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2020年3月

『ガットショット・ストレート』ルー・バーニー

主人公は40歳を超えたシェイク。シェイクは若い娘ジーナに引っ張られて大金を手にしようとするが、ジーナは自由気ままな予測をはぐらかす行動をとる。

刑務所を出たばかりのシェイクは、300キロ先のロサンジェルス行きのバスに乗った。LAに着くと、アレクサンドラがリムジンで迎えに来ていた。
アルメニアで生まれたアレクサンドラは、山岳地帯の部族軍の棟梁に嫁入りしたのが16歳の時。20歳の頃には夫を殺して、近隣の競合部族全員を崩壊させた。その後アメリカに移住し、10年後にはLA中のアルメニア人ギャングを手中にした、美貌の女傑である。

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ガットショット・ストレート

ルー・バーニー/細美遥子
イースト・プレス
2014年 ✳︎8

 

 

シェイクはアレクサンドラに仕事をもらう。車でヴェガスに行って、相手に車を渡しブリーフケースを受け取り、飛行機でLAに戻ってくるという運び屋の仕事だ。ヴェガスへの途中でトランクに人が詰め込まれていることに気づく。ジーナが手錠をはめられてトランクにいた。
シェイクは相手に車を渡しブリーフケースを受け取るが、悪党の〈クジラ〉は女がいないことに気づき手下にシェイクを探させる。

ブリーフケースの中身が金になる切手らしいと知ったジーナは、シェイクを出し抜いてブリーフケースを持ち出し、金に替えようとする。ジーナが古物商にブリーフケースを持っていくと、中身は切手ではなく包皮だという。価値は最低でも500万ドル、しかし買い手はいないという。

ところで包皮とはなんだ?男性器の皮のミイラ化したものとのことだが、なんでそんなものに価値があるのだろう。マニアにとってはキリスト教にまつわる垂涎の聖遺物で、パナマに住むローランド・ジーグラーなら高額で買うはずだという。

ジーグラーは亡命者で、アルメニア人マフィアに詐欺用の会社作りに手を貸している。大勢の老人を騙して金を奪い取った犯罪者である。連邦捜査官が一旦は捕まえたが、不渡りの小切手を書いて保釈されそれ以降は、見た者も話を聞いた者もいないというお尋ね者である。

そして、場面はパナマ・シティに代わる。パナマ行きの飛行機に搭乗するのは、ジーナから包皮入りのブリーフケースをだまし取った古物商のマーヴィン・オーツ。そしてタッグを組んだシェイクとジーナ。さらにアレクサンドラと〈クジラ〉とその取り巻きの3組だ。そこにパナマ・シティの安いレストランでお見合いの合コンに出席するテッドというオタク男も紛れ込む。

パナマでの包皮入りブリーフケースの争奪戦に加え、偏屈で大金持ちの犯罪者ジーグラーと、誰がどう接触するかが見ものである。

悪党どもが非道の暴力沙汰を繰り広げると思いきや、南国の陽気と大らかさに包まれて暴力はなりを潜め、どういうわけか勧善懲悪の方向でこじんまりとまとまってしまうのは、どうにも期待が外れた。→人気ブログランキング

11月に去りし者/ルー・バーニー/加賀山卓朗/ハーパーBOOKS/2019年
ガットショット・ストレート/ルー・バーニー/細美遥子/イースト・プレス/2014年

『光秀 歴史小説傑作選』細谷正充 編

2020年のNHKの大河ドラマ『麒麟がくる』の主要人物が明智光秀になったことで、光秀ブームが来ている。本書は光秀関連の6編のアンソロジーである。
光秀には幾つかの謎がある。出生から成人するまでどこにいて何をしていたははっきりしておらず遅咲きであること、なぜ信長を討たなければならなかったのか、黒幕はいなかったのか、最期は武者狩りで殺されたことになっているが、生き延びたという説もある。
そんな小説のネタとしてもってこいの謎をもつ光秀である。
最近は安土城跡の発掘や古文書の解明が進み、少しずつ光秀像が解明されていているという。

