ミステリ

『そしてミランダを殺す』ピーター・スワンソン

見知らぬ女に男が妻殺しを相談するという、現実にはありそうにない設定で話がはじまるが、すんなり受け入れられるのは、著者の巧みな構成力と卓絶した筆力によるのだろう。大胆な展開と予想だにしない結末が待っている。本書はすべての章が登場人物たちのモノローグの形をとっている。映画化の話が進んでいるという。

テッドはヒースロー空港のバーでジントニックを飲みながら、ボストン行きの飛行機の出発を待っている。そこに面識のない女・リリーが声をかけてくる。
テッドはインターネット関連会社に投資し成功した実業家だ。
酔いも手伝ってか、結婚して3年になること、ボストンに住んでいること、メイン州の海辺の土地を買い新居を建てていること、建築現場で妻のミランダと建築業者ブラッドとの不倫を目撃したことを打ちあけた。

そしてミランダを殺す (創元推理文庫)
そしてミランダを殺す
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ピーター・スワンソン/務台夏子
創元推理文庫
2018年2月 10✳︎

 

 

ミランダは他人を利用し、自分のルックスを頼りに生き、もらえるものをもらって満足している浅薄な女。この先、生きていても何人もの男を不幸に陥れる人生を送る。人間はいずれ死ぬのだから、殺しても何も問題がないというのが、リリーの強引な論理。

テッドはリリーに同調し、ミランダは殺さなければならないモンスターだと思うようになる。こうして奇妙な共犯関係が成立する。なぜ妻の殺害に手を貸すのかとのテッドの疑問に、リリーは全てが終わってから、話すと約束するのだった。テッドはミランダに好意を寄せ、リリーもテッドとの関係を好ましく感じている。

ストーリーが進むにつれて、殺人に痛痒すら感じないリリー、自らの欲望のために男を食い物にするミランダ、そのふたりに振り回される哀れなテッドとブラッドという構図が見えてくる。リリーとミランダは、最近話題となっているサイコパスという人格障害だろう。

同じ場面を時間を巻き戻して、別の人物の視点から語るという手法を使っている。この手法により、読者は登場人物のひとりの目では理解しがたい事象の核心部分を表と裏から見ることができるのである。→人気ブログランキング

サイコパス/中野信子/文春新書/2016年

『マルタの鷹』ダシール・ハメット

『マルタの鷹』は、アメリカの大衆向け雑誌『ブラック・マスク』に1929年9月号から1930年1月号に連載され、同年に単行本として発刊された、ハードボイルド探偵小説の嚆矢である。アウトロー探偵サム・スペードが、美女の頼みごとを引き受けたばかりに厄介に巻き込まれる。登場人物のキャラクターが見事に描き分けられていて、早いテンポで話が進んでいく。3度(1931年、36年、41年)にわたって映画化されている。
ただただ傑作と言わざるをえない。

マルタの鷹〔改訳決定版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
マルタの鷹
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ダシール ハメット/小鷹信光
ハヤカワ・ミステリ文庫(改訳改訂版)
2012年

女はサンフランシスコの私立探偵サム・スペードに妹の捜索を依頼する。妹と駆け落ちしたというサーズビーと、サーズビーを尾行したスペードの同僚アーチャーは銃で撃たれて殺される。アーチャーの妻と不倫関係にあったスペードは警察に殺人の容疑をかけられてしまう。

妹の失踪は作り話で、しかもその女ブリジッド・オショーネシーは偽名を使っていた。オショーネシーはスペードに近づいた本当の理由を明かさない。
そのあと、スペードにカイロという男が接触してきたのは、スペードがオショーネシーから何かを聞き出しているとみたからだ。カイロはスペードに黒い鳥の装飾品を見つけ出したら5000ドル払うという。

さらに脂肪肥りのガットマンが手下にスペードを尾行させる。
このあたりでスペードの前に現れた人物たちの目的は、マルタ騎士団が所有していたという宝石を散りばめた莫大な価値がある装飾品を手に入れることだとわかる。

