アメリカ

『ネバーホーム』 レアード・ハンド

農場で暮らす主婦コンスタンスは、夫バーソロミューの代わりに北軍の兵士として南北戦争(1861〜1865年)に出征した。理由は夫の体が弱かったから。
女性が南北戦争に参加した記録はいくつもあり、そうした女性の手記を著者は片っ端から目を通したという。
コンスタンスが語るかたちで描かれていて、文法的には頼りないところもあるが、そのたどたどしさによって、かえって主人公の不安な胸の内や出口の見えない戦争の理不尽さが伝わってくるようだ。男の集団の中で、女であることを見破られてはならない、あるいは弱みは見せられないという状況が、特異な視点を生みだしている。

ネバーホーム
ネバーホーム
posted with amazlet at 18.05.13
レアード・ハンド/柴田元幸
朝日新聞出版 2017年12月
売り上げランキング: 145,384

コンスタンスはダーク郡出身のアッシュ・トムソンと名乗った。アッシュは射撃の腕前が優れていて、腕ずもうでは簡単に相手をやっつけた。

野営地の近くの沼の水を飲んで腹痛に見舞われ、10分に1回しゃがみこまなければならなくなったときに、バーソロミューから農場の土を送ってもらい、それを食べて治した。軍服を着た写真を送ったり、近況を報告したり、何度も書簡で夫とのやりとりをする余裕はある。
女性とバレはしまいかと気がかりで、2度にわたって同性に見破られはしたが、主人公の主観では男たちにはばれていない。
ある朝アッシュは人を撃った。まわりの男が撃たれて死んでいくことにも遭遇した。

戦闘で腕を負傷し腕がどんどん腫れた。意識が朦朧としたなか、もと看護婦の家にたどり着き。3週間たつと腕が使えるようになった。看護婦は一緒に暮らさないかと持ちかけた。そのレスビアン女の執拗な要求に従わなかったばかりにスパイに仕立て上げられ、瘋癲院での悲惨な生活を強いられた。

戦争は泥沼化し終わる気配がなかったので、コンスタンスは故郷に帰ることにした。
帰途の途中で、将軍のいとこが埋葬されている屋敷を尋ねると、品のいい女主人が手厚くもてなしてくれた。女主人の弟である中尉の手紙を見せてくれた。
「わが隊にには男に変装した若い女がいて、勇敢に戦い功績をあげていたが、女と発覚すると、いじめを受けた。その女がお前に会いに行く気がする」と書いてある。コンスタンスは高く評価してくれていたことに感激する。

郷里の牧場は無残に荒れ果て、ゴロツキの男たちがバーソロミューを顎で使っていた。コンスタンスはゴロツキどもを銃で撃とうと作戦をたてる。 →人気ブログランキング

『地下鉄道』コルソン・ホワイトヘッド

南北戦争を数10年後にひかえたアメリカの南部諸州が舞台。アメリカの暗黒の歴史を、SFの要素を加味して描き出す。

女奴隷のコーラは、シーザーに誘われてラヴィーとともにランドル農場を脱走した。途中で野豚狩りの白人たちに出くわしラヴィーが捕まった。コーラは逃げおおせたが、少年と格闘したさいに重傷を負わせ、白人殺しのお尋ね者として手配されることになった。
ランドル農場の主人は、シーザーとコーラの2人に高額の懸賞金をかけ、執拗に連れ戻そうとする。捕まれば、他の奴隷たちの見せしめに、とびきり派手な拷問と死が待っているのだ。コーラの想像を絶する過酷な逃亡劇が描かれていく。

地下鉄道
地下鉄道
posted with amazlet at 18.02.14
コルソン・ホワイトヘッド/谷崎由依 訳
早川書房  2018年12月
売り上げランキング: 6,294

コーラはアフリカから連れてこられて3代目の奴隷で、身寄りがない。母のメイベルが8歳のコーラを置き去りにして農園から脱走したからだ。メイベルは未だに捕まっていない。
コーラをはじめ、脱走を持ちかけたシーザー、サウス・カロライナでコーラに隠れ家を提供した白人の妻エセル、2メートル近くもある大男の奴隷狩り人リッジウェイの、ファミリー・ヒストリーが綴られている。ファミリー・ヒストリーが描かれることによって、物語に深みが出ている。
リッジウェイがコーラを執拗に追いかけるのは訳がある。ランドル農場で脱走を成功させた唯一の人間がコーラの母親である。コーラが引き継いでいる特別な血を、根絶やしにする必要があるのだ。

