ラブストリー

2018年12月10日 (月)

アメリカーナ チママンダー・ンゴズィ・アディーチェ

アフリカとアメリカとイギリスを舞台に、ナイジェリア人カップルの間で展開される長編ラブストーリー。ふたりの主人公はもちろん、親や親戚や友人たち、そして端役に至るまで、「キャラだちが半端ない」。著者の筆力に圧倒される。全米批評家賞受賞作(2013年)。

主人公のイフェメルが13年間暮らしたプリンストンを去る前に、髪を結いにいく場面からはじまる。イフェメルがアメリカにやって来たときに、初めて自分が黒人であることに気づいた。文化ギャップや階級・人種差別、特に肌の色と髪の毛について何度も描かれる。

話はナイジェリアの最大の都市ラゴスに移る。イフェメルの通う中等学校に大学教授を母に持つオビンゼが転校してくる。イフェメルにとってオビンゼは、自分をいちいち説明する必要を感じない初恋の相手であった。
ふたりは大学に進学するが、不安定な政情のせいで教師のストライキが続く大学は機能が麻痺してしまう。大学に愛想をつかしたイフェメルは、アメリカ留学の資格を得てアメリカに渡った。オビンゼも後でアメリカに渡るはずだった。

Image_20201115102201アメリカーナ
チママンダー・ンゴズィ・アディーチェ/くぼたのぞみ
河出書房新社
2016年

タイトルの「アメリカーナ」という言葉は、イフェメルの友人一家がアメリカに渡ることになったときに、同級生たちの会話に出てくる。「めっちゃアメリカーナになっているよね。ビシみたいに」。1年下のビシは、短いアメリカ旅行から帰ってきてから、気取った態度をとるようになり、方言はわからないふりをしたり、英単語にわざとらしい「r」音をくっつけたりした。つまり、憧憬と嫉妬と軽蔑が入り混じった「アメリカかぶれ」という意味だ。

イフェメルは、アメリカにやってきたばかりの頃、奨学金だけでは暮らしていくことができず、他人の社会保障カードと運転免許書を手に入れ、仕事を得ようとする。ところが職が見つからず、男と同衾するだけで金を手にしたことに苦悩し、オビンゼとの連絡を絶ってしまう。

イフェメルからの連絡が途絶えて苦悩するオビンゼは、アメリカ留学の書類を大使館に申請し続けたが、9・11の影響で留学の道は閉ざされてしまう。そこで仕方なく親戚のつてでイギリスに渡るが、人種差別と不法滞在がばれないかという恐怖にさらされた。
イギリスからラゴスに戻ってきたオビンゼは、ビッグマンに拾われ不動産業で成功をおさめる。やがて貞淑な妻を娶り娘が生まれ、傍目からすれば順風満帆であった。

一方、イフェメルはベビーシッターを経験し、白人男性とつきあい出しアメリカの生活に溶け込んでいく。
薬液で髪をまっすぐにして髪と頭皮を傷めながら、イフェメルは就職の面接を受ける。雑誌の出版社に採用されるが、鋭い意見を持つイフェメルはやがて周囲と意見が合わなくなり辞めてしまう。
イフェメルはブログをはじめる。人種差別と、髪の毛と肌の色の問題と、アフリカから奴隷として新大陸に渡った祖先を持つアフリカン・アメリカンと、経済的・政治的理由でアフリカから渡ってきたアメリカン・アフリカンとの微妙な関係についての、エッジの効いた内容は爆発的なアクセス数を得て、超人気ブロガーとなる。たとえばミッシェル・オバマのストレートヘアを論じる。
そんな折、友人からオビンゼの近況を聞いいたイフェメルは、オビンゼにメールを送ることにし、舞台はナイジェリアに移る。→人気ブログランキング

