ワン・モア・ヌーク 藤井太洋
オリンピックを控えた東京を舞台に、テロリストと政府機関・警察との核爆弾をめぐる攻防を描いたサスペンス。テロリストと対峙するのは、福島原発事故の資料分析チーム、そして警視庁公安部である。
物語のクライマックスである核爆発が、近未来(2020年3月11日)に設定されているので、スリリングで臨場感がある。
福島の原発事故では、行政が確固とした方針や正確なデータを発表しなかったことが、風評被害や事実誤認を招いた。そして、未だにその影を引きずって苦しめられている人びとがいる。さらに事故と直接関係のなかった一般の人々には、「事故を正しく理解しなかった」罪が突きつけられている。
ワン・モア・ヌーク 藤井 太洋 (Taiyo Fujii ) 新潮文庫 2020年 |
原発反対のデモに参加した中国ウイグル地区出身の女が逮捕され、主人公・但馬樹(たじまいつき)が身元引き受け人になった。女は中国の核実験により父母と兄を亡くした。自らも母親の胎内で被曝しており、今は末期癌でモルヒネを常用している。
東日本大震災で故郷を追われた幼馴染が、除染がすすみ帰宅が許される状況になったものの自殺してしまった。福島県出身の但馬はそのことを悔やんでいる。
東京のど真ん中で犠牲者の出ない小規模の核爆発を起こせば、政府はどう対応するだろうか。政府は、少しでも早く人びとが安全に暮らせる東京を取り戻すために、フルスピードで除染を行い、データを開示し風評被害が起こらないように全力を傾けるだろう。それがウイグル人の女が望むことであり但馬の望むことなのだ。
ハンドメイドの核爆弾は世界中のテロリストが求めてやまない夢だ。但馬は3Dプリンターを駆使して、手作りで長崎型原子爆弾を作ってしまった。但馬は頭脳と美貌を備えたアパレル会社の女性実業家だ。
プルトニウムは、イスラム国の大量破壊兵器開発を担当していた核物理学者のイブラヒムが持ち込んだ。
但馬は濃縮率20%のプルトニウムを使用するつもりでいたが、イブラヒムは70%のプルトニウムを持ち込んだ。20%であれば爆発の被害は環状7号内にとどまるが、70%であれば、東京都全体が焼け野原になり3000万人が死亡する。
但馬は起爆装置が作動しないように細工を施し、イブラヒムは濃縮率を偽った。
それぞれの思惑が交差するなか、千駄ヶ谷の東京新国立競技場に、3月11日0時に爆発する核爆弾がセットされる。
核爆弾のもつ恐怖や悲惨さという暗いイメージにもかかわらず、未来に希望を託すことができる読後感に導いてくれる作品だ。→人気ブログランキング
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