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2020年4月

『コロナの時代の僕ら』パオロ・ジョルダーノ

著者は25歳の若さでイタリア最高峰の文学賞とされるストレーガ賞を受賞した気鋭の小説家で、大学では物理学を専攻していたという。

本書は27篇のエッセイと著者のあとがきからなる。
COVIT-19の感染について書いた時によって、感じ方は変わっただろう。27篇のエッセイは2月29日から3月4日まで『コリエーレ』紙に掲載された。2月25日に323人だったイタリアの感染者数は、2月29日1129人、3月4日には3089人になった。感染者数が爆発的に増えたのはそのあとである。

Photo_20200428173501コロナの時代の僕ら

パオロ・ジョルダーノ/飯田亮介
早川書房
2020年 ✳︎9

 

 

そして、著者あとがきの「コロナウイルスがすぎた後も僕が忘れたくないこと」が掲載されたのが3月20日。イタリアでCOVIT-19の流行が始まってから1ヶ月間を振り返った内容になる。3月20日の感染者数は47,021人、死者数は4,032人。この時点でイタリアの医療は完全に崩壊していた。
最近(4月27日)の状況は、感染者数197,675人、死亡者数26,644人で、感染者数は頭打ちになっているとされている。

イタリアが最悪の事態になる前に書かれた文章は、余裕がありユーモアすら感じられる。
<いったん終息すれば過去に流行した多くの感染症を犠牲者の数で上回ることはないだろう>との予測を述べている。しかし、その予測は必ずしも当たっていなかったことがわかる。
物理学を専攻した著者ならではのテーマを扱ったのが「感染症の数学」「アールノート」である。数学的に感染を減らすにはどのように考えるべきなのかをクリアカットに論じている。いま日本で実践を推奨されている「接触を80%減らす」につながる理論的根拠が示されている。

あとがきの「コロナウイルスがすぎたあとも、僕が忘れたくないこと」は、爆発的に感染が拡大した頃に書かれたもので、説得力があり感動させられる。〈すべてが終わった時、僕たちは以前とまったく同じ世界を再現したいのか。もとに戻ってしまわぬように、この苦しい時間が無駄にならぬように、元に戻って欲しくないもののリストを作っておく〉ことを提案している。

本書は世界27カ国で発売されたという。間違いなく世界的ベストセラーになるだろう。著者は印税の一部を医療機関および感染者の医療に従事する人々に寄附するという。→人気ブログランキング

新型コロナVS中国14億人/浦上早苗/小学館新書/2020年
コロナの時代の僕ら/パオロ・ジョルダーノ/飯田亮介/早川書房/2020年
感染症の世界史/石井弘之/角川ソフィア文庫/2018年
H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ/岡田晴恵/幻冬車文庫/2019年
隠されたパンデミック/岡田晴恵/幻冬舎文庫/2019年
ウイルスは生きている/中屋敷均/講談社現代新書/2016年
ナニワ・モンスター/海堂尊/新潮文庫/2014年
首都感染/高嶋哲夫/講談社文庫/2013年
復活の日/小松左京/角川文庫/1975年
ペスト/アルベール・カミュ/宮崎嶺雄/1969年

『アンダー・ザ・ドーム』スティーヴン・キング

10月の晴れた日に、アメリカ・メイン州の人口2000人の小さな田舎町「チェスターズミル」が突然ドームに覆われた。町は徐々に「悪」に支配されていく。ドームは誰の仕業なのか。町はどうなるのか。男性優位の白人至上主義、暴力あり拷問あり殺人ありのキング・ワールドが展開される。文庫本4冊の長編。
本作は、2013年6月から2015年9月の間、39話がアメリカCBSテレビで放映された。

訓練中の飛行機やトラックや車がドームに激突し、乗っていた人々が即死したのは、ほんの序の口だった。

正義の象徴だった警察署長は、ドームに触れたことでペースメーカーが爆発し、あっけなく死んでしまった。
一方、町をわがものにしようと企んでいたビッグ・ジムは、早速ノータリンの副署長を操って、町のゴロツキ4名を特別警察として採用させた。その中にはビッグ・ジムの息子ジュニアも含まれていた。ジュニアは知り合いの娘2人を殺したばかりだった。

