http://misyuramen.cocolog-nifty.com/tsundoku/2025/11/post-536584.html 小説: 人生はスラップスティック

小説

2026年1月 7日 (水)

パンダより恋が苦手な私たち1 瀬那和章

無気力編集者・柴田一葉を主人公に、イケメンで超変人の准教授・椎堂司、一葉が憧れる元売れっ子モデル・アリアの3人を主軸にした連作短編のラブコメお仕事小説。

柴田一葉は雑誌の編集者になって3年、女性向けカルチャー雑誌で、嫌々ながらも恋愛コラムを書くことになった。
雑紙『リクラ』に、一葉の「SNSと連動した読者参加型の恋愛コラム」が掲載されることになった。一番支持を集めた恋愛相談をテーマにして、著名人が恋愛コラムを書くというもの。書き手の灰沢アリアは元ゴシップクイーン。灰沢に「あんたが書けよ」と言われて、上司に伝えると、そのまま「あんた書けよ」と言われた。
一葉は北陵大学の研究室に来ている。椎堂准教授は人間でなくユキヒョウを研究している。恋愛のヒントをもらうためとはいえ、場違いなところに来てしまったと思った。

1 パンダより恋が苦手な私たち1
瀬那和章
講談社文庫
2023月11月
日本テレビ系ドラマ2026年1月10日スタート土曜夜9時の原作)





私ごとでは、一葉は5年間同棲していた男から別れ話を出された。結婚するものだとで思っていた相手から一方的に別れを切り出され、僕が悪いんだと言うが、収まりがつかない。

一葉のコラムを先輩が読み終えて、「ああ面白いわー、あんた才能がある」と言った。
アリアにもコラムの承諾がとれた。それなのに、アリアに呼び出されてアンケートの内容に文句を言われた。マネジャーがアリアに無断でOK出したとわかった。やっと1本書いただけ。あと9本続けられるだろうか。
一様の憧れのアリアが仕事を断って落ち込んでいた。そんな時、雑誌社からアリアにコラム執筆の依頼がきた。コラムは私が書いているが、私のコラムの出来をみて、アリアがやる気になった。女王様キャラのアリアが実は動物好きだった。アリアは一葉が降参すると思って無理難題を押し付けたという。それをこなした。これからも宜しく頼むと言われた。

イケメンの椎堂先生は動物の求愛の過程を研究している。野生のツキノワグマの求愛に入ったと友人から連絡があったのだが、タロウがリーシーにのしかかっていた。椎堂先生はのしかかかる前の求愛行動を観察したいのだ。それで失敗だと落ち込んでいる。
くまさん焼きを一緒に食べて慰めた。そこで、一葉は胸の高まりを覚えた。椎堂先生に恋をしたのだろうか。

椎堂先生と池袋サンシャイン水族館にている。アリアと椎堂先生かつてが付き合っていたなんてショッキングな話だ。
一葉の恋愛コラム「恋は野生に学べ」は、めでたく10回の最終回を迎えている。
大手出版社の週刊誌記事に、「灰野アリアのカンバックまでの軌跡」という記事が載っていた。アリアは乳がんで乳房全摘の手術を受けていた。

東京デザイナーショーに出演したアリアは好評を博した。私が書いた特集記事「なりたかった私、今の私」は大きな反響があった。編集の発案で、見開き8ページにインターヴュー記事を掲載した。アリアは、かつて夢を持てなかった。モデルを人生だと思うようになるまでの経緯、乳ガンで克服して東京DCの戻ってくるまでの葛藤を赤裸々に語ってくれた。アリアの言葉は、強気で堂々としていた。
コラム『野生に学べ』はそれなりに好評で書籍化が決まった。

パンダより恋が苦手な私たち①
パンダより恋が苦手な私たち②
パンダより恋が苦手な私たち③

→人気ブログランキング
にほんブログ村

2025年12月 3日 (水)

