歴史

『サピエンス異変―新たな時代「人新世」の衝撃』ヴァイバー・クリガン=リード

著者は環境人文学と19世紀英文学を専門とする英国ケント大学の人気准教授である。本書はフィナンシャル・タイムズ紙の「2018年ベストブック」に選出された。

最近使われるようになった地質時代の区分「人新世」とは、人類が農業や産業革命によって地球規模の環境変化をもたらした時代のことである。「人新世」を生きる私たちの身体の起こっている変化(進化)は、私たちが快適さを求めて作り上げてきた生活の影響であるという。それは歓迎されるような変化ではない。

200万年もの間、狩猟生活で培った人類の性質は、たったここ1万年前の農業の発展で、ミスマッチを余儀なくされた。

サピエンス異変――新たな時代「人新世」の衝撃
ヴァイバー・クリガン=リード/ 水谷淳・鍛原多惠子
飛鳥新社
2018年 ✳8

本書は次のように分けられていて、各章の終わりには「人新世」を生き抜くための著者のアドバイスが、箇条書きに列挙されている。
【第1部】紀元前800万年から紀元前3万年
氷河期の旧石器時代・新石器時代にあたる。移動生活が当たり前であり、狩りに費やす時間はせいぜい週30時間だった。人類の基本的な性質が培われた。

【第2部】紀元前3万年から西暦1700年
3万年から2万5千年くらいの間に、農耕が始まり人類は定住するようになった。
農耕により柔らかい食事を口にするようになり、歯が頭蓋骨の中に収まらなくなり人類の顔を変えた。顎が小さくなり、歯が小さくなった。

【第3部 】西暦1700年から西暦1910年
18世紀に産業革命が起きたとき、地形と環境が急速に変わり、私たちの身体もまた変わった。外見も含めた私たちの現在の有り様は、労働がどんどん分化した産業革命の時代に端を発している。
産業資本主義は富裕層と貧困層を分断する不平等に満ちていた。工場労働者の中に、爆発的に障害者が増えた。労働者は重労働と栄養不足に苦しんだ。子たち達にくる病が広がったのは栄養不足と日光にあたらないことだった。
さらにヴィクトリア時代に始まった学校教育は、子たちを椅子に座らせて5~6時間もじっとしていることを強いた。そして最近は、椅子に座らせられることを拒否する児童はADHDと診断され、アメリカでは6.1%の児童が薬を内服をしているという。

【第4章】1910年から現代
人間の足の大きさは、何千年ものあいだほぼ一定だった。ところが20世紀あたりから大きくなりはじめ、ここ40年だけでも2サイズ大きくなっている。1960年代にはアメリカ人の女性の足の平均サイズは6.5(日本サイズ24.0cm)だったが、いまでは8.5から9(日本サイズ26~26.5cm)になった。平均体重の影響もあるが、足のアーチが崩れて扁平足になっているせいもある。身体のことを考えると、靴を履かない時間を長くしたほうが良い。

座りっぱなしは、寿命を短くするし病気の発症を招く。著者はこの章を書き始めたころは、ふつうに椅子に座って調べ物をしていた。しかし、45歳から64歳の人のうちいつも座って仕事をしている人は、引退後に老人ホームに入る割合が40%高いということを知って、すぐにトレッドミルで歩きながらiPadで文献を読むというやり方に切り替えたという。

気味の悪い予測もある。このまま二酸化炭素の排出に対して歯止めがかからなければ、次のようなことが起こる。光合成の鍵となる二酸化炭素が増えれば、植物の生育は促進されるだろう。炭素以外のミネラルの量は相対的に減ってしまい、栄養素が減った野菜や穀物が生産される可能性があるという。そうして生まれた巨大化するニンジンは、過去の滋養豊かなニンジンではなく、ジャンクな食べ物であり肥満の原因となるというのだ。

現代人を苦しめるミスマッチ病である肥満、腰痛、二型糖尿病、腎臓病、高脂血症、うつ、骨粗鬆症などを回避するため著者のアドバイスは、座っている時間を短くして少し運動をしようという、簡単なものだ。

