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2018年10月

『日本の美徳』瀬戸内寂聴×ドナルド・キーン

瀬戸内寂聴とドナルド・キーン、96歳同士の対談集。痛快だ。
寂聴が『源氏物語』の現代語訳を出したのが20年前。言葉というのは20年くらいの周期で変わるというのが、寂聴の説。つまり、『源氏物語』の現代語訳はそのくらいの周期で、新訳が出版されている。与謝野晶子、谷崎潤一郎、円地文子、瀬戸内寂聴ときて、昨年、角田光代が河出書房新社から出した。

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18歳のときにニューヨークの古本屋で、アーサー・ウエーリ訳の『源氏物語』上下2巻を49セントで購入したのが、キーンの『源氏』との出会い。北アフリカのポルトガル領のマデラという島の本屋で、『源氏物語』を見つけたことがあるという。

光源氏は女性を追いかけ回すだけでなくアフターケアもちゃんとしていて、女性を尊重する点で、西洋のドンファンとは違うと強調する。
『源氏物語』はいわば不倫の書。不倫を否定すると、日本の古典はもちろん世界文学の名作がほとんど消えてしまう。不倫を糾弾しすぎる最近のマスコミや世論に対し苦言を呈する。

川端康成が『源氏物語』の翻訳をやろうとしていると聞いた円地文子が、寂聴に「あんな、ノーベル賞をとって甘やかされている人に『源氏』の訳なんかできません。『源氏』は命がけにならないとできない。もし川端さんが『源氏』の訳を完成させたら、私は素っ裸になって銀座の街を逆立ちして歩きます」と言った。との時円地は70歳近かったという。

キーンは、谷崎潤一郎や三島由紀夫や川端康成についてノーベル賞委員会から意見を求められた。デンマークの委員が、それまで2回候補に挙がって いた三島由紀夫を左翼だと主張したという。川端康成にノーベル賞を獲らしてやったとのは自分だとうそぶいたとか。

三島由紀夫の天才ぶりを披露しあう。
「ノーベル文学賞がまず三島由紀夫を殺し、そのあと川端康成を殺した」という大岡昇平の言葉をキーンが紹介している。三島由紀夫が受賞していたら自殺はしなかっただろうし、川端康成ももう少し長生きしたのではないか。川端康成はノーベル賞を受賞したから、すごい作品を書こうとしたが書けなかった。

東北大震災の後、日本への帰化を発表したキーンに、寂聴が日本人の美徳について訊く。
『魏志倭人伝』にも書いてあるように、清潔で礼儀正しいことだという。日本人の特性を語るのに『魏志倭人伝』を持ち出すのだから恐れ入る。
もうひとつは、何が起きても立ち上がって前に進むたくましさ。戦後の復興、原爆を落とされた広島の復興、東北大震災からの復興を例に挙げている。京都が焼け野原と化した応仁の乱から、その後の日本の文化の根幹をなす東山文化を築いたところがすごいと、キーンはいう。

長生きの秘訣は、自分の好きなことを続けること、肉を食べてアルコールを嗜むこと。→人気ブログランキング

『バスカヴィル家の犬』コナン・ドイル

本作はシャーロック・ホームズ・シリーズ4編の長編のうち最高傑作と評される。1901年に発表されたが、古さを感じさせない緻密で充実した内容には驚くばかりだ。舞台はロンドンとバスカヴィル家の屋敷がある不毛の地ダートムアである。

急逝したチャールズ・バスカヴィルは、自由党候補者として有力視されていた人物だった。走ったことが心臓麻痺を招いた。チャールズの遺体から20ヤード離れたところに巨大な犬の足跡がくっきりと残されていた。そもそも殺人事件なのか?

バスカヴィル家の犬 (角川文庫)
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バスカヴィル家の遺言執行人であるモーティマー医師が、バスカヴィル家から預かった文書をもって、ホームズを訪ねてきた。
文書によると、その昔、傲慢無比だったヒューゴー・バスカヴィルが巨大犬に喉を噛みちぎられ悲惨な死を遂げた。それ以来、一族に不運な死に方をした者や不可解な最期をむかえた者が何人かいて、バスカヴィル家の魔犬伝説として伝えられているという。

遺産相続人のヘンリー・バスカヴィルが、カナダからロンドンのホテルに着くと手紙が届いた。
手紙には、「命と正気を重んずるならば、モアには近づくな。」と記されていた。ムアだけはインクの手書きの文字、あとは新聞の切り抜きの文字である。
ミステリなどで、たびたび登場する新聞の切り抜き文字の脅迫状は、本書が嚆矢と思われる。

