« 2019年10月 | トップページ | 2019年12月 »

2019年11月

『ポピュリズムとは何か 民主主義の敵か、改革の希望か』水島治郎

ラテンアメリカの国々やヨーロッパ各国を席巻し、ついにはトランプをアメリカ大統領に押し上げてしまったポピュリズムとは何か。本書では、ポピュリズムを「人民の立場から既成政治やエリートを批判する政治運動」と定義している。

ポピュリズムの特徴は、「主張の中心は人民」「人民重視の裏返しとしてエリート批判」「カリスマリーダーの存在」、もうひとつ「イデオロギーの薄さ」である。ポピュリズムは具体的な政策内容で特徴づけることはできないという。

ラテンアメリカでポピュリズムが席巻したのは、社会経済上の圧倒的な不平等が理由である。1930年以降、大地主や鉱山主などの寡頭支配に対抗し、中間層や労働者、農民など多様な支持層を背景にポピュリズム政党が躍進した。
〈デモクラシーが固定していないラテンアメリカのポピュリズムの場合には、権力を濫用しデモクラシーの妨げとなった。〉

現在、なぜ西ヨーロッパでポピュリズムが広がっているのか。
2015年、ヨーロッパでイスラム過激派のテロ事件が続発した。この機会をとらえて、反イスラムの旗を掲げて支持を集めているのがヨーロッパのポピュリズム政党である。
当初は極右だったポピュリズム政党が転向し、グローバル化やEU統合に反対し、エリート批判と移民排除を進めようとしている。移民や難民、外国人を福祉の乱用者と位置づけ福祉排除の考え方を打ち出す。

EU離脱をめぐるイギリスの国民投票では、「置き去りにされた」人びと、2016年のアメリカ大統領選挙では、「ラストベルト(旧工業地帯)」の人びとがクローズアップされた。二つの共通性が注目され、勝利を収めた経過も似ている。

デモクラシーから生まれたポピュリズムであるのに、なぜデモクラシーと正反対の解釈が成り立つのか。
その訳は、デモクラシーの背景には「立憲主義的解釈」と「ポピュリズム的解釈」がある。「立憲主義的解釈」は、法の支配、個人の自由の尊重、議会制などを通じた権力抑制を重視する立場であり、「自由主義」的な解釈といえる。「ポピュリズム的解釈」は、人民の意思の実現を重視し、統治者と被治者の一致、直接民主主義の導入など、「民主主義」的要素を前面に出す。

ポピュリズムは、デモクラシーを民主化することで重要な意義を持つが、他方デモクラシーの発展を阻害する。多数は原則を重視するあまり少数意見が無視される。敵味方を峻別する傾向が強いから対立を生みやすい。非政治的機関の権限を制約しがちなどのマイナスの要素がある。
野党としてのポピュリズム政党は、既成政党に緊張感を与えることでデモクラシーの質を高める。デモクラシーの固定していない国でポピュリズム政党が政権を握ると、デモクラシーの脅威となる。一方、デモクラシーが固定した国の場合はポピュリズム政党が与党になった場合でも、デモクラシーの危機に陥るとはいえない。

ポピュリズムは「ディナー・パーティの泥酔客」のような存在だという。上品なディナー・パーティに現れて、なりふり構わず振る舞う。ずかずかとタブーに踏み込んで隠された欺瞞を暴く。実にうまい比喩だ。

なにかが首のまわりに チママンダ・ンゴーズィ・アディーチェ

アフリカ人の視点で、日常の瑣末な出来事や心の襞を巧みに描く。鋭い感性で綴られた知性あふれる文章は読む者を引き込む。ストーリー・テラーと呼ばれるにふさわしい。デビュー以来、旺盛に生み出された作品は、数々の文学賞〈O・ヘンリー賞(2003年)、コモンウェルス賞(2005年)、オレンジ賞(2007年)、米国批評家協会賞(2013年)〉などを受賞している。
本書は、2009年に出版された短編集の翻訳であると同時に、訳者が日本で独自に組んだ短編集『アメリカにいる、きみ』『明日は遠すぎて』から6編ずつを選び加筆修正した上で文庫化したものである。どの作品も複数回読んで、その度に新しい発見がある。
著者は、TEDトークの『男も女もみんなフェミニストじゃなきゃ』と題する講演で、「ジェンダーのことはいまも問題があるから改善しなればと思うすべての人がフェミニストだ」と述べて、「フェミニスト」という言葉のイメージを塗り替えた。

