翻訳

『カササギ殺人事件』アンソニー・ホロヴィッツ

上巻には、世界各国でベストセラーになった名探偵アティカス・ピュントのシリーズ第9作目という設定で、作中ミステリの『カササギ殺人事件』が描かれている。

1955年、英国のサンクスビー・オン・エイヴォン村で、パイ屋敷の家政婦ブラキストン夫人が亡くなった。掃除機のコードが足に絡まり階段から落下し、首の骨を折った。警察は事故死と断定したが、住民たちは納得していない。
それは住民同士のしがらみが、住民たちに事故死ではなく殺人事件のはずだと確信させるからだ。
ブラキストン夫人が亡くなってから2週間後、パイ屋敷の持ち主サー・マグナスが飾り物の甲冑の剣で首を切断され殺された。

アティカス・ピュントは65歳、手術不能の脳腫瘍をわずらっている。ピュントの捜査により、村中の誰もが犯人でもありうる暗い過去が明らかにされる。

カササギ殺人事件〈上〉 (創元推理文庫)
アンソニー・ホロヴィッツ
/山田蘭
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カササギ殺人事件〈下〉 (創元推理文庫)
創元推理文庫
2018年 ✳︎10
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下巻は、時制が現在となり、アティカス・ピュント・シリーズの担当編集者のスーザン・ライランドの視線で描かれる。
スーザンは、『カササギ殺人事件』の原稿を手にするが、最終の2〜3章が抜き取られていた。実際に上巻は、中途半端なままになっている。
冒頭で、スーザンが、まとめの形でマグナス殺害の犯人を推論する。各人物の犯人としてのとしての可能性をあげつらう。
そこで、「よーし、下巻を読むぞ」と俄然モチベーションが上がるのだ。

作者のアラン・コンウェイが自筆の遺書を残して、自宅の塔から飛び降り自殺をする。
自殺するはずがないアランがなぜ遺書を残したのか。スーザンの犯人探しが始まる。
そしてスーザンは、最終作とされる『カササギ殺人事件』を書くアランの真の目的を知ることになる。

作中ミステリの犯人探しと、アラン殺しの犯人探しという、フーダニットが別のフーダニットを包み込むダブル・フーダニットの設定で話は進んでいく。ふたつのストーリーは、絡み合いながら見事に整理され、齟齬はもちろんなく強引さもない。さらに最終の2〜3章が消えた理由はなんなのか。
本書が、数々の賞に輝き、大傑作と評価されていることに納得させられた。星10。

著者のアンソニー・ホロヴィッツは、シャーロック・ホームズ財団公認を受け、ホームズ・シリーズの長編作品『モリアティー』と『絹の家』を執筆している。さらに、イアン・フレミング財団にも公認され、『007 逆襲のトリガー』を書いている。
テレビの脚本も数多く手がける英国エンターテーメント界の至宝である。

007 逆襲のトリガー/アンソニー・ホロヴィッツ/駒月雅子/角川文庫/2019年
カササギ殺人事件/アンソニー・ホロヴィッツ/山田蘭/創元推理文庫/2018年

『IQ2』ジョー・イデ

ジャケ買いしてしまいそうなくらい、表紙カバーのイラストの紫とピンクが魅力的だ。
前作『IQ』では、主人公アイゼイア・クィンタベイ(IQ)の聡明さと肉体の強靭さが強調されたが、本作では、ケガを負ったり叶わぬ恋に苦悩したりする。
さらに、ギャング達の生い立ちや、脇役達の背景や、事件解決のクライマックスに時期を同じくする相棒ドットソンの妻の出産が語られ、ストーリーに厚みが増している。

舞台は、黒人とヒスパニック系とアジア系が入り乱れて覇権争いを繰り広げているロサンゼルスの暗黒街。

IQ2 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
IQ2
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ジョー・イデ/熊谷千寿
ハヤカワ文庫 2019年6月 ✳10
売り上げランキング: 7,564