『魏志倭人伝の謎を解く 三国志から見る邪馬台国』渡邉義浩

古代中国史に精通した著者が、当時の政治情勢のなかで魏志倭人伝を読み解いているのが、本書の特徴である。
『三国志』は、陳寿というその時代に生きた人物が、3世紀の約60年間について書いた歴史書である。『三国志』の『魏志』『呉志』『蜀志』の三部作のうち「巻30 東夷伝」の一部に、倭人について書かれたところがあり、倭人伝とされているのである。東夷伝の国のなかで、倭人に関する部分が最も字数が多く、1913字が費やされている。

陳寿が魏国を慮って書いた部分と、実際に倭人と接した使者の報告の部分があるという。陳寿が書いた部分については、政治的な意図が込められている。

魏志倭人伝の謎を解く - 三国志から見る邪馬台国 (中公新書)
渡邉 義浩
中公新書 2012年 ✳︎7
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偉人伝の概要を次のようにまとめている。
1.倭と諸国の道程
帯方郡(朝鮮半島の中部)から邪馬台国に至る道程、国ごとの官名・戸数・概要が記されている。さらに卑弥呼の支配下にある国名が列記され、対立する狗奴国の記述もある。
2.倭国の地誌と政治体制
入れ墨(鯨面・文身)から衣服・髪型・織物に始まり、鳥獣・武器・衣食・葬儀・占い・寿命・婚姻といった倭国の地誌と、統治機構・刑罰・身分秩序などの政治体制、および倭の地全体の地理が記載される。
3.朝貢と回賜および制書
景初三(239)年に始まり正始八(247)年に至る、倭国からの4回の朝貢と曹魏の対応、および卑弥呼を親魏倭王に封建する制書が記載される。

東夷伝の韓の条に、北部の国々の者たちは、いささか礼儀や慣わしをわきまえているが、郡から遠く離れたところに住む者たちは、まったく囚徒や奴婢が集まっているような状態であるとある。さらに、特別な珍宝を産出しない。禽獣も草木もほぼ中国と同じであるとしている。韓に対する記述は手厳しい。

一方、倭国に対しては他国の記述に比べ、好意がみられるという。
倭の地では冬でも生野菜を食べる。倭の人は長寿である。真珠や翡翠を産出する。倭国は朝貢に適した物産の豊富な国と位置付けられている。
魏にとって倭国から朝貢にくることは、覇権がはるか遠方にまで及んでいることであり悦ばしいことなのだ。魏にとって頭が痛いのは、卑弥呼が邪馬台国を治めきれなくなり、さらに邪馬台国と狗奴国とのあいだがうまくいかないことである。

魏志倭人伝の謎を解く』渡邉義浩 中公新書 2012年
倭人伝を読みなおす』森 浩一 ちくま新書 2010年

『倭人伝を読みなおす』森 浩一

ドナルド・キーンが瀬戸内寂聴との対談(『日本の美徳』)で、「日本人は『魏志倭人伝』にも書いてあるように、清潔で礼儀正しい」と語っていた。日本人の特性を語るのに『魏志倭人伝』を持ち出すのは恐れ入るが、『魏志倭人伝』にはいったい何が書かれているのか、俄然知りたくなった。それで手にとったのが本書。

『魏志倭人伝』という本があるわけではない。『三国志』の『魏志』『呉志』『蜀志』の三部作のうち、『魏志』の一部に倭人について書いてあるところが、倭人伝とされているのである。『三国志』は、陳寿というその時代に生きた人物が、3世紀の約60年間について書いた歴史書である。
東夷伝全体(夫与国、高句麗、東沃沮、?婁、?、辰韓、弁韓、馬韓、倭人)のなかで、倭人伝は最も字数が多く、2013字を費やして書かれている。つまり東夷の国のなかで、倭人は一目おかれていたのだ。

倭人伝を読みなおす (ちくま新書)
倭人伝を読みなおす
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森 浩一
ちくま新書
2010年 ✳6

なぜ陳寿は倭国伝とか倭伝としないで倭人伝というような日本列島の住人に対する通称を伝の名としたのか。国が分裂し抗争が続いていたので倭国伝とは書けず、倭人伝とするほかなかったのだろうという。
朝鮮半島の黄海側の帯方郡が倭人にとって重要な場所になる。倭人伝には帯方郡からの距離が日数で記されていて、帯方郡からの距離で国々の位置を推測している。

