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2019年9月

『緋の河』桜木紫乃

オネエキャラのパイオニアであるカルーセル・麻紀の波乱の半生を描いた力作。著者は釧路の中学校の先輩であるカルーセルを敬愛していて、カルーセルの半生記を是非書かせて欲しいと申し出ると、カルーセルはできるだけ汚く書くように注文をつけたという。


緋の河

緋の河
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桜木 紫乃
新潮社
2019年6月 ✳︎9

秀男は男3人女ひとり兄姉の次男で、家は貧乏だった。美に対するこだわりが強く、女の子よりも可愛いといわれて育った。
迷い込んだ置屋で、秀男は女郎の華代に女になりたいといって、美しい女なぞこの世にいないとたしなめられる。「この世にないものにおなり」という華代のひとことが、その後の秀男を導く言葉になる。
女郎になりたいといって父親に殴られたのは小学校に上がる前だ。

小学校に上がると、女の「なりかけ」というあだ名をつけられた。秀男には自分がこうして嫌な目に遭うのは、小汚い餓鬼どもとは違うものを持ってるせいだという自信があった。
秀男が3年生になると、家の中では誰も秀男の女言葉に文句を言わなくなった。
影であれこれ言われても秀男本人が自分の居場所を決めているので、誰もそこから動かしようがないというのが姉・章子の分析だ。

15歳の秀男は、貯金していた7万円を持って家出し、ススキノのバー「みや美」にたどり着く。チビで坊主頭だからマメコという源氏名をもらう。
2年で「みや美」を飛び出し、旭川、根室、帯広などのどの店もひと月かふた月で喧嘩をして店を辞めた。しかし、転んでただで起きる秀男ではなかった。

東京に出てキャバレーに身を寄せた秀男は、ストリップ・ショーを得意の出し物とするようになる。客からプレゼントされた巨大な白蛇を体に巻きつけてのスネーク・ストリップ・ショーは大受けであった。
なにごともパイオニアへの風当たりはきついが、頭の回転の速さと機関銃のような喋り、前向きで好奇心が旺盛で勝気で喧嘩っ早い、そんな性格の秀男はどこに行っても話題の中心にいる。そして、職場を変えるたびにパワーアップしていくのだ。

ゲイボーイの本場大阪にスカウトされ、スネーク・ストリップのマコという名で人気を博していく。
女性ホルモンを打ち始め乳房が膨らみ、やがて睾丸をちょん切った。そしてカーニバル・真子と名乗り、大阪ミュージックの舞台に立ち、マスコミに登場するようになるのだった。

帰省の場面は泣かせる。父親と長男は世間と同じように受け入れないのに対して、母親は「娘」として迎えてくれた。秀男の精神的な支えは、幼児の頃から温かい目で見守ってくれた姉・章子と母親であった。

緋の河/桜木紫乃/新潮社/2019年
ホテルローヤル/桜木紫乃/集英社/2013年(直木賞受賞作)
氷平線/桜木紫乃/文春文庫/2012年
硝子の葦/桜木紫乃/新潮社/2010年

『生きているジャズ史』油井正一

本書は、ジャズ評論の草分け的存在の著者(1918年~1998年)が、『ミュージック・ライフ』誌に連載した「ジャズの背景」(1942年)、「生きているジャズ史」(1944年~1946年)の文章に加筆し訂正したもの。核心をつかんだ説得力のある「油井節」が展開される。

60年代、ジャズに心を奪われつつあったものの、その後ジャズに愛想を尽かした、あるいは、ついていけなくなった世代は団塊の世代である。マイルズ・デイビスは受け入れたものの、コルトレーンにはついていけなかった。ジャズに憧れつつ、距離をおかざるを得なくなった世代にとって、その理由を知るためにもってこいの本だ。


生きているジャズ史 (立東舎文庫)

生きているジャズ史
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油井 正一
立東舎文庫
2016年✳9

