歴史

『日本SF誕生 空想と科学の作家たち』 豊田有恒

1950年代、アメリカでは、後にSFと呼ばれる作品を書いた大御所たちが現れている。ロバート・A・ハイライン、アイザック・アスモフ、レイ・ブラッドベリー、A・E・ヴァン・ヴォークト、ポール・アンダースンなどである。

日本で、かつての空想科学小説からSFが新たに確立されたのは、1960年代の初頭である。当時、出版社には西部物とSFに関わると潰れるというジンクスがあったという。

まだ一般には知られていなかったが、「ノストラダムスの大予言」が、SF仲間の間ではすでに話題になっていた。さらに、UFO、超能力などの超自然現象が当時の流行りであった。
星新一らが入会していた「日本空飛ぶ円盤研究会」(新井欣一主催 1955年発足)は、UFOを真面目に研究しようとする会で、三島由紀夫や石原慎太郎なども会員であったという。


日本SF誕生―空想と科学の作家たち

豊田有恒
勉誠出版
2019年8月

1959年早川書房から『SFマガジン」が刊行された。スタート当時は、アメリカの『F&S(Fantasy & Science Fiction)』の日本版という形がとられた。早川書房は、『SFマガジン』の発刊の前に、1957年に探りを入れる意味で2冊の翻訳本(ジャック・フィニイ『盗まれた街』、カート・シオドマク『ドノヴァンの脳髄』)を出している。

福島正実は「SFの鬼」と呼ばれた怖い編集長だった。著者は『SFマガジン』の第1回空想科学コンテストに応募し、『時間砲計画』が佳作の3位に入選した。
鬼編集長からは、「豊田はアイデアはいいが、文章がからっきしダメだ」と言われた。

1962年は、日本のSF界にとって重大な転機となった。コンテスト受賞者の短編が『SFマガジン』に続々と掲載され始めた。
1963年、著者は平井和正原作のアニメ『エイトマン』の脚本を手がけた。翌年、手塚治虫に見込まれ、虫プロダクションの嘱託で、『鉄腕アトム』をはじめとするアニメのシナリオ手がけた。同年SF作家クラブが立ち上げられた。

その頃、矢野徹に同人誌『宇宙埃』に誘われる。
メンバーは、星新一、平井和正、広瀬正、光瀬龍、野田宏一郎、伊藤典夫、筒井康隆、眉村卓など。『宇宙塵』には熱心なSFファンも参加したという。
SF作家クラブの方針で、星新一と小松左京を一緒の車には乗せないということになった。ふたりが亡くなってしまうとSF界が全滅するというのが理由だったという。

SFはプロとアマの距離が近かった。最初のSF大会が目黒で開かれることになり、「メグコン」と名付けられ、180人が集まったという。
1970年には、大阪万博の機会に世界のSF作家を集めようというアイデアが小松左京から出され、8月に大阪で「第1回国際SFシンポジウム」が開かれた。ちなみに、第2回は2013年に、広島、大阪、名古屋、東京で日を変えて開催されている。

本書は著者の交友録として語られる、SF黎明期の記録である。

『日本の誕生 皇室と日本人のルーツ』長浜浩明

本書は日本人のルーツと天皇家についての「嘘」を指摘し、それらを科学的にあるいは考古学的な証拠に基づいて改め、自虐史観を払拭する痛快な内容になっている。

なぜ、戦後の古代史論は正気を失ってしまったか。
天皇の国民への影響をなくすというアメリカGHQの思惑が元凶であるという。戦後、『記紀』を肯定する考古学研究者や教育者が、教育の現場から徹底的に排斥され、まっとうな研究がされなくなった。
もうひとつは、「韓国が日本人の祖先の国」とする司馬史観の呪縛である。
さらに、確たる証拠がないのに専門家や作家や古代史愛好家が、「だろう」「と思う」などと古代史を好き勝手に語って引っ掻き回してきたことが、古代史を混乱させたという。
著者は、歴史を語るには論理的で実証的であることが重要であるとする。


