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2019年3月

『そしてミランダを殺す』ピーター・スワンソン

見知らぬ女に男が妻殺しを相談するという、現実にはありそうにない設定で話がはじまるが、すんなり受け入れられるのは、著者の巧みな構成力と卓絶した筆力によるのだろう。大胆な展開と予想だにしない結末が待っている。本書はすべての章が登場人物たちのモノローグの形をとっている。映画化の話が進んでいるという。

テッドはヒースロー空港のバーでジントニックを飲みながら、ボストン行きの飛行機の出発を待っている。そこに面識のない女・リリーが声をかけてくる。
テッドはインターネット関連会社に投資し成功した実業家だ。
酔いも手伝ってか、結婚して3年になること、ボストンに住んでいること、メイン州の海辺の土地を買い新居を建てていること、建築現場で妻のミランダと建築業者ブラッドとの不倫を目撃したことを打ちあけた。

そしてミランダを殺す (創元推理文庫)
そしてミランダを殺す
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ピーター・スワンソン/務台夏子
創元推理文庫
2018年2月 10✳︎

 

 

ミランダは他人を利用し、自分のルックスを頼りに生き、もらえるものをもらって満足している浅薄な女。この先、生きていても何人もの男を不幸に陥れる人生を送る。人間はいずれ死ぬのだから、殺しても何も問題がないというのが、リリーの強引な論理。

テッドはリリーに同調し、ミランダは殺さなければならないモンスターだと思うようになる。こうして奇妙な共犯関係が成立する。なぜ妻の殺害に手を貸すのかとのテッドの疑問に、リリーは全てが終わってから、話すと約束するのだった。テッドはミランダに好意を寄せ、リリーもテッドとの関係を好ましく感じている。

ストーリーが進むにつれて、殺人に痛痒すら感じないリリー、自らの欲望のために男を食い物にするミランダ、そのふたりに振り回される哀れなテッドとブラッドという構図が見えてくる。リリーとミランダは、最近話題となっているサイコパスという人格障害だろう。

同じ場面を時間を巻き戻して、別の人物の視点から語るという手法を使っている。この手法により、読者は登場人物のひとりの目では理解しがたい事象の核心部分を表と裏から見ることができるのである。→人気ブログランキング

サイコパス/中野信子/文春新書/2016年

『みそ汁はおかずです』瀬尾幸子

最近、みそ汁を作ることが多くなった。
本書を立ち読みして、たいして新しい試みをしていないなと思った。本を棚に戻しかけて、待てよ、みそ汁は毎日食べるもの、奇抜さはなくて新しい試みは少なくていいと思い直した。ページの体裁がシンプルなのがいい。
帯には、第5回 料理レシピ大賞 in Japan 2018【料理部門】の大賞を受賞したと書いてある。賞を獲っているのは心強い。

みそ汁はおかずです
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瀬尾 幸子
学研プラス 2017年

 

 

タイトルの『みそ汁はおかずです』の意味するところは、著者のレシピはなにをおいても、具沢山だからだ。
レシピにとんでもなく洋風だとか、著しくエスニックというような、奇抜なものはない。冷蔵庫に常備している食材や缶詰や、スーパーなどで簡単に手に入る食材が使われている。だから、作ってみようという気になる。ここが人気のポイントだ。
2人前で豆腐1丁はボリュームありすぎと思うが、それくらいの特徴がないと大賞は獲れないのかもしれない。→人気ブログランキング

カラー完全版 日本食材百科事典/講談社プラスα文庫/1999年

『ニックス』ネイサン・ヒル

本書はネイサン・ヒルのデビュー作、上下二段組で700余ページというボリューム。
2016年のロサンゼルス・タイムズ文学賞(新人部門)を受賞し、全米批評家協会賞最優秀新人賞の最終候補に残った作品である。メルリ・ストリープ主演でドラマ化が企画されているという。

シカゴの北西にある小さな大学で、文学を教えているサミュエル・アンダーソン助教授は、10年前に書いた短編により新人賞を獲って大々的にデビューした。ところが出版社と長編執筆の契約を交わしたにも関わらず、その後作品を書けないでいた。
サミュエルは、できの悪い学生に文学の講義をしつつ、週に40時間以上もオンラインゲームにうつつを抜かしている。

ニックス
ニックス
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ネイサン ヒル /佐々田雅子
早川書房
2019年2月 ✴8

ある日、サミュエルの母親フェイが大統領候補のワイオミング州知事シェルドン・パッカーに石を投げた嫌疑で拘留されていると、弁護士から電話がかかってきた。石を投げたシーンはテレビで繰り返し放送され、フェイは「パッカー・アタッカー」というあだ名までついた有名人になっている。
サミュエルはここ20年間フェイと話したことがない。なぜならフェイはサミュエルが11歳のときに、父親とサミュエルを残して家から姿を消し、その後音信不通となっていた。