地下鉄道には、駅があり機関士と呼ばれる人物がいて、機関車が走っていることになっている。しかし、実際には鉄道があるわけではなく、地下鉄道は逃亡奴隷たちを逃がすためのネットワーク(秘密結社)のことである。ネットワークにかかわっていることが知られてしまえば、処刑される。
地下鉄道に乗ることができたからといって、奴隷州から脱出できるとは限らないが、地下鉄道は逃亡奴隷にとって北に逃れる唯一の手段なのだ。

ピューリッツァー賞、全米図書賞、アーサー・C・クラーク賞受賞作。さらに英ブッカー賞の候補でもあった。→人気ブログランキング

『インディアンの夢のあと:北米大陸に神話と遺跡を訪ねて』 徳田いつこ

著者はアメリカに在住していた頃、ロサンゼルスの歴史の浅さに馴染めなかったという。ロサンゼルスに住むことの収まりの悪さを、インディアンの遺跡に触れる旅で補っていたのかもしれないという。

アメリカの歴史を語るとき、よく言われることだが、西部開拓史の前は、一気に恐竜が跋扈する2億年前のジュラ紀・白亜紀までさかのぼり、故意にインディアンの歴史は抹消されている。
インディアンは太古からアメリカ大陸に暮らしていた。そこに、白人が新天地を求めてやってきた。黒人は白人の都合でアフリカから連れてこられた。一方、ヒスパニックは自分たちの意思でアメリカにやってきた。
にもかかわらず、インディアンは、黒人やヒスパニックよりも下、社会の最底辺に追いやられている。ネイティブ・アメリカンとしての誇りをズタズタにされている。
本書の目的は二つ。遺跡を通してインディアンが自然と共存していた過去に想いを馳せ、彼らのおおらかな生き方に触れることと、ネイティブ・アメリカンの友人たちの暮らしぶりを紹介することである。

訪れた遺跡は、〈1054年に起きた蟹座の超新星の爆発を描いた、ニューメキシコのチャコにある岩絵〉〈太陽の陽光と月の光を記録しするための壁に開けられた窓〉〈コロラド河畔に描かれている52メートルの大きさの人の地上絵〉〈サンタフェの岩絵に描かれた背中の曲がった笛吹き男ココペリ〉〈オハイオ南部ピーブルズにある全長410メートルの蛇の塚〉〈謎のピラミッドと呼ばれるモンクス・マウンド〉など。

遺跡を前にして、〈奇妙に懐かしい場所だった〉と書いているが、それは、あらゆる現代的なものをそぎ落とした、インディアンの素朴な生き様を目の当たりにすると、誰もが感じる懐かしさなのかもしれない。あるいは、著者がインディアンと同じモンゴル民族のDNAをもつ日本人だからかもしれない。
人気ブログランキング

『ヒルビリー・エレジー』 J.D.ヴァンス

アメリカの白人のうち、WAPS(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)と呼ばれる人々は、誇り高き白人という自負がある。一方、白人貧困層は、レッドネック(首筋が日焼けした白人)、ホワイトラッシュ(白人のゴミ)、ヒルビリー(田舎者)などと呼ばれている。
ヒルビリー出身の著者は、自らの半生を描くことで、大統領選でトランプ勝利の原動力となった白人肉体労働者の悲惨な状況を明らかにしている。

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち
J.D.ヴァンス/関根光宏・山田文 訳
光文社
2017年3月

18世紀に移民としてアメリカにやってきたスコッツ=アイリッシュ(アイルランド島北東部のアルスター地方から移住してきた人々のこと)は、アパラチア山脈周辺に住み着いたという。その人たちにとって、貧困は代々伝わる伝統であった。先祖は南部の奴隷経済時代には日雇い労働者として働き、その後はシェアクロッパー(物納小作人)、続いて炭鉱労働者になった。近年では、機械工や工場労働者になったという。ヒルビリーは閉鎖的な独特の文化を築いてきたという。他人とのいざこざ、場合によっては親戚同士のいざこざに、容易に銃が持ち出される。銃規制とは程遠い世界である。
ケンタッキー州東部、アパラチアの丘陵地帯ジャクソン出身の著者の家族は、自らをヒルビリーと呼んでいる。

