パソコン・インターネット

『ウェブ小説の衝撃 ネット発ヒットコンテンツのしくみ』飯田一史

出版業界が低迷するなか、唯一、成長している文芸書のジャンルがある。ウェブ小説の書籍化である。いまや日本の小説市場で、ウェブ小説が売上の半分近くを占めているという。
ウェブ小説の投稿プラットフォームが必要とされている理由は、紙の小説雑誌に影響力がなくなったこと、出版社は自前で新しい書き手を発掘し育て売り出すことが難しくなっていることによる。

ウェブ小説の衝撃: ネット発ヒットコンテンツのしくみ (単行本)
飯田 一史(Ichishi Iida
筑摩書房
2016年2月

さらに、小説雑誌の新人賞はもはや形骸化している。
新人賞を獲得しても単行本化してもらえない、出版社から依頼を受けて雑誌に連載したのに単行本にしてもらえない、新人賞をとったのに次の作品を雑誌に載せてもらえない、こうしたことが常態化しているという。
出版業界には、ほんの20年前までは存在していた、自前の雑誌メディアを使って人気に火をつけたり、書き手を育てるという発想はなくなった。出版社がリスクを取らなくなったからだ。
そもそも、月間ユニークユーザー(雑誌購入者)がたった1万人の小説雑誌媒体に、宣伝力があるわけがない。

ウェブ小説の投稿・閲覧プラットフォーム「小説家になろう」は、月間10億PV以上、ユニークユーザーは400万人以上を誇るサイトである。作家登録者は68万人を超え、投稿作品数は36万以上。ユーザーの男女比は6対4。
なお、『君の膵臓をたべたい』(住野よる 双葉社 2015年6月)は「なろう」に投稿され、ベストセラーになった。
「なろう」を運営するのは京都生まれの株式会社ヒナプロジェクト。代表の梅崎祐輔氏が学生だった2004年にサービス開始、2009年に大幅リニューアル、2010年法人化を果たした。
2014、15年には、「小説家になろう」書籍化作品が無視できないほどの売上規模になった。100億円の市場であり、さらなる伸長が期待されている。

既成の出版社が小説投稿プラットフォームを作れない、うまく運用できないのはなぜか。
出版社は有料の電子書籍をどう売るかばかりに注目してきた。そのため、出版業界には「紙の書籍」と「電子書籍」の二択という発想しかなかった。
さらに、意思決定やプロダクト提供に関する考え方の違い(失敗を許さない体質)、エンジニアを採用できない人事制度上の問題、新規事業を展開してこなかったツケ、だという。

「小説家になろう」書籍化作品一覧

『ウェブはバカと暇人のもの』 中川淳一郎

ネットのニュースサイトの編集者であった著者は、ネット流れている情報を知り尽くしている。著者の目でみるネットは次のようなものである。

ネットの使い方を「頭のいい人」「普通の人」「バカ」に分けて、主に「普通の人」「バカ」のことを論じている。
「普通の人」「バカ」の関心事は、あくまでB級テイストなものである。
ネットは暇つぶしの場所であり、人々が自由に雑談する居酒屋のようなところ。そこに長居するのは、暇人である。

ちなみに、著者が断言するネットで受けるねたは以下である。
①話題にしたい部分があるもの、突っ込みどころがあるもの
②身近であるもの(含む、B級感があるもの)
③非常に意見が鋭いもの
④テレビで一度紹介されているもの、テレビで人気があるもの、ヤフートッピックスが選ぶもの
⑤モラルを問うもの
⑥芸能人関係のもの
⑦エロ
⑧美人
⑨時事性があるもの

ネットは本来一緒にいるべきでない両者を、同じ土俵に上げているようなところがある。出会わなかったであろう人と人が交流できるようになって、「すばらしき交流」など生み出すわけがなく、「うんざりするようなドロドロの争い」を生み出す。

ネットはプロの物書きや企業にとってもっとも発言に自由度がない場所である。ネットが自由な発言の場だと考える人は失うものがない人だけである。豊崎由美も『ニッポンの書評』(光文社新書、2011年)で、同じような指摘をしている。

ネット関連の本には、ネットは「農業革命」「産業革命」、それに続く「情報革命」であると書かれている。そしてこれからは特別な時代だと期待されている。そんなことを言うのはネットがわかっていないからだ。ネットはとんでもなく便利なツールである。しかし、ネットによって人生が変わることはない。

