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2020年12月

JR上野駅公園口 柳美里

本書は、2020年の全米図書賞(National Book Awards)の翻訳部門を受賞したことで話題になった。
テーマは、日本の高度成長期の中で不幸の連続である主人公の生涯と、上野恩賜公園を寝ぐらにするホームレスに及ぼす皇族の理不尽である。
なお、上野恩賜公園と呼ばれるのは、寛永寺の境内地が明治維新後に官有地となり、大正13年(1924年)に宮内庁から東京市に下賜されたことによる。
JrJR上野駅公園口
柳美里 (Yu Miri
河出文庫
2017年(単行本2016年)

主人公は天皇陛下と同じ昭和8年に福島県相馬郡八沢村で生まれた。
家は貧しく主人公の下に7人の兄弟姉妹がいたので、国民学校を卒業すると、小名浜漁港に出稼ぎに出た。12歳だった。やがて北海道に渡り、郷里に帰るのは盆暮れだけ。結婚して、昭和35年2月23日、親王殿下と同じ日に長男の浩一が生まれた。
オリンピックの前の年、昭和38年に上野に向かった。仕事はオリンピックの競技場造りで、重機などはなくもっぱら人力だった。

浩一はレントゲン技師の国家試験に受かったばかりの21歳のときに、アパートで突然死んだ。解剖が行われたが死因は不明だった。八沢村での浄土真宗の葬式の模様が描かれる。

60歳で出稼ぎをやめて八沢村に帰った。ところが、今度は妻が寝ているうちに死んだ。動物病院に勤める孫が面倒を見てくれたが、眠れなくなり、家を出て上野に来た。ホームレスになったのは67歳の時だ。故郷に居場所がなかったのだろう。

恩賜公園のホームレスは東北出身者が多い。
園内のレストランは余った料理を外に置いてくれるし、コンビニは期限切れの弁当を並べておいてくれる。それに教会から炊き出しがある。食べ物には困らない。
アルミ缶を集めて売れば金になった。

喪服を着たサラリーマン風の若い男とごま塩頭の会話も、婦人たちの「ルドゥーテのバラ図鑑展」ついての会話も、耳を傾ければ聞こえてくる。
「まもなく2番線に池袋・新宿方面行きの電車が参ります、危ないですから黄色い線の内側までお下がりください」と、上野駅で流れるアナウンスと同じだ。耳を傾ければ、いろいろな音が聞こえてくる。

天皇家の方々が博物館や美術館を観覧される前に、特別清掃がある。テントをたたんで公園の外に追い出される。ホームレスたちは、それを「山狩」と呼んでいる。山狩は現代社会の歪みの象徴的な出来事だ。ホームレスの人々もその痕跡も、皇族方の目に触れさせてはいけないのだ。

その月は5度の山狩があった。上野公園で暮らす500人のホームレスが追い出された。その日は雨が降って寒い日だった。
体調が思わしくなかった。ホームレスたちが「エロっこ映画館」と呼ぶ映画館に入って座席にすわったが、いつもならすぐに眠ってしまうのに目が冴えて眠れなかった。

そして東日本大震災をむかえる。→人気ブログランキング

おばちゃんたちのいるところ/松田青子/中公文庫/2019年
コンビニ人間/村田沙耶香/文春文庫/2018年
JR上野駅公園口/柳美里/河出文庫/2017年

女副署長 松嶋智左

女性副署長を主人公にした本格警察小説。
著者の松嶋智左は元白バイ隊員。経験者だから身にしみているヒエラルキーの微妙な力関係を描いている。大型台風襲来の中で署の駐車場で起こる身内の警察官殺害という特異な密室事件を扱った傑作である。本書は文庫書き下ろし。
Image_20201217102401女副署長
松嶋智左 Matsushima Chisa
新潮文庫
2020年

33年のキャリアを持つ、県内初の女性副署長・田添杏美が、山際にある日見坂署に赴任してきて半年が経った頃、事件は起こった。
8月の初め、大型台風が接近する暴風雨の中、真夜中に、署内の駐車場で胸をナイフでひと突きされ警察官が殺された。

事件の捜査の先頭に立つ刑事課の強面の大男・花野課長は、「犯人はまだ署内にいる、署長といえども外に出すな」と命令する。花野の荒っぽいが犯人を確実に検挙してきた実績は、多くが認めるところだ。花野は杏美も署長も捜査の対象だという。杏美は頭に血が上った。