なにかが首のまわりに (河出文庫)

チママンダ・ンゴーズィ・アディーチェ
くぼたのぞみ
河出文庫 2019年7月 ✳︎10
売り上げランキング: 38,259

「セル・ワン」
はじめは母親のジュエリーを盗んだ。犯罪者となっていく美形の兄を妹の目線で語る。

「イミテーション」
夫が浮気していると電話で伝えられた。夫はナイジェリアのラゴスにいて、妻はフィラデルフィアで二人の子どもと暮らしている。夫はクリスマスシーズンにフィラデルフィアにくる。妻はラゴスに戻ると夫にいう。新しいハウスボーイが雇われるとき、家にいたいからと理由をいう。

「ひそかな経験」(「スカーフ」を改題)
ラゴス大学の医学部に通うチカが、市場で暴動に遭遇し、異教徒の女と一緒に逃げ込んだのが廃屋。女は暴動を「悪魔のしわざ」という。
外の騒ぎが落ち着くと、乳飲み子がいる女は乳首が乾燥してひび割れるという。ココナツバターを塗るといいとチカは伝える。
チカが外に出ようと窓によじ登ったときに腿に創を負った。女のスカーフを借りて縛った。暴動が収まって別れしなに、スカーフをもらった。

「ゴースト」
71歳の元大学教授が年金のことを訊ねるために大学に行ったときに、かつての同僚に出会った。戦争に巻き込まれて死んだと思われていた。
色あせた大学町で、支給されることのない年金を待ちながら、どのような生活を営んでいるのかと、かつての同僚は訊く。

「先週の月曜日に」
夫がユダヤ人で妻がアフリカン・アメリカンの息子のベッビー・シッターになった主人公の、微妙な女心が描かれる。アメリカ留学時のベビー・シッターの実体験をもとに描いたという。

「ジャンピング・モンキー・ヒル」
アフリカ出身の若手作家のワークショップに参加するため、ウジュンワはケープタウン郊外のジャンピング・モンキー・ヒルに来ている。8人の参加者は短編を最初の1週間で仕上げ、2週目はそれぞれの作品を合評するというスケジュールだ。
主催者のエドワードが、ウジュンワを色目で見ているとみんなが気付いているという。
ウジュンワの作品が論評される。高学歴の女性の話だ。パワハラに対抗して職場を去るという結末に現実味がないというエドワードは言う。
そのサジェッションにウジュンワは憤慨したが、結末を訂正してもいいかなと思ったというのが結末。
幾重にも仕掛けがある傑作だ。実際に、著者はアフリカ出身の作家を集めたワークショップを毎年開催しているという。

「なにかが首のまわりに」(「アメリカにいる、きみ」を改題)
アメリカに渡ったナイジェリアの女性が白人の学生とつきあう。
首に何かが巻きつくような感じがしてそれが薄れる頃、家に手紙を書いた。父親が5か月前に亡くなったことを知った。学生は6ヵ月以内に戻らなければグリーンカードの権利をなくすからと、何度も念を押す。

「アメリカ大使館」
難民ヴィザを発行してもらうために、ラゴスにあるアメリカ大使館の列に何時間も並んでいる。
女性は、昨日子どもを埋葬し、一昨日ジャーナリストの夫を国外に逃走させた。その前の日、彼女の生活はいつもと変わりなく、車で勤め先の小学校から帰宅した。その夜、男3人が夫を探して家に乱入してきた。帰り際に息子を銃で撃った。
列のすぐ後ろの若い男から、面接官の目をまっすぐ見ること、口ごもらないこととアドバイスを受けた。息子が殺されたことを何度も訴えるが、面接官は自分の命が狙われている証拠を示すようにという。O・ヘンリー賞受賞作。

