スイーツ

『高級ショコラのすべて 』小椋三嘉 

高級ショコラのすべて (PHP新書)
小椋 三嘉
PHP研究所
2010年1月

桜が開花する前には桜関連本が、梅干を漬ける頃には梅干関連本が発刊されてきたように、ヴァレンタインデーが近づけばチョコレート関連本が出るのは、出版業界のごく自然ななりゆきである。そんなわけで、ヴァレンタインデーも間近だから、本書が出版された(2010年のことです)。

最近は、チョコレートがショコラと小粋に呼ばれるようになった。今世紀の始めころから、フランス語圏の高級チョコレートが日本で売られるようになり、ショコラという言葉が浸透していったそうだ。著者は、ショコラ研究家として、その一翼を担っている。
そう言えば、雅子様のご実家小和田家の愛犬は、ショコラという名前だった。

チョコ業界は、ヴァレンタインデーの2匹目のドジョウを狙っている。
<日本では新たに、五節句として知られる七月七日の七夕(しちせき)を、冬のヴァレンタインの夏バージョンとして、ショコラを送る日にしようという動きがあるようです。七夕伝説ははかなく切ない恋愛物語。漢詩や『万葉集』などによって若干の違いがあるものの、天の川のそれぞれ両岸にいる織姫と彦星が年に一度、七夕の日に出会うというのは共通しています。たしかに愛の日に相応しい気がします。P57>
なかなかいいアイデアだ。そうなると、チョコで賑わう日が年2日になる。
それに、最近はヴァレンタインデーとは関係なく、頑張っている自分に対するご褒美として、このフレーズは鳥肌ものだが、高級ショコラを買い求める若い女性がいるらしいから、日本の高級ショコラの未来は明るいかもしれない。

ヴァレンタインデー近くになると、にわか高級チョコ愛好家になり、いただいたチョコをあーでもないこーでもないと見当違いの批評し、チョコを食べつくすとチョコとはまったく関係のない生活を送るというのが、ここ何年かのチョコとの付き合い方であった。
本書を入手したことであるし、今年からはチョコとの付き合いをもう少し濃密なものにしたいと思う(2010/02/05)。


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高級ショコラのすべて』小椋三嘉
チョコレートの世界史』武田尚子

『チョコレートの世界史』 武田尚子

バレンタインデーを当て込んで発刊したチョコレートの本だろうと思って手にとったら、まるで違った。
あくまでチョコレートに関する歴史書である。

チョコレートの歴史は、大きく3つに分けることができると思う。
「カカオ豆の時代」、「ココアの時代」、「チョコレートの時代」である。本書にこの時代区分が記載されているわけではないが、こうして3つに分類すると理解しやすい。
「カカオ豆の時代」は、中米でカカオ豆が貨幣の代わりや薬として用いられた時代のことである。カカオ豆は王侯貴族たち専有の貴重品だった。
「ココアの時代」は、大航海時代になって新大陸のカカオ豆がヨーロッパに持ち込まれたころから、庶民がココアを飲むことができるようになるまでである。
カカオについての宗教論争が巻き起こった、ややこしい時代である。
ココアが飲み物か食べ物かの論争がなんと100年も続いたというのだ。カソリック教徒には断食の戒律があったので、飲み物であれば断食のときに栄養源になりえて都合が良かった。他の宗派はそうはいくものかと、飲み物にしてしまうことに反対した。
また、カカオ豆をどうしたら飲みやすい物にできるかの、研究が重ねられた時代である。
カカオは、茶やコーヒーのように簡単に加工はできなかった。
「チョコレートの時代」は、特にイギリスおいて、ココアが固形のチョコレートに生まれ変わり、庶民の手が届く値段で普及していく時代である。

著者はバレンタインデーについて、まったく言及していない。
チョコレートの悠久な歴史からみれば、毎年バレンタインデーに繰り広げられる極東の国のチョコレート騒ぎは、さしたる歴史的な意味を持たないことのようだ。