8年前に、交通事故を装って殺された兄マーカスの元恋人サリタが現れて、異母妹ジャニーンのギャンブル依存をどうにかして欲しいと、アイゼイアに依頼する。サリタに淡い恋心を抱いていたアイゼイアは、相棒ドットソンと行動を開始する。
アイゼイアの解決しなければならないことは、ジャニーンをギャンブル依存から脱却させること、兄マーカスの死の真相を突き止めること。ふたつの事柄には繋がりはないが、アイゼイアの頭の中ではつながっている。

サリタとジャニーンの父親ケン・ヴァンは、中国系マフィア〈三合会〉の〈14K〉の下で働いている。サリタは黒人とヒスパニックの売春婦との間にできた子供だったが、聡明さと美貌を備えていた。サリタは優秀な成績でカリフォルニア大学を卒業し、スタンフォード大学ロースクールの奨学金を勝ち取った。その後ケンブリッジに留学し、今では弁護士として活躍している。
一方、ジャニーンに対してケンは良かれと思うことをすべて与えた。それがDJのベニーと付き合うようようになり、ベニーのギャンブル好きでふたりには借金まみれになっている。

高利貸しのレオには町中に密告屋がいる。密告者は借りている金の期限を伸ばしてもらうために仲間を売るのだ。レオの手下バルサザーは2メートルを超える巨漢。レオとバルサザーはベニーをゴミ収集所に連れて行って突き落とした。その後も返済しないベニーを追い回す。

ジャニーンは父親の携帯にUSBメモリーをつなぎ情報を盗んだ。その情報からジャニーンは父親が関わる〈三合会〉が人身売買や麻薬、誘拐など、ありとあらゆる悪事に手を染めていることを知ってしまう。
USBをベニーが持ち出し、中国人マフィア〈三号会〉を脅迫して金を得ようとするするつもりなのだ。
トミーはケンから情報が漏れたことに腹を立てケンを監禁し、そこに捕まったベニーが放り込まれる。

USBは追っ手からバイクで逃げるベニーを救おうと、追跡したアイゼイアの手に入る。USBと交換にケンとベニーの釈放を持ち出すが、トミーは応じず、魔の手はサリタにも及ぼうとする。

マーカスを轢いたのはメキシコ系ギャングであることを突き止めた。そして、マーカスのバックパックに、なぜ3千ドルの現金と16gのヘロインが入っていたのかの謎が解けるとき、殺害を命令した人物が明らかになる。

IQ2/ジョー・イデ/熊谷千寿/ハヤカワ・ミステリ文庫/2019年
IQ/ジョー・イデ/熊谷千寿/ハヤカワ・ミステリ文庫/2018年

『生物学探偵セオ・クレイ 森の捕食者』

モンタナの山中で若い女性生物学者が殺された。近くで調査を行っていたセオ・クレイ教授に容疑をかけられ警察に連行されるが、女性を襲ったのは熊と断定され、教授は放免される。殺された女性はセオのかつての教え子・ジェニパーだった。

生物学探偵セオ・クレイ: 森の捕食者 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アンドリュー・メイン/唐木田みゆき
ハヤカワ・ミステリ文庫 2019年4月 ✳8

生物学的なあるいは生化学的なコメントをそこかしこに挟みながら、一人称で述懐するスタイルでストーリーは進む。

ジェニパーの傷の状態から死因に疑惑を抱いたセオは、独自のルートでゲノム検査を行ったところ、ジェニパーを襲った熊はすでに死んでいた。熊の仕業に見せかけた殺人事件であると警察に告げると、まったく取り合ってもらえない。
こうしてセオの孤立無援の捜査が始まる。

セオは生物学者であると同時にコンピュータのプログラマーである。セオが開発したMAATは、無関係なデータの集まり・カオスから、事件を解決する鍵を提供してくれるAIなのだ。手がかりが希薄にもかかわらず、MAATを頼りに仮説を立てていく。
熊に襲われて事故死した若い女性は過去10年で6人いた。一連の事件はシリアルキラーによる犯行ではないかとセオは疑いだす。
セオは、人づきあいがあまり得意でない生活スキルに難がある人物という設定だが、ダイナーの美人ウェートレス・ジリアンの協力を得て、犯人を絞り込んでいく。

