心理学

『「ストーカー」は何を考えているか』小早川明子

犯罪被害学によると、ストーキングとは、正当な理由なく故意に悪意を持って繰り返し相手をつけまわし、待ち伏せや監視などによって意思を伝達しようとすることで、相手に不安感や恐怖を与える行為。
著者は今までに500人のストーカーと向き合ってきた。

ストーカー被害の半分は女性というデータがあるが、被害を受けている男性は警察に届け出ないことが多い。男性ストーカーが女性のプライベートな空間を攻撃することが多いのに対して、女性ストーカーは男性の公的な場面を狙う。

「ストーカー」は何を考えているか(新潮新書)
小早川 明子
新潮社新書 2014年4月

用もないのに1日5回以上もメールをよこすような人とは付き合わないほうがいい。メールを出した相手から3日待っても返事がなければ、好かれていないと理解すべき。「5回ルール」と「3日ルール」は、著者がカウンセリングにくる人に提案していること。

重要なのは、危険行動をどうやって見分けるかである。加害者がどの程度危険な精神状態にあるかを見抜くこと。
ストーキングすることによって心理的報酬を得ようとする「ストーキング依存症」と、妄想的な恨みの感情に支配され、殺意を肯定するまでに至っている「ストーキング病」に分けて、異なる対応をする。
ストーカー病の因子として自己愛性反社会性パーソナリティ障害が挙げられていて、医学的な治療を要する場合もある。

ストーキング行為は3段階に分けられる。1.マナー違反、2.不法行為(民事訴訟相当)、3.刑事事件。
さらに、ストーカーの心理レベルでの危険度とその対応についても、3段階に分けられる。1.リスク(可能性):「やり直したい」などの場合は「当事者同士」で解決する。2.デインジャー(危険性):切迫したメール、待ち伏せなどの場合は、「第三者の介入」が必要である。3.ポイズン(有毒性):脅迫メール、住居侵入などの場合は、「警察力」に頼るしかない。ポイズンの段階になると、殺人や自殺にまでエスカレートする可能性がある。

ストーカーに対してどう対応するのか未だ手探りの状態であるが、ストーカーによる殺人やストーカーの自殺を防ぐためにも、ストーカーの病理の解明と理解、法律の見直しが必要である。 →人気ブログランキング

『サイコパス』 中野信子

サイコパスとはどんな人物か?
ありえないウソをつき、不正を働いても平然としている。ウソがばれても、恥じるそぶりを見せない。殺人や詐欺事件をおかしたにもかかわらず、まったく反省の色を見せない。外見は魅力的で社交的で、トークやプレゼンテーションは立て板に水で、抜群に面白い。だが、関わった人は騙されてひどい目にあう。性的にも奔放であるため、色恋沙汰のトラブルも絶えない。経歴を詐称したり、過去に語ったことと反対のことを平気で主張する。矛盾を指摘されると、「そんなこと言っていない」と涼しい顔で言い張る。というような厄介な人物のことである。

サイコパス (文春新書)
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中野信子
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サイコパス(Psychopathy)とは、連続殺人犯などの反社会的な人格を説明するために開発された診断上の概念であり、日本語では「精神病質者」と訳されている。『精神障害の診断と統計マニュアル』では、「反社会性パーソナリティ障害」に相当する。
カナダの犯罪心理学者ロバート・ヘアによれば、男性では0.75%、アメリカの研究者によれば、人口の4%。この差は診断基準の違いによる。

サイコパスは顔の横幅が広い。ある集団実験で、顔の横の比率が大きいほどズルをする確率が高かった。テストステロンの濃度が高いほど顔は横に広くなる傾向があるという。
心拍数が低くしかも上がりにくい人の方が、反社会的行動をとりやすいとされる(→『言ってはいけない』>橘 玲 新潮文庫 2016年 )。
サイコパスは『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクター博士のようにIQが高いと思われがちだが、平均ではそういうことはなくむしろ低い。

