経済・政治・国際

タリバン 田中 宇

2021年8月31日、アメリカ軍がアフガニスタンから完全 撤退した。アフガニスタンとタリバンは、旬の話題だ。
現在、Amazonで新書『アフガニスタンー戦乱の現代史』(岩波書店 2003年)には、9000円以上の値がついている。ならば本書はどうかというと、8月31日は1439円で、9月1日には1800円、日が経つにつれ値が上がっている。本書を手に入れたのは値が上がる前だ。本書は、2001年9月11日の同時多発テロの1ヶ月後に発刊されている。
タリバンを理解するには、アフガニスタンの近代史を理解しなければならない。
F3b4031bbd514a16a4ba748ef9369f93タリバン
田中 宇(Tanaka Sakai
光文社新書 
2001年 214頁

「グレートゲーム」とは、中央アジアの覇権を巡るイギリス帝国とロシア帝国の情報戦をチェスになぞらえて名づけられた。
17世紀以来、インドへの関与を強めていたイギリスが、19世紀半ばにムガール帝国を滅ぼしインドを植民地とした。同時期、イギリスはアフガニスタンに対しても侵略の手を伸ばした。1838年、イギリスはアフガニスタンに侵攻した。イギリス軍は難なくカブールを占領し、アフガニスタンをインドと同じように支配しようとした。しかし、イスラムの聖職者たちはジハード(聖戦)を宣言した。ジハードとは、あらゆるイスラム教徒の男性が参戦しなければならないという国民皆兵の布告である。ジハードの最中に戦死すると、どんな人も天国に行けることになっている。特に若者や子どもたちはこの教えを信じ、戦場で死ぬことを少なくとも表向きは喜びと考えている。
それに呼応してゲリラ戦が始まり、イギリスの支配が始まって2年後の冬に、イギリス軍は1万6千人が全滅したが、ただ一人、医師のウイリアム・ブライドンだけがアフガニスタンを脱出した。この医師が、シャーロックホームズの相手のワトソンのモデルとなったというのは有名な話である。

1978年、アフガニスタンでは共産主義政党による政権が成立したが、これに対抗するムジャヘディン(聖戦士)の蜂起が始まった。ほぼ全土が抵抗運動の支配下に落ちたため、共産主義政権はソ連に軍事介入を要請した。1979年12月にソ連軍が軍事介入した。ソ連軍にもジハードが宣告された。

オサマ・ビンラディンは、ソ連軍と戦うゲリラを支援するためアフガニスタンに赴いた。ビンラディンはサウジアラビア最大の建築会社、サウジ・ビンラディン・グループのオーナー一族の息子である。

宗教信仰をすべて迷信として弾圧するソ連が、アフガニスタンに侵攻したことは、イスラム教徒の怒りをかっていた。アメリカの同盟国のパキスタンやサウジアラビアは率先して、アフガニスタンのイスラム同胞を救えというキャンペーンを張った。アフガニスタンやパキスタンにある軍事訓練センターに志願兵となった若者が運ばれたが、訓練センターを運営しているのはCIAだった。ビンラディンは一族が持つ豊富な資金を使いそのプロジェクトに参加した。
アフガニスタンのイスラム聖戦への志願兵を募るための事務所を、中東諸国やパキスタン、アメリカなどイスラム教徒が多い国に設立し、数千人の若者をアフガニスタンに集めムジャヘディンとして軍事訓練を行った。CIAが武器を供与し、ビンラディンが給料を支払っていた。

1989年、ソ連がアフガニスタンから撤退し戦争は終結したが、アフガニスタン側でこの戦争を戦っていたゲリラの内部で内戦が起こった。ソ連の侵攻を受けていた10年間、アフガンのゲリラを支援していたのはパキスタンであり、その背後にいたのがアメリカだった。

パキスタンの難民キャンプで育ち神学校に通っていた若者たちは、こうした醜い戦いをする腐敗したムジャヘディンから祖国を解放しようとする運動を始めていた。それがタリバンである。タリバンとはアラビア語で「学生たち」という意味である。

タリバンは腐敗したムジャヘディンと戦い、アフガニスタンの国土の9割を支配するようになった。このドラマはパキスタンによって周到に準備されたものだった。
アメリカはアフガニスタンからパキスタンを通って石油と天然ガスのパイプラインを敷設する計画を、タリバン侵攻当初から目論んでいた。タリバンは住民に対し、厳格なイスラム教信仰に基づいた生活を送るよう強制した。
そのタリバンの政策に対し、アメリカは人権侵害と非難しなかった。アメリカがタリバンを非難するようになったのは、オサマ・ビンラディンが対米テロを強めた1998年以降である。

ビンラディンは、ゲリラ組織同士の争い失望し、母国サウジアラビアに帰り一族の会社経営の場に復帰した。翌年1990年イラク軍がクエートに侵攻して、サウジアラビアは自国の中に米軍(多国籍軍)の駐留を許し、イラクを攻撃させることとなった。ビンラディンはアフガン帰りの兵士を率いて祖国のためにイラク軍と戦うことを計画し、サウジ政府の国防相に持ちかけた。ビンラディンの計画ではイラク軍に勝てないと提案を断った。
米軍がイラク軍を撃退した。ビンラディンは、聖地メッカを擁するサウジアラビアの王室が異教徒であるアメリカ軍に頼ったことを、モスクでの演説で非難した。

ビンラディンはスーダン亡命した。サウジアラビアだけではなく中東諸国の多くは軍事的、あるいは経済的にアメリカに頼る国になっていたが、これらの国の政府は転覆されるべきだとした。1991年、サウジアラビア政府はビンラディンを国外追放した。ビンラディンはアブガニスタンに身を寄せるようになった。ビンラディンはアフガニスタンに移って間もなくアメリカに宣戦布告を発している。

アフガン戦争時代志願兵募集のため世界各地に作られたビンラディンの事務所は、アラビア語でアルカイダ(拠点)と呼ばれるようになり、アルカイダのネットワークは、アメリカを攻撃するテロのネットワークとして再編されていった。