日本の誕生 皇室と日本人のルーツ

長浜浩明(Nagahama Hiroaki
ワック
2019年5月 ✳︎9
売り上げランキング: 3,777

ウルム氷期はおよそ1万年前に終了した氷期である。その頃の地球の海面は今より100メートル以上低く、樺太と北海道はつながっていた。また、大阪湾から瀬戸内海にかけては陸地であった。
アフリカを出た人類は、日本列島には主に地続きだった樺太経由でやってきた。日本の旧石器時代(〜1万6先年前)に、朝鮮半島からヒトは来ていない。
弥生時代に大陸から渡来人がやってきて、在来の縄文人と交配し、日本人ができたというのはデタラメである。アイヌの祖先は縄文人であるというのも嘘。これらはゲノムの比較からも明らかである。そもそも日本語と中国語や韓国語の文法はまったく異なる。

戦前は『日本書紀』に書かれていることが受け入れられていたが、戦後、『日本書紀』は天皇家が自分たちに都合のいい話を作り上げたもので信用できないとされた。今も多くの歴史学者が「「神武東征」は嘘だ、『日本書紀』は嘘だ」と主張している。
しかし、『日本書紀』に記載されている地理や歴史的事件と現在集めうる証拠を科学的に再検討すると、数々の新事実が明らかになったという。

「神武東征」とは、天照大神の5代後にあたる神武天皇が45歳の時に、「東の方に都をつくるのによい土地がある」と聞いて、諸皇子の賛同を得て「東征」の旅に出、橿原(奈良)にたどり着くまでの波乱の物語をいう。
神武一行は、高千穂(宮崎)を出発して 海路や陸路で、宇佐(大分)、筑紫(福岡)、安芸( 広島)、吉備 (岡山)にたどり着くまでに8年を要した。
その後、吉備から大阪湾に入り、川を遡上して生駒山麓にある白肩津に上陸した。そこで長髄彦(ながすねひこ)と戦うも敗れ、大阪湾に逃れ南下し、紀伊半島の東へ回り込んだ。熊野に上陸し、山中を進軍して宇陀から橿原の地になんとかたどり着いた。

橿原の地で神武天皇は事代主の娘と結婚し、その後、歴代天皇は大和を中心に、各地の豪族と婚姻関係を結び、絆を強め、大和朝廷の基盤を固めていった。
『旧唐書・日本』には、大和朝廷が北部九州の倭国連合(邪馬台国)を併呑したことを彷彿とさせる記述が遺されているという。
日本の古代史論は見直す時期にきていると著者は力説する。

日本の誕生 皇室と日本人のルーツ』長浜浩明 ワック 2019年
魏志倭人伝の謎を解く』渡邉義浩 中公新書 2012年
倭人伝を読みなおす』森 浩一 ちくま新書 2010年

『サピエンス異変―新たな時代「人新世」の衝撃』ヴァイバー・クリガン=リード

著者は環境人文学と19世紀英文学を専門とする英国ケント大学の人気准教授である。本書はフィナンシャル・タイムズ紙の「2018年ベストブック」に選出された。

最近使われるようになった地質時代の区分「人新世」とは、人類が農業や産業革命によって地球規模の環境変化をもたらした時代のことである。「人新世」を生きる私たちの身体の起こっている変化(進化)は、私たちが快適さを求めて作り上げてきた生活の影響であるという。それは歓迎されるような変化ではない。

200万年もの間、狩猟生活で培った人類の性質は、たったここ1万年前の農業の発展で、ミスマッチを余儀なくされた。

サピエンス異変――新たな時代「人新世」の衝撃
ヴァイバー・クリガン=リード/ 水谷淳・鍛原多惠子
飛鳥新社
2018年 ✳8

本書は次のように分けられていて、各章の終わりには「人新世」を生き抜くための著者のアドバイスが、箇条書きに列挙されている。
【第1部】紀元前800万年から紀元前3万年
氷河期の旧石器時代・新石器時代にあたる。移動生活が当たり前であり、狩りに費やす時間はせいぜい週30時間だった。人類の基本的な性質が培われた。