奴国は1世紀の中頃に単独で後漢に使者を送るほどの大国だった。倭人伝に記されている奴国はそれより200年ほど後の姿で、人口は2万戸あって北九州の女王国を構成する国の中で抜きん出た大国だった。
女王国とは九州北部の27国の総称で女王卑弥呼が君臨していた。中部九州には男王の君臨する狗奴国があった。女王国と狗奴国が対立し、243年ごろから戦争が起こった。

魏の倭人対策は、狗奴国と女王国とを一つにまとめて倭国とすることがあった節があるという。
倭が朝鮮半島の公孫氏勢力の帯方郡に属するようになった期間があった。
倭人伝の後半は、公孫氏勢力を滅ぼし帯方郡を掌握した魏との外交関係と、女王国と狗奴国との戦について書いている。

すでに魏の政府は卑弥呼を見限り、卑弥呼の大夫だった難升米を引き上げて女王国の代表と扱い、詔を下したり皇帝のしるしである黄幢も与えていた。
卑弥呼は247年かその翌年に死んだ。卑弥呼の死は自然死ではなく、倭国を分裂させた責任を取らされての自死であると見られる。

東遷を果たした台与は、奈良盆地南部に地名をとって邪馬台国というようになった。だが、ヤマトの発音を残しながらも、倭国の名を重視して漢字では倭の一字でヤマトに当てることが普通になったという。

倭人が清潔で礼儀正しいということは本書には触れられていない。

魏志倭人伝の謎を解く』渡邉義浩 中公新書 2012年
倭人伝を読みなおす』森 浩一 ちくま新書 2010年

『武士の起源を解き明かす』桃崎 有一郎

著者は、かつての教科書に載っていた「地方の裕福な農民が農地防衛のために武装した」という説も、「武士は朝廷の警護にあたった衛府(えふ)から生まれた」という説も根拠がないとする。
話の起点として信頼できる動かぬ事実が3つあるという。武士が領主階級であること、武士が貴種であること、そして武士が弓馬の使い手であること。

この3つの事実を踏まえ、著者は武士の誕生に「有閑弓騎」という造語を用いる。
「有閑弓騎」とは時間的余裕をもつ富裕層(有閑)で、馬上から弓で戦う騎射術を心得た人(弓騎)のこと。
著者は中学から大学院まで弓道部に在籍したという体験から、弓術は暇でなければできないと自信をもって言い切る。つまり「弓馬」は百姓が片手間にできるほど甘くないというわけである。

武士の起源を解きあかす――混血する古代、創発される中世 (ちくま新書)
桃崎 有一郎
ちくま新書 2018年11月
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著者は王臣子孫に注目した。王臣子孫とは、源氏や平家を名乗る天皇の子孫や藤原氏などの貴姓の上級貴族のことである。平安時代に入ると王臣子孫は著しく増えたため(例えば、桓武天皇には36人もの子供がいた)官職の数が足りず、資産も相続することができなくなる。王臣子孫は地方での農地の奪い合いに、自分たちの貴種としてのブランドや京都の権力者と地方豪族の仲介役として幅を利かせ、京都にいながら地方から富を吸い上げていた。
王臣子孫はさらに増え続け、京を出ざるを得なくなり地方に進出して地方豪族(卑姓)と血縁関係を結ぶ。こうして王臣子孫の下に地方豪族が家臣としてつかえる形態の武士団ができあがる。

さらに、初代征夷大将軍坂上田村麻呂の家系や副将たちの家系と、現地豪族の娘の子孫という第三の軸(将種)をあげている。蝦夷から騎馬術を習得したり、婚姻関係を結ぶこともあっただろう。

武士の誕生は次のようであると著者はまとめる。
〈武士とは、【貴姓の王臣子孫×卑姓の伝統的地方豪族×準貴姓の伝統的武人排出氏族(か蝦夷)】の融合が、主に婚姻関係に媒体されて果たされた成果だ。武士は複合的存在なのである。〉→人気ブログランキング

『ベートーヴェン捏造』かげはら史帆

ベートーヴェンの伝記はアントン・フェリックス・シンドラーによって捏造された、というショッキングな内容である。シンドラーとはどういう人物なのか。ベートーヴェンの日常の補佐役を務め、ベートーヴェンの伝記を3冊書いている。ベートーヴェンに出会う前は、ウィーン大学在学中に学生運動に身を投じ、大学を中退している。