殺害現場の駐車場は監視カメラの死角になっていた。しかも、折からの暴風雨で血液も足跡も流されてしまった。
捜査課は全署員の事情聴取を行っている。調べが進むと殺された鈴木係長は、何人かの署員に金を貸していたことがわかった。

署員と交際している署長の娘に聴取しようとする花野に、杏美は直轄の警ら隊を署長宅の警備に当たらせ待ったをかけた。そこで、杏美と花野の間に火花が散る。警ら隊が署長や副署長の配下にあり、捜査課の花野がどうすることもできないという構図は、警察官を経験したからこそ気づくアイデアだろう。

花野は杏美に詰め寄る。かつて、杏美が別の署にいたときに、留置した被疑者の身体検査を怠って麻薬所持を見落とした若い警察官を、杏美は処分するよう上に申し出た。その警官は辞職した。花野はその若い警官を可愛がっていたという。なぜ処分を求めたかを花野は杏美に問いただした。公にされていないが、杏美には処分を訴える確固たる正義があったのだ。

署内で署員がおそらく署員に殺されるという前代未聞の事件である。県警の人間が捜査に加わる前に被疑者を挙げなければ、日見坂署の署員の面子が丸つぶれになると、杏美は思った。花野も同じ思いだろう。

外では台風が猛威をふるい、署員全員に緊急招集がかけられた。市中では道路の冠水や家屋の倒壊などの被害が出ている。河川の中州に取り残された少年の救助が行われている。

一方署内では、留置所から逃げ出し霊安室に逃げ込んだ女が署員が捕まえられた。この不祥事から殺害事件の犯人が絞り込まれていく。→人気ブログランキング

文豪春秋 ドリヤス工場

日本の文豪たちのエピソードを、4ページの漫画にコンパクトに描いている。エピソードの多くはそれぞれ有名な話であり、文豪たちの愚行や蛮行や奇行あるいは犯行といっていい話である。
著者のドリヤス工場は『有名すぎる文学作品をだいたい10ページくらいの漫画で読む。』(リイド社 2015年)で注目を集めた漫画家。
水木しげると酷似した画風で描く。
作風を真似るやり方として、オマージュ、パスティーシュ、インスパイヤー、コラージュ、パロディ、二次創作・リメイク、盗作・パクリという言葉があり、褒め称えられる行為から逆に訴えられる行為まで微妙に推移している。作者の作品はどれに当てはまるのか。これだけ堂々と真似ていると、尊敬して真似をする「オマージュ」だろう。
Image_20201212145901文豪春秋
ドリヤス工場
文藝春秋
2020年6月

話は文藝春秋社の女性記者と菊池寛の会話によって進められる。
菊池は銅像や額に納められた肖像画として亡霊のように登場する。ジャーナリストであり小説家であった菊池は、文藝春秋社を創設した実業家であり、小説家たちから人望があった。芥川龍之介や直木三十五と深い友情で結ばれていた菊池は、芥川賞と直木賞を創設した人物でもある。文壇の裏話に精通しているから、本作の狂言回しとしては最適の人物だ。

太宰治が自分がいかに芥川賞を獲るにふさわしいかを、延々と綴った4メートルもの手紙を佐藤春夫に送った有名なエピソードを描いている。太宰の章のタイトルは「走れ芥川賞」である。
佐藤春夫との女性をめぐる三角関係にあった中原中也は「三角形の歌」、借金まみれだった石川啄木は「一握の寸借」、文壇、人づきあい、賞が大嫌いだった山本周五郎は「心意気は残った」、孤独を愛した江戸川乱歩は「押入れを旅する男」、イタリアと日本の文化の橋渡しに尽力した須賀敦子の章は「イタリアの旅人たち」である。
作家の生き様をパロディ化したタイトルに、ついニンマリしてしまう。→人気ブログランキング

ねじまき少女 パオロ・バチガルビ

2009年のヒューゴー賞やネビュラ賞など主要なSF賞を総なめにした作品。
地球温暖化が深刻な石油枯渇後の近未来、海面の上昇による水没を免れたタイのバンコクが舞台である。海岸には防潮堤がはりめぐらされている。
周辺の国々は軒並み疲弊しているが、唯一タイ王国は栄えていて、バンコクは雑多で不潔だが活気にあふれている。
Image_20201210142101ねじまき少女
パオロ・バチガルビ/
田中一江・金子浩
Image_20201210142102ねじまき少女
ハヤカワ文庫
2011年

