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2019年6月

『魏志倭人伝の謎を解く 三国志から見る邪馬台国』渡邉義浩

古代中国史に精通した著者が、当時の政治情勢のなかで魏志倭人伝を読み解いているのが、本書の特徴である。
『三国志』は、陳寿というその時代に生きた人物が、3世紀の約60年間について書いた歴史書である。『三国志』の『魏志』『呉志』『蜀志』の三部作のうち「巻30 東夷伝」の一部に、倭人について書かれたところがあり、倭人伝とされているのである。東夷伝の国のなかで、倭人に関する部分が最も字数が多く、1913字が費やされている。

陳寿が魏国を慮って書いた部分と、実際に倭人と接した使者の報告の部分があるという。陳寿が書いた部分については、政治的な意図が込められている。

魏志倭人伝の謎を解く - 三国志から見る邪馬台国 (中公新書)
渡邉 義浩
中公新書 2012年 ✳︎7
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偉人伝の概要を次のようにまとめている。
1.倭と諸国の道程
帯方郡(朝鮮半島の中部)から邪馬台国に至る道程、国ごとの官名・戸数・概要が記されている。さらに卑弥呼の支配下にある国名が列記され、対立する狗奴国の記述もある。
2.倭国の地誌と政治体制
入れ墨(鯨面・文身)から衣服・髪型・織物に始まり、鳥獣・武器・衣食・葬儀・占い・寿命・婚姻といった倭国の地誌と、統治機構・刑罰・身分秩序などの政治体制、および倭の地全体の地理が記載される。
3.朝貢と回賜および制書
景初三(239)年に始まり正始八(247)年に至る、倭国からの4回の朝貢と曹魏の対応、および卑弥呼を親魏倭王に封建する制書が記載される。

東夷伝の韓の条に、北部の国々の者たちは、いささか礼儀や慣わしをわきまえているが、郡から遠く離れたところに住む者たちは、まったく囚徒や奴婢が集まっているような状態であるとある。さらに、特別な珍宝を産出しない。禽獣も草木もほぼ中国と同じであるとしている。韓に対する記述は手厳しい。

一方、倭国に対しては他国の記述に比べ、好意がみられるという。
倭の地では冬でも生野菜を食べる。倭の人は長寿である。真珠や翡翠を産出する。倭国は朝貢に適した物産の豊富な国と位置付けられている。
魏にとって倭国から朝貢にくることは、覇権がはるか遠方にまで及んでいることであり悦ばしいことなのだ。魏にとって頭が痛いのは、卑弥呼が邪馬台国を治めきれなくなり、さらに邪馬台国と狗奴国とのあいだがうまくいかないことである。

魏志倭人伝の謎を解く』渡邉義浩 中公新書 2012年
倭人伝を読みなおす』森 浩一 ちくま新書 2010年

『赤い衝動』サンドラ・ブラウン

ニューヨーク・タイムズ ベストセラー リスト第1位を獲得している。
25年前、ダラスのペガサスホテルが爆破され多くの死傷者が出た。フランクリン・トラッパー少佐は瓦礫の中を逃げ惑う生存者を安全な場所に導いた。少佐がひとりの少女を助け出す場面の写真は、世界中の人びとが一度は目にしている。その少女はケーラ・ベイリーだった。
その後、何年ものあいだ、少佐は英雄として祭り上げられ繰り返しマスコミに登場した。
一方、事件で両親を亡くしたケーラは叔父と叔母に引き取られ、マスコミと一切接触することがなかった。

赤い衝動 (集英社文庫)
赤い衝動
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サンドラ・ブラウン/林 啓恵
集英社文庫 2018年 ✳8
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時の人となった少佐と幼かった息子のジョンとの間にわだかまりができた。
そして、ATF(アルコール・タバコ・火器爆発物取締局)の敏腕捜査官になったジョンがATFを辞めたことで、3年まえから少佐とは断絶状態になっている。ジョンは爆発事件には黒幕がいると睨んで独自の捜査を続けたが、それがATFに居づらくなった原因だった。

