音楽

『ストラディヴァリとグァルネリ ヴァイオリン千年の夢』 中野 雄

18世紀以降のヴァイオリン製作者の目指すところは、いかにして「二大銘器」のストラディヴァリとグァルネリ・デル・ジェスに近づけるかということであった。銘器の秘密は、これまで徹底的に探られてきた。材料という説、上塗りのニスという説、300年の経年的変化によるとする説などがあるが、いずれも決定的なものではない。ミリ単位で同じ形に作っても本物のようには決して鳴らない。時代が才能を育んだとしか言いようがないという。

なぜ、ストラディヴァリやグァルネリ・デル・ジェスは銘器なのか。広いホールの隅々まで音がいき渡るということもあるが、楽器自体がもつ音楽表現力、それを奏でる演奏者の潜在的音楽表現力を刺激して、掻き立て、向上すら促すような不思議な「霊的」としかいいようがない力があるという。これは演奏者が実際に体験することである。

イタリアの北部の街クレモナでヴァイオリンは生まれた。ヴァイオリンの発明者には諸説があるが、アマティ家のアンドレア(1505〜79)が1550年頃、ほぼ独力で現在のような形を作り出したという。表板と裏板にアーチングをもたせ、サウンドホールとしてf字型を採用した点が画期的だった。その後ストラディヴァリもグァルネリもクレモナで工房を構えた。

誠実で温厚な性格であったアントニオ・ストラディヴァリ(1644~1737)は常に新しいことに挑戦し、良い楽器を作ることだけに人生のすべてをかけた。彼が90年を超える生涯で作製した弦楽器は約2000艇といわれている。そのうち現存するものは約600艇で、うちコンサートに使用可能なものは百数十艇である。

一方、グァルネリ・デル・ジェス(1698~1744)は、わがままで怒りっぽく、自己抑制のきかない男であったといわれている。酒飲みで女癖も悪かった。典型的な天才肌で、気が向くと寝食を忘れてにヴァイオリン製作に打ち込んだ。あるとき同業者と喧嘩して相手を殺してしまい、長い間監獄に入っていたという。生涯に作製したヴァイオリンは約200艇といわれている。
二人の天才の違いを画家にたとえ、ストラディヴァリはルーベンスやレンブラント、デル・ジェスはヴァン・ゴッホやピカソにあたるとする人がいる。

1937年イタリアのクレモナ市でストラディヴァリ没後200年顕彰の催しが行われた。クレモナ市当局は会場に展示するために、世界中のコレクター、楽器商、音楽家に手持ちの楽器の出展を要請した。集まってきたのは2000艇。ところが専門家の鑑定による結果、本物は約40艇であった。世の中には100万艇以上のストラディヴァリが存在するらしい。

1970年頃、ストラディヴァリは、3000万円程度で取引されていた。2002年頃は2億円、現在は10億を超える値段に跳ね上がった。なぜか?「楽器の値段は、ユダヤ系の楽器商が結託して吊り上げているものであって、希少価値などというものはない。錯覚や思い込みにすぎない」という説が昔から流布されている。
なぜかわからないが、擦楽器(ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ)の銘器の財産価値は、他に比肩するものが見当たらないほどデフレにもインフレにも強く、しかもどんどん高くなっている。→人気ブログランキング

『ボブ・ディラン解体新書』 中山康樹

ノーベル文学賞にボブ・ディラン(72歳)が選ばれた。いくら歌詞が素晴らしいからといって、シンガー・ソング・ライターが、なんで文学賞なんだという疑問は払拭されていない。当初、だんまりを決め込んでいたディランだが、世間がしびれを切らした頃に、受賞を快く受け入れ、12月10日の授賞式には出ると言った。しかし、やっぱり先約があったのでとキャンセルしたという。
出席してもお利口さんにしていられないだろう。
11月30日に、ホワイトハウスでオバマ大統領が主催したアメリカ人ノーベル賞受賞者の交流会を、すっぽかしたという。

ボブ・ディラン解体新書 (廣済堂新書)
中山 康樹
廣済堂新書
2014年2月

『ラブ・アンド・セフト』は久しぶりに充実したディランらしいアルバムとして評価された。しかも、リリースされたのが、のちに「9.11」と呼ばれる2001年9月11日であった。ところが、『ラブ・アンド・セフト』の歌詞に盗作疑惑が浮上した。日本人医師兼作家・佐賀純一の著書『浅草博徒一代』の英語版『あるやくざの告白(Confessions ofa Yakuza)』を、そのままコピーしたかのように見える箇所が14箇所もあったという。
裁判沙汰になってもおかしくなかったが、幸運なことにそうはならなかった。「盗用」と「継承」とは紙一重という曲解によって不問に付された。

