小説

『夫のちんぽが入らない』 こだま

テレビで、今やベストセラーとなった本書のタイトルが「あり」か「なし」かという討論をやっていた。出版に際しこのタイトルでは売れないという出版社内部の意見があったが、あえて踏み切ったという。本書は、著者が同人誌に書いた同名のエッセイを私小説にしたもので、タイトルをそのままにした賭けは大正解となった。番組での小説自体の評価はいたって好評だった。
早速、本屋で探したが見当たらない。店員に声をかけるのは憚れられたので、アマゾンに注文したら翌日に届いた。
本書を読んでいるときに「なに読んでいるの?」と不意に訊かれても、タイトルがたやすくバレない気配りがされた装丁になっている。この堂々としていないところが、小説の内容とマッチしていていい。

主人公は、大学時代から同棲していた1学年上の男性と結婚した。
夫は高校の教師、主人公は小学校の教諭になった。夫とのセックスは、はじめからうまくいかなかった。何度試みても入らない。この「夫のちんぽが入らない」問題をずっと引きずっていく。

夫のちんぽが入らない
こだま
扶桑社 2017年1月
売り上げランキング: 36

夫は風俗に通い家ではポルノビデオを観ていたが、自分に負い目を感じている主人公は見て見ぬふりをし、結婚4年までは平穏だった。

受け持ったクラスが学級崩壊し、精神的に追い詰められた頃から、歯車が狂いだした。
主人公は崩壊したクラスを立て直すことができず、精神的に限界に達し退職した。
日記サイト(実は出会い系サイトだった)で知り合った男たちとつきあい、不思議なことに、その男たちとのセックスはうまくいった。
身体の節々が痛くなり、自己免疫疾患と診断され、薬物治療がはじまった。
子どもの頃からの母親との確執は解決されず、自殺を考えるような心境に追い込まれてしまう。
やがて、夫がパニック障害となり「やる気の出る薬」を飲みはじめた。
夫との間に性的な関係はまったくなくなった。

夫との出会いから20年経った今、大学生の時に周りから言われたように「兄妹のような関係」で、暮らしていくことになったところで終わる。
子どもを産もうと医療機関を訪れたにもかかわらず、「ちんぽが入らない」ことを医師に相談しなかったのは納得がいかないが、筆の力でねじ伏せられてしまう。 →人気ブログランキング

本書は、学資保険を勧める保険外交員と母親に言いたいことで、締めくくられている。〈私は目の前の人がさんざん考え、悩み抜いた末に出した決断を、そう生きようとした決意を、それは違うよなんて軽々しく言いたくはないのです。人に見せていない部分の、育ちや背景全部ひっくるめて、その人が現在あるのだから。それがわかっただけでも、私は生きてきた意味があったと思うのです。〉
普通でない夫婦の奮闘記である。

『若冲』澤田瞳子

「異能の画家」伊藤若冲(1716年~1800年)の半生を描いた歴史小説。
腹違いの妹お志乃は、顔料を溶いたり墨をすったり、若冲の身の回りの世話をやいた。そのお志乃の目で描かれている。
第153回直木賞(2015年7月)の候補作。

若冲
若冲
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澤田 瞳子(Sawada Touko
文藝春秋
2015年4月 ★★★★★

源左衛門(伊藤若冲)は、京・錦高倉の青物市場に店を構える「桝屋」の4代目店主。
源左衛門は、日がな一日絵を描いていて仕事にさっぱり身が入らない。源左衛門には絵を描いて金を儲けようという発想がない。若旦那ゆえ高価な顔料をふんだんに使っていた。
店を切り盛りしている母親とふたりの弟は、絵しか興味のない源左衛門に愛想をつかしている。
結婚して2年目に妻のお三輪が蔵で首を吊って死んだ。8年前のことである。
源左衛門は、お三輪をかばえなかった不甲斐なさを悔やみ、妻への懺悔の気持ちからいっそう絵にのめり込むようになった。

三輪の弟弁蔵は、姑にいびられ源左衛門に大事にされずに姉は死を選ばざるをえなかったと思っている。

若冲は、鹿苑寺大書院障壁画の製作を依頼され一旦は固辞したものの、悩みぬいた末、不吉な植物とされる芭蕉を描くことで引き受けることにした。それを機に若沖は客の求めに応じる絵も手掛けるようになった。

著者は、弁蔵の怨念が若冲を奮い立たせ、大胆で緻密な奇想の作品を描かせたという設定でストーリを作り上げている。
京を舞台に、若冲と同時代に活躍した、池大雅、円山応挙、与謝蕪村、谷文晁、市川君圭ら画師たちとの関わりを大胆な切り口で描いた傑作である。人気ブログランキングへ

