ミステリ

『フロスト始末 上下 』R.D.ウィングフィールド

今回はフロスト警部の左遷がテーマ。マレット署長と新任のスキナー主任警部はフロストの署からの追い出しを画策する。
ガソリン代のちょろまかしがばれ、フロストの悪運もここまでかと思わせる展開になる。数字を書き変えた給油領収書の束が州警察本部に提出されれば、フロストは退職処分になるかもしれない。
スキナーに転勤依願書のサインを迫られるフロストの運命やいかに?

フロスト始末〈上〉 (創元推理文庫)
フロスト始末〈上〉
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R・D・ウィングフィールド
芹沢恵 訳
創元社推理文庫
2017年6月 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
フロスト始末〈下〉 (創元推理文庫)
フロスト始末〈下〉
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R・D・ウィングフィールド
芹沢恵 訳
創元社推理文庫

犬がくわえていた足首がデントン署に持ち込まれ、金持ちの少女が行方不明となり、別の少女もいなくなる。赤ん坊が誘拐され、食品に毒物を混入されたスーパーマーケットは恐喝犯の餌食になり、さらに若い女性の腐乱死体が発見される。
いくつもの事件が持ち上がるなか、スキナーはフロストの手柄をかっさらおうとし、根性のねじくれたマレットは責任をフロストに押し付けようと小細工する。

いつものことだが、何も解決していないというのに、てんてこ舞いのフロストのもとに、容赦なく次々と事件が舞い込でくるのだ。
ところが、意地の悪いスキナーはフロストを捜査から外したり、さんざん嫌がらせをした挙句、肝心なところでやり残した仕事があると古巣に舞い戻ってしまう。

卑猥な冗談がお得意のフロストは、超がつく愛煙家でそこらじゅうに煙草の灰を撒き散らし、吸い殻のポイ捨ての常習犯である。仕事に関しては己の能力の限界まで働くというスタンスだ。というより、次々に持ち上がる事件に対し、身を粉にしてふらふらになるまで働かないと追いつかない。フロストの事件を扱うプライオリティは、上司が強要するものとは異なる。あくまでフロスト流の順番で動くのだ。

不潔な風体でインモラルなフロストだが、
〈いやしくも人の上に立つものは、気が進まない仕事を気が進まないという理由で、下位の者に押しつけてはならない。それが上の人間の仁義というものである。〉という部下たちの信頼を得るに十分な、心意気がフロストにはある。
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フロスト始末
クリスマスのフロスト
フロスト日和
夜のフロスト
冬のフロスト
フロスト気質
夜明けのフロスト

『ファング一家の奇想天外な秘密』

アニー(ニコール・キッドマン)とバクスター(ジェイソン・ベイトマン)の姉弟は、前衛芸術家の両親に育てられた。一家は、銀行強盗を仕掛け銀行に居合わせた人々の反応をビデオに収めたり、写真スタジオで一家の写真を撮るさいに4人が口から血を流してみたり、他人を巻き込んでのパフォーマンスを行ってきた。人騒がせな一家だ。
姉弟が中学生のときに『ロメオとジュリエット』を学校で演ずることになり、父親が裏で手を回して、観客の前で姉弟がキスする場面を仕組んだこともあった。
両親はそうしたことが芸術であるとの信念を持っているが、姉弟は理解できなかった。
前衛芸術の世界ではファング一家はそれなりに有名であった。

ファング一家の奇想天外な秘密 [DVD]
監督:ジェイソン・ベイトマン
原題:The Family Fang
原作:ケヴィン・ウィルソン
制作年:2015年
制作国:アメリカ  107分  ✳︎✳︎✳︎

姉弟は大人になって両親と決別し、アニーは三流の女優として、バクスターは小説家として暮らしていた。
そんなとき、ゲガでバクスターが入院し、アニーが病院に呼び出された。病院からの連絡で両親も病院にかけつけ、久しぶりに一家4人がそろった。

