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2020年2月

『給食の歴史』藤原辰史

日本の給食の歴史は紆余曲折を経てきた。
給食により、敗戦国日本にパン食を普及させ、自国の農家を守るために小麦を輸入させたアメリカの戦略は成功した。日本の稲作の衰退はアメリカにしてやられたと言っていい。

給食は欠食児童をなくすことであり貧困対策であり、同時に平等の思想を植えつけることにもなった。政治的には戦後の暴動を防ぐためであった。
給食の無償化はたびたび浮上する意見だが、GHQの公衆衛生福祉局長として給食制度の普及に務めたクロフォード・サムスが、社会主義国を作り出すという主張したからであった。


給食の歴史 (岩波新書)

給食の歴史
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藤原 辰史 (Fujihara Tatsushi
岩波新書 2018年 ✳︎8
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著者は給食の歴史を次の4期にカテゴライズしている。
一見、強引な分け方にも見えるが、給食の複雑な立ち位置から見ると、妥当と思われる。

萌芽期 19世紀後半から敗戦まで。関東大震災(1923年)が東京府の給食誕生のきっかけとなった。「禍の時代」。
占領期 敗戦後から1952年まで。ララ(アジア救援公認団体、Licensed Agencies for Releif in Asia)という慈善団体による脱脂粉乳とコッペパンの支給。1946年、文部・厚生・農林3省の通達によって散発的だったが給食が全国規模の国家プロジェクトになる。「贈与の時代」。
発展期 占領後から1970年代まで。依然として外国からの食料輸入に依存しつつも、1954年の「学校給食法」を中心に日本独自の展開を模索する時代。「占領から脱皮の時代」。
行革期 1970年代、とくに1973年の石油危機から現在まで。低成長時代に突入し行革、公的部門の合理化が進む。給食センター化が進み、学校栄養職員、調理員、教師、親などの陳情や抵抗運動が活発化する時代でもある。「新自由主義の時代」。

1950年代の段階では、クジラ肉が肉の中で一番安かった。マーガリンの主原料は鯨油であった。
1954年、紆余曲折の末「学校給食法」が制定された。
文部官僚は日本人の早老短命は食の質を忘れ偏食大食する食習が最大の原因をなす、と自虐的に述べた。
教育委員会や校長は児童が脱脂粉乳を飲むよう教師に指導したという。脱脂粉乳には教師の勤務評定が関係していた。
1970年代から、給食の合理化が始まり、センター化や材料の一括購入、1959年、新潟県燕市森井金属工業。メロンスプーンの柄を短くした先割れスプーンの誕生した。1970年代から、給食の合理化が始まり、センター化や材料の一括購入、給食事務の軽減が勧められた。
1959年、新潟県燕市森井金属工業。メロンスプーンの柄を短くした先割れスプーンの誕生した。1970年、1971年が最盛期で、「犬食べ」が問題になった。うどんや肉などもスプーンで食べていた。
問題は、先割れスプーンだけではなく、さまざまなおかずが入れられる一体型のランチ皿とスプーンの組み合わせにあった。

日本の学校給食には偏食、マナー、アレルギー、給食業務の合理化、新自由主義の中での給食、給食費未納など、解決されない問題や取り組まなければならない問題がある。→人気ブログランキング

給食の歴史/藤原辰史/岩波新書/2018年
トラクターの世界史/藤原辰史/中公新書/2017年

『デトロイト美術館の奇跡』原田マハ

本書は、デトロイト美術館(DIA)をめぐる4つの連作短篇と、著者と女優・鈴木京香との対談からなる。
短篇はDIAに数々の所蔵作品を寄贈した富豪の話、美術館を愛したアフリカン・アメリカンの夫婦の話、デトロイト市の財政破綻に伴う美術館存続の危機にまつわる2つの話からなる。
本書には、もう一人の主人公ともいうべき《マダム・セザンヌ》というタイトルの油彩画がある。セザンヌの妻の肖像画である。《マダム・セザンヌ》は4つの短編に通底している。《マダム・セザンヌ》のたたずまいや来歴、さらにDIAの成り立ちを、ストーリーに組み込む著者のテクニックに感心させられる。


デトロイト美術館の奇跡 (新潮文庫)

