アメリカ

『ヒルビリー・エレジー』 J.D.ヴァンス

アメリカの白人のうち、WAPS(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)と呼ばれる人々は、誇り高き白人という自負がある。一方、白人貧困層は、レッドネック(首筋が日焼けした白人)、ホワイトラッシュ(白人のゴミ)、ヒルビリー(田舎者)などと呼ばれている。
ヒルビリー出身の著者は、自らの半生を描くことで、大統領選でトランプ勝利の原動力となった白人肉体労働者の悲惨な状況を明らかにしている。

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち
J.D.ヴァンス/関根光宏・山田文 訳
光文社
2017年3月

18世紀に移民としてアメリカにやってきたスコッツ=アイリッシュ(アイルランド島北東部のアルスター地方から移住してきた人々のこと)は、アパラチア山脈周辺に住み着いたという。その人たちにとって、貧困は代々伝わる伝統であった。先祖は南部の奴隷経済時代には日雇い労働者として働き、その後はシェアクロッパー(物納小作人)、続いて炭鉱労働者になった。近年では、機械工や工場労働者になったという。ヒルビリーは閉鎖的な独特の文化を築いてきたという。他人とのいざこざ、場合によっては親戚同士のいざこざに、容易に銃が持ち出される。銃規制とは程遠い世界である。
ケンタッキー州東部、アパラチアの丘陵地帯ジャクソン出身の著者の家族は、自らをヒルビリーと呼んでいる。

著者は、子どものころ、勉強していい成績をとるのは、「お姫様」か「オカマ」のやることだと思っていたという。男らしさとは強さや闘いを恐れない心と、教えられた。もう少し成長してからは、女の子にモテるという項目がそこの加わった。ヒルビリーには反知性主義が浸み込んでいることがわかる。
そんな著者だったが、あるとき目覚め、高校を優秀な成績で卒業後、アメリカ海兵隊に4年間所属しイラクに派遣された。帰国後、オハイオ州立大学を1年11ヶ月で卒業した。次にイエール大学のロースクールに2年間在籍し弁護士の資格を得た。現在は、シリコンバレーの投資会社の社長を務める。

ジャクソンは、著者と姉と祖母のために存在するような場所だったという。ジャクソンにいるときは、町の誰もが知っているたくましい女性の孫であり、町でもっともいい車修理をする祖父の孫だった。一方、引っ越したオハイオでの著者の立場は、父に捨てられ、離婚と結婚を繰り返す薬物中毒の母親の子どもだったという。

世論調査の結果、アメリカで最も厭世的傾向にある社会集団は、白人労働階層である。また、アメリカのあらゆる民族集団のなかで、唯一、白人労働者階層の平均寿命だけが下がっている。さらに、アメリカでは地域により成功の可能性に偏りがあるという。貧しい子どもたちが苦境にあえぐ、南部やラストベルト(さびついた工業地帯)、そしてアパラチアでは、アメリカンドリームの実現は困難だという。

著者は次のようにヒルビリーの病理を説明する。
〈何年も後になってようやくわかったのは、どんな本も、どんな専門家も、どんな専門分野も、それだけでは現代のヒルビリーの抱える問題を、完全には説明できないということだ。私たちの哀歌は社会学的なものである、それは間違いない。ただし同時に心理学やコミュニティや文化や信仰の問題でもあるのだ。〉→人気ブログランキング

ルポ トランプ王国―もう一つのアメリカを行く /金成隆一/岩波新書/2017年

『現代アメリカ宗教地図』藤原聖子

生活において「神が重要」と答えたアメリカ人は54.2%と、先進国では飛び抜けて高い。ちなみに日本は5.4%。アメリカは宗教の国である。

アメリカ人の各宗教との関わりを人口比率で見ると、プロテスタント51.3%、カトリック23.9%、モルモン1.7%、エホバの証人0.7%、正教0.6%、ユダヤ教1.7%、仏教0.7%、イスラム教0.6%、ヒンドゥー0.4%、リベラル度の強いクリスチャン0.7%、無所属(無神論、不可知論など)16.1%、わからない0.8%、となる。キリスト教が75.8%を占めている。
本書の特徴は、ユーチューブからの情報を多用していることである。