兄の終い 村井理子

本書は村井理子が実際に体験した数日間をまとめたノンフィクションエッセイである。

Photo_20251203123601 兄の終い
村井理子
CEメディアハウス
2025年10月












絶縁状態にあった兄がアパートで突然死んだと警察から連絡が入った。とりあえず、滋賀から兄が暮らしていた宮城県の多賀城に降りたった。警察署で7年ぶりに兄の元妻加奈子とその娘の満里奈に会う。ちなみに美人の元妻は豊橋から駆けつけた。
父と共に暮らしていた息子の良一は父の死後、児童養護施設に収容されていた。
兄の住んでいたアパートは不潔の極みのゴミ屋敷と化していた。それを、私と加奈子と娘で片付ける。壁には家族との思い出の写真の数々が壁に貼られていた。本棚に並んでいた5冊の私の著書をゴミ袋に押し込む。ビニール袋で車はいっぱいになった。焼却場に車で運び私と加奈子は、「おりゃー! 行けぇー! 成仏しろぉー!」と叫びながら奈落のような作りの焼却炉にゴミを放り込んだ。

良一は加奈子と姉の満里奈と暮らして始めた。
人ひとりが死んで、始末しなければならない数々のことに驚く。
私は兄との苦い思い出を振り返っていた。私は落ち着きがなくマイペースで自分勝手な兄に幼いころから散々振り回されてきた。最近、兄は私にべつ金の無心のメールをしてきた。

持ち運べるようなサイズになって遺骨は家の最も騒がしい場所に置かれている。遺骨の前を毎日、中学生の息子たちが、夫が、私が、ペットの犬が、バタバタ通り過ぎる。私は兄の遺骨の前を通るたびに、兄のことを考える日々を過ごしている。兄がそこにいることに、不思議と安らぎを感じている。すでになくっている両親から兄を任されたような気がしている。

→人気ブログランキング
にほんブログ村

2025年12月 2日 (火)

木漏れ日に泳ぐ魚 恩田陸

掴みどころのないストーリーだ。ミステリに分類されている。
女と男が代わり順番に話す形式をとっている。

Photo_20251202194501木漏れ日に泳ぐ魚
恩田陸
文春文庫
2010年11月

 

 

 

 

男には男性を殺した疑惑がある。あるいは転落死だったかもしれない。片付けた2LDのアパートを、これからふたりは別々に出ていくことになっている。その前に段ボールを挟んで缶ビールで乾杯した。やがてビールはワインに変わる。考えをめぐらせたり独白したり繰り返している。ふたりは二卵生双生児らしい。女はナイフをスカートのポケットに入れた。意味深な行動だけれど問題は起きない。ふたりは愛し合っていたらしい。
女によって男が別の女と付き合いはじめていることを明かされる。話は行ったり来たり、戻ったり進んだり、堂々巡りをしている。のらりくらりが続く。死のうかと言うとそれもいいかもと答えたりする。そのうち二卵性双生児でなくて、いとこであることが分かって、一瞬ふたりを包んでいた重圧感が軽くなった気配だ。一線を越えることにびくびくしていた。いとこ。女が携帯電話の番号を押すと相手が出た。これから引越しだと言って短い間話をする。女がポケットに手を突っ込むとナイフがあった。土を深く掘ってそれを埋めた。空を振り返る。ついに、太陽が姿を現したのだった。

→人気ブログランキング
にほんブログ村

2020年12月23日 (水)

JR上野駅公園口 柳美里

本書は、2020年の全米図書賞(National Book Awards)の翻訳部門を受賞したことで話題になった。
テーマは、日本の高度成長期の中で不幸の連続である主人公の生涯と、上野恩賜公園を寝ぐらにするホームレスに及ぼす皇族の理不尽である。
なお、上野恩賜公園と呼ばれるのは、寛永寺の境内地が明治維新後に官有地となり、大正13年(1924年)に宮内庁から東京市に下賜されたことによる。
JrJR上野駅公園口
柳美里 (Yu Miri
河出文庫
2017年(単行本2016年)