なにかが首のまわりに/チママンダ・ンゴーズィ・アディーチェ/くぼたのぞみ/河出文庫/2019年
男も女もみんなフェミニストでなきゃ/C・N・アディーチェ/くぼたのぞみ/河出書房新社/2017年
アメリカーナ/C・N・アディーチェ/くぼたのぞみ/河出書房新社/2016年
明日は遠すぎて/C・N・アディーチェ/くぼたのぞみ/河出書房新社/2012年
半分のぼった黄色い太陽/C・N・アディーチェ/くぼたのぞみ/河出書房新社/2010年
アメリカにいる、きみ/C・N・アディーチェ/くぼたのぞみ/河出書房新社/2007年

2017年12月29日 (金)

勝手にふるえてろ 綿矢りさ

映画化、2017年12月23日公開。
おたく期間が長かったと自分で認める、26歳のOL、江藤ヨシカは、二人の男との恋愛のはざまで揺れている。とは言っても、イチ彼は中二のときから思いを遂げられない初恋の男で、卒業以来、一度も会っていない。
ニ彼は同期入社の男。結婚を前提に付き合ってくれと言われているものの、返事はしていない。ニ彼はマッチョで、自分の身体を鍛えることしか興味がない様子。一方、ヨシカはウィキペディアで絶滅した動物を調べることに凝っているが、もちろんニ彼はその話題に食いついてこない。

Image_20201206095301勝手にふるえてろ
綿矢りさ
文春文庫
2012年

ヨシカはイチ彼と再開を果たすために、外国在住の同級生になりすまして、SNSのアカウントをとり、同級会の開催をアナウンスした。
同級会当日、その同級生をインフルエンザに罹って出席できなくなったことにした。
思惑どおりイチ彼が現れて、後日、在東京組で集まろうということで話がまとまった。
しめしめうまく事が運んだ。
こんな悪巧みで思いが遂げられるわけがないのだが。。
理想と現実のはざまで右往左往するヨシカは、おたく気質が禍して不祥事を引きおこしてしまう。

妄想たくましい不器用なOLが暴走するコミカルで哀愁漂う恋の物語。→人気ブログランキング

2017年7月 7日 (金)

キャロル

映画『太陽がいっぱい』(『リプリー』1960年)の原作者パトリシア・ハイスミスの同名の自伝的小説の映画化。女性同士の恋愛を描いた作品。

1952年、クリスマスを向えるニューヨーク。
フランケンバーグ・デパートの館内に、「アイゼンハワー大統領の就任を祝って、特別販売をいたします」とアナウンスが流れる。
19歳のテレーズ(ルーニー・マーラ)は、7階のおもちゃ売り場で働いている。
ゴージャスなミンクのコートを身に纏ったブロンドのキャロル(ケイト・ブランシェット)が、4歳の娘リンディへのプレゼント用の人形を買いに来た。望みの人形がなかったので、テレーズはキャロルに、鉄道セットを勧めた。

9c6354f5c6724513846e848c9dc0fbc3キャロル
Carol
監督:トッド・ヘインズ
脚本:フィリス・ナジー
原作:パトリシア・ハイスミス『The Price of Salt』
アメリカ・イギリス 2015年 118分

この出会いをきっかけに、ふたりは互いの家を行き来する友人となった。

テレーズは一緒にヨーロッパに行くことになっていた恋人との関係に悩み、キャロルは離婚を決めた夫と娘の親権をめぐって悩んでいた。
キャロルはテレーズが写真に興味があることを知り、高価なカメラをプレゼントした。

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ある日、共同親権で合意していたはずなのに、道徳的条項を盾に、夫は単独親権を主張しだした。かつて、キャロルはリンディの名付け親で、幼馴染のアビーとレスビアンの関係にあったのだ。
キャロルはリンディと引き離されてしまう悲しみから逃れるために、テレーズを車での旅行に誘った。
2週間の旅行の間に、ふたりの関係は友人から恋人へと変わっていった。
モーテルでの情交を、隣の部屋に泊まった男に盗聴されテープレコーダーに録音されてしまう。夫に雇われた男だった。

