生物学

『サピエンス異変―新たな時代「人新世」の衝撃』ヴァイバー・クリガン=リード

著者は環境人文学と19世紀英文学を専門とする英国ケント大学の人気准教授である。本書はフィナンシャル・タイムズ紙の「2018年ベストブック」に選出された。

最近使われるようになった地質時代の区分「人新世」とは、人類が農業や産業革命によって地球規模の環境変化をもたらした時代のことである。「人新世」を生きる私たちの身体の起こっている変化(進化)は、私たちが快適さを求めて作り上げてきた生活の影響であるという。それは歓迎されるような変化ではない。

200万年もの間、狩猟生活で培った人類の性質は、たったここ1万年前の農業の発展で、ミスマッチを余儀なくされた。

サピエンス異変――新たな時代「人新世」の衝撃
ヴァイバー・クリガン=リード/ 水谷淳・鍛原多惠子
飛鳥新社
2018年 ✳8

本書は次のように分けられていて、各章の終わりには「人新世」を生き抜くための著者のアドバイスが、箇条書きに列挙されている。
【第1部】紀元前800万年から紀元前3万年
氷河期の旧石器時代・新石器時代にあたる。移動生活が当たり前であり、狩りに費やす時間はせいぜい週30時間だった。人類の基本的な性質が培われた。

【第2部】紀元前3万年から西暦1700年
3万年から2万5千年くらいの間に、農耕が始まり人類は定住するようになった。
農耕により柔らかい食事を口にするようになり、歯が頭蓋骨の中に収まらなくなり人類の顔を変えた。顎が小さくなり、歯が小さくなった。

【第3部 】西暦1700年から西暦1910年
18世紀に産業革命が起きたとき、地形と環境が急速に変わり、私たちの身体もまた変わった。外見も含めた私たちの現在の有り様は、労働がどんどん分化した産業革命の時代に端を発している。
産業資本主義は富裕層と貧困層を分断する不平等に満ちていた。工場労働者の中に、爆発的に障害者が増えた。労働者は重労働と栄養不足に苦しんだ。子たち達にくる病が広がったのは栄養不足と日光にあたらないことだった。
さらにヴィクトリア時代に始まった学校教育は、子たちを椅子に座らせて5~6時間もじっとしていることを強いた。そして最近は、椅子に座らせられることを拒否する児童はADHDと診断され、アメリカでは6.1%の児童が薬を内服をしているという。

【第4章】1910年から現代
人間の足の大きさは、何千年ものあいだほぼ一定だった。ところが20世紀あたりから大きくなりはじめ、ここ40年だけでも2サイズ大きくなっている。1960年代にはアメリカ人の女性の足の平均サイズは6.5(日本サイズ24.0cm)だったが、いまでは8.5から9(日本サイズ26~26.5cm)になった。平均体重の影響もあるが、足のアーチが崩れて扁平足になっているせいもある。身体のことを考えると、靴を履かない時間を長くしたほうが良い。

座りっぱなしは、寿命を短くするし病気の発症を招く。著者はこの章を書き始めたころは、ふつうに椅子に座って調べ物をしていた。しかし、45歳から64歳の人のうちいつも座って仕事をしている人は、引退後に老人ホームに入る割合が40%高いということを知って、すぐにトレッドミルで歩きながらiPadで文献を読むというやり方に切り替えたという。

気味の悪い予測もある。このまま二酸化炭素の排出に対して歯止めがかからなければ、次のようなことが起こる。光合成の鍵となる二酸化炭素が増えれば、植物の生育は促進されるだろう。炭素以外のミネラルの量は相対的に減ってしまい、栄養素が減った野菜や穀物が生産される可能性があるという。そうして生まれた巨大化するニンジンは、過去の滋養豊かなニンジンではなく、ジャンクな食べ物であり肥満の原因となるというのだ。

現代人を苦しめるミスマッチ病である肥満、腰痛、二型糖尿病、腎臓病、高脂血症、うつ、骨粗鬆症などを回避するため著者のアドバイスは、座っている時間を短くして少し運動をしようという、簡単なものだ。

『進化の法則は北極のサメが知っていた』渡辺佑基

生命活動は化学反応の組み合わせであり、したがって生物の生み出すエネルギーの量は熱力学の法則によって決定される。本書の目的は、体温という物理量がどのように生物の姿や形や生き方を規定しているのかを探ることである。

著者は調査しようとする動物を捕獲し、カメラと記録計を取り付け、のちにそれらを回収して分析するバイオロギング調査を行った。

 