1997年オルブライト国務長官がタリバンの女性差別を明確に非難した。この頃からアメリカのトーンが変化した。タリバンは国際社会の敵としての立場に追い込まれた。
1998年8月、ケニアとタンザニアにあるアメリカ大使館が爆破され、多数の死傷者が出た。アメリカ政府は、この事件の背後にビンラディンがいると主張し、タリバン政権にビンラディンを引き渡すよう要求したが拒否されたため、1999年10月に国連を動かしタリバン政権に対する経済制裁を発動した。

2001年9月11日、大規模テロ事件が起こると、アメリカはビンラディンの引き渡しに応じなかったタリバンを攻撃し始めた。アフガニスタンを民主的な国にする目的で、アメリカ軍はアフガニスタンに駐留した。→人気ブログランキング
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SDGsー危機の時代の羅針盤 南 博・稲葉雅紀

SDGs (持続可能な開発目標)は、2015年9月、国連で193カ国の首脳の合意のもと採択された「2030アジェンダ」の主要部分を占める。「危機の時代の羅針盤」としてのSDGsにじっくり目を通してみようというのが本書の主旨である。著者は日本の主席交渉官としてSDGs交渉を担当した南博と、市民社会からSDGsに関わってきた稲葉雅紀。
Fae85e24c0b0460088e055b17f435c29SDGsー危機の時代の羅針盤
南 博・稲葉雅紀
岩波新書
2020年 220頁

SDGsとは、〈①世界から貧困をなくすことと「持続可能な社会・経済・環境」へと変革することの二本の柱とする目標。②2030年を期限として、17のゴール169のターゲット、232の指標により世界の社会・経済・環境のあらゆる課題を取りまとめる、相互に不可分の目標。③条約のように、国連加盟国を法的に縛る者ではないが、先進国、新興国、途上国がともに取り組むものであり、実現にあたっては、「誰一人取り残さない」ことがうたわれている目標。〉である。

SDGsは持続可能なという概念と、MDG s(ミレニアム開発目標)への批判を土台にして作られた。まず、MDGsは途上国の開発問題が中心で、先進国はそれを援助する側という位置付けであったのに対し、SDGsは、開発だけでなく経済・社会・環境の3側面すべてに対応し、先進国にも共通の課題として設定している。それに伴い目標の数も8から17に増えてより包括的となった。
さらに、SDGsでは、課題を解決するために、企業の創造性とイノベーションに期待を寄せており、企業の役割が重視されている。
「持続可能な開発」とは、「将来世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、現在のニーズを満たすような開発」と定義されている。

SDGsは気候変動や経済格差の拡大等の慢性的な危機に直面した国際社会が、3年をかけて策定した危機時代の羅針盤である。外交官をはじめ、国際機関、民間企業、民間財団、市民社会、そして当事者たちが、対立や分断を乗り越えて、力を合わせて合意に達することができた。
SDGsには法的な拘束力がない、それゆえにゴールとターゲットのうち、自国に都合の悪いものは無視して、いいとこ取りができる。それにしても、すべての国連加盟国が合意に達したことは、多国間外交史上稀有なことだという。

SDGsの内容を列記すると、飢餓や貧困をなくして、すべての人に健康と福祉を、質の高い教育を受けて、ジェンダーを平等にする。安全な水とトイレを世界中に普及させ、クリーンなエネルギーを行き渡らせる。あらゆる人に働きがいのある仕事を。産業と技術革新の基盤を作り、人や国の不平等をなくす。住み続けられる街づくりを、持続可能な消費と生産パターンを確保する。気候変動対策、海の豊かさを守る。陸の豊かさを守る、平和で包摂的な社会を推進し、パートナシップで目標を達成しよう。

2019年に、SDGsの進捗状況を評価する「SDGサミット」が開かれた。国内、国家間で、富や収入を得る不平等が拡大しており、飢餓人口が増え、貧困をなくすことはおぼつかない。ジェンダー平等実現はままならない。そして国連がSDGs達成に黄信号を投げかけ、今後の10年で取り返すとなりふり構わず、2030年までの「行動の10年」を提起した。

現在、人類は地球の資源再生能力の1.69倍を使っているという。資源再生能力とは化石燃料や金属あるいは森林などのことである。持続可能な開発を続けるためには、資源の消費を1以下にしなければならない。満身創痍の地球をなんとか回復基調にもっていき、その状態を次の世代さらにその次の世代へと引き継ぐことが、SDGsのキーワード 「持続可能な」の意味するところである。
2020年から新型コロナウイルスが世界を席巻した。COVIV-19が落ち着いたあと、経済損失を急速に挽回しようと非常手段として再び安易に化石燃料に依存することにつながりかねない懸念がある。→人気ブログランキング
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ドローダウン 地球温暖化を逆転させる100の方法/ポール・ホーケン編著/東出顕子訳・江守正多監訳/山と渓谷社/2021年
SDGsー危機の時代の羅針盤/南博・稲葉雅紀/岩波新書/2020年

ドローダウン 地球温暖化を逆転させる100の方法 ポール・ホーケン編著

世界の気温上昇を産業革命前の水準と比較して2℃未満に抑えるという国際的な公約がある。2015年、国連気候変動枠組条約締約国会議(通称COP)で合意され、「パリ協定」と呼ばれる。それにはCO2を2030年には半減、2050年にはゼロにしなければならいとされている。しかし排出を止めるロードマップは今のところない。
A417ba5d5c924a51b93a0dc0242775aaドローダウン 地球温暖化を逆転させる100の方法
ポール・ホーケン編著
東出顕子訳、江守正多監訳 
山と渓谷社 
2021年
431頁

タイトルのドローダウンとは、温室効果ガスがピークに達し、年々減少し始める時点を指す。編著者のポール・ホーケン は、アメリカの環境保護活動家、 起業家 、作家、活動家。
プロジェクト・ドローダウンは22カ国70名のドローダウン・フェローで構成されている。40%は女性で、半数近くが博士号取得者である。

これらすべての温暖化対策を実施すると、2050年までに少なくとも1000ギガトンのCO2を削減できるという。ちなみに、1ギガトンはオリンピックサイズのプール40万個分。2016年に排出されたCO2の総量は36ギガトンである。
本書の特徴は、100の技術や戦略についてランキンが示され、より実効性がある方法はなにか、なにを優先すべきなのか、削減CO2量のほかそれにかかるコスト、そして課題に言及しているところである。本書によって温暖化阻止に明るい兆し見えたような気がする。