サイコパスにも種類がある。「捕まりやすいサイコパス」、つまり危険でも不安を感じない「負け組サイコパス」と、「捕まりにくいサイコパス」、いよいよ危険というレベルになると不安を感じる「勝ち組サイコパス」に分けることができる。
「負け組サイコパス」は、犯罪を犯し刑務所に収監されリストアップされる。「勝ち組サイコパス」をどうやって見つけ出すかが問題である。
『暴力の解剖学』の著者・エイドリアン・レインは、臨時職業紹介所に頻回にやってくる人に狙いをつけた。サイコパスは刺激を求め、あるいは組織の中でうまくやっていけずに、短期間に仕事を転々としているはずだと推測した。臨時職業紹介所に頻回にやってくる人のうち、24.1%が反社会性パーソナリティ障害であり、そのうち1/3がサイコパスの傾向の強い人だったという。

脳の血流動態を調べることができるfMRI(核磁気共鳴機能画像法)によると、サイコパスは海馬に機能低下を認め、また、後帯状回の機能不全が認められるという。後帯状回は悲しかった嬉しかったといった情緒的経験を蓄積するところ。脳梁にも一般人と形状の違いがあるという。

家庭環境が安定していようと不安定であろうと、サイコパスが最初に姿を現すのはほぼ14歳であり、健全な家庭環境に育っても、サイコパスは環境が歯止めにならないという。
アメリカの犯罪学者ロバート・マーティソンがそれまでに実施された200以上の犯罪者治療についての論文をレビューし、「サイコパスには何をやっても効果がない」と結論を下した。

著者は、サイコパスは人類の歴史に貢献したとしている。
人類はアフリカで誕生後、短期間に急速に分布域を広げた。リスクを恐れず、未開の地への移住を試みた先祖たちの中には、サイコパスがいただろう。大航海時代の探検家やアメリカ西部を開拓していった人たちのなかにも、恐怖や不安を知らないサイコパスがいただろう。率先して危険を顧みずに行動したサイコパスがいたからこそ、普通の人たちが鼓舞され、追従できたのだろうという。
著者がサイコパスとしてあげる著名な人物は、織田信長、毛沢東、ピョートル大帝、ジョン・F・ケネディ、ビル・クリントン、スティーブ・ジョブス、マザー・テレサ、ドナルド・トランプなどである。

女性のサイコパスには、か弱さをアピールするタイプがいる。
たとえば、漫画研究会やアニメ同好会のようなオタク系サークルに、一見清楚そうで汚れのなさそうに見える女の子が入ってくることがよくあるという。これが「オタサーの姫」。
「サークルクラッシャー」は、サークルの中で複数の男と性的関係や精神的依存関係を持ち、それが原因でトラブルを起こし、集団を崩壊させてしまう女の子のこと。
「オタサーの姫/サークルクラッシャー」は必ずしもイコールではないが、弱者であることを演出をする。金品や物品、様々な便益を得るためのこともあれば、男が騙されて転んでいくのが楽しがるというケースもあるという。やっていることは詐欺師と変わらない。→人気ブログランキング

最近の脳科学分野の劇的な進歩により、さまざまなことが明らかにされている。
たとえばフロイトの業績は科学的に証明できない。いまではトンデモ科学呼ばわりする人もいるという。


『言ってはいけない 残酷すぎる真実』 橘 玲

ベールをかぶされてうやむやにされていること、誤解されて認識されていること、有名な学説が間違いであったこと、宗教などによってねじ曲げられていること。
これらについて、遺伝進化学、進化心理学、認知心理学、犯罪心理学、統計学、脳科学などの分野の論文や著作を紹介し、タブーを表沙汰にしたのが本書である。
扱っているテーマは広範囲わたり、データに対する解説が明快でわかりやすい。

言ってはいけない 残酷すぎる真実 (新潮新書)
橘 玲
新潮文庫  2016年4月
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知能や容姿、犯罪者としての素因や病気(精神病も含む)、性格(こころ)までもが、遺伝子で決まるという、身も蓋もない現実を見せられる。
この現実を突きつけられて動揺するのは、教育関係者とフェミニストと子育て中の親たちだろう。