海藻を燃やしてエネルギーを獲得し、機械や設備は人力やゼンマイで動いている。象の遺伝子を操作したメゴドントを使ってゼンマイを巻かせて動力源としている。
遺伝子操作の弊害により、動植物にも人間にも深刻な病気が蔓延している。それゆえ、病気に耐性のある作物を販売するカロリー企業が隆盛を誇り、カロリー企業から耐性種子を購入しない限り農作物の生産ができないという状況である。

政治状況は、「子供女王陛下」が幼少のため、ソムデット・チャオプラヤ宰相が摂政として君臨している。その下で、カロリー企業と組んで対外開放政策を推し進めようとする通産省のアラカット大臣と、国外からの遺伝子侵入を食い止めようとする環境省のプラチャ将軍とが対立を続けている。
環境省の検疫取締部隊である白シャツ隊が幅を利かせ、民衆を威圧し賄賂をとっている。

バンコクには、カロリー企業の関係者であるファラン(西洋人)やイエローカードと呼ばれる中国系難民がいて、その他、本書の主人公である「ねじまき」がいる。ねじまきは遺伝子操作により日本で作られたアンドロイドで、タイでは違法な存在である。主人に従うようにプログラムされ、肌が滑らかになるように毛穴を少なくしているので、ちょっとした動作ですぐにオーバーヒートしてしまう。ねじまきは新人類とも呼ばれ、バクテリアや寄生虫に感染する危険がない。

こうした複雑な状況の中で、5人の主な登場人物の視点で物語は書かれている。
まずは、ねじまきのエミコ。帰国した日本人の持ち主にバンコクで捨てられた。SMストリッパーであり娼婦。北にあるという新人類の町に行くことを夢見ている。
ファランのアンダースン・レイクはカロリー企業の経営者。タイの市場に出回る農産物の動向を調査し、種子バンクの遺伝子情報を入手しようと画策する。
アンダースンの工場で働くイエローカードの老人ホク・センは、マレーシアでの中国人大虐殺の難を逃れてバンコクに流れてきた。
ジェイディー・ロジャナスクチャイは、悪名高き白シャツ隊の隊長であるが、市民から「バンコクの虎」と慕われている。ムエタイのチャンピョンでもある。
白シャツ隊の副官である女性カニヤは、幼い頃に、白シャツ隊に住んでいる村を破壊され家族を殺害されたために笑いを失ってしまった。ジェイディーを尊敬している。

後半は、主要人物の殺人事件が起き、バンコクの町は内戦状態となる。
ともかく入り組んだストーリーであり、登場人物の一覧表がなく、呼び名も複数ある。たとえば、「ねじまき」は「新人類」と書かれたり、蔑称である「ヒーチー・キーチー」と呼ばれたりして読むに手こずる作品であるが、読後は満足感にどっぷり浸ることができる。→人気ブログランキング

マダム・タッソーがお待ちかね ピーター・ラヴゼイ

オールタイムベストの常連作品。
1888年、ロンドンの写真館の助手が毒殺された。写真館のミリアム・クロウマー夫人は助手から恐喝されていた。ミリアムはデカンターで客に提供するワインに青酸カリを入れ、自殺に見せかけて助手を殺すつもりだった。しかしワインを飲んだ助手は断末魔の苦しさに床を叩いて暴れ、それに気づいた従業員が医者に連絡をした。ミリアムが外出から帰ってくると写真館には警察が来ていた。
Photo_20201205124501マダム・タッソーがお待ちかね
ピーター・ラヴゼイ/真野明裕
ハヤカワ・ミステリ文庫
1986年

さかのぼること5年前、絵画のモデルに使うという理由で、ミリアムは他のふたりの娘と裸の写真を撮られた。助手はその写真を手に入れミリアムを強請っていたのだ。収監されたミリアムは、公判の2日前にあっさり自白した。そして絞首刑の判決が下った。刑が執行されれるのは2週間後である。