【第2部】紀元前3万年から西暦1700年
3万年から2万5千年くらいの間に、農耕が始まり人類は定住するようになった。
農耕により柔らかい食事を口にするようになり、歯が頭蓋骨の中に収まらなくなり人類の顔を変えた。顎が小さくなり、歯が小さくなった。

【第3部 】西暦1700年から西暦1910年
18世紀に産業革命が起きたとき、地形と環境が急速に変わり、私たちの身体もまた変わった。外見も含めた私たちの現在の有り様は、労働がどんどん分化した産業革命の時代に端を発している。
産業資本主義は富裕層と貧困層を分断する不平等に満ちていた。工場労働者の中に、爆発的に障害者が増えた。労働者は重労働と栄養不足に苦しんだ。子たち達にくる病が広がったのは栄養不足と日光にあたらないことだった。
さらにヴィクトリア時代に始まった学校教育は、子たちを椅子に座らせて5~6時間もじっとしていることを強いた。そして最近は、椅子に座らせられることを拒否する児童はADHDと診断され、アメリカでは6.1%の児童が薬を内服をしているという。

【第4章】1910年から現代
人間の足の大きさは、何千年ものあいだほぼ一定だった。ところが20世紀あたりから大きくなりはじめ、ここ40年だけでも2サイズ大きくなっている。1960年代にはアメリカ人の女性の足の平均サイズは6.5(日本サイズ24.0cm)だったが、いまでは8.5から9(日本サイズ26~26.5cm)になった。平均体重の影響もあるが、足のアーチが崩れて扁平足になっているせいもある。身体のことを考えると、靴を履かない時間を長くしたほうが良い。

座りっぱなしは、寿命を短くするし病気の発症を招く。著者はこの章を書き始めたころは、ふつうに椅子に座って調べ物をしていた。しかし、45歳から64歳の人のうちいつも座って仕事をしている人は、引退後に老人ホームに入る割合が40%高いということを知って、すぐにトレッドミルで歩きながらiPadで文献を読むというやり方に切り替えたという。

気味の悪い予測もある。このまま二酸化炭素の排出に対して歯止めがかからなければ、次のようなことが起こる。光合成の鍵となる二酸化炭素が増えれば、植物の生育は促進されるだろう。炭素以外のミネラルの量は相対的に減ってしまい、栄養素が減った野菜や穀物が生産される可能性があるという。そうして生まれた巨大化するニンジンは、過去の滋養豊かなニンジンではなく、ジャンクな食べ物であり肥満の原因となるというのだ。

現代人を苦しめるミスマッチ病である肥満、腰痛、二型糖尿病、腎臓病、高脂血症、うつ、骨粗鬆症などを回避するため著者のアドバイスは、座っている時間を短くして少し運動をしようという、簡単なものだ。

『魏志倭人伝の謎を解く 三国志から見る邪馬台国』渡邉義浩

古代中国史に精通した著者が、当時の政治情勢のなかで魏志倭人伝を読み解いているのが、本書の特徴である。
『三国志』は、陳寿というその時代に生きた人物が、3世紀の約60年間について書いた歴史書である。『三国志』の『魏志』『呉志』『蜀志』の三部作のうち「巻30 東夷伝」の一部に、倭人について書かれたところがあり、倭人伝とされているのである。東夷伝の国のなかで、倭人に関する部分が最も字数が多く、1913字が費やされている。

陳寿が魏国を慮って書いた部分と、実際に倭人と接した使者の報告の部分があるという。陳寿が書いた部分については、政治的な意図が込められている。

魏志倭人伝の謎を解く - 三国志から見る邪馬台国 (中公新書)
渡邉 義浩
中公新書 2012年 ✳︎7
売り上げランキング: 20,117

偉人伝の概要を次のようにまとめている。
1.倭と諸国の道程
帯方郡(朝鮮半島の中部)から邪馬台国に至る道程、国ごとの官名・戸数・概要が記されている。さらに卑弥呼の支配下にある国名が列記され、対立する狗奴国の記述もある。
2.倭国の地誌と政治体制
入れ墨(鯨面・文身)から衣服・髪型・織物に始まり、鳥獣・武器・衣食・葬儀・占い・寿命・婚姻といった倭国の地誌と、統治機構・刑罰・身分秩序などの政治体制、および倭の地全体の地理が記載される。
3.朝貢と回賜および制書
景初三(239)年に始まり正始八(247)年に至る、倭国からの4回の朝貢と曹魏の対応、および卑弥呼を親魏倭王に封建する制書が記載される。

