短篇

『ならずものがやってくる』 ジェニファー・イーガン

元パンク・ロッカーの音楽プロデューサー・ベニーと、その部下である35歳のサーシャという盗癖のある女性が登場し物語がはじまる。ふたりに関わる多くの人たちに焦点があたる12章からなっていて、すべての章に別の主人公が当てられている群像劇である。
およそ50年という時間軸のなかを行きつ戻りつしながら、ニューヨーク、サンフランシスコ、アフリカ、ナポリと舞台が変わる。そして、視点も三人称だったり、一人称だったり、あえて二人称だったりして、さらに、サーシャの娘がパワーポイントのスライドだけで書いた日記の章や、ページを上下に分けて下に長い注釈を載せた章のように実験的な試みもなされている。音楽を通して見える現代社会の人間模様が多彩な切り口で語られている。
横溢せんばかりの著者の才能が感じられる短篇集である。

ならずものがやってくる (ハヤカワepi文庫)
ジェニファー・イーガン/谷崎由依
ハヤカワepi文庫  2015年✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
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べニーは、高校生の頃、モヒカン・ヘアーのパンク・ロッかーだった。その後、辣腕の音楽プロデューサーになっている。ベニーの下で働くサーシャは、盗癖があり心理治療を受けている。今は、ベニーには息子がいて、妻はベニーの浮気の気配を察知している。
17歳の頃家出してナポリにたどり着いたサーシャは、買春して泥棒して生き延びてきた。今は、外科系の医師と結婚してふたりの子供の母親として暮らしている。
若い頃ベニーの面倒をみていたルーは、いざこざを生み出し続ける種類の男であり、幾度かの結婚に失敗し、今は2度目の脳卒中を患い病床に臥している。

波乱の日々を送った者にとって、時間はならずものだという。それがタイトルの由来だ。
本書は、2011年のピューリッツアー賞を受賞している。→人気ブログランキング

『10の奇妙な話』 ミック・ジャクソン

切ないが変でユーモアのある独特の味がある短篇が10篇収録されている。つい引き込まれてしまう現実には起こりがたいことが違和感なく語られて余韻が残る。また装画の出来が鋭い。描かれた人物はそれぞれの物語の切なさとユーモアを背負っている。

10の奇妙な話
10の奇妙な話
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ミック・ジャクソン/ 田内志文
東京創元社 2016年
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「ピアース姉妹」 海で遭難した青年を助けた姉妹は青年に容姿を酷評された。ふたりはに男がいると楽しいことに気づいた。
「眠れる少年」 少年が10年眠り続けた結果起こること。
「地下をゆく舟」 定年男が地下室で舟を完成させるが、入り口から出せないことに気づいた。
「蝶の修理屋」 時計の修理器具のような蝶の修理器具を見つけた話。
「隠者求む」 裕福な夫婦が地所の洞窟に隠者を住まわせる広告を地方紙に出した。住まわせた隠者を制御できなくなる。
「宇宙人にさらわれた」 宇宙船に音楽の先生をさらわれた子供たちは、先生を取り戻そうと、市庁舎に押しかける。
「骨集めの娘」 話をなんでも聞いてくれた祖父が死んだ。少女はそれまで掘って集めた骨を穴に埋めた。
「もはや跡形もなく」 母親と喧嘩した男の子が家出し森の中で暮らす。
「川を渡る」 葬儀屋一家と死体が入った棺を乗せた車が親族とはぐれてしまい、舟で葬儀場にたどり着くようにした。
「ボタン泥棒」 馬にボタンを食いちぎられた少女がボタンを取り戻そうとする話。→人気ブログランキング

『小型哺乳類館』 トマス・ピアース

機知に富んだユーモアたっぷりの12の短篇が並んでいる。文章が緻密でうまくて、話の運びがうまい。珠玉ぞろいの素晴らしい短編集だ。なかでも秀逸なのは「実在のアラン・ガス」。
同棲相手の女は夢の中で結婚しているという。相手の名前はアラン・ガスと打ち明ける。男の頭の中でアラン・ガスの存在がどんどんの大きくなっていく。