原田 マハ
新潮文庫 2019年 ✳︎8
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「フレッド・ウィル《妻の思い出》2013年」
明るく前向きだった妻ジェシカが癌で亡くなった。夫婦はDIAで過ごすことを習慣にしていた。夫フレッドが気に入っていたのは不機嫌そうな顔をした《マダム・セザンヌ》。最後に二人でDIAを訪れたとき、ジェシカは、私が亡くなっても「彼女」に会いに来てくれる?と訊ねた。ジェシカが亡くなったあと、フレッドは《マダム・セザンヌ》と会話することを楽しみにしていた。
それが、市の財政破綻でDIA所蔵の作品が売却されると、新聞が伝えた。

「ロバート・タナヒル《マダム・セザンヌ》1969年」
資産家のロバート・タナヒルは76歳で独身、DIAへの財政援助と作品寄付の両方においいて最重要人物であった。4月1日はロバートの誕生日。例年なら10名程度の友人たちとディナーをともにするのだが、今年は医者に止められた。若い頃、社交界の友人たちとヨーロッパを巡った際、ある画廊を紹介された。そこで《マダム・セザンヌ》に出会ったのだ。それ以来、《マダム・セザンヌ》を愛してきた。その秋ロバートが亡くなると、遺言に従い《マダム・セザンヌ》はDIAに寄贈された。

「ジェフリー・マクノイド《予期せぬ訪問者》2013年」
ジェフリーはDIAのチーフ・キュレーターだ。妻を亡くしたフレッドが、DIAのコレクションは高額な美術品なんかじゃない、みんな友達なんだと言って、しわくちゃになった500ドルの小切手を手渡した。

「デトロイト美術館《奇跡》2013〜2015年」
DIAの所蔵作品を売るかどうかの会議が開かれようとしている。ダニエルはその会議の進行役だ。
数週前、ダニエルはキュレーターのジェフリーと、行きつけのカフェで意気投合したのだ。フレッドの小切手が、DIAの救済に寄付という手段があることを気づかせた。
会議ではDIA所蔵の美術品を売却することなく、寄付を募ることで決着した。そして、予想をはるかに上回る寄付が寄せられたのだ。

「著者と鈴木京香の対談」
鈴木京香は、2016年10月から2017年1月まで上野の森美術館で開かれた「デトロイト美術館展 〜大西洋を渡ったヨーロッパの名画たち〜」のナビゲーターを務めた。
印象に残ったのは、鈴木京香が独身であるということと、アートを収集しているということ。→人気ブログランキング

デトロイト美術館の奇跡/新潮文庫/2020年
美しき愚か者たちのタブロー/文藝春秋/2019年
モダン The Modern/文藝春秋/2015年

『ワン・モア・ヌーク』藤井太洋

オリンピックを控えた東京を舞台に、テロリストと政府機関・警察との核爆弾をめぐる攻防を描いたサスペンス。テロリストと対峙するのは、福島原発事故の資料分析チーム、そして警視庁公安部である。

物語のクライマックスである核爆発が、近未来(2020年3月11日)に設定されているので、スリリングで臨場感がある。

福島の原発事故では、行政が確固とした方針や正確なデータを発表しなかったことが、風評被害や事実誤認を招いた。そして、未だにその影を引きずって苦しめられている人びとがいる。さらに事故と直接関係のなかった一般の人々には、「事故を正しく理解しなかった」罪が突きつけられている。

ワン・モア・ヌーク (新潮文庫)

ワン・モア・ヌーク
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藤井 太洋 (Taiyo Fujii )
新潮文庫 2020年 ✳︎9
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原発反対のデモに参加した中国ウイグル地区出身の女が逮捕され、主人公・但馬樹(たじまいつき)が身元引き受け人になった。女は中国の核実験により父母と兄を亡くした。自らも母親の胎内で被曝しており、今は末期癌でモルヒネを常用している。
東日本大震災で故郷を追われた幼馴染が、除染がすすみ帰宅が許される状況になったものの自殺してしまった。福島県出身の但馬はそのことを悔やんでいる。

東京のど真ん中で犠牲者の出ない小規模の核爆発を起こせば、政府はどう対応するだろうか。政府は、少しでも早く人びとが安全に暮らせる東京を取り戻すために、フルスピードで除染を行い、データを開示し風評被害が起こらないように全力を傾けるだろう。それがウイグル人の女が望むことであり但馬の望むことなのだ。