__20200325141201光秀 歴史小説傑作選

細谷正充 編
PHP文芸文庫
2019年 ✳︎10

 

冲方丁は、信長に抜擢された光秀があくまで天下を取ろうと野心を抱いた視点から書いた。「純白き鬼札」
池波正太郎は、余裕を感じさせる文章で光秀をすらすらと書いて、最後に、光秀の母の逸話には確証がないとする。「一代の栄光ー明智光秀」
新田次郎は、その光秀の母の逸話を見事な短編に仕立てている。「明智光秀の母」
凄腕の忍者・十兵衛秀光を登場させたのは山田風太郎だ。「忍者明智十兵衛」
植松三十里は、光秀の美貌の三女、嫉妬深い細川義興に嫁いだガラシャと切支丹の関係を描いた。さすが光秀の娘といわれるに値する生き様だ。「ガラシャ 謀反人の娘」
山岡荘八は、刀の鞘作りの名人・曽呂利新左衛門の相手に死んでいない光秀を登場させる。「生きていた光秀」→人気ブログランキング

光秀 歴史小説傑作選/細谷正充 編/PHP文芸文庫/2019年
光秀の定理/垣根涼介/角川文庫/2016年

『革命と戦争のクラシック音楽』片山杜秀

クラシック音楽と戦争が強く結びついていることを、近代ヨーロッパ史の中で明らかにする。一見無関係のような戦争と芸術であるが、芸術は政変や戦争を描写し、時に兵士を鼓舞してきた。音楽はあらゆる芸術の中で特に戦争や暴力との関わりが深いという。
1756年のモーツアルト誕生から100年余りの間、激動のヨーロッパで作曲されたクラシックの楽曲と、戦争に代表される政治的な事件との関わりを考察している。
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革命と戦争のクラシック音楽

片山杜秀(Katayama Morihide
NHK出版新書
2019年

マリア・テレジアは息子のヨーセフ2世を軍人として育てた。ヨーセフ2世が好んだのは閲兵式、軍隊行進、軍事パレードである。7年戦争の始まる年(1756年)に生まれたモーツアルトは、ハプスブルグ帝国の音楽家である。
『フィガロの結婚』(1786年)には、少年ケルビーノの軍隊入りを揶揄するような軍歌調のアリアがある。

ヨーゼフ2世は墺土戦争(オーストリアとオスマン帝国、1787年〜91年)を始める。
1783年、モーツアルトは『トルコ行進曲』を作曲した。本物のトルコ軍楽の行進曲は、『ジェッディン・デデン』という曲が有名。この曲は向田邦子のテレビドラマの『阿修羅のごとく』のタイトル・ミュジックとして使われた。
オスマン帝国のやかましい軍楽隊に負けないためにヨーロッパやロシアの音楽はどんどん音量が増えた。このことは、西洋クラシック音楽の一つの核心であると著者は主張している。

フランス国歌『ラ・マルセイエーズ』は、南フランスから駆けつけた義勇兵が歌っていた軍歌であり行進歌である。『ラ・マルセイエーズ』を歌うことで、結束し鼓舞され、フランス国民軍はプロイセン軍を退けた(1792年)。
ディッタースドルフの交響曲『バスティーユ襲撃』(1790年代)では、『ラ・マルセイエーズ』のフレーズを引用している。

戦争と革命の時代を総まとめするのはハイドンの弟子であるベートーヴェン(1770年〜1827年)である。音楽家が王家や貴族や教会のお抱えであった。それが崩れたのがフランス革命(1789年)である。その次の世代はフリーランスに近い生き方が強いられていく。
1799年、ピアノソナタ第8番ハ短調『悲愴(パテティック)』は、ナポレオンがクーデターを起こした年に作曲された。ベートーヴェンは、貴族的な訳知りの喜びや悲しみではなく、フランス革命からの新時代にふさわしい、市民、民衆、群衆にまで、ダイレクトに伝わる喜びや悲しみを探求した作曲家であるとする。