紹介されている技術や戦略は、エネルギー、食、女性と女児、建物と都市、土地利用、輸送、資材、今後注目の解決策、の8項目に大きく分かれている。
ランキングの1位は、「冷媒の管理」で2050年までに90ギガトンを減らすことができる。冷蔵庫、スーパーマーケットのショーケース、エアコンなどに使われている冷媒は、地球規模の問題を起こし続けている。ハイドロフルオロカーボン(HFC)に代表される代替フロンは、オゾン層には有害な影響を与えないが、温室効果はCO2の1000〜9000倍もあるという。2028年までにHFCの使用を段階的に削減することを取り決めた2016年のモントリオール議定書キガリ改正には、最終的に197カ国が採択したという。

食料廃棄の削減で70ギガトン、屋上ソーラーで24ギガトン、植林で18ギガトン、電気自動車で11ギガトン、のCO2を削減できる。電気自動車の普及が思いのほか効果が少ない。また意外に思えるが女児の教育が60ギガトンとなっている。なぜ女児の教育がCO2削減につながるのか。それは教育を受けることにより女性の出産数が減ることによる。

本書はアメリカで2018年2月に発刊された。『ニューヨークタイムズ』でベストセラーに選ばれ、すでに世界12カ国の言語に翻訳されているという。→人気ブログランキング
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ドローダウン 地球温暖化を逆転させる100の方法/ポール・ホーケン編著/東出顕子訳、江守正多監訳/山と渓谷社/2021年
SDGsー危機の時代の羅針盤/南博・稲葉雅紀/岩波新書/2020年

チョンキンマンションのボスは知っている

著者は立命館大学教授、文化人類学者。
著者のフィールドワーク「力」は凄い。武器は旺盛な好奇心と行動力そしてスワヒリ語だ。女だてらに(差別語か?)、魔窟と呼ばれる香港のチョンキンマンションにひとりで長期間滞在して、調査を進めた。
著者は、本書で2020年度の大矢壮一ノンフィクション賞と河合隼雄学芸賞を受賞した。
Photo_20210226082201チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学
小川さやか
春秋社
2019年 ✳︎10

著者は、幸運にもスワヒリ語を話せるということで、カラマというチョンキンマンションのボスに出会うことができた。
カラマは51歳、中古車ディーラーである。2000年代初頭にタンザニアから香港にやってきた。香港ではビザなしで3ヶ月滞在できるから、中国本土やマカオに出て香港に再入国することを繰り返し、香港に長期滞在した。
タラマは儲けた金で、郷里で様々な事業に投資した。農地を購入し農産物加工工場を建設し、親族経営のガソリンスタンドを経営し、スーパーマーケットを建設中である。地元の子ども達に服を贈ったり慈善活動もしている。

カラマのスマホのアドレス帳には、タンザニアの上場企業の社長や政府高官からドラッグディーラーから売春婦、元囚人まで多種多様な知人・友人が登録されている。
カラマのところには毎日のようにタンザニア人が相談にくる。カラマはこれまで見ず知らずの若者を含め膨大な数の人間を世話してきたが、「ついでに」適当にやっているからできるのだという。

チョンキンマンションは5棟で構成されていて、1、2階は店がひしめき合い、3階から17階までは安宿が入っている。刑期を終えた人物や、難民や亡命者、不法滞在者、売春婦たちが住んでいる。彼らは何か起きたときに正規のルートを頼ることは難しい。タンザニア香港組合が結成されるきっかけとなったのは、タンザニア人の死だった。
遺体を母国に送ろうにも、家族に経済的な力がない。そこでカラマが代表を務め、書記官と5人の委員を選出した。彼らは中国と香港に滞在していたタンザニア人たちに寄付を募り1万1000ドルを集めることに成功し、遺体を無事家族の元に届けた。その後定期的に会合を持つようになり、タンザニア香港組合が発足した。
やがてタンザニア人だけではなく、ケニア人、ウガンダ人も加えた東アフリカ共同体香港組合が設立された。

脛にキズをもつ者が商売をして行くには、通常社会とは違ったルールが存在して当然だろう。彼らはフェイスブックやインスタッグラムなどの複数のSNSのプラットフォームを活用して「TRUST」という仕組みを構築した。ブローカーが商品を購入する資金が足りないときは、「TRUST」を通じクラウドファンディングから資金を調達して顧客に商品を売る。その儲け分はファウンディングの出資者にも分配される。専用のサイトがあるわけではない。顧客は「THRUST」を通じて購入する場合もあるし、香港まで来てブロカーが同行して購入することもある。

航空会社の優待メンバーになれば手荷物や受託荷物の制限重量も増える。スーツケースの空きスペースに、「ついでに」売ろうとする携帯電話を入れてもらうのである。
「ついでに」いかに便乗するかが重要なのだ。コンテナの隙間に鉄筋を積んでもらい、それがたまり、ビルを建てるしかないなということになって、ホテルを立てることにしたと、カラマはいう。相手は「ついでに」の見返りは求めない。

商売のためにSNSで、羽振りの良さを喧伝していることもあって、香港のタンザニア人多くは、実態はどうあれ母国の人々には、海外でぼろ儲けしていると思われている。
インスタグラムの写真や動画によって築かれるのは、「見せかけ」「まやかし」による信頼である。少なくとも星印や点数と違い、自己顕示力や承認要求、趣味や個人的な好き嫌い、心情や主義、日々変化する喜びや悲しみなど全てを盛り込んだ、より生々しい姿を通じ、すなわち数値化できない個人に対する人格的な理解や関心を基本として、商売を動かしている。
香港のタンザニア人たちは他者への支援に関わる細かなルールを明確化していない。彼らは効率性や便宜性をともに生きることを、より優位に置いたり信頼の格付けを目指すのとは違う回路で商売を実践している。