地方紙「デモクラット」を編集するジュリアの携帯電話が鳴り、電話の主はワシントンDCのコックス大佐だった。大統領は、チェスターズミルに戒厳令を発令し、イラク兵士だったコックのバービーを総司令官任命し、さらにドームに風穴をあけるためミサイルを発射すると伝えてきた。【1】

Photo_20200424142601 アンダー・ザ・ドーム【1】
スティーヴン・キング/
白石朗(Shiraishi Rou
文春文庫
2013年
2_20200424142601 アンダー・ザ・ドーム【2】
3 アンダー・ザ・ドーム【3】 4 アンダー・ザ・ドーム【4】

ビッグ・ジムはバービーの総司令官就任なぞ鼻にもかけない。ミサイル計画は当然失敗するものと確信している。ビッグ・ジムの予想通り2発のミサイルは火事を引き起こしただけだった。

ビッグ・ジムに放送局での麻薬製造を止めるように直訴した牧師と、公金の不正流用と麻薬販売の証拠を突きつけた警察署長夫人は、あっさり殺されてしまう。
さらに、医師助手のラスティは、病院や学校その他から盗まれたプロパンガスボンベの返還を求めたが、軽くあしらわれた。

ビッグ・ジムは食料を配給制にしようとスーパーマーケットを閉鎖するが、押しかけた町民は暴徒と化し掠奪行為に走った。バービーとラスティが騒動でケガをした町民の手当てにあたっていると、特別警察官がバービーを4人の殺人容疑で逮捕し、警察署地下の拘置所に収監してしまう。【2】

新聞社が放火された。ビッグ・ジムの策略でバービー支援者による仕業と仕組まれた。

ビッグ・ジムはドームを愛していた。盗んだプロパンガスを各家庭にすべて配り終わり、麻薬工場の設備を破壊して倉庫に火をつけ、犯行をバービーの仲間のせいにしてバービーを裁判にかけ、警察隊の銃殺刑に処すまでは、ドームが存在し続けて欲しいとビッグ・ジムは願う。

ブラックリッジ山に向かったラスティたちは、山頂に近いところでドーム発現装置と思われる金属の板状のものを発見したが、それはビクとも動かなかった。

ビッグ・ジムは不整脈を起こし病院に駆け込み、ジュニアは脳腫瘍でふらふらになって病院に運び込まれた。
ラスティはビッグ・ジムに不整脈の治療と引き換えに、町政委員の座を退くように迫るが、バスルームに二人の特別警官が潜んでいた。ラスティは殺人未遂および公務執行妨害その他で拘置所にぶち込まれた。【3】

ドームに覆われてからまだ1週間も経っていないというのに、空気はひたすら汚染され、食料をはじめとする物資がどんどんなくなっていく。そんな中、町民の自殺が相次いだ。

正義を貫こうとして解雇された警察官たちは、町民総会が開かれている間に、バービーとラスティを拘置所から奪還する計画を立てた。

町民総会でのビッグ・ジムの演説が始まる。秘密の実験のためバービーがドームを仕掛け、麻薬の製造を行い、という話がスピーカーを通じて流れた。 町政委員のひとりが反対意見を述べたが、特別警察官によって射殺された。

病院を抜け出し警察署の地下にたどり着いたジュニアは、バービーめがけて発砲するが、脳腫瘍のせいで片目が見えず朦朧としているため狙いが外れる。 駆けつけた元警察官によりジュニアは射殺され、バービーとラスティは晴れて自由も身となった。そしてブラックリッジ山を目指した。

