経済・政治・国際

2023年5月23日 (火)

半導体有事 湯乃上隆 

有事は2つある。
一つは、台湾有事。中国は台湾の半導体企業TSMCを喉から手が出るほど欲しい。
もう一つは、2021年の半導体不足によって誘発された、常軌を逸した各国各社の半導体への投資である。世界中で狂気的な半導体製造能力構築競争が起きている。その反動で半導体不況がやってくるのではないか。
Photo_20230523143001半導体有事 
湯乃上隆 
文春新書 
2023年 255頁

2022年10月7日、米国商務省は、先端半導体や半導体製造装置の中国への輸出規制を発表した。この輸出規制は、中国半導体産業の息の根が止めるような厳しいものだ。

それ以前の、2020年5月14日、米国はTSMCの5nmの最先端製造技術を手に入れることになったばかりでなく、5G通信基地局で世界を制覇しかけていたファーウェイの野望を叩き潰すことに成功した。TSMCが中国ではなくアメリカ側についた日である。
米国は、台湾有事の際は、台湾自らがTSMCの半導体工場を破壊すべきであると提案しているという。

TSMCは10.7が発表されると、米国・日本・ドイツ・シンガポールの4か国にファウンドリー工場を建設することにした。

また、2022年8月に日本の主要企業8社が出資してロジック半導体などの国産化に向けて「ラピダス」が設立された。2027年までに2nmのチップを作るという。著者は逆立ちしたって無理だという。

半導体はトランジスタという素子を集積することにより形成されている。そのトランジスタを微細化すると高速に動作するなど高性能になる。半導体とは半導体集積回路のことを指している。半導体集積回路はシリコンという半導体基盤上に形成したトランジスタという素子を集積して電子回路を構成したものである。トランジスタとは電流が流れたり流れなかったりするスイッチのようなものである。流れる流れないを2進法としてとらえ、コンピュータの演算になる。トランジスタを微細化すればトランジスタが高速で動き、消費する電力が削減できる。結果的にコストが削減できる。

2019年に、ASMLはEUV(極端紫外線)を使った半導体製造装置リソブラフィを完成させた。TSMCは1年間で100万回の練習を行なって、2019年に7nmの生産にロジック半導体の量産にEVUを使った。

日本の日立や東芝が伸びなかったのは設計から完成まで垂直統合型だったからだ。そのため両社の製品には互換性がない。

ASMLの出荷する1台100億円するEUVリソグラフィは生産が間に合わない。TSMCは毎年20〜30台購入している。ASMLとTSMCの売り上げグラフは共進している。

アメリカのクリスマス商戦は凄まじい。
TSMCはアップルの受注に照準を合わせて高速化を強いられている。
アップルは毎年春から夏に新型アイフォンを発表し12月のクリスマス商戦にターゲットを合わせて約1億台の大量生産を行う。これに合わせてTSMCは最低1億個のアプリケーションプロセッサを製造しなくてはならない。

2021年から、各地域各社の半導体投資は常軌を逸しているという。半導体不況がやってくるのではないか。なぜこのような、ことが起きているのか。7nm以降の半導体の製造がTSMCに偏在しているからだという。

2014年から中国が世界最大の半導体市場であることが確認された。
中国は世界の1/3の半導体を必要としているにもかかわらず、自給率が低い。中国において原油を抜いて貿易赤字の元凶が半導体になっている。
2015年5月に「中国製造2025」を制定し、半導体自給率を2020年に40%、2025年に70%に引き上げる目標を立てた。しかし、米国の調査会社の予測では、2026年でも中国の半導体自給率は21 .2%にとどまるとしている。
中国のファウンドリーSMICが7nm開発に成功した。そして、米国は「10.7」の規制を課すことになった。インテルは10〜7nm以上に進めていない。
紫光集団はM&Aによって半導体会社を買いまくろうとしたが、うまくいかなかった。
爆買いに失敗した中国は、自国に半導体ファウンドリーを爆建設するようになった。

米国も韓国も政府主導で半導体工場を建てようとしている。、半導体工場をどんどん立てている2021年初頭に起きた半導体不足がきっかけとなって、世界中で狂気的な半導体製造能力構築競争が起きている。

日本の半導体産業はなぜ凋落したのか。「過剰技術で過剰品質を作ってしまう」
メインフレーム(汎用の大型コンピュータ)からPCの時代にパラダイムシフトが起きた。DRAMは25年持つ必要はない。そこで、韓国に負けた。

2022年12月末の時点で、TSMCが3nmに到達し、サムソンは3nmの歩留まりが上がらず、5/4nmに留まっており、インテルが10nm〜7nmから先に進めずにいる。そして日本は40nmレベルで停滞したままだ。

日本の半導体産業は挽回不能である。日本のメーカーは2010年頃40nmあたりで止まり脱落してしまった。いったん微細化競争から脱落すると、先頭に追いつくのは不可能である。
①日本の希望の光は、ウエハ、レジスト、スラリ(研磨剤)、薬液半導体材料。
②前工程で10数種類のある製造装置のうち、5〜7種類において日本がトップ。
③製造装置の数千〜十万のうち、6〜8割が日本製である。
日本は半導体製造装置、半導体材料の7〜8割が日本製である。これらの日本優位は徐々に脅かされている。

半道程製造に欠かせない希ガスの供給に暗雲が立ち込めている。ウクライナはネオン、アルゴン、クリプトン、キセノンなどの希ガスの供給国である。
ロシアはC4F6の供給国であり、アメリカは年間8トン消費しているという。
希ガスもC4F6も半導体の微細加工に必要不可欠なガスである。
2025年に3M社のPFAS製造から撤退してしまう。(環境問題や訴訟の問題から)
代替冷媒を探さなくてはならない。

インテルの共同創業者のゴードン・ムーアが1965年に、トランジスタの集積回路は2年で2倍になると発表した。この経験則は「ムーアの法則」と呼ばれている。
ムーアの法則の本質。①トランジスタを微細化することにより、より高性能な半導体が安く実現できる。②微細化により、利潤をうることができる。③その利潤を微細化の研究開発や設備投資に使う。ムーアの法則の本質はこのサイクルを循環させることであり、循環させることによって、ムーアの法則は60年以上続いてきた。このサイクルを守ることが重要。→人気ブログランキング
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半導体有事/湯乃上隆/文春新書/2023年
半導体戦争 世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防/クリス・ミラー/千葉敏生/ダイヤモンド社/2023年

 

2023年5月10日 (水)