著者は、子どものころ、勉強していい成績をとるのは、「お姫様」か「オカマ」のやることだと思っていたという。男らしさとは強さや闘いを恐れない心と、教えられた。もう少し成長してからは、女の子にモテるという項目がそこの加わった。ヒルビリーには反知性主義が浸み込んでいることがわかる。
そんな著者だったが、あるとき目覚め、高校を優秀な成績で卒業後、アメリカ海兵隊に4年間所属しイラクに派遣された。帰国後、オハイオ州立大学を1年11ヶ月で卒業した。次にイエール大学のロースクールに2年間在籍し弁護士の資格を得た。現在は、シリコンバレーの投資会社の社長を務める。

ジャクソンは、著者と姉と祖母のために存在するような場所だったという。ジャクソンにいるときは、町の誰もが知っているたくましい女性の孫であり、町でもっともいい車修理をする祖父の孫だった。一方、引っ越したオハイオでの著者の立場は、父に捨てられ、離婚と結婚を繰り返す薬物中毒の母親の子どもだったという。

世論調査の結果、アメリカで最も厭世的傾向にある社会集団は、白人労働階層である。また、アメリカのあらゆる民族集団のなかで、唯一、白人労働者階層の平均寿命だけが下がっている。さらに、アメリカでは地域により成功の可能性に偏りがあるという。貧しい子どもたちが苦境にあえぐ、南部やラストベルト(さびついた工業地帯)、そしてアパラチアでは、アメリカンドリームの実現は困難だという。

著者は次のようにヒルビリーの病理を説明する。
〈何年も後になってようやくわかったのは、どんな本も、どんな専門家も、どんな専門分野も、それだけでは現代のヒルビリーの抱える問題を、完全には説明できないということだ。私たちの哀歌は社会学的なものである、それは間違いない。ただし同時に心理学やコミュニティや文化や信仰の問題でもあるのだ。〉→人気ブログランキング

ルポ トランプ王国―もう一つのアメリカを行く /金成隆一/岩波新書/2017年

『短編小説のアメリカ52講』青山 南

アメリカは短編小説王国だ。本書は、NHKラジオ講座『英会話』のテキストに連載していた文章をまとめたもの。本として出版するさいに多くの注を書き加えた。文庫にする際その注をすべて本文に組み込んだという。

ウォレス・ステグナーによると、「アメリカの発明品が短編であり、特産品が短編である」(『偉大なるアメリカの短編小説』1957年)という。また、アイルランドの作家・フランク・オコナーは、短編小説はアメリカの"a national art of form"であると言った。なぜ短編小説はアメリカの国民芸術なのか?

アメリカが短編小説王国であるのは、オコナーによると、アメリカが"a submerged population group"から成り立つ国であるからだ。アメリカには、「人目につかない人たち」「隅っこに追いやられている人たち」がたくさん住んでいる。「不親切な社会で途方に暮れ、親切な社会など標準どころか例外であると思い知らされてきた先祖」、すなわち移民を先祖とする人が多いアメリカだからこそ、短編が栄えたというわけである。 短編には、社会からはぐれた者が、社会の隅っこをとぼとぼと歩いているところが描かれているという。

短編小説のアメリカ 52講 こんなにおもしろいアメリカン・ショート・ストーリーズ秘史 (平凡社ライブラリー)
青山 南
平凡社ライブラリー 2006年9月 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

『ザ・ベスト・アメリカン・ショート・ストーリーズ』がスタートしたのは1915年。エドワード・J・オブライエンがはじめた。
その理由は、映画や絵画や詩に対抗して、短編小説が質の低いものになってはいけないという危機感と、これがアメリカの短編だ、と誇れるような短編のサンプル集を作らねば、という使命感だったという。
1919年には、『O・ヘンリー賞受賞作品集』が刊行されている。

1980年代に、アメリカ短編小説界のルネッサンスがあった。
そのひとつは、1983年に、イギリスの文芸誌『グランタ』が、アメリカ短編小説の潮流の変化を伝えている。それは「ダーティ・リアリズム」という言葉に集約される。「ニューヨーカー的」な、お高くとまったテイストから脱却し、なんでもありになったということである。
もうひとつは、女流作家の台頭であり、その後、アフリカ系アメリカ人に門戸が開かれていないことが問題となった。このふたつの流れが、アメリカ短編小説界に起こったルネッサンスとされている。