サー・チャールズの死もさることながら、このわずか2日間に不可解なことが次々と降って湧いた。新聞の文字を切って貼り付けた手紙、ヘンリーの動向を偵察する顎髭の男、ヘンリーの新しい茶色い靴と履き古しの黒い靴の片方ずつが消え、新しい靴が戻ってきたこと。

場面はロンドンからムアに変わる。
まずは、バスカヴィル邸の執事はアルコール中毒でなにやら不穏な行動をとっている。
植物学者と称する男は美しい妹と住んでいて、怪しい。
近隣との訴訟に全財産をつぎ込む訴訟三昧の偏屈老人とその娘。
さらに、ムアには脱獄囚が逃げ込んで潜んでいるという。
農民たちからたびたび寄せられる、ムアに奇怪な野獣が現れるという証言。ワトソン自身も異様な咆哮を2度聞いた。
こうゆう奇々怪々の状況のなかで物語は佳境に突入する。

ホームズはホテルに手紙が送られてきた段階で、すでに犯行の目星がついたというのだから、その天才ぶりがわかる。→人気ブログランキング

バスカヴィル家の犬/コナン・ドイル/駒形雅子/角川文庫/2014年
緋色の研究/コナン・ドイル/駒月雅子/角川文庫/2012年

『1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365』デイヴィッド・S・キダー/ノア・D・オッペンハイム

敬虔なキリスト教徒が「寝る前に聖書を読む」ように、1日に1ページ読んでみてはどうかという本だ。かなり売れているらしい。
この手法は、ありがたい言葉を集めた日めくりカレンダーに親しんでいる日本人にとって、馴染む。フィットネスで体を鍛えたり、マラソンをしかるべきタイムで完走するためのコツコツライフは、日本人の得意とするところだ。シリーズ累計100万部売れているというから、コツコツは日本人だけの特技ではないかもしれない。
飽きさせないようにあるいは偏らないようにと、7つの異なる専門分野、歴史、文学、視覚芸術、科学、音楽、哲学、宗教を、順繰りに1週間で取り上げている。ということは、各ジャンルに約50項目が配分されることになる。執筆者2名はアングロ・サクソンと推察するが、宗教へのこだわりは並々ならぬものがある。
TVのクイズ番組で優勝するようなタレントは、きっと本書を購入しているだろう。

1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365
デイヴィッド・S・キダー ノア・D・オッペンハイム
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説明は読み手に迎合せずぶっきらぼうである。例えば、「アレクサンドロス」は、日本人には「アレクサンダー大王」の方が馴染みがあるが、あくまでアレクサンドロスで通していて、「アレクサンダーと思うなら、自分で確かめな」というような素っ気ない姿勢なのだ。
1ページでは解説が物足りないところもあり、逆にページによっては解説文が短く、余白があり書き込みができる。ウィキペディアでも参照して適当に余白を埋めたらどうだということだろう。
各項目にはその事柄に関する西暦年が記されているから、松岡正剛が 勧める「クロニクル・ノート」を作るといいのではないか。「クロニクル・ノート」とは、ノートに1万年前から紀元前を経て、現代まで年号をふって おいて、年号が出てきたら、片っ端から書き込むというもの(『多読術』ちくまプリマー新書)。

では、三日坊主にならないことを祈念して、1ページ目の「 アルファベット」から始めよう。→人気ブログランキング

『女ぎらい ニッポンのミソジニー』 上野千鶴子

なんでこんな良書が文庫にならないのかと、嘆いたのが2週前
それが伝わったかのように、『女ぎらい』の文庫が出版された。オリジナルが文庫部門のない紀伊国屋書店からの出版なので、また、オリジナルを手がけた編集者にただならぬ思入れがあって、再三の文庫化のオファーを著者もオリジナル本編集者も断ってきたという。