「震え」
部屋のドアを大きな音で叩いたのはナイジェリア人の男だった。ナイジェリアで航空機が墜落し、ナイジェリアのファーストレディが死んだ。で、一緒に祈りたいという。男がウカマカの手をとって祈ると、彼女は自分が震えるのがわかった。ウカマナがつき合っていた男がその飛行機に乗っているかもしれない。
ドアを叩いた男はペンテコステ派で、ウカマカはカソリック。男はゲイだと告白した。ユーモアとペーソスが感じられる作品。

「結婚の世話人」(「新しい夫」を改題)
ナイジェリア人の医者と結婚し、ニューヨークに着いた。翌朝キスをされて市場のゴミの山の臭いがした。両親が死んでおじさんに育ててもらい、数週前におじさんに紹介された相手だ。アメリカに住むナイジェリア人で医者だぞと、掘り出し物のような言い方だった。
前に結婚していたことを知らされて嫌になったが、行くところがない。

「明日は遠すぎて」
18年前に、アメリカに住む兄妹がナイジェリアの祖母の家で過ごした夏の悲劇を綴る。〈おばあちゃんが、蛇ってのは「エチ・エテカ(明日は遠すぎて)」っていわれてるんだ、ひと咬みで10分後には、お陀仏だからね、といった。〉というのがタイトルの出どころ。

「がんこな歴史家」
近代化するナイジェリアをひとりの女性を通して綴る。
ンワムバはひとりっ子のオビエリカと結婚した。流産をくりかえすンワムバは夫にに第2夫人をもつことを勧めたが、夫は意に介さなかった。ンワムバは男の子を産みアニクウェンワと名づけた。オビエリカが突然死んだ。葬儀のあいだにオビエリカの従姉妹たちが、象牙を持ち去った。その後も従姉妹たちがオビエリカの土地を奪おうとした。
ウワムバは従姉妹たちとの訴訟に勝てるようにと、息子を教会に通わせ英語を習得させた。息子は英語が話せるようになり、英語力のおかげで土地を取り戻せた。ところが息子は異教徒のキリスト教徒になってマイケルと名乗るようになった。息子はンワムバに胸を隠すように言った。
息子が選んだ嫁にンワムバは決して優しくしないと決意したが、人懐っこい優しい嫁に目をかけるようになった。ムワンバはイボ族の女たちがするように陶器を作った。男と女の孫が授かった。ンワムバはグレイスと名づけられた赤ん坊を抱いたときに、目をきらきらさせて、ンワムバの目をじっと見たので、夫のスピリットが戻ってきたと思った。ンワムバはグレイスをアファメナフと名づけた。「わたしの名前は失われることはないだろう」という意味だ。グレイスは歴史家となって本を書き、数々の賞を受賞した。グレイスは祖母がつけてくれた名前に改名することにした。アファメナフは暮れなずむ光の中、祖母のベッドの傍に座りながら、陶器づくりで肥厚した祖母の掌を握っていた。
本作で「アメリカ大使館」(2003年)に続き、2度目のO・ヘンリー賞(2010年)を受賞している

なにかが首のまわりに/チママンダ・ンゴーズィ・アディーチェ/くぼたのぞみ/河出文庫/2019年
男も女もみんなフェミニストでなきゃ/C・N・アディーチェ/くぼたのぞみ/河出書房新社/2017年
アメリカーナ/C・N・アディーチェ/くぼたのぞみ/河出書房新社/2016年
明日は遠すぎて/C・N・アディーチェ/くぼたのぞみ/河出書房新社/2012年
半分のぼった黄色い太陽/C・N・アディーチェ/くぼたのぞみ/河出書房新社/2010年
アメリカにいる、きみ/C・N・アディーチェ/くぼたのぞみ/河出書房新社/2007年

『日本SF誕生 空想と科学の作家たち』 豊田有恒

1950年代、アメリカでは、後にSFと呼ばれる作品を書いた大御所たちが現れている。ロバート・A・ハイライン、アイザック・アスモフ、レイ・ブラッドベリー、A・E・ヴァン・ヴォークト、ポール・アンダースンなどである。