犯人の尻尾を掴みかけたもつかの間、セオに自らが犯人として警察に出頭しなければ、セオと親しくしている人間を次々に殺すと脅迫されるに至る。相手は常人の域を超えた凶悪犯であった。
満身創痍になりながら、犯人との壮絶な闘いが展開される。

著者アンドリュー・メインの経歴が特異だ。10代の頃よりサーカス付きのイルージュニスト・マジシャンとして活躍している。
警察署に連行されたセオの目の前に、事件現場の写真29枚が広げられ、その中の6枚をセオが選ぶと、なんで選んだのだと刑事が驚いていう。同じ事件の写真だった。この場面はカードマジックを彷彿させる。
本作は「セオ・クレイ」シリーズの第1作目で、すでに3作まで刊行しているという。

『ケイレブ ハーバードのネイティブ・アメリカン』ジェラルディン・ブルックス

アメリカ北東部マサチューセッツの小島に生まれた先住民ワンパノアグ族のケイレブ・チェーシャトゥーモークが、ハーバード大学に入学し卒業したという史実にアイデアを得て、著者は本書を書き上げた。

信仰の自由を求めて、清教徒がメイフラワー号でアメリカ大陸に到達したのは、1620年11月。舞台は、それから数10年が経過したマーサズ・ヴィニアード島である。島のインディアンの中にはキリスト教の洗礼を受ける者も出てきた。

主人公のベサイアの父はインディアンへの布教に尽力するキリスト教の牧師。
父がベサイヤに勉強を教えてくれたのは9歳までだった。それ以降は亡くなった母の代わりに家事をこなしながら、父が兄にラテン語やギリシャ語やヘブライ語を教えるのを、聞くことで知識を吸収していった。兄よりベサイアの方が覚えるのが圧倒的に早かった。聡明なベサイアはインディアンの言葉ワンパノアグ語を理解できたし話すこともできた。

ケイレブ: ハーバードのネイティブ・アメリカン
ジェラルディン ブルックス
平凡社
2018年 ✳10

ある日、ベサイアは愛馬に乗り海岸まで出かけて、インディアンの男の子と出会った。のちに、ベサイアがクレイブと名づけたそのインディアンは、ハマグリのたくさん採れるところや大きなグランベリーの実の成る木に案内してくれ、いろいろなことを教えてくれた。ベサイアはケイレブに英語を教えた。
ケイレブの男らしい屈託のない性格に惹かれ、ふたりは親友になった。

そのケイレブが家に住み込んで父親からラテン語やギリシャ語を習うことになった。
ケイレブの理解力と記憶力は抜群だった。
しかし、ベサイア一家を不幸が襲う。イギリスに渡ろうとした父の乗った船が嵐に襲われ、父は帰らぬ人となった。

ベサイアは選択を迫られる。兼ねてから求婚されている島の有力者の息子と結婚し島に残るか、兄やケイレブたちとボストンに出ていくかである。ベサイアは兄たちが通うラテン語学校を経営するコールレット先生の家で、小間使いとして年季奉公することになった。

小間使いの仕事をはじめて間もなく、総督の推薦でアンというインディアンの娘が寄宿することになった。利発なアンはラテン語の本をスラスラ読んだ。
ところが、妊娠していたアンは流産してしまう。ベサイアは島で助産婦について訓練していたので的確に行動した。アンの相手が誰かが問題となりケイレブたちが疑われたが、ベサイアはアンがここにくる前に妊娠していたことを確信していた。
アンは審問を受けることになり、ケイレブたちが相手とされ、さらにベサイアさえも災難が降りかかることになるだろう。
島に連れて行き、イギリス人と友好の深くないインディアンのグループに預かってもらうことにした。

ケイレブは順調に勉学に勤しみ、ハーバード大学の学長の口頭試問を難なくパスし、晴れて入学が許可される。
その後、差別やいじめで苦境に立たされるケレイブだが、毅然とした態度を貫きやがて級友たちの信頼を得るに至るのだった。