ガットマンはロシアの将軍が装飾品を所持していることを掴み、カイロ、サーズビー、オショーネシーを代理人として装飾品を手に入れようとしたが、3人はそれを自分のものにしようと策を弄したという。装飾品の表面には宝石を隠すため黒いエナメルが塗られていてる。
それぞれが自分が掴んでいる情報を明かさず、装飾品をめぐって探り合いを繰り広げている。

やがて、スペードのオフィスに胸に銃弾を受け血を流している男が飛び込んできて、スペードに包みを渡したあと事切れた。その包みから装飾品が出てきた。
3人も殺された事件を警察が黙っているはずがない。
スペードは、ガットマンとその手下、カイロとオショーネシーを前に、3人の殺人事件の犯人を警察に提供して、この事件に幕を降ろすことを提案する。装飾品のことが警察の知るところとなれば、事の収拾がつかなくなるというのが理由だった。
ここから、スペードと悪党たちとの駆け引き、警察の執拗な操作が佳境に入っていく。→人気ブログランキング

『日曜日の午後はミステリ作家とお茶を』ロバート・ロプレスティ

主人公のレオポルド・ロングシャンクスは50歳のミステリ作家。
「事件を解決するのは警察。ぼくは話をつくるだけ」と言いつつ、警察の捜査にしばしば口を出し、ある時は警察に制され、ある時は見事な推理を披露する。そして警察とのやりとりのなかに、作品に使えそうなギミックがないかとアンテナを張っている。
シャンクスの妻コーラはロマンス作家として売り出したばかり。結婚20年目で、適度に仲が良くジャブ程度の軽い嫌味を言いあう。
安楽椅子探偵ものあり、事件の推移を見物するだけのものあり、ショートショートあり、深刻でない内容の牧歌的な14の短篇からなるコージーミステリである。

日曜の午後はミステリ作家とお茶を (創元推理文庫)
ロバート・ロプレスティ/高山真由美
創元推理文庫 2018年 ✴8

・シャンクスはロマンス作家としてデビューしたコーラの雑誌インタビューに同席する。インタビューは当たり障りのない内容で進み、カフェの窓の外では詐欺事件が起こり、警察がやってきて犯人が逮捕される。「シャンクス、昼食につきあう」
・ミステリ作家のコンベンションで、素人作家が酒をおごるから謎を解いてくれと数人の作家に持ちかける。議論百出し、シャンクスが誰も使ったことのないギミックを語る。「シャンクスはバーにいる」
・誤認逮捕された知り合いを助けるためにハリウッドに乗り込み、事件の謎を解く。「シャンクス、ハリウッドに行く」
・強盗に財布を盗まれたシャンクスは、凝りに凝った罠で犯人を撃沈させる。「シャンクス、強盗にあう」
・シャンクスが住む住宅街の車上荒らしが捕まる。盗品のマシンピストルがどこの家の車から盗まれたのかシャンクスが推理する。「シャンクス、物色してまわる」
・ミステリファンが集うイベントで起きた『マルタの鷹』の初版本紛失事件。「シャンクス、殺される」
・ATMから金を引き出そうとした男のキャッシュカードが機械に飲み込まれる謎を解く。「シャンクスの手口」
・シャンクスは 先達の文章をオーディブック聴き体に染み込ませ、文章をひねり出した。それが盗作だと電話の主は言う。電話の主は先達のゴーストライターだった。「シャンクスの怪談」
・馬の誘拐事件。「シャンクスの牝馬」
・シャンクスは町の建物の前の状態も前の前の状態も、上書きされずに覚えているという特技を持っている。その記憶力が強盗逮捕に役立つ。「シャンクスの記憶」
・出身大学の図書館で殺人事件が起き、寄贈したジャンクスの本がなくなった。「シャンクス、スピーチする」
・シャンクスはタクシーの運転手に妻の善意を気づかせる。「シャンクス、タクシーに乗る」
・ウィンドウズの技術サーポートから、マルウェアに感染してると電話で言われ、パソコンの遠隔操作を促されるが、シャンクスは詐欺と気づき撃退する。「シャンクスは電話を切らない」
・シャンクスは資産家の未亡人の夫の座を狙う男に忠告する。「シャンクス、悪党になる」
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『未必のマクベス』早瀬 耕