【画家が主人公の小説】
→『若冲』澤田 瞳子/文藝春秋/2015年4月
→『北斎と応為』キャサリン・ゴヴィエ/彩流社/2014年6月
→『フェルメールになれなかった男』フランク・ウイン/ちくま文庫/2014年3月

『33年後のなんとなく、クリスタル』田中康夫

本書のカバーや帯には、賛辞もあればどちらともつかないコメントものっている。
その中で最も納得がいくのは、斎藤美奈子の〈彼は全然懲りていない。激動の同時代を生きた同世代の富国裕民に贈る「"自伝的"風俗」小説。〉である。著者の半ハンパない数の注釈をつける癖は前作と変わっていない。
ちなみに富国裕民とは、著者の政治家であった祖父が、東条英機の富国強兵に抗して掲げたキャッチフレーズである。

33年後のなんとなく、クリスタル
田中 康夫(Tanaka Yasuo
河出書房新社
2014年11月

著者自身と思われる主人公のヤスオが、犬の散歩中に、由利の友人である江美子と再会するところから物語は始まる。
由利は『なんとなく、クリスタル』の主人公で、33年経ったから54歳になった勘定。ヤスオはかつて江美子とも由利とも関係があった。

ヤスオは江美子や由利たちの女子会に招待され出席すべきかどうか悩むが、断る理由がみつからないので出席する。
眺めのいいマンションのリビングで、ケータリングのイタリアンを舌鼓を打ち、シャンペンだのワインだのを飲みながら、ヤスオは薀蓄を垂れ、あるいは女子たちの話に聞き耳を立てて、あれこれ妄想する。

卒業後、由利はフランス系の化粧品会社に勤め、学生時代に付き合っていた男と結婚したが別れた。
今は会社を立ち上げ、子宮頸がんのワクチン接種の啓発にかかわったり、アフリカの人々に眼鏡を供給しようと南アフリカへの出張を控えている。

阪神淡路大震災のときに自転車で被災地を駆け回リボランティア活動をしたことや、知事時代の「脱ダム宣言」や、自ら受けた手術のことなど、著者が実際に経験したこと書かれている。
「出来る時に出来る事を出来る人が出来る場で出来る限り」とか「微力だけれど無力じゃない」という心構えで、右肩上がりでないこれからの日本を生きていくのがいいという。ふたつのフレーズは、韻を踏んでいて聞こえはいいが中身がない。

黄昏時に、ヤスオはサロンで髪を染めカットをしてもらう。同じ時間帯に妻が付き添って愛犬もサロンでシャンプーとカットをしてもらい、フォークソングの『神田川』のように、頃合をみはからって落ち合う予定というしょうもないところで終わる。 懲りていない。

→【2015.02.17】『なんとなく、クリスタル

『なんとなく、クリスタル』 田中康夫

1981年、単行本の発刊当時、賛辞もあったが軽佻浮薄との批評も少なくなかった。
なにしろミリオンセラーだった。
本書には見開き左のページに膨大な数の注がある。この注から著者がパラノイアでお調子者であることがわかる。
巻末に掲げた日本の未来を予測するデータにより本書の評価は上がり、社会批判の書でもあるとの見方もされた。

新装版 なんとなく、クリスタル (河出文庫)
田中康夫(Tanaka Yasuo
1983年

主人公は昭和34年生まれの20歳、女子大生の由利。モデルのアルバイトをしていて月に40万円も稼ぐ。
大学生でありながらフュージョン・バンドのキーボードを担当する大学生淳一と同棲ならぬ共棲をしている。由利は同棲という言葉が、四畳半ソング的な湿った感じがして嫌いだという。
淳一がツアーで東京にいないときに、由利はディスコで知り合った男と関係を結ぶが、淳一は怒ることはない。由利は淳一とは相性がいいと確信している。一方、淳一もグル―ビーの大学生と関係を結ぶが、いつもは寛大な由利だが今回はヤキモチを焼いた。女の勘で今回は本気そうだと思ったからだ。

日々の買い物から、レストラン、ブティック、聞く音楽、行きつけのディスコなど、もろもろにこだわりがある。
自ら退廃的で主体性のない生き方をしていると自覚している。
実家がアッパーミドルで、ブランド嗜好で性的に自由というのが由利の生き方である。それをクリスタルといっている。

テニス同好会の練習で大学の周辺をジョギングしていて、ふと見かけた30歳くらいの女性を、由利は素敵だと思う。
自分は10年後にどうなっているのだろうと夢想したところで物語は終わる。