町政委員長のアンディは妻と娘を亡くし自暴自棄になっていた。プロパンガスのボンベを隠してあるラジオ局に立てこもったアンディと、同じく妻を亡くしたブッシーはマリファナを吸引しハイになり、神の啓示を受けたと騒いだ。
ビッグ・ジムは警官隊にラジオ局の襲撃を命じ銃撃戦がはじまった。
アンディとブッシーは警察官をマシンガンでむかえた。そして警察隊が撃った弾丸がプロパンガスに引火し、600本のプロパンガスボンベが次々に爆発する大惨事に発展した。想像を絶する爆発力で町全体を炎が襲った。火の手は町の中心に達し、メインストリートに沿って広がっていく。外からみると、まるでドームの内側で核爆発が起こったよう見えた。
ドーム内は爆風が吹いた。炎に酸素を供給するための風だ。町中の多くの人々が爆発で命を落とした。

ドーム内の酸素が尽きかけている。ジュリアとバービーはなんとかブラックリッジ山の発生装置にたどり着こうとしている。そして結末をむかえる。【4】→人気ブログランキング

ファインダー・キーパーズ
ミスター・メルセデス
ジョイランド
11/22/63
死の舞踏 /ちくま文庫/2017年
アンダー・ザ・ドーム1~4/文春文庫
ダークタワー IV1/2 鍵穴を吹き抜ける風
ダークタワー IV 魔道師と水晶球 下
ダークタワー IV 魔道師と水晶球 上
ダークタワー III 荒地 下
ダークタワー III 荒地 上
ダークタワー Ⅱ 運命の3人 下
ダークタワー Ⅱ 運命の3人 上
ダークタワーⅠガンスリンガー
書くことについて
ミザリー
キャリー キャリーDVD
幸運の25セント硬貨
ビッグ・ドライバー
1922
第四解剖室
神々のワード・プロセッサ
夕暮れを過ぎて
いかしたバンドのいる街で
スタンド・バイ・ミー(DVD)
ジェラルドのゲーム
ドランのキャデラック
深夜勤務(ナイトシフト1)

オンデマンド(ペーパーバック)

アマゾンを探っていると、絶版の本に「オンデマンド(ペーパーバック)」と見慣れない単語が目についた。中古本の表示がなく、オンデマンド(ペーパーバック)「1新品」となっている。要するに中古本は扱っておらず、定価の約2倍のオンデマンド(ペーパーバック)という仕様の本が1冊あるという意味である。とりあえず購入した。

「オンデマンド(ペーパーバック)」は、POD (プリント・オン・デマンド)ともいう。ネットの書籍の売り上げは、草食恐竜ブラキオサウルスの姿をグラフにした形になっていて、頭部はよく売れるベストセラー本、尻尾は古書や絶版本が相当する。たまにしか売れないが一定の需要はある「ロングテール」の部分に、「オンデマンド(ペーパーバック)」が加わった。

通常の本は出版社が定価を決める「再販制度」に基づいて数千〜数万冊を出版社が印刷して書店におろす。「再販制度」とはメーカーが小売店に対し、商品の販売価格を拘束する制度だ。本、雑誌、新聞、音楽ソフトなどは、全国一律の価格で販売されている。独占禁止法に抵触するとの批判があり見直しが迫られている。
オンデマンド(ペーパーバック)では、注文が入ってから1冊ずつ印刷する。出版社は在庫リスクや保管費用を減らせるほか、絶版となった本もPOD用のデータさえあれば販売できる。
オンデマンド(ペーパーバック)は「再販制度」の対象外で、書店が本の売値を決められる。オンディマンド(ペーパーバック)が威力を発揮するのは、出版部数が少なかった、いわば売れ筋ではなかった本だ。本来なら忘れ去られていく本が何かの理由で多少の需要が出てきたときに活躍する。

さて購入したオンディマンド(ペーパーバック)である。装丁はどことなく海賊版風である。乱暴なことに帯は表紙と一体で印刷されている。さらに、まるで工業製品のようである。どこもかしこも角ばっていて、ページを開くと硬い。1ページずつめくりづらい。ページを開くと硬い紙が開かれまいと抵抗するし、閉じると開きグセがついて開いたままになる。

さて、オンディマンド(ペーパーバック)は、絶版図書を蘇らせる光明なのか、あるいは駆逐されつつある紙文化のはかない灯火なのか、はたまたペーパレス時代の到来を加速するあだ花なのか。