物語の最終章は、70歳のベサイアが自らの波瀾に満ちた半生を振り返る構成になっている。本書はケイレブの物語というよりも、それを見届けたベサイアの物語である。
現在、著者は本書の舞台であるマーサズ・ヴィニアード島に暮らしているという。

ケイレブ ハーバードのネイティブ・アメリカン』ジェラルディン・ブルックス/柴田ひさ子/平凡社/2018年
『マーチ家の父 もうひとつの若草物語』ジュラルディン・ブルックス/高山真由美/RHブックス・プラス/2012年

『初夜』イアン・マキューアン

20世紀の半ばをすぎても、イギリスでは性に対してビクトリア朝時代を引きずっていた。数年経てば、ロックンロールの流行とともに開放的な性の風潮が先進国を席巻しようとする直前である。時代設定がいかにも巧妙だ。
物語が初夜の一事象に収斂していく巧みな構成と筆さばきは見事というほかはない。

ふたりはオックスフォードにある大学を卒業したばかりのときに出会い、1年ほど交際したのちに結婚に至った。エドワードはユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンで歴史学を、フローレンスは王立音楽大学でヴァイオリンを専攻した。

披露宴のあと、ふたりは車でドーセット海岸のホテルに到着する。
エドワードはホテルに泊まったことがなかったが、フローレンスは子供の頃、父親と旅行した際に、ホテルには何度も泊まったことがあった。

初夜 (新潮クレスト・ブックス)
初夜
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イアン・マキューアン /松村潔
新潮クレスト・ブックス
2009年 ✳10

最初の夜の様子が、ふたりの生い立ちや交際中のことに触れながら、イギリスの社会情勢や文化や風潮を、緻密で核心をついた文章で描く手法で、物語はすすんでいく。

ふたりの初夜を前にして感じていることは違った。エドワードは期待と熱望を感じたが、フローレンスは恐怖と嫌悪感だった。初夜に新婚夫婦が行うことを、期待するあまり失敗しないように、というのがエドワードが念じていることだった。

〈フローレンスのドレスのジッパーが布を噛んで動かなくなったり、彼女の内股の筋肉が痙攣したり、エドワードの手が彼女の内股から核心の部分に進めなくなったり、〉行為は滞りがちだった。受け入れなければならし、受け入れたいのだが、体がそう反応しないことにフローレンスは苦悩する。

もともと、エドワードは激昂しやすく少し暴力的なところがあった。それがこの場面で現れやしないか不安であった。一方、フローレンスはパニックや嫌悪感をなんとかコントロールしようとしたのだが。。

ふたりのその後の人生は決して悪いものではなかった。フローレンスはヴァイオリニストとしてそこそこ成功した。エドワードはそれなりの職について経済的に困窮するようなことはなかった。どちらかといえば幸せな老後を向かえた。
初夜をうまくやり過ごせば、別の人生が待っていたであろうという運命の不条理を感じさせながら物語は終わる。

アムステルダム/イアン・マキューアン/新潮文庫/2005年
初夜/イアン・マキューアン/新潮クレストブック/2009年

『宇宙船ビーグル号の冒険』A・E・ヴァン・ヴォークト

本書は、1950年に発刊されたA・E・ヴァン・ヴォークトの長編SF小説『The Voyage of Space Beagle』の新訳版。それまでに発表した4つの中編を合わせて長編に仕立てている。
日本では本書が、ヴォークトの代表作とされているが、本家のアメリカではそうした評価はないという。

科学者と軍人合わせて1000人の乗組員を擁する巨大宇宙探査船なかで繰り広げられる権力争いを縦軸に、未知の宇宙生物との攻防を横軸に描くスペースオペラの古典である。
人間と宇宙生物の二つの視点で描かれているので、読み手は探査船を襲う生物の思惑を知ることができる。この手法は本書を特徴づけている。