半導体戦争 世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防 クリス・ミラー

チップウォー(半導体戦争)はどのような状況なのか? 現在、最先端の半導体を大量に生産することができる企業は、台湾積体電路製造(TSMC)、サムソン、インテルの3社である。そのうち、先端ロジック製品の90%をTSMCが押さえている。なぜこのような偏った状況にあるのか?
本書には、1940年代の真空管から始まり現在に至る半導体の歴史を詳細に描かれていて、それらの疑問に答えてくれる。ちなみにロジック半導体は、スマートフォンやパソコンに搭載され電子機器の頭脳の役割を担う。
51psz2v9pl_sx351_bo1204203200_ 半導体戦争 世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防
クリス・ミラー/千葉敏生
ダイヤモンド社
2023年 552頁

半導体産業の初期、米国の半導体を使った電化製品を日本が作り米国に売るという構図のうちは、競合関係はなかった。日本は半導体産業に力を入れ、半導体の生産が急速に伸びていった。その後、データの一時的な保持に使われるDRAM (Dynamic Random Access Memory ディーラム)の生産をめぐって、日米は半導体戦争に突入する。その結果日本は厳しい制裁を課され、さらに日本の金融危機と相まって、1992年にDRAMの生産で日本はトップの座から引きずり下ろされた。敵の敵は友という考え方のもとに、米国は韓国のサムソンを支援した。

インテル創業者の一人であるゴードン・ムーアは、1965年に自らの論文に「半導体の集積率は18か月で2倍になる」と書いた。この経験則は「ムーアの法則」として、2010年代まで通用し、半導体の性能は目覚ましい進歩を遂げることになる。1990年代以降、半導体の製造だけを専門に行う企業の「ファウンドリ」と、工場を持たずに設計だけを行い生産を完全に他社にアウトソーシングする企業の「ファブレス」が、隆盛するようになる。ムーアの法則を成し遂げるには、微細な形状をチップに刻み込めるより高い精度のリソグラフィ装置がもとめられた。米国企業はオランダのリソグラフィ装置メーカー のASMLを、ニコンやキャノンに変わる信頼できる取引先として扱った。今や、世界の主な半導体製造会社の80%がASML社のリソグラフィ装置を使っている。半導体の設計や製造には莫大な資金とイノベーションが必要であるため、半導体の水平分業化が進みサプライチェーンは複雑化していった。

米国の半導体会社テキサス・インスツルメンツでキャリアを積んだモリス・チャンは、1985年に台湾政府から招聘され、TSMCを設立した。TSMCは中国と価格で競争しても勝ち目がないので、最先端の半導体を製造する選択肢しかなかった。ファウンドリとしてのTSMCの成功は、米国の半導体産業とのつながりが決定的な要因であった。

最先端の半導体を設計するだけでも、コストは1億ドルを超えることがある。最先端のロジック半導体の製造工場を建築するには200億ドルの費用がかかるが、数年で時代遅れになってしまう。

中国の半導体は、その大半が別の国でも製造できる。ロジック半導体などの先進的な半導体に関していえば、中国は米国のソフトウェアや設計、米国・オランダ・日本の装置、韓国や台湾の製造にまるまる依存している。中国政府は「中国製造2025」を打ち出した。中国の半導体輸入率を、2015年の85%から2025年までに30%まで減らす構想だ。つまり中国は半導体の自給自足を目標に掲げた。オバマ政権は、半導体産業を私物化するために、1500億ドル(およそ20兆円)の産業政策を認めないと中国指導部に主張するといった。しかし、そんな苦言が通用するはずもない。多国籍で複雑なサプライチェーンで成り立っている産業において、技術的な自立を実現することは、世界最大の半導体大国である米国にとってさえ、絵に描いた餅である。しかし中国はそれを達成しようと目論んでいる。

今やチップウォーは、中国対、米国・台湾・韓国・日本・オランダなどの自由主義国家という構図になっている。中国は技術的にも生産設備にも、設計に必要なソフト面でも大いに遅れをとっている。中国が追いつこうにも非常に厳しい道のりが待っている。劣勢を一挙に覆すために、中国は喉から手が出るほど台湾の半導体産業を手に入れたい。最悪のシナリオであるが、台湾有事についても本書は触れている。

本書は言及していないが、2022年8月に日本の主要企業8社が出資してロジック半導体などの国産化に向けて「ラピダス」が設立された。TSMC、サムソン、インテルに割って入ろうとしている。→人気ブログランキング
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半導体有事/湯乃上隆/文春新書/2023年 半導体戦争 世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防/クリス・ミラー/千葉敏生/ダイヤモンド社/2023年

2022年9月 5日 (月)

資本主義の終焉と歴史の危機 水野和夫

著者は、日本大学国際関係学部教授。埼玉大学大学経済科学研究科博士課程終了。経済学博士。三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミストを経て、2010年より内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、2011年より内閣官房内閣審議官(国家戦略室)を歴任。13年より日本大学教授、16年より法政大学教授。主な著書に『人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか』(日本経済新聞出版社)、『超マクロ展望 世界経済の真実』(萱野稔人氏との共著・集英社新書)『閉じていく帝国と逆説の21世紀経済』(集英社新書)など。

資本主義はやがて終わる。資本主義は中心と周辺(フロンティア)から構成され、フロンティアを広げることにより、中心が利潤率を高め、資本を増殖させるシステムであるという。南米もアジアもアフリカも開拓されて、地球上にフロンティアは残されていない。フロンティアがなくなれば資本主義は成り立たない。
と言っても、これから100年くらいのスパンで起こる事象である。
1185ba6934894b8fa9aa6b109f50b3f7資本主義の終焉と歴史の危機
水野和夫
集英社新書 
2014年 218頁

すでに資本主義は機能不全に陥っている。その証拠に、日本やアメリカ、ユーロ圏で、
金利がおよそゼロの状態が続いている。金利がゼロということは投資しても資本は増えないということだ。資本増殖のサイクルが止まってしまった。歴史の大転換がやってきたという。
中世封建システムから近代資本主義システムへの転換と同じ意味で、経済システムの大転換の時期に来ている。歴史家のフェルナン・ブローデルはこの転換期を「長い16世紀(1450〜1640年)」と呼んだ。この状況に、現在の世界経済が直面している状況が似ているという。

日本の10年国債の利回りは、400年ぶりにイタリア・ジェノバの記録を更新し、2.0%以下の超低金利が20年近く続いている。経済史上、極1 めて異常な状態に突入している。
なぜ利子率の低下が重大かと言えば、金利は即ち資本利潤率とほぼ同じだからだ。現代と同じ状態が、「長い16世紀」の間に起きていた。
利子率=利潤率が2%を下回れば、資本側が得るものはほぼゼロである。そうした低金利が10年を超えて続くと、既存の経済システムは維持できない。利潤率の低下は、企業が経済活動をしていくうえで設備投資を拡大していくことができないということである。
この異常なまでの低金利はいつ頃から始まったのか?
著者は1974年に始まったと考えている。この年、イギリスと日本の10年国債利回りがピークとなった。1981年にはアメリカの10年国債利回りがピークになった。そのあと先進国の利子率は下落している。