サミュエルは同時にいくつかの問題を抱えることになる。
母親の逮捕は解決しなければならない。
サミュエルの生徒ローラ・ポツダムがレポートをコピペしたと、ソフトウェアが判定した。単位はあげられないとするサミュエルに、ローラは諦めない。父親の力を使ってサミュエルを大学から追い出そうとする。
さらに出版社から契約不履行で賠償金を請求されるかもしれないという窮地に立たされる。編集担当者はサミュエルにフェイの伝記を書くようにもちかける。今ならベストセラーになること間違いないと、執筆を迫る。

そこでサミュエルはフェイに会いに行くが、フェイは家を去った理由も、その後の20年間のブランクについても、口を閉ざして何も語ろうとしない。

物語の、時間軸は1968年から2011年まで、場所は母子の生まれ故郷から、シカゴ、ニューヨーク、ノルウェーまで広がっていく。サミュエルの幼い日のフェイとのことや、親友や初恋のこと、フェイの高校時代の事件や大学時代のことが、現在と過去を行きつ戻りつ綴られる。
サミュエルは、父親や介護施設にいる祖父や、フェイが大学時代に同室であったアリスから様々なことを聞き出す。フェイは大学時代に学生運動に関わり逮捕されていた。フェイにとっては身に覚えのない売春の罪で逮捕されたことを知る。

やがて母子は和解し助け合うようになる。しかし、フェイが大学時代に接触があったサイコパスがふたりの前に立ちふさがり、物語はサイコミステリの様相を呈してくる。
本書の主人公はサミュエルとフェイのふたり、家族愛の物語である。

ところでニックスとは、フェイの父親をノルウェーから追ってきた幽霊のこと。フェイはニックスに取り憑かれたと思っていた。→人気ブログランキング

『馬を愛した男』テス・ギャラガー

著者の初めての短編集。発表当時、絶賛されたという。
訳者の解説によれば、アイデアの多くは著者の母親の話からという。母親はストーリーテーラーだ。
テス・ギャラガーは、1943年にワシントン州ポート・エンジェルスという太平洋に面した林業の町で生まれた。父親は木こりをはじめとする肉体労働に従事していた。ポート・エンジェルスが舞台になったと思われる作品もいくつかある。
テスはワシントン大学を卒業後、自分に文学の才能があると目覚め、陸軍のパイロットであった最初の夫と別れ、アイオワ大学創作科に学んだ。1974年に詩集『Stepping Outside』刊行し、詩人として頭角を現した。その後1980年から1990年の間、シラキュース大学に籍を置き、教鞭をとっている。
テスは、1979年にレイモンド・カーヴァーと暮らしはじめ、1986年に本書を刊行した。1988年にはカーヴァーと結婚したが、2ヶ月後にカーヴァーは亡くなっている。テスはカーヴァーに勧められて小説を書きはじめたという。作品には詩人のセンスが光る言葉が散りばめられれている。
前妻とのいざこざについて書かれた作品や、激しい性格の弟について書いた作品など、実際に身の回りで起こったことからヒントを得て書いた作品がいくつかある。そのひとつ、祖父からの一家のクロニクルを書いた本書のタイトルとにもなっている「馬を愛した男」は傑作だ。含意のある読後感が残る秀作が揃っている。

馬を愛した男
馬を愛した男
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テス・ギャラガー/黒田絵美子
中央公論社
1990年 ✳︎9

