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2018年4月

『10の奇妙な話』 ミック・ジャクソン

切ないが変でユーモアのある独特の味がある短篇が10篇収録されている。つい引き込まれてしまう現実には起こりがたいことが違和感なく語られて余韻が残る。また装画の出来が鋭い。描かれた人物はそれぞれの物語の切なさとユーモアを背負っている。

10の奇妙な話
10の奇妙な話
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ミック・ジャクソン/ 田内志文
東京創元社 2016年
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「ピアース姉妹」 海で遭難した青年を助けた姉妹は青年に容姿を酷評された。ふたりはに男がいると楽しいことに気づいた。
「眠れる少年」 少年が10年眠り続けた結果起こること。
「地下をゆく舟」 定年男が地下室で舟を完成させるが、入り口から出せないことに気づいた。
「蝶の修理屋」 時計の修理器具のような蝶の修理器具を見つけた話。
「隠者求む」 裕福な夫婦が地所の洞窟に隠者を住まわせる広告を地方紙に出した。住まわせた隠者を制御できなくなる。
「宇宙人にさらわれた」 宇宙船に音楽の先生をさらわれた子供たちは、先生を取り戻そうと、市庁舎に押しかける。
「骨集めの娘」 話をなんでも聞いてくれた祖父が死んだ。少女はそれまで掘って集めた骨を穴に埋めた。
「もはや跡形もなく」 母親と喧嘩した男の子が家出し森の中で暮らす。
「川を渡る」 葬儀屋一家と死体が入った棺を乗せた車が親族とはぐれてしまい、舟で葬儀場にたどり着くようにした。
「ボタン泥棒」 馬にボタンを食いちぎられた少女がボタンを取り戻そうとする話。→人気ブログランキング

『人類の未来 AI、経済、民主主義』 吉成真由美(インタビューアー)

対談に登場するのは、ノーム・チョムスキー、レイ・カーツワイル、マーティン・ウルフ、ビャルケ・インゲルス、フリーマン・ダイソンという顔ぶれ。世界をグローバルな観点から見つめ直すための必読の書。なお吉成真由美の夫はノーベル賞受賞者の利根川進。

人類の未来―AI、経済、民主主義 (NHK出版新書 513)
ノーム・チョムスキー レイ・カーツワイル マーティン・ウルフ ビャルケ・インゲルス フリーマン・ダイソン
NHK出版新書  2017年4月
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【第1章 トランプ政権と民主主義のゆくえ】ノーム・チョムスキー(アメリカの哲学者、言語学者、1928年)

トランプ政権に対しての評価はただ一言、予測不能だということ。
アメリカは国内由来の理由によって後退している。鉄道網が前時代のものである。金融セクターは伸びているが、経済にとって貢献してるか疑問、おそらくほぼ有害となっているだろうという。
健康保険は非効率的で、他の先進国に比べてコストが一人当り2倍になっている。この無駄を是正することでアメリカの赤字は解決すると指摘する。

ちなみに、シンギュラリティは空想、単なるファンタジー。〈われわれは他の生物のことを考える場合は、非常に理性的だけれども、人間のこととなると突如として非理性的になる傾向がある。〉と批判する。

今や「人新世(Anthropocene)」の時代、すなわち人間が地球環境に影響を及ぼす時代。人類が地球を滅ぼす力を備えた時代である。

【第2章 シンギュラリティは本当に近いのか?】レイ・カールワイツ(アメリカの発明家、未来学者、グーグルAI部門の責任者、1948年)

シンギュラリティ(技術的特異点)とは、人工知能が人間の知性を超える時点をさす。
カーツワイルが最も強調するのは、「指数関数的な成長の力」である。つまり想像をはるかに超えるスピードで、情報テクノロジーの分野は進歩するということ。