進化の法則は北極のサメが知っていた (河出新書)
渡辺佑基
河出新書 2019年2月 ✳8
売り上げランキング: 54,405

北極の海に暮らす大きな変温動物のニシオンデンザメはのろのろと泳ぎ、2日に1回獲物を追いかけ、なおかつ寿命400年という脅威的なスルーライフを送っていた。
南極に暮らす恒温動物のアデリーペンギンは体温を保つために、ものすごい勢いで獲物を食べ、エネルギーを燃やし続けていることを明らかにした。
オーストラリアの海に暮らす中温動物のホホジロザメは魚類としては例外的に活発でありながら、アデリーペンギンとニシオンデンザメの中間的lな生活スタイルを持っていることを発見した。これら一見バラバラに見える3つの事柄は代謝という地下水脈でつながっているという。

低体温はあらゆる種類の生命活動を鈍化させる。体温が下がるほど動物の運動能力が鈍り、代謝量が下がり、食べ物の要求量が減る。それだけでなく新しい細胞の生産ペースが鈍るので、成長が遅くなって寿命が伸びる。
また、あらゆる種類の生命活動は体温が上がるほど活発になる。

ここで、ジェームス・ブラウンの説が登場する。
体の大きさと体温が決まれば、生物が生物として生きるペースが決まり、それによって生物の運動能力や生活スタイルや成長速度が決まる。進化のスピードや生態系の多様ささえ決まるというもの。

地球上で起こっている生命現象のすべてを包み込む汎用性をもった代謝量理論は、ダーウィンの自然選択理論に匹敵する意味合いをもつ、生物学の新たな金字塔であると著者は力説する。→人気ブログランキング

『ホモ・デウス』ユヴァル・ノア・ハラリ

前作『サピエンス全史』は、人類の過去を歴史学のみならず政治学、生物学、心理学、哲学などの横断的な幅広い知見に基づいて書かれ、世界的ベストセラーとなった。その続編ともいうべき本書は人類の未来を予測したもの。その手法は、前作同様、話題が多方面に展開され、まるでスケールの大きなエンターテイメント小説を読んでいるかのようだ。

飢饉と疫病と戦争は、もはや人類にとって対処が可能な課題になったという。人類に降りかかる災難の多くは政治の不手際がもたらしている。人類は困難を克服しつつあり、テクノロジーをよりどころに、次のステップに進もうとしているという。ちなみに、「ホモ」とは人間、「サピエンス」は賢い人、「デウス」は神の意味である。

ホモ・デウス 上: テクノロジーとサピエンスの未来
ユヴァル・ノア・ハラリ
河出書房新社
2018年9月 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
ホモ・デウス 下: テクノロジーとサピエンスの未来
ユヴァル・ノア・ハラリ
柴田裕之 訳
売り上げランキング: 88

まずは、アルゴリズムについて。
〈アルゴリズムとは、計算し、問題を解決し、決定に至るために利用できる、一連の秩序だったステップのことをいう。アルゴリズムは特定の計算ではなく、計算をするときに従う方法だ。〉
すべての事象は、人間も含めて、アルゴリズムで成り立っているという。つまりデジタル化できて計算式で表しうるということだろう。

人類は不死と至福と神性を手に入れようとするとしている。サピエンスのアップグレードは、次のように進んでいくとする。
〈じつは、無数の平凡な行動を通して、それはすでにたった今も起こりつつある。毎日、膨大な数の人が、スマートフォンに自分の人生をより前より少しだけ多く制御することを許したり、新しくてより有効な抗うつ薬を試したりしている。人間は健康と幸福と力を追求しながら、自らの機能をまず一つ、次にもう一つ、さらにもう一つという具合に徐々に変えていき、ついにはもう人間ではなくなってしまうだろう。 〉

魂などというものは突き詰めていけば存在しない。宗教は人間が都合で考え出したもので、聖典を書きそれを多種多用に解釈した。人間至上主義は、神や宗教は人間がこの世を作り出したものだから、神を冒涜するなどと気遣う必要はないと考えるという。不老不死の手段があれば、セレブたちはあらゆる犠牲わ払って、間違いなく手を出すだろうという。

ポストヒューマンとは、ごく一部のセレブ達だけの話であり、神のように振る舞う一握りの人間のことだ。これらの超人たちは、前代未聞の能力と空前の創造性を享受する。彼らはその能力と創造性のおかげで、世の中の最も重要な決定の多くを下し続けることができる。彼らは社会を支配するという。

