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2021年2月

チョンキンマンションのボスは知っている

著者は立命館大学教授、文化人類学者。
著者のフィールドワーク「力」は凄い。武器は旺盛な好奇心と行動力そしてスワヒリ語だ。女だてらに(差別語か?)、魔窟と呼ばれる香港のチョンキンマンションにひとりで長期間滞在して、調査を進めた。
著者は、本書で2020年度の大矢壮一ノンフィクション賞と河合隼雄学芸賞を受賞した。
Photo_20210226082201チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学
小川さやか
春秋社
2019年 ✳︎10

著者は、幸運にもスワヒリ語を話せるということで、カラマというチョンキンマンションのボスに出会うことができた。
カラマは51歳、中古車ディーラーである。2000年代初頭にタンザニアから香港にやってきた。香港ではビザなしで3ヶ月滞在できるから、中国本土やマカオに出て香港に再入国することを繰り返し、香港に長期滞在した。
タラマは儲けた金で、郷里で様々な事業に投資した。農地を購入し農産物加工工場を建設し、親族経営のガソリンスタンドを経営し、スーパーマーケットを建設中である。地元の子ども達に服を贈ったり慈善活動もしている。

カラマのスマホのアドレス帳には、タンザニアの上場企業の社長や政府高官からドラッグディーラーから売春婦、元囚人まで多種多様な知人・友人が登録されている。
カラマのところには毎日のようにタンザニア人が相談にくる。カラマはこれまで見ず知らずの若者を含め膨大な数の人間を世話してきたが、「ついでに」適当にやっているからできるのだという。

チョンキンマンションは5棟で構成されていて、1、2階は店がひしめき合い、3階から17階までは安宿が入っている。刑期を終えた人物や、難民や亡命者、不法滞在者、売春婦たちが住んでいる。彼らは何か起きたときに正規のルートを頼ることは難しい。タンザニア香港組合が結成されるきっかけとなったのは、タンザニア人の死だった。
遺体を母国に送ろうにも、家族に経済的な力がない。そこでカラマが代表を務め、書記官と5人の委員を選出した。彼らは中国と香港に滞在していたタンザニア人たちに寄付を募り1万1000ドルを集めることに成功し、遺体を無事家族の元に届けた。その後定期的に会合を持つようになり、タンザニア香港組合が発足した。
やがてタンザニア人だけではなく、ケニア人、ウガンダ人も加えた東アフリカ共同体香港組合が設立された。

脛にキズをもつ者が商売をして行くには、通常社会とは違ったルールが存在して当然だろう。彼らはフェイスブックやインスタッグラムなどの複数のSNSのプラットフォームを活用して「TRUST」という仕組みを構築した。ブローカーが商品を購入する資金が足りないときは、「TRUST」を通じクラウドファンディングから資金を調達して顧客に商品を売る。その儲け分はファウンディングの出資者にも分配される。専用のサイトがあるわけではない。顧客は「THRUST」を通じて購入する場合もあるし、香港まで来てブロカーが同行して購入することもある。

航空会社の優待メンバーになれば手荷物や受託荷物の制限重量も増える。スーツケースの空きスペースに、「ついでに」売ろうとする携帯電話を入れてもらうのである。
「ついでに」いかに便乗するかが重要なのだ。コンテナの隙間に鉄筋を積んでもらい、それがたまり、ビルを建てるしかないなということになって、ホテルを立てることにしたと、カラマはいう。相手は「ついでに」の見返りは求めない。

商売のためにSNSで、羽振りの良さを喧伝していることもあって、香港のタンザニア人多くは、実態はどうあれ母国の人々には、海外でぼろ儲けしていると思われている。
インスタグラムの写真や動画によって築かれるのは、「見せかけ」「まやかし」による信頼である。少なくとも星印や点数と違い、自己顕示力や承認要求、趣味や個人的な好き嫌い、心情や主義、日々変化する喜びや悲しみなど全てを盛り込んだ、より生々しい姿を通じ、すなわち数値化できない個人に対する人格的な理解や関心を基本として、商売を動かしている。
香港のタンザニア人たちは他者への支援に関わる細かなルールを明確化していない。彼らは効率性や便宜性をともに生きることを、より優位に置いたり信頼の格付けを目指すのとは違う回路で商売を実践している。