BRICS諸国は2000年代に入って急成長を遂げた。しかし現在その翳りが見えている。新興国の成長の足踏みの原因は新興国の成長モデルが輸出主導であることによる。中間層が没落した先進国の消費ブームは2度と戻ってこない。
現在の課題は先進国の過剰マネーと新興国の過剰設備をどう解決するかである。

実物経済の利潤低下がもたらす低成長の尻拭いを、電子・金融空間の創出によっって乗り越えようとしても、結局バブルの生成と崩壊を繰り返すだけである。

では、一体どのような未来が待っているのだろう。無理やり利潤を追求すれば、しわ寄せは格差や貧困という弱者に集中する。

定常状態の維持を実現するアドバンテージを持っているのが日本。世界で最も早く、ゼロ金利、ゼロ成長、ゼロインフレに突入した国である。景気優先の成長主義から脱して、新しいシステムを構築することが重要である。ゼロ成長でも持続可能な財政制度を構築する。そのためには国内で安いエネルギーを自給する必要がある。
とりあえずはプライマリーバランス(基礎的財政収支)を均衡させておく必要がある。
人口減少を9000万ぐらいまでににしておく。エネルギーは1kWhあたり20円以下で作ることができれば名目GDPの減少は止まる。ゼロ金利は、財政を安定させ、資本主義を飼い慣らすサインである。→人気ブログランキング
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2022年9月 1日 (木)

第三次世界大戦はもう始まっている エマニュアル・トッド

著者は、フランスの歴史人口学者・家族人類学。国・地域ごとの家族システムの違いや人口動態に着目する方法論により、『最後の転落』(76年)でソ連崩壊を、『帝国以後』(2002年)で「米国金融危機」を、『文明の接近』(07年)で「アラブの春」を、さらにはトランプ勝利、英国EU離脱なども次々に“予言”。著書に『エマニュエル・ドットの思考地図』(筑摩書房)、『「ドイツ帝国」が世界を破壊させる』『シャルリとは誰か?』『問題は英国ではない、EUなのだ』『老人支配国家 日本の危機』(いずれも文春新書)など。(表紙カバーより抜粋)
とくに、『帝国以後』は世界的ベストセラーになった。

ウクライナ戦争の原因と責任はプーチンではなくアメリカとNATOにある。事実上、米露の軍事衝突が始まり「世界大戦化」してしまった以上、戦争は容易には終わらない。ロシア経済よりも西側経済の脆さが露呈してくるだろう。というのが、本書の主旨。
Photo_20220901083401第三次世界大戦はもう始まっている 
エマニュアル・トッド/大野舞 
文春新書 
2022年6月 206頁

シカゴ大学教授の国際政治学者ジョン・ミアシャイマーは「戦争の責任は米国とNATOにある」と言っている。ウクライナは事実上もはやNATOだった。ドイツが統一された1990年、ソ連に対してNATOは東方に拡大しないと約束した。ところが、1999年、ポーランド、ハンガリー、2004年、ルーマニア、ブルガリア、スロバキア、スロベニア、エストニア、ラトビア、リトアニアがNATOに加盟した。ロシアは2度譲歩したのである。 ところが、2008年には、ブカレストでのNATO首脳会議で、ウクライナとジョージアを将来NATOに組み込むと宣言された。直後、プーチンは「ジョージアとウクライナのNATO入りは絶対許さない」と警告し、デッドラインを明確に示した。
そして2014年、ウクライナで民主的手続きによらず、親EU派によって親露派のヤヌコビッチ政権が倒された(ユーロマイダン革命)。これを受けてロシアはクリミアを編入し親露派が東部ドンバス地方を実効支配した。そして米国と英国はウクライナを武装化した。ロシアは日増しに強くなるウクライナ軍を見過ごすことができなかった。

ロシアのウクライナ侵攻当初、プーチンが盛んに口にしていた「ネオナチ」という言葉は、それなりに理由があった。マウリポリの街が、ロシア軍によって見せしめのように攻撃されたのは理由がある。ネオナチの極右勢力「アゾフ大隊」の発祥の地であるからだ。
(「アゾフ大隊」は、2014年に白人至上主義極右思想の民兵組織として発足し、外国人義勇兵も加わった。「アゾフ大隊」はウクライナ内務省傘下にある。部隊章はナチスを彷彿とさせる文様を採用していた。
ミアシャイマーは、この戦いはロシアにとって「生存」をかけた戦いであるから、いかなる犠牲を払ってでもロシアが勝利すると述べている。
一方、米国にとっても死活問題である。ウクライナが負ければ米国の威信は失墜する。この意味で、つまり、第三次世界大戦はすでに始まっている。

地政学から見ると、広義のロシアすなわち「スラブ」の核心部は、ロシア(大ロシア)、ベラルーシ(白ロシア)、ウクライナ(小ロシア)からなる。ソ連が成立した1922年以前にウクライナもベラルーシも国家として存在したことは一度もない。ソ連時代に人工的に作られた国境はそのまま尊重される結果となった。プーチンがソ連崩壊を、「20世紀最大の地政学的大惨事」と呼ぶのはこの意味である。

ソ連崩壊後、1990年から1997年までの間、ロシアではアメリカ人顧問の力を借りて、経済の自由化が推進されたが、新自由主義の荒波にさらされ、経済と国家が破綻させただけだった。プーチンが出てきて経済を立ち直らせたのである。

ウクライナ侵攻が始まると、イギリスとアメリカの軍事顧問団はポーランドに逃げてしまった。今後この裏切りに対してウクライナ人の反米感情が高まる可能性がある。
アメリカは常に戦争を行ってきた国である。しかし、相手は小国だった。ベトナムにイラクにしろアフガニスタンにしろシリアにしろ、しか今回は違う大国ロシアだ。

この戦争は、アメリカとイギリスの支援によって続けられている旧ソ連の内戦なのである。問題は、ウクライナを盾にロシアと戦ったアメリカとイギリスに、ウクライナが裏切られたという感情を持つかどうかである。

プーチンとその取り巻きであるオルガルヒに制裁を加えるのは無意味だという。ロシアは中央集権国家である。ロシアは国をコントロールするのは国家なのだ。超富豪が国をコントロールしているのは、むしろアメリカやドイツ、フランスである。本来必要な交渉を困難にし戦争を深刻化させるばかりで、無責任であるとする。

消耗戦になると経済面が重要になってくる。
中国にとってロシアを支援しないという選択肢はない。中国はロシアを当然支援する。
経済制裁でロシアがどれだけ耐えられるのかばかりが議論されているが、アメリカと西側諸国がどれほど耐えうるのかを問われなければならない。