残念ながら、庶民は超人たちに支配される劣等カーストとなる。AIたちが人間を押しのけてほとんどすべてのことをやってしまうから、劣等カーストに属する人たちには仕事がない。その余剰の人たちはどうやって生きてゆくのか。
ゲームでもやって時間を潰すことになるかもしれないというのだが、そうもいかないだろう。→人気ブログランキング

ホモ・デウス』ユヴァル・ノア・ハラリ  河出書房新社 2018年
『サピエンス全史』ユヴァル・ノア・ハラリ 河出書房新社 2016年
『ポストヒューマンSF傑作選 スティーヴ・フィーバー』山岸真編  ハヤカワ文庫 2010年

『マンモスを再生せよ』ベン・メズリック

ハーバード大学のジョージ・チャーチ教授の研究室では、約4000年前に絶滅したケナガマンモスの再生プロジェクトが進行している。本書はプロジェクトの進捗状況やライバルチームの動向、チャーチの生い立ちや取り組んできた様々な研究について、物語風に描いている。

合成生物学分野の第一人者であるチャーチの研究室には世界中から優秀な研究者たちが常時90人ほど集まっている。チャーチが手がけた多くの研究は常に時代の最先端を行く研究である。

マンモスを再生せよ ハーバード大学遺伝子研究チームの挑戦
ベン・メズリック
文藝春秋
2018年7月  売り上げランキング: 14,229

チャーチが取り組んできた、あるいは現在も取り組んでいる、研究のテーマには次のようなものがある。
短時間に低価格でDNA解析ができる「次世代シーケンサー」の開発。
大勢の有志のゲノムを解析してデータベース化し、病気や健康状態に特化した治療法を開発する「個人ゲノム研究計画」。
ブタにヒトの肝臓の遺伝子を埋め込み臓器移植用の肝臓を作る。
マラリアを媒介しないよう遺伝子操作された蚊を巨大なドームの中で試す(遺伝子ドライブ)。
老化に逆行するハダカデバネズミの研究。
人工合成生物の作成。(→『合成生物学の衝撃』須田桃子/文藝春秋/2018年)

具体的なケナガマンモス再生計画は次の手順で進められる。
シベリアの凍土の中に冷凍された状態で発見されるケナガマンモスのDNAの解析をする。できるだけダメージの少ない良質なサンプルが必要である。
ゲノムのうち、ケナガマンモスの特徴的な毛、耳、皮下脂肪、ヘモグロビンの遺伝子を探す。これらの遺伝子の役割をノックアウトマウスで確認したのち、アジアゾウの幹細胞に埋め込み、人工子宮に着床させるというもの。アジアゾウをケナガマンモスに近づけていこうとする計画である。

チャーチは絶滅動物のうち、なぜケナガマンモスを再生させるのかという、確固たる理由が欲しかった。ロシアの北東科学センター所長セルゲイ・ジモフの研究から、ケナガマンモス再生プロジェクトを前に進める根拠を得たのだ。
現在、地球温暖化により永久凍土が溶けつつある。永久凍土が溶ければ、そこに何万年も前から凍りついていた有機物を微生物が分解し、二酸化炭素とメタンが発生し地球温暖化が加速される。永久凍土層の崩壊を止めるためには、永久凍土を踏み固めて、温度を下げておく必要がある。その踏み固め役としてケナガマンモスをはじめとする寒冷地で生息する草食動物が必要なのだ。それがセルゲイ・ジモフのいう「氷河期パーク」である。今は戦車で踏み固めているという。
この説は説得力に欠けるが、環境保護の観点からケナガマンモス再生は意義があるというのだ。

ケナガマンモス再生計画を推し進める上で新たに見えてきたことがある。
それはゾウのDNAに隠された癌への抵抗力である。ゾウやクジラなど巨大な動物には癌が発生しにくい。これは癌治療に結びつく謎が隠されている可能性がある。
もう一つは、悪性のヘルペス・ウイルスによりアジアゾウが絶滅の危機に瀕していることがわかった。チャーチたちはゾウのヘルペス・ワクチンを作ろうとしている。→人気ブログランキング

マンモスを再生せよ/ベン・メズリック/文藝春秋/2018年
合成生物学の衝撃/須田桃子/文藝春秋/2018年
ゲノム編集とは何か 「DNAのメス」クリスパーの衝撃/小林雅一/講談社現代新書/2016年
マンモスのつくりかた/ベス・シャピロ/筑摩書房/2016年
サイボーグ化する動物たち/エミリー・アンテス/白揚舎/2016年

