかけられていたり、パスワードが設定されたりするソフトについては、プロテクトを外したりすることは違反行為である。

著作権は著作者の死後60年、映画70年。因みに特許権20年、商標権10年。欧米の著作権は現在70年。日本に延長が迫られている。著作権が切れると、パブリックドメイン(公共財)となる。

大学教員の著者は、学生のレポートのコピペに否定的な理由として次を挙げる。
学生が考えることなく他人の考えを鵜呑みにしてしまう、どこからが他人の意見で、どこからが自分の意見か不明瞭になりがちである。他人の作品にフリーライドする違法行為である。
いま多くの大学がコピペ答案を見破る「コピペ監視ソフト」を導入しているという。学生間のペーパーで似たものを探し出す機能もある。抑止力を期待して、課題を出すときに「コピペ監視ソフト」を使うと宣言しているという。

上手なレポートを書く秘訣は、課題の意図を見極め、知らないことを知ろうとする好奇心にあるとする。よくわからない課題が出たら好奇心を高めることが大事。知らないものは書けないのだから、知る努力が必須である。

正しいコピペの仕方は、〈①自分のコンテンツとの脈絡において必要性があること、②自分のコンテンツにパーツとして取り込むこと、③自分の作った部分と引用部分がカギカッコなどによって明確に区別されていること、④自分の作った部分と引用部分のメインとサブの関係が明確であること、そして、⑤一字一句正確にコピペし、引用部分の出所を明示すること。〉→人気ブログランキング

正しいコピペのすすめ/宮武久佳/岩波ジュニア新書/2017年
著作権法がソーシャルメディアを殺す/城所岩生/PHP新書/2013年
デジタル時代の著作権/中野祐子/ちくま新書/2010年

『パット・ホビー物語』F.スコット.フィッツジェラルド

「ロスト・ジェネレーションの旗手」、あるいは、「ジャズ・エイジの象徴」と呼ばれたF.スコット.フィッツジェラルド(1896〜1940年)の最晩年の作品。1940〜42年に雑誌『エスクァイア』に連載された連作短篇。

トーキー時代に引っ張りだこの脚本家だった49歳のパット・ホビーは、ここ5年間は仕事が少なくなるばかりだ。パットは、企画書もまともに読まないくらいでいい加減で通してきた。自分には、まだそれなりの力があるかのような態度を、ことあるたびにとるが、ほとんどの場合無視される。金の無心をしなければならないほど素寒貧である。いつもジンかウィスキーのパイント瓶を尻ポケットに忍ばせてアルコール臭い。
落ち目のパット・ホビーがヘマをしでかす話がオチがついて並んでいる。
本書に収録されている短篇は、ほとんどが本邦初訳だという。

主人公と同じように、1920年代に名声をほしいままにした著者だが、本作品の執筆の頃は、妻エルダは精神病院に収容され、自身はアルコールに蝕まれどん底の状況にあった。著者はパット・ホビーに自身をダブらせていたのだろう。

パット・ホビー物語
パット・ホビー物語
posted with amazlet at 17.12.07
F.スコット・フィッツジェラルド
風濤社 (2016
2016年12月

「パット・ホビーのクリスマスイブ」第1話
パットはクリスマスイブだというのに重役に命じられた仕事をしている。新任秘書のヘレンから重役の弱みを握っていると聞かされた。パットは重役をゆすってプロジューサーにしてもらおうと企てるが。。

「パット・ホビーとオーソン・ウェルズ」第5話
撮影所には入構書がなければ出入りできなくなった。警備員に屁理屈を並べてなんとか入ろうとするパットだが、警備員は「たとえオーソン・ウェルズだとおたくが言ったとしても入れるわけにはいかない」と返す。
パットは、映画界の重鎮の車に乗り込み、入構書の発行をお願いする。しぶとく食い下がるパットに、重鎮は新顔のオーソン・ウェルズと会うことになっていると言って、面倒臭そうに名刺入れに手を伸ばした。
金を無心した相手に強要されて、パットはオーソン・ウェルズに変装させられた。急に心臓発作で倒れた重鎮をパットが乗っている車で病院に運ぶことになった。パットは変装がばれてはまずいと、バーに駆け込みカウンターの髭面のエキストラたちに紛れ込んだ。

「パット・ホビーの学生時代」第17話
秘書はパットに机の中のものの廃棄を命じられ、袋に詰めて車で捨てる場所を探していた。大学を舞台とした映画を作ることになって、パットはアイデアを探りに大学を訪れた。教授会の席でとっさに浮かんだ学生の窃盗事件のストーリーを語った。そこに捨てる場所が見つからなかったと、秘書が袋に入った大量の空の酒瓶を持って現れた。→人気ブログランキング

『誰も教えてくれなかった「源氏物語」の面白さ』林真理子×山本淳子

本書が発刊された2008年は「源氏物語千年紀」の年だった。
紫式部が「紫式部日記」の中で、若紫や源氏について書いたのが1008年であることが根拠となっている。

貴族の数は、紫式部が活躍した摂関時代の最盛期で200人程度、家族を入れても1000人程度だったという。
平安朝文学の研究者・山本淳子と林真理子の対談集。

誰も教えてくれなかった『源氏物語』本当の面白さ (小学館101新書)
林 真理子 山本 淳子
小学館新書  2008年

〈「源氏物語」は、帝四代70年にわたる歴史小説であり、光源氏と藤原氏をめぐる政治サスペンスであり、六条御息所が躍如するオカルトミステリーである。
「源氏物語」の54帖は、ボリュームは400字詰原稿用紙2300枚、登場人物のべ4百数十人という壮大なもの。
第1帖「桐壺」から第33帖「藤裏葉」までが、源氏の誕生と栄光を描く第1部。第34帖「若菜上」から第41帖「幻」までが、中年光源氏の憂いと老いを描いた第2部。第42帖「匂兵部卿」から第54帖「夢浮橋」までが、源氏の死後、宇治を舞台に光源氏の孫たちが活躍する「宇治十帖」を中心とする第3部、という構成になっている。〉

なお、「桐壺」や「空蝉」などの帖のタイトルとなっているのは、紫式部がつけたものではなく、後世の人々によってつけられたもの。

空蝉は紫式部自身がモデルという説がある。年の離れた受領(ずりょう)の後妻となった点、空蝉が身を寄せる家が紫式部が実際に住んでいたとされる場所に近いということなどが根拠である。ちなみに、受領とは現地に赴任して行政の責任を負う役人の呼称。
また、源氏のモデルは第59代・宇多天皇(867〜931)、桐壺帝は第66代・一条天皇(980〜1011)、桐壺の更衣は皇后定子ではないかという。

受領の妻であった紫式部は、藤原道長にスカウトされ道長の娘の彰子に仕えたことで運が巡ってきたと言える。
紫式部と清少納言は直接会ってはいないが、互いに大いに意識し、それぞれの著書の中で相手をけなしている。

「源氏物語」を原文で読むことは研究者でもない限りむずかしい。
それゆえ、与謝野晶子、谷崎潤一郎、円地文子、田辺聖子、橋本治、瀬戸内寂聴、大塚ひかり、そして最近は角田光代によって、現代語訳がされている。→人気ブログランキング

誰も教えてくれなかった「源氏物語」の面白さ』林真理子×山本淳子/小学館新書
紫式部の欲望』 酒井順子/集英社文庫
源氏物語 千年の謎』DVD
ラノベ古事記』小野寺 優