グルメ・クッキング

平成・令和 食ブーム総ざらい

本書は、平成元年(1989年)から令和2年(2020年)に至るおよそ30年間の日本の食文化のトレンドを探るものである。網羅的に語られていて、そうだった、そうだと納得させてくれる書きっぷりだ。まさに、平成・令和 食ブーム総ざらいである。
大まかな流れとしては、主に雑誌が発信していた食の情報を、ネットの普及により情報量が圧倒的に増え、グルメが定着した。平成はグルメという言葉が指す範囲が広がった時代だった。また、ブログやインスタグラムの普及により個人が発信する食に関する情報が、飛躍的に増えた。食のトレンドが次々にめまぐるしく変わっていくようになった。スイーツやパンやドリンクに光が当たった。
そして家庭料理をマスコミに登場した料理研究家を論じる。
本書はクックパッドニュースで2018年9月から始まった「平成食ブーム総ざらい!」「あの食トレンドを深掘り!」の連載がベースになっている。
Image_20210123111901 平成・令和 食ブーム総ざらい
阿古真里(Aco Mari
インターナショナル新書
2020年

第1章 情報化が進んだ30年
首都圏情報雑誌『Hanako』(1988年創刊)やグルメ情報誌『danchu』(1990年創刊)が、食トレンドを取り上げてきた。『Hanako』はティラミスを流行らせ、「デパ地下」という言葉を最初に使った。
1983年、『ビッグコミック・スピリッツ』で、グルメうんちく漫画『美味しんぼ』の連載が始まった。
1993年、『料理の鉄人』(フジテレビ系)が始った。そのあと『愛のエプロン』、『どっちの料理ショー』、SMAP×SMAPの『BISTROSMAP』と、料理バライティー番組が受け入れられた。アメリカで類似番組が作られた。
2007年には『ミシュラン東京』が発刊されている。
1998年、佐野陽光が立ち上げた『クックパッド』はレシピ・サービスの巨人に成長した。2020年3月の時点で、月間アクセス数5800万という途方もない数字になっている。

『孤独のグルメ』は、『月刊PANJA』誌上で1994年から1996年にかけて連載された。その後、『SPA!』の2008年1月15日号に読み切りとして復活し、以後『SPA!』上で2015年まで新作が掲載された。 その後映像化され、テレビ東京で放映されている。フリーの輸入雑貨商の井之頭五郎(松重豊)が全国各地に赴いて商談をしたのち、町にひっそりある庶民的な店で一人で料理を満喫するというのがパターン。
2008年、放送が開始されたテレビ東京の『男子ごはん』では、ケンタロウ、栗原心平と、二世の男性料理研究家が総菜を教えた。

2010年代、スマートフォンが普及して、フェイスブックやインスタグラムを始める人が増えた。
飲食店で出てきた料理の写真を撮ることが当たり前になってきた。もともと日本料理はヴィジュアル重視なところがある。ブログにキャラ弁が投稿され話題を呼んだ。
「インスタ映え」は2017年の新語流行語大賞の年間大賞に選ばれた。

第2章 グルメが定着していく時代
1988年6月23日号で『HANAKO』は「デパ地下」という言葉を初めて使った。
1990年代後半、生春巻きを中心にベトナム料理が流行った。
韓国ブームは3回あったが食のブームは2回であった。
2002年の日韓サッカーワールドカップ、2003年『冬のソナタ』、2004年『宮廷女官チャングムの誓い』のヒット。
今回のブームは2018年ごろから。若者受けする、チーズタッカルビ、チーズドック、韓国式かき氷など。

ふたつのチキンライス。昭和のチキンライスはケチャップ味。平成は海南チキンライス、ジャスミンライスに茹で鶏のスライスをのせたもの。シンガポール、マレーシアなどの東南アジアの料理として2010年代半ばから流行っている。
スパイシーカレーは、2010年代半ばごろから流行った。

ゴーヤが注目されたのは、2001年NHKの朝ドラ『ちゅらさん』 の大ヒットによる。
2000年代初めに、空港で売られている「空弁」が流行り始める。それは国内線で機内食を出さなくなったからである。2000年には新幹線の食堂車も廃止されている。高速道路の弁当も「早弁」と呼ばれ人気がある。
赤身肉に注目されるようになり、2013年から熟成肉ブームが始まった。
平成はグルメという言葉が指す範囲が広がった時代だった。
2006年に始まった『B-1グランプリ』(全国のご当地グルメで町おこしを目指す企画)が脚光を浴びたのは2010年頃からだ。
2007年から始まった『秘密のケンミンSHOW』(日本テレビ系)が始まり、さまざまなご当地グルメが紹介されるようになった。
唐揚げ専門店が増えた。ニチレイフーズと日本唐揚げ協会の調べでは、2011年から2018年の間に、唐揚げ店の店舗数が3.4倍になっている。
どこの都市にも大戸屋が進出した。

