なにかが首のまわりに チママンダ・ンゴーズィ・アディーチェ
アフリカ人の視点で、日常の瑣末な出来事や心の襞を巧みに描く。鋭い感性で綴られた知性あふれる文章は読む者を引き込む。ストーリー・テラーと呼ばれるにふさわしい。デビュー以来、旺盛に生み出された作品は、数々の文学賞〈O・ヘンリー賞(2003年)、コモンウェルス賞(2005年)、オレンジ賞(2007年)、米国批評家協会賞(2013年)〉などを受賞している。
本書は、2009年に出版された短編集の翻訳であると同時に、訳者が日本で独自に組んだ短編集『アメリカにいる、きみ』『明日は遠すぎて』から6編ずつを選び加筆修正した上で文庫化したものである。どの作品も複数回読んで、その度に新しい発見がある。
著者は、TEDトークの『男も女もみんなフェミニストじゃなきゃ』と題する講演で、「ジェンダーのことはいまも問題があるから改善しなればと思うすべての人がフェミニストだ」と述べて、「フェミニスト」という言葉のイメージを塗り替えた。
なにかが首のまわりに チママンダ・ンゴーズィ・アディーチェ くぼたのぞみ 河出文庫 2019年 |
「セル・ワン」
はじめは母親のジュエリーを盗んだ。犯罪者となっていく美形の兄を妹の目線で語る。
「イミテーション」
夫が浮気していると電話で伝えられた。夫はナイジェリアのラゴスにいて、妻はフィラデルフィアで二人の子どもと暮らしている。夫はクリスマスシーズンにフィラデルフィアにくる。妻はラゴスに戻ると夫にいう。新しいハウスボーイが雇われるとき、家にいたいからと理由をいう。
「ひそかな経験」(「スカーフ」を改題)
ラゴス大学の医学部に通うチカが、市場で暴動に遭遇し、異教徒の女と一緒に逃げ込んだのが廃屋。女は暴動を「悪魔のしわざ」という。
外の騒ぎが落ち着くと、乳飲み子がいる女は乳首が乾燥してひび割れるという。ココナツバターを塗るといいとチカは伝える。
チカが外に出ようと窓によじ登ったときに腿に創を負った。女のスカーフを借りて縛った。暴動が収まって別れしなに、スカーフをもらった。
「ゴースト」
71歳の元大学教授が年金のことを訊ねるために大学に行ったときに、かつての同僚に出会った。戦争に巻き込まれて死んだと思われていた。
色あせた大学町で、支給されることのない年金を待ちながら、どのような生活を営んでいるのかと、かつての同僚は訊く。
「先週の月曜日に」
夫がユダヤ人で妻がアフリカン・アメリカンの息子のベッビー・シッターになった主人公の、微妙な女心が描かれる。アメリカ留学時のベビー・シッターの実体験をもとに描いたという。
「ジャンピング・モンキー・ヒル」
アフリカ出身の若手作家のワークショップに参加するため、ウジュンワはケープタウン郊外のジャンピング・モンキー・ヒルに来ている。8人の参加者は短編を最初の1週間で仕上げ、2週目はそれぞれの作品を合評するというスケジュールだ。
主催者のエドワードが、ウジュンワを色目で見ているとみんなが気付いているという。
ウジュンワの作品が論評される。高学歴の女性の話だ。パワハラに対抗して職場を去るという結末に現実味がないというエドワードは言う。
そのサジェッションにウジュンワは憤慨したが、結末を訂正してもいいかなと思ったというのが結末。
幾重にも仕掛けがある傑作だ。実際に、著者はアフリカ出身の作家を集めたワークショップを毎年開催しているという。
「なにかが首のまわりに」(「アメリカにいる、きみ」を改題)
アメリカに渡ったナイジェリアの女性が白人の学生とつきあう。
首に何かが巻きつくような感じがしてそれが薄れる頃、家に手紙を書いた。父親が5か月前に亡くなったことを知った。学生は6ヵ月以内に戻らなければグリーンカードの権利をなくすからと、何度も念を押す。
「アメリカ大使館」
難民ヴィザを発行してもらうために、ラゴスにあるアメリカ大使館の列に何時間も並んでいる。