ハンドメイドの核爆弾は世界中のテロリストが求めてやまない夢だ。但馬は3Dプリンターを駆使して、手作りで長崎型原子爆弾を作ってしまった。但馬は頭脳と美貌を備えたアパレル会社の女性実業家だ。
プルトニウムは、イスラム国の大量破壊兵器開発を担当していた核物理学者のイブラヒムが持ち込んだ。

但馬は濃縮率20%のプルトニウムを使用するつもりでいたが、イブラヒムは70%のプルトニウムを持ち込んだ。20%であれば爆発の被害は環状7号内にとどまるが、70%であれば、東京都全体が焼け野原になり3000万人が死亡する。
但馬は起爆装置が作動しないように細工を施し、イブラヒムは濃縮率を偽った。
それぞれの思惑が交差するなか、千駄ヶ谷の東京新国立競技場に、3月11日0時に爆発する核爆弾がセットされる。

核爆弾のもつ恐怖や悲惨さという暗いイメージにもかかわらず、未来に希望を託すことができる読後感に導いてくれる作品だ。→人気ブログランキング

『ねなしぐさ平賀源内の殺人』乾 緑郎

平賀源内は、酔って人を殺し自害しようと試みたが死に切れず、腹の創が致命傷となって獄中死したことになってる。

源内の身分は侍である。薬種を研究し医学に明るく、蘭学者であり、舶来のエレキテル、万歩計、寒暖計を見様見真似で完成させた。鉱山を探る山師の技術にも長けていて、戯作や浄瑠璃を書いて大ヒットさせた。いまで言えばマルチ・タレントだ。杉田玄白をして「非常の人」と言わしめた。抱えていればあれこれ利益を生む男だが、高松藩から奉公構(ほうこうかまえ)を受けている。藩から他家への士官を禁じられているのだ。これが源内の首を絞め続けた。


ねなしぐさ 平賀源内の殺人

乾 緑郎
宝島社 2020年 ✳8
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田沼意次に重用されるも、奉公構によって幕府に士官するわけにはいかない。といってその才能を手放すにはもったいないと、飼い殺し状態にあった。
本書の冒頭、意次の妾の家でのシーンで、意次と愛妾、嫡子の意知を前に、エレキテルの把手を回し電光を散らしている。源内は渡世のためにはなんでもしなければならなかった。愛妾が部屋の中で夢中になって飛ばす竹とんぼが、本作のマクガフィンになっている。

源内は阿蘭陀の本草学書『紅毛本草』の翻訳のため長崎に遊学したいと公儀に申し出たが、阿蘭陀翻訳御用のお墨付きはもらえたが、金は一文も出してくれなかった。
長崎平戸町にある吉雄耕牛の家に厄介になった。しかし、源内は翻訳を中途で諦め江戸に舞い戻る。
長崎遊学中、源内は下戸で萎陰(なえまら)なので、茶を飲んで話をするだけだったが、遊女の志乃と心を通わせる仲になる。

中津川の山を掘り砂金を掘り当てたものの金の鉱脈には到達できず、源内はいちじるしく信用を失墜させた。
秋田藩領内の阿仁銅山から産出される荒銅から銀を精錬し、あるいは坑道の水抜き普請を指導するために、吉田理兵衛とともに角館に来ている。屏風絵を描いた小田野武助という侍に、長崎で聞きかじった蘭画の遠近法と影について話すと、蘭画の真髄を掴むまで源内から離れるつもりはないという。阿仁銅山には1か月滞在した。

杉田玄白や前野良沢らが翻訳しようとしている『解体新書』の図譜を描くようにと玄白が源内に依頼するが、秋田からついてきた武助に委ねる。

源内は、何ひとつ落ち着いて成し遂げていないことを後悔している。家をしょっちゅう開けるし、引越しも頻繁にする。まるで浮き草のごとき生活である。
そんなある日、杉田玄白が源内の引っ越し先を訪ねると、戯作を学びたいと出入りしていた久五郎という米屋の小倅が殺されていた。
さらに、昨夜屋敷の普請の相談で源内の家にきていた丈右衛門が殺されていた。
源内は大番屋に連行され、数日後、獄中死したことを玄白は知らされる。
歴史はここまでだが、本作では源内は生きているという。→人気ブログランキング