巻末には、その後の日本の出生率、老齢人口比のデータが掲載され、主人公たちの未来が明るくないことを暗示している。個性が際立つゆえ毀誉褒貶が著しいが、このデータがなければ性愛小説の部類であろう。→ブログランキングへ

→【2015.02.27】『33年後のなんとなく、クリスタル』田中康夫

『9年前の祈り』小野正嗣

障害をもつ幼い息子と暮らすさなえは、同じ悩みを抱えていたみっちゃん姉の入院している息子を見舞うことで、鬱々とした現実に希望を見出そうとする。苦悩するさなえの孤独な心情が巧みに描写されている。
第152回芥川賞(2015年2月)受賞作。

九年前の祈り
九年前の祈り
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小野正嗣(Ono Masatsugu
講談社
2014年12月 ★★★★☆

さなえは、引きちぎれたミミズのようにのたくり泣きわめくことでしか感情を表現できない4歳の息子と、海辺の田舎町の両親のもとに戻ってきた。息子の外見は別れたカナダ人の夫とそっくりで、連れて歩くと「可愛い」と言葉をかけられる。

9年前に、教育委員会の仕事をしていたさなえは、町の国際交流推進事業のカナダ研修旅行に参加した。
その旅行で、誰からも好かれるみっちゃん姉と呼ばれる初老の女と同室となった。
みっちゃん姉の息子は歩き出すのも遅く喋るのも遅く高校を出たが、土建屋を渡り歩くような生活をしているという話を、みっちゃん姉から聞く。

カナダで知り合った青年が日本に現れ、やがてさなえと結婚する。夫は外資系金融会社に転職し息子が生まれ、順風満帆と思われたのは短い期間だった。夫はベンチャー企業の立ち上げで忙しくなったと家に帰らなくなり、やがて離婚にいたった。

9年前と現在とその間を埋める話が、前後しながらストリーは進んでいく。
息子のミミズを引きちぎりたくなることもあった。息子を突き放したいと思うことも、息子の体にミミズがのたくるスイッチをみつけようとしたこともあった。ミミズの比喩はさなえの苦悩の象徴として何度も登場する。

そして、みっちゃん姉の息子が入院する大学病院に息子と船に乗り向かい、途中で、見舞いの品として魔除けのご利益があると伝えられる貝殻を拾うために、島に下船するのである。→ブログランキングへ

『さよなら、オレンジ』岩城けい

オーストラリアの田舎町で暮らす異国の女性たちの悲しくも逞しい姿を描いた物語。第29回太宰治賞受賞作。
アフリカからの難民であるサリマが三人称で書かれ、ほかに、日本から来たSが綴る一人称の手紙が所々で差し込まれ、この二つ視点から女性たちの苦悩が描写される。
異国で生活するには第2母国語を習得することが、何よりも重要であることをテーマとして描かれている。

さようなら、オレンジ (単行本)
岩城けい(Iwaki Kei)
筑摩書房 2013年8月
★★★★★

父を殺され母と弟たちと生き別れたサリマは、夫とふたりの息子とともに難民としてこの町に来た。
彼女はスーパーマーケットで生鮮食品の加工の仕事についた。肉や魚をさばく仕事は単調で過酷であったが、職場にはサリマと同じように国を離れた仲間たちがいた。
夫はそんなサリマと子どもを見捨てて町を出ていく。

それまで数知らずの辛酸を舐めそれに耐えて生きてきたサリマは、理不尽な夫の行動にもめげず、前へ進もうとする。
彼女は英語を習得するために語学学校に通うことにし、そこでハリネズミのような直毛の日本人と、肌がオリーブ色の年嵩のイタリア人と出会う。
この3人の女性を中心にストーリーが展開されていく。サリマは持ち前のひたむきさと向上心で貧困生活から脱出しようとする。彼女の生き様は、まわりの人間を勇気づけるのだった。

サリマが心の中で、ハリネズミと呼んでいるのがSである。
Sは小説を書く夢をあきらめ、夫についてオーストラリアにやってきた。夫は研究室に勤務しているが、薄給のため夫婦には健康保険がなかった。それゆえに風邪をひいた娘を医者に診せることを躊躇し娘を死なせてしまい、Sは悲嘆にくれる毎日を送る。

Sが手紙を送る恩師のジョーンズ先生は、彼女に小説を書くように勧める。それが励みとなって、Sはサリマの生き様を小説に書こうと決意するのだった。→ブログランキングへ

『第七官界彷徨』尾崎翠

本作品は1931年に発表された。
1969年に、忘れ去られた作家の作品として、花田清輝と平野謙の推薦で『全集・現代文学の発見』第六巻に収録されたと、巻末の解説(菅聡子)で紹介されている。