録音テープという証拠を突きつけられたキャロルは、夫に親権を渡さざるを得なくなり、面会権だけだけで引き下がることになった。
そして傷心のキャロルはテレーズとの関係を清算することにする。
関係を絶つことに一度は同意したテレーズだったが、思いを断ち切れず、キャロルに連絡をとろうとするのだった。→人気ブログランキング

2014年6月11日 (水)

イニシエーション・ラブ 乾くるみ

大学4年生の主人公鈴木は社会人となり、世渡りの術を覚え純真さが失われ、徐々にふてぶてしくなっていく。その変貌ぶりが本書のテーマである。
2004年の発刊の単行本の文庫化。本書はじわじわ売れて100万部を突破したという。

鈴木は合コンで知り合った歯科衛生士の繭子に好意を抱き交際をはじめる。繭子のアドバイスに従って、眼鏡をコンタクトに代え、服を新調し、車の免許を取るために自動車学校に通うようになり、どん臭かった鈴木は変貌を遂げていく。

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乾くるみ(Inui Krumi
文春文庫
2007年

静岡市内の会社に就職した鈴木と繭子とのあいだは親密になっていく。ふたりの共通の趣味は読書。本を貸したり借りたりする。

静岡市での社会人としての生活に慣れてきた頃、鈴木に幹部候補生として東京への転勤の辞令が出る。このとき、彼には将来の出世よりも繭子との関係の方が重要に思えたのである。

東京で会社の寮に入った鈴木は週末には車で東京から静岡に通い、「♪都会の絵の具に染まらないで帰って♪」という『木綿のハンカチーフ』に込められた繭子の願いに応えようと努力するのだが、過労と睡眠不足で食欲がなくなり体調を崩してしまう。そして鈴木は静岡に通う回数を減らさざるを得なくなる。

東京では、石丸という美人の新入社員が鈴木にモーションをかけてくるが、繭子の手前はじめのうちは断る。しかし、ドライブに誘ってくれるようにとの石丸の誘いを受け入れてしまうのだ。
鈴木が、幼い顔つきでやせ型の繭子から、まるで女優のようで頭もいい石丸に心移りするのは、時間の問題だった。彼は繭子との恋愛は通過儀礼だったと思うのだが。。→人気ブログランキング
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2014年5月20日 (火)

源氏物語 千年の謎

藤原道長(東山紀之)が、一条天皇の心が自らの娘・彰子に向くようにと、彰子に仕える売れっ子作家の紫式部(中谷美紀)に『源氏物語』を書くように促すとこらから始まる。

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道長の望みは、一条天皇の中宮である彰子に御子を産ませ、その子が帝の位につき、外戚として権力を握ること。「この世をば我が世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思ヘば」と詠んだ道長は、世の中を自分の思い通りにしようとする野心家であった。歴史は道長の思い通りになった。
中宮とは「帝の妻」という地位の女性たちのことである。

Photo_20201207134701源氏物語 千年の謎
監督:鶴橋康夫
脚本:川崎いづみ/高山由紀子
原作:高山由紀子『源氏物語 悲しみの皇子』→『源氏物語 千年の謎』(角川文庫)
音楽:住友紀人
日本 2011年 136分 

こうした、紫式部と道長を中心にした現実の話と、『源氏物語』でくり広げられる光源氏と女性たちの話が、並行してあるいは絡み合って進んでいく。
当時、女性はすだれの奥にいたり扇子で顔を隠したりして、年頃の女性の顔は直接拝めない、いわばイスラム的な制約があったはずなのだが、その辺りは省略されて、適宜おおっぴらに顔を晒している。

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桐壺帝の御子である光源氏(生田斗真)は3歳で生みの親である桐壺の更衣が病死したために、桐壺帝の中宮の藤壷に育てられる。
光源氏には母への強烈な思慕があり、それがこの映画の重要なテーマとなっている。光源氏の生みの親である桐壺の更衣と育ての親である藤壷を、真木よう子が一人二役で演じている。