小型哺乳類館
小型哺乳類館
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トマス ピアース Thomas Pierce/真田由美子
早川書房
2017年12月 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
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息子が自宅に小型のクローン・マンモスを連れてくる。息子が出張で家を開けることになり、母親はひとりでマンモスの世話をすることになる。「シャーリー・テンプル三号」

息子が火遊びをした。2回目だ。なんとか息子の気を火からそらそうと、父親は息子をつれてグラスホッパーの会のキャンプに向かう。「グラスホッパー・キング」

イルカ好きのエリーは、男を振りそして振られる。その後バーテンダーと交際し、母の勧めた会社の面接試験を受けるとトップの成績で採用される。小論文の出来がよかったらしい。そして前に振った男とであう。「私たちはなぜ泥を食べたのか」

古い家を購入して修理をすると壁からオポッサムらしき頭蓋骨が出てきた。それを聖ホッシーと名付けた。妻が生物学を教えている同僚に調べてもらうと、得体がしれないという。「聖ホッシー」

コメディアン夫妻が飛行機に乗っている。コメディアンには息子がいて、その息子の母親が結婚式を挙げようとしている。母親はシングルマザーなのだ。母親の夫になる男が空港に迎えに来ている。
コメディアン夫婦と、息子と母親と夫になる男と、母親の両親とが一緒に散歩する。コメディアンは大人気ない行動に出る。「いまだ至らぬフィリークス」

転ぶ人々が次々につながるシチュエーション。つながりは見事に仕組まれている。「転ぶ人々のビデオ集」

気球遊覧飛行を生業にしている女が、ある金持ちの男を乗せる話。男はたったひとりで鳥かごに入れたインコとともに気球に乗る。男はわがままだ。「おひとりさま熱気球飛行ツアー」

鉱物の調査を仕事としていた弟の遺体は政府機関が厳重に管理しているという。死因の調査のため政府機関の女性を介して、隔離された弟の遺体の状況が何年にもわたって伝えられる。地球全体にとっても著しく危険な遺体なのだ。「追ってご連絡差し上げます」

子持ちの女と付き合っている。その子どもを連れて動物園に行き、人気の小動物の列に並ぶ。この子どもが可愛げがない生意気なガキだ。「小型哺乳類館」

アカデミーの会員が太古の骨の化石から巨大生物をでっち上げる見世物師を目の敵にする話。「いまの時代の私たち」

ドーベルマン2頭に餌をやって郵便物を取り込むことを、留守にする知人から頼まれた。妹は事故で高次脳機能がやられた兄とともに食品庫に隠れているのだが、犬をおとなしくさせる魔法の言葉を忘れてしまった。さあどうする。「バーバブーン」
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『パット・ホビー物語』F.スコット.フィッツジェラルド

「ロスト・ジェネレーションの旗手」、あるいは、「ジャズ・エイジの象徴」と呼ばれたF.スコット.フィッツジェラルド(1896〜1940年)の最晩年の作品。1940〜42年に雑誌『エスクァイア』に連載された連作短篇。

トーキー時代に引っ張りだこの脚本家だった49歳のパット・ホビーは、ここ5年間は仕事が少なくなるばかりだ。パットは、企画書もまともに読まないくらいでいい加減で通してきた。自分には、まだそれなりの力があるかのような態度を、ことあるたびにとるが、ほとんどの場合無視される。金の無心をしなければならないほど素寒貧である。いつもジンかウィスキーのパイント瓶を尻ポケットに忍ばせてアルコール臭い。
落ち目のパット・ホビーがヘマをしでかす話がオチがついて並んでいる。
本書に収録されている短篇は、ほとんどが本邦初訳だという。

主人公と同じように、1920年代に名声をほしいままにした著者だが、本作品の執筆の頃は、妻エルダは精神病院に収容され、自身はアルコールに蝕まれどん底の状況にあった。著者はパット・ホビーに自身をダブらせていたのだろう。

パット・ホビー物語
パット・ホビー物語
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F.スコット・フィッツジェラルド
風濤社 (2016
2016年12月

「パット・ホビーのクリスマスイブ」第1話
パットはクリスマスイブだというのに重役に命じられた仕事をしている。新任秘書のヘレンから重役の弱みを握っていると聞かされた。パットは重役をゆすってプロジューサーにしてもらおうと企てるが。。