赤毛の縮れ毛にコンプレックスを持つ主人公の町子は、炊事係としてふたりの兄と従兄とひとつの家で暮らしている。町子は詩人を志し、第七官界にひびくような詩をノオトにびっしり書こうと考えている。
第七官とは何かというと、人間の五感(官)のほか直感の第六感の次にある感覚のことである。町子自身はこの第七官がどような感覚なのかしかと掴んでいるわけではない。〈第七官というのは、・・・私は仰向いて空をながめているのに、私の心理は俯向いて井戸をのぞいている感じなのだ。〉と書いているところがある。

第七官界彷徨 (河出文庫)
第七官界彷徨
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尾崎 翠(Ozaki Midori
河出文庫
2009年7月

上の兄は精神医学を学び、下の兄は家の中で肥やしを煮詰めて肥料を作り、二十日大根の栽培や蘚(こけ)の恋愛の研究をしている。従兄は音楽学校の受験に失敗し再受験のための準備をしており、それぞれが学問に取り組んでいる。

著者は巻末で『「第七官界の構図」のその他』と題して、本作品の意図について述べている。その中で登場人物については次のように書いている。
〈どうかすると分裂心理病院に入院する資格を持ちそうな心理医者を登場させたり、特殊な詩境ををたずね廻っている娘や、植物の恋情研究に執心している肥料学生や、ピアノ練習のために憂愁に陥る音楽学生を登場させ、そして彼等の住む 世界をなるたけ彼等に適した世界にすることを願いました。・・・彼等の住むに適した世界とは、あながち地球運転の法則に従って滑らかに運転して行く世界ではありません。〉

こうした問題を抱えた登場人物たちが住む家は、煮詰める肥やしの臭いで息をすることもままならないときがあり、壊れたピアノの音がやかましい。そして、主人公と従兄は頻回に眠りに落ちる。
これらが簡素な文体で描かれることにより、より一層、第七官界という幻想的でままならない世界を作り出すことに成功していると思う。→ブログランキングへ

『わたくし率 イン 歯ー、または世界』川上未映子

わたくし率 イン 歯ー、または世界 (講談社文庫)
川上未映子(Kawakami Mieko
2010年7月

主人公は身体のどこに存在しているのか?という問いで始まる。脳ではなくて奥歯に存在すると主人公つまりわたしは思う。

わたしは歯科医院の助手として就職し、先輩から謂われのない嫌がらせを受けるいじめの日々を送る。ある日、奥歯に穴が開いた青木がやってきてセメントを詰める治療が行われる。
中学生の頃、『雪国』の「トンネルをぬけると雪国だった」の主語は何か?と青木に訊かれて一緒に考えた。わたしはその答えを告げに青木のアパートに出向く。そこには厚化粧の女がいて、立て板に水の大阪弁でまくしたて、泣きながら引き返えさざるをえない。本書のテーマの半分はいじめだ。
奥歯がなくなると、わたし自身がいなくなるかを確かめるようと、無麻酔で奥歯を抜いてもらうことにする。そして口の中が血だらけになるのだった。

大阪弁の独創的な文体で、シュールでアナーキーなストーリーが展開される。第137回芥川賞候補(2007年)になった。→ブログランキングへ

【川上未映子の作品】
【小説】
『愛の夢とか』(2013年 講談社)
『すべて真夜中の恋人たち』(2011年 講談社)
『ヘヴン』(2009年 講談社)→講談社文庫 
*『乳と卵』(2008年 文藝春秋)→文春文庫
*『わたくし率 イン 歯ー、または世界』(2007年 講談社)→講談社文庫
【随筆・対談集】
『安心毛布』(2013年 中央公論新社)
『人生が用意するもの』(2012年 新潮社)
『魔法飛行』(2012年 中央公論新社)
『ぜんぶの後に残るもの』(2011年 新潮社)
*『発光地帯』(2011年 中央公論新社)→中公文庫
*『夏の入り口、模様の出口』(2010年 新潮社)→『オモロマンティック、ボム!』と改題(新潮社文庫)
*『六つの星星 対話集』(2010年 文藝春秋)→文春文庫
*『世界クッキー』(2009年 文藝春秋)→文春文庫 
*『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』(2006年 ヒヨコ舎)→講談社文庫 
【詩集】
『水瓶』(2012年 青土社)
『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』 (2008年 青土社)

