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『ケイレブ ハーバードのネイティブ・アメリカン』ジェラルディン・ブルックス

アメリカ北東部マサチューセッツの小島に生まれた先住民ワンパノアグ族のケイレブ・チェーシャトゥーモークが、ハーバード大学に入学し卒業したという史実にアイデアを得て、著者は本書を書き上げた。

信仰の自由を求めて、清教徒がメイフラワー号でアメリカ大陸に到達したのは、1620年11月。舞台は、それから数10年が経過したマーサズ・ヴィニアード島である。島のインディアンの中にはキリスト教の洗礼を受ける者も出てきた。

主人公のベサイアの父はインディアンへの布教に尽力するキリスト教の牧師。
父がベサイヤに勉強を教えてくれたのは9歳までだった。それ以降は亡くなった母の代わりに家事をこなしながら、父が兄にラテン語やギリシャ語やヘブライ語を教えるのを、聞くことで知識を吸収していった。兄よりベサイアの方が覚えるのが圧倒的に早かった。聡明なベサイアはインディアンの言葉ワンパノアグ語を理解できたし話すこともできた。

ケイレブ: ハーバードのネイティブ・アメリカン
ジェラルディン ブルックス
平凡社
2018年 ✳10

ある日、ベサイアは愛馬に乗り海岸まで出かけて、インディアンの男の子と出会った。のちに、ベサイアがクレイブと名づけたそのインディアンは、ハマグリのたくさん採れるところや大きなグランベリーの実の成る木に案内してくれ、いろいろなことを教えてくれた。ベサイアはケイレブに英語を教えた。
ケイレブの男らしい屈託のない性格に惹かれ、ふたりは親友になった。

そのケイレブが家に住み込んで父親からラテン語やギリシャ語を習うことになった。
ケイレブの理解力と記憶力は抜群だった。
しかし、ベサイア一家を不幸が襲う。イギリスに渡ろうとした父の乗った船が嵐に襲われ、父は帰らぬ人となった。

ベサイアは選択を迫られる。兼ねてから求婚されている島の有力者の息子と結婚し島に残るか、兄やケイレブたちとボストンに出ていくかである。ベサイアは兄たちが通うラテン語学校を経営するコールレット先生の家で、小間使いとして年季奉公することになった。

小間使いの仕事をはじめて間もなく、総督の推薦でアンというインディアンの娘が寄宿することになった。利発なアンはラテン語の本をスラスラ読んだ。
ところが、妊娠していたアンは流産してしまう。ベサイアは島で助産婦について訓練していたので的確に行動した。アンの相手が誰かが問題となりケイレブたちが疑われたが、ベサイアはアンがここにくる前に妊娠していたことを確信していた。
アンは審問を受けることになり、ケイレブたちが相手とされ、さらにベサイアさえも災難が降りかかることになるだろう。
島に連れて行き、イギリス人と友好の深くないインディアンのグループに預かってもらうことにした。

ケイレブは順調に勉学に勤しみ、ハーバード大学の学長の口頭試問を難なくパスし、晴れて入学が許可される。
その後、差別やいじめで苦境に立たされるケレイブだが、毅然とした態度を貫きやがて級友たちの信頼を得るに至るのだった。

物語の最終章は、70歳のベサイアが自らの波瀾に満ちた半生を振り返る構成になっている。本書はケイレブの物語というよりも、それを見届けたベサイアの物語である。
現在、著者は本書の舞台であるマーサズ・ヴィニアード島に暮らしているという。

ケイレブ ハーバードのネイティブ・アメリカン』ジェラルディン・ブルックス/柴田ひさ子/平凡社/2018年
『マーチ家の父 もうひとつの若草物語』ジュラルディン・ブルックス/高山真由美/RHブックス・プラス/2012年

『初夜』イアン・マキューアン

20世紀の半ばをすぎても、イギリスでは性に対してビクトリア朝時代を引きずっていた。数年経てば、ロックンロールの流行とともに開放的な性の風潮が先進国を席巻しようとする直前である。時代設定がいかにも巧妙だ。
物語が初夜の一事象に収斂していく巧みな構成と筆さばきは見事というほかはない。