『絶滅の人類史 なぜ「私たち」が生き延びたか』更科 功

最近、遺跡の発掘と科学技術の発達、とりわけ遺伝子解析により、人類の来し方が解明されつつあるという。最古の人類は700万年前にアフリカで誕生している。その後、25種類もの人類がいたが、ヒト以外は滅びてしまった。その理由は何かが本書のテーマである。

人類の特徴は二足直立歩行と犬歯の縮小だという。
立位二足歩行は食料運搬を可能にさせ、高度な協力関係の土台となった。犬歯が縮小したのは争いが少なくなったからだという。
チンパンジーの男女比が4〜10:1、チンパンジーより争いが少ないボノボでは2〜3:1、ヒトでは1:1になる。ヒトには発情期がないから、争いはより少なく平和になる。
人類が生息していた疎林では、食べ物を手に入れるために、長い距離を歩かなければならない。それに二足歩行は有利だった。ホモ・エレクトゥスの時代に、歩き回ることが必要とされたため、発汗して体温を下げようと毛が薄くなったという。体毛がふさふさか体毛がほとんどないかの違いは、毛穴の数はそれほど変わらないが、毛の濃さと長さが違うだけだという。

絶滅の人類史―なぜ「私たち」が生き延びたのか (NHK出版新書)
更科 功
NHK出版新書
2018年
売り上げランキング: 1,516

人類と同じ時期に何種類もの哺乳類がアフリカからユーラシアへ移動している。
約180万年前にホモ・エレクトゥスかその近縁種がアフリカからユーラシアに出て、生息範囲を広げた。それは人類が世界中に進出する第一歩となった。
ホモ・エレクトゥスがアフリカの外に広がったあと、アフリカで新たな人類が誕生した。ホモ・ハイデルベルゲンシスである。ヨーロッパに出て行ったホモ・ハイデルベルゲンシスからネアンデルタール人が進化し、一方、アフリカにとどまったホモ・ハイデルベルゲンシスからホモ・サピエンスが進化した。

ネアンデルタール人の脳の容量は平均1550ccで、人類史上最高である。一方、1万年ぐらい前までのホモ・サピエンスは1450cc、現在のヒトの脳は1350ccである。現代人は、使わない部分が整理されて脳の容量が減少したという。
脳は体の2%の重量で、体全体で使うエネルギーの20〜30%が必要であると言われている。むやみに脳が大きくないほうがいいのだ。

2010年にはネアンデルタール人のゲノムの60%が決定された。その結果ネアンデルタール人とホモ・サピエンスが交雑していたことが明らかになった。ホモ・サピエンスはネアンデルタール人以外の人類ととも交配している。ネアンデルタール人とホモ・サピエンスは7000年にわたって共存していた。
ネアンデルタール人の物語は約30万年前に始まり約4万年前に終わる。ネアンデルタール人は、ホモ・サピエンスに比べ体が大きく、脳容量も多かったから、1.2倍の食料が必要だった。ネアンデルタール人は、寒冷な環境とホモ・サピエンスの出現によって絶滅したのだろうという。

ホモ・サピエンスは子孫を多く残すことができた。なんでも食べることができた。どこでも生きていけた。社会性があった。身体的な強さだけでなく衣服のような文化的工夫も行うことができた。それらにより生き残ることができたのだ。→人気ブログランキング

絶滅の人類史 なぜ「私たち」が生き延びたか/更科功/NHK出版新書/2018年
爆発的進化論 1%の奇跡がヒトを作った/更科功/新潮新書/2016年

『合成生物学の衝撃』須田桃子

2010年3月、ワシントン州ロックビルにあるベンダー研究所で、人工ゲノムを移植した細菌(マイコプラズマ・ジェニタリウム)の培養皿に明るい青色のコロニーが出現した(表紙写真)。コロニーのゲノムには、前もって組み込んでおいた「すかし」(研究者のたちの名前やメールアドレスなど)があることが確かめられた。生命の維持に欠かせない最小のゲノムは何かを追求する「ミニマル・セル・プロジェクト」が、20年の歳月をかけて、人工ゲノムから生物を誕生させたのだ。→クレイグ・ベンダー:人工生命について発表する(TED Ideas worth speading)

合成生物学ついて、STAP細胞の騒動の顛末を記した『捏造の科学者』で大宅壮一ノンフィクション賞や科学ジャーナリスト大賞を受賞した著者が、精力的なフィールドスタディをもとに合成生物学の現状を解説する。

