翻訳

2022年10月20日 (木)

“少女神”第9号 フランチェスカ・リア・ブロック

主人公の少女たちは、サブカルチャーの中で、思春期の勘をたよりに、傷つきやすく感じやすく、あるいは、破天荒に、生きている。そんな9篇の短篇が収録されている。
著者のブロック・フランチェスカ・リアは、1962年ロサンゼルスのハリウッド生まれ。カリフォルニア大学バークリー校在籍時に初めて書いた小説『ウィーツィー・バット』とそのシリーズで、新しいヤングアダルトの書き手として一躍注目を集め、その後発表した作品も軒並み高評価を得る。2005年には、ヤングアダルトの執筆活動がアメリカ図書館協会に認められて“Margaret Edwards Award”を受賞した (著者紹介情報より)。

本書は、『娼婦の本棚』(鈴木涼美/中公新書ラクレ/2022年)で紹介されていた。〈オンナノコとオンナの間にある、センシティブで荒々しい時間を、パステルカラーのジーンズやヒョウ柄のソファーや M&Mの緑色のチョコやダイエットソーダで彩りながら、9篇の物語にしたのがフランチェスカ・リア・ブロックの『”少女神“第9号』です〉と紹介されている。
E74908b9e9c14f5c94a2a1057fc283c9“少女神”第9号
フランチェスカ・リア・ブロック/金原瑞人
ちくま文庫
2015年  247頁

「ブルー」ラーという名前はママがつけた。バスルームでママが自殺した。パパは酒ばかり飲んでいる。ママが大好きな詩人の名前をつけた人形たちが2人掛けのソファーに座っている。夢にママが誰かといて、あなたの名前はブルーよと言った。その日からブルーはラーの話し相手になった。先生が自分の好きな人のことを書きなさいと宿題を出した。先生はよく書けているから、みんなの前で朗読しなさいと言った。初めはうまくいかなかったが、だんだん調子にのってきた。読み終えると、友達がラーのママって素敵な人だったのねと言ってくれた。

「マンハッタンのドラゴン」タックには2人の芸術家のママ、イジーとアナスタシャーとマンハッタンで暮らしている。クラスの男の子からママが2人いてパパがいないのかと大声で言われた。パパを探しにいくことにした。そしてサンフランシスコに着いた。勘が冴え、パパとママが泊まったホテルに泊まり、パパの過去に近づいていく。

「”少女神“9号」
2人の少女が同人誌『少女神』を発刊し、大好きな作家に送った。作家は、歌手のニックに紹介したいからもう1部送るようにとの返事がきた。さらにニックのマネージャーからの封書には2枚のコンサート招待券と、雑誌にインタヴュー記事を掲載するからニックの私邸に来るようにとの手紙が同封されていた。2人は舞い上がる。

「レイヴ」
レイヴは顔のスタイルもフランスのスーパーモデルのようで、毎朝リムジンで登校する。ぼくは母親から可愛かった子ども時代にロックバンドのボーカルとして稼がされた。レイヴは昔ぼくに夢中だった。それで打ち解けた。レイヴの美容法はロックスターの体液だという。
そんな15歳のレイヴの成績はオール5だった。その後レイヴとは疎遠になった。ぼくは20代になり、レイヴのその後のことを聞いた。17歳でヘロインの過剰摂取で亡くなったという。

その他、「トゥイーティー・スイートピー」「キャニオン」「ピクシーとポニー」「ウィニーとカビー」「オルフェウス」が収録されている。
解説の山崎まどかによれば、〈アメリカの女性たちにとって、フランチェスカ・リア・ブロックと彼女の書く物語がいかに特別な存在なのか、よく分かる。〉という。→人気ブログランキング
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2022年5月 5日 (木)

平凡すぎて殺される クイーム・マクドネル

特徴のない面相のポールは殺人の容疑者になってしまい、おまけに命を狙われることになった。ブリジットとともに、姿の見えない殺し屋の手から逃れながら命を狙われる理由を突き止めようとする。舞台はアイルランドの首都ダブリン。
64f276b97bbd42aa84b5a5e0c57cc34b平凡すぎて殺される
クイーム・マクドネル/青木悦子
創元社推理文庫
2022年2月 502頁