光源氏は桐壺帝の御子でありながら帝に家臣として仕える。
美男子の誉れ高い光源氏はとにかくモテる。
そんな光源氏は葵の上(多部未華子)を娶るも、妻だけを愛するような男ではないから、帝の亡き兄の妻であった六条御息所(田中麗奈)と深い仲になる。六条御息所は漢文をたしなむ教養と気品のある女性である。

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ところが、六条御息所は嫉妬深い女で、光源氏が手を出した夕顔(芦名星)に、生霊として取りついてしまう。光源氏の子供を身ごもった葵の上をも呪い殺そうとするが、陰陽師・安倍清明(窪塚洋介)が登場し、生霊と化した六条御息所を封じ込めるのである。
自らの運命を悟った御息所は、光源氏を諦め、近江の寺に入るのだが、御息所を追って寺を訪れた光源氏は門前払いをくう。モテ男はアフタケアも怠りない。

光源氏の母への思慕は、帝の留守中に育ての親である藤壷に手を出すという、神をも恐れぬ禁断の恋にまで発展する。藤壺が母に似ているという、信じ難い理由で迫るのである。
とは言っても、この時代はいとこと同士の結婚は当たり前。一夫多妻制であるし、夜這いにより男女の関係が成り立つ状況にあり、光源氏が継母である藤壷に手を出すというのは、「ちょっとやりすぎだわね」くらいの認識なのかもしれない。
レイプ文学とも称される『源氏物語』に記載されている、光源氏と女性とのあまたの交情からすれば、この程度のことは序の口と言ったところだろう。

一方、現実では『源氏物語』が大評判となり、道長の思い通り彰子は一条天皇の御子を身籠り男の子を出産する。道長は紫式部のお陰と感謝の言葉を口にするのだが、式部の心は晴れない。
「その後の光源氏はどうなるのか」と再三訊ねる道長に、式部は「これからも良いことも悪いことも続きます」と、それは道長のこれからでもあると思わせるような意味深長な答えを返す。

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夫に先立たれた紫式部は道長のお手つきであったという説と、光源氏のモデルは道長という説があり、本作はそれらを採用している。→人気ブログランキング

誰も教えてくれなかった「源氏物語」の面白さ』林真理子×山本淳子/小学館新書
紫式部の欲望』 酒井順子/集英社文庫
源氏物語 千年の謎』DVD

2014年1月13日 (月)

ヒステリア

ヴィクトリア王朝時代の1890年、ロンドン。
イザベラ・バードやバージニア・ウルフなどのタフな女性たちが、女性の地位向上に目覚めた頃。
本作は女性用電動バイブレーター開発の実話に基づいた物語である。ちょっと引きそうなテーマだが、女性監督の手によるのでどきつさはない。旧弊に縛られた女性の自立や社会進出がテーマとなっているラブコメディで、見応えのある作品である。
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Hysteria
監督:ターニャ・ウェクスラー
脚本:スティーヴン・ダイア
音楽:ガスト・ワルツィング
英・仏・独・ルクセンブルク  2011年  100分 

当時は、貞淑で従順で一日中家事に従事していることが、女性のあるべき姿とされていた。精神的に不安定、うつ、感情が過敏、不感症や異常な性欲があるという女性特有の症状のヒステリーを、街の半分の女性たちが罹っている状況。

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婦人科の権威ダリンプル医師(ジョナサン・プライス)は、そのヒステリーに対するマッサージ療法で治療効果をあげていた。患者は上流階級の女性たち。その彼の診療所に若いグランビル医師(ヒュー・ダンシー)が雇われ、腕のいいグランビルには多くの患者が押し寄せてくるようになる。

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彼はダリンプルの次女(フェリシティ・ジョーンズ)との婚約が許され、ゆくゆくは診療所の跡継ぎをと目されるようになった。