カーツワイルの予測は、2030年頃には、スマートフォン程度のコンピュータ・デバイスは、血球サイズになり、血液中に入り、免疫システムを補助するようになる。医療用のナノロボットがすべての病気と老化を治療する。これらは基本的にはワクチンと同じ働きをする。などの大胆な予測をしている。
インタビューアーは、「細胞一つ、ミトコンドリア一つ光合成も再現されていない」と突っ込む。

人間はポストヒューマンと呼ばれる存在になる。では、具体的にどのようになるのか。『オリジン』(ダン・ブラウン著)に登場する未来学者カーシュは、カーツワイルと進化生物学者のドーキンスが一緒になったような人物である。カーシュの演説に具体的なポストヒューマン像が語られている。
〈「われわれは混合種になろうとしているーバイオロジーとテクノロジーの融合です。いま体外にあるツールースマートフォン、補聴器、読書用眼鏡、たいがいの医薬品ーと同じものが、50年後には体内に組み込まれ、われわれはもはやホモサピエンスとは呼べない存在になっているでしょう」〉

【第3章 グローバリゼーションと世界経済のゆくえ】マーティン・ウルフ(英国の経済ジャーナリスト、1946年)

中国はこれから5年後政治システムがどうなっているかわからない。
自由にトレードできる確信が持てなければ、交換不能通貨ということになる。これでは世界通貨としてのスタートラインにすら立てない。
ユーロはこれから5年後存続しているかわからない。米ドルは少なくとも存続している。米ドルが世界通貨としてしばらく使われるだろう。

日本の借金体質はいつまで続くのかという問いに対して、国民が負債を負う意欲がある限り続けられる。20年くらいは続くだろう。
国は破産することがあるかについては、定義によるが、破産を免れるためには領土を売却すればいいとする。
日本企業は巨大な余剰資金貯蓄庫であ。過剰債務の返済が終わったあとも、慢性的に内部留保を続けている。その割合はGDPの8〜10%という。日本の政府の課題はいかにしてこの余剰金を取り出すかということ。その手段として、内部留保を吸い上げる、法人税をあげる。

EUの通貨統合は間違いだった。通貨統合したのならもっと政治的に連携を深めるべきだ。お金と移民という問題がヨーロッパの結束を脆くし、繁栄を妨げヨーロッパ全体を弱くすることになった。
ユーロ圏では、政治的な統合なしに通貨の統合を行ったことが、民主主義を蝕む結果になっているように見える。金が民主的なチェック&バランスの規制を受けないからである。権力は欧州トロイカの執行部に集中しているのに、かれらは選挙で選ばれていないため、その決定に責任をとる必要もない。

【第4章  都市とライフスタイルのゆくえ】ビャルケ・インゲルス(デンマークの建築家、1974年)

「コペンハーゲン・ハーバー・バス」の発想は、港を海水浴できるところ変える
ゴミからエネルギーを生み出すテクノロジーはとてもクリーンなものとなってきてる。
建築は人間を感動させ、意識を変える。
制約こそクリエティビティの基である。

【第5章 気候変動モデルの懐疑論】フリーマン・ダイソン(数学者、理論物理学者、宇宙物理学者、1923年、アインシュタインの後継者と呼ばれる)

気候問題にあまりにも多くの時間と労力が使われすぎた。大気中の炭素削減のために巨額の金を使うべきではない。
気候科学は宗教の様相を呈してきている。気候変動を信じない者は、いかなる研究もできないようになってきている。(アイヴァー・ジェーバー)
科学的コミュニティのコンセンサスは変わる。1930年代、優生学が科学コミュニティのコンセンサスだった。気候変動に関しても同じ種類の疑問が持たれている。
宗教と科学については、人びとは事実を確認するより、物語を信じる傾向がある。
その他教育、いじめ、神童、について語る。→人気ブログランキング

『オリジン 上下』 ダン・ブラウン

ラングドン・シリーズの第5弾。本書のテーマは「宗教の終焉」。
本書の冒頭には、〈この小説に登場する芸術作品、建築物、場所、科学、宗教団体は、すべて現実のものである。〉と記されていて、舞台となるグッゲンハイム美術館、サグラダ・ファミリア教会の詳細な描写は、本書の魅力のひとつである。

