絵画

『たゆたえども沈まず』原田マハ

祝、文庫化。
日本ブームのパリを舞台に、フィンセント・ファン・ゴッホと弟のテオの苦悩を描く。パリで日本の美術品を販売していた林忠正と架空の人物・加納重吉とゴッホ兄弟との交流を描く。

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たゆたえども沈まず

原田マハ
幻冬舎文庫
2020年4月8日 ✳︎8

 

あと20年もすれば20世紀に入ろうとするパリで、日本の美術品を販売する林は、大学の後輩である重吉をパリに呼び寄せた。重吉は林から、セーヌ川の氾濫で、たびたび洪水に見舞われるパリを励ます「たゆたえども沈まず」という言葉を聞く。
おりしもパリでは、ジャポニザンと呼ばれる日本愛好家が、日本の美術品を買いあさっていた。パリだけでなく、ウィーンでもロンドンでも、日本の美術品は人気があった。とくに、浮世絵はのちに印象派と呼ばれる若い画家たちに多大な影響を与えていた。

ファン・ゴッホ家はオランダ南部の牧師と画商の家系である。フィンセントもテオも画商の仕事をしていたが、テオには画商の才がありフィンセントにはなかった。テオは「グーピル商会」のパリ本店で支配人を務めるようになる。「グーピル商会」ではアカデミー所属の画家の作品しか扱わなかった。
稼ぎがないフィンセントはテオのアパルトマンに転がり込み、描いた作品をすべてテオのものにするという。

タンギー親父の画材店には、売れない若い画家が絵の具代の代わりに、作品を預けるようになり、壁に所狭しと作品が飾られていた。画材店には、毎晩、若い画家たちが集まり芸術談義に花を咲かせた。
絵の具代の代わりに、フィンセントはタンギー親父さんの肖像を書いた。そのとき林から浮世絵を何枚か借りて背景を飾った。

画家として芽の出ないフィンセント、フィンセントの作品を売ることができないテオ、兄弟喧嘩はしょっちゅうだった。フィンセントは刃物を持ち出して自分の喉に突き刺そうとしたこともあった。

アカデミーから嘲笑されていた印象派の作品が少しずつ認められるようになり、印象派の次を担う若い画家たちが切磋琢磨していた。タンギー親父の店に出入りしていた画家たちにも目をみはるような絵を描く者たちがいた。ゴッホはもちろん、ゴーギャン、スーラ、セザンヌらである。重吉は彼らの作品を見るたびに胸の高鳴りを感じるのだった。

日本へ連れて行ってくれるようにと懇願するフィンセントに、林はアルルに行くようにいう。フィンセントとゴーギャンのアルルでの生活はじまった。フィンセントはテオに作品を送り、手紙を頻回に書いた。
ある日、ゴーギャンからテオにフィンセントが耳を切ったとの電報が届いた。入院して意識が朦朧としているフィンセントに、重吉が描きたいものを尋ねると「たゆたえども沈まず」と答えた。

フィンセントは耳切事件以来、体調がすぐれず、パリ郊外の精神病院に入院した。院長が広いアトリエを都合してくれて、フィンセントは絵を描き続けた。入院生活によりフィンセントに精神的余裕が生まれたようだった。
林と重吉を招いて、タンギー親父の店でテオのもとにが送られてきたフィンセントの作品の特別鑑賞会が開かれた。降り注ぐ月と星の光を描いた〈星月夜〉に一同は感嘆した。

うまくいくかと思われたフィンセント制作活動であるが、テオとのちょっとした諍いがきっかけで、銃で自らの腹部を撃って自殺し、その2年後にテオも亡くなった。
フィンセントの存命中に売れた作品は1点、または数点であるという。→人気ブログランキング

たゆたえども沈まず/原田マハ/幻冬舎文庫/2020年
デトロイト美術館の奇跡/原田マハ/新潮文庫/2020年
美しき愚か者たちのタブロー/原田マハ/文藝春秋/2019年
モダン The Modern/原田マハ/文藝春秋/2015年
楽園のカンヴァス/原田マハ /新潮文庫/2014年