そして、私たちは必ずしも危険な他者や異質な他者を排除しなくともシェアできるということを考える一歩になれば幸いだという。→人気ブログランキング

俺はエージェント

帯の「元厚労事務次官・村木厚子さん絶賛‼︎」に惹きつけられた。氏は巻末の解説を担当している。
スパイ小説好きの俺こと村井がいつもの居酒屋で飲んでいると、白川さんに電話がかかってきた。「コベナント」とひと言が告げられたいう。
店を出ると、近所のボロ屋に連れて行かれ、白川さんは村井に「私に従うほうがいい、君は『コベナント』に巻き込まれている」といった。「コベナント」とは極秘ミッションの発動を伝える暗号である。
Photo_20210219140801俺はエージェント
大沢在昌
小学館文庫
2021年

74歳の白川さんは冷戦時代に組織された国際諜報組織オメガの凄腕エージェントだった。コードネームはA5、5人目のエージェントである。オメガはアルファという組織と敵対している。アルファは自分たちの利益を追求する組織だ。
村井が軽自動車で白川さんを拾おうとしていると、居酒屋の女将が「八百屋に乗っけてって」と乗り込んできた。待合わせの場所に着くと、白川さんは女将を撃ち殺した。理由は女将はアルファの手先で、村井を殺そうとしたからだという。こうして村井は憧れのエージェントの世界に足を踏み入れた。
村井は両親が離婚した後父親に引き取られ、父親が亡くなり郷里に親戚はおらず、母親とは音信不通であり、エージェントとしてはもってこいの天涯孤独の身だった。

村井と白川さんはオメガのマドンナA2に会う。マドンナといっても白川さんより年上の白髪の老女だ。孫の茶髪のミクは、A2によってエージェントの心得が仕込まれていて、筋がいいらしい。

一方、オメガとアルファの上をいくキングダムという組織は、先進国の官僚OBで構成されている新しい組織だ。世界を自分たちの手で動かそうと目論んでいる。
「コベナント」が発令されたことで、登場人物の立場の違いが浮き彫りになっていき、現在の思惑と昔の遺恨とが交錯する。

なぜ冷戦時代のエージェントが腰をあげなければならないのか。官僚OBがキングダムを組織する理由は何か。いつまでも自分の居場所を求めようとする老人たちの欲望か。それは、なかなか正体が明らかにならない「コベナント」を発令した人物とともに謎なのだ。

2010年、当時厚労省局長であった村木厚子氏は、障害者施設に郵便料金を優遇した罪で逮捕され収監された。しかし大阪地検特捜部が証拠を改竄していたことが判明し、逆に主任検事が逮捕された。
手柄を立てなくてはならないという地検の焦りが証拠を改竄して事件を作り出しのたと同じ理由で、本書ではリタイヤした者の未練が問題を引き起こしていると、村木氏は分析している。→人気ブログランキング

現代日本を読むーノンフィクションの名作・問題作

大宅壮一ノンフィクション賞は1970年に創設された。本書は大宅壮一ノンフィクション賞受賞作を中心に解説している。
ニュースは事実を伝える。小説は作者の内面から出てくるものを伝える。ノンフィクションはその中間にあるという。ニュースに近くなれば無味乾燥な情報でしかなくなるし、小説に近づき過ぎれば作り手の主観が入りすぎるものとなってしまう。
ノンフィクションの話題作をみれば、その時代が見えてくる。
Photo_20210217082201現代日本を読むーノンフィクションの名作・問題作
武田徹
中公新書
2020年