・ジプシーの血を引く大酒飲みだった曽祖父のこと、ジプシーの血が強烈であること、最期の父との魂の交流のこと、娘の自分が父とよく似ていること。「馬を愛した男」
・治安が悪い地区に住宅を買った。夫がホームレスに声をかけたところ、家に現れるようになった。隣の家主はホームレスの男に銃を突きつけ、空に向けて銃を撃った。その場面を車中で見ていた妻に対しても、家主は威嚇の言葉を吐いた。「死神」
・隣人のジュエルは家を夫バードの名義にしたばかりに、バードに家を追い出されることになった。ジュエルの妹はバードの女のプードルをさらってカリフォルニアに連れて行った。ジュエルは夫の車をぶち壊し、夫の手に渡ることになった家に火をつけた。私とジュエルは、カリフォルニアに向かった。「遡求権」
・訪問販売の女性が、霊媒師の話をして連絡先をおいていった。訪問販売を快く思っていない夫が帰ってきて、霊媒師の名刺を見て当たるはずないと言ったが、興味深々そう。「テレピン油」
・離婚の話が進んでないようだ。潰瘍で入院しているロバートに奥さんが見舞いにきたという。ひどい服装だったので、デパートで服を買ってやったという。煮え切らないロバートに奥さんのもとに戻ればと言うと、愛しているという。「なすがまま」
・ぼやけた世界を見ることが好きな少女の眼鏡へのこだわり。「眼鏡」
・72歳のミス・ニックスは赤ん坊の頃、無法者のガンマンに抱き上げられた。無法者は泣きさけぶ赤ん坊で、保安官から顔を隠して事なきを得たという。そのミス・ニックスを友人とふたりで介護した話。「ジェシー・ジェイムズを救った女」
・受取人を前妻との子どもにした夫と、受取人を夫にした妻とのいざこざ。「受取人」
・夫もホーマーと同じで酒が好きだった。ホーマーは悪い仲間と加わって惨めな死に方をした。夫が酔っ払って暴言を吐いたことがあった。それ以来、夫婦仲は冷え沈黙の夜を過ごしている。「悪い仲間」
・手に負えない弟の暴言に対して夫がなにか言ってくれてもいいのにと妻は不満に思った。しかし男の危険はそこらじゅうに転がっている。夫は温和で臆病者だ。危険に真正面からぶつからなくてもいいと妻は思った。「いくじなし」
・ヘミングウェイが自殺したりアイヒマンがエルサレムで裁判にかけられた頃、町の新聞社で働き始めた17歳のわたしが、一緒に働いたヤクザな男の話。「やけくそ」
・43年も会わなかった少女時代の親友に会いにく。首尾よく会えたが。。「娘時代」→人気ブログランキング

ふくろう女の美容室』テス・ギャラガー/橋本博美 新潮社 2008年
馬を愛した男』テス・ギャラガー/黒田絵美子 中央公論社 1990年

『ふくろう女の美容室』テス・ギャラガー

詩人であるテス・ギャラガーはレイモンド・カーヴァーに勧められて小説を書きはじめたという。テスはレイの晩年の10年を共に過ごし、レイが亡くなる2か月前に入籍している。ペロッと舌を出すテスの茶目っ気が、ところどころで顔を出す短編集である。ユーモアとペーソスが入り混じった傑作ぞろいだ。
離婚を経験しレイと死別したテスの実生活を反映して、離婚や死別のバックグランドを抱えた女性が主人公の作品がいくつか見られる。前作『馬を愛した男』に比べると、温和な印象を受ける。
芭蕉の句を自分の墓石に刻もう思うシーンや仏教の教えが出てきたり、良寛の歌が引用されたりしていて、日本の古典に興味を持っていることがうかがわれる。
巻末には、本書のために訳者が選択した母との対談と父について書いた2編のエッセイが収録されている。

ふくろう女の美容室 (新潮クレスト・ブックス)
ふくろう女の美容室
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テス・ギャラガー/橋本博美
新潮社
2008年 ✳︎10

・水恐怖症の女は美容室の隣で洗髪されている男の横顔を見て、胸の高鳴りを覚える「ふくろう女の美容室」。
・製材場の雇い主だった男と従業員だった男は落ちぶれた境遇で出会う。「むかし、そんな奴いた」
・美容室の老猫が始末され、残った猫が客の少女の首に爪をたて傷を残した。「生きものたち」
・離婚した妹から娘の養育を頼まれたが、妹は資産家と再婚し娘を取り戻しに来た。その後、姉が亡くなった。姉の夫は新聞の死亡広告に、遺族として自分の名前と妹の娘の名前を書いた。「石の箱」
・ローマの未亡人からの訴状をもって現れた男に、夫の死を知らせずに、夫の墓の住所を教える。「来る者と去る者」
・38歳の未亡人が護身用の銃を買うかどうか迷う。「マイガン」
・自分でネクタイを結べない隣に住んでいた作家の思い出。カーヴァーをモデルにしたらしい。「ウッドリフさんのネクタイ」
・「キャンプファイヤーに降る雨」は、妻の同僚だった盲目の男が妻を亡くして家に泊まりにくる話。カーヴァーの「大聖堂」で書かれている同じエピソードを書いた。
・スーパーのレジで、突っかかってくる女に、言い返したルビーはふと娘の座右の銘「人はみな、御仏」が思い浮かんだ。夫が釣ってきたニジマスをさばいていて、癇癪女とのやりとりは本気で腹を割ってやりあったのだと、思った。「仏のまなざし」
・夫宛の女からの手紙の束を見つけた妻は、様々なことに対して祈るようになる。「祈る女」
・「聖なる場所」には、園芸愛好家の母とテスの庭仕事をめぐる対話が記載されている。日本語の「庭」の意味は「聖なる場所」だ。
・「父の恋文」では、母への何通もの恋文によって父が徴兵を免れたことが書かれている。→人気ブログランキング

ふくろう女の美容室』テス・ギャラガー/橋本博美 新潮社 2008年
馬を愛した男』テス・ギャラガー/黒田絵美子 中央公論社 1990年