著者の文章は軽妙洒脱でユーモアとエスプリの効いている。本書は大学の修士論文に加筆したものだという。著者自らが認めているが、いささか「盛っている」気配がする。

ベートーヴェン捏造 名プロデューサーは嘘をつく
かげはら 史帆
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子供の頃からベートーヴェンに憧れていたシンドラーは、ベートーヴェンの身の回りの世話をするようになる。ベートーヴェン51歳、シンドラー27歳のときだ。
ベートーヴェンの、ここ数年の生活ときたら酷い有り様で、息子の代わりに甥はいるが嫁はおらず、家政婦はすぐに逃げてしまう。おまけに耳の病を抱え、不潔で、偏食家で、とんだ癇癪持ちで暴力をふるう、著しく生活スキルを欠いた男だ。

初めは気遣いを見せるシンドラーに好感を持っていたが、やがて気の利かない鈍感な男と毛嫌いするようになる。そのあたりのことは、ベートーヴェンが友人や親族に送った手紙に書かれている。
「シンドラーというこのおしつけがましい盲腸野郎は、あなたもお気づきでしょうが、ずっと私には鼻つまみ者なのです」
シンドラーの秘書の期間は約2年と短い。

ベートーヴェンの筆談のメモ、それをシンドラーは会話帳と呼んだ。
ベートヴェンの死後、シンドラーは400冊の会話帳を持ち出し、そのうち自分に不都合なものや、ベートーヴェンの偏屈で過激な性格が読み取れるものや、改竄したことによって辻褄が合わなくなったものを破棄して残ったのは136冊、そこにシンドラーがでっち上げた1冊を加えた。
シンドラーが、ベートーヴェンを崇拝していたことは間違いない。ベートヴェンが汚い服を着た偏屈な男だと思われることをなんとかしようとした。さらに、実際はベートーヴェンから良く思われていなかった自分のことも良く見られたことにするために、会話帳に様々なことを書き足し、それは伝記の捏造へと繋がっていく。

シンドラーのベートーヴェンに関する会話帳の改竄が公になったのは、1977年にベルリンで開かれたベートーヴェン没後150年の「国際ベートーヴェン学会」だった。
ドイツ国立図書館版・会話帳チームの2人の女性が、『会話帳の伝承に関するいくつかの疑惑』という演題を発表した。

ベートーヴェン通なら知っているトリヴィアは、シンドラーの捏造らしい。
それは、ベートヴェンが『交響曲第5番』の演奏テンポを「運命が扉を叩く」様子にたとえたこと。『ニ短調のピアノ・ソナタ』の解釈について「シェイクスピアの『テンペエスト』を読め」という助言を垂れたこと。生涯でただひとり愛した女性ジュリエッタを「不滅の恋人」と呼ぶ情熱的なラブレターを書いたこと。コーヒー豆をいつもきっちり60粒数えていたこと(これはどうも真実のようだ)。『交響曲第9番』の初演で、聴衆を空前の熱狂に巻き込んだこと(これは大袈裟だがあながち嘘とは言えない)。→人気ブログランキング

『縄文探検隊の記録』夢枕 獏 岡村 道雄 かくま つとむ

日本の新石器時代を特に縄文時代と呼ぶ理由は、世界の新石器時代のスタンダードとは異なり独自性が際立っているからだという。クリ、漆、翡翠、アスファルト、縄文式土器、渡来人、縄文の神と空海の密教との関係など、縄文研究の最先端を紹介する。
縄文時代は1万5000年前から2300年前まで。縄文文化は南は屋久島から北は北海道、そして歯舞・色丹まで見られる。

縄文探検隊の記録 (インターナショナル新書)
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夢枕 獏 岡村 道雄 かくま つとむ
集英社インターナショナル新書
2018年12月 ✳︎7
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翡翠はフォッサマグナ(地殻変動)の置き土産。
糸魚川周辺で作られた翡翠の装飾品は、北は礼文島から南は沖縄まで分布している。
翡翠はステータスの象徴のようなものだったのではないか。使節のような立場の人が運んだのだろうという。