合成生物学の衝撃
合成生物学の衝撃
posted with amazlet at 18.06.05
須田 桃子
文藝春秋  2018年4月
売り上げランキング: 338

MITの学生トム・ナイトは、1990年頃までに、「ムーアの法則」に物理的な限界がきていることに気づいていた。「ムーアの法則」とは、集積回路の上のトランジスターの量(ICの処理能力)は18か月ごとに倍になるというもの。「ムーアの法則」の限界は生物を使えば乗り切れるかもしれないと考えた。
ナイトがやろうとしたことは、トランジスターとシリコンチップに代えてDNA入れ、細菌(大腸菌)を用いて生物マシンを作ることであった。そして、規格化したDNA部品「バイオブリック」を考案した。
今や、毎年、生物版のロボコンである国際学生コンテスト「iGEM」が開催されている。
カタログに登録されたバイオブリックを利用して生物マシンを作り競う。当初は100個余りだったバイオブリックは、2017年現在2万個以上が登録され、機能的に分類されている。バイオブリックはプログラミング言語と同じであり、今は言語開発のごく初期の段階にいるという。

遺伝子の中には次世代へ50%以上の確率で受け継がれる利己的遺伝子(ジェンキンスが唱える利己的遺伝子とは異なる)がある。代を重ねていけばその種は利己的遺伝子で占められることになる。これが遺伝子ドライブである。
ゲノムを自在に編集する技術「CRISPR-Caa9(クリスパー・キャスナイン)の開発により、ゲノムの編集作業が飛躍的に簡素化された。人工的にはRNAとクリスパー機能(遺伝子を切断して別のDNAを差し込む)を持った遺伝子を組み込むことにより、人為的に遺伝子ドライブをを起こさせる。
例えば兵士を派遣した場合、兵士を感染症から守るために、その地域に生息する有害な昆虫を遺伝子ドライブするようなことが行われるかもしれない。

合成生物学の最大の資金源はDARPA(国防高等研究所)である。国防総省が合成生物学に投資することが、生物兵器の開発につながりはしないかという点で問題である。DARPAを取材した著者は、アメリカの多くの研究開発が防衛目的の予算で賄われていることは大きな問題をはらんでいると指摘する。DARPAは、終身雇用資格を獲得した大学教授がその身分をなげうって集まるような魅力的な職場だという。

合成生物学は倫理上のさまざまの問題にぶつかる。臓器移植用のクローン人間たちを描いていたカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』について述べ、研究者たちが倫理的課題を解決しないまま突っ走る現状に著者は警鐘を鳴らしている。→人気ブログランキング

合成生物学の衝撃/須田桃子/文藝春秋/2018年
ゲノム編集とは何か 「DNAのメス」クリスパーの衝撃/小林雅一/講談社現代新書/2016年
エピジェネティクス/仲野 徹/岩波新書/2014年
破壊する創造者ーウイルスがヒトを進化させた/フランク ライアン/ハヤカワNF文庫/2014年
生物と無生物のあいだ/福岡伸一/講談社現代新書/2007年

『したがるオスと嫌がるメス』宮竹貴久

身も蓋もないタイトルだ。『オスとメスの性的対立』くらいの穏当なタイトルの方が、売れたのではないだろうか。
実験結果をつい人間と結びつけてしまう。ヒエラルキー下位の者が上位の者にしかける裏をかく行動は人間社会でも目にするとか、男と女はタイトルどおりの傾向があるとか、女性にマメな奴はよく動き回り女性にちょっかいを出すなどと思いながら、自分のことはさておいて読む。それが本書の楽しみ方のひとつだ。

したがるオスと嫌がるメスの生物学 昆虫学者が明かす「愛」の限界 (集英社新書)
宮竹貴久
集英社新書
2018年2月

生物の行動の基本は優秀な子孫をできるだけ多く残すことであるが、生殖に対する戦略がオスとメスではまったく異なる。オスは精子をばらまくことに専念するが、メスはできるだけ優秀なオスの遺伝子を受精するためにあれこれ戦略を立てる。したがるオスと嫌がるメスのせめぎ合い、つまり「性的対立」が生ずる。
子孫にDNAを残すかどうかを最終的に決めるのはメスである。つまり「性的対立」における最終勝利者はメスなのだ。

射精にさいし毒を放ったり、ペニスにトゲを持ったり、あるいはヴァギナを塞いだりと、「性的対立」がエスカレートした種が存在するという。
昆虫の生殖について、著者が試みたいくつかの実験の悪戦苦闘ぶりが書かれていてる。

