言語学バーリトゥード Round1 AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか 川添 愛
本の紹介に当たっては、著者を紹介するのがスジだと2週間ほど前に読んだ『批評の教室 ―チョウのように読み、ハチのように書く』(北村紗衣 ちくま新書 2021年)に書いてあった。
で、著者は今は遠ざかってしまったが、言語学を学んでいて、AIに携わったことがあり、プロレスが好きで、出版社名に東大と名がつくが、東大とは一切関係ないという人物。
現在、言語学や情報科学をテーマに著作活動を行っている。本書は、東大出版会が発行するPR紙『UP』に掲載された著者のエッセイをまとめたものというのが、巻末の著者略歴に書いてある。
言語学バーリトゥード Round1 AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか 川添 愛(Kawazoe Ai) 東京大学出版会 2021年 224頁 |
バーリトゥードとは、ポルトガル語で「なんでもあり」という意味で、ここでは、ほぼ「なんでもあり」の最低限のルールで闘う格闘技のこと。シャーロック・ホームズは相棒ワトソンにバリツという日本式柔術を身につけていると話していて、バーリトゥードとバリツは語源が同じかもしれないと思ったが、調べるとバリツは武術を聞き間違えたものとされていて、なんの関係もなかった。
本書を買うことにしたのは〈AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか〉という副題を見たときに、頭の中で滝田ゆうの漫画のように電球が灯り、意味深で不気味な表紙のイラスト(コジマ コウヨウが担当)にも惹きつけられたからだ。即ネットで注文した。なにしろコロナ禍だからネットでの買い物が多い。
「絶対に押すなよ」は、ダチョウ倶楽部の上島竜兵の鉄板ネタだ。罰ゲームを食らった上島が、覚悟を決めて熱湯風呂に入ろうとバスタブの縁に手足をかけて四つん這いになったところで、自分のタイミングでやるから「絶対に押すなよ」と後ろの人物を制するが、真意は押せなのだ。押すなと言いながら押せの矛盾を、AIがどう克服するのかに興味があった。
この項では「意図」と「意味」について考察している。上島の「意図」は「押せ」だが、言葉の「意味」は「押すな」だ。著者は、この相反する状況をAIが理解できるとも理解できないとも断定していないが、ニュアンスは理解が難しいだ。
上島問題はこの項の枕の導入部分だけで、後半は自らの著書『自動人形の城(オートマトンの城):人工知能の意図理解をめぐる物語』(東京大学出版会 2017年)のPRである。それが決して嫌味ではないところが、著者の文章の巧みなところだ。
「宇宙人の言葉」の項では、著者がネットで見つけた「宇宙人の言葉は地球人の言葉とあまり変わらない」というノーム・チョムスキーの発言がネタになる。チョムスキーは、言語学界で「普遍文法」を生み出した巨匠である。プロレスならば力道山のような存在というが、同感だ。表紙イラストでは真ん中に配置されている。なお普遍文法の実証は今も行われている膨大な作業だ。
著者はいくらなんでも、「宇宙人の言葉は地球人の言葉とあまり変わらない」は、ぶっ飛びすぎだと思ったという。そのソースを調べてみると、何年か前に、「われわれは宇宙人の言語を習得できるか」という質問に、チョムスキーは「宇宙人の言語が普遍文法の原理から外れていなければ可能でしょう。言語の構成法が無限であることを考えると、その可能性は低いですね」と答えた。これに尾鰭がついて冒頭の言葉になったのだろうと著者は推論する。
「普遍文法」とは、人間の脳には個別の言葉の知識を生み出す「原型」が内蔵されているというものだ。そのあと普遍文法を俎上に上げて色々論じている。チョムスキーの「普遍文法」は、コンピュータにおけるオペレーションシステムのようなものだと思う。
本書の各項は、落語でいえば枕の部分で読み手を惹きつけ、プロレスネタや芸能ネタを絡ませて言語論を語り、柔らかい話が半分くらい難しい話が半分くらいという配合バランスになっているところがいい。→人気ブログランキング
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