ポールはボランティアとして老人介護施設で入居者たちの相手役を買って出て数年になる。相手によって、息子になるし孫にもなる、近所の若者にも、あるいは執事にもなる。
看護師のブリジットがポールに、死にかけた癌の末期患者を宥めてくれるようにとたのんだ。その患者は3年前に癌が見つかったが、すべての治療を拒否して、故郷のこの施設にやってきた爺さんだ。その爺さんがポールを誰と間違ったのかナイフで襲い、ポールの肩を刺した。致命傷にはならなかったが、爺さんはその襲撃で命を絶った。
かくして、ポールは殺人事件の容疑者候補になり、しかも何者かに命を狙われることになった。

爺さんの正体は大悪党のゲーリー・ファロンであった。警察としても関わりたくない厄介な人物だ。さらに悪いことにゲーリーの娘が3発の銃弾で何者かに殺された。
ブリジットはポールの命が狙われる原因を作った負目で、行動をともにすることになる。そんなおり、ポールの車に爆弾が仕掛けられた。

若い頃、ポールは銀行強盗のひとりに似ているという理由で、警察に逮捕されたことがある。ポールを逮捕したのは、型破りのバーニー部長警部だった。ところがポールにはアリバイ中のアリバイがあった。

いまやポールは悪党の親玉に命を狙われていて、その親玉に命を狙われたら100%助からないときかされる。なぜ命を狙われるのか。それがわからなくては話にならない。それを突き止めるべく、ポールとブリジットは悪戦苦闘するのだ。そこにバーニー警部が加わり、ストーリーはスラップスティックな展開をみせる。

映画の場面やセリフ、聖書、または小説の場面、あるいはTVゲームの場面などが頻回に引用され、著者の豊富な知識に圧倒される。さらに饒舌というか多彩で効果的な比喩がそこらじゅうに差し込まれ、ついニンマリさせられる。悲壮感がないところがいい。ノンストップで読み進むことができる。本年の翻訳ミステリ・ベストテン入り間違いなし。

著者のクイーム・マクドネルはアイルランド出身。本書は初の長編で「ダブリン3部作」の1作目だという。本書を発刊したときはコメディアンであった。ダブリンやマンチェスターを舞台としたミステリを中心に描いている。本書は2017年、アイルランドのインディペンデント出版を奨励するCAPアワードの最優秀小説部門にノミネートされた(表紙カバーの著者略歴より抜粋)。→人気ブログランキング
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2022年4月19日 (火)

葬儀を終えて アガサ・クリスティー

1953年に発刊。エルキュール・ポアロ・シリーズの25作目にあたる。
イギリス、エンタビーのゴシック風大邸宅に暮らす富豪リチャード・アバネシーが亡くなった。リチャードは68歳で急死した。息子が6か月前に亡くなり弟のゴードンは戦死した。リチャードにとっては弱り目に祟り目の状況であった。
葬儀の後、参列した親族は邸宅内のエンタビー・ホールで一堂に会した。
Photo_20220419085101葬儀を終えて
アガサ・クリスティー/加島祥造 
ハヤカワ文庫 
2003年 482頁

遺言執行を務める弁護士のエントウイッスルから、遺産の分配が伝えられる。遺産はリチャードの弟ティモシー、亡き弟の妻へレン、妹コーラ、甥ジョージ、姪スーザン、姪ロザムンドの6名に均等に分配されると告げられた。遺産のほとんどを手にすると思っていたティモシーは、目もくらむばかりに狼狽えた。その席上でコーラは首をかたむけて、「だって、リチャードは殺されたんでしょう?」と言い放った。コーラは子供の頃から変わっていて、思ったことをなんでも口にするところがあったから、参列者はその発言をまともに取り合わず受け流したかのようだった。しかし参列者の心にしこりのようなものを残した。この言葉があとあとまで後を引くことになる。言い方を変えると、コーラのこの言葉によって物語が成り立っているのである。