水俣病を世に知らしめた『苦海浄土』を書いた石牟礼道子は、第1回(1970年)の大宅壮一ノンフィクション賞の受賞を辞退した。その理由は「一人でいただく賞ではない。水俣病で死んでいった人々や今なお苦しんでいる患者がいたからこそ書くことができた。わたしには晴れがましいことなど似合わないので断る」というもの。
『苦海浄土』は著者の聞き書きと捉えられていたが、実際は創作であった。著者はこの作品がノンフィクションの賞に値するか自信が持てなかったのではないかと、分析する。
『苦海浄土』が連載された同人誌の編集長であった渡辺京二は、『苦海浄土』は私小説であるといっている。ところが、『苦海浄土』は公害告発本として祭り上げられた。石牟礼道子は賞を辞退したことにより、住民たちが見たもの、感じたことを自分の内面を経由してリアルなものとして、描く特権を認められたのだという。

第2回(1971年)受賞作は、イザヤ・ペンダサンの『日本人とユダヤ人』。
最初は外務省で読まれ、次に通産省や大蔵省に飛び火した。出版社は山本七平が運営する零細の山本書店だった。初版2500部だったが、最終的には角川文庫を含めて300万のベストセラーになった。
この後イザヤ・ペンダサンは、朝日新聞の本多勝一と誌上で激論を交わすことになる。
この論争を機に、イザヤ・ペンダサンの正体を暴く動きが加速する。イザヤ・ペンダサンは山本七平であると正体が明らかになっても、山本七平は自ら名乗らなかった。

1979年、沢木耕太郎の『テロルの決算』が大宅壮一賞を受賞した。『テロルの決算』は公安にマークされていた右翼活動家山口二也が、1960年10月12日に社会党委員長浅沼稲二郎を暗殺した事件を扱ったものである。
ニュージャーナリズムについて、ノンフィクションライターを自認する沢木耕太郎は、①《全体への意志》と、細部の持つ面白さを起爆剤として物語を推進させる。②《細部への執着》の2点にある。
アメリカでは「ニュージャーナリズムは見てきたような嘘を書く」といわれた。語り手が物語の外にいて、登場人物が三人称に描かれるのが、ニュージャーナリズムの文体である。

ノンフィクションとジェンダーの章では、『誰も書かなかったソ連」(鈴木俊子)『淋しいアメリカ人』桐島洋子、『なんで英語やるの?』中津燎子、『私を抱いてそしてキスをして』家田荘子、『プロレス少女伝説』井上真木子、が紹介されている。

『こんな夜更けにバナナかよ』(渡辺一史、2004年受賞)は、進行性筋ジストロフィーの患者が、バナナを食べたいと言った時に、ボランティアの介護者がつぶやいた言葉がタイトルになっている。ボランティアも筆者もこのカリスマ的な病人の暴君ぶりに振り回される。そして読み終わると介護のノウハウを体験できる「ビルドゥングスロマン(教養小説)」であるとする。

そして相反するアカデミズムとジャーナリズムについて言及する。アカデミズム界の住人が、俗に流れがちなマスコミ関係者を見下し、逆にジャーナリズム側ではアカデミズムの人々の世間離れを嘲笑することが繰り返されている。

『美しい顔』(北条裕子)は、2018年に群像新人文学賞を受賞したが、厳しい非難にさらされた。『美しい顔』は創作小説である。 高校生の頃、準ミスに選ばれたことがある私は、震災で母が行方不明になり、母を探す娘としてマスコミの注目を浴びる。そして母が下半身を失い、顔を半分無くした姿で発見されるが、化粧を施され美しかったという内容だ。
他の作品からの転用があり盗用疑惑が持ち上がり、セーフかアウトかが微妙な作品である。
『救急精神病棟』(野村進)も、ノンフィクションかフィクションかが問題となる。書き手の意志と読み手の受け取り方による。