『乳と卵』川上未映子 

著者の文章は主語がなかったり述語を省略したり、句点を打たずに長々と続けたり、大阪弁をつかったり、自由だ。詩的な表現が魅力。徹底して男の視点が排除され、テーマである女性「性」を、女の視点で赤裸々にしている。
著者のサイト純粋悲性批判をのぞいたら、乳と卵は二大アレルギー物質と、なるほどねー。 第138回芥川賞(2008年1月)受賞作。

乳と卵(らん) (文春文庫)
乳と卵(らん)
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川上未映子(Kawakami Mieko
文春文庫
2010年9月 ★★★★★

40歳の姉とその娘が、姉の豊胸手術の目的で大阪から東京に出てきて主人公のアパートに滞在する3日間を描いたもの。思春期の娘は言葉を発せず筆談でコミニュケーションをとるようになっていた。

豊胸手術は誰のために受けるのか。男のためではないかという厚化粧女と、手術を受けるのは自分のためであり、そもそも化粧をすることそのものが男に迎合しているという胸の平たい女との言い争いの場に、主人公がいあわせたエピソードが書かれている。やり取りは、白熱してやがて関西弁になるのだが、いわば女性に関わる古典的かつ哲学的な問題であって、愛読書として『子供のための哲学対話』(永井均/講談社文庫/2009年)を挙げる著者が、本書でもっとも力を入れたところではないか。哲学と関西弁の相性のよさは、『ソクラテスの弁明 関西弁訳』(プラトン 井口裕康訳/パルコ/2009年)で、目からウロコものくらいに、証明済みである。厚化粧女と胸平板女が繰り広げる会話にはユーモアがありテンポがよくて、まるでコントのよう。このあたりは大阪人である著者のサービスかもしれない。

姉は乳房に異常なこだわりを持ち、だから豊胸手術を受けようと考えるのだが、主人公と出掛けた銭湯では、選り取り見取りのサンプルを目の前にしての乳房談義あれこれを繰り広げる。乳房が膨らむことに異常な嫌悪を持つ娘は、母親が豊胸手術を受けることがどうにも許せず反抗的になっている。主人公は早まって始まった月経にうんざりしている。

後半に、母娘がいくつもの卵を頭で割り身体中がベトベトになる場面がある。女性「性」の根元である卵子を破壊する象徴と捉えることができるが、いささか突飛である。
ともあれ、肉体的にであれ精神的にであれ、三者三様の逃れようのない、なんとも鬱陶しい女性「性」との格闘が緻密に描かれている。

ほかに、『あなたたちの恋愛は瀕死』が収録されている。→ブログランキングへ

『ランチのアッコちゃん』柚木麻子

ランチのアッコちゃん
柚木麻子(Yuzuki Asako
双葉社
2013年4月 ★★★*

2014年度の本屋大賞ノミネート作品。本屋大賞は軽めの内容の印象だが、その通り。
4話の短編で構成され、2話がアッコ部長にまつわる連作。アッコ部長の明るく前向きな生き方が、苦境にたつ三智子を救う。ほか2篇とともに、独身OLの救済あるいは再生の物語。

『ランチのアッコちゃん』
派遣社員の三智子は、ひょんなことから手作り弁当と引き換えに、1週間、上司のアッコ部長が指示する店でランチを食べることになる。三智子は付き合っていた男に振られたばかりであり、正社員と派遣社員の狭間で悩んでいた。この交換は、三智子に気分転換を促そうとするアッコ部長の思いやりであった。

『夜食のアッコちゃん』
2話は、会社が潰れ、屋台のポトフ屋に転職したアッコ元部長に偶然出会った三智子は、夜のポトフ売りに、またもや1週間挑戦する。アッコ元部長のバイタリティ溢れる生き方に人生を学んでいくという話。

『夜の大捜査先生』
野百合は女子高生時代に不良少女で担任を手こずらせた。30歳になった野百合は、目の前で不良女子高生が逃げまわる場面に遭遇する。追っているのはかつての担任。野百合と元担任は女子高生を追いかける。野百合はその女子高生にかつての自分を重ね合わせるのだった。

『ゆとりのビアガーデン』
明るい体育会系のノリの玲実は間違いが多すぎて「使えない社員」。入社3か月で豊田の経営する会社を辞職した。その玲実が起業し豊田の会社があるビルの屋上でビアガーデンを始めるという。失敗を恐れない前向きな玲実に見習い、豊田は自らの会社のあり方を見直すことにした。

帯で、朝井リョウは本書がいずれ映画かドラマの原作になると踏んでいる。→ブログランキン