「パット・ホビーとオーソン・ウェルズ」第5話
撮影所には入構書がなければ出入りできなくなった。警備員に屁理屈を並べてなんとか入ろうとするパットだが、警備員は「たとえオーソン・ウェルズだとおたくが言ったとしても入れるわけにはいかない」と返す。
パットは、映画界の重鎮の車に乗り込み、入構書の発行をお願いする。しぶとく食い下がるパットに、重鎮は新顔のオーソン・ウェルズと会うことになっていると言って、面倒臭そうに名刺入れに手を伸ばした。
金を無心した相手に強要されて、パットはオーソン・ウェルズに変装させられた。急に心臓発作で倒れた重鎮をパットが乗っている車で病院に運ぶことになった。パットは変装がばれてはまずいと、バーに駆け込みカウンターの髭面のエキストラたちに紛れ込んだ。

「パット・ホビーの学生時代」第17話
秘書はパットに机の中のものの廃棄を命じられ、袋に詰めて車で捨てる場所を探していた。大学を舞台とした映画を作ることになって、パットはアイデアを探りに大学を訪れた。教授会の席でとっさに浮かんだ学生の窃盗事件のストーリーを語った。そこに捨てる場所が見つからなかったと、秘書が袋に入った大量の空の酒瓶を持って現れた。→人気ブログランキング

『頼むから静かにしてくれ 1』 レイモンド・カーヴァー

レイモンド・カーヴァーは、ありふれた日常を、策を弄さずに、短いセンテンスで簡潔に描いている。独特の味わいをかもし出すミニマリズムが、カーヴァーのスタイルだ。
短編小説のアメリカ52講』(青山 南著)にショッキングなことが書かれていた。〈1998年、ニューヨーク・タイムズ紙に、カーヴァーの作品のほとんどは、ゴードン・リッシュとの合作だったと、D・T・マックスが調査記事を発表した(8月9日付)。リッシュは、1969年から77年まで、『エスクァイア』の凄腕の編集長だった人物である。カーヴァーの作品にはリッシュの手がかなり入っていて、それは改竄にも等しい。カーヴァーはリッシュが手を加えることを嫌がったという。〉
著者が書いているように、カーヴァーの作品には、長さが違うふたつのヴァージョンがあったり、タイトルがふたつあったりなどの違和感があったが、カーヴァーとリッシュとの関係がわかると理解できる。
それにしても、「改竄にも等しい」といわれる作品群に、どう向きあったらいいのか、カーヴァー・ファンとしては複雑である。

頼むから静かにしてくれ〈1〉 (村上春樹翻訳ライブラリー)
レイモンド カーヴァー/村上春樹訳
中央公論新社
2006年1月

「でぶ」fat
私はリタにダイナーで、でぶの男にサーブした話をする。
でぶの男はときどきプフッと音をたてる。シーザーズサラダとボールいっぱいのスープ、ラムチョプ、サワークリームをかけたベイクトポテト、そしてスペシャルデザートを注文した。パンとバターは4回運んだ。プフッといいなからきれいに平らげた。
家に帰ってシャワーを浴びてベッドに横たわると、恋人がことに及ぼうとすると、自分が突然でぶになったように感じがして、恋人がどんどん小さくなっていく気がした。
そんな話をリサにした。

「隣人」Neighbors
その夫婦には、隣に住む夫婦が自分たちよりも充実した輝かしい生活を送っているように思えた。隣の夫婦が旅行に出かけるので、猫の世話と芝生の水撒きを頼まれた。
他人の生活の場を目の当たりにすると、性的に興奮するのか夫は妻をいつもより求めた。夫は隣の家の戸棚を開けたり、ウィスキーを飲んだり、夫の服を身につけたり、エスカレートしてその妻の下着を身につけたりしていた。
妻が鍵を燐家のなかに置き忘れたまま扉を閉めてしまう。

「人の考えつくこと」The Idea
夫と私は、隣の家の中を覗く男が現れるのを待った。覗いている男が見ているのは、服を脱ぐ女だろう。ベッドルームの電気が消え、男が家の脇に沿い戻ってきて、残った灯りも全部消えた。「マーケットであの女に会ったら思っていることを言ってやる」と私は息巻いた。
そのあと、夫と私は夜食を食べて夫はベッドに入った。夜食の後片付けをしていると蟻が列をなして流し台のパイプのところにいた。そこに殺虫スプレイを撒いた。
「最低の女」と、私ははつぶやいた。「なんてことを思いつく女だろう」。もっとひどいことも言った。