ふたりはオックスフォードにある大学を卒業したばかりのときに出会い、1年ほど交際したのちに結婚に至った。エドワードはユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンで歴史学を、フローレンスは王立音楽大学でヴァイオリンを専攻した。

披露宴のあと、ふたりは車でドーセット海岸のホテルに到着する。
エドワードはホテルに泊まったことがなかったが、フローレンスは子供の頃、父親と旅行した際に、ホテルには何度も泊まったことがあった。

初夜 (新潮クレスト・ブックス)
初夜
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イアン・マキューアン /松村潔
新潮クレスト・ブックス
2009年 ✳10

最初の夜の様子が、ふたりの生い立ちや交際中のことに触れながら、イギリスの社会情勢や文化や風潮を、緻密で核心をついた文章で描く手法で、物語はすすんでいく。

ふたりの初夜を前にして感じていることは違った。エドワードは期待と熱望を感じたが、フローレンスは恐怖と嫌悪感だった。初夜に新婚夫婦が行うことを、期待するあまり失敗しないように、というのがエドワードが念じていることだった。

〈フローレンスのドレスのジッパーが布を噛んで動かなくなったり、彼女の内股の筋肉が痙攣したり、エドワードの手が彼女の内股から核心の部分に進めなくなったり、〉行為は滞りがちだった。受け入れなければならし、受け入れたいのだが、体がそう反応しないことにフローレンスは苦悩する。

もともと、エドワードは激昂しやすく少し暴力的なところがあった。それがこの場面で現れやしないか不安であった。一方、フローレンスはパニックや嫌悪感をなんとかコントロールしようとしたのだが。。

ふたりのその後の人生は決して悪いものではなかった。フローレンスはヴァイオリニストとしてそこそこ成功した。エドワードはそれなりの職について経済的に困窮するようなことはなかった。どちらかといえば幸せな老後を向かえた。
初夜をうまくやり過ごせば、別の人生が待っていたであろうという運命の不条理を感じさせながら物語は終わる。

アムステルダム/イアン・マキューアン/新潮文庫/2005年
初夜/イアン・マキューアン/新潮クレストブック/2009年

『宇宙船ビーグル号の冒険』A・E・ヴァン・ヴォークト

本書は、1950年に発刊されたA・E・ヴァン・ヴォークトの長編SF小説『The Voyage of Space Beagle』の新訳版。それまでに発表した4つの中編を合わせて長編に仕立てている。
日本では本書が、ヴォークトの代表作とされているが、本家のアメリカではそうした評価はないという。

科学者と軍人合わせて1000人の乗組員を擁する巨大宇宙探査船なかで繰り広げられる権力争いを縦軸に、未知の宇宙生物との攻防を横軸に描くスペースオペラの古典である。
人間と宇宙生物の二つの視点で描かれているので、読み手は探査船を襲う生物の思惑を知ることができる。この手法は本書を特徴づけている。

宇宙船ビーグル号の冒険【新版】 (創元SF文庫)
A・E・ヴァン・ヴォークト/沼沢洽治
創元SF文庫
2017年7月 ✳︎10

肩から太い触手を生やした巨大猫型宇宙獣のケアルには哀愁が漂う。ケアルは惑星の住民同士の絶滅戦争に耐えて生き残った実験動物なのだ。
リーム鳥型星人のテレパシー文明に接触したビーグル号の乗組員は大混乱をきたす。
何千年もの昔、故郷の星の爆発で隆盛を誇った種族は滅び、不死身の緋色の怪物イクストルは宇宙空間をさ迷っている。イクストルは原子構造を変化させてビーグル号の堅い外壁を通り抜け船内に入り込み、卵の孵化場となる人間〈グウル〉を見つけ出そうとする。
ビーグル号が渦状星雲に入ろうとしたところで、乗組員の五感に刺激が送られてきた。銀河をおおいつくすほど成長した巨大ガス状生命アナビスの生息域に足を踏み入れたのだ。その瞬間からアナビスの存亡をかけた死闘に巻き込まれる。