ねなしぐさ平賀源内の殺人/宝島社/2020年
機功のイブ 帝都浪漫篇/新潮文庫/2020年
機巧のイヴ 新世界覚醒篇/新潮文庫/2018年
悪党町奴夢散際/幻冬社時代小説文庫/2018年
機巧のイブ/新潮文庫/2017年
塞の巫女 甲州忍び秘伝/朝日文庫/2014年

 

『機功のイブ 帝都浪漫篇』乾 緑郎

本書は、『機巧のイブ』『機巧のイブ 世界覚醒篇』に続くシリーズ第3弾である。本シリーズは、SFのスティーム・パンクに属する。スティーム・パンクとは、蒸気機関車が発達していく時代を背景としたSFやファンタジー作品のこと。イギリスでいえばビクトリア朝時代、日本でいえば明治から大正期、つまり近代化が推し進められていく頃の世界観の中で描かれる作品をいう。SFのサブカテゴリーである。

前作から25年が経過した1918年の日下國(日本)の天府(東京)と、1927年の如州・新天特別市(満州国新京特別市)が舞台となる。


機巧のイヴ 帝都浪漫篇 (新潮文庫)

機巧のイヴ 帝都浪漫篇
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乾 緑郎
新潮文庫 2020年 ✳︎10
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17歳のナオミは天府女子高等学校の5年生、良家の娘らしく人力車に乗って上品に登校した。同じく5年生の轟伊武は自転車で颯爽と登校するが、ブレーキが効かなくて、ナオミの車夫に受け止められるというドタバタの場面から物語は始まる。
伊武の養父・轟八十吉は立志伝中の人物である。新大陸から帰国後工務店を立ち上げ、成功を収めた実業家だ。護身術である馬離衝の師範であり、「国際バツリ協会」の総裁を務めている。

一方、ブロンドで碧眼のナオミはフェル電気商会の令嬢である。ナオミの母親のマグリット・フェルは、日下國にフェル電気産業の現地法人を設立して移住してから25年が経っている。男性機巧人形である仁左衛門を買い取り、さらに幕府精錬方手伝の拝領屋敷方も買い取り、そこで暮らしている。結婚してナオミを生んだが、夫は出て行った。

ナオミは画家の姫野清児(モデルは東郷青児)に熱を上げていて、姫野が滞在する猫地蔵坂ホテルに行き、そこで林田に出会う。林田は特高がマークするジャーナリストである。林田の父親は、前作のゴダム(シカゴ)万博に絡む事件で人殺しの罪を着せられて、電気椅子による死刑になった日向丈一郎である。

伊武とナオミが学校から禁止されているカフェに出入りしたり、喧嘩をしたり、伊武が姫野の裸婦モデルになったり、ナオミが汁粉屋でアルバイトをしたりで物語は進む。帝都を襲った大震災(関東大震災)から物語は大きく動き出す。

場面は1927年の如州・新天特別市に変わり、女優・張桜香は鯨の絵が書かれた腰掛けらしきもだけを大事そうに抱えてアパートに引っ越してきた。
如洲電影協会の理事長として憲兵出身の遊佐泰三が現れてから、事は不穏な方向に進みだす。

『機巧のイブ』3部作の完結編であるが、解き明かされない謎があり、続篇が期待できそうな余韻がある。→人気ブログランキング

ねなしぐさ平賀源内の殺人/宝島社/2020年
機功のイブ 帝都浪漫篇/新潮文庫/2020年
機巧のイヴ 新世界覚醒篇/新潮文庫/2018年
悪党町奴夢散際/幻冬社時代/小説文庫/2018年
機巧のイブ/新潮文庫/2017年
塞の巫女 甲州忍び秘伝/朝日文庫/2014年

『塞の巫女 甲州忍び秘伝』 乾 緑郎

本書は、『忍び秘伝』(2010年)を改題し文庫化したもの。
甲州武田家三代、信虎、信玄、勝頼の波乱の生き様が太い縦軸となり物語の背景を流れる。武田三代の歴史は複雑である。

永禄4(1561)年、川中島の合戦で、甲府・越後の両軍の兵の多数が命を落とした。その戦いに姿を現した蕃神「御左口神(みしゃぐちしん)」とは、一体どのような神なのか。