〈フォークやジャズでは引用はあたりまえだ。伝統的な技法だ〉〈ちまちま文句をつけやがって、昔からそうなんだよ〉〈誰もやっていることだ〉〈そんなに簡単に盗用で作品が作れるなら、やって見せてくれ〉などと、ディランの回答は逆ギレだった。

新作が発表されるたびに原典探しが行われるような状況は、決して健全とはいえない。そして近年のディランの音楽にそのようなカラクリがあることを知らない多くの聴き手にとって、一種の裏切り行為でもあると、著者はディランを痛烈に批判する。ところが、著者は、ディランを無数の盗人といっしょに檻に収監できない理由は、ディランの「サウンド」と「視点」にあると、天才としてのディランを認めているのだ。
それにしても、ディランをノーベル賞に推挙した人物たちは、この盗作問題を知っていたのか。

ディランの伝説は捏造されている。たとえば、1965年、ニューポート・フォーク・フェスティバルのステージにエレクトリック・ギターをぶら下げて立ったところ、ブーイングが浴びせられ、ディランはステージから引き摺り下ろされた。再びステージに姿を見せたディランは、涙を流しアコスティック・ギターで歌ったと伝えられている。
しかし、真実はディランは即席バンドで登場したため3曲しか歌えなかった。あまりの短さにブーイングが起こり、そこで、アコスティック・ギターに持ち替えて現れたというのが真相である。

ディランが世界的に著名な存在でありながら、あまり聴かれていないという状況は、故意的なわかりにくさが大きく影響しているとする。「もっとも有名な無名のミュージシャン」と呼ばれる所以である。
ディランを知る方法として、カヴァー・バージョンから入る手がある。
カヴァー・バージョンには、ディランが名曲を量産した名作曲家であることを気づかせる効能がある。さらに、カヴァー・バージョンを聴くことによって、ディランの個性的な歌唱法のどこがヘンなのかがわかるという。
個人的な感想を述べれば、ディランの声は魅力がないことが、カヴァー・ヴァージョンがもてはやされるという不可思議な現象を生み出しているのだと思う。

本書は2014年の出版だが、ノーベル賞騒ぎで急遽増刷となった。著者が、ディランを持ち上げてはいないところがいい。残念なことに著者は昨年1月に亡くなってしまった。ディランのノーベル賞受賞をどう評価するのか、ぜひ聞いてみたかった。

ボブ・ディラン解体新書
現代ジャズ解体新書 村上春樹とウィントン・マルサリス
アイム・ノット・ゼア』(DVD)

『音楽の聴き方』岡田暁生

吉田秀和賞(第19回 2009年)を受賞した名著。
〈私たちは皆、特定の歴史/社会の中で生きている以上、音楽の聴き方もまた、そこからバイアスをかけられるのはいかんともしがたい。自由に音楽を聴くことなど、誰にもできない。ただし自分自身の聴き方の偏差について幾分自覚的になることによって、もっと楽しく音楽と付き合うことができるのではないか。〉
これがサブタイトルに掲げた「聴く型」であり、著者がもっとも強調したいことである。

音楽の聴き方―聴く型と趣味を語る言葉 (中公新書)
岡田 暁生
中公新書 2009年6月

「音楽は言葉にできない」とは、ドイツロマン派の詩人たちの発想だが、それが今日まで、私たちの音楽の聴き方・語り方に縛りをかけているという。実は言葉なくして音楽を体験することはできないというのが、著者の主張。
そして音楽を語る語彙は、できるだけ身体に響くものがいいという。音楽は比喩を用いずして語ることは不可能な芸術である。ゆえに、「〜のような」という表現だらけになる。

ピエール・バイヤールのいう「内なる図書館」は、これまでに読んだ本、読んだけれど忘れてしまった本、噂に聞いたことがある本、どこかでその批評を読んだことがある本などについての諸々の記憶の断片から、成り立っている(『読んでいない本について堂々と語る方法』)。音楽についても、この「内なる図書館」があるという。