アニーは子供時代を振り返り「普通の家族の生活」を送りたかったと打ち明けた。父親はそれなりに楽しかったはずだと言い返した。
父親は再び4人でパフォーマンスをやろうと提案するが、アニーとバクスターは拒否する。パフォーマンスは思い通りにいかず失敗に終わるが、父親がわざと失敗するように仕組んだのかもしれない。

旅行に出かけた両親が行方不明となり、父親の車には血痕が残されていたと警察から連絡が入った。警察は誘拐事件と断定したが、アニーは狂言に違いないと警察の判断を信じない。姉弟は両親の居場所を突き止めようとする。→人気ブログランキング

原作は、全米でベストセラーになった『The Family Fang』(ケヴィン・ウィルソン)だが、日本語には翻訳されていない。
ドッグヴィル』(2003年)、『記憶の棘』(2004年)、『マーゴット・ウェディング』(2007年)『ラビット・ホール』(2010年)など、ニコール・キッドマンはヒットしそうにない一風変わったストーリーの作品に出演することがあるが、本作もその手の作品だ。日本では公開されていない。

『ダークタワーI ガンスリンガー』 スティーヴン・キング

主人公は、腰に2丁拳銃をぶら下げたガンスリンガー(拳銃使い)のローランド。
宿敵の〈黒衣の男〉追い続けている。

ローランドは〈タル〉の町に入る。〈タル〉は西部劇でおなじみの、よそ者に極端に排他的な町である。ローランドは、酒場の女アリスと懇ろになったものの、イカサマ女説教師の怒りを買い、ついには〈タル〉の住民すべてを敵に回すことになる。
ローランドが町を出ようとしたときに、住民がローランドの命を奪おうと襲ってきて、満身創痍になりながらも、〈タル〉の住民を皆殺しにした。
負傷したローランドは〈中間駅〉にたどり着いたが、砂漠の暑さで日射病にやられ倒れてしまう。別世界(現代)からやってきた少年ジェイクが介抱する。ジェイクは登校時に車にはねられ、〈中間世界〉にやってきたのだ。
時空が歪んだ〈中間世界〉は、開拓時代を思わせる世界であり、核戦争で荒廃した未来世界でもある。

ダークタワー I ガンスリンガー<ダークタワー> (角川文庫)
スティーヴン・キング/風間賢二 訳
角川文庫
2017年1月 

世界の根幹に存在する暗黒の塔(ダークタワー)が、何者かによって破壊され不具合が生じているのだ。ローランドが〈黒衣の男〉を追いかけるている理由は、ダークタワーについて聞き出すことである。
いよいよ〈黒衣の男〉に出会い、男はダークタワーの話を始めるのだが、その詳細をローランドは聞いていないか理解できないか、宙ぶらりんのまま第1作は終わる。

解説によれば、本シリーズはキングが大学生の22歳の時に書きはじめた7巻から成る大作で、キングのライフワークともいうべき作品だという。キングが、まだ作家として海のものとも山のものともつかない頃に、書きはじめたものだから、キングらしい饒舌さは発揮されているが、荒削りである。
本シリーズは、第2巻以降で第1巻でなにを意味するのか不明な事柄が徐々に明らかにされていくという。例えば、「神の意図するところすべて〈カ〉のなせる技」と書かれているが、これがなにを意味するのかは不明である。
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また、本シリーズはキングの他の作品と関連をもっているという。

ダークタワー Ⅱ 運命の3人 下
ダークタワー Ⅱ 運命の3人 上
ダークタワーⅠガンスリンガー
神々のワード・プロセッサ
ミスター・メルセデス
ジョイランド
11/22/63
書くことについて
幸運の25セント硬貨
1922
ビッグ・ドライバー
スタンド・バイ・ミー』(DVD)

『ヌメロ・ゼロ』ウンベルト・エーコ

昨年2月に亡くなった、イタリアの知の巨人、ウンベルト・エーコの遺作である。
50歳の男・主人公のコロンナが、ある朝目覚めるとシャワーが出なかった。
寝ているすきに誰かが部屋に忍び込み、重要な情報が詰まったフロッピー・ディスクを持ち去ろうとしたに違いないと、コロンナは思った。フロッピー・ディスクは無事だったが、再度、奪いにやってくるに違いない。コロンナがもっている情報が公表されると、窮地に追い込まれる勢力が存在するのだ。という巻末と同じ状況のエピソードから本書ははじまる。