そして、私たちは必ずしも危険な他者や異質な他者を排除しなくともシェアできるということを考える一歩になれば幸いだという。→人気ブログランキング

人新世の「資本論」

人類の経済活動が地球に与えた影響があまりに大きいとして、オランダのノーベル化学賞受賞者のパウル・クルッツェンは、産業革命以降を「人新世」(Anthropocene アントロポセン)と名付けた。人新世は人類が地球を破壊し尽くす時代だという。著者は、人新世の危機を乗りきる手段を『資本論』をテキストにして考察する。資本主義を止め脱成長コミュニズムに移行しなければ、気候変動は止められないという。世界の注目を集めたトマ・ピケティの論理を超える処方箋を提案した。
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斎藤幸平
集英社新書
2020年

スウェーデンの当時15歳のグレタ・トゥーンベリは、2018年にポーランドで開かれた第24回気候変動枠組条約締約国会議(COP24)に集まった190か国の大人たちを前にして、蛇蝎のごとく訴えた。「あなたたちが科学に耳を傾けないのは、これまでの暮らし方を続ける解決策しか興味がないからです。そんな答えはもうありません。あなたたち大人がまだ間に合うときに行動しなかったからです」と核心をついた。あなたたちとは、ドイツの社会学者ウルリッヒ・プラトンとマルクス・ヴィッセンが「帝国的生活様式」と呼んだライフ・スタイルを送る先進国に住む私たちのことだ。グレタはZ世代の象徴的な人物の一人である。1990年後半から2000年に生まれたZ世代はデジタル・ネイティブであり、最新のテクノロジーを自在に操りながら世界中の仲間と繋がっている。この世代は新自由主義が規制緩和や民営化を推し進めてきた結果、格差や環境破壊が深刻化していく様を体験しながら育った。このまま資本主義を続けていってもなんら明るい展望はないと実感している。今まで人類が使用した化石燃料の約半分が、冷戦が終わった1989年以降のものだ。ベルリンの壁が崩壊し、さらにソ連が崩壊したことによって、アメリカ型の新自由主義が旧共産圏の廉価な労働力や市場に目を向けたのだ。

気候変動はどの程度の危機的状況なのか。2020年6月にシベリアで気温が36℃に達した。永久凍土が融解すれば多量のメタンガスが放出され、気候変動は加速される。北極圏の永久凍土から大量の水銀が流出したり、炭疽菌のような細菌やウイルスが解き放たれるリスクもある。科学者たちは、2100年までの気候上昇を産業革命前の1.5℃未満に抑え込むことを求めている。すでに1℃上昇しているから、すぐに行動しなくてはならない。具体的には2030年までに二酸化炭素排出量をほぼ半減させ、2050年までに0にしなければならない。もし現在のまま排出し続ければ2030年までに気温の上昇は1.5℃を超え、2100年には4℃上昇すると予測されている。このままであれば、地球は人類が生きられない環境になってしまうという。
昨年11月、菅首相が所信表面演説で、国内の温暖化ガスの排出を2050年までに「実質ゼロ」にすると表明したのは、COPの試算に基づくものだ

資本主義は人間だけでなく、自然環境からも掠奪するシステムである。そして限度を知らない。資本主義は負荷を外部に転嫁することで経済成長を続けていく。そうした「外部化」がうまくいっていたあいだは、先進国に住む私たちは環境危機に苦しむこともなく豊かな生活を送ることができた。矛盾をどこか遠いところに転嫁し、問題解決の先送りを繰り返してきたのだ。「グローバル・サウス」とは、グローバル化によって被害を受ける領域ならびにその住民を指す。

国連は、国際目標として17のグローバル目標と169のターゲットからなる「SDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)」を掲げている。後戻りできなくなるまでの時間なかで、大胆な政策が先進国で議論されるようになった。「グリーン・ニューデール政策」は再生可能エネルギーや電気自動車を普及させ、大型財政出動や公共投資を行う。そうして安定した雇用を作り出し、景気を刺激することを目指す。果たしてこんなうまい話があるのだろうか。著者は実例を挙げてグリーン・ニューデール政策は、二酸化炭素排出量を下げることができないとする。電気自動車によって削減される世界の二酸化炭素量はわずか1%である。バッテリーの大型化による製造過程で二酸化炭素を多く発生するからだ。グリーン技術はその生産過程までみると決してグリーンではない。「脱成長」の選択肢を取らない限り、解決はありえないという。資本主義の歴史を振り返れば、国家や大企業が十分な規模の気候変動対策を打ち出す見込みは薄い。SDGsもグリーン・ニューデール政策も、気候を人工的に操作するジオエンジニアリングも、気候変動を止めることができない。SDGsは、気候変動に対して何かいいことをしていると免罪符を与える現代のアヘンであると断言する。脱成長を選択せざるをえないときに、資本主義の仕組みはいくら修正しても立ち行かないのだ。

著者はトマ・ピケティの考えとの違いを明確に示している。ピケティは行きすぎた経済格差の解決策として累進性の高い課税を提唱した。その後、労働者たちが生産を自主管理・協同管理する参加型社会主義を訴えている。しかし脱成長を受け入れていないことと、租税という国家権力に依存するところが問題であると指摘している。著者は解決策をカール・マルクスの『資本論』に求めている。マルクスは晩年、地質学、植物学、鉱物学などの自然科学を研究して膨大な研究ノートを残している。過剰な森林伐採、化石燃料の乱費、種の絶滅などのエコロジカルなテーマを、資本主義の矛盾として扱うようになっていった。最終的には100巻に及ぶメガ(MEGA)と呼ばれる新しい『マルクス・エンゲルス全集』( Marx-Engels-Gesamtausgabe)の刊行が進んでいる。そこにはマルクスの研究ノート、図書館での書き抜き、アイデアや葛藤も含まれている。『MEGA』を丹念に読み解くことが、現代の気候危機に立ち向かう武器になるという。