なぜ本の名称に「カッコ」をつけるのか。オンディマンド・ペーパーバックでは不都合があるのか。そんな疑問を抱いていた、たった2週の間に、ペーパーバックで統一された。→人気ブログランキング

『死の舞踏 恐怖についての10章』スティーヴン・キング

キングは、本書はホラーというジャンルのあり方を概観するもので、自伝ではないとしながら、ラジオ、テレビ、映画、小説におけるホラーの代表作を、自分の体験を絡めて語っているので、多分に自伝の要素がある。饒舌さといつ戻るかわからない脱線にめげずに読み進まないと、本書を読み終えることはかなわない。

まず本書に通底する根本的な考えに「ホラーには寓意性がある」とする。怪物は怪物そのものではなく、現実にわれわれが恐れている何かのメタファーであるという。すぐれたホラーは寓意であり象徴なのだ。

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死の舞踏
 

スティーヴン・キング/安野玲
ちくま文庫
2017年
✳9

 

キングはホラーを解説するためのいくつかの分類を示す。
まずは恐怖には3段階あるとする。第1段階は嫌悪(リヴィルジョン)、「ウゲッ」となる生理的不快さ。一番低劣な怖さだ。
第2段階は恐怖(ホラー)、ゾッとする感じ。暗闇、墓場、幽霊屋敷、得体の知れないものがいそうな怖さだ。怖いもの見たさはこの段階で起こる。
第3段階は戦慄(テラー)、致死に限りなく近い、悲鳴が上がるような体験である。

ホラー小説の古典『吸血鬼ドラキュラ』『ジキル氏とハイド』『フランケンシュタイン』を例に挙げて、モンスターを分類する。
第1は吸血鬼、これはセックスの恐怖だという。第2は「人狼」、ジキルとハイドのように、普通の人が隠している狂気である。第3は名前のないもの。『フランケンシュタイン』の人造人間に代表される。ちなみに、「フランケンシュタイン」は人造人間(名前はない)の製作者の博士の名前である。その他に、幽霊がいる。

キングはホラーとは秩序の崩壊を恐れる気持ちだという。秩序がアポロン(理性と知性の力の象徴)的、秩序を破壊して起こる混沌をディオニソス(感情と肉体の無秩序な有働の象徴)的とする。テクノロジーの恐怖を表現する映画の大半にこの二面性がある。このギリシャの神のたとえは何回か語られる。ホラーの真髄を掴み取った概念なのだ。

ホラー映画の究極の真実、それはホラー映画は死を愛していないということ。そう見えるものもあるが、愛しているのは実は生だという。醜さや死を繰り返し語ることで生を賛美しているとする。いやはや凄まじい飛躍だ。さらに、ホラー文化が暴力の原因だと非難する風潮に対し、ホラー文化が惨劇を生むのではなく、ホラーは鏡に過ぎないという。

14世紀に中世ヨーロッパで黒死病(ペスト)が大流行した時、人びとは半狂乱で踊り続け、それを「死の舞踏」と呼んだ。タイトルはそこからきている。教会はメメント・モリ(死を忘れるな)と唱えた。死によって身分や貧富の差なく、無に統合されるという死生観である。死に近づくことで人びとは生を実感する。キングは、ホラー文化は「死のリハーサル」だという。
人びとがお金を払ってまでホラーを求める理由はそれだとする。→人気ブログランキング

キングはホラー小説を書く理由を、短編小説集『深夜勤務』のはしがきに書いている。
それを要約する(→『深夜勤務』はしがき)。

キャリー   キャリーDVD
ミザリー
ファインダー・キーパーズ
ミスター・メルセデス
ジョイランド
11/22/63
アンダー・ザ・ドーム1~4/文春文庫
セル 上下 新潮文庫
ダークタワー IV1/2 鍵穴を吹き抜ける風
ダークタワー IV 魔道師と水晶球 下
ダークタワー IV 魔道師と水晶球 上
ダークタワー III 荒地 下
ダークタワー III 荒地 上
ダークタワー Ⅱ 運命の3人 下
ダークタワー Ⅱ 運命の3人 上
ダークタワーⅠガンスリンガー
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ビッグ・ドライバー
1922
第四解剖室
神々のワード・プロセッサ
夕暮れを過ぎて
いかしたバンドのいる街で
スタンド・バイ・ミー(DVD)
ジェラルドのゲーム
ドランのキャデラック
深夜勤務(ナイトシフト1)はしがき
深夜勤務(ナイトシフト1)