ヌメロ・ゼロ
ヌメロ・ゼロ
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ウンベルト・エーコ/中山エツコ 訳
河出書房新社
2016年9月

『ドマーニ(明日)』というタイトルの新聞を発行する計画のメンバーに、コロンナが選ばれた。メンバーは6名で、いずれもジャーナリストととして挫折した過去を持つ。メンバーがアイデアを出しあい、『ドマーニ』のパイロット版『ヌメロ・ゼロ』を編集しようとする。
いまや、ニュースはテレビやネットにより瞬時に大衆に知られてしまい、新聞に勝ち目がない。『ドマーニ』は週刊誌のような内容の新聞を目指すという。コロンナは『ドマーニ』の試作の経過を、本にまとめるように命じられていた。

読者には、どこまでが真実でどこからがか当てずっぽうなのか見当がつかないまま、イタリアで起こった事件が、メンバーのなかで嫌われている男によって旺盛に語られる。それは取りも直さず、エーコの見解なのだ。「ムッソリーニの最期にまつわる事件」、フリーメイスンが絡んだ「P2事件」、「ヨハネ・パウロ2世暗殺未遂事件」などのイタリア近代史の闇について、著者は大胆な見解を述べている。

その嫌われ者のメンバーが、プロの手口で殺害されるに至り、ストーリーは急展開をみせる。
指示を出すだけで姿を見せない新聞社主は、誰からか電話を受けとり、『ドマーニ』紙の発刊が彼にとって危険になったと、企画のとりやめを命じた。社主のモデルとなっているのは、起業家から身を転じスキャンダルにまみれながら9年間もの長きにわたり、イタリアの政権の座にいたベルルスコーニ首相である。→人気ブログランキング

自分を含めた他のメンバーにも魔の手が及ぶのではないかとの疑心暗鬼のコロンナは、わが身の安全のために国を出るべきか思案するところで、巻頭のエピソードにつながり、物語は終わる。

イタリア国民はなぜ「反知性」の象徴のようなベルルスコーニを首相に選んだのかと世界から揶揄されたことがあった。著者が本書で警鐘を鳴らしたこの事象は、いまやフィリピンのドゥテルテやアメリカのトランプの登場によって、増幅された感がある。

『チーム•バチスタの栄光』海堂 尊

東城大学医学部附属病院の臓器統合外科・桐生助教授は、アメリカ帰りの凄腕心臓外科医。桐生率いるチーム•バチスタは、成功率60%といわれる拡張型心筋症に対する心臓小型化手術「バチスタ手術」の成功率100%を誇ってきた。その偉業はマスコミでも報道されたことがある。
それが、ここへきて3例の術中死が起こった。

新装版 チーム・バチスタの栄光 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
海堂 尊
宝島文庫  2015年10月

卒後15年目の神経内科田口講師は、病院長に呼び出され、バチスタ手術の術中死がリスク•マネジメント委員会の検討事案に値するかどうかの予備調査をして欲しいという。田口は不定愁訴外来、通称「愚痴外来」で1日限定5名の患者を細々と診療する窓際医師だ。
外部監査は、桐生自身が要請したものだった。

田口が、桐生を筆頭にチーム•バチスタのメンバー7名の聞き取り調査を順次行うなか、再びバチスタ手術が行われ、4例目の術中死が起こった。
田口はもはや手に負えないと、病院長にリスク•マネージメント委員会に委ねるべきだと進言した。

そこに現れたのが、厚生労働省大臣官房秘書課付技官・白鳥。
病院長が同級生の厚生労働省の局長に相談したところ派遣されたという。ぶっ飛んだ男・白鳥はアメリカ3泊4日、弾丸出張の帰国後その足で病院に駆けつけた。
白鳥が田口とともに、聞き取り調査を行うこととなった。