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一方、旧弊に縛られることを嫌う長女のシャーロット(マギー・ギレンホール)は貧しい労働者のための施設を運営し、その資金繰りに悪戦苦闘していた。父娘は口論が耐えず、ダリンプルはシャーロットを重症のヒステリーと診断していた。そんななか資金が底をついた彼女は、父の友人から200ポンドを融資してもらう。
彼女は父やグランビルが行ってることが、治療とは名ばかりのものであると批判していた。

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やがて、グランビルは激務により腕に力が入らなくなり、患者からの不満を募り、ついには診療所を解雇されてしまう。
しかし、発明家のスマイス卿とともに電動マッサージ機を開発し、ダリンプル家の家政婦モリーの協力を得て人体実験に成功し、再びダリンプルの信頼をうるのだった。

やがて、グランビルと次女との婚約の会が開かれ、借金を返していないシャーロットは、駆けつけた警官を殴って逮捕されてしまう。

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検察はシャーロットに対し、借金の未返済、娼婦のモリーを家政婦として斡旋したこと、警官に対する暴行、女性参政権運動での逮捕歴から、重症のヒステリーであり精神病院への収容と子宮摘出を求刑した。
ところが証人として証言台に立ったグランビルは検察の意に反し、そもそもヒステリーという病気は存在しないと証言した。
かくして、シャーロットは最悪の事態をまぬがれ、4ヶ月の刑務所入りとなる。

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シャーロットの刑期中にグランビルは携帯電動マッサージ機の特許で巨額の財産を手にし、彼女が出所するクリスマスイブの日、彼女に求婚するのだった。

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ショパンの「華麗なる大円舞曲」のメロディにのってクレジットが流れるなか、「電動マッサージ機の歴史」が字幕に現れる。スマイス卿とグランビルが開発した携帯電動マッサージ機は『ジョリー・モリー』と名付けられた。→人気ブログランキング

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1888年 グランビル・ハンマー
1902年 ハミルトンタイプA
1904年 バーカー・ユニバーサル
1910年 ホワイトクロス・エレクトリック
1916年 シルク・エレクトリックg
1918年 シアーズ・ローバックのカタログ
1921年 ポーラー・カブ
1933年 ギルバート
1950年 シック・グロリフィア
1970年 ザ・ファー
1970年代 ウォール
1970年代 日立マジックワンド
1980年代 ラビット
1990年代 ポケットロケット
現在  アイラブマイダッキー

2014年1月 5日 (日)

赤目四十八瀧心中未遂

1998年に直木賞を受賞した車谷長吉の同名の小説の映画化。寺島しのぶの全裸の大胆な演技が話題を呼んだ作品。赤目四十八滝(あかめしじゅうはちたき)は、三重県名張町の滝川渓谷にある一連の滝の総称である。
Photo_20201130084001 赤目四十八瀧心中未遂
監督:荒戸源次郎
脚本:鈴木棟也
原作:車谷長吉  『赤目四十八瀧心中未遂』
音楽:千野秀一
日本  2003年  159分

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生きることにつまづき絶望感に苛まれる、いわば世捨て人の生島与一(大西滝次郎)は、小説家を目指し挫折した設定。彼がときどき『新明解国語辞典』で言葉の意味を調べるところは、緊迫しっぱなしのストーリーのなかで、息が抜ける場面である。

尼崎にたどり着いた生島は、髪の長い老人(内田裕也)にタバコの火を貸してくれと言われる。火を移し終えた老人は生島のタバコを落としてしまう。代わりに1万円札を生島のポケットにねじこんで、「タバコでも買ってくれ」と言って立ち去った。袖から覗く手首には刺青が見えた。

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生島が向かったのは焼鳥屋の伊賀屋。そこで勢子(大楠道代)に出会い、安アパートの2階の一室に案内される。その狭い部屋の家財道具といえば、大きすぎる冷蔵庫と座り机、まな板と包丁、煎餅布団。伊賀屋の下請けで、日がな一日焼鳥の串刺しをするのが生島の仕事である。なぜ伊賀屋で串刺しをしないかは不明。