第3章 スイーツ・パン・ドリンク
1988年、イタリア料理のブームが来て「イタ飯」という言葉が生まれ、デザートのティラミスが注目された。
マカロンがブームになったのは2000代半ばだった。
2005年、ピエール・エルメ・パリの旗艦店が青山にできて話題になった。もう一つマカロンブームに貢献したブランドが、ダロワイヨ。
ティラミスで始まったスイーツのの多彩さを楽しむグルメ化は、マカロンで一つのピークに達した。外国のお菓子を受け入れるようになった。タピオカ、ナタデココ、パンナコッタ、ベルギー・ワッフル、カヌレなど。カラフルな色合いがSNSの発達と重なりブームに拍車をかけた。
チョコミント・ブームが始まったのは2016年頃から。2017年8月にバラエティ番組『マツコの知らない世界』で取り上げられて人気が加速し、その年の夏猛暑も手伝って大ブームとなった。2016年ごろから流行り出した、ビーン・トゥ・バー(Bean to Bar)「カカオ豆から板チョコまで」は、ショコラティエが原材料のカカオ豆の仕入れから関わり、焙煎、成形まで一貫生産することを示す言葉。
2007年頃から、バームクーヘンがデパ地下で人気になった。
2010年ごろから、台湾発、韓国発の頭がキーンと痛くならないかき氷が日本に上陸する。
高級パンは2013年、銀座にセントル・ザ・ベーカリーという食パン専門店ができ、行列になったことから始まる。セブン・イレブンの金の食パンも乃が美も同じ頃。1ジャンルとして定着するのか廃れるのか見守るという。
アメリカのシアトルで生まれたコーヒーチェーン店のスターバックスが日本に上陸したのは1996年。その後日本中に出店網を広げ1581店に及ぶ。映画『ユー・ガット・メール』(1998年)や『プラダを着た悪魔』(2006年)で、スタバからテイクアウトする映像が流され、人気を博していった。
1994年、地ビールの生産が解禁された。2010年代に入ると地ビールはクラフトビールと名を変えて、アメリカからブームが押し寄せた。
緑茶ドリンクの成立。
2019年、タピオカ・フィーバー、ウーロン茶や緑茶にミルクや砂糖を入れてタピオカを加える。

第4章 時代を映す食文化
平成米騒動は1993年。世界的な異常気象で日本は冷夏に見舞われ、コメが200万トン足りなくなる。タイやアメリカから米をを輸入するが、タイ米は独特の匂いが敬遠され不評であった。
2013年『英国一家、日本を食べる』(マイケル・ブース)がベストセラーになる。そこで紹介される日本食文化の独自性を、江戸時代の鎖国により培われたと著者は解説している。
同年『フード左翼とフード右翼』(速水健朗)が発刊される。フード左翼とは食に安全性を求め、フード右翼とは食に値段の安さや量を求める。
遺伝子組み換え食品の商業栽培が1996年アメリカで始まった。遺伝子組み換え食品の問題点は、安全性に疑問があること、生態系に異変を及ぼす。さらに多国籍企業により種子が独占され食糧支配につながること。
スローフード協会は1986年イタリアで設立された
在来野菜とはその土地で代々受け継がれてきた野菜のことである。鹿児島県の桜島大根、京都府の聖護院大根、神奈川県の三浦大根。作り続ける理由はおいしいからだという。
アリス・ウォータースが始めたオーガニックムーブメント。
1/3ルール、賞味期限の1/3以内に小売店に納入し、消費者が購入後1/3賞味期限のを過ぎれば廃棄するというもの。食品ロスを減らすために見直しが迫られている。
コロナ禍とベイキング。コロナで家でパンやケーキやクッキー作りが流行って、小麦粉が高騰しているという。それで、洋菓子店のケーキの値が上がっている。

第5章 家庭料理の世界
1989年、『きょうの料理』で夏休み子ども料理教室が放映された。子ども料理に注目が集まった。買い物から調理まで一人でやる。Eテレで視聴率10%を獲得した。
ここで述べるのは料理技術の平均点が下がっているということだ。
1090年代、栗原はるみが一工夫あるオシャレな料理を教えることでカリスマ主婦と呼ばれ、スターダムにのし上がった。
団塊の世代の料理研究家として、栗原はるみのほかに、山本麗子、藤野真紀子、加藤千恵などが活躍した。
熱狂的栗原はるみのファンはハルラーと呼ばれた。栗原はるみが脚光を浴びたのは1992年に出した『ごちそうさまが、ききたくて。』がミリオンセラーを記録したことによる。家庭を支える主婦が、厳しくやりがいのあるものになりうると伝えた人でもあった。