現代アメリカ宗教地図 (平凡社新書)
藤原 聖子 (Fujiwara Satoko
平凡社新書 2009年8月

アメリカの政教分離は、国家は特定の宗教を優遇しないことを示すだけで、政治の領域から宗教を排除することを意味しない。
アメリカの信仰の自由とは、どこでも祈る場所を提供することである。

宗教上の保守は父親は外で働き、母親は専業主婦として家庭を守る。性のモラルをはじめとする道徳を強調する。
対して、リベラルは道徳よりも「反差別」に重きを起き、女性、民族・人種的マイノリティ、性的弱者の差別に反対する。国際問題や環境問題にも関心が高い。
保守は、聖書を神の言葉と絶対視しその言葉を文字通り受け取る。世界は神が創造したと信じ、進化論を否定する。天国と地獄の存在や近未来の終末の到来を信じ、天国での救いを最大の目標とする。教会に熱心に通う。
同性愛に反対し、人工中絶に反対し、公立高校に宗教教育の導入を求め、そうしたことを政界に働きかける。
宗教上のリベラルには二つのパターンがあって、リベラル派プロテスタントと呼ばれる人たちで、聖書は人が書いたものと認識している。もうひとつは、東洋の宗教やヨガやスピリチャルなものにひかれているという人たちである。

保守派プロテスタントが目指しているのは、古き良きアメリカを取り戻すことである。
「文化戦争」という言葉が、使われるようになったのは1990年代で、冷戦終結が影響している。保守派の敵が、共産圏から国内のリベラル派に移ったことによる。
人工中絶、同性婚や同性愛者の権利を認めるか、公立学校での宗教的祈りや反進化論教育などを認めるかが争点になっている。

クリスチャンシオニズムという保守派プロテスタントの考えは、イスラエルとパレスチナ紛争をハルマゲドンの始まりと捉え、敵であるユダヤ教徒を支援すれば、終末が近づき敬虔なクリスチャンである自分たちが救われる日が近づくとする。アメリカがイスラエルを支援する理由はここにあるという。
保守派プロテスタントは、ユダヤ教徒はいずれはキリスト教に改宗し、そうでなければ死滅すると考えている。
保守派プロテスタントは、自分たちの宗派以外は天国に行けないと信じているから、改宗を促す。
なんという都合のいい考え方なのか。
何かと面倒を引き起こすのは、保守派プロテスタントということだ。→人気ブログランキングへ

→『現代アメリカ宗教地図』藤原聖子
→『ルート66をゆく アメリカの「保守」を訪ねて』松尾理也

『沈みゆく大国アメリカ』堤 未果

国民皆保険制度は、かつてヒラリー・クリントンが手がけたが、保険業界の猛烈な反発で潰された。
しかしオバマ大統領は成し遂げたのだ。
アメリカ国民全員に医療保険の加入を義務づける「医療保険制度改革法」通称オバマケアは、2014年に施行された。多くの人々はオバマに賛辞を送った。

沈みゆく大国アメリカ (集英社新書)
堤 未果(Tsutsumi Mika
2014年11月
売り上げランキング: 206

アメリカには、もともと65歳以上の高齢者と障害者・末期腎疾患患者のための「メディケア」と、低所得者のための「メディケイド」という公的保険制度があるが、それ以外の人はオバマケアに入ることになった。
保険会社は保険に入ろうとする者に持病があっても拒否できない。
こうして国民皆保険制度が始まったのだが、蓋を開けてみれば矛盾だらけ、企業が儲かるシステムになっていた。
保険会社や投資会社からの人材が、政府のブレインとしてオバマケアを設計し、まるで回転ドアをくぐるように、もとの会社に戻っていった。投資会社と薬剤会社と保険会社に金が流れるシステムを作ったのだ。