主人公は天皇陛下と同じ昭和8年に福島県相馬郡八沢村で生まれた。
家は貧しく主人公の下に7人の兄弟姉妹がいたので、国民学校を卒業すると、小名浜漁港に出稼ぎに出た。12歳だった。やがて北海道に渡り、郷里に帰るのは盆暮れだけ。結婚して、昭和35年2月23日、親王殿下と同じ日に長男の浩一が生まれた。
オリンピックの前の年、昭和38年に上野に向かった。仕事はオリンピックの競技場造りで、重機などはなくもっぱら人力だった。

浩一はレントゲン技師の国家試験に受かったばかりの21歳のときに、アパートで突然死んだ。解剖が行われたが死因は不明だった。八沢村での浄土真宗の葬式の模様が描かれる。

60歳で出稼ぎをやめて八沢村に帰った。ところが、今度は妻が寝ているうちに死んだ。動物病院に勤める孫が面倒を見てくれたが、眠れなくなり、家を出て上野に来た。ホームレスになったのは67歳の時だ。故郷に居場所がなかったのだろう。

恩賜公園のホームレスは東北出身者が多い。
園内のレストランは余った料理を外に置いてくれるし、コンビニは期限切れの弁当を並べておいてくれる。それに教会から炊き出しがある。食べ物には困らない。
アルミ缶を集めて売れば金になった。

喪服を着たサラリーマン風の若い男とごま塩頭の会話も、婦人たちの「ルドゥーテのバラ図鑑展」ついての会話も、耳を傾ければ聞こえてくる。
「まもなく2番線に池袋・新宿方面行きの電車が参ります、危ないですから黄色い線の内側までお下がりください」と、上野駅で流れるアナウンスと同じだ。耳を傾ければ、いろいろな音が聞こえてくる。

天皇家の方々が博物館や美術館を観覧される前に、特別清掃がある。テントをたたんで公園の外に追い出される。ホームレスたちは、それを「山狩」と呼んでいる。山狩は現代社会の歪みの象徴的な出来事だ。ホームレスの人々もその痕跡も、皇族方の目に触れさせてはいけないのだ。

その月は5度の山狩があった。上野公園で暮らす500人のホームレスが追い出された。その日は雨が降って寒い日だった。
体調が思わしくなかった。ホームレスたちが「エロっこ映画館」と呼ぶ映画館に入って座席にすわったが、いつもならすぐに眠ってしまうのに目が冴えて眠れなかった。

そして東日本大震災をむかえる。→人気ブログランキング

おばちゃんたちのいるところ/松田青子/中公文庫/2019年
コンビニ人間/村田沙耶香/文春文庫/2018年
JR上野駅公園口/柳美里/河出文庫/2017年

2020年12月13日 (日)

文豪春秋 ドリヤス工場

日本の文豪たちのエピソードを、4ページの漫画にコンパクトに描いている。エピソードの多くはそれぞれ有名な話であり、文豪たちの愚行や蛮行や奇行あるいは犯行といっていい話である。
著者のドリヤス工場は『有名すぎる文学作品をだいたい10ページくらいの漫画で読む。』(リイド社 2015年)で注目を集めた漫画家。
水木しげると酷似した画風で描く。
作風を真似るやり方として、オマージュ、パスティーシュ、インスパイヤー、コラージュ、パロディ、二次創作・リメイク、盗作・パクリという言葉があり、褒め称えられる行為から逆に訴えられる行為まで微妙に推移している。作者の作品はどれに当てはまるのか。これだけ堂々と真似ていると、尊敬して真似をする「オマージュ」だろう。
Image_20201212145901文豪春秋
ドリヤス工場
文藝春秋
2020年6月