ブギーウギー、デキシーランドにはじまり、ベニー・グッドマンのスウィングが生まれ、ゆき詰まったスウィング・ジャズが、チャーリー・パーカーのビ・バップの発生をうながした。ビ・バップのゆき過ぎた部分が調節されて、マイルズ・デイビスのクール・ジャズとなり、クールのゆき過ぎもまた矯正されて今日のモダン・ジャズに発展したというのが、1940年以降、約15年間のジャズの動きである。
「今日の創造は、明日のマンネリ」と常に変貌を求める音楽が、ジャズなのだ。楽譜から外れる、楽譜がない、というアナーキーな状況がジャズである。

「ファンキー」という言葉が誤解されている。ファンキーとはスラングで黒人くさいという意味、アーシー(earthy、土くさい)という意味もある。軽快だとか奇抜だとシャレたという意味はない。

フランス・ジャズ界の人気批評家アンドレ・オディールの著書『ジャズーその発展と本質』を紹介している。団塊の世代がジャズばなれした答えが書かれている。
青年のジャズに対する情熱は、音楽に対する真の愛情よりも、むしろ青年期特有の情熱の作用とみられる。いったん情熱がなくなると、すべては急速に崩れ去り、バトンは新しく情熱に襲われたより若い世代に受け継がれる。ジャズコンサートを訪れる客の年齢層がいつも同じなのは、この秘密による。なんとなく納得がいく。

「1967年のジャズに思う」というタイトルの項では、その頃にジャズ・ファンが急に増えた理由について、「数年まえエレキ・ギターにしびれ、フォーク・ブームに関心を寄せていた若い人たちが、ボサノバを仲介者として、ジャズの面白さを知ったからです」と週刊誌に答えている。この答えにはかなり自信があるという。
ジャズファンは総じて落語ファンでもあるというのは、愉快だ。

新書で入門 ジャズの歴史』相倉久人 新潮新書 2012年
生きているジャズ史』油井正一立東舎文庫 2016年
現代ジャズ解体新書 村上春樹とウィントン・マルサリス』中山康樹 廣済堂新書 2014年
ジャズに生きた女たち』中川ヨウ 平凡社新書 2008年

『エレベーター』ジェイソン・レイノルズ

エレベーターが地上に着くまでの短い間の物語。
横書きで、行間が大きく空いて、文章が短く、1頁に書かれている文字が極端に少ない。
左揃えだったり右揃えだったり、文字の大きさを変えたり、ゴチックを使ったり、自由自在だ。それぞれのページの背景に異なる図柄が使われている。
短編のミステリであり、詩である。
アメリカ探偵作家クラブ賞(YA部門)、ロサンジェルスタイムス文学賞(YA部門)、ニューベリー賞銀賞など多数を受賞した。


エレベーター

エレベーター

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ジェイソン・レナルズ /青木千鶴

早川書房 2019年8月 

売り上げランキング: 22,082

15歳の弟フィルは、「愛する誰かが殺されたなら、殺したやつを見つけだし、かならずそいつを殺さなければならない」という掟に従わなければならない、と信じている。

ショーンの幼馴染のリッグスがショーンを撃ったと思う。
少し前にリッグスは、ダーク・サンズの縄張りに引っ越した。リッグスはそのギャング団に入りたがっていた。
ダーク・サンズの縄張りは、フィルのアパートから9ブロック離れたところにある。アトピーの母さんが使っている石けんを売っている店はちょうどその辺りにある。ショーンはその店に向かった。

フィルは、兄の仇を討ちに兄の拳銃をズボンの後ろに差し込んで、拳銃が隠れるように大きめのシャツを着て、勇んで8階のエレベーターに乗る。
弾が入っているかも確かめなかったし、拳銃を撃ったこともない。
エレベーターが止まるたびに、会えるはずのない人物たちが乗り込んできて、タバコが煙る密室で、過去が語られ、拳銃を持っている理由を問われ、目的を問われ、ハグされたりヘッドロックをかけられたり、拳銃の撃ち方を教わったり、仇討ちを止めろといわれたり、撃ち殺してこいといわれたりする。
フィルは地上に着く頃にはひどくビクつくようになる。