小説家を志す者が大学の創作科の講座で学ぶというケースは、いまのアメリカではすっかり定着しているという。創作科の嚆矢はアイオワ大学で、1939年のことだが、いまや400を超える大学に創作科がある(2005年現在)という。
創作科という講座は、長いこと、胡散臭い目で見られてきた。それは、作家になるためには才能なり天分が必要で、文章の書き方の教育を受けたからどうこうなるものではない、という考えが根強いからだ。
アイオワ大学創作科を出て小説家になるのは1%でしかない。

アイオワ大学の案内書によれば、出版社や批評家からそれなり評価を得ている現役作家たちの、なんと1/4から1/3が、大学となんらかの形で関わったか、いまなお関わっているという。旅のガイドブックには、アイオワ・シティを舞台とした現代小説が、50以上もあると書かれているとのこと。

1998年に、レイモンド・カーヴァーの作品のほとんどはゴードン・リッシュとの合作だというショッキングな記事が、『ニューヨーク・タイムズ』紙に掲載された。リッシュは1969年から77年まで『エスクァイア』の編集長だった。カーヴァーの作品にはリッシュの手がかなり入っていて、それは改竄にも等しいという。
最初の頃はともかく、カーヴァーはリッシュに辟易していたという。
カーヴァーの作品には、長いヴァージョンと短かいヴァージョンのある作品とか、中身は同じなのにタイトルが異なる作品、などの不可解な点があるが、それはカーヴァーとリッシュとの関係がもたらしたのだ。→人気ブログランキング

『ラフカディオ・ハーンのクレオール料理読本』

本書は約130年前に、ラフカディオ・ハーンが書いた『クレオール料理』の抄訳である。抄訳とする代わりに、ハーンがクレオールの諺をまとめた『ゴンボ・ゼブ』から食べ物に関するいくつかの諺を載せ、さらにハーンが新聞に書いたエッセイやイラストも採用されていて、飽きさせない構成になっている。
1998年にTBSブリタニカより発刊された同名の本の復刻版。

ハーンは明治時代(1890年)に来日し、松江で英語教師として教鞭をとり、日本人女性と結婚し、帰化して小泉八雲と名乗った。その後、ハーンは東京帝国大学で英文学を教えるようになり、怪談話を執筆したり日本文化を英語圏に紹介したりした。こうした日本での業績は知られているが、アメリカでのハーンについてはあまり知られていない。
ハーンがなぜクレオール料理の本を執筆したのか、そのあたりのことは、冒頭の「ハーンとクレオール料理」で、監修者が紹介している。

復刻版 ラフカディオ・ハーンのクレオール料理読本
ラフカディオ・ハーン/河島弘美 監修  鈴木あかね 訳
CCCメディアハウス
2017年3月

ハーン(1850年〜1904年)は、1850年にアイルランド人でイギリス陸軍医の父とギリシャ人の母との間にギリシャで生まれた。そのあと、一家はアイルランドに引っ越すが、母親が土地の暮らしに馴染めず帰国してしまい、また父親は別の女性と結婚してしまった。ハーンは大叔母に引きとられ少年時代を過ごすが、大叔母が破産したため、19歳でアメリカに渡った。オハイオで職を転々としたのち、27歳でニューオリンズの新聞記者として活躍しはじめた。その活躍ぶりは、〈当時ハーンの書いた文章を見ると、センセイショナルな犯罪記事をはじめ、物語、エッセイ、文芸評論など驚くほど多方面に及んでいる。〉と書かれている。

ハーンはニューオリンズのクレオール文化に興味をもった。美味しい料理を提供してくれるコートニー夫人と出会い、食べることになみなみならぬ関心を示したという。ハーンは、1884年にニューオリンズで開かれる博覧会に向けて『クレオール料理』を執筆した。その内容は、〈およそ家庭で作ろうとする食物でここに載っていないものがあろうかと思うほどである〉という。

クレオールとは、ルイジアナ地方に入植したフランス人とスペイン人およびその子孫をさすが、一般的にはフランス系やスペイン系の人々と有色人種の間にできた混血の子孫をも意味するようになった。さらに、クレオール料理とは、ニューオリンズ地域に発達した複数の食文化が混合してできあがった料理のことである。