話は文藝春秋社の女性記者と菊池寛の会話によって進められる。
菊池は銅像や額に納められた肖像画として亡霊のように登場する。ジャーナリストであり小説家であった菊池は、文藝春秋社を創設した実業家であり、小説家たちから人望があった。芥川龍之介や直木三十五と深い友情で結ばれていた菊池は、芥川賞と直木賞を創設した人物でもある。文壇の裏話に精通しているから、本作の狂言回しとしては最適の人物だ。

太宰治が自分がいかに芥川賞を獲るにふさわしいかを、延々と綴った4メートルもの手紙を佐藤春夫に送った有名なエピソードを描いている。太宰の章のタイトルは「走れ芥川賞」である。
佐藤春夫との女性をめぐる三角関係にあった中原中也は「三角形の歌」、借金まみれだった石川啄木は「一握の寸借」、文壇、人づきあい、賞が大嫌いだった山本周五郎は「心意気は残った」、孤独を愛した江戸川乱歩は「押入れを旅する男」、イタリアと日本の文化の橋渡しに尽力した須賀敦子の章は「イタリアの旅人たち」である。
作家の生き様をパロディ化したタイトルに、ついニンマリしてしまう。→人気ブログランキング

2019年9月25日 (水)

緋の河 桜木紫乃

オネエキャラのパイオニアであるカルーセル・麻紀の波乱の半生を描いた力作。著者は釧路の中学校の先輩であるカルーセルを敬愛していて、カルーセルの半生記を是非書かせて欲しいと申し出ると、カルーセルはできるだけ汚く書くように注文をつけたという。
Photo_20201106131901緋の河
桜木 紫乃
新潮社
2019年 ✳︎9

秀男は男3人女ひとり兄姉の次男で、家は貧乏だった。美に対するこだわりが強く、女の子よりも可愛いといわれて育った。
迷い込んだ置屋で、秀男は女郎の華代に女になりたいといって、美しい女なぞこの世にいないとたしなめられる。「この世にないものにおなり」という華代のひとことが、その後の秀男を導く言葉になる。
女郎になりたいといって父親に殴られたのは小学校に上がる前だ。

小学校に上がると、女の「なりかけ」というあだ名をつけられた。秀男には自分がこうして嫌な目に遭うのは、小汚い餓鬼どもとは違うものを持ってるせいだという自信があった。
秀男が3年生になると、家の中では誰も秀男の女言葉に文句を言わなくなった。
影であれこれ言われても秀男本人が自分の居場所を決めているので、誰もそこから動かしようがないというのが姉・章子の分析だ。

15歳の秀男は、貯金していた7万円を持って家出し、ススキノのバー「みや美」にたどり着く。チビで坊主頭だからマメコという源氏名をもらう。
2年で「みや美」を飛び出し、旭川、根室、帯広などのどの店もひと月かふた月で喧嘩をして店を辞めた。しかし、転んでただで起きる秀男ではなかった。

東京に出てキャバレーに身を寄せた秀男は、ストリップ・ショーを得意の出し物とするようになる。客からプレゼントされた巨大な白蛇を体に巻きつけてのスネーク・ストリップ・ショーは大受けであった。
なにごともパイオニアへの風当たりはきついが、頭の回転の速さと機関銃のような喋り、前向きで好奇心が旺盛で勝気で喧嘩っ早い、そんな性格の秀男はどこに行っても話題の中心にいる。そして、職場を変えるたびにパワーアップしていくのだ。

ゲイボーイの本場大阪にスカウトされ、スネーク・ストリップのマコという名で人気を博していく。
女性ホルモンを打ち始め乳房が膨らみ、やがて睾丸をちょん切った。そしてカーニバル・真子と名乗り、大阪ミュージックの舞台に立ち、マスコミに登場するようになるのだった。

帰省の場面は泣かせる。父親と長男は世間と同じように受け入れないのに対して、母親は「娘」として迎えてくれた。秀男の精神的な支えは、幼児の頃から温かい目で見守ってくれた姉・章子と母親であった。