「そいつらはお前の亭主じゃない /ダイエット騒動」They're Not Your Husband
男は、妻がウェートレスとして働いている24時間営業のコーヒーショップに寄ってみた。ふたりの男が妻の後ろ姿を見て太りすぎだと言っている。
仕事から帰った妻に痩せたらどうかと提案すると、妻はダイエットに取り組み4キロ減らした。
仕事場で急に痩せたのはどこか悪いのじゃないかと言われたと妻が言う。そいつらはお前の亭主じゃないんだ、余計なことをいうなと男は言う。
ある夜、妻の働くコーヒーショップに立ち寄り、夫は妻でないウェートレスに、あのウェートレスの感じが変わったとさりげなく言う。さらに、夫は隣の男の客にどう思うと妻のことを尋ねる。そのうちにウェートレスが妻に「あの男は変だ」と言い出す。妻は亭主だと明かす。

「あなたお医者さま?」Are You A Doctor ?
女から会いたいとアーノルドに電話がかかる。電話番号はベビーシッターのメモに書かれていたという。よく日その女の家に行くと子どもがママは薬を買いに行ったという。女が帰ってきて、あれこれ話し、アーノルドは何も問題のないことを知り帰る。家に帰るといつものことだが妻から電話がかかってきた。妻はいつののアーノルドらしくないという。アーノルドはドキドキするのを感じた。

「父親」The Father
生まれて間もない赤ん坊を3人の姉妹と母親と祖母が取り囲んでいる。赤ん坊が誰に似ているかという話から、父親が誰に似ているかと話題は広がる。
椅子に座っていて振り向いた父親の顔は蒼白だった。

「サマー・スティールヘッド(夏にじます)」Nobady Said Anything
思春期の男の子の1日を描いた作品。弟との喧嘩に始まって、ズル休み、巨大な坂のを捕まえて家に持ち帰ったというのに、母親は気持ち悪いから捨てろというし、父親は気が狂ったかと罵る。

「60エーカー」SixtyAcres
誰かが土地に入って猟をしていると、電話があった。リーはうっすら積もった雪の中を、銃を携え車で出かけた。着くころにはいなくなっているだろうと思いながら。ところが、コートのポケットに獲った鴨をつっこんでいるふたりの子どもがいた。そいつらに銃を向け鴨を奪い、姓名を聞き気がしてやった。
家に帰ると妻に土地を鴨撃ちのクラブに貸そうかと言い出す。妻は貸すだけだよねと確かめるように繰り返す。

「アラスカに何があるというのか?」what's In Araska ?
マリファナ用の水パイプを買ったという夫婦にさそわれて、カールとメアリ夫婦は出かけていく。カールは新しい靴を買った。メアリが見つけた仕事の都合でアラスカに行くことになるかもしれない。マリファナを吸ったあと、4人がなんとか理性を保とうとする様が描かれる。

「ナイトスクール」Night School
私がバーでビールを飲んでいると、「車を持っている」かと2人組の女が話しかけてきた。ふたりは、州立大の夜の購読クラスの学生だという。私も同じ大学の授業を受けていた。ふたりはビールをおごってくれて、購読クラスの先生の家に行こうと私を誘った。
車は実家にある。バーを出て歩いて家に着くと、車は仕事で母が使っている父がという。
しばらく、外にふたりを待たせていると、「あのインチキ野郎」という声が聞こえた。

「収集」Collectors
雨の降る日、前に住んでいた夫人がアンケートに答えて、懸賞に当選したので景品を届けにきたと男が訪ねてきた。男は家に強引に入ってきて、バッグを開けその景品を組み立て始めた。なんのかんのと言いながら、帰った方がいいのではないかという忠告を無視して、出来上がったのは真空掃除機。そして、吸塵の性能を証明するかのように、掃除を始める。カーペットに液体を撒き散らし吸引する。
1ドルも払えない、金がないと男に伝えた頃には、掃除機をバッグの中にしまいこんでいた。男は、最後に、この掃除機は要りませんかと訪問の目的を明らかにした。