そもそもヨーロッパはロシアと協調しなければやってゆけない。
最も不確実なのがアメリカ。同盟国である日本はアメリカの危うさが日本にとっての最大のリスクである。日本は核を持つべきだ。核を持つと国家として自立する。
ベネゼイラに対するアメリカの石油輸入禁止の撤回を見て、こんな身勝手な国に自国の運命をよいのかと。

核共有も核の傘も幻想に過ぎない。
中国や北朝鮮にアメリカ本土を核攻撃する能力があれば、アメリカが自国の核を使って日本を守ることは絶対あり得ない。自国で核を保有するのかしないのか、それしか選択肢はない。
北朝鮮、中国が核保有国になるなかで、日本が核保有国にになることは地域の安定につながる。

この戦争で明らかになったこと。
ロシアはウクライナをあっという間に潰してしまうだろうと思われていたが、ロシア軍は強力でも優秀でもなかった。ましてや西欧にとってロシア軍は脅威ではないことがわかった。
ロシアは経済制裁により弱体化するだろうと思われていたが、ルーブルは価値を持ち直した。プーチンの支持率は上昇し80%に達している。

ジャベリンなど携帯式対戦車ミサイルによって戦車の弱点が明らかになり、戦車は時代遅れの兵器であることが明らかになった。
空母ロシアが撃沈されたことで、アメリカは空母という時代遅れの兵器を抱えていることが問題となる。中国が台湾に侵攻した場合、空母が時代遅れの兵器と判明した以上、アメリカは台湾を守れないし守らないだろうという。

NATOにはドイツとフランスが入っていない。ウクライナがここまで戦争の準備をしているとは知らされていなかった。NATOはアメリカ、イギリス、ポーランド、ウクライナとスウェーデンから成り立っている。

ロシアには中国がついている。長引いた場合アメリカは兵器の生産を続けられるか。ヨーロッパは、インフレに耐えられるか。
この戦争は始まったばかりで、ロシア経済は想像以上に安定しているのに対して、ヨーロッパ経済は想像以上に脆弱であることが判明しつつある。

ロシアは高等教育が充実している。ロシアは高等教育の学位取得者のうちエンジニアが占める割合は、アメリカが7.2%、ロシアは23.4%(日本18.6%、韓国20.5%、ドイツ24.2%、イギリス8.9%)。このエンジニア不足をアメリカは他国からの輸入でまかなっている。その多くが中国人である。安全保障上の問題ではないのか。
もしロシアの経済力をルーブルではなくエンジニアで測るとすれば、経済制裁に耐えられるのではないか。
経済の真の柔軟性とは金融システムや金融商品を開発する能力にではなく、産業活動の再編成を可能にするような、エンジニア、技術者、熟練労働者にこそ存しているのではないか。
そうした面から見ると、ロシアはこの戦争が長期化した場合耐えられるだろうが、西側諸国は耐えられるかどうか甚だ疑問が残る。→人気ブログランキング
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第三次世界大戦はもう始まっている/エマニュアル・トッド/大野舞/文春新書/2022年
ウクライナ危機後の世界/大野和基編/宝島社新書/2022年

2022年8月 4日 (木)

ウクライナ危機後の世界 大野和基編

7名(ユヴァル・ノア・ハラリ、ジャック・アタリ、ポール・クルーグマン、ジョセフ・ナイ、ティモシー・スナイダー、ラリー・ダイアモンド、エリオット・ヒギンズ)が、ウクライナ戦争およびその後について書いている。
Photo_20220804205001 ウクライナ危機後の世界 
大野和基編
宝島社新書
2022年6月 224頁

プーチンが勝てば、このやり方が「ニューノーマル」になってしまう。各国の軍事費は急増するし、核を保有しようとする国が増える。プーチンを勝たせてはいけない。他国に侵略しても特にならないことを知らしめるべきだというのが西側諸国の共通の認識である。
平和の色合いは国防費を見ればわかるという。ここ数年の世界の国々の軍事費は国家予算の平均5〜6%。EU加盟国では3%に下がった。ロシアは国の予算の20%を軍事費に費やしていた。ちなみに、日本はGDP比1.24%(2022年)だった。

ウクライナ戦争がもたらすプラスの面は、西側諸国の文化的分断が回避される。特に西欧の国々に広がっていたナショナリズムとリベラリズムの間にある溝が埋まる。もうひとつは、ロシアの化石燃料をあてにすることなく、クリーン・エネルギーための新マンハッタン計画がスタートすることとなる。(ユヴァル・ノア・ハラリ)

権威主義国家は民主主義国家を貶めることで、自国民が民主主義に感化されないように、民主主義国の人種差別や経済格差を強調したり、国家元首を貶めたりする。
ロシアをボイコットすることは最も愚かで非生産的な決定であり、ロシアはヨーロッパであるべき。世界の平和はロシアの民主化が絶対条件である。(ジャック・アタリ)

脱グローバリゼーションで世界経済はブロック化される。(ポール・クルーグマン)
プーチンは今やいかなる倫理観も持ち合わせていない。(ジョセフ・ナイ)

プーチンは三流のファシスト哲学者イヴァン・イリインの思想を取り入れた。
イリインは、レーニンの赤軍によるボルシェヴィキ革命から祖国を守るには、ファシズムになることによってのみ可能であると考えた。その救世主は国家元首であり、独裁者であるべきで、一党独裁すら不十分であるとする。プーチンとその取り巻きの振興財団(オリガルヒ)は、イリインの思想を悪用して少数の富裕層による寡頭政治を正当化した。

2012年に書かれたプーチンの論文には、ロシアとはカルパチア山脈からカムチャッカ半島までの広大な土地に広がるロシアという文化を共有する人々のことであり、ロシアは国家を超えた偉大な文明である。文化を共有するものは友であり、そうでないものは敵である。
このような帝国主義的な考えによれば、ウクライナ人もウクライナという国も存在しないことになる。(ティモシー・スナイダー)

権威主義国の「シャープパワー」とは?
ロシアの権威主義をハードパワー、ソフトパワー、シャープパワーという観点で見ると、ハードパワーとは軍事力や経済的強制力、ソフトパワーとは文化活動や独立メディア、市民団体への助成金などを通じて得られる影響力のことである。
シャープパワーとは、ソーシャルメディアなどを利用した介入操作によって、民主主義に分裂をもたらす力のこと。
クリントン対トランプの大統領選で、ロシアが民主党の全国委員会のファイルに侵入して、民主党員の15万通に及ぶメールを漏洩させた。クリントン候補の信用失墜に影響を与えた。
イギリスのブクレジットにも影響を与えた。
賄賂はシャープパワーの重要な道具である。つまり民主主義国家を陥れる手段として使われている。21世紀になって民主主義が後退したのは、シャープパワーのせいもある。

