新薬の狩人たち 成功率0.1%の探求 ドナルド・R・キルシュ/オギ・オーガス
新薬を生み出す手法は、植物を片っ端から口に入れて薬を見つけていた頃と変わらない。化学式やDNAの組み合わせからコンピュータをつかって見つけ出す今も、片っ端からローラー作戦を展開しているのだ。
新薬の開発には10年以上、1000億円の費用がかかる。ドラッグハンター(新薬研究者)が提案した創薬プロジェクトのうち、経営陣から資金が提供されるのは5%、そのうち発売にこぎつけるのは2%、つまりドラッグハンターが薬を生み出す確率は0.1%である。最先端の研究所で働くドラッグハンターのほとんどが、そのキャリアの中で、新薬を世に送り出せないというのが現状だという。
![]() ドナルド R キルシュ オギ オーガス/寺島朋子 早川書房 2018年✳︎10 |
著者のドナルド・R・キルシュは、ベテランのドラッグハンター。スクイブ社(現ブリストル・マイヤーズ・スクイブ社)、アメリカン・サイアナミド社、ワイス社(共に現在はファイザー社)、カンブリア・ファーマシューティカルズ社で薬の開発に関わってきた。著者の経歴からもわかるように、製薬会社が合併を繰り返して巨大になっていったのは、新薬開発に長い期間と膨大な資金がかかり、小規模の会社では体力がもたないからである。
病気を一気に治してしまう薬は製薬会社にとってうまみがない。製薬会社は患者が恒久的に使わなければならない薬は大歓迎なのである。
例えば抗菌剤。抗菌剤は化膿性疾患が治ってしまえばもう使う必要がない。また細菌は耐性株に変異することにより、それまで効いていた抗菌剤が効かなくなる。さらに医師は耐性菌の出現を恐れて新しい抗菌剤を保留する傾向がある。
薬剤会社は高血圧薬や高脂血症の薬などの、一度使い出したら一生使い続けなければならない薬の開発に力を注ぐのである。
世界最大の製薬会社であるファイザー社は今後、抗菌剤の開発を行わないというショッキングな決断をしたという。
人類は薬をどのようにして手に入れてきたのか。
まずは植物由来の薬を手に入れた。薬になりそうな植物を片っ端から口に入れて薬を見つけてきたのだ。最古の薬としてアヘンがある。次にマラリア治療薬のキニーネ、吸入麻酔薬のエーテル、合成化学による鎮痛剤のアスピリン、さらに設計された薬である梅毒治療薬のサルバルサン。土壌由来のペニシリンなどの抗生物質、人間を冬眠させる目的でたどり着いたクロルプロマジン、さらに現在はヒトゲノムのDNAから得られるバイオ医薬品の候補がある。
19世紀の半ばにチバガイギー社(現在はノバルティス社)の科学者たちが、この宇宙の中にある薬になるかもしれない化合物の総数を計算した。その数なんと3×10の62乗種類、理解不可能なくらいの膨大な数である。
本書では、新薬探索における試行錯誤の比喩として、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの小説『バベルの図書館』が、何回か引き合いに出される。図書館は無数の6角形の部屋があらゆる方向に無限に連なり、各部屋の棚にはランダムな文字の組み合わせのタイトルが書かれた本が並んでいる。本の中身は1冊ずつちがい、ほとんどはナンセンスである。しかし叡智に満ちた本も稀にあり、それは「弁明の書」と呼ばれている。司書たちが「弁明の書」を探して館内をさすらう。ほとんどは一生かっても「弁明の書」に巡りあえない。製薬会社は、さまざまな構造の化合物からなるコレクションを持っている。著者は、「化合物ライブラリー」をバベルの図書館になぞらえ、ドラッグハンターを司書になぞらえている。
新薬開発は製薬会社にとって一か八かの博打のようなもので、映画制作に例えている。緻密な計算のもとに、最高の俳優を配して、十分な資金も調達して、いわば万全の体制を整え、当たるはずだと踏んで作られた映画が、『ローン・レンジャー』のことだが、大コケすることがある。創薬も同じような危険がつきまとうという。→人気ブログランキング
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