緋の河/桜木紫乃/新潮社/2019年
ホテルローヤル/桜木紫乃/集英社/2013年(直木賞受賞作)
氷平線/桜木紫乃/文春文庫/2012年
硝子の葦/桜木紫乃/新潮社/2010年

2019年4月21日 (日)

『落陽』朝井まかて

本作に通底するのは、明治天皇に人びとが抱く尊崇の気持ちの源淵はなにかという疑問である。明治天皇はすべての国民の精神的支柱であり続けた。著者はその疑問の解答を主人公の新聞記者に託す。
明治天皇の崩御(1912年7月30日)後が舞台。明治神宮の森の建設に奔走する森林学者たちと、それを記事にしようと奮闘する新聞記者たちの物語である。話の運びに躍動感がある。

東都タイムスの記者・瀬尾亮一は、ゴシップで華族をゆするような裏稼業に手を染めないと食べていけない。東都タイムスは中小企業の社長の立身出世伝をでっち上げ、広告料を取るというカラクリで利益を上げている三流新聞社である。

落陽 (祥伝社文庫)
落陽
posted with amazlet at 19.04.21
朝井 まかて
祥伝社文庫
2019年4月 ✳︎10

瀬尾の同僚・伊東響子が、東京に明治天皇を祀る神社を設立する委員会が発足し、商業会議所会頭、市長、それに渋沢栄一が集まって協議を始めたという情報を掴んできた。
取材許可を主幹の武藤に願い出ると、〈言っとくが、厄介はごめんだぞ。東都タイムスに思想はいらねえんだ。世相の塵・芥を掬って記事にする、楽しんでもらう、これが中立だ〉と怒鳴り、広告料を2倍稼ぐことで取材を許可するのだった。

明治天皇の死後は京都で眠りたいという希望により、陵墓は伏見桃山陵にもっていかれた。明治神宮造林は東京人の矜持だ。
様々な候補地からの陳情があったが、鎮座地は東京に決まり、専門家の不可能論を無視して人工林を増設することとなった。厳かな森をイメージする要人達の要望は、針葉樹こそが神宮林にふさわしいというもの。
委員会の本郷の意見は、針葉樹の林宛を造れば10年も経たぬうちに枯れる。東京に針葉樹は育たない。針葉樹は水が流れる土地を好む。関東ローム層は水の得にくい乾燥を好む土地である。

ついに、かねてから打診をしていた本郷先生から会ってくれるとの朗報が届き、瀬尾と響子は早速行動を起こした。そして「明治神宮林 藪が理想」と名打って記事を書いた。
主幹の武藤は他紙を手にとり、〈「藪を目指す神宮の森」「林宛計画の要は藪」。どこもうちの後追いだ、先陣を切るってこうも気持ちのいいものだったか。〉と喜んだ。
ところが、大隈首相が「藪」論に異を唱えた。ここで屈するわけにはいかない。本郷たちは大隈首相の説得に全身全霊を傾ける。

さらに問題が起こる。樹木購入費が計上されていなかったのだ。
神宮林は国民の献木で造るという。しかし募集をかけてみれば、献木の数は予定にはるかに上回った。
1913年から7年の歳月をかけて森の建設が行われ、1920年11月に鎮座祭が行われた。献木10万本、勤労奉仕者延べ11万人、森の完成には150年かかるという。

瀬尾は同僚の遠縁にあたる、京都に住むかつて皇后陛下の侍女だった女性に取材を申し込む。皇后陛下の侍女の回想という形で、明治天皇の心情を書き表すという大胆な試みで、主人公の抱いていた疑問を解こうとする。

 

2017年3月25日 (土)