解説されたテーマを列挙すると、
・3歳児を対象とした調査で、刺激により脈拍数が増加しない子どもは反社会的な素因がある。
・同じく発汗しない子どもは良心を学習しない。
・黒人は平均より1SDくらいIQが低い。
・アシュケナージ系ユダヤ人(ドイツあたりに住んでいた)は知能が高い。
・繰り返し性犯罪を犯す人物や遺伝的に犯罪者の素因を持つ人物が特定できる。
・顔の横幅が広い人は面長の人より攻撃的である。(→『サイコパス』)
・美人はブスに比べ生涯3600万円多く稼ぐ。ブスは平均的な女性に比べ1200万円損をする (『美貌格差』ダニエル・S.ハマーメッシュ 東洋経済新報社 2015年)
・ボーヴォワールは「人は女に生まれるのではない。女になるのだ」と書いたが、この仮説は社会実験によって否定されている。
・フロイトのエディプス・コンプレックスはデタラメ。
・旧石器時代の人類は集団内の女を男たちで共有する乱婚だった。彼らは別の部族と出会うと女を交換し、新しく集団に迎い入れた女は乱行によって歓迎される。
・男性が、短時間で射精するのは、女性が大きな声を上げる性交が危険だからだ。
女は大きな声をあげることで他の男たちを興奮させ呼び寄せる。女は一度に複数の男と効率的に性交し多数の精子を膣内で競争させることができた。その為には、よがり声だけでなく、連続的なオルガスムが進化の適応になる。
・別の家庭で育てられた一卵性双生児の類似性から、心における遺伝の影響は極めて大きい。
・別々の家庭で育った一卵性双生児はなぜ同じ家庭で育ったと同様によく似ているのか、子育ては子どもの人格形成にほとんど影響を与えない。子どもたちは、友だちのなかでグループの掟に従いながら遺伝的要素を土台として自分のキャラを決めていく→人気ブログランキング

『あなたの人生の科学』デイヴィッド・ブルックス

白人の上流家庭に育ったハロルドと、うつ気味の中国系の母親と家に寄りつかないメキシコ系の父親の家庭で育ったエリカの一生をたどりながら、主に人間の意思決定の仕組みを解き明かしていく。著者は、脳科学、社会学、心理学、医学、生物学、遺伝学、政治学、経済学、ギリシャおよびドイツ哲学、小説、戯曲、映画などについての旺盛な知識に基づいて解説を加えていく。

あなたの人生の科学(上)誕生・成長・出会い (ハヤカワ文庫NF)
デイヴィッド・ブルックス
夏目 大 訳
ハヤカワNF文庫
2015年11月 ✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

ジャン・ジャック・ルソーの教育学の名著『エミール』の手法を真似たという。ルソーはエミールと家庭教師のやりとりを通じて幸福とはいかなるものかを論じた。
本書の最大の目的は、人間が幸福になるうえで無意識がいかに重要な役割を果たすかを論じることだという。著者は、日常生活における私たちの行動を支配しているのは意識ではなく無意識であると、無意識の重要さを強調している。
上巻では、ハロルドとエリカが登場する前に、それぞれの両親の出会い、結婚、子育て、そして家庭環境が語られる。

大学を卒業しコンサルタント会社に入社したエリカは、頭脳明晰であっても目の前の問題にうまく対処できない同僚の男たちに愛想をつかす。エリカは一念発起してコンサルタント会社を起業し、大学院を卒業して職に就ていなかったハロルドに出会う。
ここで下巻にバトンタッチされる。