ローカルテレビ局の人気レポーターとなったケーラは、少佐へのインタヴュ―を取り付けた。少佐へのインタヴューは、事件後25周年のセンセーショナルな番組になるはずだった。少佐の家でのインタヴュー中に、少佐とケーラは強盗に襲撃される。
少佐は銃で撃たれ重傷を負い死線をさまよい、ケーラは窓から脱出してかろうじて助かった。
いったい何が起こったのか? 表向きは決着がついている爆破事件の真相が語られることを恐れた者の犯行だった。

190センチの偉丈夫のジョン・トラッパーはぶっきらぼうで行動は直線的、暴力を振るうことも厭わない。初めはその強引さを嫌っていたケーラだが、襲撃事件と爆破事件の真相を白日のもとに晒すという目的で行動を共にするようになる。やがて、ふたりは官能の世界に浸る関係になる。
ジョンは事件の真相を掌握していた。少佐がテレビに出ることになり、生放送でしかもインタヴューアーがケーラだと知って、黒幕は被害妄想に近い恐れを抱いたのだ。どうやって黒幕を表に引っ張り出しに犯行を認めさせるかだ。
なお、解説によると、原題の“Seeing Red”は「激怒する、かっとなる」という意味で、雄牛が闘牛士の赤いマントを見て暴れ出すことからきた言葉だという。ジョンの性格や激しい性描写を暗示しているのだろう。

『尼子姫十勇士』諸田玲子

毛利氏に敗れ石見銀山を抱える出雲国を追われた尼子氏の勇士たちが集結し、出雲国の奪還をかけて毛利軍と戦う歴史ファンタジー。古事記の逸話を絡めたり、忍者が跋扈する山田風太郎の世界を彷彿とさせたり、大いに楽しませてくれる。

応仁の乱(1467〜1477年)の頃、出雲国の主権を手中にした尼子氏であったが、1566年、毛利軍に滅亡させられる。
その2年後、尼子氏の遺臣である山中鹿介や立原源太兵衛らは、京都興福寺で僧侶となっていた尼子勝久を還俗させ尼子再興軍を募り、毛利氏に立ち向かおうとする。一時はいくつかの城を奪還するが、1578年、上月城を毛利軍に陥落させられ劣勢を強いられる。そして勝久は自害し鹿介は誅殺され、尼子氏は完全に滅亡する。以上が史実であるが、本書の結末はどうなのか。

それぞれの事情を抱える十勇士たちは、尼子勝久を総大将に仰ぎ、大将・山中鹿介と勝久の生みの親・スセリビメのもとに集結し、尼子再建に奮闘することを誓う。

尼子姫十勇士 (毎日新聞出版)
尼子姫十勇士
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毎日新聞社
2019年3月 ✳︎9

勇士はさることながら、強烈な個性をもつ女性たちの活躍も見逃せない。
スセリは並みの人物ではなく尼子再興のため黄泉の国から遣わされた女神と思われている。3本脚の八咫烏を守護神とし強烈なカリスマ性が備わってる。その乳姉妹のイナタはスセリの身の回りの世話をする。
鼠の介と夫婦である大柄な猫女は忍びでもあり占いを司る。
女介は勇士として男勝りの活躍をする
毛利の間者・世木忍者のナギは尼子軍を窮地に陥れようとスセリ・勝久の母子に近づく。ナギはスセリの体に入り込み、ナギとスセリが入れ替わるに至り、状況はこんがらがる。
さらに、十勇士のひとりの妹という触れ込みで尼子軍の裏方に紛れこんだ遊女・黄揚羽は、場所をわきまえずに春をひさぐというあっけらかん振りである。はじめは非難の目で見ていたまわりの者は、黄揚羽の天衣無縫さに圧倒されてしまう。やがて黄揚羽の義を貫く筋の通った言動が、まわりの者の共感を得ていく。皆から信頼され賞賛を得る娼婦を登場させたことは大成功だ。