『楽園のカンヴァス』原田マハ

キュレーターとしてのキャリアがあり、印象派に造詣が深い著者だからこそ書くことができた絵画ミステリの傑作である。

大原美術館(倉敷市)の監視員を務める早川織江は、母親と娘と暮らすシングルマザーである。織江に反抗する娘は西洋人とのハーフだ。
織江のもとに、東京で開かれる「アンリ・ルソー展」のキュレーターを引き受けてくれようにと依頼が舞い込む。美術展には、MoMAが所有する門外不出だったルソーの名画「夢」を貸し出すという。


楽園のカンヴァス(新潮文庫)

楽園のカンヴァス
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原田マハ
新潮文庫
2014年 ✳︎10

話は16年前のスイスの国際都市バーゼルに巻き戻される。
MoMAのアシスタント・キュレーターであるティムにもとに、大富豪コンラート・バトラーから、極秘での鑑定依頼が届いた。
ティムはアンリ・ルソーの研究家であるがまだ駆け出し。宛名をチーフ・キュレーターのトム・ブラウンと間違ったのではないかという後ろめたさを引きずりながら、極秘でバーゼルに向かう。
鑑定を依頼されたもう一人の人物は、パリ大学のオリエ・ハヤカワである。
ふたりに求められたのは、ルソーの「夢」とまったく同じ構図の「夢をみる」の真贋を鑑定するというもの。毎日、指定された謎の古書を1章ずつ読み、最後に真贋を決めて作品講評を書き、その優劣で勝者を決めるというのだ。しかも、勝者には「夢をみる」の取り扱い権利(ハンドリング・ライト)が譲渡されるという。つまり真作であろうと贋作であろうと、勝った方が「夢をみる」を手中にするということである。

古書にはルソーとピカソとの交友が記載されている。さらに、ルソーが恋をした人妻ヤドヴィガやその夫、アポリネールやマリー・ローランサン、そして1900年代初頭のパリに暮らした芸術家たちが顔を出す。ピカソやアポリネールが音頭をとって、そのほかの芸術家たちも集まって、ルソーとヤドヴィカを主賓とした「夜会」の様子が描かれている。

オリエと対決するティムは、オリエに対し思慕の念を抱いていることを自覚する。ティムとオリエの背後には、「夢をみる」を手に入れようとする黒幕たちの思惑が幾重にも交錯しているのだった。

16年前、パリ第4大学留学中の織江は、新進気鋭のルソーの研究者として世界的に注目を集める存在だった。
MoMAのチーフ・キュレーターとなったティム・ブラウンは、ルソーの門外不出の大作「夢」を日本に貸し出すにあたり、その交渉相手を織江に指名したのだ。→人気ブログランキング

デトロイト美術館の奇跡/新潮文庫/2020年
美しき愚か者たちのタブロー/文藝春秋/2019年
モダン The Modern/文藝春秋/2015年
楽園のカンヴァス/原田マハ /新潮文庫/2014年

『デトロイト美術館の奇跡』原田マハ

本書は、デトロイト美術館(DIA)をめぐる4つの連作短篇と、著者と女優・鈴木京香との対談からなる。
短篇はDIAに数々の所蔵作品を寄贈した富豪の話、美術館を愛したアフリカン・アメリカンの夫婦の話、デトロイト市の財政破綻に伴う美術館存続の危機にまつわる2つの話からなる。
本書には、もう一人の主人公ともいうべき《マダム・セザンヌ》というタイトルの油彩画がある。セザンヌの妻の肖像画である。《マダム・セザンヌ》は4つの短編に通底している。《マダム・セザンヌ》のたたずまいや来歴、さらにDIAの成り立ちを、ストーリーに組み込む著者のテクニックに感心させられる。


デトロイト美術館の奇跡 (新潮文庫)

原田 マハ
新潮文庫 2019年 ✳︎8
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「フレッド・ウィル《妻の思い出》2013年」
明るく前向きだった妻ジェシカが癌で亡くなった。夫婦はDIAで過ごすことを習慣にしていた。夫フレッドが気に入っていたのは不機嫌そうな顔をした《マダム・セザンヌ》。最後に二人でDIAを訪れたとき、ジェシカは、私が亡くなっても「彼女」に会いに来てくれる?と訊ねた。ジェシカが亡くなったあと、フレッドは《マダム・セザンヌ》と会話することを楽しみにしていた。
それが、市の財政破綻でDIA所蔵の作品が売却されると、新聞が伝えた。

