白墨人形 C.J.チューダー
30年前の少年時代のノスタルジックな思い出のなかに、解決したはずの殺人事件が蘇る。
1986年と2016年の今を、行きつ戻りつ交互に書かれて物語は進んでいく。
現代ホラーの帝王スティーヴン・キングが本書を強力に推薦している。主人公たちが年上の不良に襲われるところは、キングの『スタンド・バイ・ミー』と同じ設定だ。
![]() C・J・チューダー/中谷友紀子 文藝春秋 2018年 |
12歳の夏、エディにはいつも行動をともにしている4人の仲間がいた。
その仲間とは、太り気味のファット・ギャヴ、歯列矯正中のメタル・ミッキー、ミッキーには不良の兄がいる。シングルマザーの息子ホッポ、牧師の娘である赤毛のニッキー。エディはニッキーに淡い恋心を抱いていた。
エディたちはチョークで棒人形の絵を書いて秘密のやり取りをしていた。
みんなで、移動遊園地に出かけたときに事故が起こった。「ワルツァー」の座席が外れて少女の顔に当たり、顔半分がえぐり取られ足は切断された。
その時、迅速に対応したのは、新任のハローラン先生だった。ハローラン先生は白墨のように真っ白なアルビノだった。
ファット・ギャヴの誕生パーティでエディの父親が牧師を殴りつけた。理由は、エディの母親の産婦人科診療所への堕胎反対運動を、牧師が煽っていたからだ。
パーティに集まったプレゼントの中に、色とりどりのチョークが入ったバケツがあった。チョークを送ったのはハローラン先生だった。
そして、ミッキーの兄が亡くなり、少女の妊娠騒ぎが起きた。エディたちは森で少女のバラバラ死体を見つけるが、頭部はついに発見されなかった。
30年たった今、エディは母校の英語教師となっていた。
そんなエディのもとに、事件のことを書きたいとミッキーが訪ねてくる。
そこから物語は急展開していく。
一人称で書かれたミステリの強引さが現れた作品といえる。
主人公しか知らない事件に関わる重大ななぞを、最後の最後になってから明らかするのは、フェアではないだろう。それを割り引いたとしても、少年の不安定な心の内や、バランスが崩れていく友達との微妙な関係が、実によく書けていて傑作である。→人気ブログランキング