エリカはハロルドをパートナーとして雇い、やがてふたりは恋に落ち結婚する。会社の経営は順風満帆にみえたが、不況によりあえなく倒産してしまう。エリカはケーブルテレビ会社へ就職し、ハロルドは博物館に勤める。エリカが勤めた会社はM&Aを繰り返し大きくなるが、拡大しすぎて経営危機に陥る。エリカはその会社のCEOに就任し、会社を立て直す。
やがて、エリカはマイノリティ出身の優秀な人材を探していた大統領候補の陣営からスタッフとして請われ、選挙運動に加わる。候補の当選後、エリカはホワイトハウスに入り、次席補佐官や商務長官の公職で目覚しい働きをし、ダボス会議にも出席する。
一方、ハロルドはエリカのおかげでホワイトハウスのシンクタンクで働くことになる。ワシントンDCに来てハロルドが気づいたのは、社会学や心理学の最新の研究成果が、政治の世界にはほとんどといっていいほど取り入れられていないことである。
ハロルドはシンクタンクが発行する専門誌にエッセイを連載する。テーマはテロの脅威、軍事戦略、エイズ問題、アメリカの住宅問題など多岐にわたる。ハロルドの目を通じて、著者の理想の社会づくりが語られる。

ハロルドは仕事に忙殺され家を空けるエリカとのあいだに距離を感じるようになり、アルコール依存症になる。エリカは魔がさして不倫に走るが、この危機をふたりはどうにかやり過ごす。ここで著者はエリカの行動を心理学的に分析し、道徳と無意識について触れる。ある行動が道徳にかなうか否かは、直感により反射的に判断されることが多いと説く。

ふたりは引退し、ヨーロッパの名所旧跡を尋ね歩くツアーを企画して、ハロルドがガイドを務める会社を起こす。やがて、それからもふたりは引退し、著者の都合により波乱万丈の人生を送らされる羽目になったエリカは、ハロルドの最期に立ちあうのである。

本書は、早いころに熟読していれば、人生が少し違ったものになっていたかもしれないと思わせる処世の手引書である。

『考えることの科学』推論の認知心理学への招待 市川伸一

推論を扱う学問には、論理学、確率論、推測統計学、心理学などがあり、そのなかで心理学では、人間が実際にどのように推論するかについての知見や理論を提供しているという。
本書は、認知心理学がどのような学問であるか、どのような分野に活用されるかについて解説している入門書の位置づけらしい。
著者は、心理学ではお馴染みのクイズや著者が作ったクイズをいくつか挙げて、解答に至る推論の過程をあれこれ分析している。

心理学におけるヒューリスティックス(heuristic)とは、人間が問題解決のために推論し意思決定するさい、暗黙のうちに用いている簡便な解法や法則のことを指している。「うまいやり方」のことで「発見法」と訳される。
このヒューリスティックスは、人工知能の分野で活用される。
コンピュータを用いてアルゴリズムにもとづく計算をして正解にたどり着くが、膨大な量の計算が必要となる。ヒューリスティックスは、必ずしも正しい答えを導けるわけではないが、ある程度のレベルで正解に近い解答を得ることができる方法であるという。ヒューリスティックスでは、膨大な計算を行わなくとも済むわけだ。
融通のきかないコンピュータに人間のもつ柔軟な処理をさせることが目的だという。

人間が推測するとき、知識や感情や他人などからのバイアスがかかり、合理的でない面が多くある。邪推が生まれるということだろう。それによって迷信、誤解、意見のすれ違い、個人的ないさかい、あるいは社会的な偏見が生まれ、ひいては国際紛争までも引き起こす。人間の推論のもつネガティブな面を認め明らかにする研究は、事態の改善につながるという。というスケールの大きな学問である。→ブログランキングへ

『ひきこもりはなぜ「治る」のか?』斎藤 環

本書は、ひきこもりに対しきちんとした理論的な裏づけのもとに、アプローチしようとするもの。ラカン、コフート、クラインらの理論を用い、ひきこもりを人間の発育過程から分析し、家庭における彼らへの対処法を述べている。ちなみに、ひきこもり専門医を自認する著者は、ひきこもりを病気ととらえていない。