急速に成長を遂げたIT系企業のジャパン(J)プロトコルに勤務する中井優一は、東南アジアの主要都市に交通系ICカードを普及させる仕事に携わっていた。優一は高校の同級生で同僚の伴浩輔とともにバンコクでの商談を成功させた。優一は娼婦から「あなたは、王として旅を続けなくてはならない」と告げられ、その後ことあるたびにこの言葉を思い出すことになる。

未必のマクベス (ハヤカワ文庫JA)
未必のマクベス
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早瀬 耕
ハヤカワ文庫JA
2017年 ✳︎7

商談を成功させたものの、優一は香港(HK)プロトコルのCEOに出向させられる。HKプロトコルは仕事らしい仕事は何もない、幽霊会社である。優一が手に入れた極秘文書には、HKプロトコルの歴代COEの悲惨な最期が書かれていた。それは行方不明や自殺である。
優一はJプロトコルに対して自分がスケープゴートにされるかもしれないという恐怖を抱くようになり、周りの人間が信用できなくなる。

そんなおり、高校の同級生だった鍋島冬香が優一に宛てたUSBを入手する。
冬香は高校卒業後、大学の数学科に進み、新鋭の数学者として香港大学の准教授となっていた。そしてHKプロトコルで暗号を担当していたが、暗号解読キーに関わるミスで会社から命を狙われるようになった。冬香は優一にJプロトコルを潰して欲しいと訴えていた。そして優一に安全な場所に行くまで誰も信じてはならないと忠告した。卒業以来、優一は冬香を1日たりとも忘れたことはなかったのだ。

優一は殺られる前に手を打とうと、危うい手を使ってHKプロトコルに莫大な利益をもたらす。さらに、自分と冬香の身を守るために大胆な行動に出る。

本書は『マクベス』のストーリーが幾度か語られる。
そのあらすじは、マクベスとバンクォーは反乱軍との戦いで勝利を収める。マクベスは夫人と共謀して王を殺害し王位に就くが、精神的な重圧に耐えきれず暴政を行い、バンクォーを暗殺する。夫人は狂って死に、マクベス自身はバンクォーの家臣らの復讐に倒れる。魔女たちが狂言回しの役割をして物語は進み、マクベスは魔女たちの予言に振り回される。
ここで、『マクベス』の登場人物に、本書の登場人物を当てはめてみる。マクベスは中井優一、バンクォーは伴浩輔だろう。魔女は優一に予言めいたことを囁いた娼婦だ。では、マクベス夫人は誰なのか?それは最後の最後に明かされる。→人気ブログランキング

→『マクベス』W・シェイクスピア

『元年春之祭』 陸 秋槎

古代中国を舞台に、ふたりの少女が推理合戦を展開するフーダニットもの。
知的でおおらかでコミカルに始まるものの、話が進むにつれて非情で残酷になっていく。
著者の専攻テーマだった漢籍がところどころに挟み込まれ、前漢時代の中国にタイムスリップさせてくれる、少女コミック風のミステリ。
著者の陸 秋槎(りくしゅうさ)は、1988年、中国・北京生まれ。現在、金沢市在住。2014年、復旦大古籍研究所在学中に短編ミステリ『前奏曲』を発表し、第2回華文推理大奨賽の最優秀新人賞を受賞。2016年、本作で長編デビュー。

元年春之祭 (ハヤカワ・ミステリ)
陸 秋槎/稲村文吾 訳
ハヤカワ・ポケット・ミステリ
2018年 ✳︎6
売り上げランキング: 18,022

古例の見聞を深めるため観家に滞在していた17歳の於陵葵(おりょうき)と、観家の当主の娘・同い年の観露申(かんろしん)は、出会ったばかりなのに友情で結ばれる。露申は葵に過去の一族の凄惨な殺人事件を打ち明ける。