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ミソジニーの主犯は紛れもなく男であるが、共犯者は女だ。男にとっては「女性蔑視」、女にとっては「自己嫌悪」として働く。ミソジニーは重力のように蔓延していて、男も女もミソジニーから逃れられない。
ミソジニーは、「ホモソーシャル」「ホモフォビア」「ミソジニー」の三点セットで成り立っているというのが本書のキモである。文庫には、「諸君!晩節を汚さないようにーセクハラの何が問題か?」と「こじらせ女」の項が追加され、一層、迫力を増した内容になっている。
「諸君!・・・」では、ミソジニーを語るとき、最近日本で頻発するセクハラ関連事件を看過するわけにはいかないというのが著者の姿勢だ。
ハリウッドで起こったセクハラの「#Me Too」運動は、日本でもささやかではあるが引き継いでいる。その実例を列記し、もちろんミソジニーが根底にあるとする。
「こじらせ女子・・・」では、『女子をこじらせて』(雨宮まみ著 2015年文庫化)についての紹介が主な内容になっている。AVを通して理解に難渋する女性のミソジニーが語られている。

巻末にある自らのミソジニー体験を踏まえた中島京子の解説文が、本書を一段と引き立たせている。
本書は、ミソジニー、セクハラ、フェミニスト関連の、間違いなく教科書である。→人気ブログランキング

女の機嫌の直し方/黒川伊保子/集英社インターナショナル新書/2017年

『アメリカにいる、きみ』 チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ

著者はナイジェリア出身の女性。鋭い感性で綴られた知性あふれる文章は読む者を引き込む。ストーリー・テラーと呼ばれるにふさわしい。デビュー以来、旺盛に生み出された作品は、数々の文学賞〈O・ヘンリー賞(2003年)、コモンウェルス賞(2005年)、オレンジ賞(2007年)、米国批評家協会賞(2013年)〉を受賞している。
本書は翻訳者が選抜した日本オリジナルの短編集で、著者のアドバイスを受けたという。

「アメリカにいる、きみ」
きみという二人称で書かれている。
きみはナイジェリアからアメリカに行き公立のカレッジに通うことになったが、おじさんの性的要求を拒んでコネチカット州の小さな町のレストランに転がり込んだ。
大学へは通えず、給料とチップの半分を故郷に仕送りしたものの、手紙は書かなかった。白人の学生と付き合うようになり、やがて両親に紹介され好意的に迎えられた。
首に何かが巻きつくような感じがしてそれが薄れる頃、手紙を書いた。父親が5か月前に亡くなったことを知った。恋人は、6月以内に戻らなければグリーンカードの権利をなくすからと、何度も念を押した。

アメリカにいる、きみ
チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ/くぼたのぞみ
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「アメリカ大使館」
難民ヴィザを発行してもらうために、ラゴスにあるアメリカ大使館の列に何時間も並んでいる。
その女性は、昨日子どもを埋葬し、一昨日ジャーナリストの夫を国外に逃走させた。その前の日、彼女の生活はいつもと変わりなく、車で勤め先の小学校から帰宅した。その夜、男3人が夫を探して家に乱入してきた。帰り際に息子を銃で撃った。
列のすぐ後ろの若い男から、面接官の目をまっすぐ見ること、口ごもらないこととアドバイスを受けた。息子が殺されたことを何度も訴えるが、面接官は自分の命が狙われている証拠を示すようにという。O・ヘンリー賞受賞作。

「見知らぬ人の深い悲しみ」
チネチェルムは9年前に起こった恋人の悲劇的な事件から人が変わってしまった。
それを乗り越えようと、ロンドンでデートすることになった。同じナイジェリア人のオディンはハンサムで、話はいい具合に盛り上がっていく。長い名前を省略してオディンと名乗っているといった。それを知って付き合うのをやめた。

「スカーフ-密かな経験」
市場で暴動に巻き込まれ無人の家に隠れると、市場に店を出している女と一緒だった。チカはアメリカの医大に通ってると自己紹介した。モスリムの女は子どもが5人いて、授乳のため乳首のひび割れで悩んでいるという。
チカが外に出ようと窓によじ登ったときに腿に傷を負った。女のスカーフを借りて縛った。暴動が収まって別れしなに、スカーフをもらった。

「半分のぼった黄色い太陽」
ビアフラ戦争をテーマにした作品。同名の長編小説がある。
内戦で邸と身分を奪われた裕福だったイボ族の一家を描いている。

「ゴースト」
71歳の元大学教授が年金のことを訊ねるために大学に行ったときに、かつての同僚に出会った。戦争に巻き込まれて死んだと思われていた。
往時の勢いをなくして色あせた大学町で、支給されることのない年金を待ちながら、どのような生活を営んでいるのか知りたいと、その男は訊く。

「新しい夫」
ナイジェリア人の医者と結婚し、ニューヨークに着いた。翌朝キスをされて市場のゴミの山の臭いがした。両親が死んでおじさんに育ててもらい、数週前におじさんに紹介された相手だ。アメリカに住むナイジェリア人で医者だぞと、掘り出し物のような言い方だった。
前に結婚していたことを知らされて嫌になったが、行くところがない。