チャイコフスキーの『大序曲"1812年"』(1880年)は、ナポレオン戦争(1803〜1815年)におけるナポレオン軍のロシアからの敗退を弦楽器の響きで描写した作品。トルストイの大河小説『戦争と平和』の10年後に生まれている。
『大序曲』の祖曲となったのは、ベートーヴェンの『戦争交響曲(ウェリントンの勝利)』(1813年)である。『ウェリントンの勝利』こそベートヴェンに成功をもたらした。『ウェリントンの勝利』も『大序曲』も、断末魔状態のナポレオンを描いている。
ショスタコーヴィチの交響曲7番『レニングラード』(1941年)が直接戦争につながる音楽として最も有名。ナチスドイツがレニングラード包囲した長期戦に題材をとった。

『ラ・マルエイエーズ』も『歓喜の歌』も、みんなで連帯することで外敵や裏切り者をやっつけようとする戦争の歌であると本書は結ばれる。→人気ブログランキング

『時の娘』ジョセフィン・ティ

1951年に発表されミステリの古典、安楽椅子探偵ものの名作である。
最悪の王と信じられた15世紀のイングランド王リチャード三世が、この小説によってそう信じるイギリス人の割合が大幅に減少したというのだから、人気小説の影響は侮れない(『マジカル・ヒストリー・ツアー ミステリと美術で読む近代』門井慶喜)。
歴史は確かな証拠がないにもかかわらず、でっち上げられる可能性があるということをテーマにした作品である。
最初のトーマス・モアの『リチャード三世史』の下りは、読み飛ばしてもあるいは読まなくとも、なんら問題はない。

時の娘 (ハヤカワ・ミステリ文庫 51-1)

時の娘
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ジョセフィン・テイ/小泉喜美子
ハヤカワ・ミステリ文庫
1977年 ✳︎10

スコットランド・ヤードのグラント警部は犯人を追いかけた際に転んでしまい、大怪我をしてベッドの周りを歩くこともままならない寝たきりの状態にある。まずふたりの看護婦〈ちびすけ〉と〈アマゾン〉を紹介した後、女優のマータが気をまぎわらしてあげようと何枚もの顔写真を持って現れる。

グラントはリチャード三世の肖像画に惹きつけられる。
せむし男、片腕が不自由、罪もないふたりの甥を殺害した男。悪逆の代名詞。ふたりはリチャードがロンドンを留守にしているあいだに殺された。そして妻を捨て、甥たちの姉との結婚を目論んだ。王位に就くためだ。「ロンドン塔の王子たち」の話として有名だ。

マータの紹介でアメリカ人の若い歴史研究者キャラダインが、グラントの手足となって書籍や資料を手に入れるばかりでなく、資料を分析して推理する。
リチャード三世に関して全歴史の聖典になっているトーマス・モアの『リチャード三世史』に書かれていることはすべて伝聞でしかない。
モアという男はリチャード三世のことなど、一つも知っていなかったのだ。なぜならロンドン塔における劇的な会議のシーンが繰り広げられたとき、トーマス・モアはたったの5歳だった。つまり、トーマス・モアの『リチャード三世史』はゴシップで出来上がっているということだ。シェイクスピアはそこから材を得て戯曲『リチャード三世の悲劇』を書いた。
リチャード三世が悪人ではないらしいことがわかったが、ではどうして悪人にでっち上げられたのか。

まず第一にリチャードの短い治世下の出来事について、同時代人が書いた記録を手に入れなければならない。リチャード三世が活躍した同時代に生きた人々の活動を調べることによって、その全貌が明らかになっていく。

捜査の結果、すべてがひとりの王の「きたない」やり方によって事実が歪曲してしまった。それは、現米国政権のオルタナティヴ・ファクトを強引に認めさせるという政治姿勢と変わらない(『ファンタジーランド 狂気と幻想のアメリカ500年史』。という点で本書は今読むべきであると言える。リチャード三世は、シェイクスピアが描いたせむしでも片腕が不自由でもなかった(→しかし、2012年、リチャード三世の墓を暴いたところ、遺骨から脊柱後側弯が見つかったという。歴史は更新されることを示す格好の出来事である)。

