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『給食の歴史』藤原辰史

日本の給食の歴史は紆余曲折を経てきた。
給食により、敗戦国日本にパン食を普及させ、自国の農家を守るために小麦を輸入させたアメリカの戦略は成功した。日本の稲作の衰退はアメリカにしてやられたと言っていい。

給食は欠食児童をなくすことであり貧困対策であり、同時に平等の思想を植えつけることにもなった。政治的には戦後の暴動を防ぐためであった。
給食の無償化はたびたび浮上する意見だが、GHQの公衆衛生福祉局長として給食制度の普及に務めたクロフォード・サムスが、社会主義国を作り出すという主張したからであった。


給食の歴史 (岩波新書)

給食の歴史
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藤原 辰史 (Fujihara Tatsushi
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著者は給食の歴史を次の4期にカテゴライズしている。
一見、強引な分け方にも見えるが、給食の複雑な立ち位置から見ると、妥当と思われる。

萌芽期 19世紀後半から敗戦まで。関東大震災(1923年)が東京府の給食誕生のきっかけとなった。「禍の時代」。
占領期 敗戦後から1952年まで。ララ(アジア救援公認団体、Licensed Agencies for Releif in Asia)という慈善団体による脱脂粉乳とコッペパンの支給。1946年、文部・厚生・農林3省の通達によって散発的だったが給食が全国規模の国家プロジェクトになる。「贈与の時代」。
発展期 占領後から1970年代まで。依然として外国からの食料輸入に依存しつつも、1954年の「学校給食法」を中心に日本独自の展開を模索する時代。「占領から脱皮の時代」。
行革期 1970年代、とくに1973年の石油危機から現在まで。低成長時代に突入し行革、公的部門の合理化が進む。給食センター化が進み、学校栄養職員、調理員、教師、親などの陳情や抵抗運動が活発化する時代でもある。「新自由主義の時代」。

1950年代の段階では、クジラ肉が肉の中で一番安かった。マーガリンの主原料は鯨油であった。
1954年、紆余曲折の末「学校給食法」が制定された。
文部官僚は日本人の早老短命は食の質を忘れ偏食大食する食習が最大の原因をなす、と自虐的に述べた。
教育委員会や校長は児童が脱脂粉乳を飲むよう教師に指導したという。脱脂粉乳には教師の勤務評定が関係していた。
1970年代から、給食の合理化が始まり、センター化や材料の一括購入、1959年、新潟県燕市森井金属工業。メロンスプーンの柄を短くした先割れスプーンの誕生した。1970年代から、給食の合理化が始まり、センター化や材料の一括購入、給食事務の軽減が勧められた。
1959年、新潟県燕市森井金属工業。メロンスプーンの柄を短くした先割れスプーンの誕生した。1970年、1971年が最盛期で、「犬食べ」が問題になった。うどんや肉などもスプーンで食べていた。
問題は、先割れスプーンだけではなく、さまざまなおかずが入れられる一体型のランチ皿とスプーンの組み合わせにあった。

日本の学校給食には偏食、マナー、アレルギー、給食業務の合理化、新自由主義の中での給食、給食費未納など、解決されない問題や取り組まなければならない問題がある。→人気ブログランキング

給食の歴史/藤原辰史/岩波新書/2018年
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