尼子再興軍の戦略は、毛利が九州の大友との合戦の準備に余念がない間に、出雲を手中にしようというものである。
当初は再興軍が毛利の城を陥落させていったものの、本命の月山富田城の奪還には至らなかった。一時は、毛利元就の病が重くなり兵が撤退したが、やがて毛利の圧倒的な兵力に押され、再興軍は奪還した城を奪われていく。そんな劣勢を挽回しようと、スセリは神々のご加護を得んがために、黄泉国に通じる洞穴に入っていく。

『エミール』ルソー/伊佐義勇

 買うのをためらうくらいエロ漫画仕様の表紙だ。システィーナ礼拝堂の天井画のようにミケランジェロ的いびつな描写である。例えば右上肢が長く、左下腿は太く長く、足趾には異様なボリュームがある。
最後まで読めば表紙の意図がわかるかもしれない。

『エミール』は、「自然に帰れ」というキャッチフレーズの自然と触れ合うことを尊ぶ教育論を、ジャン・ジャック・ルソーが小説仕立てにした。教育に携わる人は読むべきだとされている本である。

エミール (まんが学術文庫)
エミール
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伊佐 義勇
講談社まんが学術文庫
2019年4月 ✳︎7
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教育者レオの苦悩と挫折と希望の物語。
時代はフランス革命(1789年〜99年)の前後。
エミールの祖父は哲学者のジャン・ジャック・ルソー。
ルソーは5人の実の子どもを捨てた、ろくでなしということになっている。エミールはルソーの息子レオの子ども。レオはルソーの理論に従いエミールを教育しようとする。
エミールはライバルのアンペールとは切磋琢磨し、エギヨンとは丁々発止の争いを繰り広げ成長していく。
ついにはエミールがパリの市長になる。
紆余曲折はあったものの、レオは子育てに成功したということだろう。
表紙の女性は慈善事業団長のソフィー、エミールの妻となる女性である。固い内容だからせめて表紙だけは羽目をはずさせてくれという意図だった。

『食の実験場 アメリカ ファーストフード帝国のゆくえ』 鈴木透

著者はアメリカの食の歴史を3期に分けている。
第1は、イギリスの植民地時代から独立革命までのアメリカの形成期。白人入植者の食を支えたのは先住インディアンと黒人であった。第2は、19世紀後半から20世紀半ばにかけての産業社会の形成と工業国化の時期。食事に時間をかけないという発想がファーストフードの誕生につながった。第3は、1960年代以降の産業社会のあり方に対する抵抗と反省。ヒッピー文化や菜食主義者たちの影響によるオーガニックへ向かう動き。

イギリスの植民地時代、北部の白人入植者は先住インディアンの影響を受け、パンプキンパイ、コーンブレッドや七面鳥料理が生まれた。南部では黒人の影響を受けた米を使う料理が出現する。南部の家庭料理であるフライドチキンは、スパイスによる味付けは黒人から、揚げるという料理法は白人から受け継いでいる。
フランス人はミシシッピー川河口近くのニューオリンズを中心に住み着き、クレオールと呼ばれるフランス人と黒人の混血の人口が増えていった。
クレオール料理の代表はガンボーと呼ばれる雑炊のようなスープ。海産物、肉やソーセージ、トマトや玉ねぎ、豆など、あり合わせの材料で作ることが多いが、オクラでとろみをつけることが特徴的だ。米やオクラはアフリカ的だし、トマトやスパイスは先住民の影響があり、海産物を加えることはブイヤベースからきていてフランス的でもある。ガンボーは、アフリカ、先住インディアン、フランスの混血創作料理なのである。
クレオール料理のもう一つの代表ジャンバラヤは、トマト味のスパイシーなピラフで、具材はガンボー同様決まりはない。