著者が音楽を聴くときのただひとつの目安は、「音楽を細切れにすることへのためらいの気持ちが働くか否か」ということである。何かしら立ち去りがたいような感覚があるかどうか。自分にとってそれが意味/意義のある音楽体験であったかを測るサインは、これ以外ない、と著者は断言する。
CDを聴くこと中断しても何の痛痒も感じなかったとすれば、その人にとって「音楽=生命」ではなく、ただの「シグナル=モノ」だったということである。

ある音楽を聴いていてどうもよくわからないというケースの大半は、「音を音楽として知覚するための枠組みを持っていないことに起因する。
クラシック音楽のかなりの部分、前衛音楽のほぼすべてが、多くの人にとって「退屈」な理由は、この参加できないということに尽きると著者はいう。聴く型を持っていないということである。
「音楽の聴き方」は、「音楽の語り方」を知ることに他ならない。音楽を「して」みれば、いくらでも語ることは出てくるはずであるという。
巻末には、聴き上手になるためのマニュアルが箇条書きになって列挙されている。

『アメリカ最後の実験』宮内悠介

主人公の櫻井脩は、ジャズの名門〈クレッグ音楽院〉の入試試験を受けるため、アメリカ西海岸にやって来た。脩には、母親と自分を棄てた父親の俊一を探す目的もあった。

試験は、音楽院が開催するジャズ・フェスティバルに飛び入りで演奏するというもの。このコンペティションは学校側の宣伝も兼ねていた。
一次試験に合格した脩は、同じく合格したマフィアの跡取り息子ザカリーとスキンヘッドの心優しい大男マッシモに出会う。

アメリカ最後の実験
アメリカ最後の実験
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宮内 悠介
新潮社 2016年1月

脩の前に、かつて俊一と同居していた先住民の女・リューイが現れ、父が使っていたシンセサイザー〈パンドラ〉を渡される。〈パンドラ〉はブルーノート・コードを弾けるように改造されていた。
俊一は、売春婦でヘロイン中毒だったリューイを椅子に縛り付け、禁断症状が出るとピアノを弾いた。音楽に人を救う力があるか試すと言って。そしてリューイを救った。

3人は、遠距離バスに乗り込み、二次試験に向かう。
試験会場で音楽院の学生証を持った男の死体が発見され、「アメリカ最後の実験」とホワイトボードに書かれていた。その学生証の人物は俊一が親しくしていた人物であった。
そして、「第二の実験」と書き残す殺人事件が起こり、「第三」「第四」と全米で連続殺人事件が起こる。

実業家のヨハン・シュリンクが先住民の保留地で企てた「アメリカ最後の実験」とは、終末世界の市場調査であった。心を老いさせるには、絵や音楽といった芸術が介入する余地のない世界を作り出せばいいというものだった。俊一の行動はこれに抗するものだった。

アメリカは実験国家である。白人が先住民を殺戮し入植していった。アフリカから連れてきた奴隷がジャズを生み出し、物が溢れる社会ができ上がった。
アメリカの歴史と音楽論を重層的に絡めながら、物語の後半が形作られていく。

彼女がエスパーだったころ/講談社/2016年4月
アメリカ最後の実験/新潮社/2016年1月

『未来型サバイバル音楽論』津田大介×牧村 憲

ずっと前から、CDが売れなくなっている。ピーク時の半分になったそうだ(2010年)。〈携帯電話やDVD、インターネットなどの普及によりコンテンツ市場自体が多様化したことで消費者の娯楽も多様化し、相対的に消費者の中でコンテンツ消費に占められる「音楽」の割合が下がったという考え方です。〉というのが、CDが売れなくなった理由だという。

未来型サバイバル音楽論―USTREAM、twitterは何を変えたのか (中公新書ラクレ)
津田大介×牧村憲一
中公新書ラクレ
2010年11月

音楽界の従来型ビジネスモデルが崩壊していくなか、将来の音楽業界はどのようになるのかが本書のテーマである。
レコードが生産されなくなったように、CDもいずれは同じ運命をたどると予測される。
著者であるふたりは、すでにCDから直接曲を聴くことがほとんどないと言っている。
リッピング(楽曲をMP3形式ファイルに変換すること)して iTunes を経て聴くことが、あたり前になっている。
すでに、CDは音楽をCDショップからあるいは通販サイトから自宅に運ぶ、単なる媒体になっている。
CDが売れなくなっても、人々は音楽を聴くことを止めたわけではない。音楽を入手する方法が、多様化しているのだという。

