代車を運転する
代車はちょっと小さめであった。みぞれの降る日だったので、防寒用の深めの靴を履いていた。運転席の床のスペースは滑り止めを意識したのだろうか、金属の補強を施した黒いペダルマットが敷かれていた。その仕様はいかにも滑りそうだ。光る金属がそんな印象を醸し出しているが懸念は見事に外れ、靴底がみぞれで濡れた防寒靴でもマットはまったく滑らなかった。車はフォードアのセダンである。
1週間前に信用金庫の駐車場から幹線道路に出るときに、歩道との境にある埋め込みのポールに車の左後側を擦った。擦ったよりもぶつけたが正確な表現かもしれない。RV車の左後側面が凹んだ。車の修理をお願いすると、「代車は軽でいいですか」と意外なこと聞かれたので、普通の車でお願いしますと答えた。軽には乗ったことがない。万一事故に遭ったら頑丈な車の方がいいに決まっている。
代車には腑に落ちないことがあった。それはガソリンが瞬く間に減ってしまったことだ。車を借りたときには、満タンであったガソリンが10数キロしか走っていないのに、目盛が残り4分3になってしまった。目盛が引っかかっていたのだろうと思った。そうとしか説明のしようがない。ガソリンスタンドで「満タン」とお願いすると、9.2リットルだったリットルだった。ハンドルの下についているスマートキーを回してエンジンを起動するがキーが回らない。スタンドの女性に回してもらうが、回らない。女性が「キーはどこですか?」が聞いたので、着ていたダウンジャケットのポケットからキーを座席に置いて、スマートキーを回すとエンジンがかかった。女性は「バッテリーが少なくなっていますね」と指摘した。そう言えば、窓ガラスが開くのも閉まるのも遅かった。厄介な車だと思った。
この車をはじめて運転したときは著しく緊張した。座席の位置は後方過ぎた。サイドミラーは普通の向きであったが、バックミラーがとんでもない方を向いていた。走行距離は距離9500kmであるから、代車としては格段に多いわけではないと思った。サイドブレーキは異常がなかった。あまりにも寒いので窓が開いているのではないかと思い、窓の閉鎖ボタンを何度か押した。アクセルを踏むと過剰に回転が多くなるような不気味な音を立てた。アクセルを踏んでも力がまともに伝達されないことが、この車ならありそうだと思った。何回か代車を借りたことがあるが、代車は総じて老朽化しているのが特徴だ。
はじめの5日間は車内が至って静かだった。古いカーナビはあるが、不覚にもラオジのスイッチがどこにあるかわからなかったからだ。カーナビの画面の右端にラジオのスイッチらしきマークを発見し、押すとBSNのラジオ放送が流れた。運転に慣れてきて静かすぎるのが飽きてきた頃だった。車内には2枚の注意書きがあり、燃料補給と禁煙に関してであったが、車内は著しくタバコ臭かった。