スペインの北、ビルバオにあるグッゲンハイム美術館にVIPを集め、天才的な頭脳をもち世界をリードしてきた未来学者のエドモンド・カーシュが、「人類の来し方と行く末」についての新説を発表しようとしている。カーシュは無神論者として有名である。

オリジン 上 (角川書店単行本)
オリジン 上
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ダン・ブラウン/越前敏弥
2018年2月
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オリジン 下 (角川書店単行本)
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KADOKAWA / 角川書店
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カーシュから前もって新説を聞かされた、ユダヤ教のラビ、イスラム教の博士、カソリック教会のバルデスピーノ司教は、宗教界ひいては世界を混乱に陥れることを恐れている。発表は1か月後と聞かされていたが、それが早められたのだ。ラビは自殺し、博士も死んでしまう。

カーシュの恩師であるハーヴァード大学教授で宗教象徴学者のロバート・ラングドンや、美術館の館長でありスペイン王子の婚約者であるアンブラ・ビダル、そして多くの聴衆が見守るなか、カーシュは講演をはじめる。これから本題に入ろうとしたその時、カーシュは銃撃され殺される。
近くにいたグランドンとビダルが犯人と疑われ、警察に追われる身となった。ふたりの逃亡を助けるのは、カーシュが開発したAIのウィンストンである。
パルマール教会の宰輔からカーシュの殺害を命じられたのは、スペインの退役海軍提督アビラだった。

講演の内容が世界に流れることを阻止しようとする勢力によって、カーシュは殺害されたのだ。グランドンは、講演のDVDにアクセスするパスワードがサグラダ・ファミリアの地下室にある書物に書かれている47文字と突き止めた。
スペイン警察や暗殺者アビラの追跡を終結させるには、カーシュのビデオを公開すればいいのだ。
この後、二重三重のどんでん返しが仕掛けられている。

新説とは一体どういうものなのか。
抽象的には、宗教の時代は終わりを向かえつつあり科学の時代が幕を開けようとしている、というもの。言い方を変えれば、神ではなく物理で生命が誕生し、将来人間はポストヒューマンとなる。つまり、進化論とレイモンド・カーツワイルの言うシンギュラリティを受け入れることである。→人気ブログランキング

『アリゾナ無宿』逢坂 剛

16歳の娘の目を通して描かれているので、アリゾナの荒野が舞台の賞金稼ぎの話であるのに、汗臭くなく、埃っぽくなく、ギトギトしていない。適度にデオドラント化された和製西部劇である。そのオルタナティブな感じがたまらなくいい。

主人公の賞金稼ぎ3人組はどのようにして誕生したのか?
16歳のジェニファは南北戦争(1861〜1865年)が終わったあと、南軍のゲリラに一家が襲われてひとりだけ生き残り、インディアンのスー族に育てられた。そのあとラクスマンという怪しい男に引き取られてカウガールとして牧場の仕事を続けてきた。
今日は半月に1度の買い出しで、ベイスンの街に、髭ぼうぼうのラクスマンとともに来ている。

アリゾナ無宿 (中公文庫)
アリゾナ無宿
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逢坂 剛
中公文庫
2016年 ✴✳✳✳✳︎
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酒場でふたりのカウボーイに絡まれた黒服の男は、威嚇の銃弾にびくりともしなかった。
ふたりが保安官を殴り倒して黒服の男を撃とうとしたところで、ステットソン帽に鹿革服の男が制止しようとしたのもつかの間、黒服の男は、カウボーイのひとりの眼を吹き矢で刺し、もうひとりは銃を持つ親指の腱を刀で切った。あっという間の早業だった。

人見知りせずおまけに好奇心旺盛なジェニファは、レストランで黒服と鹿革服の男と昼食を共にすることになった。黒服の男はザグワロ(サボテンの名称)と名乗り、記憶を喪失していて、日本のハコダテからやってきたという。一方、鹿革服の男は賞金稼ぎ(バウンディ・ハンター)で、トム・B・ストーン(TOMBSTONE)と名乗った。つまり墓石だ。