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本書に紹介されている新しい試みを、以下に列挙する。
(1)ミュージシャンがCDを直販する
まつきあゆむは、10年1月に『1億円レコード』というタイトルのアルバムをリリースした。
銀行口座に支払いすると、ファイル転送サービスのURLがメールで送られてきて、そこからファイルをダウンロードすれば聴くことができる。
このアルバムをプロモーションするために、ツイッターやユーストリームを利用した。
(2)音楽業界とボーカロイドを接続
07年8月に、パソコン上で女性の声を人工的に合成して任意の歌詞で「歌わせる」ことができる、パソコン用音楽作成ソフト「初音(はつね)ミク」がヤマハから発売された。同年12月小林オニキスは、初音ミクを使用したオリジナル局『サイハテ』をニコニコ動画に投稿したところ、大ヒットした。その後ほかの歌手が、『サイハテ』のカバーヴァージョンをメジャーレーベルからリリースしている。
(3)新しいプロデューサー像を模索
島野聡はツイッターと自らの音楽活動をリンクさせ、ほかのミュージシャンと交流を深めたり、ユーストリームを使ってリスナーやミュージシャンとコミニューケーションしながらプロデュースの方法を模索している。
(4)ユーストリームで公開レコーディング
10年4月、向谷実は中西圭三とともにわずか3日間でレコーディングからトラックダウン、マスタリングに至る過程をユーストリームで前編生中継して、完成した楽曲を即座に音楽配信サイトで販売した。
(5)アーティストが自立できる環境を
七尾旅人は、10年6月に「DIY STARS」という音楽配信プラットフォームをプロデュースした。このシステムを、アーティストが自分のウェブサイトに導入すると、デジタルファイルの販売機能を組み込むことができる(2010年12月)。

→『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊 』井上智洋 2016年
→『未来型サバイバル音楽論』津田大介×牧村 憲 中公新書ラクレ 2010年
→『ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる』梅田望夫 ちくま新書 2006年

『現代ジャズ解体新書 村上春樹とウィントン・マルサリス』中山康樹

村上春樹の『誰がジャズを殺したか』(『やがて哀しき外国語 』講談社文庫 1997年)というタイトルのエッセイには、ウィントン・マルサリスのジャズは「燃えない」とか「面白くない」とか書かれている。その反面、村上はマルサリスをよく聴いいていると煮え切らない。また、『ウィントン・マルサリスの音楽はなぜ(どのように)退屈なのか?』(『意味がなければスイングはない 』文春文庫 2008年)というストレートなタイトルで、村上はマルサリスについて鼻持ちならない男であると、辛辣に書いている。

マルサリスはアートブレーキー&ジャズメッセンジャーの一員として18歳でデビューしたとき、久々に現れた逸材と歓迎された。1980年に入りアコースティックジャズの復興がマルサリスによってなされる。
クラシックもこなすという、何でもできてしまうマルサリスのあまりの天才ぶりゆえ、飽きられたというのだ。

現代ジャズ解体新書 ~村上春樹とウィントン・マルサリス (廣済堂新書)
中山康樹(Nakayama Yasuki) 
廣済堂新書 
2014年7月

そのあとマルサリスがジャズを教える立場になり、つまり彼が教えたミュージシャンたちが過去の巨匠たちのテクニックを教科書的に学んだのである。そうして、時間軸が消滅したという。時間軸の消滅とは、40年前の演奏者とジャズを始めて2年しかたっていない演奏者のテクニックが、変わらないということである。マルサリス以前のジャズメンにすれば、「余計なことやりやがって」というところだろう。

ジャズ・ミュージシャンたち自らが、演奏会の開催をツイッターで知らせ、演奏会が終わったらお礼をツイッターで流す。さらに演奏をYOU・TUBEに投稿する。それが今のジャズ・ミュージシャンたちの演奏活動だと著者は嘆いている。しかし、このスタイルが下層にいるミュージシャンたちの演奏活動の現実であり、ジャズに限ったことではない。CDが売れなくなった音楽界の現状なのだ(『未来型サバイバル音楽論』津田大介×牧村健一 中公新書クラレ 2010年)。

ジャズは演奏する個人の中にあるいはそのバンドの中に、その時その場所でしかできない一期一会のライブが使命というのを、ミュージシャンも評論家、リスナーも、ジャズの特許のようにひけらかしてきて、それに納得してきたのだ。それにはガラパゴス的な距離を感じるという。