料理の基礎がなっていない人々が多くなった。そこで、子どもが作る料理をとり上げ、母親からの教えられた料理に自分の工夫を加えた辰巳芳子に触れた。
フランスの食器メーカーから発売された、カラフルな色合いのル・クルーゼがブームになる。
ミールキットの市場が活性化したのは、2013年。売り出したのは有機野菜のインターネット通販のオイシックスである。時間があったら手料理をじっくり作りたいとの願望があるからである。→人気ブログランキング

BUTTER. 柚木麻子

実際の殺人事件を下敷きにしたサスペンス。グルメ小説でもある。
梶井真奈子(カジマナ)は、出会い系サイトで知り合った40代から70代の金持ちの独身男から結婚を餌に金をだまし取って殺した。3件の殺人事件の被疑者として収監され裁判を控えている。カジマナが逮捕間際まで書き続けた美食と贅沢三昧のブログが話題になった。肥っていて美しくもないカジマナがなぜモテたのか、世間では疑問の声が挙がっている。
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柚木麻子(Yuzuki  Asako
新潮文庫
2020年

大手出版社の広報部に勤める33歳の町田里佳は、『週間秀明』を担当するの優秀な記者である。背が高く痩せている里佳は、女子高時代には下級生から人気があった。社会に出てからも、その体型を保つよう食べ物には興味をもたない生活を送ってきた。里佳はマスコミへの登場を拒んでいるカジマナにインタヴューをしようと思い立つ。

大学時代からの親友の伶子は、カジマナがブログに載せていた料理のレシピを教えて欲しいと手紙に書くようにアドバイスした。それが功を奏してカジマナからインタヴューを承諾する手紙が届く。

カジマナが許せないものはマーガリンとフェミニストだと言う。そして里佳にバター醤油ご飯を勧める。里佳はカジマナの言うとおりにバターしょう油ご飯を食べ、ブログに書いてある高級フランス料理店で食事をし、恋人と泊まったホテルを深夜に抜け出してラーメンを食べ、カジマナに絡めとられていく。
里佳はカジマナの取材を始めてから体重が5キロ、10キロと増えていった。

里佳は、殺されたとされる男たちはカジマナの料理を食べて不摂生な生活を送って自ら寿命を縮めたのではないか。カジマナは無罪ではないのかとさえ考えるようになる。すべてを知るために伶子とともにカジマナの郷里に向かった。
伶子はカジマナの母親も妹も変だという。家族に殺人罪の容疑者がいるのに、自信満々で教育論を語る母親は頭がいかれている。妹も都合の悪いことは語っていない。

そしてカジマナから記事執筆の許可が下りる。センセーショナルな記事は脚光をあび、里佳はカジマナの呪縛から解き放たれたかに思われたが、物語はそこで終わらない。

サスペンスとしての出来は大いに称賛する。しかし実際の殺人事件を下敷きにしフィクションとして作品を仕上げたのだから、殺人犯の郷里は架空の町にすべきだろう。→人気ブログランキング

BUTTER/新潮文庫/2020年
ランチのアッコちゃん/双葉社/2013年

男のチャーハン道 土屋 敦

パラパラチャーハンを家庭で作るという至上命題のもとに、文献を渉猟し、プロに教えを請い、創意工夫のもとに試行錯誤を繰り返す。パラパラチャーハンに対する批判にも丁寧に反証しながら、鍋の種類、鍋の温度、ご飯の量、ご飯の状態、油の量、卵の量、混ぜ方、ネギの量、炒める時間などを徹底的に検証する。
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土屋 敦
日本経済新聞出版社(日経プレミアシリーズ)
2018年

そもそもパラパラがもてはやされたのは、食漫画『美味しんぼ』(第4巻1985年)からだという。1990年代のテレビ番組『料理の鉄人』に出演した周富徳がきっかけとなり、チャーハンは中華鍋をあおって作るというイメージが定着していった。中華鍋でご飯を空中に上げたときに、業務用ガスコンロの炎が直接ご飯を包み、水分を飛ばすといわれた。

では、業務用のコンロの火力がなければ、パラパラチャーハンは作れないという「強火神話」は本当か?
家庭用コンロでは、ご飯を投入すると鍋の中の温度が急激に下がる。これを解消すれば、なんとかなると著者は考えた。鍋の温度を230度から250度以下に落とさなければいいことに気づく。ちなみに温度は赤外線センサー付き温度計で計る。

次は玉子コーティングについて。著者が調理関係の書籍を調べた限りでは、1980年代より前つまり1990年代になるまで、玉子コーティングの記述はないという。
あらかじめご飯と卵を混ぜてから炒めるというやり方もあるが、食感はパラパラというよりポソポソ。パラパラチャーハンに卵は必要だが、卵コーティングは重要な要素ではない。

