チョンキンマンションのボスは知っている
著者は立命館大学教授、文化人類学者。
著者のフィールドワーク「力」は凄い。武器は旺盛な好奇心と行動力そしてスワヒリ語だ。女だてらに(差別語か?)、魔窟と呼ばれる香港のチョンキンマンションにひとりで長期間滞在して、調査を進めた。
著者は、本書で2020年度の大矢壮一ノンフィクション賞と河合隼雄学芸賞を受賞した。
チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学 小川さやか 春秋社 2019年 ✳︎10 |
著者は、幸運にもスワヒリ語を話せるということで、カラマというチョンキンマンションのボスに出会うことができた。
カラマは51歳、中古車ディーラーである。2000年代初頭にタンザニアから香港にやってきた。香港ではビザなしで3ヶ月滞在できるから、中国本土やマカオに出て香港に再入国することを繰り返し、香港に長期滞在した。
タラマは儲けた金で、郷里で様々な事業に投資した。農地を購入し農産物加工工場を建設し、親族経営のガソリンスタンドを経営し、スーパーマーケットを建設中である。地元の子ども達に服を贈ったり慈善活動もしている。
カラマのスマホのアドレス帳には、タンザニアの上場企業の社長や政府高官からドラッグディーラーから売春婦、元囚人まで多種多様な知人・友人が登録されている。
カラマのところには毎日のようにタンザニア人が相談にくる。カラマはこれまで見ず知らずの若者を含め膨大な数の人間を世話してきたが、「ついでに」適当にやっているからできるのだという。
チョンキンマンションは5棟で構成されていて、1、2階は店がひしめき合い、3階から17階までは安宿が入っている。刑期を終えた人物や、難民や亡命者、不法滞在者、売春婦たちが住んでいる。彼らは何か起きたときに正規のルートを頼ることは難しい。タンザニア香港組合が結成されるきっかけとなったのは、タンザニア人の死だった。
遺体を母国に送ろうにも、家族に経済的な力がない。そこでカラマが代表を務め、書記官と5人の委員を選出した。彼らは中国と香港に滞在していたタンザニア人たちに寄付を募り1万1000ドルを集めることに成功し、遺体を無事家族の元に届けた。その後定期的に会合を持つようになり、タンザニア香港組合が発足した。
やがてタンザニア人だけではなく、ケニア人、ウガンダ人も加えた東アフリカ共同体香港組合が設立された。
脛にキズをもつ者が商売をして行くには、通常社会とは違ったルールが存在して当然だろう。彼らはフェイスブックやインスタッグラムなどの複数のSNSのプラットフォームを活用して「TRUST」という仕組みを構築した。ブローカーが商品を購入する資金が足りないときは、「TRUST」を通じクラウドファンディングから資金を調達して顧客に商品を売る。その儲け分はファウンディングの出資者にも分配される。専用のサイトがあるわけではない。顧客は「THRUST」を通じて購入する場合もあるし、香港まで来てブロカーが同行して購入することもある。
航空会社の優待メンバーになれば手荷物や受託荷物の制限重量も増える。スーツケースの空きスペースに、「ついでに」売ろうとする携帯電話を入れてもらうのである。
「ついでに」いかに便乗するかが重要なのだ。コンテナの隙間に鉄筋を積んでもらい、それがたまり、ビルを建てるしかないなということになって、ホテルを立てることにしたと、カラマはいう。相手は「ついでに」の見返りは求めない。
商売のためにSNSで、羽振りの良さを喧伝していることもあって、香港のタンザニア人多くは、実態はどうあれ母国の人々には、海外でぼろ儲けしていると思われている。
インスタグラムの写真や動画によって築かれるのは、「見せかけ」「まやかし」による信頼である。少なくとも星印や点数と違い、自己顕示力や承認要求、趣味や個人的な好き嫌い、心情や主義、日々変化する喜びや悲しみなど全てを盛り込んだ、より生々しい姿を通じ、すなわち数値化できない個人に対する人格的な理解や関心を基本として、商売を動かしている。
香港のタンザニア人たちは他者への支援に関わる細かなルールを明確化していない。彼らは効率性や便宜性をともに生きることを、より優位に置いたり信頼の格付けを目指すのとは違う回路で商売を実践している。
そして、私たちは必ずしも危険な他者や異質な他者を排除しなくともシェアできるということを考える一歩になれば幸いだという。→人気ブログランキング
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