最近、年間を通じて最も売れるアルバムが、なんとマイルス・デイビスの『カインド・オブ・ブルー』(1959年)やビル・エヴァンスの『ワルツ・フォー・デビイ』(1961年)だというのだから愕然とする。ジャズが死んだと嘆くのは当然だろう。
ジャズ界が壁にぶち当たってもがいていることがわかった。

60年代から70年代かけてモダンジャズが求道的になっていった時に、ついていけないと思ったジャズファンは多かったのではないだろうか。マイルスが全盛で、コルトレーンが続き、チック・コリアや、キース・ジャレットに、ジャズの未来が託された頃から、ジャズの運命がこうなると予想されたのではないだろうかと僕は思っている。

ボブ・ディラン解体新書
現代ジャズ解体新書 村上春樹とウィントン・マルサリス

『少年ナイフ ゴールデン☆ベスト』(CD)Shonen Knife

少年ナイフ ゴールデン☆ベスト
少年ナイフ
ユニバーサルJ (2006-07-05)
売り上げランキング: 109,166

少年ナイフは、素人っぽいところが何とも言えない魅力である。
英語で歌って、とりあえず海外でもやってますからという無鉄砲さが売りだ。下手な説明だけでは実感がわかないから、下の「YOU TUBE」の動画で英語の発音にのけぞりながら、『トップ・オブ・ザ・ワールド』をチェックしていただきたい。

少年ナイフは高校か大学の学園祭に出演した素人ロックバンド、しかも女性だけ、という感じだ。ところが、聴いていると「結構やるじゃん」となる。オリジナル曲を演奏しだすと「持ち歌もあるのか」と評価はアップする。そのうちに「プロなんだってよ」と素姓がばれて「んー、なるほど」ということになる。
「なるほど」というのは、素人にしては音は外さないし、レパートリーが広い、ボーカルには素朴な味がある、が、プロと言われるとやっていけるかなと心配だ、という意味が込められている。リズムが外れないように、懸命に合わせようとしているところが健気に見える。ひょっとすると外すかもしれない、それを見守りたくなる。結構気に入っている。
少年ナイフはオルタナティブロックというカテゴリーに属する。代替ロック、代用品のロックである。オルタナティブロックという言葉がぴったりなのが、少年ナイフだ。
オススメは、さっきYOU TUBEで聴いていただいた、ディスク2に収録されているカーペンターズのナンバー『トップ・オブ・ザ・ワールド』。最後に「Top of the world」をリフレインするところが、哀愁が漂って泣ける。
映画『最後の晩餐 平和主義者の連続殺人』(1996年)のクレジットでこの曲が流れたとき、「誰が歌ってんだ、この下手な英語の調子っぱずれ歌を」とのけぞった。興味がわいて、たどり着いたのが少年ナイフだった。→ブログランキングへ

少年ナイフ公式サイト

ディスク:1
1. ロケットにのって
2. Twist Barbie
3. サイクリングは楽し
4. Antonio Baka Guy
5. I am a cat
6. Burning Farm
7. コンクリートアニマルズ
8. トマトヘッド
9. Brown Mushroom
10. Cobra versus Mongoose
ディスク:2
1. Space Christmas
2. Milky Way
3. Quavers
4. Goose Steppin’ Mama
5. Till the end of the day
6. Top of the world
7. Secret Dance
8. Cherry Bomb
9. Wind Your Spring
10. It’s a New Find

『ウォーク・ザ・ライン 君につづく道』

ウォーク・ザ・ライン/君につづく道 [DVD]
Walk the Line
監督:ジェームズ・マンゴールド
脚本:ジェームズ・マンゴールド/ギル・デニス
音楽:T.ボーン・バーネット
アメリカ 2005年 136分 ★★★*☆

カントリーおよびロック・ミュージシャンのジョニー・キャッシュ(1932年2月26日~2003年9月12日)の自伝をもとにした伝記映画。
ジョニー役のホアキン・フェニックスとジェーン・カーター役のリース・ウィザースプーンは、映画中の歌をすべてを吹き替えなしで歌っている。ふたりとも歌手として十分に通用する歌声である。
本作品は、アカデミー賞の主演男優賞、主演女優賞などにノミネートされ、ウィザースプーンが主演女優賞を受賞した。
音楽を担当したT.ボーン・バーネットは、アカデミー賞やグラミー賞の常連。
最近ではダイアナ・クラールの『Glad Rag Doll』(12年)をプロデュースしている。