ご飯は、炊きたてはだめで、硬めに炊く必要はない。炊いてから5時間保温したものがいい。前もって、ご飯230gを600W2分20秒電子レンジにかけ温め、かつ水分を飛ばしておく。217gになり水分が5%減った。
インディカ米を使えば苦労せずパラパラになるが、あくまでジャポニカ米にこだわる。
卵も40度のお湯に8分つけて温めておく。

たどり着いた調理の手順は、まず、中華鉄鍋が350℃になったところで、大さじ1杯の太白ごま油を入れ、卵を投入する。ご飯を入れ鍋はあおらない。中華おたまと中華ヘラを使ってまぜる。中華ヘラでフライパンの壁にご飯を押し付ける方法がいい。塩2.1〜2.6gを入れる。粗みじんの白ネギ20gを火を止める寸前に入れる。炒め時間は2分20秒。→人気ブログランキング

男のチャーハン道/日経プレミアシリーズ /2018年
男のパスタ道/日経プレミアシリーズ(日本経済新聞出版社)/2014年

やきとりと日本人 屋台から星付きまで 土屋美登世

かつて、やきとり屋には煙とおじさんとビールか焼酎かコップ酒がつきものだった。ごちゃごちゃ感と一体感が入り混じっていた。ところがやきとり屋でワインが出てくるようになり、柔らかい間接照明の下でBGMはジャズが流れ、女性客が珍しくなくなった。素材はブロイラーから地鶏や銘柄鶏になり、野菜焼きが加わりパテやサラダが登場し、やきとりのコースも一般化した。やがて、『ミシュラン・ガイド』にもやきとり屋が載るようになり、さらに外国人の好きな日本料理の第1位にも選ばれた。
まずは歴史。そもそも、やきとりに関する資料が乏しいという。ここ50年くらいの動きについてすら資料があまり見当たらない。やきとり屋の店主や鶏卸業者の証言を拾い、畜産史や食に関する随筆などで裏付けながらつなげていったという。
Image_20201223105301やきとりと日本人~屋台から星付きまで~
土屋美登世
光文社新書
2014年

文献に鶏が現れるのは『古事記』のなかで天岩戸に天照大神が隠れたときに、尾長鶏が鳴いたというシーンが出てくる、これが最初。
江戸時代後半には軍鶏鍋や鶏鍋が流行った。
やきとりは江戸後期から明治初期にかけて屋台の商売として確立していった。
明治時代までは鶏はもっぱら採卵が目的だったので、廃鶏になってから肉を食べた。
日本橋牡蠣町の「伊勢廣」という鶏肉卸問屋に勤めていた人物が、1921年、のれん分けのかたちで京橋で「伊勢廣」を開業した。開業当時からコース仕立てのメニューだったという。
大正から昭和初期、東京の屋台系はもつ焼きを出していた。鶏もあるが焼き豚ともつ焼きがメインだった。
戦後、やきとりともつ焼きが混沌としていた時代のなかで、やきとりといえば鶏と決定づけた出来事は、1960年頃のブロイラーの登場である。
それまでは、鶏といえば相変わらず採卵のための鶏か、鍋に使われる軍鶏が多かった。

著者はやきとりブームを3期に分ける。
ブロイラーが普及した1960年前後から1970年代までを「第1次やきとりブーム」とする。
バブル期と一致する80年代からの10年間を、「第2次やきとりブーム」と位置づける。地鶏や銘柄鶏が使われるようになり、野菜焼きが一般的になった。『ミシュラン・ガイド東京版・2010年度版』に5店舗が星1つで掲載された。
「第3次やきとりブーム」は、2010年代から。オリジナリティ豊かなメニュー、ワインが取り揃えてあって、カフェ風あるいはビストロ風のおしゃれな店が現れた。→人気ブログランキング

99分、世界美食めぐり

5人の美食ブロガーが、世界各地の星つきレストランをめぐるドキュメンタリー。主人公はレストランや作り手ではなく、あくまで食べ手のブロガーである。
有名ブロガーの食べることに対する考え方や、一流シェフたちの仕事へのこだわりが語られる。食ブロガー必見の映画
51ig9rutlal_ac_99分,世界美味めぐり
原題:FOODIES
監督:トーマス・ジャクソン  シャーロット・ランデリウス  ヘンリック・ストッカレ
製作:スウェーデン 2014年  99分 

音楽のレーベルの元オーナー。
インタビューで店に対し辛口のコメントを発するのは、料理の世界を変えてやるという野心を持っているからだと、大言壮語する。料理は芸術だと力説する。
ニューヨークを拠点にしている。シェフ泣かせの辛口ブロガー。