著者の意見に賛同する。
テレビ朝日の朝番組では、ヤフーの「リアルタイム検索」のキーワードを紹介するという安易な番組作りをしている。所詮、多くの人はネットを「普通の人」か「バカ」の使い方をしているのだから、そうしたことがまかり通るのだろう。ネットもテレビもそう変わりがないということだ(2009/6/2) 。→ブログランキングへ

『ウェブ進化論』―本当の大変化はこれから始まる by 梅田望夫

私は2000年からインターネットを始めた。2002年3月にホームページを立ち上げ、その後ランニングクラブやラーメンや書評のサイトを作った。2005年3月から当時流行りだしたブログを始め、同年11月にはグーグルアドセンスに登録した。
現在は日常の多くのやり取りをメールで済ませ、ブログに記事を書き、たまにグーグルから私の口座に広告料として100ドルが振り込まれる。というのが、私のインターネットとのかかわり方のおおよそである。

1995年からのネット社会の地殻変動とも言うべき変化によって、私たちは産業革命より重大な転換期の真っ只中にいると言われている。著者は、その変化の根底にあるのは、リアル世界では成立し得ないインターネット特有の3つの法則であると述べている。つまり「神の視点からの世界理解」、「ネット上にできた新しい経済圏」、「無限大×ゼロが価値を生み出す可能性」である。
第一法則の「神の視点からの世界理解」は、仰々しい表現だが、「全体を俯瞰する視点」のことである。ネット事業者は100万人単位、1000万人単位の顧客に対してサービスを行い、顧客の情報を管理することができる。膨大な量の情報を持つことによって、全体として何が起きているかを、「俯瞰した視点」で理解することができる。これが「神の視点からの世界理解」である。ヤフーやアマゾゾンやグーグルなどの世界規模の企業は、この「神の視点」で企業戦略をたてていると言える。人々がネットに対して漠然とした不安を感じているとすれば、こうした「神」が登場するようなネットの得体の知れないところに感じるのかも知れない。

第二法則の「ネット上にできた新しい経済圏」については、多くの例がある。そのひとつであるアマゾン・コムに代表されるネットで商品を売るビジネスは、いち早く確立された。冒頭に書いたグーグルから私の口座に100ドルが振り込まれる理由は、私のサイトがグーグルアドセンスに登録しているからである。グーグルはサイトの内容を自動的に読み取り、独自のアルゴリズム(計算式)に基づいてページごとにマッチした広告を私のサイトに掲載する。その広告掲載料などが100ドルに達すると、グーグルから口座に振り込まれる。グーグルは集まってくる企業からの広告費を、自社の取り分を確保したあと流通機構を介在させることなく、世界中の膨大な数のサイトに分配している。そのひとつに私のサイトがある。リアル世界では中間に存在する流通機構にコストがかかるが、グーグルが築き上げたビジネスモデルではそのコストは生じない。グーグルの約5000億円の年間売上の大半が広告収入だと言われている。

第三の法則「無限大×ゼロが価値を生み出す可能性」が、インターネットの本質であると著者は言う。1億人から1円ずつを集めるという発想である。わずかな金や時間をゼロに限りないコストで無限大に近い対象から集めることができたら何が起こるのか、ここにインターネットの可能性の本質があると著者は強調する。
この法則に当てはまる例のひとつにウィキペディアがある。ウィキペディアは、誰でもどの項目に対しても加筆修正ができるネット上の百科事典である。ウィキペディアの信頼性は、スタートした2001年1月からずっと槍玉に挙げられてきたが、『エンサイクロペディア・ブリタニカ』の項目数6万5千の10倍以上(英語)にも及ぶ項目の百科事典がすでに出来上がっており、それは日々更新され、さらに200の言語ごとに作られ始めている。ウィキペディアにまつわる著作権の問題はそう簡単には解決しないだろうし、素人が作り出す「知」をオーソリティー達はこれからも非難し続けるだろう。ウィキペディアの将来は、インターネットの本質がどう既存社会に受け入れられるかということであり、ネットの将来を占う重要な試金石とみることができる。