「ロバート・タナヒル《マダム・セザンヌ》1969年」
資産家のロバート・タナヒルは76歳で独身、DIAへの財政援助と作品寄付の両方においいて最重要人物であった。4月1日はロバートの誕生日。例年なら10名程度の友人たちとディナーをともにするのだが、今年は医者に止められた。若い頃、社交界の友人たちとヨーロッパを巡った際、ある画廊を紹介された。そこで《マダム・セザンヌ》に出会ったのだ。それ以来、《マダム・セザンヌ》を愛してきた。その秋ロバートが亡くなると、遺言に従い《マダム・セザンヌ》はDIAに寄贈された。

「ジェフリー・マクノイド《予期せぬ訪問者》2013年」
ジェフリーはDIAのチーフ・キュレーターだ。妻を亡くしたフレッドが、DIAのコレクションは高額な美術品なんかじゃない、みんな友達なんだと言って、しわくちゃになった500ドルの小切手を手渡した。

「デトロイト美術館《奇跡》2013〜2015年」
DIAの所蔵作品を売るかどうかの会議が開かれようとしている。ダニエルはその会議の進行役だ。
数週前、ダニエルはキュレーターのジェフリーと、行きつけのカフェで意気投合したのだ。フレッドの小切手が、DIAの救済に寄付という手段があることを気づかせた。
会議ではDIA所蔵の美術品を売却することなく、寄付を募ることで決着した。そして、予想をはるかに上回る寄付が寄せられたのだ。

「著者と鈴木京香の対談」
鈴木京香は、2016年10月から2017年1月まで上野の森美術館で開かれた「デトロイト美術館展 〜大西洋を渡ったヨーロッパの名画たち〜」のナビゲーターを務めた。
印象に残ったのは、鈴木京香が独身であるということと、アートを収集しているということ。→人気ブログランキング

デトロイト美術館の奇跡/新潮文庫/2020年
美しき愚か者たちのタブロー/文藝春秋/2019年
モダン The Modern/文藝春秋/2015年

『バンクシー』毛利嘉孝

2018年10月、ロンドンのサザビーズのオークションで、バンクシーの絵が1億5千万円で落札され、その瞬間、絵がシュレッダーで短冊状に切れていくショッキングな映像がTVに流れた。
2019年1月には、東京都港区の新交通ゆりかもめ日の出駅付近の防潮扉に描かれたネズミの絵が、バンクシーの作品であるとニュースになった。本物と鑑定したのは本書の著者である。


バンクシー アート・テロリスト (光文社新書)

毛利 嘉孝
光文社新書 2019年 ✳10
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1990年代から2000年代にかけて、バンクシーはイギリスの西の港町、人口46万人のブリストルを中心に活動するグラフィック・アーティストだった。90年代のバンクシーは今のようにまったく正体不明のアーティストというわけではなく、グラフィック・アートの世界ではそこそこ名が通っていた。
バンクシーが身を隠す理由は、落書きはイリーガルだからだ。入国を拒否されたり、場合によっては逮捕され収監されたり、多額の罰金の支払いを言い渡されることもある。バンクシーは今はチームで活動している。

バンクシーが多用するステンシルという手法は、あらかじめ段ボールなどを切り抜いて型紙を準備しておいて、その型紙の上からスプレーで絵の具を吹きかけて絵を描く手法である。人に見つからないうちに短時間に描けるので実践的な手法である。
そうした手法は、他のストリート・アーティストからと「チキン」が取る方法だとも言われている。

バンクシーの活動は、アート・テロリストと呼ばれるように、いたずらであり犯罪である。言い方を変えれば既成体制に対する反骨精神の現れである。
パレスチナ自治区の分離壁に壁に「穴を開けた」だまし絵を描いた。この分離壁はイスラエルが建てたもので国連から非難決議が出されている。これをきっかけに、パレスチナの分離壁は世界中のグラフィック・ライターが作品を残す一大スポットとなっている。
2015年夏の2か月間、バンクシーはイギリスのサモセットのリゾート地にデズニーランドのパロディである不機嫌なテーマパーク《ディズマランド》を建設した。
チャーチルの銅像の頭に芝生を乗せモヒカン刈りにしたり、イラク戦争反対のCDを出したり、金を出せばなんでもできるという考えのパレス・ヒルトンのミュージックCDのパロディ版を発売したり、既成の体制を批判するものである。その活動にはイギリス的皮肉が垣間見える。