「サンフランシスコで何をするの?」What Do You Do In San Francisco?
私は郵便配達員だ。
この田舎町では、その夫婦のように職にもつかずぶらぶらしている人間を見かけなかった。夫婦は3人の子どもと、サンフランシスコから越してきたという。妻は絵を描いていた。夫も似たようなことをしていた。
男は郵便受けの名前を変えなかった。
まず妻が出て行った。数日して夫の母親が子どもを連れていった。
その後、夫は毎日のようの郵便物の配達を待っていた。ある日、くるくるとした女文字で書かれたポートランドからの封書を手渡すと、夫は顔面蒼白になった。そして、男はそこからいなくなった。その後、彼の奥さんだったり彼宛の手紙が届くことがあると、1日保管してから差出人に送り返す。それが仕事だから。。

「学生の妻」The Student's Wife
彼がリルケの本を朗読していると妻は彼の枕に頭を乗せたまま眠ってしまった。
そのうちに目覚め、夫にサンドイッチを作ってくれるように頼む。サンドイッチを食べたところで、夫が眠りにつくと、妻は起きて動き回り、さめざめと涙を流した。→人気ブログランキング

『短編小説のアメリカ52講』青山 南

アメリカは短編小説王国だ。本書は、NHKラジオ講座『英会話』のテキストに連載していた文章をまとめたもの。本として出版するさいに多くの注を書き加えた。文庫にする際その注をすべて本文に組み込んだという。

ウォレス・ステグナーによると、「アメリカの発明品が短編であり、特産品が短編である」(『偉大なるアメリカの短編小説』1957年)という。また、アイルランドの作家・フランク・オコナーは、短編小説はアメリカの"a national art of form"であると言った。なぜ短編小説はアメリカの国民芸術なのか?

アメリカが短編小説王国であるのは、オコナーによると、アメリカが"a submerged population group"から成り立つ国であるからだ。アメリカには、「人目につかない人たち」「隅っこに追いやられている人たち」がたくさん住んでいる。「不親切な社会で途方に暮れ、親切な社会など標準どころか例外であると思い知らされてきた先祖」、すなわち移民を先祖とする人が多いアメリカだからこそ、短編が栄えたというわけである。 短編には、社会からはぐれた者が、社会の隅っこをとぼとぼと歩いているところが描かれているという。

短編小説のアメリカ 52講 こんなにおもしろいアメリカン・ショート・ストーリーズ秘史 (平凡社ライブラリー)
青山 南
平凡社ライブラリー 2006年9月 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

『ザ・ベスト・アメリカン・ショート・ストーリーズ』がスタートしたのは1915年。エドワード・J・オブライエンがはじめた。
その理由は、映画や絵画や詩に対抗して、短編小説が質の低いものになってはいけないという危機感と、これがアメリカの短編だ、と誇れるような短編のサンプル集を作らねば、という使命感だったという。
1919年には、『O・ヘンリー賞受賞作品集』が刊行されている。

1980年代に、アメリカ短編小説界のルネッサンスがあった。
そのひとつは、1983年に、イギリスの文芸誌『グランタ』が、アメリカ短編小説の潮流の変化を伝えている。それは「ダーティ・リアリズム」という言葉に集約される。「ニューヨーカー的」な、お高くとまったテイストから脱却し、なんでもありになったということである。
もうひとつは、女流作家の台頭であり、その後、アフリカ系アメリカ人に門戸が開かれていないことが問題となった。このふたつの流れが、アメリカ短編小説界に起こったルネッサンスとされている。

小説家を志す者が大学の創作科の講座で学ぶというケースは、いまのアメリカではすっかり定着しているという。創作科の嚆矢はアイオワ大学で、1939年のことだが、いまや400を超える大学に創作科がある(2005年現在)という。
創作科という講座は、長いこと、胡散臭い目で見られてきた。それは、作家になるためには才能なり天分が必要で、文章の書き方の教育を受けたからどうこうなるものではない、という考えが根強いからだ。
アイオワ大学創作科を出て小説家になるのは1%でしかない。

アイオワ大学の案内書によれば、出版社や批評家からそれなり評価を得ている現役作家たちの、なんと1/4から1/3が、大学となんらかの形で関わったか、いまなお関わっているという。旅のガイドブックには、アイオワ・シティを舞台とした現代小説が、50以上もあると書かれているとのこと。