政府が薬価交渉権を持たないアメリカでは薬は薬剤会社の言い値で売らる。
今も、一度の病気で医療費が支払えず破産するケースは珍しくないという。
株式会社は医療保険であろうと何であろうと、利益を貪欲に追求する。医療や介護は社会主義的なシステムにすべきなのだ。

オバマケアはリーマンショックと同じ、富が少数の大企業に集中する仕組みであるという。この点が著者が最も危惧することである。
リーマンショックの発信源ゴードマンサックス社は、大きすぎて潰せない(Too big to fail)という理由で生き残り、今も膨大な利益を上げている。それを習うかのように、オバマケアが承認されて以来、保険業界では合併につぐ合併が繰り返されているという。

医者サイドにはなにが起こったか?
オバマケアの患者を診療すると、医師は複雑で膨大な量の書類を作らなければならない。書類に少しでも不備があると支払いを拒否される。したがって、オバマケアの患者を診療拒否する医師が急増している。
過剰労働と睡眠不足、訴訟に備える高額の保険料、抱える訴訟などのストレスで医師の自殺率は高い。

日本の医療は国民皆保険制度に支えられ、誰もがどの医療機関にも自由に受診することができるフリーアクセスが建て前となっている。薬剤と診療報酬の値段は政府が決めている。
欠点はあるとしても、世界に冠たる医療保険制度であると著者は讃えている。→ブログランキングへ
→【2011.10.11】『ルポ 貧困大国アメリカ II 』堤 未果

『アルゴ』 アントニオ・メンデス×マット・バグリオ 

アルゴ (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) (ハヤカワノンフィクション文庫)
アントニオ・メンデス マット・バグリオ
真崎義博 訳
2012年10月

本書は、2012年度のアカデミー賞作品賞を受賞した、ベン・アフレック監督の同名映画『アルゴ』の原作である。
通称トニーと呼ばれる著者のアントニオ・メンデスは、CIAの偽装工作のスペシャリストである。
ノンフィクションではあるが、偽装工作のノウハウがところどころに差し込まれて描かれていて、上質のスパイ小説として読むことができる。
まさに「事実は小説より奇なり」を地で行く奇想天外な話である。

1979年、テヘランのアメリカ大使館が暴徒化した学生たちに選挙され、その後444日にわたり大使館員が拘束された事件が起こった。
この時、アメリカ大使館から逃れてカナダ大使公邸に、逃げ込んだ男女6名のアメリカ大使館員がいた。
彼らは過激派に見つかれば、アメリカ人スパイとして処刑されることは間違いがない。

1980年1月、この6名をイラン国外に脱出させるための作戦が行われた。それがアルゴ作戦である。
カナダ政府が、アメリカ大使館員6名(本書では、このあと客人と記載される)をカナダ国籍とするパスポートの偽造を承諾した。
これには、トニーは巨大化したアメリカ政府はこんな粋な決断は出来ないだろう。カナダは小回りの効く政府だと賞賛している。
トニーが思いついたシナリオは、客人をカナダ人映画ロケハンとして、脱出の前日にイラン入りしたものの、イラン当局の撮影許可が下りず、翌日にはスイスに向け出国するというもの。映画はアルゴというタイトルのSF映画である。
ハリウッドにはアルゴ用の事務所が開設された。事務所には出演希望者の問い合わせがあり、雑誌の取材を受けアルゴの記事が掲載された。こうして偽装工作は着々と進んでいく。