塞の巫女 甲州忍び秘伝 (朝日文庫)

乾 緑郎
朝日文庫
2014年 ✳9
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主人公は歩き巫女の小梅である。
歩き巫女は祈祷や口寄せの他にも笑売(売春)も求められる。巫女が暮らし巫女を養成する禰津村は男子禁制で、歩き巫女見習いの小梅は、巫女の作法に加え忍びの術も会得するために厳しい毎日を送っていた。
歩き巫女は建前上は生涯未婚であるが、弓取という伴侶を持つことができる。多くの場合弓取は忍びの者である。小梅が初めて弓取と過ごす夜、思いがけないことが起こった。真田家家臣・武藤喜兵衛(真田昌幸)と一夜を過ごすことになったのだ。これを機に、二人の身分を越えた関係が育まれていく。

隻眼跛行の策士・山本勘助は父・信玄によって廃嫡されようとする武田義信に、「信玄を殺して経文を奪い、凶神を呼び寄せれば、その力は思いのままだ」と迫る。

小梅にはどこか人を惹きつける魅力があり、時に神懸かる。小梅は梅姫の生き写しとみられるくらい梅姫に似ている。 それもそのはず、忍びの者の加藤段蔵が梅姫の腹を割き赤子を引きずり出したが死んでるものと思い、甲府の辻に捨てたという。それが小梅だ。
梅姫は信玄に攻められ自害した諏訪頼重の娘で、信玄の側室という設定。

追放されていた信玄の父信虎が城に戻ってきて傍若無人に振る舞う。信虎の暗殺を兼ねて夜伽を命じられたのは新米の小梅であった。梅姫に似ていることで小梅に激昂した信虎は刀を抜いたが、胸をかきむしり命を落としたのだった。
信濃巫女衆には凄腕の女の忍びがいると噂になった。そして、戦の際には必勝祈願を、その戦勝の暁には小梅を城に出仕させるようにと、武田家の全幅の信頼を得る。

あまりの小梅の重用ぶりに何者かが小梅を拉致せよとの指令を出した、禰津村を忍びの者が包囲した。そして小梅は忍者・加藤段蔵に拉致される。小梅を奪還しようと武藤喜兵衛は蓼科山に向かった二人を追う。

なんとか喜兵衛は小梅を奪い返すが、二人は太古の諏訪に紛れ込み御左口神を目の当たりにする。喜兵衛はその姿から目を逸らした。長く凝視していれば、間違いなく見たものを狂気の淵に誘い込む。御左口神はそんな姿をしていた。小梅を連れ去った忍びの者は、蓼科山で一人残らず死んでしまった。
太古の神は、人間の野心などとは関わりのない存在だった。→人気ブログランキング

ねなしぐさ平賀源内の殺人/宝島社/2020年
機功のイブ 帝都浪漫篇/新潮文庫/2020年
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『機巧のイヴ 新世界覚醒篇』乾 緑郎

スティーム・パンクの大傑作。
前作『機巧のイブ』から100年後、万国博覧会開催を1年後に控えた新世界大陸の大都市ゴダム(シカゴ)が舞台。日下國(日本)のパビリオンは、天府(江戸)に建てられていた妓楼・十三層が解体され移築されたもの。目玉の展示物は機功人形の伊武だが、修繕がされてこなかったため眠ったままである。

それが、万博で働く見習い工・八十吉の伊武に対する純愛によって、伊武は100年の眠りから目覚めた。八十吉は護身術である馬離衝(バツリ)を心得ている。


機巧のイヴ 新世界覚醒篇 (新潮文庫)

乾 緑郎
新潮文庫 2018年 ✳︎10
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万博運営委員会の理事長のゴーラムは人形偏愛症で、〈スリーパー〉という名の寝たきりの人形を妻として大事に扱ってきた。フェル電気社主の発明家フェル女史は、自社が供給する直流電気が万博で採用されることを画策している。

日向丈一郎はかつて所属していた警備会社から、伊武と図譜を盗み出す依頼を受けている。日向は日下國館から伊武を拉致し、自ら宿泊するホテルに連れて行った。
ホテルの所有者マードックは妻を殺した殺人鬼である。マードックは、日向の留守中に伊武を地下室に連れ込み、胸から恥骨までを縦に切り開いた。人形に興味のないマードックは、伊武を5000ドルでフェル女史に売ってしまう。
フェル女史は伊武をゴーラムの館に連れて行った。ゴーラムは伊武を一目見るなり心を奪われてしまう。