アンディ・ヘイラー  ブログ
コンピュータのソフトウェア開発で財をなした。ロンドン在住。
ミシュランの三ツ星レストラン109店すべてを食べ尽くした人物。
世界一のカレー料理を求めて、ムンバイの店を探索する。

アイステ・ミセヴィチューテ ブログ
エストニア出身。パリを本拠地にモデルとして活躍している。
日本では、菊乃井(京都)、寿司はせがわ(六本木)を紹介した。
料理を口にする彼女には、修行僧のような鋭利で静謐な雰囲気が漂う。

パーム・パイタヤワット ブログ
シェークスピアを研究しているという。タイのぼんぼん。
ハーフパンツで軽やかに動き回り、日食生活を十分に堪能している感じがする。
食への説得力は今ひとつだ。

ケイティ・ケイコ・タム ブログ
普通のOLと紹介されている。
香港で両親と暮らしていて、自分の給料だけでやっているという。
ニューヨークでは、タイトなスケデュールで1日に複数の店を回る。厨房の中を案内されVIP扱いにご満悦のようである。まだ美食生活に慣れていない様子。

登場するレストランは以下の29店舗、✳︎はミシュランの格付け。

マエモ(オスロ)✳︎✳︎、 ピエール・ガニェール(パリ)✳︎✳︎✳︎、フェ―ヴィケン(エステルスンド スウェーデン)、41°(バルセロナ)、アルサック(サンセバスチャン)✳︎✳︎✳︎、ノーマ(コペンハーゲン)✳︎✳︎、ゼラニウム(コペンハーゲン)✳︎✳︎、イレヴン・マディソン・パーク(ニューヨーク)✳︎✳︎、鮨さいとう(東京)✳︎✳︎✳︎、都寿司(東京)、神保町 傳(東京)✳︎✳︎、菊乃井(京都)✳︎✳︎✳︎、フロコンド・セル(ムジューヴ)✳︎✳︎✳︎、響○軒(マカオ)、アンバー(香港)✳︎✳︎、ボー・イノベーション(香港)✳︎✳︎、龍井草堂(中国 杭州)、ヘドネ(ロンドン)✳︎、サチュルヌ(パリ)、ジヤ(ムンバイ)、シェリー・ターカル・ボージナーラヤ(ムンバイ)、ボラン(バンコク)、ダニエル(ニューヨーク)✳︎✳︎、バー・セ(ニューヨーク)✳︎✳︎✳︎、ル・バーナディン(ニューヨーク)✳︎✳︎✳︎、マレア(ニューヨーク)✳︎✳︎、モモフク・コー(ニューヨーク)、ムガリッツ(サンセバスチャン)✳︎✳︎、 マルティン・ベラサテギ(サンセバスチャン)✳︎✳︎✳︎

食ブロガーに対して、店側の本音は宣伝になるから取り上げて欲しい、ただし悪評は書いては困るという単純なもの。
店は有名ブロガーに対してその影響力を恐れ、他の客とは別格の扱いをすることになる。無料での料理の提供や厨房の中を案内したり、シェフにインタービューしたりする特権が与えられる。そうした扱いを、拒否しようとするブロガーもいれば、受け入れるブロガーもいるだろう。そのあたりのことは、『グルメの嘘』(友里征耶 新潮新書)に詳しい。

最後に、登場したフーディーズたちの体型であるが、3人の若者たちは問題ないが、ふたりの中年男の二重顎とだぶついた腰回りは、複数の生活習慣病を抱えていそうだ。今や、美食家が肥っているというのは説得力に欠ける。→人気ブログランキング

99分、世界美食めぐり』DVD  2014年
美食の世界地図 料理の最新潮流を訪ねて』山本益博  竹書房新書 2014年
二郎は鮨の夢を見る』DVD
エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン』DVD  2011年
グルメの嘘』友里征耶  新潮新書 2009年

ずるずる、ラーメン

ラーメンに関するのエッセイ31作と漫画1作が収録されている。
筆者たちが、ラーメンに求めているのは、ジャンクさである。粗野で正統でないもの、悲哀や懐かしさを感じさせるもの。それゆえ、悲しいかな毒のような扱いをされることがあっても、決して栄養のバランスがいいとは論じられない食べ物が、ラーメンである。
それは、中華料理店のラーメンであろうと、ラーメン屋のラーメンであろうと、インスタントラーメンであろうと同じである。
Photo_20200814084501ずるずる、ラーメン (おいしい文藝)

河出書房新社
2014年

 