女性は、昨日子どもを埋葬し、一昨日ジャーナリストの夫を国外に逃走させた。その前の日、彼女の生活はいつもと変わりなく、車で勤め先の小学校から帰宅した。その夜、男3人が夫を探して家に乱入してきた。帰り際に息子を銃で撃った。
列のすぐ後ろの若い男から、面接官の目をまっすぐ見ること、口ごもらないこととアドバイスを受けた。息子が殺されたことを何度も訴えるが、面接官は自分の命が狙われている証拠を示すようにという。O・ヘンリー賞受賞作。
「震え」
部屋のドアを大きな音で叩いたのはナイジェリア人の男だった。ナイジェリアで航空機が墜落し、ナイジェリアのファーストレディが死んだ。で、一緒に祈りたいという。男がウカマカの手をとって祈ると、彼女は自分が震えるのがわかった。ウカマナがつき合っていた男がその飛行機に乗っているかもしれない。
ドアを叩いた男はペンテコステ派で、ウカマカはカソリック。男はゲイだと告白した。ユーモアとペーソスが感じられる作品。
「結婚の世話人」(「新しい夫」を改題)
ナイジェリア人の医者と結婚し、ニューヨークに着いた。翌朝キスをされて市場のゴミの山の臭いがした。両親が死んでおじさんに育ててもらい、数週前におじさんに紹介された相手だ。アメリカに住むナイジェリア人で医者だぞと、掘り出し物のような言い方だった。
前に結婚していたことを知らされて嫌になったが、行くところがない。
「明日は遠すぎて」
18年前に、アメリカに住む兄妹がナイジェリアの祖母の家で過ごした夏の悲劇を綴る。〈おばあちゃんが、蛇ってのは「エチ・エテカ(明日は遠すぎて)」っていわれてるんだ、ひと咬みで10分後には、お陀仏だからね、といった。〉というのがタイトルの出どころ。
「がんこな歴史家」
近代化するナイジェリアをひとりの女性を通して綴る。
ンワムバはひとりっ子のオビエリカと結婚した。流産をくりかえすンワムバは夫にに第2夫人をもつことを勧めたが、夫は意に介さなかった。ンワムバは男の子を産みアニクウェンワと名づけた。オビエリカが突然死んだ。葬儀のあいだにオビエリカの従姉妹たちが、象牙を持ち去った。その後も従姉妹たちがオビエリカの土地を奪おうとした。
ウワムバは従姉妹たちとの訴訟に勝てるようにと、息子を教会に通わせ英語を習得させた。息子は英語が話せるようになり、英語力のおかげで土地を取り戻せた。ところが息子は異教徒のキリスト教徒になってマイケルと名乗るようになった。息子はンワムバに胸を隠すように言った。
息子が選んだ嫁にンワムバは決して優しくしないと決意したが、人懐っこい優しい嫁に目をかけるようになった。ムワンバはイボ族の女たちがするように陶器を作った。男と女の孫が授かった。ンワムバはグレイスと名づけられた赤ん坊を抱いたときに、目をきらきらさせて、ンワムバの目をじっと見たので、夫のスピリットが戻ってきたと思った。ンワムバはグレイスをアファメナフと名づけた。「わたしの名前は失われることはないだろう」という意味だ。グレイスは歴史家となって本を書き、数々の賞を受賞した。グレイスは祖母がつけてくれた名前に改名することにした。アファメナフは暮れなずむ光の中、祖母のベッドの傍に座りながら、陶器づくりで肥厚した祖母の掌を握っていた。
本作で「アメリカ大使館」(2003年)に続き、2度目のO・ヘンリー賞(2010年)を受賞している→人気ブログランキング
なにかが首のまわりに/チママンダ・ンゴーズィ・アディーチェ/くぼたのぞみ/河出文庫/2019年
男も女もみんなフェミニストでなきゃ/C・N・アディーチェ/くぼたのぞみ/河出書房新社/2017年
アメリカーナ/C・N・アディーチェ/くぼたのぞみ/河出書房新社/2016年
明日は遠すぎて/C・N・アディーチェ/くぼたのぞみ/河出書房新社/2012年
半分のぼった黄色い太陽/C・N・アディーチェ/くぼたのぞみ/河出書房新社/2010年
アメリカにいる、きみ/C・N・アディーチェ/くぼたのぞみ/河出書房新社/2007年
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