月人壮士(つきひとおとこ) 澤田瞳子
陰謀渦巻く宮中で繰り広げられる天皇の座をめぐる権力闘争と、凄まじいばかりの愛憎を描いた傑作。
王家の血に入り込んだ藤原氏の血への呪いがテーマである。
聖武天皇は藤原不比等の娘・宮子を母にもったため、まったき日嗣の王になれないと、藤原氏の血を呪う。妻の光明子も不比等の娘である。それまでは王家の血だけを引き継いだ皇族が天皇の座についていた。聖武天皇は藤原氏の呪縛を払拭するかのように、遷都を行い5年で還都し、唐から招聘した鑑真を重用し、国分寺・国分尼寺建立の詔を発し、巨大な盧遮那仏の建立を命じた。
周りの者には、聖武天皇の政(まつりごと)は行き当たりばったりに映っていた。
月人壮士 澤田 瞳子 中央公論新社 2019年 |
首(おびと 聖武天皇)さまが崩御され、後継者として皇太子には「道祖王(ふなどおう)たつるべし」と遺詔が下された。それは誰もが知っていることだったが、中務卿・藤原仲麻呂は「道祖王さまが皇統にふさわしいとは思えない」と異をとなえた。
なにしろ道祖王は純粋な王家の血を引いていて、藤原氏にとっては皇太子になって欲しくない人物である。
聖武天皇の後、帝の地位についたのは娘の孝謙天皇(安倍)だった。孝謙天皇の寵愛をよいことに仲麻呂はやりたい放題であった。
藤原氏の高位の人物が中臣継麻呂と道鏡に、首さまの真の遺詔を探るよう要請した。
ふたりが首さまを知る人物のもとを訪れ、独白してもらう形でストーリーは進み、首さまの苦悩や藤原氏と王家の天皇の座をめぐる争いを浮き彫りにする。
外来の仏教に遣える道鏡と、仏教と敵対してもおかしくない天照大神以来の神祇を司る中臣継麻呂を、インタビュアーに仕立てるあたりは憎いばかりの配役である。
そしてついに、孝謙天皇により道祖王は皇太子から引き摺り下ろされ廃太子となってしまう。道祖王の後釜の皇太子には藤原仲麻呂の義理の娘を娶ったばかりの大炊王がなった。
「天皇家は山、藤原氏をはじめとする氏族は海」という比喩が本作を貫くテーマであり、海の浸食をかわしながら天皇家は山のように盤石でなければならないと、再三語られる。→人気ブログランキング
月人壮士(つきひとおとこ)/中央公論新社/2019年
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