〈『捏造の科学』は犯人探しを焦るのではなく、構造的な問題の究明に重点置くことになった。事実を淡々と追うのではなく、そこにあった人々とのさまざまな関わりを総合してゆくことで先端科学の世界の全体像を描き出す。こうして"事件"を契機に科学報道から科学フィクションへと筆を進めた〉という須田桃子の姿勢は、犯人が確定していない事件の的を射た描き方だとする。

著者はあとがきのなかで、〈物語を構想するノンフィクションの想像力は、ジャーナリズムの事実的な文章に文脈を与える。ストレートニュースであれば、孤発例としか思えなかった断片的な事実が、長い時間、広い空間のなかでつながりを得て、ひとつの事件の全体像を作り上げる。こうして断片的ではない出来事、事件、人物そのものと対面できる。それは紛れもなくノンフィクションの最大の魅力であろう。〉と、書いている。→人気ブログランキング

現代日本を読むーノンフィクションの名作・問題作/武田徹/中公新書/2020年
女帝 小池百合子/石井妙子/文藝春秋/2020年
チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学/小川さやか/春秋社 /2020年
合成生物学の衝撃/須田 桃子/文藝春秋/2018年

推し、燃ゆ

〈推しが燃えた。ファンを殴ったらしい〉という文章からはじまる、女子高生の生き樣を描いた作品。著者の宇佐美りんは21歳。今期(2021年1月20日)の芥川賞を受賞した。「推し」とは、「あたし」こと山下あかり16歳が、追いかけるアイドルの上野真幸のこと。男女混成アイドルグループ「まざま座」のメンバーである。
Image_20210211110201推し、燃ゆ
宇佐美りん
河出書房新社
2020年

あかりの友人の成海は、ライブの後のチェキ撮影で触れ合えるメンズ地下アイドルに熱を上げている。あかりは推しに触れたいとは思わない。プラトニックにということだ。

あかりの部屋は推し中心にアレンジされている。最も目立つところに推しのサイン入りの写真が飾ってあって、周りは推しのメンバーカラーの青や水色や紺色の額縁に入ったポスターで飾られている。推しに対するあかりの思いは鬼気迫るものがある。
あかりは定食屋兼居酒屋でバイトしていて、1時間働くと生写真1枚が買える、2時間働くとCD1枚が買える、1万円稼いだらチケット1枚になる。
バイトで稼いだ金をつぎ込んでCDを50枚も買って投票したのに、グループ内順位は1位から5位に転落した。暴力をふるったことが響いたのだ。あれだけのことがあっても、応援してくれたことに感謝すると、推しは挨拶した。

あかりは推しの事件以来、歯車が狂ってぐじゃぐじゃになっていく。「もう生半可に推せなかった。あたしは推し以外に目を向けまいと思う」と決めた。バイトではミスを連発するし、このままだと留年になってしまうと担任に言われる。そして祖母が死んだ。無断欠勤が続き、バイトは辞めさせられた。高校も中退する。

推しの同棲が報道された。解散会見が行われ、推しは左薬指に指輪をはめていた。推しがいようといまいと関係がない。あかりは推しが住んでいるとSNSで流れた住所に行く。家に帰ってきて、綿棒のケースを床に投げつけた。綿棒を拾いながら、どうして普通の生活ができないのだろうと悲嘆にくれる。

本書は同年代の支持ばかりでなく大人たちの支持も得て、ベストセラーになっている。→人気ブログランキング

スイート・ホーム殺人事件

スイート・ホーム殺人事件の原題は、Home Sweet Homicide、1944年に発表されたオールタイムベストの常連作品。本書は新訳版。
ミステリ作家のシングルマザー・マリアンが育てる3人の子どもたちは、隣の家の殺人事件をマリアンが解決すれば宣伝になって、ミステリ書きの仕事が楽になると思っている。自分たちで事件の目処をつけて、マリアンが解決したことにしようとする。さらにマリアンと、事件担当のビル・スミス警部補が結婚してほしいと願っている。なんとも子どもらしい発想だ。
Photo_20210204083601 スイート・ホーム殺人事件
グレイグ・ライス/羽田詩津子
ハヤカワ・ミステリ文庫
2009年