東夷伝の韓の条に、北部の国々の者たちは、いささか礼儀や慣わしをわきまえているが、郡から遠く離れたところに住む者たちは、まったく囚徒や奴婢が集まっているような状態であるとある。さらに、特別な珍宝を産出しない。禽獣も草木もほぼ中国と同じであるとしている。韓に対する記述は手厳しい。

一方、倭国に対しては他国の記述に比べ、好意がみられるという。
倭の地では冬でも生野菜を食べる。倭の人は長寿である。真珠や翡翠を産出する。倭国は朝貢に適した物産の豊富な国と位置付けられている。
魏にとって倭国から朝貢にくることは、覇権がはるか遠方にまで及んでいることであり悦ばしいことなのだ。魏にとって頭が痛いのは、卑弥呼が邪馬台国を治めきれなくなり、さらに邪馬台国と狗奴国とのあいだがうまくいかないことである。

魏志倭人伝の謎を解く』渡邉義浩 中公新書 2012年
倭人伝を読みなおす』森 浩一 ちくま新書 2010年

『倭人伝を読みなおす』森 浩一

ドナルド・キーンが瀬戸内寂聴との対談(『日本の美徳』)で、「日本人は『魏志倭人伝』にも書いてあるように、清潔で礼儀正しい」と語っていた。日本人の特性を語るのに『魏志倭人伝』を持ち出すのは恐れ入るが、『魏志倭人伝』にはいったい何が書かれているのか、俄然知りたくなった。それで手にとったのが本書。

『魏志倭人伝』という本があるわけではない。『三国志』の『魏志』『呉志』『蜀志』の三部作のうち、『魏志』の一部に倭人について書いてあるところが、倭人伝とされているのである。『三国志』は、陳寿というその時代に生きた人物が、3世紀の約60年間について書いた歴史書である。
東夷伝全体(夫与国、高句麗、東沃沮、?婁、?、辰韓、弁韓、馬韓、倭人)のなかで、倭人伝は最も字数が多く、2013字を費やして書かれている。つまり東夷の国のなかで、倭人は一目おかれていたのだ。

倭人伝を読みなおす (ちくま新書)
倭人伝を読みなおす
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森 浩一
ちくま新書
2010年 ✳6

なぜ陳寿は倭国伝とか倭伝としないで倭人伝というような日本列島の住人に対する通称を伝の名としたのか。国が分裂し抗争が続いていたので倭国伝とは書けず、倭人伝とするほかなかったのだろうという。
朝鮮半島の黄海側の帯方郡が倭人にとって重要な場所になる。倭人伝には帯方郡からの距離が日数で記されていて、帯方郡からの距離で国々の位置を推測している。

奴国は1世紀の中頃に単独で後漢に使者を送るほどの大国だった。倭人伝に記されている奴国はそれより200年ほど後の姿で、人口は2万戸あって北九州の女王国を構成する国の中で抜きん出た大国だった。
女王国とは九州北部の27国の総称で女王卑弥呼が君臨していた。中部九州には男王の君臨する狗奴国があった。女王国と狗奴国が対立し、243年ごろから戦争が起こった。

魏の倭人対策は、狗奴国と女王国とを一つにまとめて倭国とすることがあった節があるという。
倭が朝鮮半島の公孫氏勢力の帯方郡に属するようになった期間があった。
倭人伝の後半は、公孫氏勢力を滅ぼし帯方郡を掌握した魏との外交関係と、女王国と狗奴国との戦について書いている。