本書にはレシピのみならず、料理の基礎から盛り付け、ワインの選び方まで料理全般について書かれている。例えば、美味しいパンを作るためのイースト菌の保存の仕方とか、亀のさばき方とか、冷静肉を美味しく盛りつける方法など。
冷蔵庫がない時代なので、防腐の意味合いもあるのか何種類ものピクルス料理が紹介されている。そのなかに、〈卵のピクルス〉というのがあって、要するにゆで卵の酢漬けなのだか、「冷製肉の付け合わせとしてこれに勝るものはないというほど」だそうだ。

獣肉・鳥類・鹿肉料理のための45種類のソースが紹介され、ケーキやお菓子、デザートにはかなりのページ数(全体の1/3以上)が割かれている。
もちろん、現在も使えるレシピである。→人気ブログランキング

食べるアメリカ人』 加藤裕子 13/03/11
アメリカの食卓』  本間千枝子 12/05/18
ジュリー&ジュリア』 (DVD) 12/05/15
クスクスの謎―人と人をつなげる粒パスタの魅力 』 にむら じゅんこ 12/04/08

『現代アメリカ宗教地図』藤原聖子

生活において「神が重要」と答えたアメリカ人は54.2%と、先進国では飛び抜けて高い。ちなみに日本は5.4%。アメリカは宗教の国である。

アメリカ人の各宗教との関わりを人口比率で見ると、プロテスタント51.3%、カトリック23.9%、モルモン1.7%、エホバの証人0.7%、正教0.6%、ユダヤ教1.7%、仏教0.7%、イスラム教0.6%、ヒンドゥー0.4%、リベラル度の強いクリスチャン0.7%、無所属(無神論、不可知論など)16.1%、わからない0.8%、となる。キリスト教が75.8%を占めている。
本書の特徴は、ユーチューブからの情報を多用していることである。

現代アメリカ宗教地図 (平凡社新書)
藤原 聖子 (Fujiwara Satoko
平凡社新書 2009年8月

アメリカの政教分離は、国家は特定の宗教を優遇しないことを示すだけで、政治の領域から宗教を排除することを意味しない。
アメリカの信仰の自由とは、どこでも祈る場所を提供することである。

宗教上の保守は父親は外で働き、母親は専業主婦として家庭を守る。性のモラルをはじめとする道徳を強調する。
対して、リベラルは道徳よりも「反差別」に重きを起き、女性、民族・人種的マイノリティ、性的弱者の差別に反対する。国際問題や環境問題にも関心が高い。
保守は、聖書を神の言葉と絶対視しその言葉を文字通り受け取る。世界は神が創造したと信じ、進化論を否定する。天国と地獄の存在や近未来の終末の到来を信じ、天国での救いを最大の目標とする。教会に熱心に通う。
同性愛に反対し、人工中絶に反対し、公立高校に宗教教育の導入を求め、そうしたことを政界に働きかける。
宗教上のリベラルには二つのパターンがあって、リベラル派プロテスタントと呼ばれる人たちで、聖書は人が書いたものと認識している。もうひとつは、東洋の宗教やヨガやスピリチャルなものにひかれているという人たちである。

保守派プロテスタントが目指しているのは、古き良きアメリカを取り戻すことである。
「文化戦争」という言葉が、使われるようになったのは1990年代で、冷戦終結が影響している。保守派の敵が、共産圏から国内のリベラル派に移ったことによる。
人工中絶、同性婚や同性愛者の権利を認めるか、公立学校での宗教的祈りや反進化論教育などを認めるかが争点になっている。

クリスチャンシオニズムという保守派プロテスタントの考えは、イスラエルとパレスチナ紛争をハルマゲドンの始まりと捉え、敵であるユダヤ教徒を支援すれば、終末が近づき敬虔なクリスチャンである自分たちが救われる日が近づくとする。アメリカがイスラエルを支援する理由はここにあるという。
保守派プロテスタントは、ユダヤ教徒はいずれはキリスト教に改宗し、そうでなければ死滅すると考えている。
保守派プロテスタントは、自分たちの宗派以外は天国に行けないと信じているから、改宗を促す。
なんという都合のいい考え方なのか。
何かと面倒を引き起こすのは、保守派プロテスタントということだ。→人気ブログランキング