カーステアズ家の長女14歳のダイナは忙しい母親の代わりを務めるしっかり者、12歳の次女エイプリルは学校で演劇クラスに入っていて、持ち前の演技力で関係者から情報を引き出していく。末っ子の10歳のアーチーは、2人の姉のいじられ役だが、外では悪ガキを統率する力を持っている。新聞記者だった父親はアーチーが生まれるとすぐに亡くなった。
マリアンは子ども達を信頼しているし、子ども達はミステリ書きで忙しくて家事ができないマリアンに代わって、手分けして家事をこなしていく。だから、家事作業の描写がしょっ中出てくる。子ども達は、タイプライターに向かうマリアンに、夕食を部屋まで運んでいくは、食後のコーヒーやタバコと灰皿を持ってくるはと、献身的にサービスする。
母の日に、それぞれが工夫を凝らしたプレゼントをマリアンに贈るシーンは心が暖まる。

隣のサンフォード家から、銃声が2回聞こえてきて、1台の車が猛スピードで走り去っていった。そして2台目の車も走り過ぎた。そのあと隣の家の前にコンパーチブルが停まり、女優のポリー・ウォーカーが降りてきて、家の中に入り悲鳴をあげて飛び出してきた。ミセス・サンフォードが銃で撃たれて死んでいたのだ。ポリーが警察を呼んだ。
そこで現れたのが、独身のビル・スミス警部補と「9人の子どもを育てた」が口癖のオヘア部長刑事。
子ども達が殺人事件をマリアンに話すと、それどころじゃない執筆が忙しいと乗ってこない。

5年間空き家だった建物が放火され、サンフォード宅から警察官が離れた隙に、ダイナとエイプリルはサンフォード宅に忍び込み、ミセス・サンフォードが保管していた書類と、肖像画の目に撃ち込まれた弾丸をくり抜いて持ち去った。弾丸は32口径の銃から発せられたもの。殺害に使われた拳銃は45口径だった。
火事の最中に、3ブロック離れた家のプールで三流のギャングが銃で殺され、ミセス・サンフォードが殺された銃と同じ銃が使われていた。

エイプリルとダイナは、サンフォード宅から持ち出した書類を調べはじめる。そこには、ミセス・サンフォードが強請りに使っていた関係者たちの書類であった。
サンフォードの家を警官が見張っているのに、近所に住む老婦人が入り込んで盗みを働こうとするし、ポリーの弁護士も無断で家に入ろうとして、警官にたしなめられる。さらに画家が藪の後ろに消えて、サンフォード家に入り込むチャンスをうかがっている。書類を盗み出そうとしているのだ。
殺されたミセス・サフォードが強請りなので、真犯人らしい人物が次々に登場する。
そしてミセス・サンフォード殺害事件と過去の未解決の殺人事件とのつながりが浮かび上がってくる。

子どもたちは、ビル・スミス警部補をディナーに招待して、マリアンとの仲を取り持とうと計画する。それにしても、カーステアズ一家は実に微笑ましい。まさにスウィートホームだ。→人気ブログランキング

人新世の「資本論」

人類の経済活動が地球に与えた影響があまりに大きいとして、オランダのノーベル化学賞受賞者のパウル・クルッツェンは、産業革命以降を「人新世」(Anthropocene アントロポセン)と名付けた。人新世は人類が地球を破壊し尽くす時代だという。著者は、人新世の危機を乗りきる手段を『資本論』をテキストにして考察する。資本主義を止め脱成長コミュニズムに移行しなければ、気候変動は止められないという。世界の注目を集めたトマ・ピケティの論理を超える処方箋を提案した。
Image_20210201102501人新世の「資本論」
斎藤幸平
集英社新書
2020年