謎の宇宙生物と戦う一方、船内では権力争いがくり広げられている。
物理学や科学や地質学などの部長たちから見れば、総合科学(ネクシャリズム)部のグローヴナーは若造であり、総合科学は得体の知れない格下の新興の学問なのだ。しかし専門家の狭い視野では、ビーグル号が遭遇する難敵を蹴散らすことはできないだろう。グローヴナーは次第に力をつけていく。
グローヴナーの良き理解者である考古学者の苅田は、「末期農民型」社会という単語を使って敵の状況を言い表す。それはとりもなおさず、船内で繰り広げられている権力闘争を揶揄しているのである。→人気ブログランキング

『ザ・プロフェッサー』ロバート・ベイリー

学部長の理不尽な方針により大学を追われた老教授が、娘一家を交通事故で亡くしたもと恋人の要請を受け、教え子とともに運送会社の悪徳経営者を相手どって裁判に挑む。相手側のなりふり構わない隠滅工作に敢然と立ち向かう、勧善懲悪のリーガルサスペンス。

実際に、アラバマ州タスカルーサにあるアラバマ大は、アメリカンフットボールの名門校である。かつて活躍したプレーヤーは、今でも町で一目おかれる人物たちである。
物語は、68歳になるトーマス(トム)・マクマトリーが主人公。かつてディフェンスの名プレイヤーであり、アラバマ大学が全米チャンピョンに輝いたときのメンバーである。現在、トムはアラバマ大学の教授として証拠学の権威であり、トムが率いる模擬裁判チームは3度の全国優勝を誇っている。

ささいなことで激昂した学生のリックに殴られたトムが、リックの腕をつかんだ動画が youtube に流れ、トムが暴力をふるったとされ窮地に立たされる。トムの授業で学生が虐待を受けたと申告し、さらに女子学生と不適切な関係にあるとでっち上げられる。
トムに最後通告を言い渡したのは、最近アラバマ大学の顧問弁護士に就任したかつての教え子であるタイラーであった。

ザ・プロフェッサー (小学館文庫)
ザ・プロフェッサー
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ロバート ベイリー/吉野弘人
小学館文庫 2019年3月 ✳︎8
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トムは実際の裁判には長年携わっていない。また3年前に妻を乳癌で亡くし、最近大学を不本意なから辞めさせられ、さらに膀胱癌が見つかり、すっかり意気消沈している。そこで、トムはかつてトラブルがあった教え子のリックを紹介する。リックは事故があったヘンショーの出身である。

被告の弁護士はアラバマ州で最も勝率の優れた弁護士として君臨する、トムを大学から追放することに策を労したタイラーだった。一方、リックは弁護士に成りたてのヒヨッコである。

運転手に法定速度を無視した運転を強要していた運送会社は、証拠となる書類を燃やし、原告に有利な証言をしようとする関係者を買収したり、脅したり、あるいは口封じのために殺したりしていた。
裁判は被告有利に運ぶかに思われたが、トムの過去の栄冠やリックの土地の利が陪審員たちに効果的に影響し、被告側の悪行にほころびが生じるのだった。→人気ブログランキング

 

 

『そしてミランダを殺す』ピーター・スワンソン

見知らぬ女に男が妻殺しを相談するという、現実にはありそうにない設定で話がはじまるが、すんなり受け入れられるのは、著者の巧みな構成力と卓絶した筆力によるのだろう。大胆な展開と予想だにしない結末が待っている。本書はすべての章が登場人物たちのモノローグの形をとっている。映画化の話が進んでいるという。

テッドはヒースロー空港のバーでジントニックを飲みながら、ボストン行きの飛行機の出発を待っている。そこに面識のない女・リリーが声をかけてくる。
テッドはインターネット関連会社に投資し成功した実業家だ。
酔いも手伝ってか、結婚して3年になること、ボストンに住んでいること、メイン州の海辺の土地を買い新居を建てていること、建築現場で妻のミランダと建築業者ブラッドとの不倫を目撃したことを打ちあけた。

そしてミランダを殺す (創元推理文庫)
そしてミランダを殺す
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ピーター・スワンソン/務台夏子
創元推理文庫
2018年2月 10✳︎

 

 

