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2022年11月

2022年11月28日 (月)

一汁一菜でよいと至るまで

料理研究家であった父土井勝とのこと、フラインスの修行時代のこと、その後の料理研究家としての仕事を語り、一汁一菜でよいという考えに至る過程を綴っている。
フランスのごく普通の家庭に下宿したとき、食事は、水から煮たスープとパンまさに一汁一菜であった。スープには胡椒を振ったり、バターを入れたり、それぞれが自分の味を作って食べた。祖母の作るうどんは、具材が多く栄養たっぷりの一汁一菜であった。
Photo_20221128141201一汁一菜でよいと至るまで
土井善晴 
新潮新書 
2022年5月

著者は父と同じように家庭料理を手がける料理人になり、「家庭料理は民芸だ」ということに気づいたという。
柳宗悦は、無名の工人が民衆のために作る日用雑器、そこにスポットライトをあて美を見いだし、「民芸」と呼んだ。
著者は、伝統的で素朴な家庭料理には美がある。それは「民芸」だと言っている。

そして、家庭料理を再定義し「一汁一菜でよいと至る」という考えにたどり着いた。
こう言い切ってしまうと、後戻りはできない。手の込んだ料理とは無縁にならざるを得ない。創作料理にも表向き手が出しにくくなる。
つまりマスコミに登場する機会が少なくなっていくだろう。あえて本書を出した著者には、強い信念を感じる。→人気ブログランキング
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2022年11月16日 (水)

やりなおし世界文学 津村記久子 

有名筋の主に翻訳本の書評を書いたもの。著者はこんなことを書いたら叱られるんじゃないかという恐れがあったが、開き直って書いたという。津村ワールド全開といったところだ。
0a870663266d4057b7876e22836a8ee2やりなおし世界文学
津村記久子
新潮社
2022年5月 336頁

出だしは、『華麗なるグレート・ギャツビー』。ギャツビーの心理ゲームのその様が語られ、俄然読みたくなる。
ヴァージニア・のウルフ『灯台へ』は、1行たりとも気が抜けないと言っている。そんな手強い文体なのか。『ダロウェー夫人』を読んだ限りでは、気が抜けない手強い文体だった。

たまたま、サマセット・モームの『英国諜報部員 アシュンデン』を読みかけたところだ
った。モームは諜報員だったから、個性が豊かな人物たちが次々と現れて、その中には敵の女性スパイもいる。丁々発止のやりとりと、意外な展開が面白い。

かつて、ミステリ好きがミステリを読み始めたのはレイ・ブラッドベリからだと言った。なんでまたレイ・ブラッドベリなんだと思ったが詳しく聞かなかった。ブラッドベリはSFの長老だと思っていたので、ジャンルの違いが意外で印象に残るエピソードだ。本のタイトルを聞かなかったので、ブラッドベリの初期ミステリを集めた『お菓子の髑髏』がそうかなと思った。読んだが、どうもしっくりこない。
『やりなおし世界文学』ではブラッドベリの『たんぽぽのお酒』を傑作だと誉めている。12歳ダグラスの夏の話である。しかし、読んで面白いのだが、その面白さを文章で伝えることができないと、著者は書いている。じゃあ読んでみるか、ということで著者の書評の目論見は達せられた。

著者は中学生のときに『脂肪の塊』を読んだという友人がいて、その言い方に険があるように感じられたという。そのことが頭から離れず、読むことを避けていたというエピソードを書いている。事情は異なるが、『脂肪の塊』は娼婦の話と小耳に挟んでいて、「読まねばならぬリスト」に何十年も挙がっていたものの、つい読みそびれてしまっていたというのが当方の事情だ。それで、『やりなおし世界文学』に後押しされ、読んでみることにした。
結論をいうと、「脂肪の塊」は悲劇、「テリエ館」は喜劇で、両編とも大傑作だ。