手術のビデオをすべて見たあとに、白鳥は事故ではなく殺人だという。
白鳥は、常識的な接し方をせず傍若無人。相手を傷つけても反省は皆無だ。白鳥は、論理を純粋に追求できる資質の持ち主で、そのことから「ロジカル•モンスター」の異名を持つ。白鳥が通った後はぺんぺん草も残らないことに由来し「火喰い島り」とも呼ばれている。
田口からすると、白鳥には論理に一貫性がないように思えるが、勘所は抑えている。

白鳥が留守にしている間に、バチスタ手術の予定患者が心臓発作を起こし緊急手術が行われた。白鳥の予告どおり、術中死となってしまった。
白鳥は死亡した患者の「Ai」を強く要求する。
そして死亡患者のMRI検査が行われ、犯人が突き止められる。→人気ブログランキング

「Ai」とは、オートプシー•イメージング(Autopsy imaging)・死亡時画像診断のこと。画像診断によって死因を検証する。
本作が発表された当時、日本ではAiの概念は浸透しておらず、Aiに目をつけた著者の慧眼は鋭い。そういう事情だから、白鳥はAiを行う前準備として、病院長に承諾を取り、病院長が放射線科部長を説得し、検査の際はMRI撮影室の周囲を人払いしている。

第4回「このミステリーがすごい!」(2005年)大賞受賞作。海堂尊の快心のデビュー作。
登場人物のキャラクターが巧みに描かれていて、アイデアに満ちあふれ、展開は緻密、医療ミステリーの傑作と評されるにふさわしい。

「このミステリーがすごい!」大賞受賞作
がん消滅の罠 完全寛解の謎』岩木 一麻(2016年)
女王はかえられない』降田 天(2014年)
チーム•バチスタの栄光』 海堂 尊 (2005年)

『がん消滅の罠 完全寛解の謎』

第15回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作。巻末の選評では、4名中2名の選者が、「医療本格ミステリーの大傑作」と賛辞を送っている。
登場人物が描き切れていない感があるとしても、幾重にも仕掛けが施され、最後の1行にも驚きのトリップが仕組まれていて、ミステリの醍醐味を満喫できる。

がん治療の分野で学会では無名に等しい湾岸医療センターが、有名人や有力者たちに支持されている。その理由は、がんの早期診断と進行がんに対する独自療法により、飛びぬけた治療成績を上げているからだ。
呼吸器外科医の宇垣玲奈が手術を担当している。

【2017年・第15回『このミステリーがすごい!大賞』大賞受賞作】 がん消滅の罠 完全寛解の謎 (『このミス』大賞シリーズ)
岩木 一麻
宝島社   2017年1月
売り上げランキング: 74

日本がんセンターに勤務する呼吸器内科医の夏目が末期がんで余命半年と診断したシングルマザーが、完全寛解したという。夏目が書いた診断書によって保険給付金を受け取った末期がんの患者のうち完全寛解したケースは、このシングルマザーを含め4人いると告げられ、夏目は「ありえない」と思った。
高校時代からの友人で保険会社に勤める森川は、夏目に疑いの目を向けたが、夏目は潔白だった。
保険に加入して時間をおかず、保険金の支払い請求がされるケースを、保険会社は「早期事故」と呼び、慎重な調査を行う。いずれのケースも不正は見つからなかった。

湾岸医療センターの理事長は、10年前に夏目が大学に在籍していたときに、師事していた西條教授だった。教授が、突然、大学を辞めると言い出したとき、夏目が辞職の理由を尋ねると、「医師にはできず、医師でなければできず、そしてどんな医師にも成し遂げられなかったことをやるためです」と答えた。
教授室のホワイトボードに、「neoplasm(がん)」、「救済」、「TLS(腫瘍崩壊症候群)」という字が書かれていた。TLSとは、抗がん剤が著しい効果を発揮した際などに、腫瘍内部に蓄積されていた核酸、リン酸、カリウムなどが一気に血中に流れ出し、重度の電解質異常や急性腎不全を引き起こす病態のことである。これらの言葉に謎を解く鍵が隠されている。