1990年の初頭、ソ連が解体し東西冷戦が終焉を迎えて、専制国家の43%が民主主義国家に移行した。2000年代に入るとその割合は20%に減少し、2010年代には17.3%まで落ちた。民主主義体制の国は少数派になりつつあるのだ。
2019年、世界の人口の52%は非民主主義国に住んでいる。

ウクライナ戦争は、もはや二国間の戦争ではない。民主主義と権威主義のいずれかが世界を担うのかを賭けた戦いである。(ラリー・ダイアモンド)
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第三次世界大戦はもう始まっている/エマニュアル・トッド/大野舞/文春新書/2022年
ウクライナ危機後の世界/大野和基編/宝島社新書/2022年

2022年3月23日 (水)

グリーンジャイアント 脱炭素ビジネスが世界経済を動かす 森川潤 

著者は、新たにエネルギー業界の盟主に躍り出てきた企業を「グリーン・ジャイアント(再エネの巨人)」と呼ぶ。いずれも10〜20年前に、再エネへと舵を切った企業である。そして今、時代が追いつき、彼らは世界のエネルギー変革の主役となっている。
日本ではグリーンジャイアントは生まれていない。
5a4ced4fd5a54eb28e70d81ef783f9d4グリーンジャイアント 脱炭素ビジネスが世界経済を動かす
森川潤 
文春新書 2021年

世界の石油会社大手が、再生可能エネルギーを扱う会社に株価で抜かれている。欧米では、政治、エネルギー、金融システム、イノベーション、若者のライフスタイルから資本主義の再構築まで、気候変動をめぐる一つの物語として共有されているという。

日本は先進国に10年遅れ、それを追いかけている状況。京都議定書の再調印を拒否したこと(1998年)、東日本大震災(2011年)さらに太陽光発電バブル(2019年)が遅れを引き起こした。
2012年、野田政権下で再生可能エネルギー特措法が施行された。2019年、異様に高価格で買取が行われることとなり、参入すれば誰でも稼げる太陽光バブルをもたらした。
そもそも、日本政府には地球温暖化を他人事と捉えているような姿勢が感じられるという。

中国は2060年までにカーボンニュートラルを宣言しているが、最大のCO2排出国であり、逆に再生エネルギーでも世界最大の規模を兼ね備え、原発も建設をし続けている。

デンマークのオーステッド社は、もともと石油会社だったが、2008年に化石燃料から再生可能エネルギーへの転換を宣言した。オーステッド社は世界の洋上風力事業者のトップであり続けている。デンマークは、2025年までにカーボンニュートラルを宣言しており、2023年までに石炭火力を全廃することも明言している。約7兆円に上る時価総額は、日本の電力10社を足した額を上回る。

アップルは2030年までにカーボンニュートラルを目指す。サプライヤーは再エネ100%で部品や素材を製造しないと、アップルに使ってもらえない。
さらに踏み込んだのがマイクロソフトである。1975年創業以来、電力をはじめ排出してきたすべてのCO2をゼロにするという。CO2除去技術に10億ドルを4年間にわたって投資するという。ミレニアム世代やZ世代は、『エシカル(Ethical)消費』という環境や社会に良いことをして企業しか応援しなくなり始めている。

欧州メーカーはこぞって電気自動車(EV)への移行を宣言している。フォルクスワーゲンは2030年までに7割を、欧州販売のスウェーデンのボルボは2030年までに、イギリスのランドローパーは2036年までに、メルセデス・ベンツは今後すべての新型車をEVとするとしている。
しかし、充電池を製造する際に排出されるCO2はかなりの量になる。EVであるテスラのモデル3の方がガソリン車であるトヨタのRAV4と比べて、製造段階で2倍近くのCO2を排出している。CO2排出量は、モデル3が3万3000キロ走行した時点でRAV4と並ぶという。
中国はガソリン車では性能の良い車を作ることができないから、EV車の開発を国家戦略としている。年間2500万台の新車売上台数を誇る、世界最大の自動車市場である。

インポッシブル・バーガーとビヨンド・ミートはアメリカの代替肉の会社。牛のゲップのメタンガスは二酸化炭素よりも温室効果をもたらす度合いが遥かに強い。ミレミアム世代以下の若者は自分達にも気候変動の責任があるとして、代替肉を食べている。

スウェーデン発の代替乳製品生産会社オートリーは、植物性のオーツミルク(燕麦性ミルク)」を展開するメーカである。オートリー社によると、牛乳に比べ1リットルあたりで温室効果ガス排出量を80%、土地使用を79%、エネルギー消費を60%削減することができるとしている。オートリーはコーヒーとの相性が良い。米国ではスターバックスがオートリー製品を全店で展開することとなった。
牛肉も食べるけれど、できるだけ量を減らして植物肉を食べるというフレキシタリアンが増加している。

ビル・ゲイツは気候変動をめぐるあらゆる分野のイノベーションに投資をしている。
ゲイツの原発ベンチャー「テラパワー」では、ナトリウム(水素ではなくナトリウムを用いる小型原子炉)の開発が行われている。ナトリウムとはテラパワーが手がける新型原発の名前であり、ワイオミング州での建設が決まった。
ナトリウムの発電能力は従来の100万キロワットと比べ35万キロワットと少ない。さらにウランの濃縮濃度が5〜20%と従来の5%より高いものを用いる。ウランの濃縮度が低いほど使用後の放射性廃棄物が増える。ナトリウムでは原子炉の冷却に水を使わずナトリウムを使う。ゲイツは複雑さがヒューマン・エラーを起こす原因と考えている。

世界のトレンドはSMR(Small Modular Reactor)と呼ばれる小型原発だ。SMRは工場で作られ、現地での備え付けは簡単な工事だけで済むという。

日本は、2030年までにCO2の削減を50%を目指し、実際には46%の削減を公言した。原発を最大限活用していくことになるだろう。コンパクト原発の建設の議論も出てきている。
日本は原発に対する議論を避けてきたせいで、著者はこの目標は達成困難とみている。目的を達するには2030年30基ある原発を80%稼働させなければ不可能であるという。

著者は日本の体質の弱点をこう分析する。日本は1990年前後の成功体験から抜け出せず、その仕組みを変えたくない、という意識が根底にある。気候変動をめぐる議論も同じである。→人気ブログランキング
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2021年10月10日 (日)

