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『利休にたずねよ』山本兼一

利休が秀吉に切腹を命じられた事件を、利休の切腹の場面から、秀吉と利休が険悪となっていく過程、秀吉と利休との蜜月の頃、堺での信長と利休との出会いの頃、利休が思い続ける高麗の娘との出会いというふうに、物語は逆年代記(リバースクロノジー)の形で描かれている。第140回直木賞受賞作(2009年1月)。

秀吉の使者が利休に伝えた切腹の理由はふたつ。大徳寺山門に安置された利休の木造が不敬であること、茶道具を法外な高値で売っていること。謝りさえすれば許すとの上様のお考えだと使者は言う。利休はプライドの高い男、謝罪などするはずもない。

利休にたずねよ (PHP文芸文庫)
利休にたずねよ
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山本兼一
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堺の魚屋の放蕩息子だった与四郎(利休)は、高麗からさらわれてきた女に恋をし、その女が持っていた香合を形見として持っていた。
利休が懐にしまい込んでいるその香合を、秀吉は無性に欲しくなった。言い値で買うと利休に迫ったのだが、たとえ関白様でもお譲りできないと突っぱねた。
女と香合のことがことあるたびに触れられ、ストーリーに通底するテーマである。

秀吉の信頼を一身に受け存在が大きくなっていく利休を妬む者もいた。その代表格が、石田三成と前田玄以。
石田三成は、利休を追い落とすために世間が納得するような、罪状をあげつらって逃げ道を塞いでおかなければならないと、周到に準備を進めていた。

本書では、秀吉が利休をうとんじるようになった理由はひとつではない。
1、まずは、木造の件だ。大徳寺の改修に資金を出した利休に恩義を感じた宗陳(蒲庵古渓 ほあんこけい)は、山門の上に利休の木造を安置した。山門をくぐった者が利休に踏みつけられているようなもので、無礼なことだと秀吉が言いがかりをつけた。
2、次は、土塊から出来た器に何千貫も払うようになってしまったのは利休のせいだ。
3、そもそも、茶の湯を始めたのは武野紹鴎で、利休は三畳、二畳、一畳半と茶室を狭くして、侘び茶などといって悦にいっているだけであると陰口を叩く者もいる。秀吉は黄金の茶室を好むような派手好きな男、侘び茶とは相容れない。
4、また、娘を側室に出すことを利休が断った。
5、さらに、利休は秀吉の異父弟である豊臣秀長とも深い関係にあったが、秀長は利休が切腹をする数か月前に病死してる。利休は後ろ盾を失ったのである。

こうしたことの積み重ねが、利休が詰め腹を切らされた理由であるが、秀吉と利休のあいだに齟齬が生じた最大の理由は、宗陳が以前から危惧していたこと、すなわち、育ちの野卑な秀吉を利休が内心軽蔑していることが態度の端々に現れていて、それが秀吉の逆鱗に触れてしまうことだった。→人気ブログランキング

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