・「なんだ、コレハ」のラーメンを食べた話。「駅路地裏裏ラーメンの謎」椎名誠
・ついラーメン3杯を食べてしまった。「度を越す人」宮沢章夫
・なじみのラーメン屋の一時閉店の事情。「相撲とラーメン」川本三郎
・山形の冷やしラーメン。「はっこいラーメン」角田光代
・親父と水商売系の若い女がやっている店。「麗しの愛人ラーメン」池上永一
・旨い味噌ラーメンを出した札幌のラーメン屋が閉店。「幻のラーメン」吉村昭
・天下一品でこってりラーメンと唐揚げ定食をつい食べてしまう。「すべてはこってりのために」津島記久子
・花粉症の原因であるぶた草を探そうと自転車で出かけて、たどり着いたとんでもないラーメン屋。「悪魔のマダム」久住昌之
・天願屋でラーメンを食べる。「静謐なラーメン」町田康
・ラーメンを食べる女性が増えることを願う。「ラーメン女子の実態」島本理生
・外国での取材旅行から帰ったら、絶対ラーメン屋に直行する。「ソウルフードか、ラーメンか?」内澤旬子
・中国で仕事をする弟が日本に帰国したときに食べたがるのはラーメン。「ラーメン」内館牧子
・午後2時のラーメン屋にてラーメンが出てくるまで。「午後2時のラーメン屋」東海林さだお
・札幌のラーメンは帰るための儀式。村松友視
・酒を飲んだ後にラーメンを食べることは、死の欲動(タナトス)としての塩漬けになる、という御高説。「タナトスのラーメン」千葉雅也
・母親と食べた屋台のラーメンにはじまり、冷やし中華は安物にかぎると結ぶ。「屋台のラーメン」林静一
・高校の寮住まいのころの、ラーメン屋と焼肉屋の思い出。「仙台のラーメンとホルモン焼き」丸山健二
・タンメンと焼き餃子は大田区が発祥。「焼き餃子とタンメンの発見」片岡義男
・小津安二郎監督の話。「支那そば大会」池部良
・『にっぽんラーメン物語』に書かれている、日本で最初にラーメンを食べた人物が水戸光圀という説は根拠が希薄である。「日本ラーメン史の大問題」丸谷才一
・真夜中にインスタントラーメンを作って食べる話。「真夜中のラーメン」北杜夫
・日本のラーメン、ワンタンはさっぱり旨くないが、シュウマイはちらほらいいのができるようになった。「ラーメンワンタンシューマイヤーイ」開高健
・台湾で食べた絶品のラーメンと小籠包。「元盅土鷄麺という名のソバ」古波蔵保好
・ニンニクたっぷりのベトナムラーメンを食べさせる店で、エロ写真展を開いた話。「カルロ・パンティとベトナムラーメン」荒木経惟
・行きつけの店で、〆に食べたヨーグルト入りトルコ風ラーメン。「トルコ風ラーメン」馳周
・ラーメン大好き小池さんのお嫁さんが3食手料理を作ってくれるのはいいが、インスタントラーメンを食べたいと言い出せない小池さんの葛藤。「あこがれのラーメン」藤子・F・不二雄/藤子不二雄A
・サッポロ一番みそラーメン歴37年。「わが人生のサッポロ一番みそラーメン」森下典子
・試食したチキンラーメンに始まるインスタントラーメンとの付き合い。「ラーメン時代」曽野綾子
・ビルマでカップヌードルを食べた話。「仏陀のラーメン」沢木耕太郎
・カップラーメンは容器の形が絶妙で量もちょうどいいが、カップ焼きそばは多すぎて持て余すといったようなことが書かれている。「ラーメンに風情はあるか」吉本隆明
・カップラーメンの雲呑麺に書かれている「至福の一杯」という言葉に惹かれる。「最近の至福」江國香織
・節約してラーメンを食べるのは健康という高い代価を払うこと。「ラーメン」石垣りん→人気ブログランキング

フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人 速水健朗

著者は、『ラーメンと愛国』(20011年)で、ラーメンと日本文化について革新的な検証を行った。本書は、毎日繰り返される食と普段は遠いところにあると思われがちな政治とを、斬新な視点で結びつけた画期的な社会学のテキストである。
Image_20210123120501フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人
速水健朗(Hayami Kenrou
朝日新書
2013年

フード左翼とは、野菜中心の低カロリーな健康食を嗜好し、安全のためにお金をかけることを厭わない人たちのことである。地産地消の地域主義で健康思考の側に立つ人たちをフード左翼と呼ぶ。
一方、フード右翼とは、安全や健康を度外視して安さと量を求める。結果として、メガ盛りを好みカロリオーバーの品目を愛する人たちである。ベジタリアンは左翼、ジロリアンは右翼ということになる。
フード右翼とフード左翼の対立軸のひとつは、競争原理が持ち込まれる大量生産・大量消費を選ぶか、大量生産を批判し食の安全性を追求するかである。