グリーン・ニューディールー世界を動かすガバニング・アジェンダ 明日香壽川

著者は、東北大学教授。エネルギー・温暖化問題の科学・技術や政治経済的な側面を研究している。
「グリーンニューディール」とは、再エネと省エネの導入による景気の回復及び雇用拡大と温暖化防止である。「グリーンリカバリー」とは、「新型コロナウイルスの感染拡大がもたらした経済停滞からの復興を、気候変動対策とともに進める」というような意味合いで使われる。
本書は、2050年までに、本気でカーボンニュートラルにするにはどうしたらよいかについて書かれている。
01e8504bfe0d44999718447f00b6ab58グリーン・ニューディールー世界を動かすガバニング・アジェンダ
明日香壽川(Asuka Jusen)
岩波新書 
2021年6月 260頁

気候変動に伴うジャスティス(正義)という言葉にも説明がいる。
環境正義とは、⑴一人当たりの温室効果ガス排出量が少ない途上国の人々が、一人当たりの排出量の多い先進国の人々よりも、気候変動によって大きな被害を受ける(途上国は気候変動の影響を受けやすい第一次産業が主要産業である)。⑵先進国の中でも貧困層、先住民、有色人種、女性、子どもが、より大きな被害を受ける。⑶今の政治に関わることができない未来世代がより大きな被害を受ける。どれも定量的な事実である。

温暖化対策を阻害しているのが、温暖化懐疑論。
つまり、温暖化していない。CO2排出は温暖化と関係がない、温暖化してなにが悪いというもの。こうした人たちは、⑴化石燃料会社の関係者⑵情報リテラシーが低い人⑶反対することで経済的利益をうる人などである。

多くの人々が、1.5℃以下の気温上昇を抑制する場合は2030年までに世界全体で50%、ジャスティスを考えれば先進国は100%近くCO2排出量を減らす必要があることを知らない。温暖化対策に関心がある人でも知らない人は多い。

多くの研究者にとって京都議定書(1997年)は、大きな期待であり希望であった。京都議定書の第一約束期間が終わる直前の2010年、アメリカ、カナダ、ロシア、日本は京都議定書の延長に反対した。
日本政府が反対したのは、東京電力を代表とする電気産業、新日鉄(現日本製鉄)に代表される製鉄業界、トヨタを代表する自動車産業が温暖化対策に消極的だったからである。
環境立国になりえた日本は、あえてリーダーシップを取らない普通の国になった。

日本は省エネの先進国だというのは間違いである。1990年ごろまでは確かに省エネの先進国であったが、その後は先進国で最低レベルである。もうひとつ温暖化対策先進国というのも間違いである。世界56カ国と比べると、日本は最下位グループに属している。
さらに、日本は2050年カーボンニュートラルを宣言したものの、現行の目標や政策の大きな変更は認められず、政治家も官僚も企業も、2050年のカーボンニュートラルはどうでもいいと思っている感がある。
こういう誤解は政府が抱える御用学者が政府につごのいい情報を流布するから起こる。

米国エネルギー情報局によると、既に多くの国や地域で、太陽光や風力が最も安い発電技術であり、国によっては既存の火力発電所の運転コストよりも安くなっている。原発の競争力は著しく低下する。
米国で新しい原発の発電の平均コスト(初期建設コストと運転コスト)は、新しい風力や太陽光による発電設備の平均コストの4倍である。
さらに、原発にとって問題なのは、運転コストが再エネの平均コストと同レベルになりつつあることだ。

IEA(国際エネルギー機関)の2020年の報告書によれば、「原子力と石炭火力よりも再エネや省エネの方が、温暖化対策としてのコストは小さく、雇用創出効果は大きい」という。
これは、「原発が経済という意味でも温暖化対策という意味でもベスト」という日本政府の議論を真っ向から否定するものである。

日本で原子力発電や火力発電が廃れない理由は、原子力ムラ、火力発電ムラを潰さないための政策がとられているからだ。
10年間も稼働しない原子力発電所を抱えている電力会社が危機に陥らないのはなぜか?原発が温暖化のためでないとしたら、何のためか。それは中国が途上国の原子力発電所の建設を目論んでいる。対中技術覇権維持である。

欧州や米国では、産業界にエネルギー転換は避けられないものという覚悟がある。企業は政府との条件闘争に入っている。日本ではそのような状況にない。どうせ政府はいつものように口先だけだろうと思っている。ゆえに真剣な議論をしない。それが日本の現状である。

パリ協定の2050年にカーボンニュートラルを達成するとは、地球全体での目標であり、途上国も早期に温室効果ガスの排出をピークアウトする必要がある。 
温室効果ガスの排出削減問題は、突き詰めると「現世代と将来世代との間で、有限の温室効果ガス排出量を、何らかのルールのもとで正義や公平性を考慮しながら分配する」という命題に帰結する。
このようなジャスティスの問題を解決するためには、個人の努力だけでは不可能で、社会システムの変革が必要である。

今の社会システムを維持したい人々は、「個人のライフスタイルを変えよう」という耳あたりの良いフレーズをメディアなどで流す。個人が変わるのは重要なものの、多くの場合、このようなフレーズは、個人の問題に転嫁するすることで、社会システムのチェンジを阻止することを目的とした目眩し戦術でしかない。そのことに気づかず、無意識に騙されている人は非常に多い。

社会システムを変えるパイロットスタディがウェールズで行われている。
2015年ウェールズで制定された「未来世代の豊かさと幸せに関する法」は、政府や地方自治体などのすべての公的機関での意思決定において、未来世代の利益が十分に考慮されているかの検討を義務づけた法律である。
この法律は、社会、環境、経済そして文化という四つの側面から「豊かさと幸せ」を考え直し、より良い意思決定によって、未来世代だけでなく現代の貧困、教育、失業などの複雑な問題を解決することを目的としている。→人気ブログランキング
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グリーン・ニューディールー世界を動かすガバニング・アジェンダ/明日香壽川/岩波新書/2021年
ドローダウン 地球温暖化を逆転させる100の方法/ポール・ホーケン編著/東出顕子訳・江守正多監訳/山と渓谷社/2021年
SDGsー危機の時代の羅針盤/南博・稲葉雅紀/岩波新書/2020年

2021年9月 5日 (日)

タリバン 田中 宇

2021年8月31日、アメリカ軍がアフガニスタンから完全 撤退した。アフガニスタンとタリバンは、旬の話題だ。
現在、Amazonで新書『アフガニスタンー戦乱の現代史』(岩波書店 2003年)には、9000円以上の値がついている。ならば本書はどうかというと、8月31日は1439円で、9月1日には1800円、日が経つにつれ値が上がっている。本書を手に入れたのは値が上がる前だ。本書は、2001年9月11日の同時多発テロの1ヶ月後に発刊されている。
タリバンを理解するには、アフガニスタンの近代史を理解しなければならない。
F3b4031bbd514a16a4ba748ef9369f93タリバン
田中 宇(Tanaka Sakai
光文社新書 
2001年 214頁