「イミテーション」
夫婦はアメリカに住んでいる。夫は50人の有力なナイジェリア人実業家の1人に数えられるほど成功している。夫は仕事や休暇でときどきナイジェリアに帰る。ナイジェリアの家に女が出入りしているという噂を聞いた。ママ友は今更国には戻れないという。子ども達をあの中に混ぜることはできないという。
妻はナイジェリアに帰って暮らしたいと夫に言う。

「ここでは女の人がバスを運転する」
ケンは安アパートに住んでいて、稼いだ金のほとんどは仕送りしている。
ある朝バスに乗ると黒い肌の女性運転手がにこやかに話しかけてきた。ケンの生活は張り合いのあるものへと一変する。

「ママ、ンクウの神さま」
主人公はアメリカの大学でアフリカ文学を教えている女性。父親はイボ族、母親はイギリス人。
父親の郷里の祖母のもとで休暇を過ごした幼き日を綴る。→人気ブログランキング

男も女もみんなフェミニストでなきゃ /C・N・アディーチェ/くぼたのぞみ/河出書房新社/2017年
アメリカーナ/C・N・アディーチェ/くぼたのぞみ/河出書房新社/2016年
明日は遠すぎて/C・N・アディーチェ/くぼたのぞみ/河出書房新社/2012年
半分のぼった黄色い太陽/C・N・アディーチェ/くぼたのぞみ/河出書房新社/2010年
アメリカにいる、きみ/C・N・アディーチェ/くぼたのぞみ/河出書房新社/2007年

『リンカーンとさまよえる霊魂たち』ジョージ・ソーンダーズ

南北戦争中に愛する息子ウィリーを病気で失ったリンカーン大統領は、頻繁に納骨堂を訪れ長時間を過ごしたという。著者はこの逸話から霊魂たちが跋扈する奇想なファンタジーを思いついた。
原題は『Lincoln in the Bardo』。「Bardo」はチベット仏教の言葉で、前世の死の瞬間から来世にいくまでのあいだの霊魂が住む世界をさす。
現世に戻りたいがままならず、来世に行くまでの時間を引き延ばしたい。そんな霊魂たちの思いが、遺体を病体、棺桶を病箱、墓地を病庭と呼ばせている。

リンカーンとさまよえる霊魂たち
ジョージ・ソーンダーズ/上岡伸雄
河出書房新社
2018年 ✳︎✳︎✳︎✳︎

初夜のベッドで、中年のヴォルマンは若い妻に何もしないで友達でいようと提案し、その通りの清らかな関係でいた。それが功を奏したのか妻から誘いがあったのだが、仕事場の梁がヴォルマンに落ちてきて、思いを遂げずに勃起したまま霊魂になった。ゲイの恋人にふられて手首を切って自殺したベヴィンズは早まったと後悔し、人生の楽しみを味わいたいという思いから、たくさんの目や鼻や手があるようになった。
この2人のほかに多数の霊魂たちが発する声と、虚実取り混ぜたと思われる文書や文献の列記によって、物語は進んでいくというユニークな形をとっている。

悲惨な思いをした黒人たち、高貴そうな夫人、あばずれ女や母親たち、経営者や小売人、女に手を出す男、下ネタばかりを口にする男、強盗、牧師など多種多様な霊魂たちが登場する。

リンカーンに対し、霊魂たちは、息子のウィリーの誕生日に仔馬をプレゼントしたことをやりすぎだと突っつき、雨の中をコートを着せないで乗馬をさせた非を論い、ウィリーが重篤にもかかわらず自宅でどんちゃん騒ぎのパーティを開いたことを非難し、あるいは大統領の無能さを嘆いたりするのだった。おりしも、南北戦争が泥沼化し戦死者が何万人にも達するような状況にあった。

深夜、病院地に現れウィリーの遺体を抱きしめ落ち込む大統領に、ヴォルマンとベヴィンズをはじめとする霊魂たちは同情し、ふたりに関わってなんとかしようと大統領の体の中に入ったりした。しかし、大人の霊魂と違って、年端がゆかないウィリーはいつまでもとどまるわけにいかないのだ。霊魂たちはウィリーを手遅れにならないうちに、あちらに旅立たせようと必死の思いで駆けずり回るのだった。
涙と笑いの人情物ゴーストストリーである。
2017年、ブッカー賞受賞作。→人気ブログランキング