ストーンはジェニファをラクスマンの農場に送っていった。
ストーンがお尋ね者のローガンについて訊ねようとすると、ラクスマンは農場から慌てて出て行こうとした。ストーンは、ローガンなら頬に星印の傷があるはずだと、ラクスマンに銃を突きつけて髭を剃らせたが、星印の傷はなかった。しかし、髭剃りに使った象牙のカミソリがローガンの物で、ラクスマンはローガンを殺し3万ドルの金を奪った強盗殺人犯だった。ストーンはラクスマンを射殺した。

自由の身となったジェニファーだったが、天涯孤独となってしまいストーンが拒否するのもお構いなしにストーンに同行すると言いだした。ジェニファは賞金稼ぎの見習いとなった。
こうして、ストーン、ザグワロ、ジェニファの賞金稼ぎのチームが誕生した。→人気ブログランキング

アリゾナ無宿
逆襲の地平線
果てしなき追跡

『ミスター・マジェスティック』エルモア・レナード

『オンブレ』(エルモア・レナード著)の訳者解説のなかで、村上春樹が本書を勧めていた。
マジェスティックという名前は、日本語ならば三文字の漢字で表される由緒正しい公家の名前に相当するのではなかろうか。そんなマジェスティックはカリフォルニアのメロン生産者で、ガソリンを3リットルしか入れないくらい、金回りが悪い。さぞや、ショボくれたオヤジかと思いきや、ページが進むうちにそれが見込み違いだったことがわかる。ベトナム戦争も刑務所暮らしも経験している怖いもの知らずの男だ。

ミスター・マジェスティック (文春文庫)
エルモア・レナード/高見浩
文春文庫 1994年 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
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メロン収穫期の農場ではメロン摘みの労働者が大勢必要である。幸い、マジェスティックは、渡り労働者のナンシーたちを雇うことができた。
マジェスティックが警察に検挙されたのは、飲んだくれの白人たちを売り込もうとする悪徳手配師コスパを銃で脅した容疑だという。拘置所には、これまでに7人を殺していて一度も有罪になったことのない黒人の殺し屋レンダがいた。

裁判所への護送途中に、マジェスティックたちを乗せたバスをレンダの手下が襲い、レンダとマジェスティックは逃走した。撃たれた保安官補のポケットから手に入れた鍵でマジェスティックは手錠を外し、手錠をつけたままのレンダを警察に引き渡そうとした。
そこへ、レンダの情婦・白人のワイリーがジャガーで現れ、マジェスティックはワイリーとレンダを銃で牽制しなから警察署に連れて行こうとしたが、逃げられてしまった。

プライドが傷ついたレンダは、手下とともにマジェスティックの命を奪おうと、家とメロン集積所を囲んでいる。警察は今度こそレンダをとらえて有罪にしようと、躍起になって遠まきに監視する。一方、迎え撃つマジェスティックはナンシーと家の中で息を潜めている。

先手の攻撃を仕掛けようと、ナンシーが運転するピックアップの荷台にマジェスティックを乗せて敷地から飛び出す。まんまとレンダたちを山岳地帯に誘い込んだマジェスティックは、レンダの手下を次々に射殺していく。鹿撃ちで山岳地帯の地形は頭の中に入っているのだ。
レンダが逃げ帰った別荘に、ピックアップで乗り付ける。そして、銃撃戦がはじまる。
カリフォルニアの陽光の中で、個性あふれる登場人物たちが躍動する極上のノワール・サスペンス。→人気ブログランキング

オンブレ/新潮文庫/2018年3月
ラブラバ/ハヤカワ・ミステリ/2017年
ラム・パンチ/角川文庫/1998年(『ジャッキー・ブラウン』DVD)
ミスター・マジェスティック/文春文庫/1994年