フェル女史は伊武のような機巧人形を作ることができないかと、図譜を読み解き、釘宮久蔵や田坂甚内の技術を習得しようとする。自らの電気会社の電力が、万博で不採用となったゴーラムへの仕返しも込めて、フェル女史は伊武を日下國に返してやるべきだと悟った。伊武がいつも大切にしている鯨の絵が書かれた腰掛けらしき箱と一緒に。

そして、万博が開催される。
万博の目玉は75メートルの大観覧車だ。大観覧車には予定通り大統領が乗り、ゴーラムは嫌がる伊武を強引にゴンドラに乗せた。
伊武を救うために、八十吉は回り出した観覧車の中心から伸びるアームにしがみつく。果たして八十吉は伊武を救い出せるのか。→人気ブログランキング

ねなしぐさ平賀源内の殺人/宝島社/2020年
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『悪党町奴夢散際(あくとう まちやっこ ゆめのちりぎわ)』乾 緑郎

幡随院長兵衛殺害のその後をミステリ仕立てにした圧巻の時代小説。文句なしの星10だ。
町奴の総元締め幡随院長兵衛が殺された。旗本奴の水野十郎の仕業ではないかとの噂が流れている。
江戸の市中では旗本奴と町奴が敵対している。旗本奴は士分である旗本の小倅たちであり、一方、町奴は同じ悪党だがそれぞれが仕事を持っている町人たちである。旗本奴と町奴は犬猿の仲で、なにかというと張り合っていて、道端で因縁をつけたり喧嘩になったりするのは日常茶飯事だ。


悪党町奴夢散際 (幻冬舎時代小説文庫)
悪党町奴夢散際

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乾 緑郎
幻冬社時代小説文庫
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長兵衛は、水野の屋敷に呼ばれてから消息を絶ち、膾のように切り刻まれて神田川に浮かんだ。その1週間前に金貸しの座頭が殺されて神田川に放り込まれた。
町奴の夢乃市郎兵衛がお菊という女を寝取られたことで旗本奴を殺した。その仕返しに、旗本奴たちが夢乃と間違えて兄の四郎兵衛を殺してしまった。長兵衛が水野邸に出かけたのは、その揉め事の手打ちだろうと言われていた。

町奴は、夢之という何をしでかすかわからない爆弾を抱えていて、旗本奴の三浦小次郎は隙あらば水野を蹴落として主導権を奪おうと画策している。
そうしたむくつけき男どもの向こうを張って、「鶺鴒組」を率いるお吟はまだ16歳の小娘だが、町奴たちに一目置かれている。お吟は、師匠と仰いでいる女剣客・凄腕の佐々木累の道場に真面目に通っていて、剣と柔術ではその辺の男どもは到底歯が立たない。

一方、旗本奴側にも心が和む人物がいる。それは水野十郎の母お萬の方だ。阿波国徳島藩主である蜂須賀家の姫君だったお萬の方は、未だ30歳半ばで薙刀の使い手、十郎は頭が上がらないという設定である。好奇心旺盛なお萬の方は、旗本奴と町奴の抗争に首を突っ込みたがる。

事の真相が徐々に明らかになっていく。旗本の屋敷で開かれる賭場で、負けが込んだ年配の男が座頭から借金し、どうしようもなくなって首を吊った。その娘・お菊は座頭に仇討ちをしようと、佐々木累の道場を訪れるが、修行しても物にならないと断られる。そこで、お菊は夢之に近づき、色仕掛けで座頭殺しを持ちかけたのが事の発端だった。

長兵衛殺しの犯人探しで、旗本奴と町奴の関係はもつれ、そしてついに血で血を洗う全面戦争に突入する。→人気ブログランキング

ねなしぐさ平賀源内の殺人/宝島社/2020年
機功のイブ 帝都浪漫篇/新潮文庫/2020年
機巧のイヴ 新世界覚醒篇/新潮文庫/2018年
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機巧のイブ/新潮文庫/2017年
塞の巫女 甲州忍び秘伝/朝日文庫/2014年