近年の縄文考古学のトピックスは「クリ」と「漆」。
クリはカロリーが高く、よく実る年と実らない年の差が少ない。さらに木材としての優位性はクリは飛び抜けていた。大きく育つという理由だけなく加工がしやすく、柱に用いられた。縄文人にとってクリはスーパーツリーだった。
北海道函館垣ノ島から出土した9000年前の漆器は世界最古である。シャーマンのような立場の人が身につけただろう、ヘアバンド、肩パッド、肘当て、腕輪、膝掛けが出土している。
縄文の漆文化は弥生時代よりも高度である。縄文の漆文化は現代につながる重ね塗りで、水銀を混ぜた赤漆も使われている。中国の塗り方はただ上から塗ったもので、弥生時代の漆は中国の手法であった。
縄文時代の漆を塗った弓矢は強く弾力性がある。しかし弥生時代の丸木弓は実用的ではない。催事に用いられたと思われる。

原油が出る地域ではアスファルトが自然に存在する。産出地は、新潟県の上越から山形、秋田県にかけての日本海側と、北海道道南の渡島。鏃とか矢柄の接着剤として用いられた。

アーティスティックな火焔土器はなぜ作られたのか。実在しないような姿に置き換えて神格化するのが縄文の特徴である。新石器時代の中国の土器は動物の写実的な文様が描かれている。縄文文化は、土器にしろ土偶にしろ写実的なものは描かれていない。

弥生時代のきっかけを作ったのは渡来人だったが、実質的な主人公は縄文人だった。
そもそも西日本では、それまで人が少なかった。縄文の全時代を通してみると、「むら」も人口も85%が東日本。弥生時代になるとそれが逆転してくる。縄文人は稲作を取り入れなかったからだ。
どのくらいの人が入ってきたか。一般的に考えられているより少なかったと思われるという。
大陸の秦の統一で敗者が新天地を求める形で、日本列島に渡ってきたのではないか。

草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしつかいじょうぶつ)は、『涅槃経』の言葉で空海が広めた。夢枕 獏は、空海はその当時残っていた縄文的なものの考え方をこの言葉で表現したのだとしている。→人気ブログランキング

『リンカーンとさまよえる霊魂たち』ジョージ・ソーンダーズ

南北戦争中に愛する息子ウィリーを病気で失ったリンカーン大統領は、頻繁に納骨堂を訪れ長時間を過ごしたという。著者はこの逸話から霊魂たちが跋扈する奇想なファンタジーを思いついた。
原題は『Lincoln in the Bardo』。「Bardo」はチベット仏教の言葉で、前世の死の瞬間から来世にいくまでのあいだの霊魂が住む世界をさす。
現世に戻りたいがままならず、来世に行くまでの時間を引き延ばしたい。そんな霊魂たちの思いが、遺体を病体、棺桶を病箱、墓地を病庭と呼ばせている。

リンカーンとさまよえる霊魂たち
ジョージ・ソーンダーズ/上岡伸雄
河出書房新社
2018年 ✳︎✳︎✳︎✳︎

初夜のベッドで、中年のヴォルマンは若い妻に何もしないで友達でいようと提案し、その通りの清らかな関係でいた。それが功を奏したのか妻から誘いがあったのだが、仕事場の梁がヴォルマンに落ちてきて、思いを遂げずに勃起したまま霊魂になった。ゲイの恋人にふられて手首を切って自殺したベヴィンズは早まったと後悔し、人生の楽しみを味わいたいという思いから、たくさんの目や鼻や手があるようになった。
この2人のほかに多数の霊魂たちが発する声と、虚実取り混ぜたと思われる文書や文献の列記によって、物語は進んでいくというユニークな形をとっている。

悲惨な思いをした黒人たち、高貴そうな夫人、あばずれ女や母親たち、経営者や小売人、女に手を出す男、下ネタばかりを口にする男、強盗、牧師など多種多様な霊魂たちが登場する。

リンカーンに対し、霊魂たちは、息子のウィリーの誕生日に仔馬をプレゼントしたことをやりすぎだと突っつき、雨の中をコートを着せないで乗馬をさせた非を論い、ウィリーが重篤にもかかわらず自宅でどんちゃん騒ぎのパーティを開いたことを非難し、あるいは大統領の無能さを嘆いたりするのだった。おりしも、南北戦争が泥沼化し戦死者が何万人にも達するような状況にあった。