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『オリーブ・キタリッジの生活』エリザベス・ストラウト

数学教師のオリーヴ・キタリッジ先生は不愛想で高飛車でおまけに癇癪もちである。そんなオリーヴに薬局を経営する夫のヘンリーや周りはどうつき合うのか。体が大きいオリーヴはどんな波乱を巻き起こすのか。しっぺ返しに対してどのように振舞うのか。

オリーヴ・キタリッジの生活 (ハヤカワepi文庫)
エリザベス・ストラウト/小川高義
ハヤカワepi文庫
2012年 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ 売り上げランキング: 38,866

メイン州の海辺のクロズビーという架空の街で暮らす人びとの生活を描いた13の連作短篇。オリーヴの40歳代から70代の半ばまでが描かれる。短篇の一つ一つに、情報がふんだんに詰まっているので、まるでそれぞれが長編を読んだような重厚さである。上から目線の女性を描く力量に賛辞を送りたい。

オリーヴは、反抗する息子のクリスをかかえて、子育てがうまくいっていないと感じている。人がいい温厚なヘンリーも堪忍袋の緒が切れることもある。教師から解放されたあとも、教師という目を通して物事を見てしまう。
やがて足の医者になった息子が猛獣みたいな女医と結婚する。夫とともに強盗事件の巻添えをくう。夫は脳溢血で介護施設に入り、やがて夫を看取る。音信がなかった息子がいつの間にか離婚し、子持ちの女と再婚している。息子から妊娠中の妻の手伝いを頼まれ、NYに出ていく。狭くて古いアパートに長くはいられない。
60代になって新しい出会いがあるが、なにしろ一筋縄ではいかない性格なのだ。それでも、70歳代半ばになったオリーヴは相変わらずドーナッツ好きで、当然のことながら瞬発力がなくなっている。小躍りして歓喜の声をあげるような楽しいことはなかったけれど、いくつかの困難をなんとか乗り越えてきた。

愛すべきキタリッジ先生を40代から見守ってきた読者にとって、ひと安心というところにたどりつく。
キタリッジ先生と似たような性格の女性はそう珍しくはない。→人気ブログランキング

『利休にたずねよ』山本兼一

利休が秀吉に切腹を命じられた事件を、利休の切腹の場面から、秀吉と利休が険悪となっていく過程、秀吉と利休との蜜月の頃、堺での信長と利休との出会いの頃、利休が思い続ける高麗の娘との出会いというふうに、物語は逆年代記(リバースクロノジー)の形で描かれている。第140回直木賞受賞作(2009年1月)。

秀吉の使者が利休に伝えた切腹の理由はふたつ。大徳寺山門に安置された利休の木造が不敬であること、茶道具を法外な高値で売っていること。謝りさえすれば許すとの上様のお考えだと使者は言う。利休はプライドの高い男、謝罪などするはずもない。

利休にたずねよ (PHP文芸文庫)
利休にたずねよ
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山本兼一
PHP文芸文庫 2011-08-26
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堺の魚屋の放蕩息子だった与四郎(利休)は、高麗からさらわれてきた女に恋をし、その女が持っていた香合を形見として持っていた。
利休が懐にしまい込んでいるその香合を、秀吉は無性に欲しくなった。言い値で買うと利休に迫ったのだが、たとえ関白様でもお譲りできないと突っぱねた。
女と香合のことがことあるたびに触れられ、ストーリーに通底するテーマである。

秀吉の信頼を一身に受け存在が大きくなっていく利休を妬む者もいた。その代表格が、石田三成と前田玄以。
石田三成は、利休を追い落とすために世間が納得するような、罪状をあげつらって逃げ道を塞いでおかなければならないと、周到に準備を進めていた。