アメリカの低所得者に対して食料配給クーポン制度が行われているが、このフードスタンプを利用する負け組が購入するのは、低価格で高カロリーな食品である。アメリカのあとを追いかける日本が、同じ図式に向かっていることは否めないが、日本の場合は必ずしも単純ではないという。

例えば、食の安全を語ることで原発の賛否のスタンスが問われる。その論争は家庭内でも起こりうると指摘する。
また、右翼から左翼になり得ても、左翼から右翼にはなり得ないという。実際、著者は本書の執筆中にフード右翼からフード左翼にスタンスを変えたという。→人気ブログランキング

【食に関する本】
とことん!とんかつ道/今柊二/中公新書ラクレ/2014年
美食の世界地図  料理の最新潮流を訪ねて/山本益博/竹書房新書/2014年
フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人/速水健朗/朝日新書/2013年
クスクスの謎―人と人をつなげる粒パスタの魅力/にむらじゅんこ/平凡社  新書/2012年
冬うどん 料理人季蔵捕物控/和田はつ子/ハルキ文庫  2012年
ラーメンと愛国/速水健朗/講談社現代新書/2011年
世界ぐるっと肉食紀行/西川治/新潮文庫/2011年
高級ショコラのすべて小椋三嘉/PHP新書/2010年
チョコレートの世界史―近代ヨーロッパが磨き上げた褐色の宝石/武田尚子/中公新書/2010年
グルメの嘘/友里征耶/新潮新書/2009年
吉田類の酒場放浪記/TBSサービス/2009年
古きよきアメリカン・スイーツ/岡部史/平凡社新書/2004年
食べるアメリカ人/加藤  裕子  /大修館書店/2003年
至福のすし「すきやばし次郎」の職人芸術/山本益博/新潮新書/2003年
フグが食いたい!―死ぬほどうまい至福の食べ方/塩田丸男/講談社プラスアルファ新書/2003年
カラ-完全版  日本食材百科事典/講談社プラスα文庫/1999年
インスタントラーメン読本/嵐山光三郎/新潮文庫/1985年
アメリカの食卓/本間千枝子/文春文庫/1984年

美食の世界地図   料理の最新潮流を訪ねて 山本益博

かつて、世界の料理をフランスが牽引していた。その伝統はポール・ボキューズ、ジョエル・ロブション、アラン・デュカスと引き継がれていたが、フェラン・アドリアのエル・ブリ(あるいはエル・ジブ)が閉店したあとは、求心力のある料理人がいなくなったという。
今や、エル・ブリで修行したアドリアの弟子たちが、ヨーロッパやアメリカの各地で活躍している。著者はそれらの料理店を食べ歩いて最新情報をレポートしている。
Image_20201208163001美食の世界地図 料理の最新潮流を訪ねて
山本益博(Yamamoto Masuhiro
竹書房新書
2014年

食はファッションと似たようなところがある。
最先端では、ある意味で実験的で斬新な料理が提供されるし、驚くほど高価な料理がある。一方、家庭では普段着を着るように、日常の食卓にのるありふれた料理がある。
パリコレで絶賛されたファッションが庶民におよそ縁がないように、最先端をいく料理店や超高級店は庶民には全く縁がない。ただし、ユニクロを代表とする低価格帯のファッションブランがあるように、料理にはB級グルメの愛すべき世界がある。
料理界のトレンドは、最先端を食べ歩く著者のような人物たちに任せておけばいい。そこからこぼれてくる情報で庶民は十分である。

本書の中盤では、日本料理の最先端の店に触れ、すきやばし次郎を誉め、ミシュランガイドの不可解な採点基準に疑問を投げかけている。
参考までに、すし飯がの良し悪しはかんぴょう巻を食べると一番わかるという。

最後は、日本の食に関しての説教めいたことを書いている。かつては鼻持ちならない自慢こきの美食おやじとレッテルを貼っていたのだが、本物を追求して洗練されてきたのか、説教が的を射ているように思う。
そんなわけで、著者の食に関する集大成といえる本である。→人気ブログランキング

