マダム・タッソーがお待ちかね ピーター・ラヴゼイ
オールタイムベストの常連作品。
1888年、ロンドンの写真館の助手が毒殺された。写真館のミリアム・クロウマー夫人は助手から恐喝されていた。ミリアムはデカンターで客に提供するワインに青酸カリを入れ、自殺に見せかけて助手を殺すつもりだった。しかしワインを飲んだ助手は断末魔の苦しさに床を叩いて暴れ、それに気づいた従業員が医者に連絡をした。ミリアムが外出から帰ってくると写真館には警察が来ていた。
![]() ピーター・ラヴゼイ/真野明裕 ハヤカワ・ミステリ文庫 1986年 |
さかのぼること5年前、絵画のモデルに使うという理由で、ミリアムは他のふたりの娘と裸の写真を撮られた。助手はその写真を手に入れミリアムを強請っていたのだ。収監されたミリアムは、公判の2日前にあっさり自白した。そして絞首刑の判決が下った。刑が執行されれるのは2週間後である。
事件には不可解な点がある。ミリアムはなぜあっさり自白したのか。さらに、自白調書には青酸カリが保管されていたスティール・キャビネットの鍵についての供述が曖昧であった。二つあった鍵の一つは夫のハワードが持っていて、もう一つは殺害された助手のポケットにあった。ミリアムはどうやって鍵を手に入れたのか。
事件当日、ブラントンで肖像写真家連盟年次総会が開かれていて、それに出席していたミリアムの夫であるハワード・クロウマーのチョッキからぶら下がっている鍵が写っている写真が、『写真ジャーナル』に載っている。その写真の切り抜きが内務大臣に送りつけられた。そこで、スコットランド・ヤードのクリップ部長刑事に密かに再捜査が命じられた。
クリップ刑事は夫・ハワードに面会し、怪しげな写真を売る店の店主から話を聞く。さらに、写真を撮られたほかの二人の娘の消息を探った。そして最後に死刑を待つ身のミリアムに直接面会する。
死刑執行人ベリーの行動が滑稽で不気味だ。
本書の冒頭で、ベリーの家の中が描写される。家には何人かの死刑囚の写真が飾られていて、そこにベリーの写真も追加することを妻が提案する。ベリーはその提案をまんざらでもないと思うのだ。
ベリーはロンドンに赴き、ハワードから直接話を聞き、写真を撮ってもらう。そのあとニューゲイト監獄の典獄と会う。さらにマダム・タッソー館を訪れる。
死刑執行人は受刑者の服装を含めた所持品を貰い受けることができる。ベリーは、話題性があるミリアムの蝋人形は、処刑が行われるその日に、展示されるだろうと踏んでいた。ミリアムが処刑の時に着ていた服で一儲けできると目論んでいた。
公開処刑が禁止されたビクトリア時代の今、死刑囚の蝋人形を見ようと人形館に押しかけるのだ。
原題は「Waxwork」と味気ないが、邦訳のタイトルは飛び抜けてうまい。まさにマダム・タッソーはミリアムの絞首刑を今か今かと、美貌のミリアムの蝋人形を作成して待っているのだ。本作はオールタイムベストの上位にランクされる実力を備えている。→人気ブログランキング
煙草屋の密室/ピーター・ラヴゼイ/ハヤカワ文庫/1990年
マダム・タッソーがお待ちかね/ピーター・ラヴゼイ/ハヤカワ文庫 /1986年
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