森川が、湾岸医療センターに絡んだ保険金請求事例の社内データを調べると、二つの謎が浮かび上がった。
ひとつは、低所得者が末期がんと診断され、高額の保険金を手にしたあと、がんが完全寛解しているケースがいくつもあること。もうひとつは、早期がんと診断された有名人や社会的地位の高い患者が手術を受けたあと、転移が見つかり、抗がん剤治療を受ているケースが多いことである。
夏目たちは、二つの謎のからくりを解明しようと、湾岸医療センターの西條理事長と宇垣医師を探りだす。→人気ブログランキング

「このミステリーがすごい!」大賞受賞作
がん消滅の罠 完全寛解の謎』岩木 一麻(2016年)
女王はかえられない』降田 天(2014年)
チーム•バチスタの栄光』 海堂 尊 (2005年)

『開かせていただき光栄です』皆川博子

第16回(2012年度)日本ミステリー文学大賞(光文社主催)の受賞作。
舞台は18世紀前半のロンドン。
私的解剖教室を開いている外科医のダニエル・バートンが弟子たちと、妊娠6ヶ月の若い女性の解剖を手がけているところに、警察が踏み込んでくる。墓から違法に盗み出された屍体を探しているのだ。弟子たちは屍体を隠し、犬を解剖していたようにとり繕った。
警察の追求はかわしたものの、次に現れたのが、盲目ながら鋭い感と推理力で知られる治安判事のジョン・フィールディングだった。ジョンには有能な助手である姪のアンがついていて、ふたりのコンビに孫助手のアボットが加わって謎を解いていく。

開かせていただき光栄です―DILATED TO MEET YOU― (ハヤカワ文庫 JA ミ 6-4)
皆川 博子
ハヤカワ文庫
2013年9月

女性の屍体は、いつの間にか四肢を切断された少年と、顔を潰された男に変わっていた。女性の屍体は、準男爵の娘、16歳のエレインであることが判明した。エレインは妊娠を儚んで、ヒ素による服毒自殺に及んだのだった。
エレインに関する謎は決着がついたが、手足を切断された少年と顔を潰された男の正体は?少年の手足が切断された理由は?と、謎は尽きない。

ダニエルの兄である内科医のロバートは解剖教室の経営者である。ロバートは、上流階級の患者しか相手にしない金の亡者で、ダニエルたちを危機に追い込むような胡散臭い行動をとる厄介な存在なのだ。

解剖教室のハンサムな一番弟子のエドワードや、解剖の写生を一手に引き受ける天才絵書きのナイジェルらの素性や行動が描かれるにともない、謎は少しずつ解けていくが、新しい謎が出てきて読者は煙に巻かれるのだ。

17歳のネイサンの詩人としての才能に目をつけた仲買人のエヴァンスは、ネイサンが羊皮紙に古語で書いた古詩集を、古書の稀覯本として売ろうと企んだ。さらに、エヴァンスは、ネイサンに詩を書かせ儲けようとネイサンを監禁した。
エヴァンスは株価操作を行い、市長や議員などの有力者に多大な利益をもたらして、見返りにうまい汁を吸っている人物である。

ナイジェルとエドワードは、ネイサンの自殺の痕跡を隠すために左手を切断したが、左手だけでは、偽装がバレてしまうと両手足を切断したのだと打ち明けた。
弟子たちは、赤貧に甘んじるダニエル先生をいたく尊敬していて、解剖の標本がどうなるのか、それを守ることが使命だと考えている。

真相が見えてきても事態はひっくり返り、行き着くところが見えないまま、ストーリーは進んでいく。
18世紀前半のロンドンというなじみの薄い舞台設定が、違和感なく受け入れられるのは、著者の巧みな筆の力による。さらに、人体解剖という特殊なテーマが扱われていて、舞台設定と相まって幻想的な雰囲気が醸し出されている。 →人気ブログランキング