『資本論』を、脱成長コミュニズムという立場から読み直すことが必要であるという。コミュニズムの「コモン」とは社会的に人々に共有され管理されるべき富のことである。コモンは、水や電力、住居、医療、教育といったものを公共財産として自分たちで民主的に管理することを目指す。脱成長コミュニズムへの変換項目として、⑴使用価値経済への転換、⑵労働時間の短縮、⑶画一的な分業の廃止、⑷生産過程の民主化、⑸エッセンシャル・ワークの重視を挙げている。資本主義の虚の部分を削ぎ落とさなくてはならない。具体的な目安は1970年代の生活レベルである。
脱成長コミュニズムの5本の柱について説明する。⑴使用価値経済への転換:マルクスは「価値」と「使用価値」という商品の属性を区別した。資本主義は価値を求めるが、必ずしも使用価値(有用性)を求めるわけではない。希少性の増大が商品としての価値を増やす。希少性を人工的に生み出すのは、ブランド化や広告である。有用性を重視する使用価値経済への転換しなければならない。
⑵労働時間の短縮:使用価値の経済に向けた転換のためには、労働時間の短縮が根本条件である。GDPには現れないQOLの上昇を目指す。
⑶画一的な分業の廃止:労働者や消費者を支配しやすい閉鎖的技術中心の経済、すなわち利益優先の経済から脱却して、使用価値の生産に重点をおいた経済に転換しなくてはならない。
⑷生産過程の民主化:知識や情報は社会全体のコモンであるべきなのだ。
⑸エッセンシャル・ワーキングの重視:現在高給を取っている職業として、マーケティングや広告、コンサルティングそして金融や保険業などがあるが、こうした職業は重要そうに見えるものの、社会の再生産にはほとんど役に立っていない。
エッセンシャル・ワーキングとは、主に医療・福祉、農業、小売・販売、通信、公共交通機関など、社会生活を支える仕事をいう。

2020年1月にバルセロナが発表した「気候非常事態宣言」は野心的であるという。2050年までの脱炭素化という目標をしっかりと掲げている。自治体職員の作文でも、シンクタンクが作成したものでもなく、この宣言は市民の力の結集である。行動計画には包括的かつ具体的な項目が240以上並ぶ。二酸化炭素排出量削減のために、都市公共空間の緑化、電力や食の地産地消、公共交通機関の拡充、自動車・飛行機・船舶の制限、エネルギー貧困の解消、ゴミの削減・リサイクルなどの全面的な改革プランを掲げている。

先送りするだけの国連のSDGsは批判されなくてはならい。トップ・ダウンではなく、バルセロナのようにボトム・アップでなければだめだ。そして著者は読者に行動を起こすようにと呼びかける。3.5%の人々が動けば何かがが起こるという。→人気ブログランキング

アメリカ炎上通信 言霊USA XXL 町山智浩

『週刊文春』に連載されている「言霊USA」(2018年3月〜2019年7月)の69本のコラムを収録。
コアなUSAウォッチャーの著者は、トランプが大統領になって話題が尽きないので、書くことに困らないという。トランプは、平気で嘘をつくが本音を言い、自らの行いは過剰に褒め、敵は徹底的に腐す。利用価値があると思えば、危険な人物であろうと近ずいていく。よく言えば、わかりやすくて邪気がない。悪く言えば子どもで、自己愛性人格障害ともいわれている。
一部のエキセントリックな白人だけがトランプを支持しているわけではない。そもそも白人はアメリカは自分たちの国だと思っている。自分たちは選ばれた人間だと信じている。これ以上有色人種が増えると白人優位のアメリカを維持できなくなるという焦燥感が、トランプ支持する。なにも手を打たなければ、共和党は選挙に勝てなくなる。そこで、顔写真付きの身分証明書なしには投票できない、有権者ID法を取り入れる州がでてきている。黒人をはじめとする有色人種は、免許証を持っている割合が圧倒的に低い。
トランプはもちろんだが、今の共和党には賢さが皆無だ。
ピックアップした「Qanon」「Uninged」「Very Close To Complete Victory.」「Busing」について抄記する。

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町山智浩
文藝春秋 2019年

QAnon(Qアノン=トランプ支持者が信じる匿名ネット投稿者 2018年9月6日)
Qという匿名(Qアノニマス=匿名者Q)のネット投稿からはじまった陰謀論で、アメリカはディープ・ステートという闇の組織に支配されているという。ヒラリー・クリントンや政府高官が絡んでいて、政財界には小児性愛者ののネットワークがあり、ワシントンのピザ屋で、子どもを売買しているという。2016年にはQAnon信者がそのピザ屋を銃で襲う事件が発生した。
トランプ支持者にはQAnon信者が多い。QAnon信者はそれと戦う正義の味方がトランプだと信じている。

Uninged(タガが外れて 2018年10月4日)
トランプの閣僚で唯一の黒人女性だったオマローサ・マニゴールドが解雇され、オマローサは回顧録『UNHINGED(アンヒンジド)』を出版した。
トランプと著者は、出演していた人気テレビ番組『アプレンティス』以来のつき合いがある。オマローサは大統領制出馬以来、広報を担当してきた。
トランプは極度の健忘症で、前日に言ったことすら覚えていない。「精神的に問題がある」と強調している。 
また、大統領選の遊説で黒人教会に行ったとき、トランプが「ニガー、ニガー」と差別用語を多発し、「(黒人に何をされるかわからないから)俺をひとりにしないでくれ」と懇願したなど、黒人への差別意識を丸出しにする姿も暴露されている。
一方、トランプは「彼女を雇ったのは涙目で哀願してきたからだ」と言っている。まるで小学生だ。

Very Close To Complete Victory.(ほとんど完璧な勝利 2018年11月29日)
アンドリュー・ジャクソン(第7代大統領)は、テネシー州や南部に住んでいた先住民をオクラホマに強制移住させて彼らの土地を白人入植者に与え、絶大な人気を誇った。トランプはジャクソンを尊敬しているという。
テネシー州はバイブルベルトの一部で、キリスト教福音派が全米で最も多い。彼らにとっては、1973年に人工中絶が違憲だとした最高裁判決を覆すことが悲願。トランプによって最高裁判事9人のうち5人が保守派判事が占めることとなった。中絶の再禁止が実現し、同性婚も風前の灯だ。

Busing(公立学校地域格差是正のためのバス通学 2019年7月18日)
民主党の大統領候補レースが始まった。今回は24名が出馬している。
トップはジョー・バイデン、2番がバーニー・サンダース、3番手がエリザベス・ウォーレン、以上4人は70歳以上の年齢。トップ3が70歳代だとは、なんという人材不足。
4番手はカーマラ・ハリスで54歳。6月27日マイアミで行われたディベートの勝者は、カーマラ・ハリスだ。父はアフリカ系のジャマイカ人。母はタミル系のインド人。父は経済学、母は医学、それぞれが博士号を取るためにカリフォルニア大学バークレー校に学んでいる間に出会って結婚した。そして生まれたのがカーマラ。そのご夫婦は離婚、カーマラは母の手で育てられた。
バシングとは、学童が通う学校をシャッフルすることで、貧困地域の子を富裕層の多い地区の学校に通わせ、その逆も行い、格差をなくすこと。
ハリスが小学生だった1973年、バイデンは上院議員として、議会でバシングに反対票を投じたのだ。それを、ハリスは追求した。→人気ブログランキング

