ミステリー作家の休日 小泉喜美子
どんでん返しや息詰まる駆け引きが、肩の力が抜いた歯切れのいい文体で綴られる。著者は歌舞伎と外国ミステリーに詳しい。歌舞伎物が1遍、歌舞伎『弁天小僧』を下書きにした作品が1遍ある。
ミステリー作家の休日 小泉喜美子 光文社文庫 2019年 ✳︎8 |
「ミステリー作家の休日」
初冬の夕方、女流推理小説家の家に電話がかかってきた。相手は「殺す。お前ら二人を殺す。明日の午後」と言って一方的に電話を切った。再び電話が鳴ったとき、女史は受話器を取らなかった。夫は留守だ。
缶詰のボルシチにアレンジを加えたツマミでウイスキーを飲んでいると、再び電話が鳴った。一度切れてまた鳴りはじめたとき、受話器を取って「この糞馬鹿野郎」と叫んで切った。
2回目3回目4回目の電話が誰からかかってきたかを推理する。『九マイルは遠すぎる』を例にとって女史は解説する。出版社の担当者は、そのエピソードを書いてみたらどうかという。
「昼下がりの童貞」
局長室にふんぞり返って葉巻に火をつけた初老の男に、新入社員の頃の話を訊きたいと新米の青年記者は言った。
戦後すぐの頃に、男は横浜支局に学生アルバイトとして雇われた。ちょっとした英語をゆくゆくはしゃべりたいと思っていたが、仕事は買い物の使い走りと新聞のバックナンバーの整理、広告文を東京本社まで届けることだった。
本社に向かう途中、手にしていた5枚の原稿が風に持っていかれ、洋館の庭で5枚目を見つけた。そこで女に声をかけられ、お茶を飲んでいくように言われた。そこまで聞いて、記者は面白い話だから記事にしましょうという。
男はその屋敷に女子高校生がいたことにした。
「ダイアモンド」
将来有望な野球選手が9回表2死二三塁でピンチヒッターに立ち三振に倒れた。
その足で喫茶店に入ると、女性がなんで9回裏をやらないのかと、息巻いている。野球選手は説明したがわかってくれない。女性は舞台俳優だという。劇は殺人も起きないし警察も出てこないそれでミステリだと舞台俳優はいう。
その舞台女優との仲は発展したが、父親が大の野球嫌いであった。野球選手が彼女の家に行くと、恋敵の舞台監督が彼女の家にいた。カーラジオから緊急ニュースが流れ、父親がプレイしているゴルフ場で爆発が起こったという。ゴルフ場に駆けつけると、父親はいなかった。そもそも父親はゴルフ場の会員でないという。家に戻ってくると、父親のベンツから野球少年たちが降りてきた。そして、父親は妻と妻の両親からプロ野球選手のになることを反対された過去を話した。野球選手と舞台女優は結婚して、今のところ幸せに暮らしている。
「青い錦絵」
歌舞伎『弁天小僧』を下書きにしている。
おれと女の二つの視点で描かれる。
夏の夜に、おれは潜水服とシュノーケルに身を包んで南伊豆の海岸小岩場にいる。親父は時化で溺死し、そのあと母親も死んだ。ツノダシという深海魚を捕獲して、それを鑑賞するための水槽や細々とした付属品を売って生活が成り立っている。
岬の白い家、そこには美人の女が一人で住んでいて、誰とも付き合わない。水槽と周辺機器と生きた魚を売りつけると、言い値で買ってくれた。
女は男の魂胆を見抜いている。酒を飲ませて男が持参したウエットスーツを着させてシュノーケルをつけて、窓から海に転落させた。そして、男が設置した水槽も窓から捨てた。
「紅い血の谷間」
兄の千也は歌舞伎の女形として称賛をあつめているが、弟の千二郎はできが悪いと、もっぱら噂されている。千二郎は、バーに行ってジョージアナにいつもの『紅い河の谷間』をリクエストをして、ウイスキーのソーダ割りを1杯だけ飲むそれが楽しみだった。
初日を数日後に控えた夜、千二郎は「あの子を養子にしたときは」という、父母の話を聞いて愕然とした。
千也は婚約者に逢いに行くときに、車で人影を轢いたが、そのままやり過ごした。そして、千也は車で壁に激突し自殺した。
ここから話は急展開する。養子だったのは千也の方で、千二郎は実子だった。はてさて、すべてを継いで重圧に耐えて生きていけるのだろうか。ジョージアナとの関係はどうなる?
「本格的にミステリー」
ミステリー作家の美幽子が自殺した。教えてくれたのは千果子だった。3人は同じ大学のグループだった。
千果子によれば1週間前から行方がわからなくなって、同棲相手が失踪届けを警察に出していた。湖のほとりで女の投身自殺があった。同棲の男は忙しいからいけないと断ったらしい。死体が上がったわけではなくて、所持品がおかれていたという。
3人はミセス・レイ主催のポプリ展覧会の会場での、3人のエピソードが語られる。
そして6か月後、美幽子の遺体は発見されていない。出張から帰ってきた夫にミセス・レイのポプリの匂いが鼻をくすぐった。
「あじさいの咲く料理店」
紫陽花が見事なフランス料理店の話。雇われシェフの独白の形で物語が進む。
オーナーとおかみさんが田舎に紫陽花亭というフランス料理店を開くと、オーナーが病気で亡くなった。そこに私が入った。徐々に繁盛し、オーナーが植えた7本の紫陽花が毎年見事に咲いた。ある日オーナーの弟が店に現れ、食事をした。そのうちに仲間のヤクザを連れてきて飲食するようになり、客は店を敬遠するようになった。
そのうち弟が姿を見せなくなった。ごろつきの弟がいなくなった翌年、7本の紫陽花の1本だけ色が違って咲いた。それが噂になり、ついに警察が庭を掘り返したが、死体は出てこなかった。
「パリの扇」
パリで実業家岩井原平次郎氏夫人が危うく殺されかけた事件について話す。
1930年代のパリ。ぼくは新進演出家としてパリで勉強していた。レヴュー団の花形だった23歳の彼女が、その3倍の年齢の男の後妻として嫁いだのだ。船でアメリカを経由して新婚旅行を兼ねてパリに着いた。パリの一流ホテルで2人を迎えた。そこに、男装の麗人海野都も現れた。
そしてぼくは3人をエスコートすることになった。本場のレヴューでの駝鳥の大羽根扇かざした踊り子たちがコーラスする様に感激していた。ぼくはそうした踊り子たちが身につけているものを買い込んでいた。
下宿に寄ってみますかという誘いに3人が乗った。3人をもてなしていると隣に住むアルベールとフランス語を教えてもらっているガストンが現れた。そこで岩井原が1週間「R」に泊まっているから遊びに来てくれと、社交辞令を口にした。これが、ことの発端だ。
翌日、警察から岩井原夫人が襲われて怪我をしたと連絡が入り、「R」ホテルにに駆けつけた。結局は、件のフランス人2人が岩井原氏に対する同性愛行為の未遂を、岩井原夫人に目撃されたことに動転し、夫人を殴ったというものだった。→人気ブログランキング
殺人は女の仕事/光文社文庫/2019年
ミステリー作家の休日/光文社文庫/2019年
女には向かない職業/P.D.ジェイムズ/小泉喜美子訳/ハヤカワ文庫/1987年
時の娘/ジョセフィン・ティ/小泉喜美子/ハヤカワ文庫/1977年
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