本書が歴史上の人物を捜査するというテーマにも関わらず、とっつきにくい内容になっていない。そのひとつの理由は、グラントを取り囲む人たちとのざっくばらんな会話や、看護婦をはじめ一見関係のない人物、例えば美術館の隣にいたじいさんに、リチャード三世についての意見を求めるというような、砕けた状況を描いていることである。→人気ブログランキング

タイトルの「時の娘」とは本書のエピグラフにあるように、古い諺「真理は時の娘」からきている。

→『殺人は女の仕事』小泉喜美子/光文社文庫/2019年
→『マジカル・ヒストリー・ツアー』門井慶喜/角川文庫/2017年
→『時の娘』ジョセフィン・ティ/小泉喜美子/ハヤカワ文庫/1977年

 

『楽園のカンヴァス』原田マハ

キュレーターとしてのキャリアがあり、印象派に造詣が深い著者だからこそ書くことができた絵画ミステリの傑作である。

大原美術館(倉敷市)の監視員を務める早川織江は、母親と娘と暮らすシングルマザーである。織江に反抗する娘は西洋人とのハーフだ。
織江のもとに、東京で開かれる「アンリ・ルソー展」のキュレーターを引き受けてくれようにと依頼が舞い込む。美術展には、MoMAが所有する門外不出だったルソーの名画「夢」を貸し出すという。


楽園のカンヴァス(新潮文庫)

楽園のカンヴァス
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原田マハ
新潮文庫
2014年 ✳︎10

話は16年前のスイスの国際都市バーゼルに巻き戻される。
MoMAのアシスタント・キュレーターであるティムにもとに、大富豪コンラート・バトラーから、極秘での鑑定依頼が届いた。
ティムはアンリ・ルソーの研究家であるがまだ駆け出し。宛名をチーフ・キュレーターのトム・ブラウンと間違ったのではないかという後ろめたさを引きずりながら、極秘でバーゼルに向かう。
鑑定を依頼されたもう一人の人物は、パリ大学のオリエ・ハヤカワである。
ふたりに求められたのは、ルソーの「夢」とまったく同じ構図の「夢をみる」の真贋を鑑定するというもの。毎日、指定された謎の古書を1章ずつ読み、最後に真贋を決めて作品講評を書き、その優劣で勝者を決めるというのだ。しかも、勝者には「夢をみる」の取り扱い権利(ハンドリング・ライト)が譲渡されるという。つまり真作であろうと贋作であろうと、勝った方が「夢をみる」を手中にするということである。

古書にはルソーとピカソとの交友が記載されている。さらに、ルソーが恋をした人妻ヤドヴィガやその夫、アポリネールやマリー・ローランサン、そして1900年代初頭のパリに暮らした芸術家たちが顔を出す。ピカソやアポリネールが音頭をとって、そのほかの芸術家たちも集まって、ルソーとヤドヴィカを主賓とした「夜会」の様子が描かれている。

オリエと対決するティムは、オリエに対し思慕の念を抱いていることを自覚する。ティムとオリエの背後には、「夢をみる」を手に入れようとする黒幕たちの思惑が幾重にも交錯しているのだった。

16年前、パリ第4大学留学中の織江は、新進気鋭のルソーの研究者として世界的に注目を集める存在だった。
MoMAのチーフ・キュレーターとなったティム・ブラウンは、ルソーの門外不出の大作「夢」を日本に貸し出すにあたり、その交渉相手を織江に指名したのだ。→人気ブログランキング

デトロイト美術館の奇跡/新潮文庫/2020年
美しき愚か者たちのタブロー/文藝春秋/2019年
モダン The Modern/文藝春秋/2015年
楽園のカンヴァス/原田マハ /新潮文庫/2014年

『白村江』荒川 徹

本屋で面陳列されている文庫本を物色する。
「歴史・時代小説ベスト10 第1位」と、書かれた派手な帯をまとい、陳列棚の最上段左端に鎮座する『白村江』を手にとる。「はくそんこう」とルビがふってあるが、「はくすきのえ」と読むのではなかったか。