「クヌストモドキ」という米を好む3mm程度の甲虫の性行動を研究するために、刺激によって動かなくなる虫と刺激を与えても動き続ける虫にグループ分けした。
よく動く個体は捕食者に襲われやすいが、交尾には有利だった。逆にあまり動かない個体は敵に見つかりにくかったが、交尾には不利だった。虫の世界でも「アクティヴとマメさ」がモテるコツだが、それは人間の場合も同じかもしれないという。
ではよく動くメスの場合はどうか。動かないメスと交尾の回数は変わらなかった。メスではたとえ出会いが増えても残せる子供が増えるわけではないからだろうという。

著者は、1990年に沖縄県で、野菜や果実を食べてしまうミバエの幼虫の根絶をテーマに研究を始めた。「不妊虫放飼法」という害虫根絶法は、不妊化された大量のオスをヘリコプターでばらまき、メスと交尾させ卵を産ませるが、卵は幼虫に育たないという方法である。
ここで不妊化したオスと野生のメスが交尾することを確認しなくてはならない。メスが野生のオスとの交尾をする前に、不妊ミバエのオスと交尾させなければならないのだ。ここで体内時計が問題になった。
オスとメスの発情に時間のズレが生じれば、交尾は完結しない。時間がマッチするオスとメス同士の群れを形成することになる。飼育された大量のオスは野生のメスとは発情の時間のズレはなかった。

本研究から、発情する時間のズレでその種が2群に別れれば、ふたつのグループは別々の進化を遂げ、やがて別の種に分化する。交尾のタイミングが鍵となって種分化が起こりうる仕組みを世界に先駆けて発見したのだった。→人気ブログランキング

『バッタを倒しにアフリカへ』前野ウルド浩太郎

定職に就くことができず不安定な暮らしを強いられている博士号取得者を「ポスドク」と呼ぶ。ファーブルを尊敬しバッタをこよなく愛する著者の研究テーマはサバクトビバッタ。著者はバッタの研究のためにモーリタニアに出かけ、論文をものにして一旗揚げ、ポスドクから脱却しようと考えている。
2年間、モーリタニアの国立サバクトビバッタ研究所のゲストハウスで暮らすことになった。

バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)
前野ウルド浩太郎
光文社新書  2017年5月

日本人の昆虫学者がなぜアフリカに出張するのか?
それは、世界のバッタ研究の情報は実験室内で得られたものがほとんどで、野外でバッタを観察したものは極めて少ないという事情があるという。
なお、日本は以前よりモーリタニアの漁業支援に力を入れており、港には日本が出資した魚市場や加工工場が建設されている。現在、日本で消費されているタコの3割はモーリタニアから輸入されている。

著者が「バッタの大発生を目の当たりにし、蝗害を未然に防ぐ方法を突き止め、アフリカを救いたい。バッタの研究に人生を捧げる」と大志を語ると、人格者であるババ所長は、「今日からコータロー・ウルド・マエノと名乗るがいい」と、最大級の賛辞を送った。ウルド(Ould)とは、モーリタニアで最高に敬意を払われるミドルネームで、「◯◯の子孫」という意味がある。
ところが、著者がウルドの名を授かった後に、モーリタニア政府が「みんな、確実にだれそれの子孫なんだからウルドは止めよう」ということになり、法律が改正されたという。

バッタは孤独相では鮮やかな緑色となりおとなしくお互い避けあう。一方群生相では、バッタはお互い惹かれ合い群がる習性が出現し、黄色と黒のまだら模様となる。群生相のバッタは体に対して翅が長くなり、飛翔に適した状態になる。なぜサバクトビバッタは大発生するのか。それは混み合うと変身する特殊能力を秘めているからである。
ちなみにイナゴとバッタは相異変を示すか示さないかで区別される。日本ではオンブバッタやショウリョウバッタなどと呼ばれているが、厳密にはイナゴの仲間である。

著者は、バッタの大軍に遭遇できるのか、さらにどこかの研究機関の正職員の席を手にすることができるのか。波瀾万丈の展開は、さながらサスペンスのようである。

『マンモスのつくりかた』ベス・シャピロ

映画『ジュラシック・パーク』(1990年)のなかで、琥珀に閉じ込められた蚊の腹部から血液が採取され、恐竜のDNAが抽出される。抽出されたDNAをカエルのDNAで補完したのち、ワニの未受精卵に注入し孵化させ、クローン恐竜が誕生する。このようなことは可能なのか。