仏像図解新書/石井亜矢子・岩崎隼/小学館101新書/2010年
日本の10大新宗教/島田裕巳/幻冬社新書/2007年
現代アメリカ宗教地図/藤原聖子/平凡社新書/2009年
完全教祖マニュアル/架神恭介・辰巳一世/ちくま新書/2009年
ふしぎなキリスト教/橋爪大三郎・大澤真幸/講談社現代新書/2011年

『沈みゆく大国アメリカ』堤 未果

国民皆保険制度は、かつてヒラリー・クリントンが手がけたが、保険業界の猛烈な反発で潰された。
しかしオバマ大統領は成し遂げたのだ。
アメリカ国民全員に医療保険の加入を義務づける「医療保険制度改革法」通称オバマケアは、2014年に施行された。多くの人々はオバマに賛辞を送った。

沈みゆく大国アメリカ (集英社新書)
堤 未果(Tsutsumi Mika
2014年11月
売り上げランキング: 206

アメリカには、もともと65歳以上の高齢者と障害者・末期腎疾患患者のための「メディケア」と、低所得者のための「メディケイド」という公的保険制度があるが、それ以外の人はオバマケアに入ることになった。
保険会社は保険に入ろうとする者に持病があっても拒否できない。
こうして国民皆保険制度が始まったのだが、蓋を開けてみれば矛盾だらけ、企業が儲かるシステムになっていた。
保険会社や投資会社からの人材が、政府のブレインとしてオバマケアを設計し、まるで回転ドアをくぐるように、もとの会社に戻っていった。投資会社と薬剤会社と保険会社に金が流れるシステムを作ったのだ。

政府が薬価交渉権を持たないアメリカでは薬は薬剤会社の言い値で売らる。
今も、一度の病気で医療費が支払えず破産するケースは珍しくないという。
株式会社は医療保険であろうと何であろうと、利益を貪欲に追求する。医療や介護は社会主義的なシステムにすべきなのだ。

オバマケアはリーマンショックと同じ、富が少数の大企業に集中する仕組みであるという。この点が著者が最も危惧することである。
リーマンショックの発信源ゴードマンサックス社は、大きすぎて潰せない(Too big to fail)という理由で生き残り、今も膨大な利益を上げている。それを習うかのように、オバマケアが承認されて以来、保険業界では合併につぐ合併が繰り返されているという。

医者サイドにはなにが起こったか?
オバマケアの患者を診療すると、医師は複雑で膨大な量の書類を作らなければならない。書類に少しでも不備があると支払いを拒否される。したがって、オバマケアの患者を診療拒否する医師が急増している。
過剰労働と睡眠不足、訴訟に備える高額の保険料、抱える訴訟などのストレスで医師の自殺率は高い。

日本の医療は国民皆保険制度に支えられ、誰もがどの医療機関にも自由に受診することができるフリーアクセスが建て前となっている。薬剤と診療報酬の値段は政府が決めている。
欠点はあるとしても、世界に冠たる医療保険制度であると著者は讃えている。→ブログランキングへ
→【2011.10.11】『ルポ 貧困大国アメリカ II 』堤 未果

『首のたるみが気になるの』 ノーラ・エフロン著 阿川佐和子訳

著者は、脚本家で映画監督。
映画『恋人たちの予感』(89年)、『めぐり逢えたら』(93年)、『奥様は魔女』(05年)、『ジュリー&ジュリア』(09年)などの脚本や監督として活躍した。2006年に本書を発表したとき著者は65歳、その後2012年、71歳のときに白血病で亡くなっている。大胆で潔く、キュートでユーモアたっぷりのエッセイ集である。
訳者は、インタビュアーの大御所となった阿川佐和子。

首のたるみが気になるの
ノーラ・エフロン著/阿川佐和子訳
集英社
2013年9月  ★★★★★

老いは素晴らしいなどと書いている本があるが、そんなことをいう人を信じられないという。人生の舞台を降りつつあることが素敵なんてことは、一体何を考えているのか。若い時の方がいいに決まっているというのが潔い著者の言い分。

そうは言っても、アンチエイジングには人並みの興味を持っている。フェイスリフトしようとコラーゲンを注入したりボトックスでシワをなくしても、首のたるみは隠せないから、タートルネックを愛用しているという、しかも黒。寄る年波に打ち勝とうとする涙ぐましい努力の数々を挙げている。

著者は、ジュリア・チャイルドの料理本のレシピを半分は作ってみたいうから、かなりの料理好きであることがうかがわれる。それが、映画『ジュリー&ジュリア』のアイデアにつながったのだろう。料理に関してはことさら饒舌である。