日本で、かつての空想科学小説からSFが新たに確立されたのは、1960年代の初頭である。当時、出版社には西部物とSFに関わると潰れるというジンクスがあったという。

まだ一般には知られていなかったが、「ノストラダムスの大予言」が、SF仲間の間ではすでに話題になっていた。さらに、UFO、超能力などの超自然現象が当時の流行りであった。
星新一らが入会していた「日本空飛ぶ円盤研究会」(新井欣一主催 1955年発足)は、UFOを真面目に研究しようとする会で、三島由紀夫や石原慎太郎なども会員であったという。


日本SF誕生―空想と科学の作家たち

豊田有恒
勉誠出版
2019年8月

1959年早川書房から『SFマガジン」が刊行された。スタート当時は、アメリカの『F&S(Fantasy & Science Fiction)』の日本版という形がとられた。早川書房は、『SFマガジン』の発刊の前に、1957年に探りを入れる意味で2冊の翻訳本(ジャック・フィニイ『盗まれた街』、カート・シオドマク『ドノヴァンの脳髄』)を出している。

福島正実は「SFの鬼」と呼ばれた怖い編集長だった。著者は『SFマガジン』の第1回空想科学コンテストに応募し、『時間砲計画』が佳作の3位に入選した。
鬼編集長からは、「豊田はアイデアはいいが、文章がからっきしダメだ」と言われた。

1962年は、日本のSF界にとって重大な転機となった。コンテスト受賞者の短編が『SFマガジン』に続々と掲載され始めた。
1963年、著者は平井和正原作のアニメ『エイトマン』の脚本を手がけた。翌年、手塚治虫に見込まれ、虫プロダクションの嘱託で、『鉄腕アトム』をはじめとするアニメのシナリオ手がけた。同年SF作家クラブが立ち上げられた。

その頃、矢野徹に同人誌『宇宙埃』に誘われる。
メンバーは、星新一、平井和正、広瀬正、光瀬龍、野田宏一郎、伊藤典夫、筒井康隆、眉村卓など。『宇宙塵』には熱心なSFファンも参加したという。
SF作家クラブの方針で、星新一と小松左京を一緒の車には乗せないということになった。ふたりが亡くなってしまうとSF界が全滅するというのが理由だったという。

SFはプロとアマの距離が近かった。最初のSF大会が目黒で開かれることになり、「メグコン」と名付けられ、180人が集まったという。
1970年には、大阪万博の機会に世界のSF作家を集めようというアイデアが小松左京から出され、8月に大阪で「第1回国際SFシンポジウム」が開かれた。ちなみに、第2回は2013年に、広島、大阪、名古屋、東京で日を変えて開催されている。

本書は著者の交友録として語られる、SF黎明期の記録である。

ファンタジーランド 狂気と幻想のアメリカ500年史 カート・アンダーセン

なぜ、アメリカはドナルド・トランプを大統領に選出するようなとんでもない国になってしまったのか。本書はそれを解き明かすアメリカの精神文化史である。
 
2016年の大統領選が始まったときに、著者は本書を書き出して2年が経っていて、トランプが共和党の予備選で先頭に立ったのには驚きかつぞっとしたが、満足感を覚えたという。それは著者の理論が正しかったことが政治の場で証明されたからだ。大統領になるとトランプは、自分にとって不都合な報道を、すべて「フェイク・ニュース」と呼ぶようになった。大統領就任式の観衆数がメディアの発表と大幅に違った際には、オルタナティブ・ファクト(もう一つの真実)という言葉を使った。このような政治を「ポスト真実」の政治と呼ぶ。ポストには「脱」という意味があり、客観的な事実よりも個人的信条や感情が重視される政治である。


ファンタジーランド(上): 狂気と幻想のアメリカ500年史
ファンタジーランド(上): 
カート アンダーセン /山田美明・山田文


ファンタジーランド(下): 狂気と幻想のアメリカ500年史
ファンタジーランド(下): 
東洋経済新報社
2019年✳10

著者は、アメリカではトゥルーシネス(本当らしく聞こえる嘘)、つまり直感的に物事を真実だと信じることが1960年代に爆発的に広まったと見ている。エリートを嫌悪し、科学的事実を否定し、主観的に物事を判断する傾向である。やがて、この傾向は数世紀にわたって形成されてきたことに気づいたという。
 