すでに魏の政府は卑弥呼を見限り、卑弥呼の大夫だった難升米を引き上げて女王国の代表と扱い、詔を下したり皇帝のしるしである黄幢も与えていた。
卑弥呼は247年かその翌年に死んだ。卑弥呼の死は自然死ではなく、倭国を分裂させた責任を取らされての自死であると見られる。

東遷を果たした台与は、奈良盆地南部に地名をとって邪馬台国というようになった。だが、ヤマトの発音を残しながらも、倭国の名を重視して漢字では倭の一字でヤマトに当てることが普通になったという。

倭人が清潔で礼儀正しいということは本書には触れられていない。

魏志倭人伝の謎を解く』渡邉義浩 中公新書 2012年
倭人伝を読みなおす』森 浩一 ちくま新書 2010年

『武士の起源を解き明かす』桃崎 有一郎

著者は、かつての教科書に載っていた「地方の裕福な農民が農地防衛のために武装した」という説も、「武士は朝廷の警護にあたった衛府(えふ)から生まれた」という説も根拠がないとする。
話の起点として信頼できる動かぬ事実が3つあるという。武士が領主階級であること、武士が貴種であること、そして武士が弓馬の使い手であること。

この3つの事実を踏まえ、著者は武士の誕生に「有閑弓騎」という造語を用いる。
「有閑弓騎」とは時間的余裕をもつ富裕層(有閑)で、馬上から弓で戦う騎射術を心得た人(弓騎)のこと。
著者は中学から大学院まで弓道部に在籍したという体験から、弓術は暇でなければできないと自信をもって言い切る。つまり「弓馬」は百姓が片手間にできるほど甘くないというわけである。

武士の起源を解きあかす――混血する古代、創発される中世 (ちくま新書)
桃崎 有一郎
ちくま新書 2018年11月
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著者は王臣子孫に注目した。王臣子孫とは、源氏や平家を名乗る天皇の子孫や藤原氏などの貴姓の上級貴族のことである。平安時代に入ると王臣子孫は著しく増えたため(例えば、桓武天皇には36人もの子供がいた)官職の数が足りず、資産も相続することができなくなる。王臣子孫は地方での農地の奪い合いに、自分たちの貴種としてのブランドや京都の権力者と地方豪族の仲介役として幅を利かせ、京都にいながら地方から富を吸い上げていた。
王臣子孫はさらに増え続け、京を出ざるを得なくなり地方に進出して地方豪族(卑姓)と血縁関係を結ぶ。こうして王臣子孫の下に地方豪族が家臣としてつかえる形態の武士団ができあがる。

さらに、初代征夷大将軍坂上田村麻呂の家系や副将たちの家系と、現地豪族の娘の子孫という第三の軸(将種)をあげている。蝦夷から騎馬術を習得したり、婚姻関係を結ぶこともあっただろう。

武士の誕生は次のようであると著者はまとめる。
〈武士とは、【貴姓の王臣子孫×卑姓の伝統的地方豪族×準貴姓の伝統的武人排出氏族(か蝦夷)】の融合が、主に婚姻関係に媒体されて果たされた成果だ。武士は複合的存在なのである。〉→人気ブログランキング

『ベートーヴェン捏造』かげはら史帆

ベートーヴェンの伝記はアントン・フェリックス・シンドラーによって捏造された、というショッキングな内容である。シンドラーとはどういう人物なのか。ベートーヴェンの日常の補佐役を務め、ベートーヴェンの伝記を3冊書いている。ベートーヴェンに出会う前は、ウィーン大学在学中に学生運動に身を投じ、大学を中退している。

著者の文章は軽妙洒脱でユーモアとエスプリの効いている。本書は大学の修士論文に加筆したものだという。著者自らが認めているが、いささか「盛っている」気配がする。

ベートーヴェン捏造 名プロデューサーは嘘をつく
かげはら 史帆
柏書房
2018年10月 ✳10
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子供の頃からベートーヴェンに憧れていたシンドラーは、ベートーヴェンの身の回りの世話をするようになる。ベートーヴェン51歳、シンドラー27歳のときだ。
ベートーヴェンの、ここ数年の生活ときたら酷い有り様で、息子の代わりに甥はいるが嫁はおらず、家政婦はすぐに逃げてしまう。おまけに耳の病を抱え、不潔で、偏食家で、とんだ癇癪持ちで暴力をふるう、著しく生活スキルを欠いた男だ。