白村江 (PHP文芸文庫)

白村江
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荒山 徹(Arayama Tohru
PHP文芸文庫 2020年 ✳︎10
売り上げランキング: 17,693

ページをめくると、百済の幼い王子・余豊璋が兄に追放されて離島に向かう場面から始まる。たまたまその島に立ち寄った蘇我入鹿によって豊璋は斬首を免れ、倭国に連れていかれる。そして孤児に学問や武術を身につけさせようと入鹿が作った「虎の穴」に放り込まれる。飛鳥時代を舞台にした時代小説は初めて読む。人名や地名に画数の多い見慣れない漢字が使われていて、ルビを振っているものの、読み進むのにてこずる。この時代、朝鮮半島と倭国は頻回に行き来があり、特に倭国から近い距離にある百済とは友好関係にあったという。およそ1400年前の出来事である。

数日後に本書の半分に達し、朝鮮半島では高句麗、新羅、百済の覇権争いが繰り広げられ、大国の唐が北の高句麗に攻勢をかける。高句麗はなんとかしのいでいる。一方、100年ほど平和な日々が続いていた倭国では、入鹿が帝の座を奪おうと画策するが、史実どおりに645年に中大兄皇子と中臣鎌足によって入鹿は暗殺される。この辺りから「虎の穴」でたくましく成長した亡命王子・豊璋と、朝廷の策略家である葛城皇子が中心になって話が進みだす。

やがて、新羅と同盟を結んだ唐によって百済が滅ぼされる。母国再興のために豊璋は百済に戻るが、たやすくことは運ばない。倭国は豊璋の要請に応じ、聖徳太子の方針であった半島不介入を反故にし、百済に派兵する。そして、663年8月、唐・新羅連合軍と倭国・百済連合軍の船団が白村江で激突し戦争が始まるが、たった2日で終わってしまう。最後にこの不可解な戦いの謎が解き明かされる。

文庫は巻末の解説を含めて価値が問われるとかねてから思っているが、残念なことに本書には解説がない。物足りなさを感じるが、それはおいておいても、本書は間違いなく傑作である。→人気ブログランキング

『ハーレクイン・ロマンス』尾崎俊介

ハーレクイン・ロマンスはカナダ産の恋愛小説叢書である。
現在、毎月2回それぞれ15冊程度、月に30冊、年間では400冊の翻訳本が日本の読者に向けて出版されている。
ハ-レクイン・ブックスは、1949年、カナダで生まれた。隣国アメリカで廉価なペーパーバックがブームとなり、リーチャード・ポニー・キャッスルは「ハーレクイン(道化師)」という名前をつけて、ペーパバックを出版しはじめた。経営の才能があった妻のメアリーはロマンス関係の本しか売れていないことに気づき、ロマンス関連本だけを出版するようにした。秘書に図書館でロマンス小説を読ませ、気に入ったものがあればメアリーに推薦するよう指示。メアリーが読んで面白いとなれば再販権を獲得して出版するようにした。


ハーレクイン・ロマンス (平凡社新書0930)

尾崎俊介
平凡社 2019年 ✳9
売り上げランキング: 45,295

それらのロマンス小説は、ほとんどがイギリスのミルズ&ブーン社のハードカバーだった。イギリスが舞台で、ときに英連邦王国の一部であるオーストラリアやニュージーランドが舞台となる。つまりカナダ人やアメリカ人とってはエキゾチックな要素を備えていた。

1960年代以前、アメリカのペーパーバック市場は男性がターゲットだった。1964年ハーレクイン・ロマンスという女性向けの叢書が入ってきて、1965年の時点ですでに600万部、毎年35%ずつ伸び続け、1977年位は1億部の大台に乗るところまで急成長を遂げた。1975年以降ハーレクイン社の出版物の7割がアメリカ向けだった。
ハーレクイン・ロマンスは本の厚さが一定である。製本の都合で32ページの倍数192ページに収まるように組版されている。