書くことについて
死の舞踏 /ちくま文庫/2017年

『パンティオロジー』秋山あい

著者はパンティのイラストを描いている。
そう自己紹介して、相手に手持ちのパンティから、セクシー、リラックス、お気に入りの3枚を選んでもらい、パンティにまつわる思いを語ってもらう。夫や交際相手のことも訊ねていて、文章からはパンティ提供者の私生活がかいま見える。

33名の対象者は、国籍も人種も、年齢もバラバラ。著者はフランスと日本を行き来しているので、いきおい日本人とフランス人が多いが、アメリカ、イタリア、ポーランド、イランなど多岐に渡る。

Image パンティオロジー

秋山あい
集英社インタナショナル
2019年 ✳︎10

 著者が描くパンティのイラストは写真と見紛うがごとくに写実的である。

真新しいものもあるが、大半は中古物件の佇まいが漂うものである。イラストには、パンティとそれを身につける人物から感じ取ったものを著者が咀嚼して具現化した小宇宙がある。パンティは生きていると言わざるを得ない。
著者が命名したパンティオロジーという造語は深遠な学問の響きがあり風格を感じさせる、ユーモアあふれる単語だ。
帯の「パンティは女心の充電器である」は的確なキャッチコピーであるが、匹敵するしっくりくるフレーズをひねり出したい。「パンティは女心のスイッチである」はいかがだろう→人気ブログランキング

『たゆたえども沈まず』原田マハ

祝、文庫化。
日本ブームのパリを舞台に、フィンセント・ファン・ゴッホと弟のテオの苦悩を描く。パリで日本の美術品を販売していた林忠正と架空の人物・加納重吉とゴッホ兄弟との交流を描く。

Photo_20200415084101
たゆたえども沈まず

原田マハ
幻冬舎文庫
2020年4月8日 ✳︎8

 

あと20年もすれば20世紀に入ろうとするパリで、日本の美術品を販売する林は、大学の後輩である重吉をパリに呼び寄せた。重吉は林から、セーヌ川の氾濫で、たびたび洪水に見舞われるパリを励ます「たゆたえども沈まず」という言葉を聞く。
おりしもパリでは、ジャポニザンと呼ばれる日本愛好家が、日本の美術品を買いあさっていた。パリだけでなく、ウィーンでもロンドンでも、日本の美術品は人気があった。とくに、浮世絵はのちに印象派と呼ばれる若い画家たちに多大な影響を与えていた。

ファン・ゴッホ家はオランダ南部の牧師と画商の家系である。フィンセントもテオも画商の仕事をしていたが、テオには画商の才がありフィンセントにはなかった。テオは「グーピル商会」のパリ本店で支配人を務めるようになる。「グーピル商会」ではアカデミー所属の画家の作品しか扱わなかった。
稼ぎがないフィンセントはテオのアパルトマンに転がり込み、描いた作品をすべてテオのものにするという。

タンギー親父の画材店には、売れない若い画家が絵の具代の代わりに、作品を預けるようになり、壁に所狭しと作品が飾られていた。画材店には、毎晩、若い画家たちが集まり芸術談義に花を咲かせた。
絵の具代の代わりに、フィンセントはタンギー親父さんの肖像を書いた。そのとき林から浮世絵を何枚か借りて背景を飾った。

画家として芽の出ないフィンセント、フィンセントの作品を売ることができないテオ、兄弟喧嘩はしょっちゅうだった。フィンセントは刃物を持ち出して自分の喉に突き刺そうとしたこともあった。