読書に関しては中学生から、やり直したいと思っている人は結構いるんじゃないだろうか。そこをうまくついている。この『やりなおし世界文学』は、読書指南書として格が高い。→人気ブログランキング
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ダロウェイ夫人/ヴァージニア・ウルフ/丹治 愛 訳/集英社文庫/2007年
脂肪の塊・テリエ館/モーパッサン/青柳瑞穂/新潮文庫/1951年 

2022年11月 2日 (水)

「推し」の科学 プロジェクト・サイエンスとは何か 久保(川合)南海子

「推し」とは、主にアイドルや俳優について用いられる日本語の俗語である。人に薦めたいと思うほどに好感を持っている人物やモノ、出来事をいう。著者は「推し」を推す(推し活)がプロジェクションそのものだと気付いたのが、本書の出発点だという。

「推し活」のように、自らの働きかけで自分の内部世界とモノや他者といった外部世界をつなぐようなこと、それによる心の動きをとらえる概念は、あまりにも当たり前だったから検討されてこなかった。その概念をプロジェクション(投射)と呼ぶ。プロジェクションは心の働きのひとつで、認知科学から提唱された最新の概念である。
人間の認知機構にまったく新しい解釈をあたえるのがプロジェクション・サイエンス、〈投射の科学〉と呼ばれるものだ。

「推し活」では、ただの物も推しのイメージカラーであると価値の高いものに変わったりする。人間国宝の茶わんと知った瞬間、ぞんざいに扱えなくなるのと同じだ。いずれも、異なる意味づけがされるプロジェクションが起きた結果といえる。

Photo_20221102145001「推し」の科学 プロジェクト・サイエンスとは何か
久保(川合)南海子
集英社新書
2022年8月 251頁

プロジェクションを理解するためには、多くの例に触れるのがいい。
例えば、原作の隙間を埋める外伝(スピンオフ)は、プロジェクションを理解するによい例である。医療におけるプラセボ効果、江戸時代のキリスト教徒をあぶり出す踏み絵はプロジェクションであり、同じものを見ても人と感じ方が違う。時間を変えて見ると、前と感じ方が違う。これもプロジェクション。

作品や「推し」を熱愛するあまりその作品や「推し」の新しい物語を自分で作り出してしまう、ファン行動がある。それが二次創作である。二次創作は漫画やイラストや小説だけでなく、動画やグッズなど多岐にわたる。ここで著作権の問題が生じるが、著作権者や出版社は二次創作に対し見て見ぬ振りをしてきた。今後は著作権者や出版社が現実的な対応を考えていくことになる。

著者は腐女子であることを宣言している。腐女子とは特にボーイズラブ(BL)好む女性のことを指す言葉。腐女子はBLにおき換えて妄想して二次創作をする。それをコミュニティで共有する。これはプロジェクションの共有である。著者は米津玄師の「Lemon」をBLに当てはめて聴いて涙が出たという。

二次創作は科学理論の醸成と似ている。研究者(主体)から仮説(エージェント)が呈示されたら、それに関心を持つ他の研究者たちがそれぞれのやり方で検証をおこなう。その結果は誰もが見ることができるように共有される。さらに新しい検証方法が生まれたり、仮説の修正やバージョンアップがなされたりして、その領域の研究が発展する。ウィキペディアはそうして発展してきた。

サピエンスはプロジェクション能力が優れていたから、進化の過程で登場した他の人類のように死滅することなく生き延びることができた。
自在に操るプロジェクション能力を獲得したのはヒトのみであり、それがサピエンスにおける類を見ない生息域の拡散と文明環境の構築を導いたのではないかという。

裏表紙の著者紹介によると、著者は1974年生まれ。日本女子大学大学院人間社会研究科心理学専攻博士課程修了。心理学博士。日本学術振興会特別研究員、京都大学霊長類研究所研究員。京都大学こころの未来研究センター助教などを経て、現在、愛知淑徳大学心理学部教授。専門は実験心理学、生涯発達心理学、認知科学。著書に『女性研究者とワークライフバランス キャリアを積むこと、家族を持つこと』(新潮社)ほか多数。→人気ブログランキング
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推し、燃ゆ/宇佐美りん /河出書房新社 /2020年

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