宇宙船ビーグル号の冒険【新版】 (創元SF文庫)
A・E・ヴァン・ヴォークト/沼沢洽治
創元SF文庫
2017年7月 ✳︎10

肩から太い触手を生やした巨大猫型宇宙獣のケアルには哀愁が漂う。ケアルは惑星の住民同士の絶滅戦争に耐えて生き残った実験動物なのだ。
リーム鳥型星人のテレパシー文明に接触したビーグル号の乗組員は大混乱をきたす。
何千年もの昔、故郷の星の爆発で隆盛を誇った種族は滅び、不死身の緋色の怪物イクストルは宇宙空間をさ迷っている。イクストルは原子構造を変化させてビーグル号の堅い外壁を通り抜け船内に入り込み、卵の孵化場となる人間〈グウル〉を見つけ出そうとする。
ビーグル号が渦状星雲に入ろうとしたところで、乗組員の五感に刺激が送られてきた。銀河をおおいつくすほど成長した巨大ガス状生命アナビスの生息域に足を踏み入れたのだ。その瞬間からアナビスの存亡をかけた死闘に巻き込まれる。

謎の宇宙生物と戦う一方、船内では権力争いがくり広げられている。
物理学や科学や地質学などの部長たちから見れば、総合科学(ネクシャリズム)部のグローヴナーは若造であり、総合科学は得体の知れない格下の新興の学問なのだ。しかし専門家の狭い視野では、ビーグル号が遭遇する難敵を蹴散らすことはできないだろう。グローヴナーは次第に力をつけていく。
グローヴナーの良き理解者である考古学者の苅田は、「末期農民型」社会という単語を使って敵の状況を言い表す。それはとりもなおさず、船内で繰り広げられている権力闘争を揶揄しているのである。→人気ブログランキング

『ザ・プロフェッサー』ロバート・ベイリー

学部長の理不尽な方針により大学を追われた老教授が、娘一家を交通事故で亡くしたもと恋人の要請を受け、教え子とともに運送会社の悪徳経営者を相手どって裁判に挑む。相手側のなりふり構わない隠滅工作に敢然と立ち向かう、勧善懲悪のリーガルサスペンス。

実際に、アラバマ州タスカルーサにあるアラバマ大は、アメリカンフットボールの名門校である。かつて活躍したプレーヤーは、今でも町で一目おかれる人物たちである。
物語は、68歳になるトーマス(トム)・マクマトリーが主人公。かつてディフェンスの名プレイヤーであり、アラバマ大学が全米チャンピョンに輝いたときのメンバーである。現在、トムはアラバマ大学の教授として証拠学の権威であり、トムが率いる模擬裁判チームは3度の全国優勝を誇っている。

ささいなことで激昂した学生のリックに殴られたトムが、リックの腕をつかんだ動画が youtube に流れ、トムが暴力をふるったとされ窮地に立たされる。トムの授業で学生が虐待を受けたと申告し、さらに女子学生と不適切な関係にあるとでっち上げられる。
トムに最後通告を言い渡したのは、最近アラバマ大学の顧問弁護士に就任したかつての教え子であるタイラーであった。

ザ・プロフェッサー (小学館文庫)
ザ・プロフェッサー
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ロバート ベイリー/吉野弘人
小学館文庫 2019年3月 ✳︎8
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トムは実際の裁判には長年携わっていない。また3年前に妻を乳癌で亡くし、最近大学を不本意なから辞めさせられ、さらに膀胱癌が見つかり、すっかり意気消沈している。そこで、トムはかつてトラブルがあった教え子のリックを紹介する。リックは事故があったヘンショーの出身である。

被告の弁護士はアラバマ州で最も勝率の優れた弁護士として君臨する、トムを大学から追放することに策を労したタイラーだった。一方、リックは弁護士に成りたてのヒヨッコである。

運転手に法定速度を無視した運転を強要していた運送会社は、証拠となる書類を燃やし、原告に有利な証言をしようとする関係者を買収したり、脅したり、あるいは口封じのために殺したりしていた。
裁判は被告有利に運ぶかに思われたが、トムの過去の栄冠やリックの土地の利が陪審員たちに効果的に影響し、被告側の悪行にほころびが生じるのだった。→人気ブログランキング

 

 