バンクシーが、2006年にブリストルの性医療クリニックの壁に描いた、窓からぶら下がる間男の絵を、残すべきか消すべきかについて、オンライン世論調査が行なわれた。その結果、97%が残すべきとした。イギリスの歴史において初めてイリーガルな絵が、「しょうがない、いいだろう」と認められる歴史的な作品になった。
ストリート・アートは多くの場合、上書きされたり消されたりして現実の世界から消えてしまう。そうした作品を積極的に残すかどうかという問題がある。→人気ブログランキング

『消えたフェルメール』 朽木ゆり子

1990年3月に、米国ボストンのイザベラ・ステュアート・ガードナー美術館から盗まれたフェルメールの〈合奏〉は、30年近く経過しているが、未だに戻ってきていない。著者は前著『盗まれたフェルメール』(新潮選書 2000年)が絶版になると知らされて、新事実を加えた本書を書くことにしたという。

フェルメールの盗難事件は5件ある。
【1971年9月】ブリュッセルのパレ・デ・ボザールで行われた「レンブラントと彼の時代展」の会場から〈恋文〉が盗まれる。東パキスタン難民の支援が要求されるが、2週間後、犯人は逮捕され絵も発見される。
【1974年2月】ロンドン市内の邸宅美術館ケンウッド・ハウスからの〈ギターを弾く女〉が盗まれる。獄中のIRAテロリスト2名の北アイルランドへの移送を要求。
2日後、ロンドン市内の教会墓地で絵は発見される。犯人は不明。
【1974年4月】アイルランドのタブリン郊外にある邸宅美術館ラスボロー・ハウスから、〈手紙を書く女と召使い〉ほかゴヤなどの作品19点が盗まれる。1週間後、IRAのテロリスト2名の北アイルランドへの移送と50万ポンドが要求されるが、犯人は逮捕され絵は全点回収される。
【1986年5月】ラスボロー・ハウスから、再び〈手紙を書く女と召使い〉ほかゴヤなどの作品など合わせて15点が盗まれる。1993年、囮捜査により絵はベルギーで発見され、犯人は絵画強盗が遠因となりIRAに殺される。今やこうした盗難美術品のバイヤーはほとんどが囮捜査員であるという。
【1990年3月】イザベラ・ステュアート・ガードナー美術館から、レンブラントの〈ガラリアの海の風〉と〈合奏〉とともに13点が盗まれ、絵の行方は不明である。

消えたフェルメール (インターナショナル新書)
消えたフェルメール
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朽木 ゆり子
インターナショナル新書
2018年10月 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
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なぜフェルメールの作品は狙われやすいのか?
5件の事件のうち邸宅美術館から盗まれたのが4件である。邸宅美術館とは、最初から美術館として建てられたものではなく、自宅に飾られていたコレクションを、自宅ごと公開しているため、警備が脆弱なところが多い。
もうひとつは、フェルメールの作品は持ち運びに容易な小品が多いこと。あとは膨大な価値。

盗難事件は必ずしも悪いことばかりではないという。盗難にあって破損された絵の修復過程でわかったことがある。フェルメール作品は、キャンバスの遠近法の集約点に穴が開いている。その点にピンを刺し、そこから糸を張ってキャンバスに直線の印をつけ、それによって狂いのない遠近の関係を描いていたのである。

イザベラ・ステュアート・ガードナー美術館の事件は、本命はレンブラントの唯一の海景〈ガリラヤの海の嵐〉で、〈合奏〉は巻き添えと考えられているが、フェルメールの人気が徐々に高まり、〈合奏〉に人びとの関心が向くようになった。
まずは美術館の関係者が徹底的に調べられ、過去に邸宅美術館を襲った犯人も調べられた。IRAも捜査の対象になった。実行犯のふたりは判明したがすでに死亡していた。
情報提供者の報奨金100万ドルが発表されたが、有力な情報は寄せられなかった。7年後の1997年に、報奨金は500万ドルに引き上げられた。
盗まれた美術品の返却の橋渡しができるという骨董商が現れ、FBIが乗り出して、マスコミも大々的に取り上げたが、提供された絵の具の破片はフェルメールのものではなかった。

2017年に報奨金が1000万ドル釣り上げられ、FBIが絵を所持しているとにらんでいる別の事件で容疑をかけられている人物に、報奨金1000万ドルと減刑を条件に取引を持ちかけたが、応じなかったという。→人気ブログランキング