本書では、秀吉が利休をうとんじるようになった理由はひとつではない。
1、まずは、木造の件だ。大徳寺の改修に資金を出した利休に恩義を感じた宗陳(蒲庵古渓 ほあんこけい)は、山門の上に利休の木造を安置した。山門をくぐった者が利休に踏みつけられているようなもので、無礼なことだと秀吉が言いがかりをつけた。
2、次は、土塊から出来た器に何千貫も払うようになってしまったのは利休のせいだ。
3、そもそも、茶の湯を始めたのは武野紹鴎で、利休は三畳、二畳、一畳半と茶室を狭くして、侘び茶などといって悦にいっているだけであると陰口を叩く者もいる。秀吉は黄金の茶室を好むような派手好きな男、侘び茶とは相容れない。
4、また、娘を側室に出すことを利休が断った。
5、さらに、利休は秀吉の異父弟である豊臣秀長とも深い関係にあったが、秀長は利休が切腹をする数か月前に病死してる。利休は後ろ盾を失ったのである。

こうしたことの積み重ねが、利休が詰め腹を切らされた理由であるが、秀吉と利休のあいだに齟齬が生じた最大の理由は、宗陳が以前から危惧していたこと、すなわち、育ちの野卑な秀吉を利休が内心軽蔑していることが態度の端々に現れていて、それが秀吉の逆鱗に触れてしまうことだった。→人気ブログランキング

『ラム・パンチ』エルモア・レナード

エルモア・レナード(1925〜2013年)は、味のある悪党を書かせたら右に出る者はいないとされる大御所。最近『ラブラバ』の新訳版(ハヤカワ・ポケット・ミステリ、2017年12月)が出たと思ったら、出版社は違うが、『オンブレ』の訳本(新潮文庫、2018年1月)が突然出版され、レナードのリバイバル・ブームがやってきそうな気配だ。
本書は、映画『ジャッキー・ブラウン』(クエンティン・タランティーノ監督、1998年)の原作である。タランティーノが惚れ込んだ小説というから、面白くないはずがない。カクテルの名前である「ラム・パンチ」は、フロリダからバハマ諸島あたりで「取引」のことを指す。

ラム・パンチ (角川文庫)
ラム・パンチ
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エルモア レナード/高見浩
角川文庫 1998年 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
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オーディルのマシンガン・トークからはじまる。
武器売買で荒稼ぎしているあまり黒くない黒人のオーディルと、刑務所から出所したばかりの白人のルイスは、デトロイト出身ということで意気投合した。信用のおける相棒が欲しいオディールは、マックスの保釈金立替会社で、取り立ての仕事をはじめたばかりのルイスを、仲間に引き入れたいのだ。

一方、パームビーチ空港では、バハマ往復便から降りてきた三流航空会社のキャビン・アテンダント、ジャッキー・パーク44歳が颯爽と歩いていく。10歳は若く見える、スタイルも悪くない、かなりいい女だなどと言って、当局のニコレットとタイラーが、ミズ・パークを待ち構えている。ジャッキーはふたりに呼び止められ、持っていたトランクから現金5万ドルと42gのコカインが出てきた。高額な現金の運搬には届出が必要だ。オーディルが1万ドルの保釈金を出して、マックスがジャッキーをむかえに行った。

オーディルは銃を売って儲けた金を、すべてバハマのフリーポートにある貸し金庫に預けている。その金を国境を越えてアメリカに持ち込む役をジャッキーに頼んでいたのだ。それが今回はコカインが紛れ込んでいた。

ところで、オーディルには愛人が3人いて、別々の家に住まわせている。若くて料理の上手い黒人のシェロンダと、セックスの技に長けている熟年の黒人シモーヌ、グラマーな白人女のメラニーだ。

ジャッキーはマックスと組んでオーディルの金をすべていただく計画を立てた。
ジャッキーは、金の運搬は今回で最後にしようとオーディルを丸め込み、ニコレットにはオディールの武器販売の現場を押さえさせると話す。
ジャッキーのシナリオは、オーディルが当局に射殺されることである。そうなればジャッキーとマックスは金の行方についてしらを切り通すことができるのだ。
そして、ジャッキーとマックスの一世一代の芝居がはじまる。