夫のちんぽが入らない こだま

テレビで、今やベストセラーとなった本書のタイトルが「あり」か「なし」かという討論をやっていた。出版に際しこのタイトルでは売れないという出版社内部の意見があったが、あえて踏み切ったという。本書は、著者が同人誌に書いた同名のエッセイを私小説にしたもので、タイトルをそのままにした賭けは大正解となった。番組での小説自体の評価はいたって好評だった。
早速、本屋で探したが見当たらない。店員に声をかけるのは憚れられたので、アマゾンに注文したら翌日に届いた。
本書を読んでいるときに「なに読んでいるの?」と不意に訊かれても、タイトルがたやすくバレない気配りがされた装丁になっている。この堂々としていないところが、小説の内容とマッチしていていい。

主人公は、大学時代から同棲していた1学年上の男性と結婚した。
夫は高校の教師、主人公は小学校の教諭になった。夫とのセックスは、はじめからうまくいかなかった。何度試みても入らない。この「夫のちんぽが入らない」問題をずっと引きずっていく。

Image_20201112114801夫のちんぽが入らない
こだま
扶桑社 2017年

夫は風俗に通い家ではポルノビデオを観ていたが、自分に負い目を感じている主人公は見て見ぬふりをし、結婚4年までは平穏だった。

受け持ったクラスが学級崩壊し、精神的に追い詰められた頃から、歯車が狂いだした。
主人公は崩壊したクラスを立て直すことができず、精神的に限界に達し退職した。
日記サイト(実は出会い系サイトだった)で知り合った男たちとつきあい、不思議なことに、その男たちとのセックスはうまくいった。
身体の節々が痛くなり、自己免疫疾患と診断され、薬物治療がはじまった。
子どもの頃からの母親との確執は解決されず、自殺を考えるような心境に追い込まれてしまう。
やがて、夫がパニック障害となり「やる気の出る薬」を飲みはじめた。
夫との間に性的な関係はまったくなくなった。

夫との出会いから20年経った今、大学生の時に周りから言われたように「兄妹のような関係」で、暮らしていくことになったところで終わる。
子どもを産もうと医療機関を訪れたにもかかわらず、「ちんぽが入らない」ことを医師に相談しなかったのは納得がいかないが、筆の力でねじ伏せられてしまう。

本書は、学資保険を勧める保険外交員と母親に言いたいことで、締めくくられている。〈私は目の前の人がさんざん考え、悩み抜いた末に出した決断を、そう生きようとした決意を、それは違うよなんて軽々しく言いたくはないのです。人に見せていない部分の、育ちや背景全部ひっくるめて、その人が現在あるのだから。それがわかっただけでも、私は生きてきた意味があったと思うのです。〉
普通でない夫婦の奮闘記である。→人気ブログランキング

2015年6月30日 (火)

若冲 澤田瞳子

「異能の画家」伊藤若冲(1716年~1800年)の半生を描いた歴史小説。
腹違いの妹お志乃は、顔料を溶いたり墨をすったり、若冲の身の回りの世話をやいた。そのお志乃の目で描かれている。
第153回直木賞(2015年7月)の候補作。
Image_20201119141801若冲
澤田 瞳子(Sawada Touko
文藝春秋
2015年

源左衛門(伊藤若冲)は、京・錦高倉の青物市場に店を構える「桝屋」の4代目店主。
源左衛門は、日がな一日絵を描いていて仕事にさっぱり身が入らない。源左衛門には絵を描いて金を儲けようという発想がない。若旦那ゆえ高価な顔料をふんだんに使っていた。
店を切り盛りしている母親とふたりの弟は、絵しか興味のない源左衛門に愛想をつかしている。
結婚して2年目に妻のお三輪が蔵で首を吊って死んだ。8年前のことである。
源左衛門は、お三輪をかばえなかった不甲斐なさを悔やみ、妻への懺悔の気持ちからいっそう絵にのめり込むようになった。