キャプテン・アメリカはなぜ死んだか/町山智浩/文春文庫/2011年
USAカニバケツ: 超大国の三面記事的真実 /町山智浩/ちくま文庫/2011年
底抜け合衆国: アメリカが最もバカだった4年間/町山智浩/ちくま文庫/2012年
アメリカ人もキラキラ★ネームがお好き USA語録2/町山智浩 /文春文庫 2016年
トランプがローリングストーンズでやってきた USA語録4/町山智浩/文春文庫/2018年
アメリカ炎上通信 言霊USA XXL/町山智浩/文藝春秋/2019年

アメリカ人もキラキラ★ネームがお好き USA語録2 町山智浩

2012年の8月から2016年3月まで、『週刊文春』の「言霊USA」に掲載された 74本のコラムを掲載している。おりしも、オバマ大統領の2期目の年から、2016年の初めトランプがいまだ泡沫候補であった頃まである。
アメリカでは、人種差別は永遠のテーマであり、相変わらず銃乱射事件は頻発するし、レイプの件数は驚くべき数字である。女性差別も貧富の差も一向によい方向に向かっていない。著者はそれをローアングルからとらえている。。
巻末の解説は、東京大学とハーバード大に合格したことをウリにしているモーリー・ロバートソン。自分はあまたいる日本の外人タレントの中で本物であり、町山のアメリカ情報も本物であると婉曲にいう。
トランプの白人至上主義について冷静な見解を述べている。つまり、2040年頃には白人が少数派に転じる。いずれ大統領は非白人に寄り添った政治しか許されなくなる。いまアメリカは最後の悪あがきをしているというもの。これは定説ともいえる見解だ。

Photo_20200903124201 アメリカ人もキラキラ★ネームがお好き USA語録2
町山智浩
文春文庫 2016年 ✳10

Three Cups of Deceit(偽りのスリーカップス)
いやーショックだ。400万部以上を売り上げ、2006年の全米ベストセラーとなった『スリーカップス・オブ・ティ』が作り話で、著者が詐欺をはたらいていたとは。日本では2010年3月に出版され、早速読んで大いに感激した。
ヒマラヤ山脈のK2峰登頂にを途中で断念したモーテンソンが道に迷って遭難し、パキスタンのコンフェという村の人々に助けられる。モーテンソンは看護師で、後産で死の淵を彷徨う村の女性を救い村人の信頼を得る。村に学校を作ると言ってアメリカに戻り、寄付を集めてコンフェに戻って学校を建てた。9.11で分断されたアラブと西側の架け橋になろうと、その後の学校を建てようとする感動ものだった。
著者が主催する団体に全米の慈善事業家、教育機関、市民団体から巨額の寄付が集まった。しかし膨大の額の使途不明金が指摘されたが、著者は沈黙しているという。

Kids Vote(子供投票)
大統領選の予想のあれこれ。
もっとも当たっている予想は、1940年から続いている「Kids Vote」。過去2回しか外していないという。絵本や教科書を出版するスコラスティック社が主催し、18歳以下の25万人が参加する。親の投票行動が反映するからだろうと言われている。

Taste worth dying for(死ぬ価値のある味)
アメリカでは年間12万人が肥満で死ぬという。
2011年、ラスヴェガスにオープンしたレストラン「ハートアタック・グリル」の店の入り口には、「この店は健康に有害です」と警告文が出ている。ウェートレスは看護婦のコスプレ、客は手術の時に患者が着る服を着せられ、車椅子で店内に案内される。
全部で9900キロカロリーのハンバーガーがメインで、付け合わせはラードで揚げたフライ。ドリンクはメキシコから取り寄せた砂糖たっぷりのコーラ、またはバターたっぷりのミルクセーキ。156キロ以上の人はいくら食べても無料だという。常連客が心臓麻痺で救急車で運ばれたが死んだ。
この店の客が死ぬのは初めてではない。ラスヴェガスの前は店がアリゾナにあったが、29歳の常連客が店の中で心停止した。
「オーナーは言う。たとえ死のうが、好きなものを食べる自由がある!」いかにも、自由を重んじるアメリカだ。→人気ブログランキング

キャプテン・アメリカはなぜ死んだか/町山智浩/文春文庫/2011年
USAカニバケツ: 超大国の三面記事的真実 /町山智浩/ちくま文庫/2011年
底抜け合衆国: アメリカが最もバカだった4年間/町山智浩/ちくま文庫/2012年
アメリカ人もキラキラ★ネームがお好き USA語録2/町山智浩 /文春文庫 2016年
トランプがローリングストーンズでやってきた USA語録4/町山智浩/文春文庫/2018年
アメリカ炎上通信 言霊USA XXL/町山智浩/文藝春秋/2019年

トランプがローリングストーンズでやってきた USA語録4 町山智浩

2016年、共和党の大統領候補指名選は、最終的にトランプとフロリダの上院議員テッド・クルーズの戦いになった。お互い「お前の母ちゃん出べそ」的な中学生レベルのネガティブキャンペーンを行った。が、相手の弱点をつくことにおいては、トランプに一日の長があった。その悪口の発信を追求されると、PAD(政治活動委員会)という団体が勝手にやったことだと、それぞれの陣営が責任逃れをした。PADは政治家を勝手に応援する後援会で、個人や企業からの献金で潤っている。潤沢な資金で下品なCMが多量に流されることになった。とういうのが前置き。
本書に収録されているのは、『週間文春』の「言霊USA」に、2015年3月19日号〜2016年間3月17日号の間に掲載されたコラム。
本書のタイトルは、トランプ陣営が支持者集会でローリング・ストーンズの『悪魔を憐れむ歌』を流したところからきている。歌詞の中でサタンはこう繰り返す。「私がやっているこのゲームの正体がわからなくて、あなた方は困惑しているでしょう?」これは、支持者集会に流す曲じゃない、そんなことはどうでもいいという精神構造が、ヤバイ。
Image_20200829162401 トランプがローリングストーンズでやってきた USA語録4
町山智浩
文春文庫 2018年 ✳︎10