アカデミーから嘲笑されていた印象派の作品が少しずつ認められるようになり、印象派の次を担う若い画家たちが切磋琢磨していた。タンギー親父の店に出入りしていた画家たちにも目をみはるような絵を描く者たちがいた。ゴッホはもちろん、ゴーギャン、スーラ、セザンヌらである。重吉は彼らの作品を見るたびに胸の高鳴りを感じるのだった。

日本へ連れて行ってくれるようにと懇願するフィンセントに、林はアルルに行くようにいう。フィンセントとゴーギャンのアルルでの生活はじまった。フィンセントはテオに作品を送り、手紙を頻回に書いた。
ある日、ゴーギャンからテオにフィンセントが耳を切ったとの電報が届いた。入院して意識が朦朧としているフィンセントに、重吉が描きたいものを尋ねると「たゆたえども沈まず」と答えた。

フィンセントは耳切事件以来、体調がすぐれず、パリ郊外の精神病院に入院した。院長が広いアトリエを都合してくれて、フィンセントは絵を描き続けた。入院生活によりフィンセントに精神的余裕が生まれたようだった。
林と重吉を招いて、タンギー親父の店でテオのもとにが送られてきたフィンセントの作品の特別鑑賞会が開かれた。降り注ぐ月と星の光を描いた〈星月夜〉に一同は感嘆した。

うまくいくかと思われたフィンセント制作活動であるが、テオとのちょっとした諍いがきっかけで、銃で自らの腹部を撃って自殺し、その2年後にテオも亡くなった。
フィンセントの存命中に売れた作品は1点、または数点であるという。→人気ブログランキング

たゆたえども沈まず/原田マハ/幻冬舎文庫/2020年
デトロイト美術館の奇跡/原田マハ/新潮文庫/2020年
美しき愚か者たちのタブロー/原田マハ/文藝春秋/2019年
モダン The Modern/原田マハ/文藝春秋/2015年
楽園のカンヴァス/原田マハ /新潮文庫/2014年

『ようかん』虎屋文庫

羊羹とはもともとは中国の「羊の羹(あつもの)」のこと。羊肉の汁椀であり、最高のご馳走のことであった。鎌倉時代や室町時代に、中国に留学した禅僧が中国の文物を持ち帰り、その中に饅頭や麺類、羹類に関する記事があった。肉食を禁じられていた禅僧によって、羹は砂糖や小麦粉などを使った蒸し物に変貌していった。そして江戸時代になり、寒天を使った今の形のようかんになった。虎屋は16世紀後半創業の朝廷御用達の菓子屋である。虎屋にはようかんにまつわる資料が保管されている。

Photo_20200412121901
ようかん


虎屋文庫
新潮社
2019年 ✳︎10

 

いつ羹類が菓子になったかははっきりしないが、中世の宴会の献立を時系列に分析すると、戦国武将たちへのもてなしあたりからのようだ。つまり16世紀中頃から、羹から菓子にじわじわと進化した。
汁物もどきから蒸しようかんになったのが戦国時代、寒天が入る水ようかんタイプとなるのが江戸時代の17世紀半ば、今の形の練ようかんとなるのが17世紀後半である。

虎屋は16世紀後半に京都で創業し、後陽成天皇御在位中(1586年〜1611年)より、禁裏の菓子御用をつとめてきた。ようかんの名が見える最も古い資料は、1635年、明正天皇が父である後水尾上皇に行幸した折、虎屋と二口屋が納めた菓子の記録である。虎屋は古くから宮中御用達だったわけだ。

羹という字には毛だらけのイメージがあると芥川龍之介が書いている。芥川に限らず多くの文豪たちが作品の中で、ようかんを取り上げている。まずは夏目漱石は、『草枕』で菓子の中で羊羹が一番好きだと書いている。その他、森鴎外、与謝野晶子、谷崎潤一郎、立原道造、向田邦子など。
さらに俳句にも短歌にもようかんは顔を出す。

著者の欄に記載されている虎屋文庫とは、虎屋の資料室のこと。
ようかんの原材料と作り方の手順、そして室町時代に創業の老舗「虎屋」の歴史など、ようかんのことなら本書を開けばすべてがわかる。→人気ブログランキング