ピルグリム・ファーザーズは、プロテスタントのうちの急進派であるピューリタンのそのまた過激な分離派ピューリタンである。著者は、アメリカは常軌を逸したカルト教団によって建設された国であると諧謔的な言い方をする。
 
アメリカは宗教国家である。アメリカ人の70%以上がキリスト教徒で、そのうち70%はプロテスタントである。アメリカ人のうち、天国の存在を信じる人は85%、地獄の存在を信じる人は75%いるという。天国や地獄を信じるということは、取りも直さず悪魔を信じることであり、その他の摩訶不思議な出来事も信じるということである。アメリカ人はどの先進国に暮らす人びとより、はるかに強く超自然現象や奇跡を信じている。

神と進化について、アメリカ人は大体、三つに区分できるという。進化論を信じている人が1/3、神が長い時間をかけ、おそらくは進化を利用して生物を創造したと考えている人が1/3弱、そして人間やそのほかの生物はこの世が始まって以来、現在の形で存在していると確信している人が1/3以上である。
 
アメリカは熱狂的なキリスト教信者と夢想家、あるいは詐欺師とそのカモによって、まるでファンタジーランドのようになってしまったという。アメリカの狂気と幻想は次のような人びとや現象によって作り上げられていったとする。それは、セイラムの魔女裁判(1692年)、モルモン教を創始した(1830年)ジョセフ・スミス、「バーナム効果」で有名な興行師のP・T・バーナム、超越主義を主張したヘンリー・デヴィット・ソロー、異言(学んだことのない異国の言葉を話すこと)、ハリウッド、サイエントロジー、陰謀論、ウォルト・デズニー、伝道師のビリー・グラハム、ロナルド・レーガン(選挙演説でハルマゲドンという言葉を繰り返し使い、政治日程を妻のナンシーが占星術で決めていた)、絶大な人気を誇るトーク番組の司会者オプラ・ウィンフリー、トランプなどである。さらに、ワクチン不要論やホメオパシー。礼賛、銃へのこだわりやドラッグ依存、カルト的プロテスタント教団の隆盛などがある。インターネットの登場は、はびこる狂気と幻想により一層の拍車をかけた。

アメリカ人が一時的に道を外しただけならいずれ正しい道に戻ってくるが、もはやこの傾向はアメリカ国民のDNAに深く刻み込まれているという。現在、トランプの支持率はおよそ40%、共和党内では9割に達する。矛盾が持つ力で最も恐ろしいのは、繰り返し矛盾に接すると、真実を重視する感覚が鈍ることだ。次もトランプだろうか?

ちなみに、トランプはドイツ系移民の子孫であり、著者の祖先はピルグリム・ファーザーズの次にアメリカにたどり着いた清教徒であるという。

ファンタジーランド 狂気と幻想のアメリカ500年史/カート・アンダーセン/山田美明・山田文/東洋経済新報社/2019年
食の実験場アメリカーファーストフード帝国のゆくえ/鈴木透 /中公新書/2019年
ノマド― 漂流する高齢労働者たち/ジェシカ・ブルーダー/鈴木素子/春秋社/2018年
アメリカ/橋爪大三郎×大澤真幸/河出新書/2018年
ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち/J.D.ヴァンス/関根光宏・山田文/光文社/2017
ルポ トランプ王国―もう一つのアメリカを行く/金成隆一/岩波新書/2017年
沈みゆく大国アメリカ/堤未果/集英社新書/2014年
ルポ 貧困大国アメリカII/堤未果/岩波新書/2010年
沈黙の時代に書くということ―ポスト9・11を生きる作家の選択/サラ・パレツキー/山本やよい/早川書房/2010年
アメリカン・デモクラシーの逆説/渡辺靖/岩波新書/2010年
現代アメリカ宗教地図/藤原聖子/平凡社新書/2009年
ルート66をゆく―アメリカの「保守」を訪ねて/松尾理也/新潮社新書/2006年
小説のアメリカ 52講ーこんなにおもしろいアメリカン・ショート・ストーリーズ秘史/青山南/平凡社ライブラリー/2006年
古きよきアメリカン・スイーツ/岡部史/平凡社/2004年
インディアンの夢のあと―北米大陸に神話と遺跡を訪ねて/徳井いつこ/平凡社新書/2000年