インターネットの未来は、簡単には予測できないことであるが、過去から起こっている流れが未来につながっていくことは間違いないだろう。著者はインターネットの未来について、次のように述べている。「これから始まる『本当の大変化』は、着実な技術革新を伴いながら、長い時間をかけて起こるものである。短兵急ではない本質的な変化だからこそ逆に、ゆっくりとだが確実に社会を変えていく。『気づいたときには、いろいろのことがもう大きく変わっていた』といずれ振り返ることになるだろう」。

著者は、1960年生まれ。慶大工学部、東大大学院を卒業した後、1994年からシリコンバレーに在住。2005年からは株式会社「はてな」の取締役を務める。IT分野の知的リーダーとして若者の絶大な支持を得ている人物である。 インターネットを理解するうえでの教科書の位置にあるのが、本書だと思う。
インターネットはペシミスティックな視点で論じられることが比較的多いが、カリフォルニアの青い空のように明るく陽気に捕らえているのが本書の特徴である。

→『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊 』井上智洋 2016年
→『未来型サバイバル音楽論』津田大介×牧村 憲 中公新書ラクレ 2010年
→『ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる』梅田望夫 ちくま新書 2006年

MacBook Pro購入

仕事場で使っているNECのノートパソコンの蝶番が壊れて、蓋がスムーズに開かなくなった。
画像の処理をしたりテキストやワードやエクセルを使うくらいなので、蓋がいびつに開くくらいはたいした支障にはならない。
それに修理に出せばすむことであるが、電気製品量販店のなかをうろついているうちに、今マッキントッシュのPCを使い始めなければ、一生使うことがないかもしれないと妙な考えが浮かんだ。
そういえば、『ミレニアム』の主人公ミカエル・ブルムクヴィストもハッカーのリスベット・サランデルも、マックを使っていたじゃないか。

店員のマックについての説明を訊いていると、その思いは強くなるばかりだった。
ところが、「今までウィンドウズを使ってきたのなら、マックについて気軽に質問できる人が近くにいないと、使いこなすのは無理です」などと、背の高い店員は見下すように言うのだ。
「マックに替えるのは、使いにくさを受け入れることです」などと教訓めいたことも付け加えた。
その一言が引っかかってしまい、上等じゃないか、使いにくさを受け入れてやろうじゃないかと思った。
翌日もその量販店に行って、別の店員からあれこれ訊きだした。その店員は「私もマック使っているんですが、何しろマックはかっこいいんですよ。マックにウィンドウズのソフトを入れて使っています」などとニヤリと笑いながら言うものだから、絶対に買おうと決意してしまった。
早い話が、ふたりの店員にうまいことのせられたのだ。
問題がひとつあって、ホームページ作成ソフトのドリームウィーバーのマック用を買わなくてはならない。たかがソフトのくせに、ドリームウィーバーはかなり値段が高かった。

実は仕事場にあるデスクトップは瀕死の重態である。
うんざりするくらいすべての動作が遅く、メールを閲覧するまでに電源を入れてから10分もかかる。
おまけに「仮想メモリが少ない」などという警告がしょっちゅう出る。
突然シャットダウンするし、逆に終了をコマンドしてもいっこうに電源が切れない。
本来は重要な役割を担っているデスクトップの購入を優先すべきなのだが、店員の「近くにマックを使っている人がいないと使いこなせない」という脅し文句が頭にこびりついて、後回しにすることにした。

そんなわけで、この文章は購入したばかりの「MacBook Pro」のテキストエデイットで打っている。
ワードとエクセルとパワーポイントが入ったマック用オフィスを買ってあるが、それをインストールしてしまうと、変な話だが、このパソコンが汚れるような気がしてインストールする気になれない。
おそらく切羽詰まらないとインストールしないと思う。
インターネットとテキストしか使っていないけれど、今のところ使い心地は快適そのものと言いたいが、本音はキーが指にまとわりつくような感じがしっくりこない。
そもそも変則打ちだから、それにグレン・グールドじゃないんだから贅沢は言えないのだが、そのうちに何とかなるだろう。
ちょっとばかり正当な打ち方をしようと両手を正しい位置におくと肩が凝るが、慣れるしかない。

ネットで調べたら、マックの使い方についての動画付きチュートリアルがあった。
ほんの少しの機能しか使っていないわけだが、「気軽に質問できる人が近くにいないと、使いこなすのは無理です」とは、よくぞ見くびってくれたものだと今のところは思っている。