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『マザリング・サンデー』グレアム・スウィフト

一糸まとわぬ姿で、おれの部屋だから好きなようにさせてもらうと言わんばかりに歩く23歳のポールと、ベッドに横たわる22歳のジェーンの描写から物語は始まる。
その日は、1924年3月30日、マザリング・サンデイ、3月だというのに初夏のような陽気の日だった。著者がいうように、〈現在の「母の日」と呼んでるくだらない行事とは別物〉の、メイドたちが主人から半日の暇をもらい母のもとに帰る日のことである。
シュリンガム家の御曹司であるポールとニヴン家のメイドであるジェーンは、7年も前から、〈ありとあらゆる秘密の場所で、ありとあらゆることをする〉関係が続いている。

マザリング・サンデー (新潮クレスト・ブックス)
グレアム・スウィフト/真野泰
新潮社  ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
2018年3月

2週間後に、半ば金目当ての政略結婚が控えていて、今日はこの後、婚約者と昼食を約束している。ポールはシャワーを浴びて、ワイシャツを着てズボンを履いて、車で出て行った。ポールは「きみに人生の裏道を歩かせるつもりはないから」と一度だけ耳に残る誠実な声で言ったことがあった。
ひとり残されたジェーンは裸で屋敷を探索してあれこれ感慨にふける。電話が鳴ったが、もちろん出ないで、ふたりの体液のシミのついたシーツをそのままにして館を去った。
そして事件が起こったことを知る。

ジェーンは生まれた日が定かでなく名前すらも確証が持てない孤児であった。主人のニヴン氏は、利発なジェーンの申し出に書斎の本を読むことを許可してくれた。
ジェーンはメイドの職を辞したあと、ニヴン氏の紹介で書店員になり、やがて作家となった。そしてこの日のことを何度も何度も繰り返し思い出すことになる。
〈一筋縄ではいかない〉高名な作家になったジェーン・フェアチャイルドは、70歳、80歳、90歳のときのインタヴューで記者たちの質問に答える。
しかし、あの日に起こったことはいっさい口にしない。
ジェーンは、仕事では意見を述べることができないメイドだから、細かく観察し深く考える。そうした習慣がジェーンを小説家にならしめたのだ。

文章には凝縮された表現が用いられ含蓄のある言葉が溢れているので、中編だが長編に匹敵する読後感が得られる。
また、秘密の裏道を自転車で移動するジェーンを包むイングランド南部の、ゆったりとした穏やかな自然の描写も魅力的だ。
カズオ・イシグロが本書を絶賛するのは、メイドという種族の視点から描かれた本書が、執事が主人公の『日の名残り』(ブッカー賞受賞1989年)と相通じるものがあるからだろう。

『最後の注文』でブッカー賞(1996年)を受賞したグレアム・スウィフトの最新訳本。「最良の想像的文学作品」に与えられるイギリスのホーソーンデン賞受賞作(2017年)。→人気ブログランキング

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