三輪の弟弁蔵は、姑にいびられ源左衛門に大事にされずに姉は死を選ばざるをえなかったと思っている。

若冲は、鹿苑寺大書院障壁画の製作を依頼され一旦は固辞したものの、悩みぬいた末、不吉な植物とされる芭蕉を描くことで引き受けることにした。それを機に若沖は客の求めに応じる絵も手掛けるようになった。

著者は、弁蔵の怨念が若冲を奮い立たせ、大胆で緻密な奇想の作品を描かせたという設定でストーリーを作り上げている。
京を舞台に、若冲と同時代に活躍した、池大雅、円山応挙、与謝蕪村、谷文晁、市川君圭ら画師たちとの関わりを大胆な切り口で描いた傑作である。→人気ブログランキング

月人壮士(つきひとおとこ)/中央公論新社/2019年
落花/中央公論新社/2019年
秋萩の散る/徳間書店/2016年
師走の扶持 京都鷹ヶ峰御薬園日録/徳間書店/2015年
ふたり女房 京都鷹ヶ峰御薬園日録/徳間文庫/2016年
京都はんなり暮らし/徳間文庫/2015年
与楽の飯 東大寺造仏所炊屋私記/光文社/2015年
若冲/文藝春秋/2015年
満つる月の如し 仏師・定朝/徳間文庫/2014年
泣くな道真 ―太宰府の詩―/集英社文庫/2014年

2015年2月27日 (金)

33年後のなんとなく、クリスタル 田中康夫

本書のカバーや帯には、賛辞もあればどちらともつかないコメントものっている。
その中で最も納得がいくのは、斎藤美奈子の〈彼は全然懲りていない。激動の同時代を生きた同世代の富国裕民に贈る「"自伝的"風俗」小説。〉である。著者の半ハンパない数の注釈をつける癖は前作と変わっていない。
ちなみに富国裕民とは、著者の政治家であった祖父が、東条英機の富国強兵に抗して掲げたキャッチフレーズである。

Image_2020112209220133年後のなんとなく、クリスタル
田中 康夫(Tanaka Yasuo
河出書房新社
2014年

著者自身と思われる主人公のヤスオが、犬の散歩中に、由利の友人である江美子と再会するところから物語は始まる。
由利は『なんとなく、クリスタル』の主人公で、33年経ったから54歳になった勘定。ヤスオはかつて江美子とも由利とも関係があった。

ヤスオは江美子や由利たちの女子会に招待され出席すべきかどうか悩むが、断る理由がみつからないので出席する。
眺めのいいマンションのリビングで、ケータリングのイタリアンを舌鼓を打ち、シャンペンだのワインだのを飲みながら、ヤスオは薀蓄を垂れ、あるいは女子たちの話に聞き耳を立てて、あれこれ妄想する。

卒業後、由利はフランス系の化粧品会社に勤め、学生時代に付き合っていた男と結婚したが別れた。
今は会社を立ち上げ、子宮頸がんのワクチン接種の啓発にかかわったり、アフリカの人々に眼鏡を供給しようと南アフリカへの出張を控えている。

阪神淡路大震災のときに自転車で被災地を駆け回リボランティア活動をしたことや、知事時代の「脱ダム宣言」や、自ら受けた手術のことなど、著者が実際に経験したこと書かれている。
「出来る時に出来る事を出来る人が出来る場で出来る限り」とか「微力だけれど無力じゃない」という心構えで、右肩上がりでないこれからの日本を生きていくのがいいという。ふたつのフレーズは、韻を踏んでいて聞こえはいいが中身がない。

黄昏時に、ヤスオはサロンで髪を染めカットをしてもらう。同じ時間帯に妻が付き添って愛犬もサロンでシャンプーとカットをしてもらい、フォークソングの『神田川』のように、頃合をみはからって落ち合う予定というしょうもないところで終わる。
懲りていない。→人気ブログランキング

→【2015.02.17】『なんとなく、クリスタル

2026年1月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
無料ブログはココログ