JFKが大統領時代にホワイトハウスの研修生と18カ月もの間不倫関係にあったというスキャンダルは、その研修生ミミ・ファームストックが、2003年5月にマスコミに明らかにしたことで一気に沸騰した。著者もミミと同じ頃に研修生だったという。本当か嘘かわからないが、当時ホワイトハウスで働いていた若い娘のうちで、JFKが手を出さなかったのは著者だけだという。ユダヤ系だからか。それは著者にとって良かったことなのか悔やむべきことなのか、ユーモアを交えて書いている。

成長するまでに母から少なくとも500回は「すべてはネタなのよ。メモを取りなさい」と教えられたという。直球を投げる著者の生き方は失敗も多いだろうけれど、それこそネタになることも多そうだ。失敗は逃さずネタとしてメモをし、それらを元に脚本を仕上げ映画を作り、そして本書を書いたのだろうね。人気ブログランキング

『アルゴ』 アントニオ・メンデス×マット・バグリオ 

アルゴ (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) (ハヤカワノンフィクション文庫)
アントニオ・メンデス マット・バグリオ
真崎義博 訳
2012年10月

本書は、2012年度のアカデミー賞作品賞を受賞した、ベン・アフレック監督の同名映画『アルゴ』の原作である。
通称トニーと呼ばれる著者のアントニオ・メンデスは、CIAの偽装工作のスペシャリストである。
ノンフィクションではあるが、偽装工作のノウハウがところどころに差し込まれて描かれていて、上質のスパイ小説として読むことができる。
まさに「事実は小説より奇なり」を地で行く奇想天外な話である。

1979年、テヘランのアメリカ大使館が暴徒化した学生たちに選挙され、その後444日にわたり大使館員が拘束された事件が起こった。
この時、アメリカ大使館から逃れてカナダ大使公邸に、逃げ込んだ男女6名のアメリカ大使館員がいた。
彼らは過激派に見つかれば、アメリカ人スパイとして処刑されることは間違いがない。

1980年1月、この6名をイラン国外に脱出させるための作戦が行われた。それがアルゴ作戦である。
カナダ政府が、アメリカ大使館員6名(本書では、このあと客人と記載される)をカナダ国籍とするパスポートの偽造を承諾した。
これには、トニーは巨大化したアメリカ政府はこんな粋な決断は出来ないだろう。カナダは小回りの効く政府だと賞賛している。
トニーが思いついたシナリオは、客人をカナダ人映画ロケハンとして、脱出の前日にイラン入りしたものの、イラン当局の撮影許可が下りず、翌日にはスイスに向け出国するというもの。映画はアルゴというタイトルのSF映画である。
ハリウッドにはアルゴ用の事務所が開設された。事務所には出演希望者の問い合わせがあり、雑誌の取材を受けアルゴの記事が掲載された。こうして偽装工作は着々と進んでいく。

なぜ、映画のロケハンが選ばれたのか。ロケハンがどのようなことを行うか、普通の人は見当もつかない。しかも、「アルゴは、中東の神話と、宇宙船と、遥か彼方の世界をミックスした話」、こんな話はイラン人でなくとも理解できない。客人が自らの役割を頭に叩き込んでおけば、問い詰められて思いつきで答えてもボロは出ない。
かくして、客人プラス、トニーはチューリッヒ行きの旅客機に乗り込みイランからの脱出に成功する。

後日談は、6名がイランにいた時に思い描いたものとは異なっていた。
アメリカ国務省は、6名が脱出したことがイランに知られないように、アメリカ大使館に拘束されている人質が解放されるまで、6名の身柄をフロリダ海軍基地に拘束することにした。
しかし、モントリオールの新聞がこの事件を嗅ぎつけて公表してしまう。こうなれば隠しても無駄である。
アメリカは大統領をはじめマスコミがカナダに対して、感謝の意を繰り返し表すことになる。
しかし、CIAの関与やアルゴ作戦については、18年間、極秘事項として封印された。

アルゴ作戦が成功した理由を、著者は次のように書いている。
嘘にしてもあまりにもクレージーな話なので、チェックのしようがなかった。正気の諜報員なら誰も選択しないような架空の話だったのだ。そこにこそ、この作戦の美しさがあった。→ブログランキングへ