ミランダは他人を利用し、自分のルックスを頼りに生き、もらえるものをもらって満足している浅薄な女。この先、生きていても何人もの男を不幸に陥れる人生を送る。人間はいずれ死ぬのだから、殺しても何も問題がないというのが、リリーの強引な論理。

テッドはリリーに同調し、ミランダは殺さなければならないモンスターだと思うようになる。こうして奇妙な共犯関係が成立する。なぜ妻の殺害に手を貸すのかとのテッドの疑問に、リリーは全てが終わってから、話すと約束するのだった。テッドはミランダに好意を寄せ、リリーもテッドとの関係を好ましく感じている。

ストーリーが進むにつれて、殺人に痛痒すら感じないリリー、自らの欲望のために男を食い物にするミランダ、そのふたりに振り回される哀れなテッドとブラッドという構図が見えてくる。リリーとミランダは、最近話題となっているサイコパスという人格障害だろう。

同じ場面を時間を巻き戻して、別の人物の視点から語るという手法を使っている。この手法により、読者は登場人物のひとりの目では理解しがたい事象の核心部分を表と裏から見ることができるのである。→人気ブログランキング

サイコパス/中野信子/文春新書/2016年

『ニックス』ネイサン・ヒル

本書はネイサン・ヒルのデビュー作、上下二段組で700余ページというボリューム。
2016年のロサンゼルス・タイムズ文学賞(新人部門)を受賞し、全米批評家協会賞最優秀新人賞の最終候補に残った作品である。メルリ・ストリープ主演でドラマ化が企画されているという。

シカゴの北西にある小さな大学で、文学を教えているサミュエル・アンダーソン助教授は、10年前に書いた短編により新人賞を獲って大々的にデビューした。ところが出版社と長編執筆の契約を交わしたにも関わらず、その後作品を書けないでいた。
サミュエルは、できの悪い学生に文学の講義をしつつ、週に40時間以上もオンラインゲームにうつつを抜かしている。

ニックス
ニックス
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ネイサン ヒル /佐々田雅子
早川書房
2019年2月 ✴8

ある日、サミュエルの母親フェイが大統領候補のワイオミング州知事シェルドン・パッカーに石を投げた嫌疑で拘留されていると、弁護士から電話がかかってきた。石を投げたシーンはテレビで繰り返し放送され、フェイは「パッカー・アタッカー」というあだ名までついた有名人になっている。
サミュエルはここ20年間フェイと話したことがない。なぜならフェイはサミュエルが11歳のときに、父親とサミュエルを残して家から姿を消し、その後音信不通となっていた。

サミュエルは同時にいくつかの問題を抱えることになる。
母親の逮捕は解決しなければならない。
サミュエルの生徒ローラ・ポツダムがレポートをコピペしたと、ソフトウェアが判定した。単位はあげられないとするサミュエルに、ローラは諦めない。父親の力を使ってサミュエルを大学から追い出そうとする。
さらに出版社から契約不履行で賠償金を請求されるかもしれないという窮地に立たされる。編集担当者はサミュエルにフェイの伝記を書くようにもちかける。今ならベストセラーになること間違いないと、執筆を迫る。

そこでサミュエルはフェイに会いに行くが、フェイは家を去った理由も、その後の20年間のブランクについても、口を閉ざして何も語ろうとしない。

物語の、時間軸は1968年から2011年まで、場所は母子の生まれ故郷から、シカゴ、ニューヨーク、ノルウェーまで広がっていく。サミュエルの幼い日のフェイとのことや、親友や初恋のこと、フェイの高校時代の事件や大学時代のことが、現在と過去を行きつ戻りつ綴られる。
サミュエルは、父親や介護施設にいる祖父や、フェイが大学時代に同室であったアリスから様々なことを聞き出す。フェイは大学時代に学生運動に関わり逮捕されていた。フェイにとっては身に覚えのない売春の罪で逮捕されたことを知る。

やがて母子は和解し助け合うようになる。しかし、フェイが大学時代に接触があったサイコパスがふたりの前に立ちふさがり、物語はサイコミステリの様相を呈してくる。
本書の主人公はサミュエルとフェイのふたり、家族愛の物語である。