ひきこもりはなぜ「治る」のか?―精神分析的アプローチ (ちくま文庫)
斎藤 環(Saitoh Tamaki)
ちくま文庫 
2012年10月 ★★★★

大人であるということは、「自分の言動に責任をとれる」というのが一般的な見方であるが、精神医学的には、「コミニュケーション能力があり」かつ「欲求不満耐性がある」と考える。
アメリカでは、親は子供に言葉で愛していると言うが突き放す。日本では、小言を言いながら抱きしめている。アメリカと日本とでは逆であるが、ダブルバインドという状況には変わりない。
家の中に成熟した子供がいるというのは日本では珍しくないことであり、こうした日本の状況は子供が適応に失敗すると、不登校やひきこもりが起こりやすい。
しかし、ひきこもりを家庭が拒否すれば、ヤングホームレスとなり、アルコール中毒やドラッグ中毒になっていく。それがアメリカやヨーロッパ社会である。イタリアは日本に似ているという。どちらもマザコンの国である。
厚労省が定義するニート年齢は、15~34歳である。日本は若者に過度な自立性を求めていない、これは評価できるという。
ひきこもりになることが、メリットかデメリットかといえば、社会的にはメリットであると著者は考えている。若者が社会的弱者である今日において、いわばセーフティネットであるという。

ひきこもりを持つ家族は、常識や先入観を一旦ご破産にする必要がある。
ひきこもっている本人にとっては、家族関係イコール生活環境である。極端なことを言うと、安心してひきこめる環境を作ることが重要であるという。
子供がひきこもっている家庭では、いずれ追い出されるとおびえる本人と、ずっとすねをかじられると怯える親という組み合わせが、一番ありふれたパターンであるという。
まず、親が変わらなくては話にならない。親としての沽券は捨て、上から目線を止める。家族関係だけでは、ひきこもりの攻撃性の温床になりかねない、第三者を入れることが望ましい。暴力に暴力では向かわない。
試みる価値のあることは、挨拶、誘いかけ、お願い、相談、ちょっとした会話でも大事にすること。こうしたことはお祈りのようなもの。
祈りは通じないことが多いが、腫れ物に触れるが如く、同居者に低姿勢になれという。トラップをしかけない、正論より思いやりと共感、それでいて相手につけあがらせない毅然とした態度、それがひきこもりを導ていく方法だという。→ブログランキングへ

世界が土曜の夜の夢なら ヤンキーと精神分析』斎藤 環/角川書店/2013年
ひきこもりはなぜ「治る」のか?』斎藤 環/ちくま文庫/2012年
生き延びるためのラカン』斎藤 環/2012年
関係する女 所有する男』斎藤 環/2009年
母は娘の人生を支配する なぜ「母殺し」は難しいのか』斎藤 環/2008年

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『大人の時間はなぜ短いのか』一川 誠

大人の時間はなぜ短いのか  (集英社新書)
一川 誠 (Ichikawa Makoto)
集英社新書
2008年9月

時間には量子物理学も宇宙も関わっている。つまりセシウム原子時計と水素メーザー型原子時計を用いて「世界時」が決められている。あるいは、宇宙のブラックホールの近くでは時間の進みは遅くなるという。これらはテーマと直接には関係ないので、時間についての物理的特性は単なるイントロと思って読み流そう。

そして本題である。
感じる時間の長さは「身体の代謝」「心的活性度」「時間経過への注意」「他の知覚様相」「ワーキングメモリーの機能」などによって異なる、と言われてもピンとこない。

まず「身体の代謝」の説明はこうだ。代謝が活発だと時間の経過は遅く感じられ、代謝が遅いとその反対であるという。例としては、風邪で寝ていると時間が経つのが遅く感じられるが、風邪を引くと代謝が活発になるからである。子供は代謝が活発だから時間が経つのを遅く感じているというのは、なんとなく納得できる。

次は「心的活性度」。交通事故に遭うと、事故の様子がまるでスローモーションのように見えたと感じるドライバーがいる。極度の緊張状態では物事がゆっくり起こっているように感じられることによる。
刺激が多かったり大きかったりすると、時間を長く感じる。例えば食事、子供にとってはいろんな出来事がある。ご飯粒の形に見とれたり、スパゲティで遊んだり、嫌いなグリンピースを脇によけたり。誤ってご飯をこぼしたりすると、さらに多くの出来事が起こってしまう。子供にとっては、食事の時間すらも長く感じられるだろう。