『女ぎらい ニッポンのミソジニー 』上野千鶴子

ギリシア語に由来するミソジニー(misogyny)は、日本語では、女嫌い、女性嫌悪、女性蔑視が当てられる。
男女の有り様をミソジニーという観点から解き明かした名著。センセーショナルで核心をついたこのような良書が文庫にならないのは残念だ。
男は女を蔑視し女に嫌悪感を抱いていて、女も女という属性を無意識のうちに嫌悪しているという。ミソジニーは男女にとって非対称に働く。男にとっては「女性蔑視」、女にとっては「自己嫌悪」として働く。
男も女もミソジニーから逃れられない。それは病理ではなく生理であるという。ミソジニーは重力のように蔓延していて、あまりにも自明であるために意識することすらできない。改めて考え直さなくては気づくこともないという。

女ぎらい――ニッポンのミソジニー
上野 千鶴子
紀伊國屋書店
2010年

まずは、文豪たちのミソジニー度をその女性遍歴から分析する。
女好きが看板だった吉行淳之介は、ミソジニー度が高いから女をとっかえひっかえできたという。一方、商売女としか付き合わなかった永井荷風は、ミソジニー度は低いとする。ふたりは女性蔑視の手順が違うだけだという。

男性学者が女性を論じるときに、不用意に使う単語や言い回しに、ミソジニー的発想が顔を出す。著者はそうした動かぬ証拠を列挙して、著名な社会学者たちを小気味いいくらい次々に血祭りにあげていく。こうした男性学者のミスは、ミソジニーが重力ようなものだから仕方がないのかもしれない。

著者はアメリカの文学研究家でジェンダー論・クィア理論を専門とするイブ・セジウィックの助けを借りて考察を進めたというが、そのセジュウィックによれば、女性蔑視こそが男性性の確立なのである。男と認め合った者たちの連帯は、男になり損ねた者と女とを排除し、差別することで成り立っている。

ミソジニーには、女性蔑視ばかりではなく、もうひとつの女性崇拝という側面がある。
性の二重構造とは、男向けの性道徳と、女向けの性道徳が違うことをいう。たとえば男は色好みであることに価値があるとされるが、女は性的に無垢で無知であることがよしとされる。
近代の一夫一婦制が、タテマエは相互の貞節をうたいながら、ホンネでは男のルール違反をはじめから組み込んでいたように、男のルール違反の相手をしてくれる女性が別に必要となる。その結果、女性を二種類の集団に分割することとなった。それが「聖女」と「娼婦」、「妻・母」と「売女」、「結婚相手」と「遊び相手」などの、二分法である。

後半は、女性のミソジニーについて論じている。
女子校文化のダブルスタンダードとは、男ウケする価値と女ウケする価値は違う。凛々しく「男らしい」少女がクラスのヒーローになったり、笑いを取るのがうまい少女が人気者になったりするが、女ウケする女はけっして男ウケしないことを彼女たちはよく知っている。

ここで酒井順子の『負け犬の遠吠え』に触れる。
女には、女が自分の力で獲得した価値と、他人(つまり男)が与えてくれる価値のふたつがあり、前者より後者の方が値打ちが高いと思われているからこそ、結婚していない女は「負け犬」と呼ばれる。なぜなら結婚とは、女が男によって選ばれた登録書だからだ。

女性のミソジニーを語るなら「東電OL事件」を避けて通れないという。
1997年3月、売春婦が絞殺死体で発見された。その女性が慶応大学卒で東京電力の総合職女子社員だった。なぜエリート女子社員が売春婦に身をやつしたのか。
殺された女性は、父親を尊敬していて父親のような立派な人間になろうとしていた。それが父親の急死で、父親の代わりになって母親や妹の面倒をみなければならないと決意した。しかし男でない以上、父親の代わりにはなりえない。そんな女としての自分を罰したい。それが売春に走った理由であるという。
殺されたOLの生き様に共感する女性が少なからずいるというから驚きだ。→人気ブログランキング

→『女ぎらい―ニッポンのミソジニー』上野千鶴子/紀伊国屋書店/2010年
→『西城秀樹のおかげです』森奈津子/ハヤカワ文庫JA/2004年
→『無頼化する女たち』 水無田気流
→『関係する女 所有する男』 斎藤 環
→『母は娘の人生を支配する なぜ「母殺し」は難しいのか』 斎藤 環

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