翌日、コーラは自宅で寝ているところを襲われ、斧で後頭部をズタズタにされた惨殺体で発見される。家の窓ガラスが割られていた。亡くなる3週間前に、リチャードはコーラの自宅を訪れ、何事かを話していた。

エントウィッスルは書類を作成するため、遺産相続人たちを訪問し証言を集める。エントウィッスルの調べが進むうちに、遺産相続人たちはそれぞれ金に困っていて、誰もがリチャードを殺害する動機があることがわかった。

そんなおり、リチャードとコーラの話の内容を知っているとみられるコーラの家政婦の毒殺未遂事件が起こる。
そして真相を明らかにすべく、エントウィッスルは探偵エルキュール・ポアロに調査を依頼する。

リチャードはコーラに何を話し、その秘密を知られたくない者によってコーラは殺されたのか?
ストーリーは作者の仕掛けた巧妙なトリックに翻弄され、意外な結末に運ばれていく。
さすがクリスティである。星5。→人気ブログランキング
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葬儀を終えて/加島祥造訳/ハヤカワ文庫/2003年(1953年原作発刊)
ナイルに死す/加島祥造訳/ハヤカワ文庫/2003年(1937年)
ねずみとり/鳴海四郎訳/ハヤカワ文庫/2004年(1952年)
さあ、あなたの暮らしぶりを話して/深町眞里子訳/ハヤカワ文庫/2004年(1946年)
そして誰もいなくなった/青木久惠訳/ハヤカワ文庫/2010年(1939年)
アクロイド殺し/羽田詩津子訳/早川文庫/2003年(1926年)

2022年3月29日 (火)

匿名作家は二人もいらない アレキサンドラ・アンドリュース

本書は今年末のミステリ・ランキングで上位に入るのは間違いない。文句なしの大傑作だ。
原題は、「Who is Maud Dixon?(モード・ディクソンは誰?)」である。そのモード・ディクソンとは、アメリカで300万部のベストセラーとなった『ミシシッピ・フォックスロット』の匿名作家のペンネームだ。あらゆるメディアでモード・ディクソンは何者か?が取り沙汰されている。
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アレキサンドラ・アンドリュース/大谷瑠璃子 
早川文庫 
2022年 536頁

作家を志望する26歳のフローレンス・ダロウは、2年前にニューヨークの出版社に編集アシスタントとして入社した。フローレンスは母親から職を変えるようにせっつかれている。編集アシストなど辞めて不動産関係か銀行関係の仕事の就くようにと再三電話で言われている。母子家庭で育ったフローレンスは、フロリダ大学を優秀な成績で卒業し地元で勤めたが、小説家になることが諦めきれずにニューヨークに出てきて、編集アシスタントになった。

作家になるチャンスを掴もうと上司とベッドを共にするが、焦るあまりストーカー行為に走ってしまい、フローレンスは解雇され、上司およびその家族への接近禁止命令が裁判所から言い渡されたのだ。

職を失ったフローレンスに手を差し伸べたのは、別の出版社のグレタである。
グレタは、匿名作家モード・ディクソンのエージェントである。モード・ジャクソンのアシスタントにフローレンスを推薦したのだ。

フローレンスがハドソン駅に着くと、モード・ジャクソンがオンボロのレンジロヴァーで迎えにきていた。本名はヘレン・ウィルコックスと名乗った。ヘレンは32歳だという。そして、1848年築の古い家に連れて行かれた。

フローレンスの主な仕事は、メールの返事書き、手書き原稿のパソコンへの打ち込み、情報の下調べなどだった。
ヘレンは悪筆だった。どうしても読めない字をヘレンに訊ねると、自分で想像しなさいとヘレンは怒った。そして次第にフローレンスが下書きを勝手に書き換えてしまうようになった。
フローレンスはヘレンの描いている作品は魅力がないと感じた。ヘレンの文章を書き換えることで、ヘレンのアシシタントを超えて共同執筆者になったような気分になった。その書き換えた部分をヘレンは気づかないのか、なんの反応もないのだ。