著者は米国の進化生物学者。カリフォルニア大サンタクルーズ校の准教授。専門は古生物のDNA解析。20世紀初頭に絶滅したアメリカリョコウバトや、3700年前に絶滅したとされるマンモスのDNA解析の第一人者である。
脱絶滅(de-extinction)の試みについての議論は、喧々諤々であるという。
本書では、脱絶滅に関して「科学」と「空想科学」を切り離すことを目指すという。

マンモスのつくりかた: 絶滅生物がクローンでよみがえる (単行本)
ベス シャピロ/宇丹貴代実
筑摩書房
2016年1月

脱絶滅の対象となる種は慎重に選択されるべきだ。
復活に成功したときに、個体群にふさわしい生息地があり、餌動物や食料があり、捕食者は排除されていると同時に、食物網を不安定にさせないような食物連鎖が働き、病気・寄生体・汚染は取り除かれていて、その種がもともと生息していた環境に気温や降水のパターンが近く、自給の個体群を許容できる広さがあるかなどを、クリアしなくてはならない。結構、条件は厳しいのだ。
厚かましい条件だが、絶滅を引き起こした張本人の人間の生活を脅かされないことも求められる。

以上の条件に照らしあわせると、マンモスは脱絶滅に適している。
すでに、ロシアのシベリア北東部にあるロシア科学アカデミー北東科学局は、脱絶滅が成功したあかつきにマンモスが住む更新世パークを準備しているという。

マンモスが寒冷地に住んでいたおかげで、保存状態の良い骨からDNAの分析ができる。
マンモスの最近縁種はアジアゾウで、およそ500万〜800万年前に枝分かれした。変化の速度がほかの哺乳類とほぼ同じとするなら、この種間はおよそ7000万箇所の遺伝子の相違があると予想される。これはゾウのゲノム全体のうちの2%未満だが、それでも7000万は途方もない数だ。
凍土の中から発見される保存状態の良いマンモスから抽出されるDNAといえども、7000万のゲノムの変更点を到底訂正できないだろう。とすれば、核移植によるクローン作製は今のところ難しい。現在可能なのは、マンモスの遺伝子の断片が組み込まれたゾウを作製することだという。

マンモスの形質や行動を復活させるのに必ずしもマンモスのクローンを作製する必要はない。たとえば、マンモスの毛深さを指定(コード)するDNA配列を突き止めたうえで、ゾウのゲノム配列に組込み、ゾウをもっと毛深くすることは可能である。もちろんマンモスを復活させることと同じではないが、その方向へ一歩進むことではある。
そんな大雑把なことでいいのかと思うが、そのあたりが今のところの限界なのだ。

今後も、著者たちによりマンモスのゲノム解析は地道に続けられるだろう。そして、クローン種作成の技術的なハードルはどんどん下がっていくに違いない。
なお、2016年中にマンモスのクローンを作製すると宣言している勇敢な学者が複数いて、しのぎを削っているという。

マンモスを再生せよ/ベン・メズリック/文藝春秋/2018年
合成生物学の衝撃/須田桃子/文藝春秋/2018年
ゲノム編集とは何か 「DNAのメス」クリスパーの衝撃/小林雅一/講談社現代新書/2016年
マンモスのつくりかた/ベス・シャピロ/筑摩書房/2016
6度目の大絶滅/エリザベス・コルバート/NHK出版/2015
サイボーグ化する動物たち/エミリー・アンテス/白揚舎/2016
外来種は本当に悪者か?/フレッド・ピアス/草思社/2016
爆発的進化論/更科功/新潮新書/2016
ゲノム編集とは何か?/小林雅一/講談社現代新書/2016
がんー4000年の歴史/シッダールタ・ムカジー/早川NF文庫/2016
破壊する創造者ーウイルスが人を進化させた/フランク・ライアン/早川NF文庫/2014
生物と無生物のあいだ/福岡伸一/講談社現代新書/2007
人はどうして死ぬのかー死の遺伝子の謎/田村靖一/幻冬舎文庫/2010
できそこないの男たち/福岡伸一/光文社新書/2008
二重らせん/ジェームス・ワトソン/講談社文庫/1986