なぜ、映画のロケハンが選ばれたのか。ロケハンがどのようなことを行うか、普通の人は見当もつかない。しかも、「アルゴは、中東の神話と、宇宙船と、遥か彼方の世界をミックスした話」、こんな話はイラン人でなくとも理解できない。客人が自らの役割を頭に叩き込んでおけば、問い詰められて思いつきで答えてもボロは出ない。
かくして、客人プラス、トニーはチューリッヒ行きの旅客機に乗り込みイランからの脱出に成功する。

後日談は、6名がイランにいた時に思い描いたものとは異なっていた。
アメリカ国務省は、6名が脱出したことがイランに知られないように、アメリカ大使館に拘束されている人質が解放されるまで、6名の身柄をフロリダ海軍基地に拘束することにした。
しかし、モントリオールの新聞がこの事件を嗅ぎつけて公表してしまう。こうなれば隠しても無駄である。
アメリカは大統領をはじめマスコミがカナダに対して、感謝の意を繰り返し表すことになる。
しかし、CIAの関与やアルゴ作戦については、18年間、極秘事項として封印された。

アルゴ作戦が成功した理由を、著者は次のように書いている。
嘘にしてもあまりにもクレージーな話なので、チェックのしようがなかった。正気の諜報員なら誰も選択しないような架空の話だったのだ。そこにこそ、この作戦の美しさがあった。→ブログランキングへ

『食べるアメリカ人』 加藤裕子

食べるアメリカ人
食べるアメリカ人
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加藤 裕子
大修館書店
2003年1月
1600円(外税)

著者は生活文化ジャーナリスト。
帯に「アメリカ人は、なぜあんなにマズイ食事で平気なのか?」と書かれている。

アメリカ料理がまずい理由のひとつに、禁欲を是とするピューリタンの影響とする説がある。歴史の浅い国が世界の大国になるためには競争原理を貫かなくてはならない。そうした厳しい現実の前に、食事は栄養とカロリーが満たされ短時間で調理できれば、味は二の次という発想がはびこったのではないかとする。
よく言われる理由であるが、こじつけのように思える。

アメリカで生まれた食品には、コーラ、スライスチーズ、ピーナッツバター、ポテトチップス、コンデンスミルク、キャラメルコーン、風船ガム、ハンバーガー、冷凍食品などがある。いかにもアメリカらしい軽い感じのラインナップだ。

アメリカの人口の半分以上が肥満である。それも肥満の基準は日本よりゆるい。
アメリカの砂糖消費量は一人1日ティースプーン50杯という途方もない量、日本人の4.5倍の量である。アメリカ人は甘いものを食べることで、心が癒されるとインプットされているのではないかとする。
しかし、郷土食にはおいしいものがあり、またレストランやホテルの朝食はおいしいとフォローする。
それはそうかもしれない。しかし、アメリカ料理のイメージはどうみても旨いといえないのも事実だ(03/3/12)。→ブログランキングへ

『ロビイストの陰謀』

ロビイストの陰謀 [DVD]
Casino Jack
監督:ジョージ・ヒッケンルーパー
脚本:ノーマン・スナイダー
製作:ゲイリー・ホーサム/ビル・マークス/ジョージ・ザック
製作総指揮:リシャール・リオンダ・デル・カストロ
製作国:アメリカ合衆国  2010年  112分 ★★★*

本作は、2006年に起こった「ジャック・エイブラモフ事件」をもとに作られている。この事件が、アメリカ政界を揺るがす大スキャンダルであったにもかかわらず、日本ではあまり大きく報道されなかったのは、ロビイストという存在が日本にはないため、あまり関心が持たれなかったからだろう。議会議員ら21人が有罪となるなど、ウォーターゲート事件に匹敵するアメリカ政界史上最大のスキャンダルとなった。
原題の『Casino Jack』は、主人公の名前ジャック・エイブラモフにかけている。

日本でロビイストが必要とされないのは、企業団体献金が認められているからだ。認められなければ、企業や団体は自分たちの利益を守るためにあるいは追求するために、画策する方法つまりロビイストが必要になるのではないか。