そんな折、ヘレンは次の小説はモロッコが舞台だという。フローレンスがモロッコの下調べを始めると、突然、ヘレンはモロッコに2週間滞在するのでローレンスも一緒に来るようにという。
そして舞台は、ストーリーが二転三転するモロッコに移る。
上昇志向の強いフロレンスとサイコパス風の行動をとるヘレンの対決は見ものだ。

著者のアレキサンドラ・アンドリュースは、1985年生まれ。マンハッタンのアッパーイーストサイドの恵まれた環境で育った。子どもの頃からアガサ・クリスティなどが大好きだった。大学では比較文学を専攻し、卒業後はジャーナリスト、ファッションブランドのコピーライター、編集者として働いた。2014年に雑誌の編集者と結婚し、夫に同行してパリで生活していた2017年に小説を書きはじめた。現在は夫とふたりの子どもとともにブルックリンに在住し、次の作品を執筆中だという(解説からの抜粋による)。→人気ブログランキング
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2022年3月14日 (月)

TOKYO REDUX 下山迷宮 デイヴィッド・ピース

単語やフレーズを繰り返す独自のリズムをもつ文体で、迷宮入りした下山事件を描いた上下2段437ページの大作。著者の『TOKYO YEAR ZERO 』(2007年)、『占領都市 TOKYO YEAR ZERO II 』(2012年)に続く東京三部作の最後の作品である。
過去の事件や出来事との繋がりをモチーフとして東京の闇を描いた怪作。白人が日本を描くと黄色人種蔑視の視点が垣間見られることが往々にしてあるが、その視点がない。フラットな目で描いているところがいい。
ランキングは、『このミステリがすごい』海外部門の9位、『週刊文春』ミステリーベスト10海外部門の8位。
C160d4dc36d34260bd77c974eec9672cTOKYO REDUX 下山迷宮
デイヴィッド・ピース/黒原敏行
文藝春秋
2021年 437頁

本書は3部からなり、第1部は、1949年7月5日、アメリカ独立記念日の翌日に起こった下山事件を、GHQに所属する民間諜報局公安捜査官のハリー・スウィニーが身を粉にして調査する。
第2部は、1964年、オリンピックを控えた東京で、私立探偵の室田秀樹のもと行方不明の小説家黒田浪漫が書いた下山事件の作品を手に入れるようにと依頼が舞い込む。
第3部は、1948年に対日工作とのため日本に滞在したドナルド・ライケンバックが、1988年、天皇の病状が伝えられる日本にやってくる。ドナルドは同性愛者だ。

下田定則国鉄総裁は田園調布の自宅を出て車で三越デパートに向かい、開店したばかりのデパートに入店した後に消息を絶った。翌日の午後0時20分ごろ、国鉄常磐線の北千住駅と綾瀬駅の間の線路上に轢死体となって発見された。肢体はバラバラであり、雨が降っており、100人もの人間がうろうろして、鑑識が現れたのは大分経ってからだ。明らかに初動捜査にミスがあった。自殺説と他殺説がせめぎ合って結局迷宮入りとなった。
下田総裁は失踪の前日に3万人強の解雇を発表し、来週には7万人の整理を発表することになっていた。東京の街にはあちこちに下田を殺せのビラが貼られていた。
その下田事件を解明しようと、ハリー・スイニーが同僚のススム・トダと捜査に奮闘する。GHQ上層部のウィロビーから「はやく解決しろ」とプレッシャーがかかる。
ハリー・スイニーの奮闘ぶりと苦悩が描かれる。

1964年、オリンピックを5か月後に控えた東京。元警察官の探偵の室田に、失踪した探偵小説家の黒田の捜索依頼が出版社からくる。期限はアメリカの独立記念日の7月4日まで。
黒田はGHQが下山を殺害したと確証を得たと言っており、その情報をもとに小説を書いたという。黒田の小説に室田が警察を辞めたくだりが描かれている。誰が黒田に話したのか。現実とも室田の妄想ともつかぬ話が展開される。