『6度目の大絶滅』エリザベス・コルバート

地球史において、かつて5度の大絶滅が起こり、それらは「ビッグファイブ」と呼ばれている。「ビッグファイブ」のうち3つは原因が判明している。
最初の大量絶滅は、大半の生物が水の中で暮らしていたオルドビス紀後期(4億5千万年前)に起きた。氷期によってもたらされたとされる。
史上最大の大量絶滅は、ペルム紀末(2億5千万年前)に起きた。大量の二酸化炭素が地球温暖化をもたらし、海水に溶けた二酸化炭素が海水の酸性化を招いたことが原因とされる。
一番最近で最も有名な大量絶滅は、白亜紀の終わりごろ(6千5百万年前)に起こり恐竜が消滅した。ユカタン半島およびメキシコ湾に巨大隕石が衝突したことが原因であるとされる。というように、絶滅の統一理論はない。
そして現在6度目の大絶滅が進行中である。

6度目の大絶滅
6度目の大絶滅
posted with amazlet at 16.11.15
エリザベス・コルバート/鍛原多惠子 訳
NHK出版 2015年3月

著者は、パナマでカエルの大量死を目の当たりにし、ビッグファイブの最初の絶滅の証拠を求めてスコットランドに渡る。地中海の島では熱水噴出孔からの熱水による海水温の上昇の影響を調査し、グレートバリアリーフでは壊滅的な被害を受けているサンゴ礁を調べる。アンデス山脈の樹林帯では、樹木の組成の変化を知らされる。マサチューセッツの洞窟に入りコウモリの大量死を見届け、シンシナティ動物園でサイの人工授精に立ち会う。こうして著者は各地に出向き長期にわたるフィールドスタディを積み重ねていく。

18世紀末、フランスの博物学者キュヴィエは「現生ゾウと化石ゾウの種について」と題された公開講義で、生物の絶滅の事実を知らしめることに成功した。それまでは、種が絶滅するという概念はなかったのである。
種の誕生にかかわるダーウィンの理論は種の消滅の理論でもあったが、ダーウィンは絶滅についてほとんど関心をはらわなかった。

ショッキングな数字が並べられている。

現在、両生類はもっとも絶滅の危機に瀕していると考えられており、その絶滅率は背景絶滅率の4万5千倍という試算もある。ところがその他の多くの動物種の絶滅率も両生類に迫りつつある。造礁サンゴ類の1/3、淡水生貝類の1/3、サメやエイの仲間の1/3、爬虫類の1/5、哺乳類の1/4、鳥類の1/6がこの世から消えようとしていると推定される。・・・生命の消失にはさまざまな理由がある。しかし、その過程を丹念に追っていけば、必ず同じ犯人ーあるひ弱な種ーにたどり着く(つまり、人間である)。

ちなみに、「背景絶滅率」とは、100万種につき年あたりの絶滅種数で表される。哺乳類の背景絶滅率は、約0.25と考えられている。つまり、現在約5500種の哺乳類がいるので、背景絶滅率に従えば大雑把に言って700年ごとに1種が消えることということになる。

考古学的な証拠から、ネアンデルタール人はヨーロッパまたは西アジアで進化し拡散したが、河川や海などの障害物があったところで止まっている。現生人類のみが、そうした障害物を越え、あるいは陸の見えない海に漕ぎ出していった。そこにはなにか狂気じみたものがあるという。

ネアンデルタール人をはじめとする古人類の絶滅も現生人類が引き起こした。さらに、現代における類人猿の生存数の極端な減少も、森林伐採を行ったわれわれが主犯である。
現生人類が地上に現れたときから、その影響で種の絶滅がはじまっていることが、最近明らかになったという。人類は過剰殺戮犯なのだ。

著者は6度目の大絶滅を食い止める処方箋を示すわけではない。ただ、絶滅危惧種を救おうと懸命に努力する人びとがいることに、かすかな光を見出しているのである。

6度目の大絶滅/エリザベス・コルバート/NHK出版/2015
サイボーグ化する動物たち/エミリー・アンテス/白揚舎/2016
外来種は本当に悪者か?/フレッド・ピアス/草思社/2016
爆発的進化論/更科功/新潮新書/2016
ゲノム編集とは何か?/小林雅一/講談社現代新書/2016
がんー4000年の歴史/シッダールタ・ムカジー/早川NF文庫/2016
破壊する創造者ーウイルスが人を進化させた/フランク・ライアン/早川NF文庫/2014
生物と無生物のあいだ/福岡伸一/講談社現代新書/2007
人はどうして死ぬのかー死の遺伝子の謎/田村靖一/幻冬舎文庫/2010
できそこないの男たち/福岡伸一/光文社新書/2008
二重らせん/ジェームス・ワトソン/講談社文庫/1986