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アフリカで誕生した人類が日本人になるまで(新装版) 溝口優司

南方起源の縄文人の後に、北方起源の弥生人が入ってきて、置換に近い混血をした結果、日本人は弥生人優位の現在のような姿形になった。

10万年以上前にアフリカを出た人類は、ヨーロッパ南部から中途にかけて住んでいたネアンデルタール人と交配した。アフリカ人の人を除く人々の遺伝子には、ネアンデルタール人由来のDNAが1~4%含まれている。
現代ヨーロッパ人の祖先と考えられているクロマニョン人は、ビタミンDを活性化する紫外線が必要であり、白くなっていった。
Image_20201111165801アフリカで誕生した人類が日本人になるまで

溝口優司
SB新書
2020年10月 ✳︎10

人々は6万〜5万年前までに東南アジアにたどり着き、その中の一部は、そこから北へ、別の一部は南東に向かった。南東に移動した人々は氷期にスンダランド(マレー半島、スマトラ、ジャワ、ボルネオなどの島)から、サフールランド(オーストラリア、ニュージーランド、タスマニなど)へと渡り、遅くとも3万年前頃までにオーストラリア南部に到達した。
スンダランドの人々の子孫がたどり着いた。縄文人の祖先とオーストラリア先住民の祖先は類似している。
海を越えて移動が起こるのは、氷河期で今より海面が100メートルほど低く、陸続きになっていたところがあったからだ。

北に移動した人々は、シベリア、北東アジア、日本列島、琉球諸島を含む南西諸島などに拡散した。日本列島と琉球諸島には4万〜3万年前ごろまでに到達し、日本列島に上陸した人々は縄文人の先祖となった。琉球諸島に上陸した人は港川人の祖先になった。

北東アジアに進んだ人の中には、沿海州からサハリンを抜け、北海道に渡った人たちがいたかもしれない。
シベリアに向かった人々は、遅くとも2万年前ごろまでにはバイカル湖付近に到着し、寒冷地適応して、北方アジア人の特徴を獲得した。この集団はその後南下し、3000年前頃までには中国東北部、朝鮮半島、黄河領域、江南地域などに住み着いた。この中国東北部から江南地域にかけて住んでた人々の一部が、縄文時代の終わり頃に朝鮮半島経緯で西日本に渡来し日本列島に拡散していった。

日本列島には南方起源の縄文人の後に、北方起源の弥生人が入ってきて、置換に近い混血をした結果、日本人は現在のような姿形になった。
弥生人が縄文人に置き換わった理由は、狩猟採取民と農耕民では、人口増加率が著しく異なる。人口増加率は農耕民の方がはるかに高かった。→人気ブログランキング

アフリカで誕生した人類が日本人になるまで/溝口優司 /SB新書/2020年
サピエンス異変-新たな時代人新世の衝撃/ヴァイバー・クリガン=リード/ 水谷淳・鍛原多惠子/飛鳥新社/2018年
絶滅の人類史 なぜ「私たち」が生き延びたか/更科功/NHK出版新書/2018年
爆発的進化論 1%の奇跡がヒトを作った/更科功/新潮新書/2016年
サピエンスはどこへ行く

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