事件には不可解な点がある。ミリアムはなぜあっさり自白したのか。さらに、自白調書には青酸カリが保管されていたスティール・キャビネットの鍵についての供述が曖昧であった。二つあった鍵の一つは夫のハワードが持っていて、もう一つは殺害された助手のポケットにあった。ミリアムはどうやって鍵を手に入れたのか。
事件当日、ブラントンで肖像写真家連盟年次総会が開かれていて、それに出席していたミリアムの夫であるハワード・クロウマーのチョッキからぶら下がっている鍵が写っている写真が、『写真ジャーナル』に載っている。その写真の切り抜きが内務大臣に送りつけられた。そこで、スコットランド・ヤードのクリップ部長刑事に密かに再捜査が命じられた。

クリップ刑事は夫・ハワードに面会し、怪しげな写真を売る店の店主から話を聞く。さらに、写真を撮られたほかの二人の娘の消息を探った。そして最後に死刑を待つ身のミリアムに直接面会する。

死刑執行人ベリーの行動が滑稽で不気味だ。
本書の冒頭で、ベリーの家の中が描写される。家には何人かの死刑囚の写真が飾られていて、そこにベリーの写真も追加することを妻が提案する。ベリーはその提案をまんざらでもないと思うのだ。
ベリーはロンドンに赴き、ハワードから直接話を聞き、写真を撮ってもらう。そのあとニューゲイト監獄の典獄と会う。さらにマダム・タッソー館を訪れる。
死刑執行人は受刑者の服装を含めた所持品を貰い受けることができる。ベリーは、話題性があるミリアムの蝋人形は、処刑が行われるその日に、展示されるだろうと踏んでいた。ミリアムが処刑の時に着ていた服で一儲けできると目論んでいた。
公開処刑が禁止されたビクトリア時代の今、死刑囚の蝋人形を見ようと人形館に押しかけるのだ。

原題は「Waxwork」と味気ないが、邦訳のタイトルは飛び抜けてうまい。まさにマダム・タッソーはミリアムの絞首刑を今か今かと、美貌のミリアムの蝋人形を作成して待っているのだ。本作はオールタイムベストの上位にランクされる実力を備えている。→人気ブログランキング

煙草屋の密室/ピーター・ラヴゼイ/ハヤカワ文庫/1990年
マダム・タッソーがお待ちかね/ピーター・ラヴゼイ/ハヤカワ文庫 /1986年

ママはなんでも知っている ジェイムズ・ヤッフェ

ブロンクスにひとりで暮らすママのもとに、金曜日の夜に息子夫婦が訪れて、ママの自慢の手料理をご馳走になるのが習慣になっている。息子のデイビッドはニューヨーク市警殺人課の警察官である。捜査が暗礁に乗り上げている事件について、ママにせがまれて話をする。話を聞いたあと、ママはいくつかの質問をして、豊富な人生経験と人間の心理を読み解く力で、事件を解き明かしてしまう。ママは安楽椅子探偵の天才なのだ。
本書は8話からなる連作短編。謎解きの手はずといい、ストーリーの運び方といい、著者の筆運びは見事だ。オールタイムベストの常連作品。
Image_20201202122201ママはなんでも知っている
ジェイムズ・ヤッフェ/小尾芙佐
ハヤカワ文庫
2015年

ママはデイビッドが警察官になったことに、ふたつの理由で反対している。危険であることと、知性と頭脳を必要とする職業につくべきだという理由である。

ママはちょっとばっかり耄碌しているのか、それとも耄碌したふりをしているのか、時々、単語を間違えそれを直そうとしないが、推理は確かだ。心理学の学位をもつ嫁のシャーリイはちょっとした嫌味を口にする。しかしママも負けてはいない。デイビッドは、嫁姑間のいさかいに発展しないように口を挟み火種を消すことに、ー余念がない。

殺人課におけるデイビッドの存在価値は、ママの家でママに情報を提供するためにあるといっても過言ではない。デイビッドは、ニューヨーク市警に勤めて5年になるが、大半の事件をママに解決してもらっている秘密を、だれかが嗅ぎつけるのではないかとびくびくしているというから、実に情けない。

寡婦であるママはまだたったの52歳、息子夫婦はデイビッドの上司である独身の警部を食事会に招いた。ママはまんざらでもなさそうだった。

ママの結婚前夜の事件を書いた最終章「ママは憶えている」で、ママの母親について語られる。そこでの母親の事件の解決ぶりはあざやかである。ママの安楽椅子探偵の才能は、母親ゆずりなのだ。
ユダヤ人の家系なので、ところどころでユダヤのしきたりが顔を出す。例えば、シナゴーグの話とか、肉を牛乳で煮てはいけないとか。→人気ブログランキング

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