「グレートゲーム」とは、中央アジアの覇権を巡るイギリス帝国とロシア帝国の情報戦をチェスになぞらえて名づけられた。
17世紀以来、インドへの関与を強めていたイギリスが、19世紀半ばにムガール帝国を滅ぼしインドを植民地とした。同時期、イギリスはアフガニスタンに対しても侵略の手を伸ばした。1838年、イギリスはアフガニスタンに侵攻した。イギリス軍は難なくカブールを占領し、アフガニスタンをインドと同じように支配しようとした。しかし、イスラムの聖職者たちはジハード(聖戦)を宣言した。ジハードとは、あらゆるイスラム教徒の男性が参戦しなければならないという国民皆兵の布告である。ジハードの最中に戦死すると、どんな人も天国に行けることになっている。特に若者や子どもたちはこの教えを信じ、戦場で死ぬことを少なくとも表向きは喜びと考えている。
それに呼応してゲリラ戦が始まり、イギリスの支配が始まって2年後の冬に、イギリス軍は1万6千人が全滅したが、ただ一人、医師のウイリアム・ブライドンだけがアフガニスタンを脱出した。この医師が、シャーロックホームズの相手のワトソンのモデルとなったというのは有名な話である。

1978年、アフガニスタンでは共産主義政党による政権が成立したが、これに対抗するムジャヘディン(聖戦士)の蜂起が始まった。ほぼ全土が抵抗運動の支配下に落ちたため、共産主義政権はソ連に軍事介入を要請した。1979年12月にソ連軍が軍事介入した。ソ連軍にもジハードが宣告された。

オサマ・ビンラディンは、ソ連軍と戦うゲリラを支援するためアフガニスタンに赴いた。ビンラディンはサウジアラビア最大の建築会社、サウジ・ビンラディン・グループのオーナー一族の息子である。

宗教信仰をすべて迷信として弾圧するソ連が、アフガニスタンに侵攻したことは、イスラム教徒の怒りをかっていた。アメリカの同盟国のパキスタンやサウジアラビアは率先して、アフガニスタンのイスラム同胞を救えというキャンペーンを張った。アフガニスタンやパキスタンにある軍事訓練センターに志願兵となった若者が運ばれたが、訓練センターを運営しているのはCIAだった。ビンラディンは一族が持つ豊富な資金を使いそのプロジェクトに参加した。
アフガニスタンのイスラム聖戦への志願兵を募るための事務所を、中東諸国やパキスタン、アメリカなどイスラム教徒が多い国に設立し、数千人の若者をアフガニスタンに集めムジャヘディンとして軍事訓練を行った。CIAが武器を供与し、ビンラディンが給料を支払っていた。

1989年、ソ連がアフガニスタンから撤退し戦争は終結したが、アフガニスタン側でこの戦争を戦っていたゲリラの内部で内戦が起こった。ソ連の侵攻を受けていた10年間、アフガンのゲリラを支援していたのはパキスタンであり、その背後にいたのがアメリカだった。

パキスタンの難民キャンプで育ち神学校に通っていた若者たちは、こうした醜い戦いをする腐敗したムジャヘディンから祖国を解放しようとする運動を始めていた。それがタリバンである。タリバンとはアラビア語で「学生たち」という意味である。

タリバンは腐敗したムジャヘディンと戦い、アフガニスタンの国土の9割を支配するようになった。このドラマはパキスタンによって周到に準備されたものだった。
アメリカはアフガニスタンからパキスタンを通って石油と天然ガスのパイプラインを敷設する計画を、タリバン侵攻当初から目論んでいた。タリバンは住民に対し、厳格なイスラム教信仰に基づいた生活を送るよう強制した。
そのタリバンの政策に対し、アメリカは人権侵害と非難しなかった。アメリカがタリバンを非難するようになったのは、オサマ・ビンラディンが対米テロを強めた1998年以降である。

ビンラディンは、ゲリラ組織同士の争い失望し、母国サウジアラビアに帰り一族の会社経営の場に復帰した。翌年1990年イラク軍がクエートに侵攻して、サウジアラビアは自国の中に米軍(多国籍軍)の駐留を許し、イラクを攻撃させることとなった。ビンラディンはアフガン帰りの兵士を率いて祖国のためにイラク軍と戦うことを計画し、サウジ政府の国防相に持ちかけた。ビンラディンの計画ではイラク軍に勝てないと提案を断った。
米軍がイラク軍を撃退した。ビンラディンは、聖地メッカを擁するサウジアラビアの王室が異教徒であるアメリカ軍に頼ったことを、モスクでの演説で非難した。

ビンラディンはスーダン亡命した。サウジアラビアだけではなく中東諸国の多くは軍事的、あるいは経済的にアメリカに頼る国になっていたが、これらの国の政府は転覆されるべきだとした。1991年、サウジアラビア政府はビンラディンを国外追放した。ビンラディンはアブガニスタンに身を寄せるようになった。ビンラディンはアフガニスタンに移って間もなくアメリカに宣戦布告を発している。

アフガン戦争時代志願兵募集のため世界各地に作られたビンラディンの事務所は、アラビア語でアルカイダ(拠点)と呼ばれるようになり、アルカイダのネットワークは、アメリカを攻撃するテロのネットワークとして再編されていった。

1997年オルブライト国務長官がタリバンの女性差別を明確に非難した。この頃からアメリカのトーンが変化した。タリバンは国際社会の敵としての立場に追い込まれた。
1998年8月、ケニアとタンザニアにあるアメリカ大使館が爆破され、多数の死傷者が出た。アメリカ政府は、この事件の背後にビンラディンがいると主張し、タリバン政権にビンラディンを引き渡すよう要求したが拒否されたため、1999年10月に国連を動かしタリバン政権に対する経済制裁を発動した。

2001年9月11日、大規模テロ事件が起こると、アメリカはビンラディンの引き渡しに応じなかったタリバンを攻撃し始めた。アフガニスタンを民主的な国にする目的で、アメリカ軍はアフガニスタンに駐留した。→人気ブログランキング
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2021年8月25日 (水)

SDGsー危機の時代の羅針盤 南 博・稲葉雅紀

SDGs (持続可能な開発目標)は、2015年9月、国連で193カ国の首脳の合意のもと採択された「2030アジェンダ」の主要部分を占める。「危機の時代の羅針盤」としてのSDGsにじっくり目を通してみようというのが本書の主旨である。著者は日本の主席交渉官としてSDGs交渉を担当した南博と、市民社会からSDGsに関わってきた稲葉雅紀。
Fae85e24c0b0460088e055b17f435c29SDGsー危機の時代の羅針盤
南 博・稲葉雅紀
岩波新書
2020年 220頁

