名優トム・ハンクスの短編集。
ユーモアがあって温かく巧みだ。話の筋を悲惨な方向にもっていくと予想しながら読んでいると、決して悲惨にはならない。悲惨な方向に舵を切れば物語は容易に終結するが、そうしない。著者は妥協しないのだ。名優の文章は些細なことを徹底的に描き出す。神は細部に宿るだ。題材はバリエーションに富んでいて、半分の作品がスラップスティックに展開する。
多くの作品でタイプライターが登場するのは、著者が年代物のタイプライターの収集家だからだ。それがいい味を出している。
変わったタイプ トム ハンクス/ 小川高義 新潮社 2018年 |
「アラン・ビーン、ほか四名 Alan Bean Plus Four」は、最近日本でなにかと話題を提供しているネット通販会社のちょび髭社長が契約したという、月を回って帰ってくるルートの宇宙旅行の話である。本作は、著者が主演の映画『アポロ13号』(1995年)にヒントを得ているだろう。本作が2014年に雑誌『ニューヨーカー』に掲載されて、小説家としてデビューした。はじめから、実力が認められていたということだ。
『ニューヨーカー』の位置付けについて、村上春樹は次のように述べている。〈僕にとって、『ニューヨーカー』という雑誌は、長いあいだにわたって、ほとんど伝説か神話に近い聖域に属するものであった。〉掲載されたときは、どの賞をもらったときよりも嬉しかったという(『象の消滅』)。
本書には13編の短編のほか、〈ハンク・フィセイの「わが町トゥデイ」〉と題した架空のローカル紙のコラムという体裁をとった4編が挟み込まれている。これがほのぼのなのだ。
高校の同級生だった女性と出会う。一緒に住むことになり、その猛烈なフィジカル・エクササイズに付き合わされる。はじめはジョギング、次にスキューバダイビング、もちろんセックスも、そして南極行き。いけるところまでついていこうとするが、とても無理。「ヘトヘトの三週間 Three Exhausting Weeks」
雪のイヴ、父親はクリスマス・プレゼントを買って車に隠しておく。サンタがプレゼントを持ってくるという話を、妻と長男とグルになって下の二人の子どもに信じこませる。子どもたちがベットに入ったところで、車からプレゼントを運び出す。
話は、第一次世界大戦のヨーロッパ戦線に飛ぶ。戦友と年に1回、クリスマス・イブに電話で話し、生還できた喜びに浸るのだ。「クリスマス・イヴ 1953年 Christmas Eve 1953」
俳優の端くれロリー・ソープは『カサンドラ・ランパート3』に出演したおかげで、銀行に預金ができた。しかも経費なしで豪勢なヨーロッパ旅行ができる。
一緒にプレスツアーを回る主役のウィラ・サックスが、マーケティングを担当したアイリーンに電話をかけてくる。「ダサイ受け答えしかできないロリーをなんとかして」と。突然、フィラが夫と離婚することになった。夫が商売女ともめてマリファナ所持で拘置されそうだという。
「結局、映画に出ていたロリーって誰だっけ、みたいな男なのよ」とアイリーンにいわれて、特別待遇は終わる。「光の町のジャンケット A Junket in the City of Light」
父と大学生のカークは、久しぶりにマーズ海岸でサーフィンを楽しむことになった。カークはサーフボードで脚に裂創を負ってしまう。父を探すと髪の長い女とスタバのコーヒーを飲んでいた。血を流しながらもカークは邪魔をしない。
「ようこそ、マーズへ Welcome to Mars」
8月に、ベットは3人の子どもとともにグリーン通りに引っ越してきた。別れた夫が養育費を払うことになったので経済的な不安はない。となりの独身の中年男がハムをもって挨拶にきた。今夜は、忙しいですか?その言葉にベットは引っかかった。露骨な誘いと思ったのだ。「グリーン通りの1ヵ月 A Month on Green Street」
アリゾナからNYに出てきたスーは、安アパートのソファーに寝場所を確保した。アパートを提供している女とルームメートは、7週間すぎてスーを厄介者扱いするようになった。履歴書をタイプで打とうと図書館に出かけたときに、アリゾナの劇団の総監督をしていた同性愛者のボブにばったり会う。
ボブの指導で業界で通用する履歴書をタイプで打つ。と、運が開けていく。「配役は誰だ Who's Who?」
10歳になろうとするケニーは父と継母と兄姉とくらしている。週末、ケニーと過ごすのため赤いスポーツカーで母がむかえにきた。翌日ミニゴルフをふたりで楽しみ、前に暮らしていた家を見に行った。帰りは母の友だちが飛行機に乗せてくれるという。飛行機の操縦桿を握らせてもらってご機嫌なケニーだったが、着陸した場所は毛に\乃家からはるかに離れた場所だった。「特別な週末 A Special Weekend」
男と別れた女は、メソジスト教会のガレッジセールで筺体がプラスチックのタイプライターを買った。スペースキーが機能しないので修理にもっていくと、店の老店主はすぐにまた動かなくなるという。女性はタイプライターについて質問し、店主はそれに応え、タイプライターを出して紙を挟み、機能を講釈してくれる。そこで、ヘルメス2000スイス製を買った。アパートに帰ってノイズレスのタイプを打つ、「心の中で思うこと」と。
タイプライターを知り尽くしているからこそ書ける作品だ。「心の中で思うこと These Are the Meditations My Heart」
タイムトラベルもの。悲惨な結末をそう感じさせない。
「過去は大事なもの The Past Is Important to Us」
コメディ映画の脚本。
「どうぞお泊まりを Stey with Us」
ギリシャからアメリカに船で密入国したブルガリア人の話。アッサンはジョニー・ウォーカーの赤2本で船の機関長と話をつけなんとか乗船できた。機関長はアッサンは密入国してなんとかやっていけるとにらんでいる。
アッサンはフィラデルフィアのギリシャ国旗を立てている事務所を訪れた。上着とズボンを用意してくれて、英語教室を紹介してくれた。そしてギリシャ料理のコスタスの店に行って雇ってもらうようにと、アドバイスを受けるのだが。。「コスタスに会え Go See Costas」
ボーリングでパーフェクトを出し続ける友人スティーヴ・ヴォンと3人の仲間の話。
「スティーヴ・ヴォンは、パーフェクト Steve Wong Is Perfect」→人気ブログランキング
変わったタイプ/(短編集)/トム・ハンクス/ 新潮社/2018年
アポロ13(映画)/ロン・ハワード/アメリカ/1995年