『ねずみとり』 アガサ・クリスティー

本作は、1952年に、ロンドンのアンバサダーズ劇場で初演され、1974年まで21年間わたり同劇場で公演が行われた。同年、隣のセントマーティンズ劇場に公演の場を移し、今なおロングランを続けているアガサ・クリスティの戯曲。
『ねずみとり』は、シェイクスピアの『ハムレット』の劇中劇と同じ題名だという。

ねずみとり (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
ねずみとり
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アガサ・クリスティー/鳴海四郎訳
ハヤカワ文庫
2004年3月

大雪のなか、若夫婦が山荘に客を迎える準備をしているところから始まる。 ラジオは殺人事件のニュースを伝えている。
イカれた若い男、クレーマーの熟年夫人、厳格そうな少佐、男っぽい若い女性、さらに雪で車が動かなくなった飛び込みの外国人の5人が、順に到着する。
そこに、スキーを履いた刑事が現れる。

刑事は、ラジオで流れた殺人の現場に手帳が残されていて、殺人現場と山荘の2つの住所の下に〈3匹のめくらのネズミ〉と書かれていた、と言う。
さらに、〈1匹目〉と書かれた紙が死体の上あって、文字の下に〈3匹のめくらのネズミ〉の楽譜が書いてあった。
そして、大雪で密室となった山荘で〈2匹目〉の殺人が起こる。 →人気ブログランキング

本作は、王太后メアリー・オブ・テックのの80歳の誕生日を祝うラジオ・ドラマとして、BBCの依頼により執筆された。メアリー・オブ・テックはジョージ5世 の妃。映画『英国王のスピーチ』(2010年)の主人公ジョージ6世の母親。

ねずみとり』1950年
さあ、あなたの暮らしぶりを話して』1946年
そして誰もいなくなった』1939年
アクロイド殺し』1926年

『熊と踊れ』アンデシュ・ルースルンド&ステファン・トゥンべリ

本作は、1991年秋から1993年末にかけて、ストックフォルムで起きた連続銀行強盗事件を下敷きにしている。

長兄レオをリーダーとして、次男フェリックス、三男ヴィンセント、幼なじみのヤスペルの4人組は、軍の武器庫の床を爆破し、二個中隊分の武器と弾薬を手に入れた。それらの武器を、表向き長男が経営し弟たちが従業員として働いている工務店の倉庫に隠した。
そして、4人組はショッピング・センターで現金輸送車を襲い、なんの手がかりも残さず、まんまと現金を強奪した。

さらに、4人組は次々に銀行を襲い、警察を手玉にとった。1日のうちに続けてふたつの銀行を襲ったり、警察の捜査を分断するためにストックフォルム中央駅のコインロッカーに爆弾を仕掛けたり、そのスケールは徐々にエスカレートしていく。手口の無駄のなさ、防犯カメラに写った銃の扱い方、統率のとれた機敏な行動から、「軍隊ギャング」と呼ばれるようになる。

熊と踊れ(上)(ハヤカワ・ミステリ文庫)
熊と踊れ(上)
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アンデシュ・ルースルンド
ステファン・トゥンベリ
ハヤカワ文庫 2016年9月
熊と踊れ(下)(ハヤカワ・ミステリ文庫)
熊と踊れ(下)
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ヘレンハメル美穂
羽根 由 訳
ハヤカワ文庫 2016年9月

もうひとつの軸として語らるレオたちの過去は、物語の重要な鍵を握っている。兄弟は、家族をドメスティック・バイオレンスで支配する父親イヴァンのもとで育った。家族はイヴァンの機嫌を伺いながらの生活が強いられた。

イアヴァンが幼いレオに喧嘩のやり方を教え込むくだりがある。
「相手がひとりでも、ふたりでも、3人でも関係ない。これはな••••••熊のダンスだ、レオ。一番でかい熊を狙って、そいつの鼻面を殴ってやれば、ほかの連中はみんな逃げ出す」タイトルの『熊と踊れ』は、このくだりからつけられた。

