女ぎらい ニッポンのミソジニー 上野千鶴子
ギリシア語に由来するミソジニー(misogyny)は、日本語では、女嫌い、女性嫌悪、女性蔑視が当てられる。
男女の有り様をミソジニーという観点から解き明かした名著。センセーショナルで核心をついたこのような良書が文庫にならないのは残念だ(と嘆いたのもつかの間、この文章を書いた翌週に文庫が出版された)。
男は女を蔑視し女に嫌悪感を抱いていて、女も女という属性を無意識のうちに嫌悪しているという。ミソジニーは男女にとって非対称に働く。男にとっては「女性蔑視」、女にとっては「自己嫌悪」として働く。
男も女もミソジニーから逃れられない。それは病理ではなく生理であるという。ミソジニーは重力のように蔓延していて、あまりにも自明であるために意識することすらできない。改めて考え直さなくては気づくこともないという。
女ぎらい――ニッポンのミソジニー 上野 千鶴子 紀伊國屋書店 2010年 |
まずは、文豪たちのミソジニー度をその女性遍歴から分析する。
女好きが看板だった吉行淳之介は、ミソジニー度が高いから女をとっかえひっかえできたという。一方、商売女としか付き合わなかった永井荷風は、ミソジニー度は低いとする。ふたりは女性蔑視の手順が違うだけだという。
男性学者が女性を論じるときに、不用意に使う単語や言い回しに、ミソジニー的発想が顔を出す。著者はそうした動かぬ証拠を列挙して、著名な社会学者たちを小気味いいくらい次々に血祭りにあげていく。こうした男性学者のミスは、ミソジニーが重力ようなものだから仕方がないのかもしれない。
著者はアメリカの文学研究家でジェンダー論・クィア理論を専門とするイブ・セジウィックの助けを借りて考察を進めたというが、そのセジュウィックによれば、女性蔑視こそが男性性の確立なのである。男と認め合った者たちの連帯は、男になり損ねた者と女とを排除し、差別することで成り立っている。
ミソジニーには、女性蔑視ばかりではなく、もうひとつの女性崇拝という側面がある。
性の二重構造とは、男向けの性道徳と、女向けの性道徳が違うことをいう。たとえば男は色好みであることに価値があるとされるが、女は性的に無垢で無知であることがよしとされる。
近代の一夫一婦制が、タテマエは相互の貞節をうたいながら、ホンネでは男のルール違反をはじめから組み込んでいたように、男のルール違反の相手をしてくれる女性が別に必要となる。その結果、女性を二種類の集団に分割することとなった。それが「聖女」と「娼婦」、「妻・母」と「売女」、「結婚相手」と「遊び相手」などの、二分法である。
後半は、女性のミソジニーについて論じている。
女子校文化のダブルスタンダードとは、男ウケする価値と女ウケする価値は違う。凛々しく「男らしい」少女がクラスのヒーローになったり、笑いを取るのがうまい少女が人気者になったりするが、女ウケする女はけっして男ウケしないことを彼女たちはよく知っている。
ここで酒井順子の『負け犬の遠吠え』に触れる。
女には、女が自分の力で獲得した価値と、他人(つまり男)が与えてくれる価値のふたつがあり、前者より後者の方が値打ちが高いと思われているからこそ、結婚していない女は「負け犬」と呼ばれる。なぜなら結婚とは、女が男によって選ばれた登録書だからだ。
女性のミソジニーを語るなら「東電OL事件」を避けて通れないという。
1997年3月、売春婦が絞殺死体で発見された。その女性が慶応大学卒で東京電力の総合職女子社員だった。なぜエリート女子社員が売春婦に身をやつしたのか。
殺された女性は、父親を尊敬していて父親のような立派な人間になろうとしていた。それが父親の急死で、父親の代わりになって母親や妹の面倒をみなければならないと決意した。しかし男でない以上、父親の代わりにはなりえない。そんな女としての自分を罰したい。それが売春に走った理由であるという。
殺されたOLの生き様に共感する女性が少なからずいるというから驚きだ。→人気ブログランキング
→『女ぎらいーニッポンのミソジニー(文庫)』上野千鶴子/朝日文庫/2018年
→『女ぎらい―ニッポンのミソジニー』上野千鶴子/紀伊国屋書店/2010年
→『西城秀樹のおかげです』森奈津子/ハヤカワ文庫JA/2004年
→『無頼化する女たち』 水無田気流
→『関係する女 所有する男』 斎藤 環
→『母は娘の人生を支配する なぜ「母殺し」は難しいのか』 斎藤 環
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