『試験に出る哲学 「センター試験」で西洋思想に入門する』斎藤哲也

哲学の入門書は数多ある。先生と生徒の対話であったり、子どもや擬人化された猫が登場したり、大阪弁だったり、イラストがふんだんに使われていたり、漫画であったりと、とっつきにくく理解に努力を要する哲学だから、工夫されている。
本書はセンター試験の「倫理」で出題された20の問題を取り上げ、西洋哲学のあらましを解説する。試験問題は熟読しなければ、正解に到達できない。理解するためには、2回、3回と読むこともある。選択肢に示された文章がそれぞれの思想のエッセンスであることもあり、思想の微妙な違いが頭に入るというわけだ。著者はいいところに目をつけた。


試験に出る哲学―「センター試験」で西洋思想に入門する (NHK出版新書 563)

斎藤 哲也 (Saito Tetsuya
NHK出版新書 2018年 ✳︎9
売り上げランキング: 14,389

では、実際の問題はどうなっているのか。

問13:カントは、人格は何よりも尊重すべきものであるという考えを定言命法の形で次のように表現した。この命法の最も適当なものを、1)~4)のうちから一つ選べ。

汝の人格および他のあらゆる人の人格のうちにある人間性を、いつも同時に目的として扱い、決して単に手段としてのみ扱わないように行為せよ。(カント『道徳形而上原論』)

1)子どものいるにぎやかな家庭を築こうとして結婚することは、夫は妻を、妻は夫を出産の手段とみなすことにつながる。互いに尊重し合っていたとしても、こうした意図による結婚は決してすべきではない。
2)ボランティア活動であっても、有名人による施設訪問には、施設の子どもや老人を自己宣伝の手段にするという側面がある。子どもや老人を大切にする姿勢が伴っていなければ、こうした訪問活動は決して行うべきではない。
3)参考書を買うためであっても、親にお金をねだるのは、親を目的のための手段とすることにほかならないから、決してしてはいけない。アルバイトをしてお金を貯め、必要なものは自分で購入すべきである。
4)将来の就職を考えて大学を受験するのは、自分や家族の利益のために自分自身を手段として利用する行為といえる。自分の教養を高めるという純粋な動機にのみ基づくのでなければ、決して大学に行くべきではない。

【解答と解説】カントの定言命法は、「自分や他人を単に手段としてのみ扱わないように行為せよ」と言っているのであって、手段の要素を一切禁じるものではない。この点に注意して選択肢を見ていくと、1)は「互いに尊重し合って」いるから定言命法から逸脱していない。したがって、「こうした意図による結婚は決してすべきではない」とは言えないので誤り。2)は、ボランティア活動の自己宣伝の手段のためだけに行ってはいけないという趣旨なので、定言命法にあてはまる。3)は、親にお金をねだることに手段の側面があっても、そこに親への敬意や感謝があるならば、定言命法の範疇に入るから誤り。4)も、手段として行動することを一切禁じたものとして解釈している点が誤り。

次は、実存主義に関する問題。

問題19:「実存を」を重視した思想家にキルケゴールとサルトルがいる。二人の思想の記述として最も適当なものを、次の1)~5)のうちからそれぞれ一つずつ選べ。

1)日常的な道具は使用目的があらかじめ定められており、本質が現実の存在に先立っているが、現実の存在が本質に先立つ人間は、自らつくるところ以外の何ものでもないと考えた。
2)宇宙はそれ以上分割できない究極的要素から構成されているが、この要素は非物体的なもので、それら無数の要素が神の摂理のもとであらかじめ調和していると主張した。
3)生命は神に通じる神秘的なものであるから、人間を含むすべての生命に対して愛と畏敬の念を持つべきであり、そのことによって倫理の根本原理が与えられると考えーた。
4)人が罪を赦され、神によって正しい者と認められるには、外面的善行は不要であり、聖書に書かれた神の言葉を導きとする、内面的な信仰のみが必要だと主張した。
5)誰にとっても成り立つような普遍的で客観的な真理ではなく、自分にとっての真理、すなわち自らがそのために生き、また死にたいと願うような主体的真理を追求した。