「絆」の語源は動物をつなぎとめる縄であるというが、本作のテーマはまさに語源どおりの意味でも「絆」である。
冒頭で、4年ぶりにイヴァンが帰ってきて母親を殴りはじめる。長男のレオが止めに入り、母親が家から飛び出していく。この出来事は、兄弟の精神的なトラウマとなっている。「あの時、ドアを開けてイヴァンを家に入れたのは誰だ」という問いに、兄弟たちはくりかえし苛まれるのだ。

事件を担当するストックフォルム市警察警部ヨン・ブロンクスは、犯人に近づく手がかりがまったくないまま、苦悩する。ブロンクスには父親を殺して服役中の兄とのあいだに、解決されていない問題があった。その兄から事件の手がかりを得ようと面会するが、兄は弟を拒絶するのだった。
ブロンクスは、銀行襲撃の手口はエスカレートしていき、いずれミスを犯し、捜査の糸口がつかめるだろうと読んでいた。

一方、4人組にとって、銀行襲撃で手にした現金に、行員によって赤い塗料をぶちまけられたことが、ケチのつきはじめだった。
そして、4人組の人間関係に不協和音が生じはじめていた。

『傷だらけのカミーユ』ピエール・ルメートル

本作は、カミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズの『悲しみのイレーヌ』『その女アレックス』に続く完結編。著者は前半でいくつかの布石をさりげなく打っていて、それらが後半に効いてくる。読み終わったあと、布石を確かめようと、つい読み返したくなる。

パリのショッピング・アーケードで、女が宝石店に押し入ろうとする強盗に出くわし暴行を受けた。女を狙って3発の銃弾が発砲されたが、運がいいことにいずれも外れた。強盗は宝石を手に入れ、女は顔に傷を負い前歯が折れ病院に運ばれた。

女は、パリ警察殺人課のカミーユ・ヴェルーヴェン警部の恋人アンヌだった。
5年前の妻の死からやっと立ち直ったカミーユにとって、アンヌは心の支えである。
前作『悲しみのイレーヌ』で、シリアル・キラーによって、カミーユの妻イレーヌは出産の寸前に殺されている。

傷だらけのカミーユ (文春文庫) (文春文庫 ル 6-4)
傷だらけのカミーユ
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ピエール・ルメートル /橘明美
文春文庫 (2016-10-07)

カミーユはタレコミ情報があって犯人をすぐに逮捕できると、上司に嘘をつき、強引に事件を担当した。カミーユは数日で犯人を逮捕すれば、違反行為がうやむやになるだろうと踏んでいた。カミーユにとって運が悪いことに、気心が知れた部長が警視長に昇進して、桁違いに肥った厳格でキレ者のミシャール女史が直接の上司になったばかりだった。140センチの身長のカミーユとは、対象的な体格である。

この事件の前に、1日に4店の宝石店が連続して襲われていて、犯人は逮捕されていなかった。カミーユは、前の事件と手口が似ていることから、今回の事件も同一犯の仕業とみていた。

カミーユがアンヌのアパルトマンに行くと、誰かが入った気配がした。アパルトマンの状況を、ミシャール部長には報告できない。いまさらアンヌの恋人ですとは言えない。カミーユはじわじわと窮地に追い込まれていく。

アンヌの話では、犯人の1人はセルビア語で話していて、もう1人は訛りのないフランス語で話したとのこと。カミーユは主犯はアフネルと確信した。アンヌの写真識別の結果も、犯人のひとりはアフネルだった。

カミーユは、共犯のセルビア人からアフネルの居場所を聞き出そうと、署員を総動員してセルビア人の一斉捜査を敢行するが、思惑は外れた。ミシャール部長に人種差別捜査を行ったと指摘され、カミーユは署内で孤立した。

アンヌの命を狙って犯人がアンヌの病室に現れた。カミーユは病院からアンヌのを連れ出し、母親がアトリエとして使っていた家にアンヌを匿った。
カミーユがやっていることは、もはや懲戒処分だけでは済まない犯罪行為である。
カミーユはアンヌと関わることで、署内の立場がどんどん危うくなっていく。これこそが、犯人の仕組んだ罠である。こうして、カミーユは犯人に追い詰められていく。

傷だらけのカミーユ
悲しみのイレーヌ
その女アレックス

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