「時間経過への注意」とは、時間を気にしているとなかなか時間が経たないと感じることである。他方、楽しいと時間は気にならず、「もうこんな時間になったか」ということをよく経験する。
時間の経過に注意を向けることは、時間経過を分節化していると言える。子供には待ち遠しいことが多数あり、まだかまだかと時間を分節化しているから、時間がなかなか経たないように感じる。一方、大人は日常がルチーンワーク化していて待ち遠しいことがないから分節化することもなく、時間が経つのを早く感じる。

「他の知覚様相」が、時間の感じ方に影響を及ぼすことがある。
感じられる空間が大きいと時間が経つのが遅く感じるという。自分の卒業した小学校を大人になって訪れると、「えっ、校庭はこんなに狭かったの」というあれである。子供が空間を大きく判断していることは、時間を長く感じていることにつながる。時間以外の知覚様相が時間の感じ方に影響を及ぼす傾向は、子供に顕著であるという。

加齢による情報処理の効率や処理が低下しているので、若い頃と同じ仕事量をこなすには時間が足りない。だから時間が早く経つ。「ワーキングメモリーの機能低下」は、歳をとると記憶も落ちているわけだから、仕事が思うようにはかどらず、時間が足りないということ。

以上のいくつかが相互に関連しあって、子供の時と比べて「大人の時間は短い」と感じるという。 →ブログランキングへ

『母は娘の人生を支配する』 なぜ「母殺し」は難しいのか

「ひきこもり」を専門とする精神科臨床医の著者は、母娘関係には錯綜した愛憎関係があると確信している。母娘関係の泥沼は、ほとんどの女性が潜在的に抱えているという。

男児は3歳から5歳の間に、母親を取られまいと父親に敵意を抱く。これがフロイトのいうエデイプスコンプレックスである。「父殺し」とは父親を乗り越えることであり、「父殺し」は可能であるばかりか、むしろ避けることのできない男性の成長過程と考えられている。
しかし、女性において「母殺し」はおそらく不可能であると著者は説く。

1998年9月2日付の朝日新聞朝刊に、2名の読者の投書が紹介された。「どうする あなたなら 母と娘」というタイトルの読者に意見を求める問題提起型の連載のはじまりであった。その投書のひとつは東大生のもので、母親による過干渉、束縛について書かれていた。カバンも机の中も私信すらつねに検閲され、電話は聞き耳を立てられ、友好関係にも口を挟む、服装や髪型さえも、母親が決めていたというもの。
最終的には1196通の投書が朝日新聞に寄せられた。
これだけ多くの反響があったことは、母娘問題の普遍性を物語っていると著者は指摘する。

臨床心理学者の高石浩一氏は、母親の娘に対する過干渉、束縛をメラニー・クラインの「投影性同一視」の概念で説明している。母親は自分の中にある母親の部分と娘の部分を実際の母娘関係に置き換えて満足を得ようとしている。自分の弱さを見せつけることで娘を縛ろうとし、娘は母親への罪悪感から主体的に生きることが困難になる。
さらに、高石氏は、現代は女性にとって「母親」として生きる以外の選択肢が乏しい。母親を否定すると自分自身を見失ってしまうとする。

父と息子の組み合わせは、はるかに単純なものである。父と息子は、一般的には、単純な対立関係や権力闘争になりやすい。父は息子を押さえ込もうとし、息子はそれに反発するか従うかだ。
母親は娘に対して、「あなたのためを思って」という大義面分を掲げながら、実際は自分の願望と理想をおしつけようとする。そして娘は母親の欲望を先取りするかのように、そうした支配に逆らえなくなる。

インナーマザーは精神科医の斎藤学氏の理論である。インナーマザーとは「世間様」といってよい。父親も母親も自分の考えで教育する前に、「世間様」にひれ伏している。子どもも親の意向を汲み取り、「世間様」を取り入れる。
日本では、いまだに儒教的な「家族主義」が根強く残っていて、男尊女卑的な側面をもっている。この価値規範と「世間様」の考えは深いところでつながっている。非婚の成人女性が、世間から「負け犬」と冷遇されるのも、このためである。