1988年、12月、病床に臥す天皇の容態が逐一報道されている。CIA工作員として日本に派遣され、日本文学の研究者として東京に住むことになった翻訳家のライケンバックは下山事件の亡霊に苦しめられる。→人気ブログランキング
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2022年2月10日 (木)

暁の死線(新版)ウイリアム・アイリッシュ

本作は1944年に出版された。オールタイムベストの1冊。
故郷に錦を飾ろうという心意気でニューヨークに出てきた若い男女が出会い意気投合する。しかし、男はやむに止まれず屋敷から金を盗んでいた。

踊ることが大好きなブリッキーは、すらりとした22歳の赤毛。ダンスホールで男たちと踊ることを商売にしている。
そのブリッキーと踊った男が、声をかけてきて無理やりタクシーに乗せようとした。ふたりの間に入った電気工のクィンという若い男が、相手を殴りブリッキーを救った。

Be35eb3925f14ba9a9fe97cd6d922088 暁の死線(新版)
ウイリアム・アイリッシュ/稲葉明雄 
創元推理文庫
2016年 388頁

ブリッキーとクィンは アイオワ州の田舎町グレン・フィールズの出身だった。しかも家が裏隣なのだ。ブリッキーは5年前にニューヨークに出てきた。その後にクィン一家がブリッキーの家の裏に引っ越してきて、今度はクィンがニューヨークに出てきた。そのため今回出会うまで、ふたりに面識はなかった。

クィンが豪邸の電気工事に携わったときに、隠し金庫に男が金を隠すのを見てしまった。しかも、置きっぱなしにしておいた道具箱の中に屋敷の鍵が紛れ込んでいた。そのあとクィンが勤めていた店が倒産し、一文なしになった。クィンはその豪邸から金を盗んだという。

鍵と金を元の場所に戻さなければ、金を盗んだことが警察にバレて、捕まってしまうとブリッキーは言う。ブリッキーはニューヨークから故郷に帰るチャンスだと思った。鍵と金を豪邸に返し終わったら、ふたりで6時発のバスに乗ってニューヨークとおさらばして郷里に帰ることにした。

ところが屋敷には銃で撃たれた死体が転がっていて、殺人の真犯人を見つけ出さなければ、自分たちが殺人犯と疑われてしまう。ニューヨークで成功できなかったふたりが、故郷に帰るために乗り越えなければならないハードルが、とんでもなく高くなってしまった。
そして、ちょっとした手掛かり持って、ふたりは夜の街に出ていく。

有無を言わせぬ強引な展開で、「ボレロ」のようにクレッシェンドにことが進んで、真犯人に迫っていく。

巻末に、著者のウィリアム・アイリッシュは、スコット・フィッツジェラルドと肩を並べる作家であったが、フィッツジェラルドに先を越されてしまい、仕方なくミステリを書き始めたと、解説されている。→人気ブログランキング
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暁の死線(新版)/ウイリアム・アイリッシュ(稲葉明雄)/創元推理文庫/2016年 
幻の女(新訳版)/ウイリアム・アイリッシュ(黒原敏行)/ハヤカワ文庫/2015年

2022年1月27日 (木)

マーチ家の父親 もうひとつの若草物語 ジェラルディン・ブルックス

南北戦争の真っ只中、四姉妹と母親を描いた不朽の名作『若草物語』(ルイザ・メイ・オルコット著)の、姿を見せない父親を主人公にするという大胆な発想で描いた歴史小説である。父親のロバート・マーチは妻と四人の娘を残して、およそ1年間従軍牧師として北軍に同行した。
過去と現在を行ったり来たりしながら、物語は進んでいく。

著者のジェラルディン・ブルックスはオーストラリア生まれ。シドニー大学卒業後、シドニー・モーニング・ヘラルド紙で環境問題などを担当していた。その後、コロンビア大学に留学し、並行してウォールストリート・ジャーナルで、ボスニア、ソマリア、中東地域の特派員として活躍した。
2001年に、17世紀の英国を舞台にしたYear of Wondersでデビュー。
2006年に、本書でフィクション部門のピューリッツァー賞を受賞した。
3作目の小説『古書の来歴』もベストセラーとなった。
4作目の『ケイレブ ハーバードのネイティブ・アメリカン』は、17世紀にハーバード大学に入学し卒業したインディアンの物語である。
41z9zwrvvl_sy291_bo1204203200_ql40_ml2_マーチ家の父親 もうひとつの若草物語 
ジェラルディン・ブルックス/高山真由美 
RHブックス+プラス 
2012年 451頁