古いアパートには、50歳をすぎた売春婦、生島が駅前で出会った刺青師・彫眉、一緒に暮らす若くて美しい綾(寺島しのぶ)と小学生の男の子、老夫婦たちが暮らす。刺青を彫られる者のうめき声や、男女のまぐわいの声が聞こえたりする。そんなこの世のどん底とも思える劣悪な環境で、黙々と焼鳥の串刺しをする生島に、勢子は大阪万博の頃パンパンだったと話す。その話を他人にするのは初めてだという。勢子は綾のことを「あの娘、朝鮮やで」と耳打ちし、「あんたはこんな所にいる人ではない」ともいう。

ある日、部屋に現れた綾は生島に身を委ねた。「あんたはここで生きていけへん人よ。うちらと違うの」という。綾の背中には迦陵頻伽(かりょうびんが)の刺青が彫られていた。
迦陵頻迦とは上半身が人で下半身が鳥の想像上の生物。極楽に住み仏の声で歌うとされる。

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ある朝、凄まじい勢いで男が「綾はいないか」と、生島の向かい部屋のドアを叩いた。男は綾の兄で、組の上納金を使い込んでしてしまい、金を返さなければ綾は博多に売られるのだ。
綾は生島に自分を連れて逃げるよう懇願する。ふたりは宿を点々とし、心中をしようと赤目四十八滝に向かうのだった。死を覚悟している生島と、死ぬことに迷いがあるから綾は渓谷をさまよい歩く。
結局、ふたりは死にきれず、綾は生島を大阪に残して博多に向かうのだった。

清流に仰向けに浮かぶ白いドレスをまとった綾の姿は、『ハムレット』の恋人オフィーリアを描いたジョン・エヴァレット・ミレーの絵を意識している。夏目漱石が『草枕』のなかで描写している絵である。→人気ブログランキング
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2013年10月18日 (金)

北北西に進路を取れ

タイトルの北北西の意味は、ニューヨークから見たシカゴのこと、あるいはノースウェスト航空を利用したのでこのタイトルになった。さらに『ハムレット』の第2幕「おれは北北西の風が吹くときに気違いになる。南風が吹くときは、鷹もサギもよく見えるよ」からとったなど、諸説あるとのこと。
サスペンスあり、スリルあり、謎解きあり、カーチェイスあり、恋愛あり、有名観光スポットでのアクションあり、のサービス精神満点な作品。名場面が随所に散りばめられた本作が、その後の作品に与えた影響は計り知れないと言われている。
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North by Northwest
監督:アルフレッド・ヒッチコック
脚本:アーネスト・レーマン
音楽:バーナード・ハーマン
アメリカ 1959年  136分

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広告代理業のロジャー(ケイリー・ブラント)は、ふたりの男にニューヨークのホテルから拉致され郊外の邸宅に連れていかれる。そこで待っていたタウンゼントと名乗る男は、ロジャーをジョージ・キャプランと呼ぶが、ロジャーはなんのことだかわからない。強引にウィスキーを飲まされ泥酔させられたロジャーは、自動車に乗せられ事故に見せかけ殺されそうになるが、危機一髪で逃れる。

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ロジャーは、国連でタウンゼントに面会するが、そのタウンゼントは前に会った男と違う。目の前でそのタウンゼントが殺されてしまい、ロジャーは殺人の容疑者にされてしまう。

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こうして、指名手配犯として警察に追われる身となったロジャーは、キャプランとは誰なのかを突き止めるべく、警察の目をから逃れながらニューヨークからシカゴに向かう。
そこでで出会ったのは、味方なのか敵なのかわからないイーブ・ケンドルと名のる謎の美女(エヴァ・マリー・セイント)。イーヴは偽タウンゼント、悪の親玉バンダムの手下だった。そんなことはお構いなしに、ふたりは情熱の夜を過ごす。かつての007シリーズでおなじみのパターンだ。