SDGsとは、〈①世界から貧困をなくすことと「持続可能な社会・経済・環境」へと変革することの二本の柱とする目標。②2030年を期限として、17のゴール169のターゲット、232の指標により世界の社会・経済・環境のあらゆる課題を取りまとめる、相互に不可分の目標。③条約のように、国連加盟国を法的に縛る者ではないが、先進国、新興国、途上国がともに取り組むものであり、実現にあたっては、「誰一人取り残さない」ことがうたわれている目標。〉である。

SDGsは持続可能なという概念と、MDG s(ミレニアム開発目標)への批判を土台にして作られた。まず、MDGsは途上国の開発問題が中心で、先進国はそれを援助する側という位置付けであったのに対し、SDGsは、開発だけでなく経済・社会・環境の3側面すべてに対応し、先進国にも共通の課題として設定している。それに伴い目標の数も8から17に増えてより包括的となった。
さらに、SDGsでは、課題を解決するために、企業の創造性とイノベーションに期待を寄せており、企業の役割が重視されている。
「持続可能な開発」とは、「将来世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、現在のニーズを満たすような開発」と定義されている。

SDGsは気候変動や経済格差の拡大等の慢性的な危機に直面した国際社会が、3年をかけて策定した危機時代の羅針盤である。外交官をはじめ、国際機関、民間企業、民間財団、市民社会、そして当事者たちが、対立や分断を乗り越えて、力を合わせて合意に達することができた。
SDGsには法的な拘束力がない、それゆえにゴールとターゲットのうち、自国に都合の悪いものは無視して、いいとこ取りができる。それにしても、すべての国連加盟国が合意に達したことは、多国間外交史上稀有なことだという。

SDGsの内容を列記すると、飢餓や貧困をなくして、すべての人に健康と福祉を、質の高い教育を受けて、ジェンダーを平等にする。安全な水とトイレを世界中に普及させ、クリーンなエネルギーを行き渡らせる。あらゆる人に働きがいのある仕事を。産業と技術革新の基盤を作り、人や国の不平等をなくす。住み続けられる街づくりを、持続可能な消費と生産パターンを確保する。気候変動対策、海の豊かさを守る。陸の豊かさを守る、平和で包摂的な社会を推進し、パートナシップで目標を達成しよう。

2019年に、SDGsの進捗状況を評価する「SDGサミット」が開かれた。国内、国家間で、富や収入を得る不平等が拡大しており、飢餓人口が増え、貧困をなくすことはおぼつかない。ジェンダー平等実現はままならない。そして国連がSDGs達成に黄信号を投げかけ、今後の10年で取り返すとなりふり構わず、2030年までの「行動の10年」を提起した。

現在、人類は地球の資源再生能力の1.69倍を使っているという。資源再生能力とは化石燃料や金属あるいは森林などのことである。持続可能な開発を続けるためには、資源の消費を1以下にしなければならない。満身創痍の地球をなんとか回復基調にもっていき、その状態を次の世代さらにその次の世代へと引き継ぐことが、SDGsのキーワード 「持続可能な」の意味するところである。
2020年から新型コロナウイルスが世界を席巻した。COVIV-19が落ち着いたあと、経済損失を急速に挽回しようと非常手段として再び安易に化石燃料に依存することにつながりかねない懸念がある。→人気ブログランキング
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グリーン・ニューディールー世界を動かすガバニング・アジェンダ/明日香壽川/岩波新書/2021年
ドローダウン 地球温暖化を逆転させる100の方法/ポール・ホーケン編著/東出顕子訳・江守正多監訳/山と渓谷社/2021年
SDGsー危機の時代の羅針盤/南博・稲葉雅紀/岩波新書/2020年

2021年8月12日 (木)

ドローダウン 地球温暖化を逆転させる100の方法 ポール・ホーケン編著

世界の気温上昇を産業革命前の水準と比較して2℃未満に抑えるという国際的な公約がある。2015年、国連気候変動枠組条約締約国会議(通称COP)で合意され、「パリ協定」と呼ばれる。それにはCO2を2030年には半減、2050年にはゼロにしなければならいとされている。しかし排出を止めるロードマップは今のところない。
A417ba5d5c924a51b93a0dc0242775aaドローダウン 地球温暖化を逆転させる100の方法
ポール・ホーケン編著
東出顕子訳、江守正多監訳 
山と渓谷社 
2021年
431頁

タイトルのドローダウンとは、温室効果ガスがピークに達し、年々減少し始める時点を指す。編著者のポール・ホーケン は、アメリカの環境保護活動家、 起業家 、作家、活動家。
プロジェクト・ドローダウンは22カ国70名のドローダウン・フェローで構成されている。40%は女性で、半数近くが博士号取得者である。

これらすべての温暖化対策を実施すると、2050年までに少なくとも1000ギガトンのCO2を削減できるという。ちなみに、1ギガトンはオリンピックサイズのプール40万個分。2016年に排出されたCO2の総量は36ギガトンである。
本書の特徴は、100の技術や戦略についてランキンが示され、より実効性がある方法はなにか、なにを優先すべきなのか、削減CO2量のほかそれにかかるコスト、そして課題に言及しているところである。本書によって温暖化阻止に明るい兆し見えたような気がする。

紹介されている技術や戦略は、エネルギー、食、女性と女児、建物と都市、土地利用、輸送、資材、今後注目の解決策、の8項目に大きく分かれている。
ランキングの1位は、「冷媒の管理」で2050年までに90ギガトンを減らすことができる。冷蔵庫、スーパーマーケットのショーケース、エアコンなどに使われている冷媒は、地球規模の問題を起こし続けている。ハイドロフルオロカーボン(HFC)に代表される代替フロンは、オゾン層には有害な影響を与えないが、温室効果はCO2の1000〜9000倍もあるという。2028年までにHFCの使用を段階的に削減することを取り決めた2016年のモントリオール議定書キガリ改正には、最終的に197カ国が採択したという。

食料廃棄の削減で70ギガトン、屋上ソーラーで24ギガトン、植林で18ギガトン、電気自動車で11ギガトン、のCO2を削減できる。電気自動車の普及が思いのほか効果が少ない。また意外に思えるが女児の教育が60ギガトンとなっている。なぜ女児の教育がCO2削減につながるのか。それは教育を受けることにより女性の出産数が減ることによる。

本書はアメリカで2018年2月に発刊された。『ニューヨークタイムズ』でベストセラーに選ばれ、すでに世界12カ国の言語に翻訳されているという。→人気ブログランキング
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グリーン・ニューディールー世界を動かすガバニング・アジェンダ/明日香壽川/岩波新書/2021年
ドローダウン 地球温暖化を逆転させる100の方法/ポール・ホーケン編著/東出顕子訳、江守正多監訳/山と渓谷社/2021年
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