初めは気遣いを見せるシンドラーに好感を持っていたが、やがて気の利かない鈍感な男と毛嫌いするようになる。そのあたりのことは、ベートーヴェンが友人や親族に送った手紙に書かれている。
「シンドラーというこのおしつけがましい盲腸野郎は、あなたもお気づきでしょうが、ずっと私には鼻つまみ者なのです」
シンドラーの秘書の期間は約2年と短い。

ベートーヴェンの筆談のメモ、それをシンドラーは会話帳と呼んだ。
ベートヴェンの死後、シンドラーは400冊の会話帳を持ち出し、そのうち自分に不都合なものや、ベートーヴェンの偏屈で過激な性格が読み取れるものや、改竄したことによって辻褄が合わなくなったものを破棄して残ったのは136冊、そこにシンドラーがでっち上げた1冊を加えた。
シンドラーが、ベートーヴェンを崇拝していたことは間違いない。ベートヴェンが汚い服を着た偏屈な男だと思われることをなんとかしようとした。さらに、実際はベートーヴェンから良く思われていなかった自分のことも良く見られたことにするために、会話帳に様々なことを書き足し、それは伝記の捏造へと繋がっていく。

シンドラーのベートーヴェンに関する会話帳の改竄が公になったのは、1977年にベルリンで開かれたベートーヴェン没後150年の「国際ベートーヴェン学会」だった。
ドイツ国立図書館版・会話帳チームの2人の女性が、『会話帳の伝承に関するいくつかの疑惑』という演題を発表した。

ベートーヴェン通なら知っているトリヴィアは、シンドラーの捏造らしい。
それは、ベートヴェンが『交響曲第5番』の演奏テンポを「運命が扉を叩く」様子にたとえたこと。『ニ短調のピアノ・ソナタ』の解釈について「シェイクスピアの『テンペエスト』を読め」という助言を垂れたこと。生涯でただひとり愛した女性ジュリエッタを「不滅の恋人」と呼ぶ情熱的なラブレターを書いたこと。コーヒー豆をいつもきっちり60粒数えていたこと(これはどうも真実のようだ)。『交響曲第9番』の初演で、聴衆を空前の熱狂に巻き込んだこと(これは大袈裟だがあながち嘘とは言えない)。→人気ブログランキング

『縄文探検隊の記録』夢枕 獏 岡村 道雄 かくま つとむ

日本の新石器時代を特に縄文時代と呼ぶ理由は、世界の新石器時代のスタンダードとは異なり独自性が際立っているからだという。クリ、漆、翡翠、アスファルト、縄文式土器、渡来人、縄文の神と空海の密教との関係など、縄文研究の最先端を紹介する。
縄文時代は1万5000年前から2300年前まで。縄文文化は南は屋久島から北は北海道、そして歯舞・色丹まで見られる。

縄文探検隊の記録 (インターナショナル新書)
縄文探検隊の記録
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夢枕 獏 岡村 道雄 かくま つとむ
集英社インターナショナル新書
2018年12月 ✳︎7
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翡翠はフォッサマグナ(地殻変動)の置き土産。
糸魚川周辺で作られた翡翠の装飾品は、北は礼文島から南は沖縄まで分布している。
翡翠はステータスの象徴のようなものだったのではないか。使節のような立場の人が運んだのだろうという。

