バサラ将軍 安部龍太郎
南北朝の争いによって朝廷の権威が失墜した南北朝時代は、人々が己の力だけを頼りに生き始めようとした時代である。その象徴的な言葉がバサラ(婆娑羅)だ。バサラとは梵語で金剛石のこと。この時代に、バサラは神を恐れぬ勝手放題、贅沢三昧な振る舞いを指す言葉になっていた。その典型的な人物が足利尊氏の配下の高師直や佐々木道誉である。
本書には、南北朝の不安定な時代を背景に描かれた、視点の異なる珠玉の短編6編が収録されている。
バサラ将軍 安部龍太郎 文春文庫 1998年 |
「兄の横顔」
尊氏は心のままに振る舞い、実務はからっきしだめで、もっぱら弟の直義が実務にあたったといわれている。
直義は隠岐から戻った後醍醐天皇の寵姫阿野廉子に大塔宮(護良新王)が、皇位を奪う野心があると吹き込んだ。尊氏は六波羅に残り、直義は大塔宮を奉じ関東武士を統率するために、執権として鎌倉に入った。大塔宮の動きが不穏である。父・後醍醐天皇によって大塔宮は鎌倉に幽閉され、直義は大塔宮を土牢に入れた。
信州から北条の残党が鎌倉に攻め上がってきた。数で及ばない直義は尊氏に援軍を要請したが間に合わず、直義は大塔宮を殺害して鎌倉から逃れた。直義が尊氏と合流したのは、三河であった。直義は尊氏に大塔宮を殺害したことを告げた。これで足利一族は朝敵となったのだ。尊氏が全ての責任を直義に取らせるために、大塔宮を鎌倉に下したのではないかと疑った。
「師直の恋」
高師直は、公家の牛車に嫌がらせをしている佐々木道誉の家来を叩き斬り一喝した。その牛車には妙齢の女性が乗っていた。十指に余る側室を抱えた38歳の師直はその女性に一目惚れをした。師直の妻は父から強引に押し付けられた女だった。
後醍醐天皇に仕えていた侍従の話から、師直が恋する女性は葵といい、30歳ばかり歳上の塩冶判官高貞の妻だとわかった。占部兼好に恋文を代筆してもらうことになった。葵はその手紙を半分読んで捨てたという。
侍従が、3人の子持ちの化粧を落とした面相を一度まともの見た方がいいという。そして師直は湯から上がった葵の姿を目にした。
「狼藉なり」
高師直の盟友土岐頼遠が酔って上皇に狼藉をはたらいた。重臣たちが評定を行ない死罪と結論を出した。切腹ではなく斬首である。師直は頼遠に結果を告げると、頼遠は受け入れるという。師直はどうにかするから美濃に逃れていろという。南朝派が兵を蓄えているが師直は放っておいた。いずれ合戦で武勲をあげてきた頼遠の力が必要になると踏んでいた。しかし、頼遠は大殿(足利尊氏)に判断を仰いだ。
「知謀の淵」
新田義興は南朝の後醍醐天皇側についた。竹沢右京亮は畠山国清から新田義興にとり入り騙し討ちにせよと命じられたのだ。足利側で生きるためにはこの機会を逃してはならない。恩賞は望みどおりにとらすという。
竹沢右京亮は、義興の乗った舟に水が入るよう細工を加え義興を討ち取った。勝利の宴で重鎮たちは右京亮を揶揄うような言動をした。かつての主人新田義興を騙し討ちにした自分を快く思わない者がいる。右京之介は卑怯者と罵られ馬鹿にされ、それは止まるところを知らなかった。卑怯者はいつまでたっても卑怯者だった。
「バサラ大名」
後円融帝と足利義満は同じ27歳、従兄弟の関係にある。義満は帝の寵愛深い三条の局をなんとかものにしたいと思っている。日野資康に何とかならないかと持ちかけた。資康はバサラな望みだという。義満の祖父尊氏が北朝を擁立した。幕府の武力無くしては一日たりとも立ち行かない。その弱みに漬け込んでの横暴である。義満は帝の座を狙おうとすらしている。後円融帝は、三条の局の息子6歳の幹仁親王を幼帝にしたて上皇として政治を操ろうとする。三条の局は義満を招いて息子を幼帝にすることを交換条件とした。義満は興醒めし、三条の局を無視することになる。
義満の叔母である崇賢門院が、義満の一連の狼藉を叱責した。あなたが力を失えばあなたに従う者はいなくなるが、帝は徳をもって民の上に立たれている。徳のある者であり続けようと努力することができる。帝が背負っているのはそういう宿命なのだ。帝に誓書を書けという。義満はそれに従った。
「アーリアが来た」
5日前小浜湾に南蛮船が着いた。象が乗っているという。5人の手下を持つ馬借の源太に、若狭屋から象を京に連れていく手配をしろと声がかかった。源太は若狭屋の荷の5分の1を扱えるようにと条件を出した。
幕府には南蛮人が来るのを喜ばぬ勢力がいるという。義満は天皇の座につくつもりだったが、突然死んだ。義嗣と義持が跡目を争い義持が勝ち将軍の座についた。義持は小浜で明との貿易を行おうとしていたが、この計画が義嗣派に漏れたのだ。
黄竹青という少女が象のアーリアの背に乗って操っている。敵は竹青を遠矢で射殺しようとするだろう。そして道中、一行が襲われる。→ にほんブログ村
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