セブン(95年)』『アメリカン・ビューティー(99年)』『ライフ・オブ・デビット・ゲイル(03年)』などで好演した個性派ケヴィン・スペイシーが、強欲なロビイストを演じて作品に抜群のリアリティーを与えている。

特定の団体の代理として政治家や官僚と交渉し、政策や立法などを実現させるのがロビイスト。
大統領予備選でマケインを退け、ブッシュ共和党政権を誕生させたと言われる大物ロビイストのジャックは、ビジネスパートナーのマイケル・スキャンロン(バリー・ペッパー)と手を組み、私服を肥やしていた。
ジャックはユダヤ教徒。スカッシュで汗を流し、腹筋を鍛え、時間があればダンベルや重い本を持って腕を鍛えている。厚い信仰心を持ち、いつも体を鍛えてると自負する自信家である。

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ジャックは、マイケルに誘われ、カジノを経営する先住民族のチペワ族を騙して大金を得る。その後も少数民族に対する優遇政策に目をつけたふたりは、優力議員に金を握らせ、敵対する部族の要望を同時に受け、両方の部族から巨額の報酬を巻き上げる。
さらに、欲に目が眩んだふたりはフロリダのカジノ客船をギリシャ人から騙し取り、大学時代の友人アダム・キダン(ジョン・ロヴィッツ)に経営を任せる。しかし、キダンは元の経営者であるギリシャ人とのトラブルを解決するためにマフィアを雇い、ギリシャ人を殺害してしまう。

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ある日、配達されてきたマイケルの洗濯物を受け取った婚約者のエミリー(ラシェル・ルフェーブル)は、洗濯物の中に女性物の下着を見つけ、マイケルの浮気の動かぬ証拠をつかむ。これが、致命傷となった。エミリーは、腹いせにジャックとマイケルの悪事を洗いざらいワシントン・ポストに暴露し、ふたりはFBIに逮捕されてしまう。

公聴会はマケインが仕切った。作品の中で公聴会でのマケイン本人の映像がそのまま使われていてリアリティーがある。ジャックには6年の実刑が下された。

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ジャックが収監され、数年経ったある日、ジャックの恩赦の書類がブッシュの手元に回ってきたが、ブッシュはサインを拒否した。

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作中、ジャックの事務所にB級アクション映画『レッド・スコーピオン(1989年)』のポスターが目立つところに貼ってあるのは、ジャック・エイブラモフが、団体から巻き上げた金でこのシリーズ2作をプロデュースしたからである。
ジャックは、もともと性根がB級だったんですね。


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『沈黙の時代に書くということ』 ポスト9・11を生きる作家の選択 サラ・パレツキー

沈黙の時代に書くということ―ポスト9・11を生きる作家の選択
サラ・パレツキー 山本やよい訳
早川書房
2010年9月10日
1800円(+税)

本書は、女性私立探偵Ⅴ・Ⅰ・ウォーショスキー・シリーズ(ヴィック・シリーズ)の著者であるサラ・パレツキーの自伝的エッセイ集である。
本書のテーマは主に三つ、それは、著者の生い立ち、Ⅴ・Ⅰ・ウォーショスキーが誕生するまでの過程、著者の政治との関わりである。

ユダヤ系アメリカ人であることが、著者の主張や行動に大きな影響を及ぼしていることは明らかである。
ヴァージニア・ウルフ(→ 【2012.06.22】『めぐりあう時間たち』DVD)以来、<手に負えない女たち>は不当な性差別に抵抗してきた。著者もその流れの中にいる。いまだに、米国における女流ミステリ作家の地位は低いという。

著者の次の文章に、米国の変容に対しもはや黙っていられないという強い意志が込められている。
<秘密主義の侵略好きな政府になにをされるかわからないという恐怖から国民がささやき声で話すような国へと、わが愛する祖国が変貌しつつあるときに、何もせずに傍観などしていられない。p212>