近年の縄文考古学のトピックスは「クリ」と「漆」。
クリはカロリーが高く、よく実る年と実らない年の差が少ない。さらに木材としての優位性はクリは飛び抜けていた。大きく育つという理由だけなく加工がしやすく、柱に用いられた。縄文人にとってクリはスーパーツリーだった。
北海道函館垣ノ島から出土した9000年前の漆器は世界最古である。シャーマンのような立場の人が身につけただろう、ヘアバンド、肩パッド、肘当て、腕輪、膝掛けが出土している。
縄文の漆文化は弥生時代よりも高度である。縄文の漆文化は現代につながる重ね塗りで、水銀を混ぜた赤漆も使われている。中国の塗り方はただ上から塗ったもので、弥生時代の漆は中国の手法であった。
縄文時代の漆を塗った弓矢は強く弾力性がある。しかし弥生時代の丸木弓は実用的ではない。催事に用いられたと思われる。

原油が出る地域ではアスファルトが自然に存在する。産出地は、新潟県の上越から山形、秋田県にかけての日本海側と、北海道道南の渡島。鏃とか矢柄の接着剤として用いられた。

アーティスティックな火焔土器はなぜ作られたのか。実在しないような姿に置き換えて神格化するのが縄文の特徴である。新石器時代の中国の土器は動物の写実的な文様が描かれている。縄文文化は、土器にしろ土偶にしろ写実的なものは描かれていない。

弥生時代のきっかけを作ったのは渡来人だったが、実質的な主人公は縄文人だった。
そもそも西日本では、それまで人が少なかった。縄文の全時代を通してみると、「むら」も人口も85%が東日本。弥生時代になるとそれが逆転してくる。縄文人は稲作を取り入れなかったからだ。
どのくらいの人が入ってきたか。一般的に考えられているより少なかったと思われるという。
大陸の秦の統一で敗者が新天地を求める形で、日本列島に渡ってきたのではないか。

草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしつかいじょうぶつ)は、『涅槃経』の言葉で空海が広めた。夢枕 獏は、空海はその当時残っていた縄文的なものの考え方をこの言葉で表現したのだとしている。→人気ブログランキング

『リンカーンとさまよえる霊魂たち』ジョージ・ソーンダーズ

南北戦争中に愛する息子ウィリーを病気で失ったリンカーン大統領は、頻繁に納骨堂を訪れ長時間を過ごしたという。著者はこの逸話から霊魂たちが跋扈する奇想なファンタジーを思いついた。
原題は『Lincoln in the Bardo』。「Bardo」はチベット仏教の言葉で、前世の死の瞬間から来世にいくまでのあいだの霊魂が住む世界をさす。
現世に戻りたいがままならず、来世に行くまでの時間を引き延ばしたい。そんな霊魂たちの思いが、遺体を病体、棺桶を病箱、墓地を病庭と呼ばせている。

リンカーンとさまよえる霊魂たち
ジョージ・ソーンダーズ/上岡伸雄
河出書房新社
2018年 ✳︎✳︎✳︎✳︎

初夜のベッドで、中年のヴォルマンは若い妻に何もしないで友達でいようと提案し、その通りの清らかな関係でいた。それが功を奏したのか妻から誘いがあったのだが、仕事場の梁がヴォルマンに落ちてきて、思いを遂げずに勃起したまま霊魂になった。ゲイの恋人にふられて手首を切って自殺したベヴィンズは早まったと後悔し、人生の楽しみを味わいたいという思いから、たくさんの目や鼻や手があるようになった。
この2人のほかに多数の霊魂たちが発する声と、虚実取り混ぜたと思われる文書や文献の列記によって、物語は進んでいくというユニークな形をとっている。

悲惨な思いをした黒人たち、高貴そうな夫人、あばずれ女や母親たち、経営者や小売人、女に手を出す男、下ネタばかりを口にする男、強盗、牧師など多種多様な霊魂たちが登場する。

リンカーンに対し、霊魂たちは、息子のウィリーの誕生日に仔馬をプレゼントしたことをやりすぎだと突っつき、雨の中をコートを着せないで乗馬をさせた非を論い、ウィリーが重篤にもかかわらず自宅でどんちゃん騒ぎのパーティを開いたことを非難し、あるいは大統領の無能さを嘆いたりするのだった。おりしも、南北戦争が泥沼化し戦死者が何万人にも達するような状況にあった。