食の実験場アメリカ-ファーストフード帝国のゆくえ (中公新書)
鈴木 透 ✳︎10
中公新書 2019年4月
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工業国となっていくアメリカには、1890年代から1910年にかけて、主としてヨーロッパの低開発地域から移民が大量に流入した。イタリア系やユダヤ系、北欧系などが 中心で、エスニックフードの多様性が増した。
ドイツの惣菜を扱う店デリカテッセンが普及し、ハインツ社がケチャップを開発した。
ハンバーグはドイツの港ハンブルグから名付けられた。それをパンに挟んだハンバーガーは、1904年のセントルイスでの万国博覧会で誕生したいわれている。
ドイツのフランクフルトから持ち込まれたソーセージをパンに挟んだホットドッグは、コニーアイランドの遊園地で売られた。こうしてドイツの食が野外の手軽なフィンガーフードに応用されアメリカ独自の食文化へと発展していった。
自動車時代の本格的な幕開けとともに、本来食事を取ることができない場所や時間帯に食事を可能にする新たなタイプの外食産業・ファーストフードをアメリカに作り出した。

飲み物についてもアメリカならではの特徴がある。独立革命期に生じた紅茶離れは19世紀に入っても続いた。ラム酒と紅茶を飲むことは反愛国的行為とみなされた。現在、アメリカの一流ホテルで紅茶を頼むとティーパックが出てくるという。

飲料水の確保が困難だったため、植物の根で作ったアルコール分の低いルートビアが飲まれた。医薬品であった炭酸水を瓶に詰めることに成功したのはコカコーラ社である。アメリカにおける炭酸飲料は、病人の飲み物であったことや製造に薬剤師が関わっていたこと、ドラッグストアで売られていたことから、飲む薬としての性格をもっていた。ちなみにペプシコーラの名称はペプシンという消化酵素からきている。

ヒッピーたちは、効率優先からの脱却と多様性の復権を実現する、有機農業や自然食品を追い求めた。さらにヒッピーたちは有機栽培やヘルシーからエスニックにつながっていった。そこから生まれてきたのがカリフォルニアロールである。
いまアメリカの食が向かっているのは有機栽培の野菜を使った健康食だ。創作料理の最前線ではビーガンの影響がある。

『進化の法則は北極のサメが知っていた』渡辺佑基

生命活動は化学反応の組み合わせであり、したがって生物の生み出すエネルギーの量は熱力学の法則によって決定される。本書の目的は、体温という物理量がどのように生物の姿や形や生き方を規定しているのかを探ることである。

著者は調査しようとする動物を捕獲し、カメラと記録計を取り付け、のちにそれらを回収して分析するバイオロギング調査を行った。

 

進化の法則は北極のサメが知っていた (河出新書)
渡辺佑基
河出新書 2019年2月 ✳8
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北極の海に暮らす大きな変温動物のニシオンデンザメはのろのろと泳ぎ、2日に1回獲物を追いかけ、なおかつ寿命400年という脅威的なスルーライフを送っていた。
南極に暮らす恒温動物のアデリーペンギンは体温を保つために、ものすごい勢いで獲物を食べ、エネルギーを燃やし続けていることを明らかにした。
オーストラリアの海に暮らす中温動物のホホジロザメは魚類としては例外的に活発でありながら、アデリーペンギンとニシオンデンザメの中間的lな生活スタイルを持っていることを発見した。これら一見バラバラに見える3つの事柄は代謝という地下水脈でつながっているという。

低体温はあらゆる種類の生命活動を鈍化させる。体温が下がるほど動物の運動能力が鈍り、代謝量が下がり、食べ物の要求量が減る。それだけでなく新しい細胞の生産ペースが鈍るので、成長が遅くなって寿命が伸びる。
また、あらゆる種類の生命活動は体温が上がるほど活発になる。

ここで、ジェームス・ブラウンの説が登場する。
体の大きさと体温が決まれば、生物が生物として生きるペースが決まり、それによって生物の運動能力や生活スタイルや成長速度が決まる。進化のスピードや生態系の多様ささえ決まるというもの。

地球上で起こっている生命現象のすべてを包み込む汎用性をもった代謝量理論は、ダーウィンの自然選択理論に匹敵する意味合いをもつ、生物学の新たな金字塔であると著者は力説する。→人気ブログランキング