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シカゴに着くとロジャーは郊外におびき出され、農薬を散布すプロペラ飛行機に追い回され、そこをまたまた危機一髪で逃れる。さらにサウス・ダコタ州のラシュモア山へと彼のキャプランを追う冒険は続く。
キャプランは、本物のスパイからバンダムの注意をそらすための架空のスパイだった。書くとややっこしいが、映画の中ではなるほどとうなずける設定だ。

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いつの間にか味方同士になったロジャーとイーヴは、ラシュモア山のワシントンら大統領の顔が刻まれた岩壁を、敵から逃げる。FBIと警官隊がロジャーたちを救い、悪人たちは岩肌から墜落していった。
そして、ロジャーとイーヴは列車でいちゃつきながらニューヨークへ向かう。これも、ショーン・コネリー時代の「007シリーズ」によく見られるシーンだ。

「この場面はあの作品のあそこで使われていたな」などと思いながら見る本作は、「一粒で何度もおいしい」エンターテイメント映画の教科書である。

1950年代60年代は、ミステリーものは作品として格下と見られていたという。1959年のアカデミー賞では本作は脚本賞と編集賞のノミネートされているが、賞はとっていない。オスカーをとった作品は『ベンハー』であった。『ベンハー』じゃ勝ち目はないな。→人気ブログランキング

2013年10月17日 (木)

セックスと嘘とビデオテープ

刺激的なタイトルであるが、抑制の効いた格調のある内容になっている。主人公アンを演じるアンディ・マクダウェルが静謐な気品を感じさせるからかもしれない。登場人物は4人、医者とバーの客をいれてもせいぜい6人である。本作は1989年のカンヌ映画祭グランプリを受賞した。若干26歳の・ソーダバーグ監督の処女作、才能がほとばしる秀作。
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Sex, Lies, and Videotape
監督:スティーブン・ソダーバーグ
脚本:スティーブン・ソダーバーグ
音楽:クリフ・マルティネス
アメリカ  1989年  100分

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辣腕弁護士のジョン(ピーター・ギャラガー)を夫に持ち、勤めを辞めても、なに不自由なく暮らすアン(アンディ・マクダウェル)は、うつ病に悩まされている。彼女は精神科医のカウンセリングを受けていて、夫とはうまくいっておらず、セックスレスである。

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一方、野心家の夫のジョンは、貞淑すぎる姉と正反対な性格の妹シンシア(ローラ・サン・ジャコモ)と肉体関係がある。
子供の頃からシンシアはアンの美貌に嫉妬していて、仲が悪い姉妹はなにかと意見が食い違う。シンシアはジョンと深い関係となることで、姉に嫌がらせをしているのかもしれない。

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ある日、ジョンの大学時代の友人グレアム(ジェームズ・スペイダー)がアパート探しのために、数日の間、アン夫婦の家に滞在することになった。アンはグレアムと話をするにつれ、彼に興味を抱くようになる。

アンがグレアムの新しいアパートを訪れると、多数のビデオテープがあった。ビデオテープの内容を問い質すと、これまでグレアムが出会った女性が性について語ったものであるという。中には告白だけでなく、ビデオカメラに向かって自慰行為をいているビデオもあった。彼女はその内容を知って、グレアムに不信感を抱くようになる。

何かにつけて好奇心が旺盛なシンシアはグレアムに近づき、ビデオカメラの前で、初体験からジョンとの情事までをあっけらかんと語ってしまう。
妹からグレアムのアパートでのことを聞かされたアンは、嫌悪感とともにシンシアに対し嫉妬を抱く。

自宅の寝室でシンシアのイヤリングを見つけたことで、ふたりの背信行為を確信したアンは、怒りにかられ家を飛び出し、グレアムのアパートに向かった。いつのまにか彼女は、グレアムのビデオカメラの前で告白を始めていた。性体験をビデオに向かって話すことで、アンは開放されていった。同時にアンはグレアムにも告白を促し、性的に不能であった彼の心の闇が開放されるのであった。