Opioid(オピオイド=アヘン類似物質)
2015年7月、日本でトヨタのアメリカ人元常務役員ジェリー・ハンプが麻薬の密輸で逮捕された。彼女が持ち込んだオキシドコンという鎮痛剤は、アメリカでは処方箋があれば手に入る。日本でも同じ方法で手に入るが、処方の条件が厳格である。日本で多く処方されているのは「非麻薬性」オピオイドと呼ばれるヤワなやつだ。
オキシドコンは、オピオイドと呼ばれる強力な鎮痛剤で抑うつ効果がある。ハッピーな気分になる。「-oid」は「〜に見える」「それっぽい」という意味だ。麻薬類似物質の常用者は940万人、総売上2億ドル以上の一大産業なのだ。オピオイド中毒は深刻な問題である。いずれ、ヘロインに手を出すことになる。

Black people can't swim?(黒人は泳げない?)
アメリカでは水泳は義務教育の必修科目ではない。貧乏だったり、共稼ぎや片親の忙しい家庭の子は泳ぐ機会がない。
『アメリカのプールの社会史』は、モンタナ大学のジェフ・ウィルツ准教授がプールにおける人種差別を研究したものだ。奴隷制度の時代、白人たちは黒人が川に入ることを固く禁じた。逃げられてしまうからだ。1920年代、全米各地にプールが作られたが、黒人は入ることができなかった。
現在、市民プールにおける差別は「いちおう」なくなったが、「水泳格差」は存在する。実際、USA水泳連盟とメンフィス大学が2010年に発表したデータによると、黒人の7割は泳げない。白人の少年に比べて溺死事故は3倍も多い。

Don't get ahead of the news,It will run you over.(ニュースの先を走ってはならない。後ろから轢かれることになる。by FOXニュースのキャスター)
全米警官組合はタランティーノの映画を「反警官的」としている、新作西部劇『ヘイトフル・エイト』のプレミアム試写会の、警備や交通整理を一切行わないよう呼びかけた。
デビュー作の『レザボア・ドッグス』(92年)ではギャング同士の次のような会話がある。「人を殺したことがあるか?ポリ公じゃなくて、本物の人間を」。タランティーノは警官が嫌いだってことは明らかだ。

メディア王ルパート・マードック傘下のFOXニュースは、黒人射殺が続く昨今は警察官の味方についている。横領がばれそうになり殉職したように見せかけ自殺した警官を、FOXニュースは英雄と祭り上げてしまった。タイトルはFOXニュースのキャスターが、戒めに言った言葉。

Snitch (密告者、チクリ屋)
麻薬王エル・チャポのアジトに海兵隊が踏み込み、一味はほとんど射殺され、エル・チャポは拘束された。エル・チャポは麻薬密売組織シナロア・カルテルのボス。資産10億ドルといわれアメリカ経済誌『フォーブス』の富豪ランキングに入る。エル・チャポは今まで何回も逮捕と脱獄を繰り返していた。
そのエル・チャポに、素人記者としてたびたび記事を書いてきたショーン・ペンがインタビューした。ペンの記事は当たり障りのない内容で、なんのツッコミも入っていない。
ところがこのダメ記事が役に立った。インタビューの交渉に会話を暗号化する携帯電話を使ったが、アメリカ政府の監視システムに引っかかった。密告者になってしまったショーン・ペンは、命がヤバイんじゃないか?→人気ブログランキング

キャプテン・アメリカはなぜ死んだか/町山智浩/文春文庫/2011年
USAカニバケツ: 超大国の三面記事的真実 /町山智浩/ちくま文庫/2011年
底抜け合衆国: アメリカが最もバカだった4年間/町山智浩/ちくま文庫/2012年
トランプがローリングストーンズでやってきた USA語録4/町山智浩/文春文庫/2018年

キャプテン・アメリカはなぜ死んだか 町山智浩

著者は「リアル・アメリカの伝道師」と呼ばれ、アメリカに関する圧倒的な量の情報を日本に発信し続けている。本書は『週刊現代』の連載コラム『アメリカで味噌汁』を中心に、『サイゾー』『TVプロレス』『クロスビート』などのコラム102編を集めたものである。
文庫版あとがきで、著者は、「アメリカに住むということは、サーカスの見世物を最前列で見るようなもんだ」という、コメディアンのジョージ・カーリンの言葉を紹介している。サンフランシスコの湾を渡った向かいのバークレーに在住。
Photo_20200821142501キャプテン・アメリカはなぜ死んだか

町山智浩
文春文庫
2011年 10✳

アメリカは、ハチャメチャなことが日常的に起こっている国だ。両極端の考えの人がそれぞれ派手な動きをする。白人至上主義が引き起こす人種がらみの事件は尽きないし、宗教は暴走するし、何でもかんでも訴訟を起こす。精神の変調をきたしているやからが銃をぶっ放す。クスリやセックス絡みで暴力事件が起こる。アメリカにはカルト集団がうようよいて、それらが信じられない事件を引き起こす。本書では、そんなサーカスの出し物が次から次へと繰り出される。
本書の特徴は、事の発端となった背景や歴史など、一つのコラムにテンコ盛の情報が詰め込まれていることだ。さらに著者の一見軽いが痛烈な皮肉が込められる。