『ポップ1280』ジム・トンプソン

2001年度、『このミステリーがすごい!』1位に輝く作品の新装版。
人口(POP)がたった1280人の町、ポッツヴィルの保安官ニック・コーリーの独白でストーリーは進む。ニックは著しい心配性だと自分で語っていて、口うるさく性悪女の妻マイラとそのうすばかな弟レニーと暮らしている。ニックは自称モテる男で、愛人のローズとも元婚約者のエイミーとも付き合っている。
はじめ、ニックは能無しの保安官の印象だが、そのうちにずる賢く権謀術数に長けていることがわかってくる。
巻末には、トンプスンの評価のきっかけとなった、ジェフリー・オブライエンの『安物雑貨店のドストエフスキー』というタイトルの論文が掲載されている。


ポップ1280(新装版) (海外文庫)

ポップ1280
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ジム・トンプスン/三好基好
扶桑社ミステリー 2019年8月 ✳9
売り上げランキング: 109,663

とりあえず、ニックの心配事は町の売春宿に巣食うふたりのヒモだ。それと差し迫った保安官選挙には当選しなければ元も子もない。

ニックは、ポッツヴィルを出て郡庁所在地に向かう。保安官事務所で保安官と助手に会い、淫売宿のふたりのヒモについて相談する。
ポッツヴィルには売春婦が6人いて、その子たちは愛嬌があっていい子なんだが、ふたりのヒモが生意気な口を利き、いつ騒動を起こすかわからない。なんとか事が起きないように手を打ちたいと相談する。
相手に2倍返しをするのだと教えられる。
ニックは、その気になって、ふたりのヒモの腹を銃で撃ち、それまでの自分に対する無礼を顧みればしかたがないと考える。

検事に、相手候補に悪い噂があり町の連中なら誰でも知っているが、それを教えるわけにはいかないささやく。すると悪い噂が次々に生まれ、町中に広まる。検事の妻が誰かに話したのだ。その話が次々に悪い噂を生んで、ついに相手候補は極悪人とまでの噂になった。

その後はニックは愛人の夫を殺し、その罪を黒人になすりつける。対立候補を衆人の前で下卑た噂の釈明を求めて、完膚なきまでに評判を落とさせる。
保安官としての、仕事らしい仕事はしないで、聖書を都合よく解釈し、弱きをいじめ強きに逆らわず、邪魔者は策を弄して殺すことも厭わない。

そんな悪行が周りの人間の知るところになり、口が達者なニックは、あれこれ独善的な理屈を述べるが、もはや辻褄が合わなくなる。
闇の中に加速度を増して沈み込んでいく暗黒小説だ。読み終わるまで手放すことができない、そんな不思議な吸引力をもつ作品だ。

『水底の橋 鹿の王』上橋菜穂子

尊厳死につながる議論が展開され、医療の本質に迫ろうとする大胆な試みを貫くファンタジー。
大国・東乎瑠(ツオル)の次期宮廷祭司医長の座をめぐる争いに、オタワル医療の運命がかかっている。進歩派はオタワル医術を受け入れるが、守旧派はオタワル医術の排除を目論んでいる。
オタワルは、国をもたない民である。250年前、黒狼病で王国が滅びたあと、山々に囲まれた地で、土木、建築、ガラス、機械工芸など技術力を伝えてきた。東乎瑠国の妃の難病をオタワルの医術師が完治させたことで、オタワルの医術の優秀さは東乎瑠の貴族たちに頼りにされている。


鹿の王 水底の橋

鹿の王 水底の橋
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上橋 菜穂子
角川書店 2019年3月 ✳8
売り上げランキング: 6,781

しかし、治療に役立つことならなんでも取り入れるオタワル医療と、治療は神聖なものであるべきとする東乎瑠の医療とは、相容れないものがある。
東乎瑠の医療は、例えば、薬は動物由来のものは「穢れ」を理由に忌み嫌う。したがって、オタワル医療で最先端の技術である、輸血や馬の血清を用いる血清療法は、清心教の医療では禁忌である。
清心教の信徒たちは、獣由来の薬を使うことで多少は命が伸びるかもしれないが、穢れた身で生きるよりは、心安らいで草木の薬でいきたいと願う。清心教の司祭医・真那の姪が重い病気にかかっていて、真那の手に負えないのでホッサルに診てほしいとミラルを通じて依頼があった。
ホッサルは、オタワル王国の聖王の末裔で天才的な医術師、ミラルは、ホッサルの恋人で医師でもある。
もし、ホッサルがなにか失態を演ずれば、それを口実にオタワル医師の粛清が推し進められるだろう。あえて火中の栗を拾うべく、ホッサルとミラルは真那の姪の診察に向かった。