主人公のジョニーは、綿花栽培の小作人農家で育った。
兄は優等生タイプ。綿花を摘むのも早いし、本をよく読んでいて物知り、ジョニーの憧れだった。ジョニーはラジオで音楽ばかり聴いていた。両親にとって兄は自慢の息子、ジョニーはみそっかす、怒られてばかりいた。
ある日、兄が電気ノコギリで材木を切っているときに、機械に巻き込まれて命を失ってしまう。家族は悲嘆にくれ、父のジョニーに対する風当たりはますます強くなっていく。
この兄への思いと父親のジョニーへの対応が、その後のジョニーのコンプレックスとなり彼を苦しめる。

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高校を卒業すると1950年に、ジョニーは空軍に入隊しヨーロッパに配属される。故郷から離れて暮らす寂しさを、彼は作曲することで紛らわせていた。
空軍を除隊した彼は、初恋のヴィヴィアン(ジニファー・グッドウィン)と結婚し、訪問セールスの仕事を始める。
しかし、セールスマンの仕事に身が入らず、心はいつもうわの空。バンド仲間と好きな曲を弾いて歌っているときだけが幸せだった。
ある日、ジョニーはレコード屋に飛び込んでオーディションの約束を取りつける。
空軍時代に書いた曲をバンド仲間と歌った彼は合格し、ミュージシャンとして活動を始めることになるのだった。

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その後は徐々に人気が出て、プロのミュージシャンととしてツアーに出るようになる。
そんなツアーで、少年時代からの憧れの的だったタレントのジューン・カーターと共演したジョニーは、彼女にぞっこん惚れ込んでしまう。
その後、ジョニーは妻との関係が悪化して、アルコールとドラッグでストレスを紛らわす生活を送るようになる。そして、彼はギターのボディに覚醒剤を隠して密輸した罪で逮捕され、どん底へ落ちてしまう。
ファンからも、仕事仲間からも、家族からも見離され、生きる希望を失っていた彼に、ジューンは手を差し延べ、ふたりで歌うようになる。これを機会にジョニーは復活をかけ再起しようとする

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1968年に、ジョニーは刑務所でのコンサートを成功させて復活を果たす。
ジョニーはジェーンに会うたびに求婚し続けた。
そしてカナダのステージ上で、ジョニーはジューンに40回目のプロポーズをし、ついに彼女の承諾を受けるのだった。
執念深さに脱帽。

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この作品は、ふたりが歌うシーンがたっぷり出てきて、歌いっぷりが堂に入っていて、聴き応え見応えがある。→映画(全般) ブログランキングへ

『チェット・ベイカー・シングス』(CD)チェット・ベイカー

チェット・ベイカー・シングス
チェット・ベイカー
EMIミュージックジャパン (2010-09-22)

「このアルバムは1954年と1956年の録音で構成されています」という『チェット・ベイカー・シングス』に関する文章について、ある人が「これは違うではないのか」と言い出した。「1954年と1956年に、それぞれアルバムを出したのを間違って書いたのではないか。そうとしか考えられない」と乱暴なことを言う。
「ジャズ・アルバムでは、よくあることで間違いではないと思う」と反論したものの、自信がなかった。
帰ってCDのブックレットを読むと、文章は正しかった。
1954年に録音した曲に、1956年に録音した6曲が加えられ、1956年に発売されている。

アルバムのタイトル『チェット・ベイカー・シングス』は、「トランペッターでならしたチェット・ベーカーが歌います」という決意がそのまま。
トランペッターが歌ったって、 個性が光っていればいい。歌ったら、いけるじゃないか、ということになった。技巧は無用。料理でいえば素材そのものの旨さだ。世紀の名盤はこうして生まれた。
そんな、チェットベーカーの歌声は少年のつぶやきのような中性的なもの。
音域は広くない、だから声を張り上げることもない。ハスキーで朴訥、物悲しい響きがする。
音量を落としてひっそりと聴くような曲が揃っている。

