仇討検校 乾禄郎
鍼聖と崇められている杉山検校(杉山和一、1610〜1694年)は、誰もが容易に鍼を打つことができる鍼管を発明し、鍼の施術に革命をもたらした人物である。本書は五代将軍徳川綱吉の御典医に登りつめた杉山検校が、実は贋者に入れ替わっていたという奇想天外の設定である。
仇討検校 乾禄郎 新潮文庫 2020年 698頁 |
島流しの護送船の描写から物語は始まる。八丈島に送られる鍼医だという男に、御典医の杉山検校は餞別を贈り男が乗った護送船を見送った。男は誰なのか。その疑問は最後に明らかにされる。
まずは、柘植(つげ)定十郎と盲目の杉山和一の話が並行して進む。
定十郎は伊賀の出身で父親に実践的な剣術を仕込まれていた。小手を決めてから喉を突くという手順だ。この必殺技が定十郎に災いをもたらすことになる。
高松藩は国元も江戸詰も腐っていた。藩主・生駒高俊の男色の相手をせよと、川又浅右衛門が小姓の山下小右衛門に迫り、拒んだ小右衛門に浅右衛門が斬りかかったところに、定十郎が割って入った。定十郎は浅右衛門の小手を斬り落とし喉を突き殺害した。
定十郎は、浅右衛門の弟川又甚四郎と後見人の長山源之進に、仇討ちの対象として追われることとなった。
一方、伊勢国安濃津(津)藩の家臣の嫡男・杉山和一は11歳のときに、痘瘡にかかり失明した。盲目の和一は手がつけられないくらい暴れるようになった。手を焼いた両親は、和一を江戸の鍼師・山瀬琢一に弟子入りさせた。和一は不器用でいい加減な男で、山瀬はほとほと手を焼き、6年経って破門同然で京の鍼師・入江豊明に紹介した。和一は京に向かう途中、江ノ嶋に立ち寄ったのだ。
定十郎はひと月前から負越人足としてその江ノ嶋に潜り込んでいた。
そこで甚四郎に見つかってしまうが、果たし合いの結果、定十郎は甚四郎を必殺の手順で殺し、源之進の腕を切り落とした。
定十郎は京に向かう座頭の鍼師・和一を偶然にも殺害してしまう。定十郎は盲目の和一になりすまし、京に登って入江豊昭の弟子となった。そして5年が経過し、定十郎は豊明に鍼灸の腕を見込まれ、緑ノ市と改名するようにいわれた。
この辺りから話の方向性が見えてくる。
甚四郎の息子・兵庫介が祖父と父親の又候敵討(またぞろあだうち)に出るという。隻腕の源之進が後見人となった。
藤澤で、兵庫介と源之進が定十郎に出会ったとき、すでに源之進は病魔に襲われていた。定十郎は源之進に鍼を施したが、源之進は亡くなってしまう。施術する定十郎の姿を見て兵庫介はいたく感激し、仇討ちをやめて鍼師になることを決意する。
定十郎は江戸で開業することにし、藤澤の宿屋で定十郎の手伝いをしてくれた女中のおせつを連れて行くことにしたが、おせつには江戸に戻るのに躊躇いがあった。離縁した元夫がいるからだ。
兵庫介が定十郎に弟子入りを志願した。仇討ちを諦めるなら弟子入りを許すと、定十郎は兵庫介の刀を預った。兵庫介は定十郎が又候敵討の相手であることを知らないでいる。
定十郎は和一の修行仲間に正体を見破られその男を殺害した。
そうした厄介事を抱えながらも、定十郎は江戸で大評判の鍼師となっていく。
しかし口入れ屋の寅次が定十郎の素性を掴んで、診療所に顔を出し定十郎を強請った。定十郎の剣の運びから正体を悟られたのだった。虎次はおせつの前の夫であった。
阿漕な寅次は金を届けにきたおせつを強姦し妊娠させてしまう。
妊娠を隠しておせつは兵庫介と夫婦になり、やがて男の子が生まる。しばらくは平穏で幸せな日々が続いた。しかし定十郎と兵庫介は仇討ちの連鎖から逃れられない運命にあった。
ところで、御典医に上りつめた杉山検校は、大奥で思わぬ人物に出会う。それは、定十郎が和一と入れ代わり異例の出世をしたと同じように、仰天ものの大出世をした人物である。そんな仕掛けが組み込まれていて楽しい。
読後、振り返ると、作者の奇想のアイデアがそこかしこに埋め込まれ、それが見事に奏功していることに、改めて感嘆させられる。傑作だ。→人気ブログランキング
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