名作うしろ読み 斎藤美奈子
名作を最後の文章から読み解く書評集。
書評の方法として、末尾の一文から攻める手もあることを知らしめてくれた「目から鱗」の本である。この手法でレヴューが通用するのは、すでに評価がおおよそ固まっている作品である。新刊本にこのアプローチはネタバレになるから禁忌だ。
有名な小説の出だしやクライマックスを知っていても、終わりは意外に頭に残っていない。こうして、結末に光を当てると、物語の全体を把握したような気になるから不思議だ。はじめと終わりを把握していれば、当然のことながらクライマックスは掌握ずみだろうから、大方わかったようなものだ。
著者は、うしろにばかりこだわっているわけではない。勘所をびしりと押さえ、カルトなトリビアも披露されるところが嬉しい。
収録されている132冊のうち3冊を取り上げてみる。
名作うしろ読み 斎藤美奈子 中公文庫 2016年 301頁 |
太宰治の『走れメロス』(1940年)の最初はなんとなく覚えているが、最後はどうだったろう。
最初は〈メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。〉最後は 〈ひとりの少女が、緋のマントをメロスに捧げた。メロスは、まごついた。佳き友は、気をきかせて教えてやった。「メロス、君は、まっぱだかじゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、メロスの裸体を、皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ。」勇者は、ひどく赤面した。〉
TVのクイズ番組で、『走れメロス』の最後はどうなったのかという書き問題が出て、誰も答えられなかったことがあった。たまたまその2か月ほど前に『走れメロス』読み返しいたので、末尾を意外に感じたばかりだった。
三島由紀夫の『潮騒』1954年。最後の言葉は〈彼はあの冒険を切り抜けたのが自分の力であることを知っていた。〉これに対して著者は、主人公の新治が船主の娘・初江と結婚し、事業をがんがん拡大する剛腕の社長になるだろうとする。そして日本経済を牽引した世代の恋であり、ラストの一言が高度経済成長開幕宣言に見えてくる、と結論づける。新治の将来を占ってみせる。納得だ。
『園芸家12カ月』(カレル・チャペック 1922年)。「この本を知らないガーデナーはモグリだといっておこう」と著者は始める。分析されているのは園芸ではなく園芸家の生態であるという。最後は〈ありがたいことに、わたしたちはまた一年齢をとる〉。本書をネットで調べたら、新装版が2020年8月に中公文庫から出ている。早速買うぞ。
ところで、本書には続編(『吾輩はライ麦畑の青い鳥 名作うしろ読み』中公文庫 2019年『名作うしろ読みプレミアム』を改題)がある。→人気ブログランキング
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