『そしてミランダを殺す』ピーター・スワンソン

見知らぬ女に男が妻殺しを相談するという、現実にはありそうにない設定で話がはじまるが、すんなり受け入れられるのは、著者の巧みな構成力と卓絶した筆力によるのだろう。大胆な展開と予想だにしない結末が待っている。本書はすべての章が登場人物たちのモノローグの形をとっている。映画化の話が進んでいるという。

テッドはヒースロー空港のバーでジントニックを飲みながら、ボストン行きの飛行機の出発を待っている。そこに面識のない女・リリーが声をかけてくる。
テッドはインターネット関連会社に投資し成功した実業家だ。
酔いも手伝ってか、結婚して3年になること、ボストンに住んでいること、メイン州の海辺の土地を買い新居を建てていること、建築現場で妻のミランダと建築業者ブラッドとの不倫を目撃したことを打ちあけた。

そしてミランダを殺す (創元推理文庫)
そしてミランダを殺す
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ピーター・スワンソン/務台夏子
創元推理文庫
2018年2月 10✳︎

 

 

ミランダは他人を利用し、自分のルックスを頼りに生き、もらえるものをもらって満足している浅薄な女。この先、生きていても何人もの男を不幸に陥れる人生を送る。人間はいずれ死ぬのだから、殺しても何も問題がないというのが、リリーの強引な論理。

テッドはリリーに同調し、ミランダは殺さなければならないモンスターだと思うようになる。こうして奇妙な共犯関係が成立する。なぜ妻の殺害に手を貸すのかとのテッドの疑問に、リリーは全てが終わってから、話すと約束するのだった。テッドはミランダに好意を寄せ、リリーもテッドとの関係を好ましく感じている。

ストーリーが進むにつれて、殺人に痛痒すら感じないリリー、自らの欲望のために男を食い物にするミランダ、そのふたりに振り回される哀れなテッドとブラッドという構図が見えてくる。リリーとミランダは、最近話題となっているサイコパスという人格障害だろう。

同じ場面を時間を巻き戻して、別の人物の視点から語るという手法を使っている。この手法により、読者は登場人物のひとりの目では理解しがたい事象の核心部分を表と裏から見ることができるのである。→人気ブログランキング

サイコパス/中野信子/文春新書/2016年

『ニックス』ネイサン・ヒル

本書はネイサン・ヒルのデビュー作、上下二段組で700余ページというボリューム。
2016年のロサンゼルス・タイムズ文学賞(新人部門)を受賞し、全米批評家協会賞最優秀新人賞の最終候補に残った作品である。メルリ・ストリープ主演でドラマ化が企画されているという。

シカゴの北西にある小さな大学で、文学を教えているサミュエル・アンダーソン助教授は、10年前に書いた短編により新人賞を獲って大々的にデビューした。ところが出版社と長編執筆の契約を交わしたにも関わらず、その後作品を書けないでいた。
サミュエルは、できの悪い学生に文学の講義をしつつ、週に40時間以上もオンラインゲームにうつつを抜かしている。

ニックス
ニックス
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ネイサン ヒル /佐々田雅子
早川書房
2019年2月 ✴8

ある日、サミュエルの母親フェイが大統領候補のワイオミング州知事シェルドン・パッカーに石を投げた嫌疑で拘留されていると、弁護士から電話がかかってきた。石を投げたシーンはテレビで繰り返し放送され、フェイは「パッカー・アタッカー」というあだ名までついた有名人になっている。
サミュエルはここ20年間フェイと話したことがない。なぜならフェイはサミュエルが11歳のときに、父親とサミュエルを残して家から姿を消し、その後音信不通となっていた。

サミュエルは同時にいくつかの問題を抱えることになる。
母親の逮捕は解決しなければならない。
サミュエルの生徒ローラ・ポツダムがレポートをコピペしたと、ソフトウェアが判定した。単位はあげられないとするサミュエルに、ローラは諦めない。父親の力を使ってサミュエルを大学から追い出そうとする。
さらに出版社から契約不履行で賠償金を請求されるかもしれないという窮地に立たされる。編集担当者はサミュエルにフェイの伝記を書くようにもちかける。今ならベストセラーになること間違いないと、執筆を迫る。