従軍牧師のマーチはヴァージニアから妻のマーガレットに宛てて手紙を書いた。
その後、敵に襲われ川を渡りなんとか逃げおおせて、たどり着いた家には、以前、来たことがあった。そこはマーチが18歳の行商人だった頃に長逗留したオーガスタ・クレメントの屋敷であった。そこで再会したのは黒人奴隷のグレイスである。若き日、マーチは奴隷でありながら淑女のような言葉と立ち居振る舞いをするグレイスに心を奪われたのだった。働いても給料は支給されず、ルールに逆らえば鞭打ちの刑が待っている、ただそれだけの暮らし、それが奴隷の生活であった。マーチはそれを目の当たりにしたのだ。

マーチは行商で大金を手にし投資も順調で、マサチューセッツ州のコンコードに大きな家を買った。そして奴隷解放論者のマーガレットと出会い結婚したのだ。
ふたりは自宅に黒人が隠れることができる部屋を作ったり、「地下鉄道」(逃亡奴隷を支援する組織)に手を貸すなど、奴隷解放運動に積極的に加担した。

子どもたちが生まれる前のマーガレットを熱心な奴隷廃止論者だとするなら、子どもたちが産まれた後の彼女はまるで火がついたかのような廃止論者になった。マーガレットは激情の持ち主なのだ。
そのマーガレットが、金持ちの叔母が反対するにも関わらず、急進的な奴隷解放の推進者ブラウンに入れ上げ、家を手放すことになった。ブラウンは奴隷を助けるためではなく暴動を起こすために武器を購入していた。マーガレットはそのブラウンに資金提供したのだ。
破産が宣告されたのは、マーガレットが4人目の子どもを妊娠しているときだった。

そんな困難のなか、コンコードの兵士たちを見送る式典でマーチは切り株の上に立ち、演説を促された。演説は素晴らしいもので、大喝采を浴びた。「私も従軍する」と言ったのだ。叔母はマーチの歳で従軍するとは無分別だ。虚栄心の強い愚か者、南部で野垂れ死して家族を貧乏に陥れるのがオチだと罵られた。
四姉妹とマーガレットとは貧乏ながらも健気に生きるのだが、マーチは瀕死の状態になり、マーガレットが病院に呼び寄せられることになった。そこでマーガレットは屈辱を味わうことになるのだった。→人気ブログランキング
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【ジュラルディン・ブルックスの作品】
ケイレブ  ハーバードのネイティブ・アメリカン』柴田ひさ子/平凡社/2018年
古書の来歴』森嶋マリ/武田ランダムハウスジャパン/2010年
マーチ家の父 もうひとつの若草物語』高山真由美/RHブックス・プラス/2012年

2022年1月14日 (金)

マイ・シスター、シリアルキラー オインカン・ブレイスウェイト

舞台はナイジェリアの首都ラゴス。
アヨオラはフェミをナイフで殺した。アヨオラから「殺しちゃった」との連絡が入り、姉のコルデがフェミのアパートに駆けつけた。コルデは看護師だから、殺人現場の証拠隠滅の知識と技術がある。部屋を消毒し終えたあと、姉妹はフェミの遺体を車で運び出し、橋の欄干から川に突き落とした。
3df2f8d8848740aa801a54f6ff6be741マイ・シスター、シリアルキラー
オインカン・ブレイスウェイト/粟飯原文子 
ハヤカワ・ミステリ 
2021年 198頁