【食に関する本】
とことん!とんかつ道/今柊二/中公新書ラクレ/2014年
美食の世界地図
料理の最新潮流を訪ねて
/山本益博/竹書房新書/2014年
クスクスの謎―人と人をつなげる粒パスタの魅力/にむらじゅんこ/平凡社新書/2012年
冬うどん 料理人季蔵捕物控/和田はつ子/ハルキ文庫 2012年
ラーメンと愛国/速水健朗/講談社現代新書/2011年
高級ショコラのすべて小椋三嘉/PHP新書/2010年
チョコレートの世界史―近代ヨーロッパが磨き上げた褐色の宝石/武田尚子/中公新書/2010年
グルメの嘘/友里征耶/新潮新書/2009年
吉田類の酒場放浪記/TBSサービス/2009年
古きよきアメリカン・スイーツ/岡部史/平凡社新書/2004年
食べるアメリカ人/加藤 裕子 /大修館書店/2003年
至福のすし「すきやばし次郎」の職人芸術/山本益博/新潮新書/2003年
フグが食いたい!―死ぬほどうまい至福の食べ方/塩田丸男/講談社プラスアルファ新書/2003年
カラ-完全版
日本食材百科事典
/講談社プラスα文庫/1999年
インスタントラーメン読本/嵐山光三郎/新潮文庫/1985年
アメリカの食卓/本間千枝子/文春文庫/1984年

至福のすし「すきやばし次郎」の職人芸術 山本益博

銀座の高級寿司店「すきやばし次郎」の主人・小野二郎は、78歳(2003年当時)である。普通ならすでに引退している年齢であるが、第一線の職人として寿司を握っている。寿司職人として円熟の極みに達しているというのは、人が考えること。二郎はまだまだ成長しようの日々努力を重ねているという。
Photo_20201203082401至福のすし―「すきやばし次郎」の職人芸術山本益博 (Yamamoto Masuhiro
新潮新書 
2003年

「掃除をしていてしすぎるということはない。汚れたらすぐに拭けばいい。それが半日もたてば洗わなくてはならない。1日置いたら磨かなくてはならない」と、小野二郎は弟子たちに言う。

フランス料理の天才ジョエル・ロビュションが飛行機に乗っても食べに出かけたい店は、スペインの「エル・ブリ」、「すきやばし次郎」と言っている。
著者は、『東京味のグランプリ』(1984年)に、寿司を食べる順番について、フレンチのコース料理のように、初めはあっさりとした白身、メインデッシュにマグロ、最後にデザートとして玉子焼き、と書いた。これが今では受け入れられている。
この本のテーマ、「すきやばし次郎」の礼賛、著者の推奨する寿司を食べる順序、ジョエル・ロビュションと著者および小野二郎との交流である。

ところで、本名が小野二郎であるのに、店名を『次郎』としたわけは、
「すし屋で二郎じゃ、なんだか間が抜けているでしょ。それで『次郎』としたんです。でも『次郎』と看板を出してから、小野次郎と思う方がずいぶんといらっしゃいます」とのこと(p50)。
気になっていたことだけれど、まあそうだろうなという答えで納得した。

ちなみに、巻末には、「すきやばし次郎」で寿司を食べるノウハウが書かれていて、予算は2万5千円。(2003/4/24)→人気ブログランキング

→【2014.01.27】『二郎は鮨の夢を見る』/2011年/Jiro Dreams of Sushi/米/デヴィッド・ゲルブ

 

グルメの嘘  友里征耶

雑誌や本の飲食店を紹介する記事に、店をけなす内容が書かれているのを目にしたことがない。歯の浮くような誉め言葉が並んでいるのが常である。その理由は、店の欠点が載っている本や雑誌は売れないからだ。
テレビも同じだ。出演者が不味そうに食べたり、「旨くない」と評価したりするグルメ番組は、番組として成り立たない。
こうして批評のないグルメの世界が形作られているという。
Photo_20201124141901グルメの嘘
友里 征耶
新潮新書)
2009年

著者は飲食店を覆面取材し、辛口の評価をブログに載せ雑誌や本に書いている。著者は業界内で恐れられあるいは目の敵にされているライターである。
本書は、今の日本のグルメ界を切って切って切りまくる、超辛口のグルメ論である。

美味しいとしか書かないフード・ライターを、著者はヨイショ・ライターと呼ぶ。グルメの世界は、このヨイショ・ライターでもっている世界だ。
雑誌に連載コラムを持つグルメ界の大御所は「私はこういうものです」と名乗って店に入る。店側は一番いい部屋を用意し、素材をえりすぐり、調理は手を抜かずにもてなす。さらに「御代は結構です」ということになる。こうなれば、大御所はその店を賛美する文章を書くことになる。

料理人の半生を書いた本に対して、著者は次のように切る。
ヨイショ・ライターは、エピソードをでっち上げ、あるいは誇大に膨らませ、料理人を努力の人や天才などと褒め称えるのだ。

グルメ関連ブログについても、手厳しい。
氾濫するブロガーの一番の問題点は、賞賛するだけで、まったく検証や疑問を書き綴っていないことであると指摘する。
身につまされる指摘だが、店の悪口はなかなか書けない。
せいぜい、旨くないと思った料理を旨いとは書かないことだろう。

グルメの世界に喧嘩を売るような過激な内容です。
要は、グルメを語るなら顔を洗って出直せってことでしょうか。

 

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