『光秀の定理』垣根涼介

NHKの2020年大河ドラマ『麒麟がくる』は明智光秀が主人公だ。
「本能寺の変」の現場には一切触れないで明智光秀を語るという試みを、本書は見事に成功させた。本書には凡庸の歴史小説とは異なる鋭さと輝きがある。

恐ろしく腕の立つ武芸者(新九郎)と世を悟っ切った僧侶(愚息)が、光秀と酒を酌み交わし軽口を叩く間柄になった。


光秀の定理 (角川文庫)

光秀の定理
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垣根涼介
角川文庫
2016年 ✳︎9

明智家は斎藤道三の親子喧嘩(道三崩し)のあおりを食って一族は離散した。光秀は室町幕府の再建と一族離散からの失地回復という夢を抱いている。37歳のときに信長に仕えた。
光秀は室町幕府から信頼され、室町風の典麗故事に精通している。兵術・兵法に優れ、見目涼しく挙措穏やかで、経験も知識も豊富にある。上洛した際には織田家の対外折衝役としてうってつけの人物である。
信長から光秀は重宝がられ、破格の待遇を与えられた。そうしてとんとん拍子に光秀は出世する。

タイトルの「定理」とは、愚息の博打理論のことである。四つの椀の一つに石ころを入れ、相手に石が入ったと思う椀を選ばせる。愚息が石の入っていない二つの椀を除き、残りの二つの椀から再び相手に石の入った椀を選ばせる。この手順で賭けの回数を重ねていくと、親である愚息が75%の確率で勝つという。
この理論を使って、光秀は山の頂にある城を攻める4本のルートのうち、敵兵がまったく待ち伏せていないルートを選び出し、落城に成功するのである。
「モンティ・ホール問題」として知られる「ベイズの定理」の応用例というのだが、愚息が75%の確率で勝つというのは、どうにも納得できない。

それはおいておくとして、「本能寺の変」から15年後、新九郎と愚息は光秀の思い出を語る。なぜ、光秀は信長を殺さねばならなかったのか。秀吉も柴田勝家も信長を殺さなければならないと一度は思ったはずだという。
光秀軍の中核は明智系美濃源氏の郎党で占められた、いわば血族の連盟だ。家来たちには命を賭しても主君に従うという覚悟があった。しかし秀吉と柴田勝家には家来たちとの間にそのような信頼関係はなかった。したがって、信長を討つことは光秀だけが可能であったという。

信長はすべてを討伐した後、織田王朝を作るという「空恐ろしいこと」を考えていたのではないか。やがて御身は天子を超え、唐の皇帝のごときものに御成になる所存だろうという。光秀は座して独裁者が君臨する未来を待つよりも、たとえ勝算は低くとも、本能寺を襲う賭けに出たという。これが新九郎と愚息の見解である。→人気ブログランキング

光秀 歴史小説傑作選/細谷正充 編/PHP文芸文庫/2019年
光秀の定理/垣根涼介/角川文庫/2016年
室町無頼/垣根涼介/新潮社/2016年

『忍術忠臣蔵』山田風太郎

大奥仕えの伊賀忍者・無明綱太郎は、大奥女中のおゆうと祝言をあげることになった。しかし、おゆうは公方様に召されてしまう。おゆうが忠義を尽くすと言い出し公方様に処女を捧げる夜、閨に現れた網太郎は、おゆうを魚の活け造りのように肉と骸骨に切り刻んだのだった。それ以来、網太郎は女と忠義を嫌うようになった。 恐ろしく腕が立つ縄太郎は、この事件を機に恐ろしく非情になった。


忍法忠臣蔵 忍法帖 (角川文庫)

忍法忠臣蔵
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山田風太郎
角川文庫 2014年
✳10

縄太郎は、米沢に向かう上杉藩国家老の千坂兵衛の令息に付き添う老女と家来の一行を、宇都宮で見かけた。令息一行を追う殺気を放つ8人の武士を、縄太郎は難なく切り捨てた。
好色な上杉綱憲から側女に召された織江が、江戸屋敷から逃げてきたのである。織江はおゆうとそっくりであった。織江たちを米沢藩に届けた縄太郎は、千坂兵衛の邸に身を寄せることとなった。