1.That Old Feeling(L. Brown, S. Fain)
2. It's Always You(J. V. Heusen, J. Burke)
3.Like Someone In Love(J. V. Heusen, J. Burke)
4.My Ideal(N. Chase, R. Whitning, L. Robin)
5. I've Never Been In Love Before(F. Loesser)
6. My Buddy(W. Donaldson, G. Kahn)
7.But Not For Me(G. Gershwin, I. Gershwin)
8.Time After Time(S. Cahn, J. Styne)
9. I Get Along Without You Very Well(H. Carmichael)
10.My Funny Valentine(R. Rodgers, L. Hart)
11. There Will Never Be Another You(M. Gordon, H. Warren)
12.The Thrill Is Gone(L. Brown, R. Henderson)
13. I Fall In Love Too Easily(S. Cahn, J. Styne)
14.Look For The Silver Lining(B. DeSylva, J. Kern)

『小沢征爾さんと、音楽について話をする』 小沢征爾×村上春樹

小澤征爾さんと、音楽について話をする
小沢征爾×村上春樹
新潮社
2011年11月30日
ISBN78-4-10-353428-0

本書は、小澤氏を村上氏がインタビューする形をとっていて、村上氏はレコードをかけ、話題を提供し、話に方向性をつけ、歴史的な事実を述べたりの役目をしている。もちろん、それぞれの曲を自身がどう解釈しているかにも触れる。村上氏の音楽に関する博識ぶりには、小澤氏が舌を巻くほどだ。

このインタビューのきっかけは、村上家における家族ぐるみの集まりのときの、小澤氏と村上氏のレコードを聴きながらの会話にあったという。
1962年、ニューヨーク・フィルの演奏会で、レナード・バーンスタインとグレン・グールドがブラームスのピアノ協奏曲1番を演奏した時の有名なエピソードがある。演奏の前にバーンスタインが聴衆に、「これは本来私がやりたいスタイルの演奏ではない。ミスタ・グールドの意志でこうなった」と言った。つまり曲のテンポの設定は、グールドの意向と予め言っておきたかったわけだ。それは嫌味ではなくバーンスタインの気遣いだったという。小澤氏はそのとき、バーンスタインのアシスタント指揮者としてその場に居合わせたという。
「こんな興味深い話をこのまま消えさせてしまうのは惜しい。誰かがテープにとって文章に残すべきだ」と、村上氏は思ったそうだ。これに対して、小澤氏は「そういえば、俺これまでこういう話をきちんとしたことがなかったね」ということで、インタビューが決まったという。

インタビューは、2010年11月から翌年7月まで、東京、ホノルル、スイスなどで行われている。小澤氏は食道がんの手術を受けたあとで、基本的には療養につとめていた頃である。

本書の内容は、大まかに列挙すると、まず村上氏が大いに思い入れがあるグレン・グールドについて語られる。小澤氏がバーンスタインやルビンシュタインやカラヤンに目をかられたこと、ボストン交響楽団の音楽監督のこと、サイトウ・キネン・オーケストラを始めたこと、グスタフ・マーラーのこと、カラヤンに勧められオペラを始めたこと、オペラ座兼ウィーン・フィルの音楽監督のこと、ジャズとクラシックのこと、奥志賀やスイスで行っている若手育成のアカデミーのこと、というふうに話は進んでいく。
マーラーについては、なぜマーラーが流行ったのか、マーラーの人物像、作品の歴史的な位置づけ、難解さの理由など、本書を読めばマーラーを聴いたことがない人でも、マーラーについて語れそうなくらい盛り沢山な会話が交わされている。

村上氏は、「始めに」のなかで、〈小澤さんは無手勝流の「自然児」でありながら、それと同時に、多くの深い、現実的な知恵を身の内に具えた人でもある。我慢がきかない人でありながら、我慢強い人でもある。そのような二つの面が立体的に共存している。〉と書いていて、まったくその通りに思える。この無手勝流の「自然児」とは、いい意味での「天然」ということだ。小澤氏は文科系の長嶋茂雄氏のように思えてくる。

一方、小澤氏は「あとがき」で、〈春樹さんはまあ云ってみれば、正気の範囲をはるかに超えている。クラシックもジャズもだ。彼はただの音楽好きだけでなくよく識っている。こまかいことも、古いことも、音楽家のことも、びっくりする位。音楽会に行くし、ジャズのライブにも行くらしい。自宅でレコードも聴いているらしい。僕の知らないことをたくさん知っているので、びっくりした。〉と書いている。

世界を代表するマエストロと毎年ノーベル文学賞候補に挙がる小説家、いわば世界の至宝のようなふたりの対談は、抜群に面白い。
本書は、日本語の優れた評論やエッセイに贈られる小林秀雄賞を受賞している。


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