1998年に、レイモンド・カーヴァーの作品のほとんどはゴードン・リッシュとの合作だというショッキングな記事が、『ニューヨーク・タイムズ』紙に掲載された。リッシュは1969年から77年まで『エスクァイア』の編集長だった。カーヴァーの作品にはリッシュの手がかなり入っていて、それは改竄にも等しいという。
最初の頃はともかく、カーヴァーはリッシュに辟易していたという。
カーヴァーの作品には、長いヴァージョンと短かいヴァージョンのある作品とか、中身は同じなのにタイトルが異なる作品、などの不可解な点があるが、それはカーヴァーとリッシュとの関係がもたらしたのだ。→人気ブログランキング

『彼女がエスパーだったころ』宮内悠介

擬似科学を容易に受け入れてしまう人間社会の危うさがテーマ。事件を追いかけるジャーナリストの「わたし」が俯瞰的視点で語る。
著者の多岐にわたる豊富な知識、奔放な発想力、そして卓絶な表現力に脱帽である。

彼女がエスパーだったころ
宮内悠介
講談社
2016年4月

「百匹目の火神」The Biakiston Line
火を使うことを人から教えられたニホンザルの能力が、猿たちの間に広がっていき、猿による放火事件が起きた。空き巣のあと、火をつけたのだ。
猿たちは日本各地で集団放火事件を起こす。共時性の願いが伝播した現象と説明された。
人々は猿を殺傷したが、ニホンザルは天然記念物である。法律が障害となり対策は後手に回った。ある日、雨が止むように猿の放火が終焉する。
「彼女がエスパーだったころ」The Discoveries of Witchcraft
スプーン曲げで有名になった千晴は、大学の物理学教授と結婚した。
ところが、千晴の不在時に夫が非常階段で足を滑らして転落死した。超能力者とされた千晴に疑いがかかり、魔女狩りの事態にまで発展する。
「ムイシュキンの脳髄」The Seat of Violence
バンドのリードボーカルの網岡はなにかにつけ逆上した。
同棲相手で、同じバンドのベース担当のかなえは、網岡に対するオーギトミーに反対した。手術後、天使のように変わってしまった網岡に、かなえは違和感を感じた。
そして、網岡はかなえと別れ郷里に引退した。
オーギトミーの普及に努める医師を批判するフリージャーナリストが殺害される。
「水神計画」Solaris of Words
放射能汚染水に「ありがとう」と声をかければ浄化される話。
「薄ければ薄いほど」Remedy for the Remedy
ごくごく薄めてしまえば毒も薬になるというホメオパシーの疑似科学性が暴露される。
「沸点」The Budding Point
世の中を変えるには、一部の人たちが変わればいい。ある人数の人々が変われば、それが転換点(ティッピング・ポイント)となって、世の中は変わるという。

彼女がエスパーだったころ/講談社/2016年4月
アメリカ最後の実験/新潮社/2016年1月

『嵐のピクニック』本谷有希子

ブラックで可愛らしく、予想をはるかに超える展開の11の短編集、大江健三郎賞受賞作(第7回、2013年)。賞には賞金はなく、ご褒美は英語や独語への翻訳出版だそうだ。それにしても、著者の文体をまねた大江健三郎の解説文はどうしたんだろう、浮いちゃっている。

『アウトサイド』 いくつかのピアノ教室へ通ったものの、バイエルすら終わっていない私に、新しいピアノ教師は優しく教えてくれた。その甲斐あってめきめき上達したが、ピアノ教師の狂気によって一変する。

嵐のピクニック (講談社文庫)
嵐のピクニック
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本谷 有希子
講談社文庫
2015年5月 ✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