姉妹は暴君のような父親とエキセントリックな母親のもとで育った。父親が一家に与えた数々の災難が明らかになっていく。これらはアヨオラに精神的なトラウマとなっていた。家族には父親という闇があった。
幼少の頃からコルデはアヨオラの面倒をみてきた。コルデは母親にアヨオラに災難が降りかからないようにフォローをするのが、お前の役目だと言われきた。アヨオラは肌の色が薄く美人なのでモテる。一方コルデは母親にそっくりで、体が大きくて色が濃く、美人ではない。
アヨオラは男を引きつける魅力を持った女性に育った。そして幾人もの男と付き合ってきた。

フェミは180cmもある大男で、激昂したからアヨオラは怖くなって、持っていたナイフで心臓を3回刺したという。実はアヨオラの殺人はフェミで3人目だ。
今回同様、これまで、コルデは母親の命令に従い殺人の証拠隠しをしてきた。

能天気なアヨオラがコルデの勤める病院にふらりと現れて、コルデがアヨオラをタデ医師に紹介する羽目になった。コルデはタデに密かに心を寄せている。アヨオラがタデに目をつけたことがコルデにとっては気になってしょうがない。二人がいい仲になって、その挙句アヨオラがタデを殺してしまうかもしれないという不安だ。
しかし、コルデの不安は現実のものとなり、タデはアヨオラにのめり込んでいく。
一方、警察が動き出す。

著者は1988年にナイジェリアのラゴスで生まれ、ロンドンに移住した。ロンドンとラゴスを行き来し、英国キングストン大学で法律と創作の学位を取得した。2012年にラゴスに戻り、出版社で編集の仕事に携わりながら短編小説を発表し高い評価を受けていた。
長編小説を書くかたわら自らの楽しみのために、気ままに本書を書いたという。そんな軽い気持ちで書いた本書は、スピード感があって魅力的である。
出版されるや瞬く間の世界が注目するところとになった。
2019年のロサンゼルス・タイムス文学賞、アンソニー賞最優秀新人賞、アマゾン・パブリッシング・リーダーズ賞を受賞、ブッカー賞の候補、女性小説賞の最終候補、全英図書賞(犯罪・スリラー部門)を受賞した。30言語での翻訳が予定されているという。→人気ブログランキング
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2022年1月 6日 (木)

木曜殺人クラブ リチャード・オスマン

ユーモア感が漂いちょっと人を食った感じの語り口は、R.D.ウィングフィールドのフロスト警部シリーズを彷彿とさせるが、フロスト警部シリーズがウリの下品なところはない。ユーモアは、イギリスのミステリの一つの特徴だという。
アガサ・クリスティの連作短篇『火曜クラブ』やアントニー・バークリーの『毒入りチョコレート事件』で使われた、推理好きが集まって事件の謎解きを行うというパターンが使われている。
2a290b6e4cac4ac6afdef46722c21256木曜殺人クラブ
リチャード・オスマン/羽田詩津子 
早川書房 
2021年9月 494頁

木曜殺人クラブは、いまや寝たきりになった元警部のペニーとエリザベスがはじめた。当初は、警察の未解決事件のファイルをペニーが持ち出して、エリザベスと事件を推理した。
いまのクラブのメンバーは、エリザベスのほかに元看護師のジョイス、元労働運動家と元精神科医がいる。
ジョイスの手記がところどころで挟み込まれ、物語の進みを整える役割をしている。

彼らは高級リタイアメント・ビレッジのクーパーズ・チェイスで暮らしている。クーパーズ・チェイスには300人ほどがいて、その中心にはいまは使われていない女子修道院の建物がある。

高齢者が増え続け介護業は成長産業である。
そんなご時世を背景に、イアンと共同経営者のトニーは、古い家を買い取りリニューアルして売り大儲けしてきた。野心家のイアンはトニーをクビにして、改装費が安いボグダンにトニーの仕事を回そうとしている。そんなことすればトニーはイアンを殺すだろうと、ボクダンはいう。
ところが、イアンではなくてトニーが自宅で撲殺された。さらに衆目の前でイアンが毒殺された。