楚国の貴族の末裔であった観家は、漢の世に身の置き所がなく、人里離れた雲夢澤(うんぽうたく)で絶えず居を移していた。傍系の家系は雲夢を離れていったという事情がある。
葵はいくら学問を積んで武道を習得して古代の賢人の真似をしても、育ちを変えることはできないと嘆く。それなのに立派な血筋の露申のあまりの出来の悪さに失望したという。そんな露申を葵はからかったりいじめたりして激昂させたくなる。
このあたりまでは、少女コミックの小説版というノリである。

事件とは、4年前の天漢元年(紀元前100年)、かつて楚国の祭祀を司っていた名門の観家の人々が春の祭の準備をしていたさなか、露申の伯父、伯母、従弟が何者かによって殺された。しかし犯人は見つからないままになっていた。

漢籍の研鑽を積んだ聡明な葵は事件の解決を引き受けるが、目の前で新たな殺人事件が起こってしまう。
そして、葵と露申は事件の全容を解明する推理合戦を繰り広げる。事件のバックグラウンドには、観一族と豪族だった葵のそれぞれの宿命があった。→人気ブログランキング

『ブルーバード、ブルーバード』アッティカ・ロック

東テキサスの田舎町で、シカゴからやってきた黒人の男性弁護士と地元の白人女性の遺体が、町を流れるバイユーで相次いで発見される。白人が殺されてその報復として黒人が殺されるのが通常の順番であるが、逆だった。捜査にあたるのはテキサス・レンジャーに所属する黒人のダレン・マシューズ。

町には黒人の老女が経営するカフェと、大きな通りを挟んで白人の金持ちの邸宅が向き合っている。その白人はバーのオーナーで祖先はこの町を作った。
ダレンは殺された男の妻とカフェで知り合い事件を解決しようとする。黒人の公共施設利用を制限する「ジム・クロウ法」が廃止になって50年たっても、東テキサスの人種差別は以前と大して変わらない。

ブルーバード、ブルーバード (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
アッティカ・ロック/高山真由美
ハヤカワ・ポケット・ミステリ
2018年12月 ✳︎10
売り上げランキング: 49,912

ダレンは伯父が黒人で初めてのテキサス・レンジャーになったという名門の出なのだが、親族同士に確執があり、ダレン自身も妻とうまくいっていない。ダレンの農場で働く管理人の孫娘に嫌がらせをするクズ白人が銃で殺され、事件に関わった嫌疑で、ダレンはレンジャーを停職中なのだ。殺された白人は過激な人種差別組織に属し、その組織の通過儀礼は黒人を殺すことである。KKKよりもタチが悪い組織だ。

被害者の女性は白人が集まるバーで働いていた。殺された男が最後に酒を飲んでいた場所だ。ふたりは話をして男は女を家に送っていった。
妻を迎えにきた夫はふたりの仲を勘ぐって逆上し男をツーバイフォーの角材で殴って殺した。そのあと数日して夫が妻を絞殺したというのがダレンの推理だ。夫は数か月前に刑務所を出所したばかりで、刑務所内で人種差別組織のメンバーと接触したのではないかとダレンは疑った。
しかし、事件の真相は単純ではなく、過去に起こった愛憎劇が複雑に絡んでいた。

6年前にカフェの女店主の夫が銃で撃たれて殺されてるが、犯人は逃亡した3人の白人男性という目撃者の証言により、事件は捜査されないままになっている。人種に絡んだ事件が起こると東テキサスの田舎町の特殊なルールがまかり通るのだ。
ダレンはテキサス・レンジャーの誇りと意地で、妥協を拒否し事件の真相を明らかにしようとする。

物語には、歌詞やジュークボックス、エレキギター、バンドマン、演奏旅行などが描かれていて、まるでBGMにブルースが流れているようだ。
犯罪における人種差別を黒人の目からあぶり出した傑作だ。本作は2018年の3つの主要ミステリ賞(米探偵クラブ賞、英ダガー賞、米アンソニー賞)を受賞した。→人気ブログランキング

『ナイルに死す』アガサ・クリスティー

本作品は1937年に発表された。
約1世紀前のナイル川クルーズに同乗しながら、ストーリー運びの巧みさと犯人当て推理を満喫することができる。船上ミステリの元祖である。
犯人をよもや疑われないだろうという安全域においておく一人二役系。