ところでニックスとは、フェイの父親をノルウェーから追ってきた幽霊のこと。フェイはニックスに取り憑かれたと思っていた。→人気ブログランキング

『マルタの鷹』ダシール・ハメット

『マルタの鷹』は、アメリカの大衆向け雑誌『ブラック・マスク』に1929年9月号から1930年1月号に連載され、同年に単行本として発刊された、ハードボイルド探偵小説の嚆矢である。アウトロー探偵サム・スペードが、美女の頼みごとを引き受けたばかりに厄介に巻き込まれる。登場人物のキャラクターが見事に描き分けられていて、早いテンポで話が進んでいく。3度(1931年、36年、41年)にわたって映画化されている。
ただただ傑作と言わざるをえない。

マルタの鷹〔改訳決定版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
マルタの鷹
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ダシール ハメット/小鷹信光
ハヤカワ・ミステリ文庫(改訳改訂版)
2012年

女はサンフランシスコの私立探偵サム・スペードに妹の捜索を依頼する。妹と駆け落ちしたというサーズビーと、サーズビーを尾行したスペードの同僚アーチャーは銃で撃たれて殺される。アーチャーの妻と不倫関係にあったスペードは警察に殺人の容疑をかけられてしまう。

妹の失踪は作り話で、しかもその女ブリジッド・オショーネシーは偽名を使っていた。オショーネシーはスペードに近づいた本当の理由を明かさない。
そのあと、スペードにカイロという男が接触してきたのは、スペードがオショーネシーから何かを聞き出しているとみたからだ。カイロはスペードに黒い鳥の装飾品を見つけ出したら5000ドル払うという。

さらに脂肪肥りのガットマンが手下にスペードを尾行させる。
このあたりでスペードの前に現れた人物たちの目的は、マルタ騎士団が所有していたという宝石を散りばめた莫大な価値がある装飾品を手に入れることだとわかる。

ガットマンはロシアの将軍が装飾品を所持していることを掴み、カイロ、サーズビー、オショーネシーを代理人として装飾品を手に入れようとしたが、3人はそれを自分のものにしようと策を弄したという。装飾品の表面には宝石を隠すため黒いエナメルが塗られていてる。
それぞれが自分が掴んでいる情報を明かさず、装飾品をめぐって探り合いを繰り広げている。

やがて、スペードのオフィスに胸に銃弾を受け血を流している男が飛び込んできて、スペードに包みを渡したあと事切れた。その包みから装飾品が出てきた。
3人も殺された事件を警察が黙っているはずがない。
スペードは、ガットマンとその手下、カイロとオショーネシーを前に、3人の殺人事件の犯人を警察に提供して、この事件に幕を降ろすことを提案する。装飾品のことが警察の知るところとなれば、事の収拾がつかなくなるというのが理由だった。
ここから、スペードと悪党たちとの駆け引き、警察の執拗な操作が佳境に入っていく。→人気ブログランキング

『日曜日の午後はミステリ作家とお茶を』ロバート・ロプレスティ

主人公のレオポルド・ロングシャンクスは50歳のミステリ作家。
「事件を解決するのは警察。ぼくは話をつくるだけ」と言いつつ、警察の捜査にしばしば口を出し、ある時は警察に制され、ある時は見事な推理を披露する。そして警察とのやりとりのなかに、作品に使えそうなギミックがないかとアンテナを張っている。
シャンクスの妻コーラはロマンス作家として売り出したばかり。結婚20年目で、適度に仲が良くジャブ程度の軽い嫌味を言いあう。
安楽椅子探偵ものあり、事件の推移を見物するだけのものあり、ショートショートあり、深刻でない内容の牧歌的な14の短篇からなるコージーミステリである。