木曜殺人クラブの面々は事件に首を突っ込もうとする。
情報源をどうするのか。マーガレットとジョイスはハンドバッグが盗まれたと警察署にかけ込み、地区担当のドナ巡査から情報を得ようとする。ドナ巡査は高級老人住宅でしばしば講演している。まんまとうまくいって、エリザベスはドナ巡査とチャットで情報を交換する関係を築いた。
ドナ巡査はフロスト警部を彷彿とさせるどこかとぼけたクリス警部を巻き込み、警察がもつほとんどの情報が木曜殺人クラブに伝わるという仕組みが出来上がってしまう。

本書のテーマはあくまで殺人事件の犯人探しであるが、もう一つのテーマは老いだ。老人たちには波乱の過去がある。主要登場人物の過去が語られ物語は奥行きと広がりをみせる。

著者のリチャード・オスマンは1970年生まれ。英国のテレビ司会者・プロデューサー。本書は著者のはじめての作品で、全英図書賞の年間最優秀著者賞を受賞した。そのほか、エドガー賞最優秀長篇賞、国際スリラー作家協会最優秀長篇賞、バリー賞最優秀新人賞、アンソニー賞最優秀新人賞などにノミネートされ、高い評価を得ている。
日本では、『ミステリ読みたい!2022年度版』第3位、『週刊文春』ミステリーベスト10海外部門第4位など、上位にランクインしている。→人気ブログランキング
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2021年12月21日 (火)

自由研究には向かない殺人 ホリー・ジャクソン

著者はイギリス・バッキンガム出身の29歳の女性。子どものころから物語を描きはじめ、15歳で最初の小説を書き上げた。デヴュー作の本書は2019年に刊行され、英米でベストセラーになった。2020年のブリティッシュ・アワードのチルドレン・ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞。英国カーネギー賞の候補になった(カバーの著者紹介を改変)。
『このミステリがすごい』では2位、『週刊文春』ミステリーベスト10(海外部門)では2位と評価が高い。
カバーのイラストにはジャケ買いを誘う魅力がある。
B8405da49a054051bc971cc8076207cb自由研究には向かない殺人
ホリー・ジャクソン/服部京子訳 
創元推理文庫 
2021年8月
582頁

ピップ(あるいはピッパ)は頭脳明晰で快活な17歳の娘。夏休みが明けると、リトル・キルトン・グラマースクールの最終学年になる。ピップは夏休みの自由研究に、リトル・キルトンで起こった殺人事件を選んだ。
そのほかに、ケンブリッジ大学への願書の作成のために、マーガレット・アトウッドについての論文をまとめなくてはいけない。

その殺人事件とは、5年前にキルトン・グラマースクールに通う17歳の美貌のアンディが行方不明となり、その後アンディのボーイフレンドだったサルが自殺した事件である。
サルがアンディの携帯電話を持っていて、サルの爪にアンディの血痕が付着していた。彼女の車のダッシュボードにはサルの指紋が付いていた。サルが犯人と断定され事件に終止符が打たれた。
しかしアンディは行方不明のままだ。

ピップにはサルの無罪を証明しようとする理由がある。かつて義理の父親がナイジェリア人だということでいじめを受けたときに、1年上のサルが助けてくれたことがあった。それ以来、ピップにとってサルはヒーローだった。

ピップは自由研究という隠れ蓑を使って、事件を正面切って調べ直そうと考えた。サルの弟ラヴィが協力を申し出た。ラヴィも兄は犯人ではないと思っているが、殺人犯の弟があれこれ聞き回ろうとしても拒否されるだけだ。

サルの携帯電話からわかったことは、サルはアンディに何かやめて欲しいものがあったこと。それと、サルが「ぼくだ。ぼくがやった。すみません」と父親に送ったテキストは、誰か別の人間が打ったものだ。サルはピリオドを使わない。

ピップの身の危険を顧みない体当たりの捜査(取材と呼んだ方がいいかもしれない)で、アンディの過去の悪事が暴かれるにつれて、アンディが殺されてもしょうがなかったとピップは考えるようになる。

ネット社会を反映して、携帯電話やインターネット、SNSが物語の中心にある。
テーマはシリアスだが、17歳の快活な主人公の目を通して描かれているので暗くなく爽やかなところと、構成が緻密であるところが、本書の魅力だ。→人気ブログランキング
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