『暇なんかないわ 大切なことを考えるのに忙しくて』ル=グウィン

双方向性というブログの機能に抵抗があってそれまでブログを書くことを敬遠してきたが、ジョゼ・サラマーゴ(ポルトガルのノーベル賞作家)のブログを読んで、81歳のときにブログをやってみようという気になったという。本書はそのブログを書籍化したもの。年齢を感じさせない分析力、さらに年齢を重ねたからこそ導き出せる説得力のある言葉がつづらている。
本書のタイトルは、母校のハーバード大学から卒業生に送られてきたアンケート用紙の質問のひとつ「余暇には何をしているか?」に答えたもの。筆者はファンタジー作品『ゲド戦記』や『所有せざる人々』『闇の左手』といったSF作品のほか、思慮深い考察に基づいた評論やエッセイを数多く書いている。

Photo_20200409162601

 

暇なんかないわ 大切なことを考えるのに忙しくて

アーシュラ・K・ル=グウィン/谷垣暁美
河出書房新社
2020年1月
10✳︎

本書は四部に分かれている。
第一部のタイトルは「80歳を過ぎること」
この章は、年寄りになった人(著者によれば70代80代の人、生きているだけで上等な人びと)あるいはその予備軍の人びとに、共感できる内容になっている。
アメリカでとても栄えているポジティブ・シンキングを信用しないという。年寄りになったら、若者にはできない年寄りをやらなくてはならないという。
オスの愛猫パードとの生活について多くのページが割かれていて、著者の目と猫の目線から人間と猫の関係を語る。

第二部「文学の問題」では、アメリカ人は「シット」や「ファック」という言葉を使わずに生活できないものかということを、「ウッジュー・プリーズ・ふぁっきんぐ・ストップ?」で触れる。「ファッキング」「シット」の罵り言葉が子供の頃に比べ、徐々に活字になり頻回に使われるようになってきた。そしてそれらを頻回に使うあまり、その2語がなければ話すことも書くこともできなくなってきていることは不思議なことだ。「シット」は言葉の響きに頻回に使う秘密がありそうだが、「ファック」という言葉には支配、虐待、軽蔑、憎悪の響きが強くあるという。アメリカ人はなぜこうも汚い言葉を日常的に使うのだろうと、つねづね思っていたが原因解明にはいたってない。
「TGANとTWON」は、タイトルに言葉遊びの感があるが、ザ・クレート・アメリカン・ノベル(TGAN)は何かといえば、『ハックルベリー・フィンの冒険』であり、『怒りの葡萄(TGOW)』を挙げる。

第三部 のタイトルは「世の中を理解しようとすること」
反抗的なはみ出し者が主人公(ヒーロー)になっている児童書は枚挙にいとまがないという。子どもであるヒーローは、周囲の偏狭で威圧的な社会と愚かで鈍感で意地悪な大人たちに対して反抗的である。ホールデン・コーンフィールドがその例であり、ピーター・パンは彼の直系の先祖にあたる。トム・ソーヤには子どもと共通する要素がある。ハックルベリー・フィンもそうだという。
さらに「怒りについて」では、フェミニズムについて論じる。ヘミングウェイ、フィリップ・ロス、ジェームス・ジョイスが嫌いで、褒める記事を見ると怒りを感じるという。一方、好みの作家を褒める記事をみるとその日一日が幸せだという。

第四部 のタイトルは「報酬」
「卵抜き」では、ゆで卵をイギリス・ヨーロッパ式に卵立てにおいて食べるとき、卵の大きい端っこ上にするか小さい方を上にするかで論争があるという。『ガリヴァー旅行記』ではこの論争で戦争になったほどだ。ちなみに著者は「大きい端っこ」派。卵の殻をうまく壊す注意が完璧であるほど、卵がよく味わえるという。こんなささいなことでも突き詰めれば、それなりの理由があるもの。

「報酬」は、何を意味するのか。著者が生み出したファンタジーやSFを筆頭に文学、広くは芸術について述べている。サンタクロースがいると信じることで、心が豊かになるということだろう。→人気ブログランキング

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