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『華岡青洲の妻』有吉佐和子

本書は、1804年(文化元年)、世界に先駆けて乳癌の切除術を成功させた華岡青洲と、その偉業を影で支えた妻と青洲の母親を描いている。封建社会の家制度のなかで繰り広げられる嫁姑の静かで壮絶な闘いを、切れ味の鋭い文章で描いた著者の渾身の傑作である。
1966年に発表された本作品は第6回女流文学賞を受賞した。この作品により、医学関係者の中で知られるだけであった華岡青洲の名前が一般に知られるようになったという。

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華岡青洲の妻

有吉佐和子
新潮文庫
1970年 ✳10

 

青洲の母親・於継(おつぎ)の話からはじまる。
於継の実家は地主で、於継は幼いころから才色兼備の誉が高く、一帯で評判の娘だった。皮膚病にかかりどの医者も匙を投げた。華岡直道が必ず治してみせるから、その暁には於継を娶らせて欲しいと言った。こうして於継は貧乏医者の家に嫁入りすることになった。於継が嫁いでから華岡家の格が上がったと囁かれた。

青洲の妻になる加恵の実家は、大名の宿である本陣を営む格式の高い武家の家柄であった。祖父が亡くなったとき、加恵は18歳になっていた。葬儀に参列した於継は、7人も子供を産んで40も超えたというのに、10歳は若く見え気品をたたえていた。

それから3年後、於継が加恵を息子の嫁にいただきたいと言ってきたのである。父親は身分が違うと暗に断ったが、於継に憧れを抱いていた加恵は乗り気であった。
そして、加恵は華岡家に嫁いだ。花婿の青洲は京都に出て半年になる。以後3年間、華岡家は切り詰めるだけ切り詰めて青洲の仕送りにあてた。於継と加恵は親子のようにうまくいっていた。

ところが、青洲が帰ってくると状況は一変した。望まれた嫁と望んだ姑の綺麗ごとの間柄は、青洲の出現によって終わったのだ。それは、少しでも青洲に気に入られようとふたりが競ったことで生じた。

青洲は全身麻酔をかけて乳癌を切ると言って憚らなかった。於継は「昔から雲平(青洲の幼名)さんはできないことをいう人ではなかった、いう通りになる」と言った。

青洲は乳癌の手術のために麻酔薬を開発しようと、多数の犬や猫を飼って実験を行った。実験を始めてから10年の歳月が経って、ようやく麻酔薬の完成の最終段階に入った。
嫁姑は実験台になることで天下晴れての喧嘩ができるのであった。ふたりに対して2回ずつ実験が行われ、実験は何とか成功したが、加恵は目を患いやがて盲目となった。
そのころ、青洲はすでに紀州に並ぶもののない帯刀を許される医者になっていた。

乳房は女の命に繋がっているから、乳房は手術ができないと言われていた。そこに牛の角に突かれ左の乳房が石榴のように割れた百姓女が運ばれてきた。縫い合わせて無事に治った。迷信だったのだ。そしてすべての準備を整え、世界初の乳癌の摘出術が行なわれた。→人気ブログランキング

ふぉん・しいほるとの娘〈上〉/吉村 昭/新潮文庫/1993年
花埋み(はなうずみ)/渡辺 淳一/新潮文庫/1975年(医師国家試験に合格した女医第1号・荻野ぎんの物語)
華岡青洲の妻/有吉佐和子/新潮文庫/1970年

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