9・11のあとの熱に浮かされたような数週間に、大した議論も交わされず、米国愛国者法が可決された。議会は浮き足立っていた。
愛国者法は、テロを未然に防ぐという大義名分のもとに、次のような強権的な内容をもつ法律である。
<愛国者法のもとでは、警察は令状を申請する理由を説明する必要はない。州検事にたいして、テロと関連があるかもしれない犯罪の捜査線上にわたしの名前が浮かんできた、と主張するだけでよく、それ以上はひと言の説明もいらない。令状をとるために、“相当な理由”を述べる必要もない。どのような証拠であれ、提示する必要もない。わたしを連行し、弁護士に連絡する許可も与えず、私自身に弁明を強要することができる。送検しないまま無制限拘留することもできる。家族に居場所を連絡するのを妨げることもできる。p190>
この米国愛国者法に基づく不当な逮捕者があとを絶たないという。

自由の国であったアメリカは、まるで全体主義国家になってしまったようだ。
本書は、常に敗者の側に立って行動しようとする著者の力強い意志が貫かれている。行間からは著者の怒りがひしひしと伝わってくる。

日本版に寄せて 拷問とスピーチと沈黙
序章
第一章 手に負えない女たち、もしくは、わたしが作家になるまでの経緯
第二章 キングとわたし
第三章 天使ではない、怪物でもない、ただの人間
第四章 iPodとサム・スペード
第五章 真実と嘘とダクトテープ

サラ・パレツキー オフィシャル・サイト

『アメリカの食卓』 本間千枝子

120517 アメリカの食卓
本間千枝子
文春文庫
1984年10月
ISBN4-16-736401-8
★★★★★

メリル・ストリープが演じるジュリア・チャイルドの映画を観ていて、前に読んだ話だと思った。
チャイルド夫人は一般向けのフランス料理の本を書き、テレビの料理番組に出演し、アメリカの家庭料理に革命をもたらしたと言われる人物である。
そして引っ張り出してきたのが本書。随分前に買った文庫で紙は薄茶色になっている。

料理番組の箇所は、次のように書かれている。
<彼女(ジュリア・チャイルド)の悠々迫らざるモノローグの説明はごく自然で、役者ぶりはまさに天下一品、まるでカメラを意識していない。動作の方も、失敗するまい、より良く見せようという、背伸びしたこせこせしたところがまるでない。何かを落としたり、置き忘れたり、見る方の側があれはミスだな、と気付くことをしでかしても、決してあわてたりしたことがなかった。私はいつしか彼女のスケールの大きな物腰や人柄に魅かれ、ファンになった。>
まさに著者が書いている通りのことを、映画のなかの白黒のテレビの画面に映っているメリル・ストリープが演じていた。

本書は、著者が1940年代後半からから70年代にかけて通算7年にわたるアメリカ生活で経験したアメリカ食文化についてのエッセイ集である。エッセイとはいっても、あとがきにあるように、アメリカの食を肌でとらえた著者ならではの視点に基づいた「アメリカ料理開拓史」のニュアンスがある。

ラフカディオ・ハーンの料理本を捜し求めるくだりや、その時代の随一の散文家と著者が折り紙をつけるM・F・K フィッシャー夫人に直接会いに行くくだりに、著者の何事に対してもとことん追求する姿勢がうかがわれる。
さりげなく引用される先人の箴言や食に対する言葉の数々、そして横溢せんばかりの著者の知識が、本書を格調高くしている。
【2012.05.15】『ジュリア&ジュリー』DVD

『あなたの知らないヒットブランド本当の話―なーんだ!47話』 ジャック ミンゴ

世界を席巻した商品、あるいはアメリカで売れ筋の商品の開発秘話集。

例えば、ジェロー。
レイモンド・カーヴァーの短篇『羽根』(『夜になると鮭は・・・』中央公論社刊に収録)に、パーティでデザートにジェローが出てきたら最悪だという夫婦の会話が出てくる。
アメリカの3/4の家庭の食品貯蔵庫に、少なくとも1箱のジェローが入っているというくらいポピュラーで、ウンザリする定番デザートのようだ。