ハーレクイン社がアメリカで多大な成功を収めたのはマーケティング戦略による。売れるロマンスの公式を完成させた。それは、「ヒロインがヒーローに出会い、二人は障害を乗り越えて恋に落ち、そして結婚する」ということに尽きる。ハーレクイン・ロマンスは、すべてヒロインの視点から語られる。読者はヒロインに感情移入して読み進むのだからその視点は欠かせない。
読者は30歳代40歳代の既婚者であり、恋を成就させた経験者である。主人公は20歳そこそこの若い女性と相場は決まっている。ヒロインは絶世の美女ではなく、かわいい女の子。金髪碧眼小柄で華奢な体躯。お相手は185センチから195センチと長身で、もちろんハンサムでどちらかといえばラテン系の濃いめの顔である。会社を経営しているか、弁護士あるいは医者などであり、そもそも働かなくとも食べていけるくらいの資産家である。

ハーレクイン社は独自の配本ネットワークの構築に乗り出し、それまで配本を一手に引き受けていたサイモン&シュスター社との契約を打ち切った。サイモン&シュスター社は、ハーレクレイ・ロマンスのノウハウをそのまま使って、しかも、人気作家を引き、シルエット・ロマンスというシリーズを売り出したのだった。
そして、シルエット・ロマンス社は、それまでハーレクイン社がいわばタブーとしてきたアメリカ人作家を登用し、アメリカ人を主人公とし、ラブシーン描写を積極的に取り入れたのである。しかし、ハーレクイン対シークレットの対決はハーレクレイのシークレット買収で決着を見た。

新たな市場として、性モラルが厳しい国、中国、東南アジア、イスラム諸国、アフリカ諸国に、ハーレクインは販路を拡大しているという。→人気ブログランキング

『BUTTER』柚木麻子

実際に起こった殺人事件を下敷きにしたサスペンス。グルメ小説でもある。
梶井真奈子(カジマナ)は、出会い系サイトで知り合った40代から70代の金持ちの独身男から結婚を餌に金をだまし取って殺した。3件の殺人事件の被疑者として収監され裁判を控えている。カジマナが逮捕間際まで書き続けた美食と贅沢三昧のブログが話題になった。肥っていて美しくもないカジマナがなぜモテたのか、世間では疑問の声が挙がっている。


BUTTER

BUTTER
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柚木麻子(Yuzuki  Asako
新潮文庫 2020年 ✳︎9
売り上げランキング: 7,821

大手出版社の広報部に勤める33歳の町田里佳は、『週間秀明』を担当するの優秀な記者である。背が高く痩せている里佳は、女子高時代には下級生から人気があった。社会に出てからも、その体型を保つよう食べ物には興味をもたない生活を送ってきた。里佳はマスコミへの登場を拒んでいるカジマナにインタヴューをしようと思い立つ。

大学時代からの親友の伶子は、カジマナがブログに載せていた料理のレシピを教えて欲しいと手紙に書くようにアドバイスした。それが功を奏してカジマナからインタヴューを承諾する手紙が届く。

カジマナが許せないものはマーガリンとフェミニストだと言う。そして里佳にバター醤油ご飯を勧める。里佳はカジマナの言うとおりにバターしょう油ご飯を食べ、ブログに書いてある高級フランス料理店で食事をし、恋人と泊まったホテルを深夜に抜け出してラーメンを食べ、カジマナに絡めとられていく。
里佳はカジマナの取材を始めてから体重が5キロ、10キロと増えていった。

里佳は、殺されたとされる男たちはカジマナの料理を食べて不摂生な生活を送って自ら寿命を縮めたのではないか。カジマナは無罪ではないのかとさえ考えるようになる。すべてを知るために伶子とともにカジマナの郷里に向かった。
伶子はカジマナの母親も妹も変だという。家族に殺人罪の容疑者がいるのに、自信満々で教育論を語る母親は頭がいかれている。妹も都合の悪いことは語っていない。