スウェーデンの当時15歳のグレタ・トゥーンベリは、2018年にポーランドで開かれた第24回気候変動枠組条約締約国会議(COP24)に集まった190か国の大人たちを前にして、蛇蝎のごとく訴えた。「あなたたちが科学に耳を傾けないのは、これまでの暮らし方を続ける解決策しか興味がないからです。そんな答えはもうありません。あなたたち大人がまだ間に合うときに行動しなかったからです」と核心をついた。あなたたちとは、ドイツの社会学者ウルリッヒ・プラトンとマルクス・ヴィッセンが「帝国的生活様式」と呼んだライフ・スタイルを送る先進国に住む私たちのことだ。グレタはZ世代の象徴的な人物の一人である。1990年後半から2000年に生まれたZ世代はデジタル・ネイティブであり、最新のテクノロジーを自在に操りながら世界中の仲間と繋がっている。この世代は新自由主義が規制緩和や民営化を推し進めてきた結果、格差や環境破壊が深刻化していく様を体験しながら育った。このまま資本主義を続けていってもなんら明るい展望はないと実感している。今まで人類が使用した化石燃料の約半分が、冷戦が終わった1989年以降のものだ。ベルリンの壁が崩壊し、さらにソ連が崩壊したことによって、アメリカ型の新自由主義が旧共産圏の廉価な労働力や市場に目を向けたのだ。

気候変動はどの程度の危機的状況なのか。2020年6月にシベリアで気温が36℃に達した。永久凍土が融解すれば多量のメタンガスが放出され、気候変動は加速される。北極圏の永久凍土から大量の水銀が流出したり、炭疽菌のような細菌やウイルスが解き放たれるリスクもある。科学者たちは、2100年までの気候上昇を産業革命前の1.5℃未満に抑え込むことを求めている。すでに1℃上昇しているから、すぐに行動しなくてはならない。具体的には2030年までに二酸化炭素排出量をほぼ半減させ、2050年までに0にしなければならない。もし現在のまま排出し続ければ2030年までに気温の上昇は1.5℃を超え、2100年には4℃上昇すると予測されている。このままであれば、地球は人類が生きられない環境になってしまうという。
昨年11月、菅首相が所信表面演説で、国内の温暖化ガスの排出を2050年までに「実質ゼロ」にすると表明したのは、COPの試算に基づくものだ

資本主義は人間だけでなく、自然環境からも掠奪するシステムである。そして限度を知らない。資本主義は負荷を外部に転嫁することで経済成長を続けていく。そうした「外部化」がうまくいっていたあいだは、先進国に住む私たちは環境危機に苦しむこともなく豊かな生活を送ることができた。矛盾をどこか遠いところに転嫁し、問題解決の先送りを繰り返してきたのだ。「グローバル・サウス」とは、グローバル化によって被害を受ける領域ならびにその住民を指す。

国連は、国際目標として17のグローバル目標と169のターゲットからなる「SDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)」を掲げている。後戻りできなくなるまでの時間なかで、大胆な政策が先進国で議論されるようになった。「グリーン・ニューデール政策」は再生可能エネルギーや電気自動車を普及させ、大型財政出動や公共投資を行う。そうして安定した雇用を作り出し、景気を刺激することを目指す。果たしてこんなうまい話があるのだろうか。著者は実例を挙げてグリーン・ニューデール政策は、二酸化炭素排出量を下げることができないとする。電気自動車によって削減される世界の二酸化炭素量はわずか1%である。バッテリーの大型化による製造過程で二酸化炭素を多く発生するからだ。グリーン技術はその生産過程までみると決してグリーンではない。「脱成長」の選択肢を取らない限り、解決はありえないという。資本主義の歴史を振り返れば、国家や大企業が十分な規模の気候変動対策を打ち出す見込みは薄い。SDGsもグリーン・ニューデール政策も、気候を人工的に操作するジオエンジニアリングも、気候変動を止めることができない。SDGsは、気候変動に対して何かいいことをしていると免罪符を与える現代のアヘンであると断言する。脱成長を選択せざるをえないときに、資本主義の仕組みはいくら修正しても立ち行かないのだ。