高級ショコラのすべて』小椋三嘉
チョコレートの世界史』武田尚子

『古きよきアメリカン・スイーツ』 岡部 史

Photo_2古きよきアメリカン・スイーツ
岡部 史 (Okabe Fumi)
平凡社
2004年7月15日
740円
ISBN 4-582-8523

キャンプで、棒にさして焼いたマシュマロをアメリカ人からすすめられたことがあった。
マシュマロのフワフワした食感は消えて、とろりとして甘みが強くなっていた。
チョコレートをマシュマロに埋め込んで焼いたのをすすめられたこともあった。
アメリカでは、マシュマロはキャンプファイヤーの必需品なのだそうだ。
彼らの甘さに対する抵抗力は強靭だ。
彼らとは甘さに対する閾値が違うなと感じた。

アメリカ人の甘い物に対する姿勢を、著者は次のように述べている。
<ちょっとした集いでもお菓子が用意されるべきである、という風潮が強いし、まして食後にデザートがないなんてことは絶対に許されない、とみんなが信じきっている様子なのである。P10>

目次には、おおらかで、若くて、夢がある、めくるめくアメリカンスイーツがずらりと並んでいる。
本書はスイーツからみたアメリカ文化史である。

1 ペカンパイ  大いなる大地のめぐみ
2 ブラウニー  アメリカンホームメード・スイーツの代表
3 ピーナッツバター  お菓子かおかずか
4 キャンディバーとキャンディ  アメリカの駄菓子
5 ポプコーン  映画館のはじけるたのしさ
6 ガム  人はなぜ噛むのか
7 マシュマロ  キャンプファイヤーの必需品
8 ジェロ ア メリカンお助けデザート
9 パンプキンパイ  陽気な秋の使者
10 ブルーベリーマフィン  焼き菓子の幸福な出会い
11 チョコレート   新大陸のお菓子の王
12 メイプルシロップ  樹液の甘い滴り
13 コカ・コーラ  世界を制した飲料
14 クッキー  家族のくつろぎのお菓子
15 パンケーキ  聖なるお菓子の変転
16 アップルパイ  ほがらかな実りのお菓子
17 チーズケーキ  ニューヨーク育ちのお菓子の逸品
18 ドーナッツ  ハイク詩人がこだわった味
19 ベーグル  ニューヨークを席巻するパン
20 プレッツェル  かたちに残る歴史

アメリカに甘いものの種類が多いことや、アメリカ人が甘い物を好む理由については、次のように分析している。
<アメリカ人は、とりわけ若さを尊ぶ人たちである。実年齢の若さというものではなく、個人の努力によって保たれる精神的な、かつ肉体的な若さである。そのエネルギー源として、また内面の支えとして年を経てもお菓子への興味を失わない・・・・・・、私の目にはそんなふうに映る。P13>
もうひとつの理由として次の点を挙げている。
<アメリカで生活することは、想像以上にストレスが溜まることなのだった。・・・・・・
彼らは心の安定のために、よくお菓子を利用する。お菓子の甘さや口当たりのよさは、母体に包み込まれるような安らぎを与えてくれるからである。P14>

多民族国家であるアメリカには、多様な食文化が成り立っている。それぞれの民族の固有のスイーツがアメリカというふるいにかけられてアメリカ発のスイーツになるには、認め合わなければ生き残れないという受け入れる側の寛大さもあったと思う。
アメリカの包容力なのだろうか、あるいは童話翻訳家の著者の人柄なのだろうか、アメリカンスイーツを食べたくなるようなほのぼのとした読後感に浸ることができる。

好物のジェリービーンズをとりあげてほしかった。
それと、2002年1月、テレビでアメリカンフットボール観戦中にプレッツェルを喉につまらせた大統領について、ちょっとしたジョークを加えて取りあげて欲しかった。