ジゴロとジゴレット サマセット・モーム
モームは通俗小説家というレッテルが貼られている。あえてそう呼ばれる作家はモーム以外にそうはいないだろう。通俗小説は、日本でいえば純文学、つまり哲学的な要素をもつ小説より下に見られがちである。最近はそういう考え方が少数派になってきているが、モームが活躍した20世紀前半は、その傾向が強かった。モームは、人間の深層心理を難しい言い回しを使わずにさらりと書いてしまう、その筆さばきに驚くばかりだ。
モームの人物をたたみかけるように表現する。まるでそこに人物がいるようだ。「マウントドラーゴ卿」で、卿を診察する医師について、その見た目を書いている。死神のようではあるが信頼がおける医師が、今まさに診察しようとする姿が浮かんでくる。
ストーリーは二転三転し、思わぬ結末に到達する。まさに通俗作家と呼ばれるにふさわしい。本書はぶっ飛ぶくらい面白い。
ジゴロとジゴレット サマセット・モーム/金原瑞人 新潮文庫 2015年 10✳︎ |
「アンティーブの三人の太った女」The Three Fat Women of Antibes
未婚と寡婦と独身の三人の女はアンティーブで痩せようと努力をしているが、経過は思わしくなかった。そこに寡婦となったリサが加わった。リサはブリッジがうまく決してゲームに貪欲ではないという、三人の女の条件をクリアした。ところが、リサはいくら食べても太らない体質で、バター、生クリーム、フライドポテト、フォアグラ、シャンペンと、三人の前で遠慮することなく食べる。しかもブリッジが強い。ついに、三人はやけ食いに走るのだった。
「征服されざる者」The Unconquered
アネットは道を聞きにきたドイツ軍人のハンスに犯され身籠ってしまう。3か月後、ハンスは絹の靴下を買ってアネットの家を訪れたが、アネットに罵られた。ハンスはチーズと豚肉を持って再び訪れる。父母はハンスを信頼し、ハンスは父母に歓待されるようになる。ハンスはアネットが身ごもったことを知ると、旗色が変わり、アネットを思慕するようになる。アネットはハンスを拒否し続ける。
「キジバトのような声」The Voice of The Turtle
新人小説家と会う羽目になった。無礼で、自己主張が強く、仲間の作家を軽蔑していた。社交辞令でリヴィエラの別荘に誘ったところ、実際にやってきた。イギリスを離れるのは初めてだという。プリマドンナの恋物語を書きたいという。そこで、プリマドンナとの晩餐をセッティングした。出来上がった本を読んでプリマドンナが怒る。罵詈雑言を口にするが目は怒ってない。
「マウントドラーゴ卿」Lord Mountdrago
精神科のオードリン医師には、噂が噂を呼び治療費が高いにもかかわらず、患者が押しよせるようになった。
保守党のマウントドラーゴ卿は40歳前に外務大臣になり3年が経っている。欠点は家柄の伯爵位を鼻にかけることだった。
マウントドラーゴ卿は、公式のパーティでズボンを履いていなかった夢を見たという。翌日、下院のロビーで労働党のグリフィス議員が卿の下半身に目をやり笑ったのだという。次の夢は、議場で演説を始めると、舌を出して歌を歌うグリフィス議員がいたという。
医師は、一連の夢はマウントドラーゴ卿がグリフィス議員を莫迦にし続けたことが原因であるとし、グリフィス議員に謝罪するようにいう。それはできないとマウントドラーゴ卿は医師の要求を突っぱねた。
「良心の問題」A Man with a Conscience
流刑地の中心、フランス領ギニアのサン・ローラン・デュ・マロニは美しい町だ。ここに送られる受刑者のうち2/3は殺人犯である。受刑者に話を聞く。
殺人を冒したことを対して悪いと思ってない。こんなところに送られたと、殺した相手を恨んでいる始末だ。妻殺しの男の述懐がはじまる。
「サナトリウム」Sanatorium
サナトリウムは残酷なところだ。いずれ出てこられる人、死期が間近い人、長年白黒がつかずに暮らす人が、長期にわたって日常を共にする。患者同士が結婚することで、患者たちの死生観に変化をもたらす。
「ジェイン」Jane
ミセス・タワーの義理の妹・ジェインが27歳年下の青年と結婚した。夫のデザインする服を着て髪を切り見違えるようになったジェインのパーティには、有名人が集まってくるようになった。その魅力は奇抜なデザイン洋服の着こなしと話が面白いことだった。その話の中身とは。
「ジゴロとジゴレット」Gigolo and Gigolette
リヴィエラのカジノの出し物で、18メートルの飛び込み台から火を放ったプールに飛び込む技を披露していたステラは、その昔、弾丸娘と呼ばれてサーカスで危険な技を得意としていた老女の言葉を聞いて、怖気づく。→人気ブログランキング
月と6ペンス/サマセット・モーム 金原瑞人/新潮文庫/2014年
ジゴロとジゴレット/サマセット・モーム 金原瑞人/新潮文庫/2015年
« 深夜勤務 スティーヴン・キング | トップページ | 女帝 小池百合子 石井妙子 »
「翻訳」カテゴリの記事
- “少女神”第9号 フランチェスカ・リア・ブロック(2022.10.20)
- 平凡すぎて殺される クイーム・マクドネル(2022.05.05)
- 葬儀を終えて アガサ・クリスティー(2022.04.19)
- 匿名作家は二人もいらない アレキサンドラ・アンドリュース(2022.03.29)
- TOKYO REDUX 下山迷宮 デイヴィッド・ピース(2022.03.14)
「短篇」カテゴリの記事
- “少女神”第9号 フランチェスカ・リア・ブロック(2022.10.20)
- 脂肪の塊・テリエ館 モーパッサン(2022.09.24)
- 雨・赤毛 モーム短編集Ⅰ サマセット・モーム(2022.08.17)
- ショート・カッツ(2021.08.06)
- ミステリー作家の休日 小泉喜美子 (2021.05.16)
コメント