上杉藩江戸屋敷から、赤穂藩浪士の暗殺の命を受けた能登忍者10名が放たれた。もし、赤穂藩の家来たちが殺されたとなれば、それを操るのは血縁関係にある吉良家か上杉藩となり、公儀と天下の憎しみを買うことになる。
国家老千坂は殺害を未然に防ぐために5人の「くノ一」を放った。赤穂の家来たちを色地獄に引きずり込むことが目的である。千坂兵衛は赤穂浪士たちが能登忍者に殺される前に、彼らを堕落させ骨抜きにしてしまおうと画策したのだった。
縄太郎の役目は、能登忍者10名と闘うことと、「くノ一」を監視することである。女忍者が赤穂の侍に少しでも情をかけようものなら、始末するという非情なもの。女嫌いの綱太郎にうってつけの任務だった。

大石内蔵助を中心に赤穂浪士たちの仇討ち計画が進行していく裏で、彼らの暗殺を狙う上杉の能登忍者たちと、色欲への堕地獄を仕掛ける「くノ一」たちが暗躍する。そうした折、織江が忠義を尽くすという理由で上杉綱憲の側女になる覚悟を決めたという。さて、無明綱太郎はどう振る舞うのか?→人気ブログランキング

妖説忠臣蔵/集英社文庫/2014年
忍法忠臣蔵/角川文庫/2014年
伊賀忍法帖/山田風太郎/講談社文庫/1999年
くノ一忍法帖/山田風太郎/講談社文庫/1999年

『バンクシー』毛利嘉孝

2018年10月、ロンドンのサザビーズのオークションで、バンクシーの絵が1億5千万円で落札され、その瞬間、絵がシュレッダーで短冊状に切れていくショッキングな映像がTVに流れた。
2019年1月には、東京都港区の新交通ゆりかもめ日の出駅付近の防潮扉に描かれたネズミの絵が、バンクシーの作品であるとニュースになった。本物と鑑定したのは本書の著者である。


バンクシー アート・テロリスト (光文社新書)

毛利 嘉孝
光文社新書 2019年 ✳10
売り上げランキング: 9,722

1990年代から2000年代にかけて、バンクシーはイギリスの西の港町、人口46万人のブリストルを中心に活動するグラフィック・アーティストだった。90年代のバンクシーは今のようにまったく正体不明のアーティストというわけではなく、グラフィック・アートの世界ではそこそこ名が通っていた。
バンクシーが身を隠す理由は、落書きはイリーガルだからだ。入国を拒否されたり、場合によっては逮捕され収監されたり、多額の罰金の支払いを言い渡されることもある。バンクシーは今はチームで活動している。

バンクシーが多用するステンシルという手法は、あらかじめ段ボールなどを切り抜いて型紙を準備しておいて、その型紙の上からスプレーで絵の具を吹きかけて絵を描く手法である。人に見つからないうちに短時間に描けるので実践的な手法である。
そうした手法は、他のストリート・アーティストからと「チキン」が取る方法だとも言われている。

バンクシーの活動は、アート・テロリストと呼ばれるように、いたずらであり犯罪である。言い方を変えれば既成体制に対する反骨精神の現れである。
パレスチナ自治区の分離壁に壁に「穴を開けた」だまし絵を描いた。この分離壁はイスラエルが建てたもので国連から非難決議が出されている。これをきっかけに、パレスチナの分離壁は世界中のグラフィック・ライターが作品を残す一大スポットとなっている。
2015年夏の2か月間、バンクシーはイギリスのサモセットのリゾート地にデズニーランドのパロディである不機嫌なテーマパーク《ディズマランド》を建設した。
チャーチルの銅像の頭に芝生を乗せモヒカン刈りにしたり、イラク戦争反対のCDを出したり、金を出せばなんでもできるという考えのパレス・ヒルトンのミュージックCDのパロディ版を発売したり、既成の体制を批判するものである。その活動にはイギリス的皮肉が垣間見える。

バンクシーが、2006年にブリストルの性医療クリニックの壁に描いた、窓からぶら下がる間男の絵を、残すべきか消すべきかについて、オンライン世論調査が行なわれた。その結果、97%が残すべきとした。イギリスの歴史において初めてイリーガルな絵が、「しょうがない、いいだろう」と認められる歴史的な作品になった。
ストリート・アートは多くの場合、上書きされたり消されたりして現実の世界から消えてしまう。そうした作品を積極的に残すかどうかという問題がある。→人気ブログランキング

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