深夜、病院地に現れウィリーの遺体を抱きしめ落ち込む大統領に、ヴォルマンとベヴィンズをはじめとする霊魂たちは同情し、ふたりに関わってなんとかしようと大統領の体の中に入ったりした。しかし、大人の霊魂と違って、年端がゆかないウィリーはいつまでもとどまるわけにいかないのだ。霊魂たちはウィリーを手遅れにならないうちに、あちらに旅立たせようと必死の思いで駆けずり回るのだった。
涙と笑いの人情物ゴーストストリーである。
2017年、ブッカー賞受賞作。→人気ブログランキング

『ホモ・デウス』ユヴァル・ノア・ハラリ

前作『サピエンス全史』は、人類の過去を歴史学のみならず政治学、生物学、心理学、哲学などの横断的な幅広い知見に基づいて書かれ、世界的ベストセラーとなった。その続編ともいうべき本書は人類の未来を予測したもの。その手法は、前作同様、話題が多方面に展開され、まるでスケールの大きなエンターテイメント小説を読んでいるかのようだ。

飢饉と疫病と戦争は、もはや人類にとって対処が可能な課題になったという。人類に降りかかる災難の多くは政治の不手際がもたらしている。人類は困難を克服しつつあり、テクノロジーをよりどころに、次のステップに進もうとしているという。ちなみに、「ホモ」とは人間、「サピエンス」は賢い人、「デウス」は神の意味である。

ホモ・デウス 上: テクノロジーとサピエンスの未来
ユヴァル・ノア・ハラリ
河出書房新社
2018年9月 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
ホモ・デウス 下: テクノロジーとサピエンスの未来
ユヴァル・ノア・ハラリ
柴田裕之 訳
売り上げランキング: 88

まずは、アルゴリズムについて。
〈アルゴリズムとは、計算し、問題を解決し、決定に至るために利用できる、一連の秩序だったステップのことをいう。アルゴリズムは特定の計算ではなく、計算をするときに従う方法だ。〉
すべての事象は、人間も含めて、アルゴリズムで成り立っているという。つまりデジタル化できて計算式で表しうるということだろう。

人類は不死と至福と神性を手に入れようとするとしている。サピエンスのアップグレードは、次のように進んでいくとする。
〈じつは、無数の平凡な行動を通して、それはすでにたった今も起こりつつある。毎日、膨大な数の人が、スマートフォンに自分の人生をより前より少しだけ多く制御することを許したり、新しくてより有効な抗うつ薬を試したりしている。人間は健康と幸福と力を追求しながら、自らの機能をまず一つ、次にもう一つ、さらにもう一つという具合に徐々に変えていき、ついにはもう人間ではなくなってしまうだろう。 〉

魂などというものは突き詰めていけば存在しない。宗教は人間が都合で考え出したもので、聖典を書きそれを多種多用に解釈した。人間至上主義は、神や宗教は人間がこの世を作り出したものだから、神を冒涜するなどと気遣う必要はないと考えるという。不老不死の手段があれば、セレブたちはあらゆる犠牲わ払って、間違いなく手を出すだろうという。

ポストヒューマンとは、ごく一部のセレブ達だけの話であり、神のように振る舞う一握りの人間のことだ。これらの超人たちは、前代未聞の能力と空前の創造性を享受する。彼らはその能力と創造性のおかげで、世の中の最も重要な決定の多くを下し続けることができる。彼らは社会を支配するという。

残念ながら、庶民は超人たちに支配される劣等カーストとなる。AIたちが人間を押しのけてほとんどすべてのことをやってしまうから、劣等カーストに属する人たちには仕事がない。その余剰の人たちはどうやって生きてゆくのか。
ゲームでもやって時間を潰すことになるかもしれないというのだが、そうもいかないだろう。→人気ブログランキング

ホモ・デウス』ユヴァル・ノア・ハラリ  河出書房新社 2018年
『サピエンス全史』ユヴァル・ノア・ハラリ 河出書房新社 2016年
『ポストヒューマンSF傑作選 スティーヴ・フィーバー』山岸真編  ハヤカワ文庫 2010年

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