【解答と解説】正解は、サルトルが1)キルケゴールが5)、2)はライプニッツの「モナド論」、3)はシュヴァイツァーの「生命への畏敬」という概念を説明したもの、4)は宗教改革を唱えたルターの思想である。

エミール/ルソー伊佐義勇/講談社まんが学術文庫/2019年
試験に出る哲学 「センター試験」で西洋思想に入門する/斎藤哲也/NHK出版新書/2018年
生き延びるためのラカン/斎藤 環/ちくま文庫/2012年
なぜ人を殺してはいけないのか? /永井均×小泉義之/河出文庫/2010年
ソクラテスの弁明 関西弁訳/プラトン 井口裕康訳/パルコ/2009年

『銀河帝国は必要か? ロボットと人類の未来』稲葉振一郎

本書は、前半でSFの歴史を特にロボットや宇宙を扱った作品を中心に論じ、後半は、アイザック・アシモフの『銀河帝国興亡史』に解説を加えながら、AI倫理について触れ、とくにロボットの立ち位置から人間とどう向き合うを論じている。

ロボットについてのSFの歴史と現実のロボット開発の歴史とは、ずれを伴いながらも、互いに影響を及ぼしあっているという。古典的なSFは、ロボットや人工知能のありうべき未来として人間と同等かそれ以上の能力をもつ自律的な主体の到来を予測した。著者は現実ではそのようなことは起こらないという立場をとる。


銀河帝国は必要か? (ちくまプリマー新書)

銀河帝国は必要か?
posted with amazlet at 19.11.06
稲葉 振一郎
ちくまプリマー新書
売り上げランキング: 22,497

リチャード・ドーキンスの『利己的遺伝子』による「科学革命」により、生物は「自然発生した自律型のロボット」としてとらえられ、逆に自律型ロボットは「人為的に作られた擬似生物」として捉えることができるようになったという。
生物はゲノムのコピペであり、ロボットはプログラミングのコピペである。ドーキンスの説はふたつを結びつけるだろう。

1980年代における「サイバーパンク・ムーブメント」により、SFはポストヒューマンの世界に入ったという。代表的な作品は、ウイリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』(1984年)、ブルース・スターリングの『スキズマトリックス』(1985年)、グレッグ・ベアの『ブラッド・ミュージック』(1985年)などである。

宇宙SFを変容させたのは、第一に、人間が人間のままで宇宙に進出することはできそうになく、第二に、宇宙に出かけて行ったところで他者に出会うことはありそうにないという気づきだった。この気づきを経て20世紀末以降のSFは、従来の人間の枠から逸脱したものへ変容することによって宇宙へ進出する人類を描かざるをえなくなっていった。いわゆるポストヒューマンのヴィジョンと重なり合うという。

『銀河帝国興亡史』の著者の要約をさらにスリムにすると、「銀河帝国の初期は、人間はロボットに依存して帝国の崩壊を乗り切り銀河を植民地化する。そうやって構築した銀河帝国も、のちに膨張しすぎ疲弊し自壊する。人間はその危機もなんとか乗り越える。しかし晩年、ロボットの自己消却後、人間の歴史を陰から庇護していたのは実はロボットであること、そのようなロボットはある意味すでに「人間」と呼べるものになっていることが明らかになる。そのことは人間たちには公にされない。つまり人間たちはすでに事実上ポストヒューマンであることを知らされないままなのである。晩期のアシモフ作品は、自己矛盾をかかえたポストヒューマンSFである」となる。

アシモフのロボット三原則の第1条は、「ロボットは人間に危害を加えてはならない」である。第2条は人間に服従、第3条は自己補修。
1条の原文は、ロボットも人間も単数である。つまり個人であり、複数の人が生命、安全が脅かされるような状況下では、人の命の間に優先順位をつける、ロボットには辛い選択が強いられると分析する。

ロボット三原則によって人間を守りそれに奉仕するように命じられ、かつその人間とは人類とは何かを、ロボットは自らの責任において判断しなければならないという立場に追い込まれる。
アシモフのロボット物語は現代の機械倫理学、ロボット倫理学、人工知能倫理学などの重要な主題を、1980年代の時点ですでに先取りしているとする。