ビデオカメラに向かって話すことは、精神科医のカウンセリングより、はるかに治療効果があるという皮肉なことになる。

家に帰ったアンは夫に離婚を切り出し、グレアムのビデオに出たことを告げた。怒ったジョンはグレアムのアパートに駆けつけ、妻のビデオをを見る。ビデオの内容で、ジョンは自ら敗北を悟るのだった。
帰り際、ジョンはグレアムに、残酷にも彼の昔の恋人エリザベスと関係があったことを捨て台詞のように告げた。
何かが心の中で崩壊したグレアムは、ビデオテープを壊し始めるのだった。

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数日後アンとグレアムの間に芽生えた愛は確実なものとなっていた。そしてふたりは新たな生活を始めようとしていた。

心に傷を持つふたりは呪縛から開放され、インモラルなふたりは悔い改めることはない。

2013年8月29日 (木)

存在の耐えられない軽さ

1968年のチェコ事件を背景に、ミラン・クンデナが書いた同名の世界的ベストセラー小説の映画化。 激動の時代に翻弄された若い男女が描かれている。「チェコ事件」は、チェコスロバキアの民主化、自由主義化運動「プラハの春」に対して、ソ連が指揮するワルシャワ条約機構軍がプラハに侵攻して、やがてチェコ全土を占領し民主化が制圧された事件である。

Image_20201230171201存在の耐えられない軽さ
The Unbearable Lightness of Being
監督:フィリップ・カウフマン
脚本:ジャン=クロード・カリエール/フィリップ・カウフマン
原作:ミラン・クンデラ
音楽:レオシュ・ヤナーチェク
アメリカ  1988年  171分

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腕のいい脳外科医のトマシュ(ダニエル・デイ=ルイス)は、女にすぐ手を出すプレーボーイである。画家のザビーナと深い関係にある。
そのトマシュは郊外の病院へ出張に出かけたときに、ウェートレスのテレーザ(ジュリエット・ビノシュ)に話しかける。それがきっかで、トマシュとテレーザは結婚する。原作では、トマシュがテレーザに一目惚れしたことになっている。

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ふたりは犬を飼い、テレーザが読んでいた『アンナ・カレーニナ』にちなんで、犬にはカレーニンと名付けた。

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やがてワルシャワ条約機構軍がプラハに侵攻してくる。
チェコ語でカヴァーされたビートルズの『ヘイ・ジュード』が流れる中、戦車が人々の抵抗を抑え込んでいく場面が描かれる。当時チェコでは『ヘイ・ジュード』が自由主義化運動のシンボリックな曲として歌われていた。

テレーザは、侵攻の様子を写真に撮りネガを外国人に手渡し、世界に知らせようする。人々の抵抗にもかかわらず、ソ連の締めつけは厳しくなり反対する者は弾圧された。
そんな状況にたまりかねたサビーニはジュネーブに逃れ、やがてトマシュとテレーザも続いた。

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「存在の耐えられない軽さ」というフレーズは、疎開先のジュネーブでも変わらず女を追いかけ回し、刹那的に生きるトマシュに対して、テレーザがぶつけたフレーズである。そうした軽い夫に、テレーザは将来が不安だといって、疎開先のスイスからソ連監視下のプラハにカレーニンを連れて舞い戻ってしまう。
それを追いかけてトマシュもプラハに戻るが、かつてオイディプスの神話にひっかけて書いた共産主義批判の論文がソ連当局の目に留まり、内容を撤回するよう圧力がかかる。しかし、腹をくくったトマシュは拒否する。トマシュは重い選択をしたのだった。このことで、脳外科医としての仕事が奪われてしまう。
ふたりは田舎に引っ越して自然の中でゆったりとした農家の暮らしをする。

一方、ザビーナは妻と離縁して彼女に求愛する大学教授を振り払って、アメリカに渡った。人とのしがらみを避けて、軽い生き方を選択したわけである。ある日、カリフォルニアで芸術活動を続けるザビーナのもとに、プラハから悲報が届く。トマシュとテレーザが事故死したと書かれてあった。→人気ブログランキング

2023年9月
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