あなたの知らないヒットブランド本当の話―なーんだ!47話
ジャック ミンゴ
大川修二 訳
東急エージェンシー出版部
1998年8月15日
ISBN 4-88497-068-3
★★★★☆

コーンフレークの開発秘話は苦笑ものだ。ケロッグ博士が目指したのは、性欲抑制食品の開発であったという。開発された味のないコーンフレークは売れ行きがよくなかった。
コーンフレークに砂糖を加えるよう提案した弟に、兄のケロッグ博士は砂糖は性欲促進剤であるとして猛反対した。弟が反対を押し切って砂糖を加え発売したところ、爆発的に売れた。このことで兄弟は仲違いしたという。
この逸話を思い浮かべなから、朝食のシリアルをカリカリやると、味わいもことさらだ。

スリーM社のポストイットは、中途半端にしかくっつかない接着剤の使い道を模索し続けた男の執念が実ったものだ。
「怪しげな肉」スパムは、豚肉の売れない肩肉をどうにかしようと開発された。
キャデラックにどでかい羽根がついたのは、社長がかっこいいと思ったからだという馬鹿げた話。
マールボロは女性向けタバコとして売り出されたものだった。
アメリカンフットボール選手用にゲータレードがフロリダ大学で開発される前までは、毎年50名の学生が熱射病で命を失っていた。
スティーブ・ジョブスは、同僚を出し抜くようなことを平気でやる、煮ても焼いても食えない男だった。
フォルクスワーゲンはヒトラーの後ろ盾で生まれた。
というような秘話が載っている。

「はじめに」で、<われわれに大変なじみの深い製品の多くは、実のところ風変わりなーというよりも、むしろひどく気狂いじみたー人物の、直感、当て推量、狂言から生み出されたのである。なぜかといえば、本当に新しいものを生み出すには普通と異なったものの見方が必要となるからだ。>と著者は書いている。
だからその逸話は面白い。

『底抜け合衆国』  町山智浩

底抜け合衆国: アメリカが最もバカだった4年間 (ちくま文庫)
町山 智浩
筑摩書房
2012年3月10日
ISBN978-4-480-42912-4

2000年末のブッシュ対ゴアの大統領選挙戦は、僅差でブッシュが勝った。
フロリダ州での票の再集計にもつれ込んだものの、共和党が多数を占める最高裁判所により再集計は差し止められた。
ブッシュの弟のフロリダ州知事ジェブ・ブッシュは、犯罪歴のある選挙人の票を無効にしたといわれている。
そのなかには犯罪を犯したことのない人物も含まれていたという。
ここから、アメリカの狂騒は始まった。
2001年には「9.11同時多発テロ」が起こり、アメリカは愛国者法を制定し全体主義国家のようになっていった。
9.11の黒幕はフセインであると煽り、イラクには大量破壊兵器があるとしてイラクに戦争をしかけた。
2003年3月、ブッシュ批判の急先鋒に立ったマイケル・ムーアが、アカデミー賞授賞式で数日前にイラク攻撃を開始したブッシュに対して、「ブッシュよ恥をしれ」と叫んだ。
そして2004年再び大統領選挙がやってきた。
ムーアはブッシュ再選阻止を叫んで『華氏911』を公開した。
にもかかわらず、なんのことはない、内外からあれほど批判にさらされたブッシュが再選されてしまうのだ。

間違っていようが、目を覆いたくなるような悲惨なことが起きようが、人殺しが起きようが、戦争になろうが、ジョークで笑い飛ばそうとするのがアメリカである。
著者はそんなスラプスティックな大衆国家アメリカを、豊富な知識と的確な視点で伝えてくれる。
だから著者のアメリカ批評は見逃せない。