『AI以後 変貌するテクノロジーの危機と希望』丸山俊一(編著)+NHK取材班  NHK出版新書  2019年10月
銀河帝国は必要か? ロボットと人類の未来』稲葉振一郎 ちくまプリマー新書 2019年9月
AI倫理 人工知能は「責任」を取れるのか』西垣 通 河島茂生 中公新書クラレ 2019年9月

『日本の誕生 皇室と日本人のルーツ』長浜浩明

本書は日本人のルーツと天皇家についての「嘘」を指摘し、それらを科学的にあるいは考古学的な証拠に基づいて改め、自虐史観を払拭する痛快な内容になっている。

なぜ、戦後の古代史論は正気を失ってしまったか。
天皇の国民への影響をなくすというアメリカGHQの思惑が元凶であるという。戦後、『記紀』を肯定する考古学研究者や教育者が、教育の現場から徹底的に排斥され、まっとうな研究がされなくなった。
もうひとつは、「韓国が日本人の祖先の国」とする司馬史観の呪縛である。
さらに、確たる証拠がないのに専門家や作家や古代史愛好家が、「だろう」「と思う」などと古代史を好き勝手に語って引っ掻き回してきたことが、古代史を混乱させたという。
著者は、歴史を語るには論理的で実証的であることが重要であるとする。


日本の誕生 皇室と日本人のルーツ

長浜浩明(Nagahama Hiroaki
ワック
2019年5月 ✳︎9
売り上げランキング: 3,777

ウルム氷期はおよそ1万年前に終了した氷期である。その頃の地球の海面は今より100メートル以上低く、樺太と北海道はつながっていた。また、大阪湾から瀬戸内海にかけては陸地であった。
アフリカを出た人類は、日本列島には主に地続きだった樺太経由でやってきた。日本の旧石器時代(〜1万6先年前)に、朝鮮半島からヒトは来ていない。
弥生時代に大陸から渡来人がやってきて、在来の縄文人と交配し、日本人ができたというのはデタラメである。アイヌの祖先は縄文人であるというのも嘘。これらはゲノムの比較からも明らかである。そもそも日本語と中国語や韓国語の文法はまったく異なる。

戦前は『日本書紀』に書かれていることが受け入れられていたが、戦後、『日本書紀』は天皇家が自分たちに都合のいい話を作り上げたもので信用できないとされた。今も多くの歴史学者が「「神武東征」は嘘だ、『日本書紀』は嘘だ」と主張している。
しかし、『日本書紀』に記載されている地理や歴史的事件と現在集めうる証拠を科学的に再検討すると、数々の新事実が明らかになったという。

「神武東征」とは、天照大神の5代後にあたる神武天皇が45歳の時に、「東の方に都をつくるのによい土地がある」と聞いて、諸皇子の賛同を得て「東征」の旅に出、橿原(奈良)にたどり着くまでの波乱の物語をいう。
神武一行は、高千穂(宮崎)を出発して 海路や陸路で、宇佐(大分)、筑紫(福岡)、安芸( 広島)、吉備 (岡山)にたどり着くまでに8年を要した。
その後、吉備から大阪湾に入り、川を遡上して生駒山麓にある白肩津に上陸した。そこで長髄彦(ながすねひこ)と戦うも敗れ、大阪湾に逃れ南下し、紀伊半島の東へ回り込んだ。熊野に上陸し、山中を進軍して宇陀から橿原の地になんとかたどり着いた。

橿原の地で神武天皇は事代主の娘と結婚し、その後、歴代天皇は大和を中心に、各地の豪族と婚姻関係を結び、絆を強め、大和朝廷の基盤を固めていった。
『旧唐書・日本』には、大和朝廷が北部九州の倭国連合(邪馬台国)を併呑したことを彷彿とさせる記述が遺されているという。
日本の古代史論は見直す時期にきていると著者は力説する。

日本の誕生 皇室と日本人のルーツ』長浜浩明 ワック 2019年
魏志倭人伝の謎を解く』渡邉義浩 中公新書 2012年
倭人伝を読みなおす』森 浩一 ちくま新書 2010年

« 2019年10月 | トップページ | 2019年12月 »

2020年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