著者はトマ・ピケティの考えとの違いを明確に示している。ピケティは行きすぎた経済格差の解決策として累進性の高い課税を提唱した。その後、労働者たちが生産を自主管理・協同管理する参加型社会主義を訴えている。しかし脱成長を受け入れていないことと、租税という国家権力に依存するところが問題であると指摘している。著者は解決策をカール・マルクスの『資本論』に求めている。マルクスは晩年、地質学、植物学、鉱物学などの自然科学を研究して膨大な研究ノートを残している。過剰な森林伐採、化石燃料の乱費、種の絶滅などのエコロジカルなテーマを、資本主義の矛盾として扱うようになっていった。最終的には100巻に及ぶメガ(MEGA)と呼ばれる新しい『マルクス・エンゲルス全集』( Marx-Engels-Gesamtausgabe)の刊行が進んでいる。そこにはマルクスの研究ノート、図書館での書き抜き、アイデアや葛藤も含まれている。『MEGA』を丹念に読み解くことが、現代の気候危機に立ち向かう武器になるという。

『資本論』を、脱成長コミュニズムという立場から読み直すことが必要であるという。コミュニズムの「コモン」とは社会的に人々に共有され管理されるべき富のことである。コモンは、水や電力、住居、医療、教育といったものを公共財産として自分たちで民主的に管理することを目指す。脱成長コミュニズムへの変換項目として、⑴使用価値経済への転換、⑵労働時間の短縮、⑶画一的な分業の廃止、⑷生産過程の民主化、⑸エッセンシャル・ワークの重視を挙げている。資本主義の虚の部分を削ぎ落とさなくてはならない。具体的な目安は1970年代の生活レベルである。
脱成長コミュニズムの5本の柱について説明する。⑴使用価値経済への転換:マルクスは「価値」と「使用価値」という商品の属性を区別した。資本主義は価値を求めるが、必ずしも使用価値(有用性)を求めるわけではない。希少性の増大が商品としての価値を増やす。希少性を人工的に生み出すのは、ブランド化や広告である。有用性を重視する使用価値経済への転換しなければならない。
⑵労働時間の短縮:使用価値の経済に向けた転換のためには、労働時間の短縮が根本条件である。GDPには現れないQOLの上昇を目指す。
⑶画一的な分業の廃止:労働者や消費者を支配しやすい閉鎖的技術中心の経済、すなわち利益優先の経済から脱却して、使用価値の生産に重点をおいた経済に転換しなくてはならない。
⑷生産過程の民主化:知識や情報は社会全体のコモンであるべきなのだ。
⑸エッセンシャル・ワーキングの重視:現在高給を取っている職業として、マーケティングや広告、コンサルティングそして金融や保険業などがあるが、こうした職業は重要そうに見えるものの、社会の再生産にはほとんど役に立っていない。
エッセンシャル・ワーキングとは、主に医療・福祉、農業、小売・販売、通信、公共交通機関など、社会生活を支える仕事をいう。

2020年1月にバルセロナが発表した「気候非常事態宣言」は野心的であるという。2050年までの脱炭素化という目標をしっかりと掲げている。自治体職員の作文でも、シンクタンクが作成したものでもなく、この宣言は市民の力の結集である。行動計画には包括的かつ具体的な項目が240以上並ぶ。二酸化炭素排出量削減のために、都市公共空間の緑化、電力や食の地産地消、公共交通機関の拡充、自動車・飛行機・船舶の制限、エネルギー貧困の解消、ゴミの削減・リサイクルなどの全面的な改革プランを掲げている。

先送りするだけの国連のSDGsは批判されなくてはならい。トップ・ダウンではなく、バルセロナのようにボトム・アップでなければだめだ。そして著者は読者に行動を起こすようにと呼びかける。3.5%の人々が動けば何かがが起こるという。→人気ブログランキング

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