日曜の午後はミステリ作家とお茶を (創元推理文庫)
ロバート・ロプレスティ/高山真由美
創元推理文庫 2018年 ✴8

・シャンクスはロマンス作家としてデビューしたコーラの雑誌インタビューに同席する。インタビューは当たり障りのない内容で進み、カフェの窓の外では詐欺事件が起こり、警察がやってきて犯人が逮捕される。「シャンクス、昼食につきあう」
・ミステリ作家のコンベンションで、素人作家が酒をおごるから謎を解いてくれと数人の作家に持ちかける。議論百出し、シャンクスが誰も使ったことのないギミックを語る。「シャンクスはバーにいる」
・誤認逮捕された知り合いを助けるためにハリウッドに乗り込み、事件の謎を解く。「シャンクス、ハリウッドに行く」
・強盗に財布を盗まれたシャンクスは、凝りに凝った罠で犯人を撃沈させる。「シャンクス、強盗にあう」
・シャンクスが住む住宅街の車上荒らしが捕まる。盗品のマシンピストルがどこの家の車から盗まれたのかシャンクスが推理する。「シャンクス、物色してまわる」
・ミステリファンが集うイベントで起きた『マルタの鷹』の初版本紛失事件。「シャンクス、殺される」
・ATMから金を引き出そうとした男のキャッシュカードが機械に飲み込まれる謎を解く。「シャンクスの手口」
・シャンクスは 先達の文章をオーディブック聴き体に染み込ませ、文章をひねり出した。それが盗作だと電話の主は言う。電話の主は先達のゴーストライターだった。「シャンクスの怪談」
・馬の誘拐事件。「シャンクスの牝馬」
・シャンクスは町の建物の前の状態も前の前の状態も、上書きされずに覚えているという特技を持っている。その記憶力が強盗逮捕に役立つ。「シャンクスの記憶」
・出身大学の図書館で殺人事件が起き、寄贈したジャンクスの本がなくなった。「シャンクス、スピーチする」
・シャンクスはタクシーの運転手に妻の善意を気づかせる。「シャンクス、タクシーに乗る」
・ウィンドウズの技術サーポートから、マルウェアに感染してると電話で言われ、パソコンの遠隔操作を促されるが、シャンクスは詐欺と気づき撃退する。「シャンクスは電話を切らない」
・シャンクスは資産家の未亡人の夫の座を狙う男に忠告する。「シャンクス、悪党になる」
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『ナイルに死す』アガサ・クリスティー

本作品は1937年に発表された。
約1世紀前のナイル川クルーズに同乗しながら、ストーリー運びの巧みさと犯人当て推理を満喫することができる。船上ミステリの元祖である。
犯人をよもや疑われないだろうという安全域においておく一人二役系。

膨大な財産を相続したリネットに親友のジャッキーが婚約者のサイモンを紹介すると、貴族との婚約が決まりかけていたリネットはサイモンを気に入ってしまい、ふたりはさっさと結婚してしまう。婚約者を奪われたジャッキーは、サイモン夫妻の前にストーカーのように頻回に現れ、復讐の機会を狙っている。しかもピストルを持参している。
ジャッキーは夫婦のエジプト旅行に姿を現し、夫妻が偽名を使ってジャッキーを振り切ろうとしたナイル川クルーズにも参加したのだった。
なぜ、極秘にしている夫婦の行き先をジャッキーが察知できるのか?

ナイルに死す (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
ナイルに死す
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アガサ クリスティー/加島祥造
ハヤカワ文庫 2003年 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
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リネットの財産管理人はやましいところがあるから、アメリカからエジプトに駆けつける。気むずかしいアメリカの富豪の夫人とその従姉妹でリネットの父親によって破産に追い込まれた一家の娘、官能小説で有名な女流作家とその娘、さらに社会主義運動に関わる男やテロリストとそれを追う英国特務機関員の大佐など、クルーズ船に乗り合わせた人物の背景が語られ、事件に関わる人物たちのしがらみが描かれる。

略奪愛に絡む殺人事件が起こるのは作品のほぼ中間点。
ジャッキーが銃でサイモンの脚を撃ち、その銃でリネットが殺される。そのあと事件が続発して起こり、エルキュール・ポアロの謎解きがはじまる。ちなみに、ベルギー人のポアロは、自らを優れた洞察力のある「灰色の脳細胞」を持つ世界最高の探偵であるとする自信家である。