膨大な財産を相続したリネットに親友のジャッキーが婚約者のサイモンを紹介すると、貴族との婚約が決まりかけていたリネットはサイモンを気に入ってしまい、ふたりはさっさと結婚してしまう。婚約者を奪われたジャッキーは、サイモン夫妻の前にストーカーのように頻回に現れ、復讐の機会を狙っている。しかもピストルを持参している。
ジャッキーは夫婦のエジプト旅行に姿を現し、夫妻が偽名を使ってジャッキーを振り切ろうとしたナイル川クルーズにも参加したのだった。
なぜ、極秘にしている夫婦の行き先をジャッキーが察知できるのか?

ナイルに死す (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
ナイルに死す
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アガサ クリスティー/加島祥造
ハヤカワ文庫 2003年 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
売り上げランキング: 10,845

リネットの財産管理人はやましいところがあるから、アメリカからエジプトに駆けつける。気むずかしいアメリカの富豪の夫人とその従姉妹でリネットの父親によって破産に追い込まれた一家の娘、官能小説で有名な女流作家とその娘、さらに社会主義運動に関わる男やテロリストとそれを追う英国特務機関員の大佐など、クルーズ船に乗り合わせた人物の背景が語られ、事件に関わる人物たちのしがらみが描かれる。

略奪愛に絡む殺人事件が起こるのは作品のほぼ中間点。
ジャッキーが銃でサイモンの脚を撃ち、その銃でリネットが殺される。そのあと事件が続発して起こり、エルキュール・ポアロの謎解きがはじまる。ちなみに、ベルギー人のポアロは、自らを優れた洞察力のある「灰色の脳細胞」を持つ世界最高の探偵であるとする自信家である。

冒頭にアガサ・クリスティ自身の本作品の紹介が載っている。
〈・・・自分ではこの作品は"外国旅行物"の中で最も良い作品の一つと考えています。そして探偵小説が"逃避的文学"だとするなら、ひとときを、犯罪の世界に逃れるばかりでなく、南国の陽射しとナイルの青い水の国に逃れてもいただけるわけです。〉
作品が文学の王道から逃避していると批判されたことに対するアガサ・クリスティの反論である。→人気ブログランキング

ナイルに死す/アガサ・クリスティ/加島祥造 ハヤカワ文庫 2003年
偽のデュー警部/ピーター・ラヴゼイ/中村保男 ハヤカワ・ミステリ文庫1983年
遭難信号/キャサリン・ライアン・ハワード/法村里絵 創元推理文庫 2018年

ねずみとり/1950年
さあ、あなたの暮らしぶりを話して/1946年
そして誰もいなくなった/1939年
アクロイド殺し/1926年

『ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ』A・J・フィン

PTSD(外傷後ストレス症候群)による引きこもりの女性精神科医が謎を解くという未聞の設定のサイコミステリ。
主人公のアナ・フォックスは38歳の小児心理学を専門にする精神分析医。自らがパニック症候をときどき起こす広場恐怖症を抱えている。要するに引きこもりだ。
ニューヨークの高級住宅地に4階建て地下1階の豪邸に住んでいる。パンチという猫が同居していて、とんでもなくハンサムな若い男デヴィットが地下室を間借りしている。
主治医が処方する抗鬱剤やβブロカーや精神安定剤をしこたま内服し、メルローの赤をがぶ飲みする。自宅の窓からニコンのカメラで、近所の住人の様子を監視する自称"スパイごっこ"の毎日を送っている。
夫は娘を連れて1年ほど前に新居に移っていった。PTSDを患った理由を含め、その辺りの事情はおいおい語られる。なにしろ文章が上手い。

ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ 上
A.J. フィン/ 池田真紀子
早川書房
売り上げランキング: 89,146
ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ 下
2018年9月
✴9
売り上げランキング: 79,590