斎藤学氏は、「一卵性母娘」について次のように述べている。
母親にとって娘は息子以上に距離がとりにくく、密着関係を打ち破る緊張が生まれにくい。
娘を自分の分身扱いし自分と同じ考え方を強要し、夫への愚痴などをきっかけに感情を共有することによって、母娘の密着関係(カプセル化)はますます強化されていく。
この関係に従順に仲良し親子演ずるのも、カプセルを破ろうと暴れ回るのもカプセル化の結果としては同じことである。この密着感は、あくまでも心理的距離感であり、たとえ母と娘が物理的に離れても強い作用を及ぼす。
従って、家出、別居結婚、出産、留学、などの手段が必ずしも解決策とはなりえない。

子供たちは、献身的に支えてくれる母親への「申し訳なさ」ゆえに、母親の呪縛から逃れられない。こうした自己犠牲的な奉仕による支配のことを、高石氏は「マゾヒスティック・コントロール」と呼んでいる。「申し訳ない」と感じる感性は、息子たちの多くは希薄である。
マゾヒスティック・コントロールに反応できるのは、圧倒的に娘たちである。これが、著者がいう「母殺し」は不可能であるという理由のひとつである。

精神分析家であるキャロリーヌ・エリアシェフが指摘する概念として、「プラトニックな近親相姦」というものがある。これは「ゆき過ぎた親密さ」、ないしは日本でよくいわれる「一卵性母娘」のようなもの。この母娘の近親相姦的な親密さは父親を疎外することで成立する。
母娘は身体的同一性を持つがゆえにより過度な「親密さ」が成立することになる。

拒食症は女性に多い疾患である。
女性たちは自らの身体性に対して、どこかつねに居心地の悪さを感じている。女性は身体という着ぐるみを着ているような感覚を持っているところがある。
女性のダイエットが拒食症といった形で強迫的にまで過剰なものになるのは、身体の違和感の排除が根底にあるからである。そしてダイエットの基準となるのは異性や同性からの視線ではなく、彼女のうちなるボディ・イメージのみである。

母娘関係の問題は母娘の両側からアプローチすることが理想であるが、母親が加害者、娘は被害者という図式に見えがちである。
娘は母親の支配に悩まされるが、母親は娘を支配していることにしばしば無自覚である。
娘たちに「女らしい」身体性を正確に教えられるのは、母親である。女性が女性らしくあるためにはまず母親の支配から始まらざるをえない。
母娘関係が特別なものになってしまうのは当然である。

母親は娘を女性らしい身体を持つようにしつけるが、これを言いかえると、他者の要求に応え、他者に気に入られるような受け身的な存在であるように教育することを意味する。
女性の教育には、分裂が含まれている。
つまり、外見(身体)は他者の欲望をより引きつけることを、本質においては自分の欲望を放棄することが求められる。
性の空虚感はこの分裂によって生まれているのではないか。
女性は、空虚さを、憂鬱さを、倦怠を、孤独を男性よりずっと強く感じているし、それをつねに訴えようとする。
それゆえに自分の喜びを犠牲にしてまで他人に尽くそうとする。

娘の身体をつくるのは母親から発せられる言葉である。娘へと向けられた母親の言葉は、しばしば無意識のうちに母親自身を語る言葉となる。娘へと向けられた言葉が、実は願望も含めた自らを語る言葉であること、母親の身体性は、この言葉の回路を通じて、娘へと伝達されていく。
娘の体には母親の言葉がインストールされており、娘がどれほど母親を否定しようとしても、与えられた母親の言葉を生きるしかないのである。

無頼化する女たち』 水無田気流
世界が土曜の夜の夢なら ヤンキーと精神分析』斎藤 環/角川書店/2013年
生き延びるためのラカン』斎藤 環/2012年
ひきこもりはなぜ「治る」のか?』斎藤 環/ちくま文庫/2012年
関係する女 所有する男』斎藤 環/2009年
母は娘の人生を支配する なぜ「母殺し」は難しいのか』斎藤 環/2008年