用意周到そうだけれど詰めが甘いオーディル、ムショ暮らしで頭が回らなくなったルイス、手柄を立てようと功を焦りジャッキーに出し抜かれてしまう若いニコレットとタイラー、妻と別れジャッキーに心寄せるマックス、画廊を経営するマックスの妻ルネー、オーディルの3人の女たち、そして冷静沈着で魅力いっぱいのジャッキー。南国フロリダを舞台に個性豊かな面々が繰り広げる極上のクライムサスペンスだ。→人気ブログランキング

オンブレ/新潮文庫/2018年3月
ラブラバ/ハヤカワ・ミステリ/2017年
ラム・パンチ/角川文庫/1998年(『ジャッキー・ブラウン』DVD)
ミスター・マジェスティック/文春文庫/1994年

『したがるオスと嫌がるメス』宮竹貴久

身も蓋もないタイトルだ。『オスとメスの性的対立』くらいの穏当なタイトルの方が、売れたのではないだろうか。
実験結果をつい人間と結びつけてしまう。ヒエラルキー下位の者が上位の者にしかける裏をかく行動は人間社会でも目にするとか、男と女はタイトルどおりの傾向があるとか、女性にマメな奴はよく動き回り女性にちょっかいを出すなどと思いながら、自分のことはさておいて読む。それが本書の楽しみ方のひとつだ。

したがるオスと嫌がるメスの生物学 昆虫学者が明かす「愛」の限界 (集英社新書)
宮竹貴久
集英社新書
2018年2月

生物の行動の基本は優秀な子孫をできるだけ多く残すことであるが、生殖に対する戦略がオスとメスではまったく異なる。オスは精子をばらまくことに専念するが、メスはできるだけ優秀なオスの遺伝子を受精するためにあれこれ戦略を立てる。したがるオスと嫌がるメスのせめぎ合い、つまり「性的対立」が生ずる。
子孫にDNAを残すかどうかを最終的に決めるのはメスである。つまり「性的対立」における最終勝利者はメスなのだ。

射精にさいし毒を放ったり、ペニスにトゲを持ったり、あるいはヴァギナを塞いだりと、「性的対立」がエスカレートした種が存在するという。
昆虫の生殖について、著者が試みたいくつかの実験の悪戦苦闘ぶりが書かれていてる。

「クヌストモドキ」という米を好む3mm程度の甲虫の性行動を研究するために、刺激によって動かなくなる虫と刺激を与えても動き続ける虫にグループ分けした。
よく動く個体は捕食者に襲われやすいが、交尾には有利だった。逆にあまり動かない個体は敵に見つかりにくかったが、交尾には不利だった。虫の世界でも「アクティヴとマメさ」がモテるコツだが、それは人間の場合も同じかもしれないという。
ではよく動くメスの場合はどうか。動かないメスと交尾の回数は変わらなかった。メスではたとえ出会いが増えても残せる子供が増えるわけではないからだろうという。

著者は、1990年に沖縄県で、野菜や果実を食べてしまうミバエの幼虫の根絶をテーマに研究を始めた。「不妊虫放飼法」という害虫根絶法は、不妊化された大量のオスをヘリコプターでばらまき、メスと交尾させ卵を産ませるが、卵は幼虫に育たないという方法である。
ここで不妊化したオスと野生のメスが交尾することを確認しなくてはならない。メスが野生のオスとの交尾をする前に、不妊ミバエのオスと交尾させなければならないのだ。ここで体内時計が問題になった。
オスとメスの発情に時間のズレが生じれば、交尾は完結しない。時間がマッチするオスとメス同士の群れを形成することになる。飼育された大量のオスは野生のメスとは発情の時間のズレはなかった。

本研究から、発情する時間のズレでその種が2群に別れれば、ふたつのグループは別々の進化を遂げ、やがて別の種に分化する。交尾のタイミングが鍵となって種分化が起こりうる仕組みを世界に先駆けて発見したのだった。→人気ブログランキング