そしてカジマナから記事執筆の許可が下りる。センセーショナルな記事は脚光をあび、里佳はカジマナの呪縛から解き放たれたかに思われたが、物語はそこで終わらない。

サスペンスとしての出来は大いに称賛する。しかし実際の殺人事件を下敷きにしフィクションとして作品を仕上げたのだから、殺人犯の郷里は架空の町にすべきだろう。→人気ブログランキング

BUTTER/新潮文庫/2020年
ランチのアッコちゃん/双葉社/2013年

『生きる』 乙川優三郎

解説を誰が担当しどう書くかは、文庫の価値を左右する重要な要素だ。雑誌の連載や単行本で作品が発表され、その本の評価がおよそ固まってから文庫は出版される。しかるべき解説者の解説とともに満を持して再登場するわけである。歴史時代小説の抜きん出て優れた解説者である縄田一男の文章が読みたくて本書を手に取った。
『生きる』で、乙川優三郎は第127回(2002年上半期)直木賞を受賞した。縄田は直木賞受賞時の選考委員たちの評を載せている。縄田は自分の言葉だけで解説するより、歯に布を着せない感想を述べる選考委員たちの評を載せることで、より的確に本書の優れた点を伝えることができると判断したのだ。
「選考委員たちの選評も、心から優れた小説に出会う喜びを真率に表現しているように思えてならない」「これらの選評を一読してわかるように、各人の評自体が乙川優三郎に対する作品論、作家論の体裁を成している。近年、直木賞の選評が総体としてこれほどまでの高揚感を持って綴られたことは希有であった、といっていいのではあるまいか。」と書いている。


生きる (文春文庫)

生きる
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乙川優三郎 (Otokawa Yuuzaburou
文春文庫 2005年 ✳︎10

「生きる」
追腹が人間関係を軋ませる。
亡くなった城主の後を追う殉死者の数が多ければ多いほど、藩にとって名誉であるという風習が受け継がれていた。逆に殉死者が多ければ、藩にとって優秀な人物を失うことになり不利益をもたらす。追腹すべき時を逃し、苦境に立たされていく主人公の心理状態が手に取るように伝わってくる。

「安穏河原」
郡奉行を務めていた羽生素平は、筋を通し退身した。一家で、江戸に出てきて妻が病気になり、娘を身売りさせざるを得なくなった。素平は金を貯めては、無頼の男・織之助に金を渡し娘を買わせ娘の近況を報告させた。娘はどんな境遇にあっても、父の教え通り人としての誇りを忘れなかった。何年かのち、苦境にありながら誇りをもつ童女に、織之助は出会う。

「早梅記」
喜蔵は足軽の家から下働きの娘を雇った。しょうぶはよく働く娘だった。独身である喜藏は根も葉もない噂が立てられた。喜藏は奉行の娘と結婚することになり、しょうぶはなにも言わず出ていった。
喜藏は出世して家老になった。妻が亡くなり、老境に達した喜藏は散歩を趣味として日々を送っている。そんな時しょうぶと思われる老女に出会う。→人気ブログランキング

露の玉垣/乙川優三郎/新潮文庫/2010年
生きる/乙川優三郎/文春文庫/2005年

『殺人は女の仕事』小泉喜美子

翻訳家でもある著者は、女性探偵ものの名著『女に向かない職業』(P.D.ジェームス)や古典ミステリの名著『時の娘』(ジョセフィン・ティ)などの翻訳で知られている。
8編の短編集。はじめに大胆な設定が示される。「美わしの思い出」では、孫が祖母を殺す場面からはじまる。「殺人は女の仕事」では、はじめの場面で主人公が知人の妻に殺意を抱く。なんとも強烈な出だしだ。短いセンテンスで小気味よく進み、結末には余韻を残す一捻りが控えている。


殺人は女の仕事 (光文社文庫)

殺人は女の仕事
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小泉 喜美子(Koizumi Kimiko
光文社文庫 2019年 ✳︎8
売り上げランキング: 668,306