消えたフェルメール/朽木ゆり子/インターナショナル新書/2018年
恋するフェルメール  37作品への旅/有吉玉青/講談社文庫/2010年
フェルメールになれなかった男  20世紀最大の贋作事件/フランク・ウイン/ちくま文庫/2014年
真珠の耳飾りの少女(DVD)
深読みフェルメール/朽木ゆり子×福岡伸一/朝日新書/2012年
フェルメール 静けさの謎を解く/藤田令伊/集英社新書/2011年
フェルメールからのラブレター展@宮城県美術館(2011.11.09)
フェルメール 光の王国/福岡伸一/木楽社/2011年

『風神雷神 上下』柳広司

秀吉が催した醍醐の花見(1598年 慶長3年)からはじまり、宗達が醍醐寺の依頼の屏風を描き上げ、花見をむかえるところで終わる。
宗達はふたりの人物によってその才能が開花させられた。ふたりとは、万能の文化人・本阿弥光悦と公卿の粋人・烏丸光広である。

京の扇屋・俵屋の養子である宗達は、20歳を超えたというのにぼんやりしていて、絵付け職人としてはとびぬけて秀でているが、客あしらいがなっていない。そんなアスペルガー症候群的な性癖である。

風神雷神 風の章

風神雷神 風の章

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柳 広司
講談社
2017年8月
風神雷神 雷の章

風神雷神 雷の章

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柳 広司
講談社
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本阿弥光悦から書籍の下絵の依頼を受け、嵯峨本の制作に携わる。
嵯峨本とは、紙師宗仁が提供する高級和紙に、宗達が下絵を描き、光悦の文字を配した製本書籍のこと。嵯峨本は、世界でも類を見ない美しさを備えた製本書籍と、今もなお称えられている。

光悦は、家康から洛北鷹峯の地を拝領し、本阿弥一族や町衆、職人などの 仲間を率いて移住した。宗達も誘われたが、断って俵屋の後を継ぐことにした。
宗達が店を仕切るようになると、俵屋は大いに繁盛した。そして、俵屋は屏風絵、絵巻、掛物、貝絵、カルタなど、何にでも絵付けする絵屋に生まれ変わった。
ある日、宗達の前に烏丸宏光が現れた。宗達は烏丸に連れられて公家の家に上がり込み、秘蔵の名品を見せてもらい模写した。烏丸のおかげもあってか、公卿屋敷や寺社から注文がくるようになった。
やがて、絵師として最高位の「法橋」の位を授かった。

醍醐寺から花見の時に使う二曲一双の屏風の注文を受けた。宗達は2年の猶予を願い出、隠居した。納期に間に合わせ絵を仕上げたあと、発作に見舞われて亡くなった。
仕事場に、誰も見たことがない構図の「風神雷神」の屏風が残されていた。そこには落款も署名もなかった。

本作では、3人の女性が宗達と関わる。初恋の女性・出雲の阿国、宗達が密かに心を寄せる光悦の娘・いく、そしてすべてをお見通しの妻・みつ。観桜の日、3人が連れ立って醍醐寺に現れる。

【絵師が主人公の歴史小説】
風神雷神』柳広司 2017年
北斎まんだら』梶よう子 2017年
眩(くらら)』朝井まかて 2016年
『ごんたくれ』西條加奈 2015年
ヨイ豊』梶よう子 2015年
若冲』澤田 瞳子 2015年
北斎と応為』キャサリン・ゴヴィエ/2014年
フェルメールになれなかった男』フランク・ウイン 2014年
東京新大橋雨中図』杉本章子 1988年

『浮世絵鑑賞辞典』高橋克彦

編者は、前著・ハードカバーの『浮世絵辞典』が、コンパクトな文庫サイズで再出版されることに意義があると書いている。文庫本だから、誰でもが簡単に手にすることができるからだ。

59人の絵師たちの作品が、オールカラーで掲載され、絵師や作品について要諦をおさえた解説がついている。浮世絵の歴史や浮世絵が出来上がるまでの工程も紹介している。
浮世絵は、風俗画、美人画、役者絵、風景画、春画など、その守備範囲は広い。あくまで大衆が対象である。庶民に育まれて発達した浮世絵は、日本から輸出される陶磁器を包む紙として船でヨーロッパに運ばれた。売れ残ったか、あるいは用済みとなった浮世絵は、ショック・アブソーバーとして最後のご奉公で海を渡ったのだ。18世紀のヨーロッパで、人びとは紙切れに描かれた絵に驚かされた。
このエピソードは、浮世絵らしくていい。