『私は名前で呼んでいる』会議中にカーテンの膨らみが気になり出しから始末が悪い、会議そっちのけで目がカーテンにいく。部下のプレゼンアド耳に入らない。
『パプリカ次郎』市場で野菜を売っているパプリカ次郎の屋台を吹き飛ばし、銃声が響かせて何人かの人がいく。そのあと市場の人々が後片づけをすることの繰り返し。 『人間袋とじ』足の指をしもやけを利用してくっつける話。
『哀しみのウェイトトレイニー』オーガニックストアでレジ打ちをしている妻が、夫が見ていたテレビに映るボクサーの肉体を見て、一念発起、筋トレジムに通うようになり、 筋肉ムキムキになっていく。
『マゴッチギャオの夜、いつも通り』サル山に入れられたチンパンジーがサルたちの洗礼を受ける。見守る若いサル・マゴッチギャオとの交流を描く。
『亡霊病』入賞したコンクールの授賞式でスピーチの順番が回ってくると、亡霊病の発作が迫ってる。
『タイフーン』 バス停で母と僕と汚い服を着たおじさんは、嵐の中傘をさして交差点で信号待ちしている男の人を見ている。人々は次々に傘で空に舞い上がっていった。
『Q&A』 創刊からの連載Q&Aのコーナーが終わることになり、最後の13の質問に答える。
『彼女たち』 恋人と決闘することになり彼女に連れられて河原にやってくると、同じ事情の男女が続々現れた。
『How to burden the girl』 高い塀に囲まれた家に住んでいた女は5人の弟と親父さんを悪の手下に殺されたが。。
『ダウンズ&アップス』 売れっ子デザイナーは対等の口をきく若者が気に入って雇った。やがて、デザイナーは気持ちのいいお世辞を聞いていないことに気がついた。対等な話をする若者にイラつくようになった。
『いかにして私がピクニックシートを見るたびに、くすりとしてしまうようになったか』 試着室に入った客が店の服をすべて試着しても試着室から出てこない。翌日に持ち越し試着室ごと建物の外に出たのだが。。

→『嵐のピクニック』
→『異類婚姻譚』2016.01.26

『大いなる不満』セス・フリード

それぞれが、意表を突く設定だから、つじつまが合わなくなりはしないかと不安を抱かせるが、気づけばずるずると著者ならではの世界に引きづり込まれている。そして最後に宙ぶらりんのままに放り出されたりする。

大いなる不満 (新潮クレスト・ブックス)
大いなる不満
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セス・フリード(藤井 光訳)
新潮社
2014年5月 ★★★★★

「ロウカ発見」発見されたミイラをめぐり、研究室内の人間関係は奇妙に変化する。
「フロスト・マウンテン・ピクニックの虐殺」数多くの死者を出すピクニックが毎年繰り返される。
「ハーレムでの生活」王と多数の美女がいるハーレムに暮らす醜い男の話。
「格子縞の僕たち」火山口に投げ入れられるカプセルにサルを入れるのが仕事。
「征服者の惨めさ」スペインの南米侵略、征服者の悲哀を描く。
「大いなる不満」エデンの園で、猫がオウムをライオンがクジャクや子羊が本能をあらわにできないでいる。
「包囲戦」悲惨さがエスカレートしていく包囲戦を描く。
「フランス人」20年前、中1の劇で演じたフランス人役が新聞に載ったこと。
「諦めて死ぬ」親族が事故で次々死んでいく青年の話。
「筆写僧の嘆き」古英語詩のでたらめ極まりない写本を、くり返す僧たち。
「微生物集」ー若き科学者のための新種生物案内 微生物に見える存在の強引さと情けなさ。→人気ブログランキングへ

『フィッターXの異常な愛情』蛭田亜紗子

タイトルから偏執的な内容を想像しそうだけれど、まったく違う。
起承転結にビシリとはまった連作短編の恋愛コメディである。

広告代理店に勤める32歳の独身OL國枝颯子(さつこ)は会社に向かう交差点の真ん中でノーブラに気づいた。今日会うクライアントは手強い。ブラジャーをしていないことを見破られて、だらしないと烙印を押され破談になるかもしれない。
目に入ったランジェリーショップに入った。

フィッターXの異常な愛情
蛭田 亜紗子(Hiruta Asako)
小学館
2015年4月 ★★★★

応対したのが、まさかの男のフィッター伊佐次耀。
伊佐次は颯子の高校卒業以来の不摂生な生活をズバズバと言い当てた。
そして勧められるブラジャーを着け商談にむかった。
今までなら難敵クライアントに嫌味を言われっぱなしだったが、颯子は自説をまくし立てた。それが功を奏して商談成立。
その後も伊佐次の勧める下着を身につけ、仕事も人生も良い方向にいくかと思われたが。。