深夜、病院地に現れウィリーの遺体を抱きしめ落ち込む大統領に、ヴォルマンとベヴィンズをはじめとする霊魂たちは同情し、ふたりに関わってなんとかしようと大統領の体の中に入ったりした。しかし、大人の霊魂と違って、年端がゆかないウィリーはいつまでもとどまるわけにいかないのだ。霊魂たちはウィリーを手遅れにならないうちに、あちらに旅立たせようと必死の思いで駆けずり回るのだった。
涙と笑いの人情物ゴーストストリーである。
2017年、ブッカー賞受賞作。→人気ブログランキング

『ホモ・デウス』ユヴァル・ノア・ハラリ

前作『サピエンス全史』は、人類の過去を歴史学のみならず政治学、生物学、心理学、哲学などの横断的な幅広い知見に基づいて書かれ、世界的ベストセラーとなった。その続編ともいうべき本書は人類の未来を予測したもの。その手法は、前作同様、話題が多方面に展開され、まるでスケールの大きなエンターテイメント小説を読んでいるかのようだ。

飢饉と疫病と戦争は、もはや人類にとって対処が可能な課題になったという。人類に降りかかる災難の多くは政治の不手際がもたらしている。人類は困難を克服しつつあり、テクノロジーをよりどころに、次のステップに進もうとしているという。ちなみに、「ホモ」とは人間、「サピエンス」は賢い人、「デウス」は神の意味である。

ホモ・デウス 上: テクノロジーとサピエンスの未来
ユヴァル・ノア・ハラリ
河出書房新社
2018年9月 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
ホモ・デウス 下: テクノロジーとサピエンスの未来
ユヴァル・ノア・ハラリ
柴田裕之 訳
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まずは、アルゴリズムについて。
〈アルゴリズムとは、計算し、問題を解決し、決定に至るために利用できる、一連の秩序だったステップのことをいう。アルゴリズムは特定の計算ではなく、計算をするときに従う方法だ。〉
すべての事象は、人間も含めて、アルゴリズムで成り立っているという。つまりデジタル化できて計算式で表しうるということだろう。

人類は不死と至福と神性を手に入れようとするとしている。サピエンスのアップグレードは、次のように進んでいくとする。
〈じつは、無数の平凡な行動を通して、それはすでにたった今も起こりつつある。毎日、膨大な数の人が、スマートフォンに自分の人生をより前より少しだけ多く制御することを許したり、新しくてより有効な抗うつ薬を試したりしている。人間は健康と幸福と力を追求しながら、自らの機能をまず一つ、次にもう一つ、さらにもう一つという具合に徐々に変えていき、ついにはもう人間ではなくなってしまうだろう。 〉

魂などというものは突き詰めていけば存在しない。宗教は人間が都合で考え出したもので、聖典を書きそれを多種多用に解釈した。人間至上主義は、神や宗教は人間がこの世を作り出したものだから、神を冒涜するなどと気遣う必要はないと考えるという。不老不死の手段があれば、セレブたちはあらゆる犠牲わ払って、間違いなく手を出すだろうという。

ポストヒューマンとは、ごく一部のセレブ達だけの話であり、神のように振る舞う一握りの人間のことだ。これらの超人たちは、前代未聞の能力と空前の創造性を享受する。彼らはその能力と創造性のおかげで、世の中の最も重要な決定の多くを下し続けることができる。彼らは社会を支配するという。

残念ながら、庶民は超人たちに支配される劣等カーストとなる。AIたちが人間を押しのけてほとんどすべてのことをやってしまうから、劣等カーストに属する人たちには仕事がない。その余剰の人たちはどうやって生きてゆくのか。
ゲームでもやって時間を潰すことになるかもしれないというのだが、そうもいかないだろう。→人気ブログランキング

ホモ・デウス』ユヴァル・ノア・ハラリ  河出書房新社 2018年
『サピエンス全史』ユヴァル・ノア・ハラリ 河出書房新社 2016年
『ポストヒューマンSF傑作選 スティーヴ・フィーバー』山岸真編  ハヤカワ文庫 2010年