浮世絵鑑賞事典 (角川ソフィア文庫)

浮世絵鑑賞事典

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高橋 克彦
角川ソフィア文庫  2016年

他の3点は、『おしをくりはとうつうせんのず』『賀奈川沖本杢乃図』『神奈川沖浪裏』である。3点とも海、特に波を描いているが、どう見ても前2点は習作の趣である。『おしをくりはとうつうせんのず』の波は、餃子の皮のようで頼りない。『神奈川沖浪裏』で、迫力にしても構図にしても究極に行きついたのだ。
この3点から、北斎は天才であるがたゆまぬ努力の人でもあったことを、編者は伝えたかったのだと思う。

本書は、たとえば、浮世絵美術展に行くときなどにポケットに忍ばせておいて、事前に電車の中でチェックするのに便利だ。何しろコンパクトだからどこにでも持っていける。
解説は杉浦日向子。

『美術館の舞台裏』高橋明也

民間美術館である三菱一号館の初代館長という美術展の裏側を知り尽くした立場から、美術展の内情を書いている。
まずは、美術館の経済的窮状を訴える。

かつて、美術展は西ヨーロッパや北米の美術館を中心に、有名絵画の貸借りで成り立っていた。学究的な性格を強く持ちながら地道に作られてきた展覧会は、近年はアジアや中東南米などの新興国が加わることで、商業化路線へ大きく舵をとらざるをえなくなったという。
その原因のひとつが日本にあった。バブル期に、来場者数を増やす展覧会作りをを目指した結果、海外の美術館は日本の海外展を資金獲得に利用する方向に走り出した。

美術館の舞台裏: 魅せる展覧会を作るには (ちくま新書)

美術館の舞台裏: 魅せる展覧会を作るには

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高橋 明也
ちくま新書  2015年12月

美術館が美術展を開催するには、海外との強いパイプを持っていることが重要であった。かつて、日本でこうしたことが可能なのは新聞社をおいてほかになかった。今も、新聞社が主催に名を連ねる海外展が多いのはその名残りであるという。

展覧会の企画は通常5〜6年前から立ちあがる。
〈展覧会作りがスタートすると、海外の折衝においては、展覧会コーディネータや画商、収集家、研究者をはじめ共催する美術館がある場合には、美術関係者との打ち合わせに追われるようになる。国内においては、「チラシ・ポスター・カタログデザイン」「音声ガイド」制作スタッフとの打ち合わせ、「内装デザイン・施工」「運送・展示業務」関係業者とのやりとり、そのほか「保険」「監視業務」に関わる取引先との交渉もあれば、「ミュージアムショップでの商品展開」をどうするかというさまざまな業務が発生する。〉
こうした美術展10本のうち1本くらい、収支がプラスになることがあるという。

ジャーナリズムの長というべき新聞社が展覧会に直接関わるという日本の特殊な構図により、マスコミは紹介はできても批評せずの風潮がすっかりできあがっていることに苦言を呈している。海外では時には痛烈に批判し、時には賞賛する。こうした緊張関係こそ、展覧会に関わる関係者に必要なものだという。

バブル期以降は、ルノアールやモネ、ゴッホ、さらにはシャガール、ピカソなど、日本人に馴染みの深い作家の作品ばかりが、貸し出しを求められるようになり、欧米の美術館は困惑したという。

これからの美術展は、無名作家をキャスティングすることも必要である。
トレンドはファッションブランドの回顧展、マンガやセクシャリティという今までにないテーマが取り上げられている。

『ヤマザキマリの 偏愛ルネサンス美術論』ヤマザキマリ

著者は映画『テルマエ・ロマエ』(2012年)の原作者。17歳でイタリアに渡り国立美術学校で美術史と油絵を学んだ。
ルネサンスは、普通であることに満足しない変人たちが成し遂げたムーブメントであるとする。美術史を扱っているにも関わらず堅苦しさがない。

まずは、フィレンツェで起こった〈初期ルネサンス〉を、サンドロ・ボッティチェリ(1444/45〜1510)を中心にとりあげる。ボッティチェリの師は破天荒な修道士のフィリッポ・リッピ、息子のフィリッピーノ・リッピはボッティチェリの弟子であった。3人の共通点は少女漫画風と言っていいロマチックなところだという。
初期ルネサンスのパトロンは、フィレンツェのメディチ家に代表される資産家たちであった。