冒頭にアガサ・クリスティ自身の本作品の紹介が載っている。
〈・・・自分ではこの作品は"外国旅行物"の中で最も良い作品の一つと考えています。そして探偵小説が"逃避的文学"だとするなら、ひとときを、犯罪の世界に逃れるばかりでなく、南国の陽射しとナイルの青い水の国に逃れてもいただけるわけです。〉
作品が文学の王道から逃避していると批判されたことに対するアガサ・クリスティの反論である。→人気ブログランキング

ナイルに死す/アガサ・クリスティ/加島祥造 ハヤカワ文庫 2003年
偽のデュー警部/ピーター・ラヴゼイ/中村保男 ハヤカワ・ミステリ文庫1983年
遭難信号/キャサリン・ライアン・ハワード/法村里絵 創元推理文庫 2018年

ねずみとり/1950年
さあ、あなたの暮らしぶりを話して/1946年
そして誰もいなくなった/1939年
アクロイド殺し/1926年

『ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ』A・J・フィン

PTSD(外傷後ストレス症候群)による引きこもりの女性精神科医が謎を解くという未聞の設定のサイコミステリ。
主人公のアナ・フォックスは38歳の小児心理学を専門にする精神分析医。自らがパニック症候をときどき起こす広場恐怖症を抱えている。要するに引きこもりだ。
ニューヨークの高級住宅地に4階建て地下1階の豪邸に住んでいる。パンチという猫が同居していて、とんでもなくハンサムな若い男デヴィットが地下室を間借りしている。
主治医が処方する抗鬱剤やβブロカーや精神安定剤をしこたま内服し、メルローの赤をがぶ飲みする。自宅の窓からニコンのカメラで、近所の住人の様子を監視する自称"スパイごっこ"の毎日を送っている。
夫は娘を連れて1年ほど前に新居に移っていった。PTSDを患った理由を含め、その辺りの事情はおいおい語られる。なにしろ文章が上手い。

ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ 上
A.J. フィン/ 池田真紀子
早川書房
売り上げランキング: 89,146
ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ 下
2018年9月
✴9
売り上げランキング: 79,590

望遠カメラで周りの家を窓越しに観察しているうちに、公園の向こうの家で起こった傷害事件を目撃する。
まるでヒッチコックの『裏窓』である。アナは古いモノクロ映画のファンで、ことにヒッチコックは大のお気に入り。本書はヒッチコックへのオマージュ作品だ。メルローを飲みながら薬を服用し、テレビでDVD映画を観るものだから、現実と映画のシーンがこんがらがってしまうことがしばしばある。もちろんワインで薬を流し込むのは、主治医から固く禁じられているが、そんなことはお構いなしだ。古い映画のタイトルやシーンが次々に出てきて、著者の映画のうんちくは相当なものだ。

アナは「アゴラ」というチャットルームにログインする。アゴラは広場恐怖症のアゴラフォビアからとったもの。そこには精神的な病を抱えた人々が集まっていて、アナのアドバイスは好評なのだ。
週1回は通いの理学療法士に体のメインテナンスをしてもらい、さらにフランス語のレッスンも受けているが、外にはほぼ1年間出ていない。

アナは目撃した傷害事件を解決しようとあれこれ推理し、ついには行動を起こす。ところが、家の隣の公園で傘を持って倒れているところを発見され病院に運ばれたり、バスローブ姿でカフェに現れ客と悶着を起こしたりして、その度に警察沙汰になってしまう。

精神病を患っているアル中で、近所の家を望遠カメラで観察している気味の悪い女というのがアナについての近所の評判だ。一人暮らしの寂しさに負けて狂言で殺人事件をでっち上げ、警察に通報したのではと警官に言われ、アナは憤慨する。

周りや警察の見方が正しいのではないかと一度は思ったりもしたが、誓ってもいい、事件が起こったことは事実なのだと、自分に言い聞かせる。

ところで、表紙カバーに著者の紹介文が載っていないので変だなと思った。
巻末の解説によると、その理由は、著者は現役の出版責任者であるため本名を隠し、ペンネームは性差による先入観を避けるため中性的なイメージの名前にしたという。
また、エイミー・アダムス主演で、2019年秋公開を目指して映画制作が進められているという。→人気ブログランキング

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