望遠カメラで周りの家を窓越しに観察しているうちに、公園の向こうの家で起こった傷害事件を目撃する。
まるでヒッチコックの『裏窓』である。アナは古いモノクロ映画のファンで、ことにヒッチコックは大のお気に入り。本書はヒッチコックへのオマージュ作品だ。メルローを飲みながら薬を服用し、テレビでDVD映画を観るものだから、現実と映画のシーンがこんがらがってしまうことがしばしばある。もちろんワインで薬を流し込むのは、主治医から固く禁じられているが、そんなことはお構いなしだ。古い映画のタイトルやシーンが次々に出てきて、著者の映画のうんちくは相当なものだ。

アナは「アゴラ」というチャットルームにログインする。アゴラは広場恐怖症のアゴラフォビアからとったもの。そこには精神的な病を抱えた人々が集まっていて、アナのアドバイスは好評なのだ。
週1回は通いの理学療法士に体のメインテナンスをしてもらい、さらにフランス語のレッスンも受けているが、外にはほぼ1年間出ていない。

アナは目撃した傷害事件を解決しようとあれこれ推理し、ついには行動を起こす。ところが、家の隣の公園で傘を持って倒れているところを発見され病院に運ばれたり、バスローブ姿でカフェに現れ客と悶着を起こしたりして、その度に警察沙汰になってしまう。

精神病を患っているアル中で、近所の家を望遠カメラで観察している気味の悪い女というのがアナについての近所の評判だ。一人暮らしの寂しさに負けて狂言で殺人事件をでっち上げ、警察に通報したのではと警官に言われ、アナは憤慨する。

周りや警察の見方が正しいのではないかと一度は思ったりもしたが、誓ってもいい、事件が起こったことは事実なのだと、自分に言い聞かせる。

ところで、表紙カバーに著者の紹介文が載っていないので変だなと思った。
巻末の解説によると、その理由は、著者は現役の出版責任者であるため本名を隠し、ペンネームは性差による先入観を避けるため中性的なイメージの名前にしたという。
また、エイミー・アダムス主演で、2019年秋公開を目指して映画制作が進められているという。→人気ブログランキング

『大統領失踪』上下 ビル・クリントン/ジェイムズ・パタースン

著者のクリントン元大統領は大のミステリ好きで、以前よりミステリを書きたい思っていたという。タッグを組んだのは、アメリカ・ミステリ界の大御所ジェイムズ・パタースン。
ホワイトハウス内の描写や人間関係に、その場に身をおいたものにしか書けないと思われる機微が盛り込まれている。
クリントンには、兵役を免れ、上院の弾劾裁判にかけられたという苦い過去がある。その経験が、主人公のダンカン大統領を湾岸戦争の英雄にし、冒頭で大統領弾劾の前段階である特別調査委員会の場面を設定した理由かもしれない。
ストーリーは、まるで絶叫ジェットコースターのように次から次へとスリルに富む場面が待ち受けていて、それを乗り越えていく様は小気味がいい。もちろん大どんでん返しも仕込まれている。

大統領失踪 上 (早川書房)
大統領失踪 上
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ビル・クリントン/
ジェイムズ・パタースン
早川書房
売り上げランキング: 2,213
大統領失踪 下 (早川書房)
大統領失踪 下
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越前俊弥/久野郁子
2018年12月
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

下院特別調査委員会の場面から始まる。ダンカン大統領がテロ組織「ジハードの息子たち」を率いるリーダーと取引をしたのではないかという疑惑だ。下院議長の質問に、ダンカンは大統領特権で答えないと黙秘する。緊迫するやりとりが交わされるが、実はこれはリハーサルである。

「ジハードの息子たち」が仕掛けたのは、アメリカの政府機関のコンピュータにウイルスを送り込み、すべてのファイルを根こそぎ無効にしてしまうというもの。
数日前、トロントの政府機関のコンピュータにウイルスが侵入し、痕跡を残さず消えた。この事件により、ダンカン大統領はウイルス攻撃は脅しではないと確信した。

そんな折、Tシャツにジーパンのパンク娘がホワイトハウスに乗り込んできて、ダンカン大統領に直々に封筒を手渡した。この後、ダンカン大統領はウイルスの攻撃を未然に防ぐため、ホワイトハウスから姿を消すのだった。