キャプテン・アメリカは日本人に馴染みが薄いが、コラム「キャプテン・アメリカはなぜ死んだか」で、著者はなにを語っているのか。
アメリカン・コミックのスーパーヒーローであるキャプテン・アメリカの死は、『USAトゥデイ』紙など全米各紙で事件として報じられた。その理由は、キャプテン・アメリカが政治的な存在だからだという。
1941年、真珠湾攻撃が始まると主人公のスティーヴン・ロジャースは軍に志願するが、ひ弱な体で不適格とされる。そこで、超兵士を作る人体実験のモルモットとなる。超兵士となったスティーヴは星条旗を身につけ、キャプテン・アメリカとして、ナチスや日本軍と戦う。大戦後、共産主義と戦うが、すぐにシリーズは休刊する。
1964年、20年間北極の氷の中に閉じ込められていたという設定で現代に蘇る。しかし1974年ニクソンが辞任すると、キャプテン・アメリカもコスチュームを脱いだ。そればかりかヒッピーのように髪を伸ばしノマド(祖国なき者)と名乗ってアメリカを放浪し始める。
結局、再びコスチュームを着たが、アメリカを愛するため政府と対決する。新米のスーパーヒーローと悪漢たちの戦いに一般人が巻き込まれて大惨事が起こり、連邦議会は「超人登録法」を可決した。2007年、スーパーヒーローをすべて政府の管理下に置く法律である。「超人登録法」は、ブッシュ政権のテロ取り締まりのため盗聴や拘束を合法化した「愛国法」のメタファーだ。体制側についたアイアンマンたちに敗れたキャプテンは反政府活動家として逮捕された上に、裁判所の階段で何者かに狙撃され死んでしまう。(07年9月)

真珠湾攻撃がキャプテンが生まれるきっかけだから、日本には受けが悪いわけだ。→人気ブログランキング

キャプテン・アメリカはなぜ死んだか/町山智浩/文春文庫/2011年
USAカニバケツ: 超大国の三面記事的真実 /町山智浩/ちくま文庫/2011年
底抜け合衆国: アメリカが最もバカだった4年間/町山智浩/ちくま文庫/2012年
トランプがローリングストーンズでやってきた USA語録4/町山智浩/文春文庫/2018年

新型コロナVS中国14億人 浦上早苗

中国は、民主主義国家では到底できない人権無視の政策を断行してきた。1月24日からの春節の前に武漢をロックダウンし、中国全土で人の集まる場所を公共・民間を問わず閉鎖し、コロナの封じ込めに成功した。中国を「隠蔽で初動が遅れ、ウイルスをばらまいた国」という一面のみでとらえるべきではないという。

中国が感染の中心だった頃は、中国の強権的なロックダウン、テクノロジーを駆使した行動監視システムに対し、人権のない国だからできると揶揄されたが、今や多くの国で中国方式を取り入れている。この強権的な対策は、政治家ではなく医師らの提案によるものだという。

Vs14 新型コロナVS中国14億人

浦上早苗
小学館新書
2020年6月 10✳

突貫工事でコンテナ病院が建設された。5Gを用いた通信システムにより、遠隔診断し治療法が指示された。医療用ロボットが体温測定や消毒、医療品の運搬を行った。スピーカーを搭載した5Gドローンが住宅地を巡回し、おしゃべりしている人やマスクをつけていない人を家に追い返した。
PCR検査なしでもCT画像からコロナを診断してもよいとされた。アリババ・グループのAI技術が、CT画像から20秒で診断する。その的中率は96%だという。3月上旬までに中国の160の病院で採用された。

2月11日、アリババ提供の行動監視アプリ「健康コード」が杭州で導入された。赤・黄・緑で表示され、緑であれば自由に行動ができ、黄は1週間、赤は2週間の自宅待機が要請される。このアプリにより、身元を隠して暮らしていた人たちが行き場がなくなり指名手配者が自首してきたという。また不正給与支払いが発覚した。

日本の厚労省が「新型コロナウイルス接触確認アプリ」を提供したのは、6月19日。なんだか腹立たしいくらい遅い。こうしたアプリは60%の人々が登録しないと、有効ではないというから、日本でこの接触アプリがまともに機能することはないだろう。

新型コロナウイルスの存在は12月31日に確認され、1月3日にはワクチン株が分離され、7日に国連にも提供されている。
2月27日に、初動の遅れを新型コロナ対策ハイレベル専門チームの鐘南山氏(83歳)が批判している。SRASで陣頭指揮をとった鐘氏は、政府を批判したことで人々に支持され、精神的支柱となった。中国では人々は政府を信用していない。医師をはじめとする医療人と企業を信用したのである。

企業がコロナ対策に寄与した。決済アプリ「アリペイ」に、医療関係者に相談できる無料医療相談機能が追加された。
出前アプリのEle、me、ハイテクスーパーのHema、オンライン旅行のFliggy(飛猪)、口コミサイトのKoubei(口碑)が、武漢の医療関係者に食料や生活用品を手配した。
Fliggyが武漢の宿泊施設に無料で宿泊できるように呼びかけ、3000以上が協力した。
地図アプリ会社は医師たちの無料送迎を行った。

中国の新型コロナ累計死者数は4632人と、従来の3342人から修正された。4月16日時点の累計確認症例数は8万2692件となっている。
例えば、広東省は1億2千万の人口だが、感染者は1600人、死者は8人で、同じ規模の東京よりはるかに少ない。
情報が透明でなかろうと、中国は新型コロナの封じ込めに今のところ成功してるといえるだろう。

ヨーロッパ、中東やアフリカ諸国にマスクや防護服、PCR検査機器、人工呼吸器などを援助物資として送ったが、多量の粗悪品が含まれていて中国に送り返されたという。政府は製品検査を厳格化して、劣悪な製品をつくる企業を淘汰する。中国は恥をかいても前へ進んでいく。恐ろしい国だ。

著者は経済ジャーナリスト。早稲田大学政治経済学部卒。1998年から西日本新聞社記者として地域・経済分野を中心に取材。2010年に中国大連の東北財経大学に国費留学した。その後大連民族大学で日本語教員となる。2016年に帰国し、中国経済のニュースを中心に翻訳や執筆を手がける。法政大学イノベーションマネジメント研究科講師。→人気ブログランキング

新型コロナVS中国14億人/浦上早苗/小学館新書/2020年
コロナの時代の僕ら/パオロ・ジョルダーノ/飯田亮介/早川書房/2020年
感染症の世界史/石井弘之/角川ソフィア文庫/2018年
ウイルスは生きている/中屋敷均/講談社現代新書/2016年
ナニワ・モンスター/海堂尊/新潮文庫/2014年
首都感染/高嶋哲夫/講談社文庫/2013年
復活の日/小松左京/角川文庫/1975年
ペスト/アルベール・カミュ/宮崎嶺雄/1969年

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