「万引き女のセレナーデ」
男は警察官からデパートの万引き対策の保安員に転職した。1週前に保安員が初犯と見て見逃した万引き女が、若い男と仲むつまじそうに女の下着売り場に現れ、再び万引きを働いた。ふたりは囮で、同じ階で大掛かりな窃盗が行われたのだ。女は警察に逮捕された。保安員と女はそれぞれが好ましく思っていたのだ。

「捜査線上のアリア」
少年は模造がんをポケットに突っ込み暗黒街の花形になる空想を抱いていた。パトカーのサイレンを聞いたときに、本物の犯罪を冒して夜の街に逃げ込みたいと思った。アパートの隣の女の部屋に、刑務所を出たばかりの男が人を殺めたと現れた。男は少年に死体の処理を手伝わせた。少年が遺体との間で殺し合いになったとことにしようと、男がナイフを少年に向けたとき、少年は模造がんを抜いて一目散に逃げた。パトカーに保護を求めた。パトカーの中で、なぜ模造がんを男に向けたのか警察に説明できないと思った。

「殺意を抱いて暗がりに」
理香子は世紀子を殺そうと片手に石を持って暗闇で待ち伏せしていた。世紀子の足音が近づいたと思い、理香子は石を振り上げて襲おうとすると、その人は逃げて行った。翌朝、朝刊には少年Bにより世紀子が刃物でめった刺しにされ死亡した記事が載っていた。少年Bは「相手は誰でもよかった」と供述した。週刊誌の記事に世紀子の殺人事件が載った。「石を持った女が怖い顔で睨んだので殺すのを止めた。その次に通りかかった女を殺した」と少年Bは答えていた。

「二度死んだ女」
月子は大病から何年か経ってカンバックした。今は三流のスナックに毛が生えたような店での出番を控えている。脱いだ服さえ置き場がないようなナイトクラブだ。
月子がステージに立っている間に盗難が発生した。月子は実際に盗まれた金額の10倍を盗まれたと老刑事に言った。そして犯人が捕まって、申告通りの額が手元に入った。老刑事は月子を初めて見たとき、美貌のジャズシンガーの母親だと確信したという。

「毛(ヘアー)」
年に数回、若い男から電話がかかってきて、寝ている良人と赤ん坊をおいて夜の街に出かける。翌朝デートを終えて帰ってくると、良人も赤ん坊も寝たままだった。自分の新しい枕カバーに1本の毛がついていた。布団をまくると新しかったシーツの上に縮れた毛が1本あった。

「茶の間のオペラ」
未亡人の小説家に、嫁いだ娘から電話がかかる。急を要するようだ。すぐに娘の嫁ぎ先のマンションに向かう。姑はべらべら喋り続け、もてなしの品々を並べる。娘は妊娠したという。それを知っておいとますることにする。エレベーターまで姑は見送りに出てきた。階段は下の方が暗く見えた。家に帰ると、嫁が見当たらない。暗い2階に向けて嫁を呼ぶ。

「美わしの思い出」
高2のあや子は小言を言われた祖母のやよいを殴って殺した。祖母は私を監視して小言を言い続けたと供述した。
あや子は学校を辞めてミュージカルのスターになるとやよいに言った。やよいはP劇団の公演会場の楽屋に乗り込む。そこで主役を務める女とかつて応援していた久方光に会う。警察に主役と光が説明にやってきた。やよいはあや子に自由にさせていたと言っていたと二人は説明した。少年院に入ったあや子は一切反省していないという。

「殺人は女の仕事」
滋賀子は編集社の編集担当。新人の小説志望の杉園伸一を紹介されたとき、心にときめくものを感じたと。そして伸一の妻こずえに会ったときに、殺したいと思った。
こずえに意地悪をしてやると志賀子は誓った。伸一にこずえの高校時代の友達から聞いた話を伝える。もちろん悪口だ。それを苦にこずえがマンションの屋上から飛び降りようとするという。→人気ブログランキング

女に向かない職業/P.D.ジェームス/小泉喜美子訳/ハヤカワ・ミステリ文庫/1987年

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