そこでサミュエルはフェイに会いに行くが、フェイは家を去った理由も、その後の20年間のブランクについても、口を閉ざして何も語ろうとしない。

物語の、時間軸は1968年から2011年まで、場所は母子の生まれ故郷から、シカゴ、ニューヨーク、ノルウェーまで広がっていく。サミュエルの幼い日のフェイとのことや、親友や初恋のこと、フェイの高校時代の事件や大学時代のことが、現在と過去を行きつ戻りつ綴られる。
サミュエルは、父親や介護施設にいる祖父や、フェイが大学時代に同室であったアリスから様々なことを聞き出す。フェイは大学時代に学生運動に関わり逮捕されていた。フェイにとっては身に覚えのない売春の罪で逮捕されたことを知る。

やがて母子は和解し助け合うようになる。しかし、フェイが大学時代に接触があったサイコパスがふたりの前に立ちふさがり、物語はサイコミステリの様相を呈してくる。
本書の主人公はサミュエルとフェイのふたり、家族愛の物語である。

ところでニックスとは、フェイの父親をノルウェーから追ってきた幽霊のこと。フェイはニックスに取り憑かれたと思っていた。→人気ブログランキング

『マルタの鷹』ダシール・ハメット

『マルタの鷹』は、アメリカの大衆向け雑誌『ブラック・マスク』に1929年9月号から1930年1月号に連載され、同年に単行本として発刊された、ハードボイルド探偵小説の嚆矢である。アウトロー探偵サム・スペードが、美女の頼みごとを引き受けたばかりに厄介に巻き込まれる。登場人物のキャラクターが見事に描き分けられていて、早いテンポで話が進んでいく。3度(1931年、36年、41年)にわたって映画化されている。
ただただ傑作と言わざるをえない。

マルタの鷹〔改訳決定版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
マルタの鷹
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ダシール ハメット/小鷹信光
ハヤカワ・ミステリ文庫(改訳改訂版)
2012年

女はサンフランシスコの私立探偵サム・スペードに妹の捜索を依頼する。妹と駆け落ちしたというサーズビーと、サーズビーを尾行したスペードの同僚アーチャーは銃で撃たれて殺される。アーチャーの妻と不倫関係にあったスペードは警察に殺人の容疑をかけられてしまう。

妹の失踪は作り話で、しかもその女ブリジッド・オショーネシーは偽名を使っていた。オショーネシーはスペードに近づいた本当の理由を明かさない。
そのあと、スペードにカイロという男が接触してきたのは、スペードがオショーネシーから何かを聞き出しているとみたからだ。カイロはスペードに黒い鳥の装飾品を見つけ出したら5000ドル払うという。

さらに脂肪肥りのガットマンが手下にスペードを尾行させる。
このあたりでスペードの前に現れた人物たちの目的は、マルタ騎士団が所有していたという宝石を散りばめた莫大な価値がある装飾品を手に入れることだとわかる。

ガットマンはロシアの将軍が装飾品を所持していることを掴み、カイロ、サーズビー、オショーネシーを代理人として装飾品を手に入れようとしたが、3人はそれを自分のものにしようと策を弄したという。装飾品の表面には宝石を隠すため黒いエナメルが塗られていてる。
それぞれが自分が掴んでいる情報を明かさず、装飾品をめぐって探り合いを繰り広げている。

やがて、スペードのオフィスに胸に銃弾を受け血を流している男が飛び込んできて、スペードに包みを渡したあと事切れた。その包みから装飾品が出てきた。
3人も殺された事件を警察が黙っているはずがない。
スペードは、ガットマンとその手下、カイロとオショーネシーを前に、3人の殺人事件の犯人を警察に提供して、この事件に幕を降ろすことを提案する。装飾品のことが警察の知るところとなれば、事の収拾がつかなくなるというのが理由だった。
ここから、スペードと悪党たちとの駆け引き、警察の執拗な操作が佳境に入っていく。→人気ブログランキング

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