ヤマザキマリの偏愛ルネサンス美術論 (集英社新書)
ヤマザキ マリ
集英社新書
2015年12月 ✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

次に、舞台はローマに移り、ラファエロ・サンティ(1483〜1520)、ミケランジェロ・ブオナロティ(1475〜1564)、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452〜1519)の三大巨匠が活躍する〈ルネサンス盛期〉となる。
この頃のパトロンは資産家たちから教会に変わる。

その画家がどのように女性像を描いたかを見れば、その画家の人格が推し量れるというのが、著者の持論。
ラファエロは、女性の美を一番認識した人物で、好感が持てるという。ミケランジェロが描く女性は、プロレスラーと見紛う筋骨隆々で色気も何もあったものではないと、筋肉フェチぶりを嘆く。ダ・ヴィンチは、マルチな才能を持った人物だが、人間嫌いでホモセクシャルであった。温かい母性や女性特有の柔らかさを感じられない女性を描いているが、芸術性の高さは認めている。

〈盛期ルネサンス〉の後をヴァザーリは〈マニエリスム〉と呼んだ。マニエリスムとはマンネリと語源となる言葉である。

フィレンツェやローマ以外のイタリアの都市、ヴェネチアやシチリアで活動した人物たちや、フランドルやドイツなどの北方地域で活躍した人物を紹介している。それらの人物の中には、自然描写の名手アレブレヒト・デュラー(1471〜1528)、北方のミケランジェロと呼ばれたハンス・ホルバイン(1497〜1543)、ジャーナリスティックな風刺画を描いたピーテル・ブュルーゲル(1525〜1569)などの特徴的な画風をもった人物がいる。

本書では、誇張と偏見があるといわれるジョルジュ・ヴァザーリ(1511〜1574)の『芸術家列伝』が、ところどころで引用されている。

『恋するフェルメール 37作品への旅』有吉玉青

フェルメール、フェルーメールと世間が騒ぐ前から、フェルメールの追っかけをやっていたと著者は胸を張る。昨日今日のにわかフェルメール好きとは、格が違うという。

著者のフェルメール作品との最初の関わりは奇妙なものだった。
ボストンにあるイザベラ・ステュワート・ガードナー美術館にあるはずの〈合奏〉を見にいったことろ、係員から「it was stolen」と説明を受けた。〈合奏〉はその6ヶ月前、1990年3月18日に、2度目の盗難にあっていた。それ以来〈合奏〉は行方知れずのままである。

恋するフェルメール 37作品への旅 (講談社文庫)
有吉 玉青
講談社文庫 2010年9月

フェルメール・ラバーとしての矜恃がところどころに顔を出す。たとえば、フェルメールの絵を風俗画などと軽々しく呼んでほしくないとしている。また、〈フルートを持つ女〉は、フェルメールの時間が流れていないから、フェルメールの作品ではないと言い切ったり、〈ヴァージナル前に座る女〉は、はっきりいって下手だと、同伴者と確認しあったりする。フェルメールを本当に愛しているからこそ、よくないものはよくないと言えるとする。

フェルメール作品踏破物としては、本書(単行本は2007年7月刊行)の他に、『フェルメール全点踏破の旅』(朽木ゆり子 2006年9月)、『フェルメール 光の王国』(福岡伸一 2011年8月)がある。個人的に、この3冊を「フェルメール踏破物御三家」と呼んでいる。本書が他の2冊と異なるところは、多分に主観的な視点から書いていることである。

作者のベスト・フェルメールは〈牛乳を注ぐ女〉である。
よく指摘されていることだが、初期の作品にはフェルメールたらしめる構図や室内に満ちる光がないという。また、晩年の作品は額縁や布の質感に衰えが見られるという。

恋するフェルメール  37作品への旅』有吉玉青(2016.02.25)
フェルメールになれなかった男20世紀最大の贋作事件』フランク・ウイン(2014.04.09)
真珠の耳飾りの少女』(映画)(2012.11.04)
深読みフェルメール』朽木ゆり子×福岡伸一(2012.11.02)
フェルメール 静けさの謎を解く』藤田令伊(2011.12.21)
フェルメールからのラブレター展@宮城県美術館(2011.11.09)
フェルメール 光の王国』福岡伸一(2011.10.28)