ホッサルは、真那から清心教医術の源流とされる秘境・花部に行くように勧められる。
花部への道中、山津波に飲み込まれそうになったとき、ミラルをかばったホッサルは骨折し、奇しくも花部流医術を受けることになる。

ついには、次期宮廷祭司医長の有力候補に毒が盛られる事件が起こり、ストーリーは佳境に入る。

→『精霊の守り人
→『闇の守り人
→『夢の守り人
→『虚空の旅人
→『神の守り人
来訪編

→『神の守り人
帰還編
→『蒼路の旅人
→『天地の守り人
第1部 ロタ王国編

→『天地の守り人
第2部 カンバル王国編

→『天地の守り人
第3部 新ヨゴ皇国編
→『流れ行く者 守り人
短編集

→『バルサの食卓
→『孤笛のかなた
→『鹿の王
→『水底の橋 鹿の王 

『三体』劉 慈錦

文化大革命では、知的な能力をもつ者は辺鄙な土地に送られ、理不尽な生活を強いられた。辛酸を舐めさせられた人物の復讐心が、人類の存亡に関わる事態を招くことになる。壮大なスケールで描く文句なしの大傑作である。

文化大革命の混乱のなか、高名な理論物理学者が年端もいかない紅衛兵から吊るし上げられている場面から始まる。しかも糾弾するのは思想転向させられた自らも物理学者である妻だ。紅衛兵の暴力により物理学者は死亡し、大学生の娘・葉文潔が残された。

2年後、文潔は内モンゴル地区の巨大な森林の建設兵団に入れられ、開墾事業に従事させられていた。そこで殺虫剤が自然を汚染し生態系を破壊することを書いた告発の書、レイチェル・カールソンの『沈黙の春』を読み、文潔は科学技術の進歩に懐疑的な考えを持つようになった。
文潔はレーダー峰の紅岸プロジェクトに加わる。プロジェクトの目的は地球外知的生命との交信であった。


三体
三体

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劉 慈欣
/大森望・吉光さくら・ワン・チャイ 訳
立原透耶 監修
早川書房 2019年7月 ✳︎10
売り上げランキング: 76

場面は40年後の現代に飛ぶ。もうひとりの主人公、ナノマテリアル開発者 の汪淼(おう・ぴょう)が参加した会議には、アメリカとイギリスの軍人とCIAのふたりも混じっていた。リストにある物理科学者たちはこの2ヶ月のうちに立て続けに自殺している。
敵の企みの根底にあるのは、〈科学技術革命は人類社会の一種の病変であり、技術の爆発的発達は癌細胞の急速な拡散と同じく、宿主の体の栄養を枯渇させ臓器を蝕み、ついには宿主を死亡させる〉。つまり科学技術の発展を阻止することが敵の目的なのだ。

汪淼は『三体』のコンピュータ・ゲームに、Vスーツを着て没頭するようになる。そのゲームの舞台は三つの太陽がある三体世界で、文明は滅亡と復興を繰り返す。このゲームは三体協会がプロデュースしたものだった。

汪淼は事の真相を探るべく、癌に侵された葉文潔に会いに行く。
40年前に紅岸プロジェクトに従事していた文潔は三体世界の存在を知り、滅亡と復興を繰り返す文明と、他の恒星系に移住しようとする彼らの計画について知った。文潔は上層部に極秘で、「私たちの文明は、もう自分で自分の問題を解決できない、だからあなたたちの力に介入してもらう必要がある」と送信したのだ。
文潔がプロジェクトに従事している間に、4光年離れた恒星からの返信はなかった。

文潔は父親を殺した紅衛兵に会うことで、宇宙の彼方からより高度な文明を、人類世界に招き入れることに揺るぎない自信をもった。そして文潔は地球三体運動の総司令官を引き受けた。
文潔の考えに心酔したエヴァンスは、父親の膨大な遺産を相続し、紅岸基地と同クラスの高度な通信機器を備えたタンカー船を造った。ところが傍受した三体世界からのメッセージを極秘にして暴走しだすのだった。