『地下鉄道』コルソン・ホワイトヘッド

南北戦争を数10年後にひかえたアメリカの南部諸州が舞台。アメリカの暗黒の歴史を、SFの要素を加味して描き出す。

女奴隷のコーラは、シーザーに誘われてラヴィーとともにランドル農場を脱走した。途中で野豚狩りの白人たちに出くわしラヴィーが捕まった。コーラは逃げおおせたが、少年と格闘したさいに重傷を負わせ、白人殺しのお尋ね者として手配されることになった。
ランドル農場の主人は、シーザーとコーラの2人に高額の懸賞金をかけ、執拗に連れ戻そうとする。捕まれば、他の奴隷たちの見せしめに、とびきり派手な拷問と死が待っているのだ。コーラの想像を絶する過酷な逃亡劇が描かれていく。

地下鉄道
地下鉄道
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コルソン・ホワイトヘッド/谷崎由依 訳
早川書房  2018年12月
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コーラはアフリカから連れてこられて3代目の奴隷で、身寄りがない。母のメイベルが8歳のコーラを置き去りにして農園から脱走したからだ。メイベルは未だに捕まっていない。
コーラをはじめ、脱走を持ちかけたシーザー、サウス・カロライナでコーラに隠れ家を提供した白人の妻エセル、2メートル近くもある大男の奴隷狩り人リッジウェイの、ファミリー・ヒストリーが綴られている。ファミリー・ヒストリーが描かれることによって、物語に深みが出ている。
リッジウェイがコーラを執拗に追いかけるのは訳がある。ランドル農場で脱走を成功させた唯一の人間がコーラの母親である。コーラが引き継いでいる特別な血を、根絶やしにする必要があるのだ。

地下鉄道には、駅があり機関士と呼ばれる人物がいて、機関車が走っていることになっている。しかし、実際には鉄道があるわけではなく、地下鉄道は逃亡奴隷たちを逃がすためのネットワーク(秘密結社)のことである。ネットワークにかかわっていることが知られてしまえば、処刑される。
地下鉄道に乗ることができたからといって、奴隷州から脱出できるとは限らないが、地下鉄道は逃亡奴隷にとって北に逃れる唯一の手段なのだ。

ピューリッツァー賞、全米図書賞、アーサー・C・クラーク賞受賞作。さらに英ブッカー賞の候補でもあった。→人気ブログランキング

『京都ぎらい 官能編』井上章一

京都の歴史的な色欲ネタをピックアップして出来上がったのが本書。
女性とくに美人が政治の駆け引きに使われたり、まるで贈答物のように扱われたエピソードを書物から拾い出し、これでもかとばかり紹介している。女性には薦められない内容。
鎌倉の性的な魅力を伝える文芸は一つもないという。そのことを考えれば、京都には宮廷文化によって培われた色欲的な要素が多分にあったということだ。

京都ぎらい 官能篇 (朝日新書)
京都ぎらい 官能篇
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井上章一
朝日新書  2017年12月
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漱石は京都を小馬鹿にしていたことはよく知られているという。
『三四郎』の中で、主人公の三四郎が福岡から汽車で上京するさいに、女の乗客に誘惑されるが、その女が乗車してきたのが京都駅である。
漱石は京大の教授招聘を断っている。

1960年代半ばから京都観光の様子が変わってきたという。
新幹線の開通で女性客が増え、1970年代になると一人旅の女性が見られるようになった。そんな女性が、大学受験期の著者が住む奥嵯峨にも現れたという。それまで、京都は好色都市のレッテルが貼られていた。

京都観光の女性化は、とりも直さず色街のイメージの払拭であった。
しかし、そう簡単に払拭できるわけではない。ノーパン喫茶は大阪発祥と誤解されているが、実は、最初の店は1979年に京都の北郊、西賀茂に出店されたという。
最近は色欲とはかかわらない京都のイメージができあがっている。デオドラント化に成功した感がある。

著者は建築学を専門とする立場で唱える。
宮廷文化の精華である桂離宮の造形と、遊郭の揚屋の造りが酷似している部分があるという。この建築様式の類似は、宮中から一般民衆に、性がアウトソーシングされたことを示すと大胆に解釈している。→人気ブログランキング

京都ぎらい 官能編
京都ぎらい
関西人の正体
京都はんなり暮らし』澤田瞳子

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