やがて、ロサンゼルスで生物テロ攻撃に対応できる研究所が焼け落ちた。さらに、浄水施設のコンピュータのソフトウェアがハッキングされた。これは小手調べにすぎない。
もし、政府機関のコンピュータが本格的にサイバー攻撃されれば、すべてが麻痺する。政府の機能も、銀行も交通も流通も医療も、テレビも何もかもが麻痺して、19世紀に戻ってしまう。どれだけの人が死ぬのか。集団ヒステリーが起こりパニックになる。そして敵対する国から攻撃されるかもしれない。

サイバーセキュリティーの専門家が30人集まって、刻々と迫るウイルス攻撃開始までの時間内に、ウイルスを無力化しようとする。ダンカン大統領は重症の持病と闘いながら、自国を危機から救おうと懸命に奮闘する。

テロ集団の黒幕はどこの国なのか。そして大統領の8人の側近のうち、テロ集団に情報を漏らした裏切り者は誰なのか。ジェットコースターはスピードを増して車輪から火花を散らしながら、最後の山場に向かう。

気が早いことに、ダンカン大統領には次期大統領選に立候補してもらい、次作での活躍を期待する声が多いという。テレビの大型ドラマ化が決定していると帯に書いてあるが、大ヒットは間違いないだろう。→人気ブログランキング

『バスカヴィル家の犬』コナン・ドイル

本作はシャーロック・ホームズ・シリーズ4編の長編のうち最高傑作と評される。1901年に発表されたが、古さを感じさせない緻密で充実した内容には驚くばかりだ。舞台はロンドンとバスカヴィル家の屋敷がある不毛の地ダートムアである。

急逝したチャールズ・バスカヴィルは、自由党候補者として有力視されていた人物だった。走ったことが心臓麻痺を招いた。チャールズの遺体から20ヤード離れたところに巨大な犬の足跡がくっきりと残されていた。そもそも殺人事件なのか?

バスカヴィル家の犬 (角川文庫)
アーサー・コナン ドイル
KADOKAWA (2014-02-25)
売り上げランキング: 161,069

バスカヴィル家の遺言執行人であるモーティマー医師が、バスカヴィル家から預かった文書をもって、ホームズを訪ねてきた。
文書によると、その昔、傲慢無比だったヒューゴー・バスカヴィルが巨大犬に喉を噛みちぎられ悲惨な死を遂げた。それ以来、一族に不運な死に方をした者や不可解な最期をむかえた者が何人かいて、バスカヴィル家の魔犬伝説として伝えられているという。

遺産相続人のヘンリー・バスカヴィルが、カナダからロンドンのホテルに着くと手紙が届いた。
手紙には、「命と正気を重んずるならば、モアには近づくな。」と記されていた。ムアだけはインクの手書きの文字、あとは新聞の切り抜きの文字である。
ミステリなどで、たびたび登場する新聞の切り抜き文字の脅迫状は、本書が嚆矢と思われる。

サー・チャールズの死もさることながら、このわずか2日間に不可解なことが次々と降って湧いた。新聞の文字を切って貼り付けた手紙、ヘンリーの動向を偵察する顎髭の男、ヘンリーの新しい茶色い靴と履き古しの黒い靴の片方ずつが消え、新しい靴が戻ってきたこと。

場面はロンドンからムアに変わる。
まずは、バスカヴィル邸の執事はアルコール中毒でなにやら不穏な行動をとっている。
植物学者と称する男は美しい妹と住んでいて、怪しい。
近隣との訴訟に全財産をつぎ込む訴訟三昧の偏屈老人とその娘。
さらに、ムアには脱獄囚が逃げ込んで潜んでいるという。
農民たちからたびたび寄せられる、ムアに奇怪な野獣が現れるという証言。ワトソン自身も異様な咆哮を2度聞いた。
こうゆう奇々怪々の状況のなかで物語は佳境に突入する。

ホームズはホテルに手紙が送られてきた段階で、すでに犯行の目星がついたというのだから、その天才ぶりがわかる。→人気ブログランキング

バスカヴィル家の犬/コナン・ドイル/駒形雅子/角川文庫/2014年
緋色の研究/コナン・ドイル/駒月雅子/角川文庫/2012年

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